深夜廻 繋いだ手をもう一度 (本編完結)   作:めんりん

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番外2 始まりの少女 編
第1話: 泡沫の邂逅


 

夕暮れ時、一日の終わりが刻一刻と迫っていることを知らせるようなこの時間に、二人は自宅マンションからほど近いファーストフード店にて軽食を取っていた。

 

午前は空手午後はバスケットとという中々にハード(本人にとってはこれが日常)なスケジュールを消費したユイはMサイズのポテトとシェイク、日がな一日中思考の中を泳ぎ回っていたハルは糖分補給を兼ねた小さなアップルパイとSサイズのオレンジジュース。

 

 

学校帰りのユイは制服、パッとだけ着替えたハルはグレーのニットワンピースをそれぞれ汚さぬよう各々が注文したものに手をつける。

 

 

「それでなんだっけ、夢?」

 

 

つまんだポテトを口に挟みながら、ユイが問いかける。

 

 

「うん。最初は夢だから気にしなくてもいいかなって思ったけど…それから何度か同じような…ううん、まったく同じ夢を見ることがあるの。普通ありえないでしょ?」

 

 

「うーん…」

 

 

ハルのその言葉に、ユイは頭を捻る。通常、夢とは本人の記憶から作られるものである。したがって、本人の記憶にないものは夢には登場しない。これを、ハルが見たという夢に当てはめると、たしかに違和感を感じてしまうことは否めない。

 

 

街そのものは間違いなくハルの記憶にあるものだろうが、では霧に包まれているとはどういうことか。少なくてもユイの記憶の中に、あの街が先の見えない程の濃霧に包まれたということは一度としてない。

 

 

では、何か霧に関連するものと合わさっているのか。だがそもそもそんな曖昧な夢を複数回も見ること自体がおかしい、というのが簡単に出せる結論だろう。

 

 

 

「まあ、同じ夢を何度も見るってのはおかしな話だけどさ。そもそも、その何回も見る夢は何なのって話じゃない?」

 

 

「やっぱりそうだよね…しかも内容がないあの街で、霧の向こうに誰かがいて、何か私に伝えようとしているようにも思えるの」

 

 

「ならさ、次見た時にその、うーん…霧の向こうの誰かさん? に聞いてみたらいいじゃん」

 

 

「無理だよ、夢の中なんて大抵は自分の意思なんか関係ないんだから」

 

 

「そこはほら、こう足腰に気合い入れてさ」

 

 

最近、ハルはこの目の前の幼馴染が自分の母親に似てきているような気がしてならない。特に、重要なところでデタラメな根性論を推してくるあたり。ハルにしてみれば、本人達が提示する無茶な理屈は、提示した本人達以外が実践できるよう考慮されていないことをそろそろ自覚して欲しいところである。

 

 

ーーユイが錆びたチェーンを踵で壊した? ノンノン、ママなら手刀で殺るーー

 

 

「ま、いんじゃない? 明日から年始まで部活ないし、私」

 

 

ハルが内心でため息をこぼしていると、いつのまにかポテトを食べ終わったユイがシェイクのストローに口をつけながら突然そんなことを言い出した。

 

 

「ん? それがどうかしたの?」

 

 

訳がわからず、ハルが聞き返す。

 

 

「いや、どうせハルのことだから、確かめるためにあの街に行くとか言うんでしょ? ならちょうどいいって話」

 

 

「え、いやちょっと待って。ユイも来るの?」

 

 

ハルの視界のなかで、ユイがぽかん、とした。鳩が豆鉄砲を食ったようとはまさにことだろう。さらにその顔のままストローを口にさしているので、余計にシュールだった。

 

 

「当たり前でしょ? ハルが1人であの街に行ってタダで済むわけないじゃん。まさかクロとチャコを連れて行くわけには行かないし」

 

 

「そりゃあ…そうだけど…」

 

 

ユイのその言葉に、ハルは俯く。八年前、ハルやユイとともに夜の街を駆け抜けたあの二匹の子犬、クロとチャコ。二匹ともここぞと言う時、果敢に二人を守らんと怪異の前に立ち塞がった勇敢な忠犬である。

 

 

