深夜廻 繋いだ手をもう一度 (本編完結)   作:めんりん

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今しがた投稿したのですが、不備があったため再投稿です(^^;)

もし、あれ?っとなった方がおられれば申し訳ありません


*タイトル名および表記を漢字に変更


第1話 : 早すぎる再会

 

 

"…もうやめよう…ユイ"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禍々しい姿に成り果てた親友に、ハルは涙ながらに問いかける。

 

 

 

 

 

 

 

ハルの左腕には、幾重にも連なる細くも決して途切れぬ赤い糸がびっしりと巻きついている。()()()()()()より借り受けている断ち鋏ですら、切る速度が追いつかないほどの間隔で、いくら切っても新たな糸が次々と現れてはハルの左腕に絡みつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"ギャァァァォァァァァォォ"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼岸花が咲き狂う暗い洞窟に、ユイの咆哮が響き渡る。

 

 

 

 

 

そしてまた一本、異形とかしたユイの咆哮に呼応するのように、新たな赤い糸がハルの左腕を捕らえていく。

 

 

 

決して離さない、いや離れたくないというユイの哀しき願いが、死してなおハルを思う心が、拠り所を失い獣のように暴れ狂う。

 

 

 

そんな親友のどこまでも優しい心を理解しているらこそ、ハルは涙が止められない。

 

 

 

自分がどんなに願おうと、ユイがどれほど狂おうと、もう全てが手遅れなのだから。

 

 

 

"私だって…ずっと…ずっと…一緒がいい!ユイと離れたくなんかない!!……だけど…こんなの…っ"

 

 

 

離れたいなどと、微塵も思っていない。叶うことならば、ずっと隣で笑い合っていたい。

 

 

 

 

支え合っていたい。

 

 

 

だが今のユイにハルの言葉も願いも届きはしない。妄執に取り憑かれた怨霊に、生者の思いは届かない。

 

 

 

 

 

 

一本、また一本と、赤い糸がハルの左腕に絡みついていくなか、ハルは決断を迫られる。

 

 

恐らく、この糸が全身に絡みついた時、ハルもまたユイと同じように人ではなくなってしまうのだろう。

 

 

 

ユイの1人にしないという意味では、その選択もまた間違いではないのかもしれない。

 

 

 

 

 

だが、幼心に鞭を打ってハルは己の弱さに異を唱える。

 

 

 

 

 

 

一緒にいることだけが、友を想う全てではないと。

 

 

 

 

"寂しい思いをさせて…ごめんね…でも…いやだから…これ以上…ユイを苦しめたくないから"

 

 

 

故に、ハルは決断する。涙に濡れた瞳の奥に、静かな覚悟を灯す。

 

 

 

 

 

 

 

 

この切れぬ糸を、ユイとの縁を、断ち切ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

対価は払う。だから、どうか救ってあげてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の一番にして唯一の、親友を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"…こんなこと…こんなこと……もう…いやだっ!!"

 

 

 

 

 

 

 

 

最早ほとんど動かさなくなった左腕を伸ばし、ハルは力の限りで叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてハルの強い願いに、神が動いた。

 

 

 

 

 

 

赤黒い靄を握るようにして出現した、青白い手。その靄の左右から伸ばしたそれぞれの両腕に握る巨大な真紅の断ち鋏。

 

 

 

 

縁切りの神が、突如ハルの背後に具現した。

 

 

 

 

 

 

 

具現した神は、ハルの強い拒絶の願いに応える。

 

 

 

 

 

 

直後、洞窟内に無慈悲に咲く彼岸花が霞むほどの紅を宿した、鮮血の花が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

びちゃりっ

 

 

 

 

 

 

 

 

水々しい不快な音とともに、小さな腕が零れ落ちる。そこに絡みついていた無数の糸は、拠り所を失い瞬く間に霧散していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

その神が断ち切ったのは、ユイではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縁切りの神により断ち切られたのは、ハルとユイを繋ぐ縁。ユイの妄執を具現させた、赤い糸。

 

 

 

 

 

それを、糸が絡みつくハルの小さな()()ごと断ち切ったのだ。

 

 

 

 

 

 

"ぎゃぁぁあぁぉあぁぁぁ"

 

 

 

 

 

 

 

