深夜廻 繋いだ手をもう一度 (本編完結)   作:めんりん

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ふむ…もしかして個人更新間隔新記録( ゚д゚)

はい、どうでもよかです。

それでは、番外編その1クライマックス、そのラスボスには存分に踏み台になってもらいましょう。成長した2人の


第3話 : 悪意を砕く

 

「……なに言ってるんですか、藤村先生」

 

ユイが精一杯の力で己の感情を押し殺した声を向けたのは、月明かりとハルの落とした懐中電灯で照らされた倉庫の入り口、そこに立つ、一人の男性。黒のジャンパーと黒のミリタリーズボンという見慣れない服装だが、その嫌な声だけは忘れもしない。

 

 

「まさか、まさかこうも早く暴かれるとは思わなかった。流石は喜多川さんと四季野さんだ。僕の見込み通りだね」

 

 

男性…藤村は嬉々とした様子で笑う。今朝の爽やかな風ではない、理知的に整った顔を爬虫類のように歪め、どこまでもネットリとした声で。

 

 

「…でも流石にこれは僕にとっても不都合だ、早すぎる。せめてあと一日遅ければ、そこの汚いボロ雑巾を死体に変えられたのに」

 

 

その言葉に、ハルは我を失いそうになる。とても同じ人間の言葉に思えなかった。この男は、今ハルの腕の中で生死の境を彷徨っている少女をなんと言った?

 

真冬に、下着姿で不衛生かつ薄暗い倉庫で死にかけている少女に対し、「ボロ雑巾」と言った。

 

 

まともな服も暖も食料も水もなく、喘ぐ力もない少女を指して、そう言ったのだ。

 

 

そしてもちろん、そう感じたのはハルだけではない。

 

 

「よくもまあ…聞いてもないことをベラベラと…」

 

 

そんな心境のハルでさえ、心の底からゾッとするような低い声が、ユイの口から這い出た。

 

 

「…要約すると、あんたがこの子をここに閉じ込めた犯人、でいいのよね?」

 

 

「ああ、そうだとも」

 

 

まるで悪びれもせず、藤村はユイの言葉を全面的に肯定した。

 

 

「ああそう、なら続きは警察署でごゆっくり」

 

 

その言葉を聞くや否や、予めスマートフォンに入力しておいた番号へと発信ボタンを押した。これですぐに警察に連絡が届き、目の前の男を渡してしまえばそれで終わりだ。

 

 

しかし、

 

 

「…なんで? 繋がらない…?」

 

 

スマートフォンの画面に表示される、無情な圏外のマーク。そんなユイの表情を見た藤村の顔がさらに歪む。

 

 

「当たり前だ、僕がなんの備えもなしにのこのことこんな所に来ると思うかい? 学園全体に妨害電波を流してる、ここからじゃ外への連絡は不可能、だよ?」

 

 

ならばと重心を落とし、藤村を取り押さえようと構えるユイ。

 

 

「おっと、それも駄目だ、喜多川さん」

 

 

だが、その動きを察知したユイに対し、藤村は身につけたジャンパーから一本の薬品ボトルを取り出した。

 

 

「これは硫酸が入れられたボトルだ。度々テレビとかで見るだろう? これを顔にかけられた昔の有名人がどうなったとか、そういうやつだよ。君が不審な動きを見せるなら、このボトルを君ではなく、後ろにいる死にかけと四季野さんに向けて投げる。当たるかどうかはわからないが……どうだろう、試してみるかい?」

 

 

「……………」

 

 

その言葉を聞いたユイは、奥歯を噛み締めながらも重心を戻す。ユイならまだしも、後ろにいるハルや少女では投げられたボトルに反応することは不可能だ。

 

 

「そう、それでいい。なら次に、喜多川さん。君の携帯電話と四季野さんの携帯電話、それに四季野さんの背中のリュックを渡してもらおうか。このまま妨害電波を流し続けるわけにはいかないからね。ああ、携帯電話はこの袋に入れて投げてくれ。僕に近づこうなんて思わない方が賢明だ」

 

 

そう言って藤村がユイに投げたのは、なんの変哲も無いビニール袋だった。言われた通りに自身の携帯電話を袋に入れると、未だ少女を抱きしめたまま動かないハルのズボンのポケットから同じくスマートフォンを抜き取り袋に入れ、袋、リュックの順に投げる。

 

 

それらを受け取った藤村は、袋を二人には見えない倉庫の外の壁のそばに置く。じっとこちらを見て動かない二人に、なぜか藤村は悲しげに目を伏せる。

 