が、そんな子犬たちも年を取り、今となっては過去のやんちゃぶりはなりを潜めるようになった。八年と言う時は、人にとってはもちろん、犬である彼らにとってはそれ以上に重い。

 

 

そもそも、クロとチャコを連れ出すという時点で色々と勘ぐられそうなのでこの案は元々に却下である。

 

 

 

「今頃はハルの家でおばさんの膝の上でぬくぬくしてるんじゃない? 餌付け早かったもんなぁ」

 

 

引っ越してきて早々に餌付けと教育を終えたあの母親に、二匹は基本べったりである。ユイの自宅に床暖房さえなければ、おそらくクロだけでなくチャコもまたハルの自宅に住まわっていたにちがいない。

 

 

が、今それは閑話休題だ。

 

 

「とにかく、そんなきな臭い用事はさっさと片付けて遊ぼうよ。まさかクリスマスをあの街で過ごしたくはないでしょ?」

 

 

「それは…まあたしかに…」

 

 

年に一度、街はイルミネーションの光に包まれジングルべーるとしている時に妖怪横町(?)のような街で怪異と追いかけっこなど、控えめに言ってもシャレにならない。

 

 

「ま、それでも行くかどうかはハルに任せるよ。夢のことも、ほんとに偶々だって可能性だってあるんだしさ。もう少し考えてみたら?」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

その後、ユイとともに帰宅したハルは、とくに何事もなく一日を終えようとしていた。だが、何をしていても、心の何処かに生じた違和感が拭えずにいた。同じ夢を複数回見るということは勿論だが、場所があの街というのがどうにも不安を感じずにはいられない。

 

 

この違和感と不安を消すには、やはりあの街に行くしかないのだろうか?

 

 

だが、あの街に行くということは、命をベットする行為に他ならない。怪異が闊歩する街を歩くということは、自分から猛獣の檻に入って行くようなもの。それほどの危険を冒す価値が、果たしてあるのだろうか?

 

 

ただでさえ、昨日にユイと揃って学校、警察、そして母親からお叱りを受けたばかりなのだ。挙句あの母親が「大切な娘」などと口にしたのだ、どれほど心配をかけたのか、言うまでもない。

 

 

そんな母親に、両親に心配をかけてまで、大切な幼馴染を危険に巻き込んでまでして、あの街に行く価値があるのだろうか?

 

 

この自らに対する問いかけに答えを出せぬまま、ハルは眠りについた。だが、どんなに強く目を瞑ろうと、生じた違和感と不安を拭うことは出来ず、問いかけに対する答えを見つけ出すことも出来なかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

「………」

 

 

夢の中。

 

 

やはりというか何というか、ハルは再びあの街に立っていた。仕事をしない街灯や手紙以外の何かが入り込んでいるボロボロのポスト。狭い道幅と、その両サイドを囲む不気味な家々。本当に人が住んでいるのかほとほと疑問に思えてくる。

 

 

これまで夢で二度見た、いや見せられた、あの街の景色だった。濃い霧に包まれていることも同様だ。

 

 

そして、()()はいた

 

 

「…やっぱり」

 

 

ハルが見据える前方、霧の中に佇む一つの影。何かを伝えようと僅かな音…おそらくは声を出そうとしていると思われるが、どうしてかハルはそれを聞き取れない。

 

 

まるで、何かに音を遮られているかのような嫌な感覚すら覚える。

 

 

「………」

 

 

このままでは、また変わらない結果が待っていることだろう。ハルはこの謎の声を聞き取れず、夢の正体は分からずじまい。

 

 

そんなものは、もうごめんだ。考えても答えが出ないなら、直接確かめる他ない。

 

 

夕暮れ時の幼馴染の言葉を思い出す。理屈も何もありはしない、純粋なまでの根性論を。浮上しようとする意識を無理やり繋ぎ止め、感覚が薄れている足腰に力を入れる。

 

 

そうして、一歩。

 

 

「ぐ…っ! よいっ………しょっ!」

 

 

その一歩は、あまりに重く、遅い。だが確実に、ハルと影との距離は縮まっていく。まだ起きるな、途切れるな。今は眠る自身の体に訴え続けながら、ハルはさらに一歩ずつ影との距離を詰めていく。

 

 