唯一の拠り所であったハルとの縁を失い、異形と化したユイは崩れ落ちる。

 

 

 

 

同時に、かの神もまた忽然と姿を消した。役目を果たしたのか、ハルが借り受けていた赤い断ち鋏とともに。

 

 

 

 

 

"…ユイ……"

 

 

 

 

 

失った左腕の肩口から、血を垂れ流しながら、ハルはかつてユイであった異形が、小さな光の粒子と消えていくのを見ていた。

 

 

 

 

それは、まるで暗闇に閉ざされた洞窟内を照らす、無数の蛍のように幻想的な光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

"……ばいばい…"

 

 

 

 

 

 

 

そして、光が完全に消える様を見届けることなく、ハルはその場に背を向けて去っていく。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

歩くたびに生まれる足跡のすぐそばに、大きな血の雫がぽたぽたと洞窟の地を打ちつけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

欠損による激痛と出血に朦朧としながら、小さな足を一生懸命に動かしてハルは進む。

 

 

 

 

 

 

既に視界は赤く、足取りはおぼつかない。片腕を失ったことによる平衡感覚の麻痺もあいまって、もはやまっすぐ歩くことすら不可能な状態だった。

 

 

 

 

 

"…はあ…はあ…うぅ…ぐ…"

 

 

 

 

痛みと不快感に耐える顔は、大量の脂汗に濡れ、瞳は涙でいっぱいになっている。

 

 

 

 

それでも、足を止めることは許されない。

 

 

 

 

これから先は、一人で歩んでいかねばならない。弱さは、繋ぐ手とともに置いてきた。

 

 

 

 

 

 

だが、人が気力で体を支えられる時間には、必ず限界がある。いかに強靱な願いや決意があろうと、人の身で生きていく以上、超えられない壁は絶対に存在する。

 

 

 

 

 

 

そして、歩き始めて数分、ハルの体はその限界を迎えた。

 

 

 

 

むしろ、か弱いハルの小さな身体が、欠損の痛みと出血と戦いながらよくもこれほど歩いたものだろう。

 

 

 

 

どさりと倒れこむハルの体。近くにはハルの傷の悲惨さを表すかのように血の雫が一筋の道を形作っていた。

 

 

 

 

その血の足跡を辿り、倒れるハルを見下ろす一人の少女。

 

 

 

 

少女は力尽きて意識を失うハルを支えるようにして優しく肩に背負い、洞窟の出口に向かって歩いていく。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

洞窟を出た二人は、ゆっくりと山道を下る。空に浮かぶ満月と星々が、夜の帳をうっすらと照らし出す。

 

 

 

 

 

未だ目覚めぬハルを背負い、少女は歩く。ハルに比べれば、うんと力強くてしっかりとした足取り。

 

 

 

 

申しわけ程度に取り付けられた街灯をたどって、少女は落ち葉を踏みしめる。

 

 

 

 

 

これが、少女がハルとともにいられる、最後の時であると知りながら。

 

 

 

*****

 

 

山道の入り口。少女の目の前には、アスファルトの道が見える。そこに向かって一歩を踏み出すことを、少女はしない。

 

 

 

 

出来ない。

 

 

 

 

 

これ以上、自分が先に進めぬことを、少女はとっくに理解していた。

 

 

 

 

 

故に、いると信じていた。

 

 

 

 

山の入り口で、まるで2人を待っていたかのように、白と茶色の毛並みをした小さな子犬が1人佇んでいるのを確認して、少女は子犬に優しく微笑む。

 

 

 

 

"…ハル…"

 

 

 

 

 

そして、隣に背負う親友の名を呼ぶ。

 

 

 

 

その声に、うっすらとだがハルの瞼が開く。

 

 

 

 

"…ユ、イ…?

 

 

 

朦朧とする意識のなか、隣に寄り添う少女の名を呼ぶ。

 

 

 

 

"ハル…ごめんね、怖い思いをさせて。…ありがとう、私のこと、探してくれて"

 

 

 

 

ゆっくりと、少女の…ユイの姿がおぼろげになっていく。そう見えるのは、決してハルの錯覚ではない。

 

 

 

 

 

"…ありがとう、ありがとう"

 

 

 

 

"…ま…って…ユ、イ"

 

 

 

 

存在が希薄になっていく親友に向かって、ハルは残った右腕を伸ばす。

 

 

 

 

 

"ありがとう…………さよなら"

 

 

 

 

だが、ハルの右腕が伸びる速度よりも、ユイが遠のく速度の方が、僅かに速かった。

 

 

 

 

 

 

"…いや、いや、いかないで…"

 

 

 

 

 

いやいやとするように、ハルは濡れた瞳で必死に手を伸ばす。だが、その手がユイをつかむことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"いかないでっ!ユイ!ユイーーーーーーーーーー!"