 

「ああ、残念、とても残念だ。こんな形で君たち二人を始末しなければいけないなんて」

 

 

藤村が本当にこの事態を嘆いているのはわかる。やっていることそのものはとても許される所業でないとしても、何故このようなことになっているのか、それを探ることしか、今の二人には選択肢がなかった。

 

 

「…先生、一応なんでこんなことしたのか教えてくれません?」

 

 

「ふむ…まあいいだろう、どのみち君たちと会うのはこれで最後だしね。冥土の土産、ということで教えてあげよう」

 

 

まるで演劇役者のように大袈裟な振る舞いをしながら、藤村は嬉々として語り始めた。

 

 

「言わなくても分かることだが、僕は優れている。頭脳も、容姿もね。僕がこれまで声をかけて靡かない女など一人もいなかった。なぜか? 当然だ、なにせこの僕が声をかけてやっているのだから」

 

 

男の口から飛び出たありえないほどの幼稚な理論に、思わず目眩がした。そしてそれだけで、ハルはもちろん、ユイでさえこの後の話の展開が読めてしまった。ああ、これは救いようがないな、と。

 

 

そんな二人の心境など欠片も察することなく、藤村は幼稚な理論と呼ぶのもおこがましい話を続ける。そして、この意識のない少女のことだろう話になった途端、初めて藤村の顔が怒りに歪んだ。

 

 

「だがついこの間だ、そこのボロ雑巾は僕にこう言ったんだ…っ!! 『嫌です』ってね!! 『あなたみたいな目をする人と関わり合いになりたくありません』とか抜かしやがった…っ!! 女の分際でっ!! たかだか女子高生の分際でっ!! 僕の玩具でしかないガキが僕を見下しやがったのさっ!!」

 

 

怒りを通り越して呆れる、というのはこういうことを言うのだろう。いや、ハルはすでに呆れすら通り越して憐れみすら感じている。なまじ優れていただけに、誰も言ってくれなかったのだろう、諭してくれる機会に恵まれなかったのだろう。そうして、子供のまま歳をとり、男をこんな幼稚な精神をした大人にしてしまったのだ。

 

 

「だから分からせてやったっ!! 簡単さ、通っている学校、帰宅時間、帰路、全部調べてやった。あとは人気の無い道に入ったところで気絶させて、持ち物と服を剥いでこの倉庫に放り込むだけの簡単なことさ。水も食料もない状態で一日放置してやれば、寒さ、飢え、乾きと排泄物で汚いボロ雑巾の完成だ、ここからじゃいくら叫んでも学校には聞こえないし、唯一校庭を使う野球部もここまでは来ない」

 

 

完璧だ、とどこまでも粘ついたその表情に、今朝、そして今まで見てきた大人の面影はない。そこにあるのは、ただ己の都合通りにいかずに駄々を捏ねているだけの憐れな子供の顔だけだ。

 

 

「残念だよ、君たち二人は賢い、そして美しい。僕のものになる権利がある。今ここで僕のものになると誓うならーーー」

 

 

「あ、もういいから」

 

 

だが、男の声をユイの声が遮った。

 

 

「長ったらしい上に要領悪くてついでにつまんないからまともに聞いてないけど、要はナンパ? 断られて癇癪起こしただけじゃん。私とハル…とくにハルを気に入ってた理由もわかったし」

 

 

まるで小馬鹿にしたような口調で、ユイは男に語りかける。

 

 

「…なんだと?」

 

案の定、先程までの役者っぷりは何処へやら。藤村の顔が面白いくらいに怒りに歪んだ。

 

 

「自分より年下の女の子引っ掛けて、ナンパ断られたら拉致監禁? あんた歳いくつなのよ、くっだらない。ガキ、ロリコン、面食いバカ」

 

 

「このクソガキっ!! 言わせておけばぁ!!」

 

 

男の顔が、これでもかと醜く歪む。いとも簡単に仮面の剥がれた男の顔を眺めながら、ユイは背中越しにハルに話を振った。

 

 

「あ、そう言えばハル、あいつハルにも目をつけてたみたいだけど?」

 

 

「絶対無理です、キモいです、嫌です」

 

 

ユイは半笑いで、ハルは至極真面目な表情でそう口にした。そんな二人の態度が、幼稚な精神をしているこの男を刺激しないはずはなかった。

 

 