そして、持てる意思を振り絞り、あと少しで手が届きそうになるような距離まで近づいたとき、ハルは見た。

 

 

そこにいたのは、暖かな色合いの髪を首筋あたりで切り揃えた、可愛らしい少女だった。歳は恐らくハルと同じぐらいだろう。

 

白地に空色のアクセントをあしらったセーラー服のようなワンピースが、儚げな少女の雰囲気と噛み合って非常に映える。

 

だが、ただ一つ、左眼につけた白い眼帯だけは、柔らかな少女の雰囲気に重い影を落としていた。

 

 

"…あなたを…………まってる…"

 

 

たった、それだけ。少女はそれだけ伝えると、柔らかく微笑んだ。

 

 

「駄目、待ってっ!!」

 

 

だが、ハルが手を伸ばすよりも早く、少女は霧の奥へと消えていき、同時にハルの意識は夢から現実へと浮上していった。ハルの掌には、ただ何も掴むことのできなかった空虚感だけが、重苦しく残った。

 

 

 

*****

 

 

 

「…待ってっ!!」

 

 

カバッと掛け布団を押し返し、ベッドの上で飛び起きる。真冬の夜だというのに、背中に浮き出る嫌な汗が気持ち悪い。だが、その感触こそがたった今夢で体験した出来事の重さを何より鮮明に伝えていた。

 

 

 

「…あの子は…」

 

 

記憶の限り、先程の少女とハルが会ったことはない。もしかしたら忘れているだけかもしれないが、眼帯などという特異なものをつけている人物をそう簡単に忘れるとは思えない。

 

 

 

「………」

 

 

ハルは枕元に置いたスマートフォンを手に取る。デジタル時計が指し示す時刻は既に真夜中だ。にもかかわらず、ハルは躊躇うことなくある人物の名前に触れ、発信。

 

 

『…ん〜…?』

 

 

数コールの後、およそ半日前より少しばかり寝ぼけた声が電話越しに聞こえて来る。

 

 

「…こんな時間にごめん、でも決めたから」

 

 

ハルは電話越しの相手…ユイに向かってそう口にした。迷いがないと言ったら嘘になる。両親や付き合わせてしまう幼馴染に対する罪悪感だってある。だが、それでも、今しがたの少女の声を無視することは、ハルにはどうしても出来なかった。

 

 

あの街で、再び何かが起ころうとしている。いや、もう既に起こってしまっているのかもしれない。

 

 

自分から首を突っ込む理由はないかもしれない。危険を冒す必要だってないのかもしれない。そんなことは、十分わかっている。そんなことをしても、両親やユイの母親に心配をかけてしまうだけだということだって重々承知している。

 

 

それでも、

 

 

「私、あの街に行く。行って、全部確かめる」

 

 

いま、あの街で何が起こっているのか。夢で出会った少女は何者なのか。その目的は何なのか。全てを明らかにするには、もう直接足を運び確かめるしか手段は残されていない。

 

 

『…そっか、決めたんだ。なら早いうちに片付けないとね。明日…ていうか今日の朝から行こ、急がないといけないんでしょ?』

 

 

確かめるような口調だが、半ばユイは確信している。こんな時間に電話をかけてきたということ自体が、ハルが時間がないと判断したという証拠なのだから。

 

 

「うん、色々用意しないと。ママたちには朝に連絡して、その後にもう一回電話、って感じでいい?」

 

 

『いいよ、それで。…あーあ、帰ってきたらまたおばさんに正座させられそう…』

 

 

「…うん、わかってる。でも…やるって、決めたから」

 

 

こんな短期間に、危険に次ぐ危険行為。恐らくこれまで以上のお叱りと恐怖が待っていることだろう。たが、甘んじて受けなければなるまい、それが、親不孝な娘なりの、精一杯の気持ちと覚悟なのだから。

 

 

「………………」

 

 

しかし、そんなハルとユイの会話を、扉の外で聞いていた人物がいたことは、流石にハルも予想はしていなかった。

 

 

だが、その予想外のことが、ある意味では最悪の形で二人の前に現れてしまうことを、この時のハルは知るよしもなかった。

 

 





今気づいたら番外入ってから深夜廻感がカケラもない( ゚д゚)
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