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

右手を精一杯に伸ばしたまま、ハルは飛び起きる。

 

 

 

 

「……夢…」

 

 

 

 

正確には、あの日の出来事の追体験、といったところだろうか。あまりに強く記憶に刻まれた出来事を夢という形で繰り返すことは、そう珍しいことではない。

 

 

 

 

「…嫌な夢」

 

 

 

 

自分で自分の傷口を抉ってしまったことになんとも言えない気分になりながら、ハルはベッドから立ち上がる。

 

 

 

 

 

寝汗が染み込んだお気に入りの水色のパジャマが重い。触ってみれば、髪はガサつき、肌もベトベトして気持ち悪いことこの上ない。

 

 

 

 

 

 

「…お水」

 

 

 

 

極めつけは、汗で水分を失ったかさかさの喉。パサパサのビスケットでも流し込んだのかとさえ錯覚するほどに水気を失った喉の渇きをうるおすために、ハルは二階の自室の扉をくぐる。

 

 

 

 

リビングの扉を開け台所に向かい、洗いものカゴからまだ水滴が残るグラスを取る。

 

 

 

 

そのグラスを右手に持ち、()()で蛇口を上に押し上げる。

 

 

 

 

「……え…?」

 

 

 

だが、ここまできてようやくハルは異変に気が付いた。

 

 

 

 

今自分は、何で何をした?

 

 

 

 

答えは明確、左手で蛇口を上に押し上げるだけの、至って日常的な行動だ。

 

 

 

 

 

左腕を失う前までの話、であるならば。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

とっさに手を引いた反動で、手に持つグラスが重力に引かれて落下。ハルの足元で甲高い音とともに砕け散る。

 

 

 

だが、そんなことは今のハルにとってはどうでもいいこと。

 

 

 

「…なんで…?私の手……」

 

 

 

左手をグーパーグーパーのようにして動かしてみるが、どこにも違和感はない。そこにあるのが自然であるかのようにハルの思い通りに動く。

 

 

 

試しにこれは夢か、まだ自分は夢を見ているかもしれないと、ハルは両手で思いっきり自分の両頬をつねる。

 

 

 

「うぅ…いたい」

 

 

 

その結果はこのとおり。つねられた頬はじーんとした痛みとともにハルに今が夢でも何でもない現実であることを示した。

 

 

 

 

「どうして…なんでっ」

 

 

 

 

先程から次々と起こる異常事態に、ハルの精神許容量が急激に圧迫されていく。

 

 

 

 

 

悪い夢ならはやく覚めてくれと、今しがた現実と理解した自身の頭に向かって抗議するも、もちろん返答はない。

 

 

 

 

 

 

 

だが、今日この日に限り、運命はとことんハルを弄ぶことにしたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーーン

 

 

 

 

 

 

 

文字通り外と中で頭を抱えるハルの耳に、来客を告げるチャイムの音が飛び込んだ。

 

 

 

 

「むぅ…こんなときに…」

 

 

 

散乱するガラス片をそのままに、来客が誰かも確認せず玄関へと向かう。

 

 

 

 

スリッパを履き、パタパタと足音を立てて廊下を歩く。

 

 

 

 

 

ピンポーーン

 

 

 

 

「はぁーい」

 

 

 

再度チャイムが鳴るのと、ハルが玄関の扉を開けるのは、ほとんど同時であった。

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

そして、来客の姿を見た瞬間、今朝から何度目になるか、あまりの信じられない事態にハルはまたしても言葉を失うこととなった。

 

 

 

 

しかし、ある意味それは仕方のないことだろう。

 

 

 

なにせそこにはーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーー!やっぱり!寝坊だよ、ハル!」

 

 

 

 

永遠の別れを告げたはずの親友が、頬を膨らませて立っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

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