「貴様らぁ…っ!! 少しばかり目をかけてやったぐらいで調子に乗りやがって…っ!! もういいっ! どうせお前らもそこのボロ雑巾と同じ目にあうんだからな。服を脱いでこっちに渡せ。この僕をここまで馬鹿にしたお前らに慈悲はない、下着も全部だ。さもないとこの瓶を投げる」

 

 

まるで玩具をひけらかす子供のように、男は手に持った硫酸の入った薬品ボトルを突きつける。だが、二人はまるで動じない。それどころか、ユイに至ってはくすくすと笑いをこらえきれていない様子だった。

 

 

「何がおかしいんだよっ!!」

 

 

怒鳴り散らす男に、

 

 

「うるっさいクソガキっ!! そんなにハルのパンツ欲しかった自分で取りに来い、バーーーーーーーカっ!!!」

 

 

ユイの渾身の怒鳴り声が、男の声を上から押し潰した。そんなことを言われた男の反応は早かった。半狂乱で金切り声を上げながらボトルを投擲、硫酸の入ったボトルは残念ながら真っ直ぐに彼女めがけて突き進む。

 

 

だが、これこそが彼女らの作戦。

 

 

藤村は気付くべきだった。携帯とリュックを投げた時、なぜユイが元の場所に戻らず、わざわざ自分から遠い倉庫の奥にとどまったのか。

 

ユイがハルの携帯を抜き取る一瞬、ユイがハルの口元に耳を寄せた瞬間にハルは、

 

 

「…下のシーツでボトル、いける?」

 

 

と、最小限のボリュームでユイに問いかけていたのだ。そんな親友の策に、ユイは一瞬ニヤッとするだけで応えた。これ以上の会話は、二人には必要ない。

 

 

頭を使うのは、ハルの役割。そんなハルの無茶を押し通すのは、ユイの役割だ。

 

 

「せぇのぉっ!!」

 

 

藤村がボトルを投擲すると同時に、ボトルの軌道を予測、完全に自分たちに着弾することを瞬時に判断、先程まで少女がくるまっていた厚手のテント用シーツを勢いよく振り上げる。

 

 

まるで三人を守るヴェールのように、シーツが三人を覆い、直後にボトルが着弾する。人や壁ではなく、シーツという比較的柔らかな緩衝材を経由して、ボトルがコンクリートに落ちる。着弾点から落下地点までの距離は精々数十センチ、少女たちの柔肌を焼かんと投擲された硫酸は、ボトルの外に出ることなく地面を転がっていく。

 

 

「ば、バカなっ!?」

 

 

男が驚愕の声を上げると同時に、ユイはシーツを投げ捨て駆ける。ついでに拾い上げたボトルを走りながら男めがけて投擲。

 

 

「ひ、ひぃぃっ!?」

 

 

尻餅をついた男の頭上を、男が投擲したよりも倍以上の速度でボトルが通過していった。勿論、かりに頭が元の場所にあったとして、ユイは当たるようなコントロールで投げてはいない。

 

 

だが、尻餅をついた男の恐怖がそれで過ぎ去ったわけではない。

 

 

ものの数秒で男の元に辿り着いたユイは、男の胸ぐらを左手で掴み無理やり立たせ、そのまま右の拳を鳩尾にねじ込む。

 

 

「おぐぅうぇっ!?」

 

 

くの字になるほどに男の体が仰け反るも、ユイの左手は男を掴んだまま離さない。

 

 

「私も一つ、教えてあげるよ。冥土の土産ってやつ」

 

 

「あひっ、ひぃっ!?」

 

 

ユイは涙と鼻水、そして唾液で顔をぐしゃぐしゃにした男の胸ぐらをぐっと引き寄せる。

 

 

思い浮かぶのは、忘れたくても忘れられない、あの男の顔。幼かった自分と母を散々痛めつけ、あまつさえハルにすら危害を加えた、自身の元父親の顔。

 

 

「私はね、自分の癇癪で平気で人を傷つけて踏ん反り返ってるような……っ!!」

 

 

あの男の最後の顔が、ハルの母親に締め上げられて泣きべそをかいていたあの時の顔が、今目の前の体液で顔をぐちゃぐちゃにしている男の顔と、ユイの中で重なった。

 

 

「アンタみたいなやつが一番嫌いなのよっ!!」

 

 

怒りのこもったユイの渾身の右拳が、男の顔面を正面から捉える。そのまま男の体は後方に数メートル吹き飛び、以後ハルの学校の外からの通報で警官達が駆けつけるその時まで、男の意識が戻ることはなかった。

 

 

 

 

 




次回で締めて、次から第2篇に入…れたらいいなぁ(´-ω-)
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