押し寄せる怪異の群れ。ただ危ない、では済まない光景だろう。少なくとも今のユイとハルなら後退しつつ牽制と反撃、その他の人間なら全力で逃げ出すかその場で卒倒するかだ。
しかし、件の女性がとった選択肢はそのいずれかでもなく。
"""""っ!?!!!!?&/#×#っ!"""""
その場で武器を一振り、無造作に横一文字を描くように払われた伯鉈が押し寄せる怪異の波の一陣を纏めて切り裂く。消滅する多数の怪異、ただ静かに佇む女性。控えめに言ってもすぐに受け入れられる光景ではない。多数の怪異を消滅させる、これだけならユイにも可能であるし、些か以上に対処できる数は減るものの、極論するならばハルにでも可能である。
では、自分たちとこの女性のしていることは同じことか? 仮にそう聞かれたならば、二人は断固として否と答えるだろう。
理由は単純、二人がしているのは「命を守るための戦い」だ。倒さなければ殺される、失う。故に拳を、足を、知恵を働かせて死に物狂いで戦い、守り、生きる。己と大切な人の命がかかっているからこそ、何が何でも切り抜ける、その一心で怪異に立ち向かう。
だが、この女性のしているのは戦いではない。言うならば「駆除」である。ただ歩いていて邪魔だから、必要ないから、そもそも特に生かしておく理由がないから。部屋に入ってきた羽虫を潰すが如く、使い終わったチリ紙を丸めて捨てるかの如く。
先ほどの「いらない」との言葉の通りに、この女性にとって、目の前の怪異たちは「いらない」もの、だから殺す。自身の質問に答えられぬのなら、その存在に毛ほどの価値もない。
「…逃げてもいいのよ、別に」
弦楽器のような声音で、女性はそう促す。もちろん、その言葉は本心から来ているもの
のはずがなく。
ドスっ!
鉈を振り回す球体のような怪異の口に、女性は同じく手にした泊鉈をねじ込む。そして鉤爪のような切っ先で怪異の喉を引っ掛け、
"÷%*☆・%°っ!?"
回転を加えて地面に叩きつける。
「…どうせ最後には、こうなるのだから」
黒曜石のような黒い瞳孔が、極限まで開かれる。ドロリとした狂気と殺意の入り混じった女性の在り方は、人という種に対して絶対的な優位を持っていたはずの怪異に一つの感情を沸きあがらせる。
それは、恐怖。本来なら自分達が一方的に与えて然るものが、ことこの女性と対面した時は立場は逆転する。
「…返しなさい、あの子を。教えなさい、あの子の居場所を…それが出来ないのなら……」
"……っっっっ!"
言いながら、女性は背後めがけて鉈を無造作に振り抜く。それだけで、先程ハルを狙ったの同じ、黒い壁のような巨体を持つ怪異の両脚が切り飛ばされ、背中越しに倒れる。
"っ!? っ!!!? っっっ!!??"
脚を失った巨体を何とか動かそうともがく怪異、そこへ
「…いますぐ消えなさい」
鉈を握る右手を頭上に掲げた女性が、もがく怪異の壁のような体躯の上に立ち、それを振り下ろす。
"っ!?!?!?!?"
悲鳴のようなものを上げながら触手のような腕を振り回すも、
「…うるさい」
再度、女性は鉈を振り下ろす。重厚な刃が、怪異の無数にある眼球の一つを切り潰す。
"っっっ!?!?!???!!?"
「…だからうるさいのよ」
刃を振り下ろす。怪異が何か悲鳴を発し、腕を振り回そうとする度に、女性は手にした刃を振り下ろし、体表にある怪異の眼球を一つずつ潰していく。
「…うるさい、汚い、醜い、邪魔、無価値、木偶、臭い、いらない」
次々と並び立てられる罵詈雑言、容姿が際立つ女性が怪異を蹂躙しながら催す公開殺戮は、ハルたちの根源的な恐怖心を存分に煽った。
「…亡霊風情が、これ以上あの子の未来に触るな」
それがトドメとなり、黒い壁のような怪異は消滅する。両脚を切断され、死の間際にはすべての眼球を潰された。仲間のそんな無残な姿を見た彼らの取った選択は、
"""""っっっっっっっっっっっっっっっ!!!""""
数に任せた特攻、後ろに逃げても殺される。ならば生き残る選択肢は前にしかない。力の差は歴然でもこの数に加えて、仲間が蹂躙されている今なら、そう踏んだのだろう。
だが、この場にいる彼らの敵は、件の女性だけではない。
「せいっ…やぁ!!!」
持ち前の俊足を用いて、背中を向けたままの女性と怪異の間に走り込み、そのまま脚撃一閃。ユイの放った回し蹴りが、怪異の群れ前方を薙ぎ払う。
「なんか色々飲み込めませんけど、あなたは敵じゃない。そうですよね?」
油断なく拳を構え、攻め贖っている怪異たちを牽制しつつ、ユイは背中越しの女性に問いかける。
「…さぁ。私はアイツらを殺すだけ。手掛かりを知らないなら、"普通"に殺すだけよ」
「なら、ひとまず共同戦線でお願いします。この街で何が起こっているのか、あなたなら事情を知っていそうですから」
ユイに遅れてやってきたハルの言葉に、女性は無言で返す。その沈黙を、二人は肯定と受け取った。
「じゃ、行きますか。ハル、今度は背中注意だよ」
「分かってる、ちゃんと援護する」
すでに在庫に余裕がなくなってきている瓶を取り出しつつ、ハルはそれを、ユイは拳を構え直す。して、一呼吸を置いた後、機を同じく突貫してきた怪異の波目掛けてユイが疾走。
巧みな身体捌きで、確実に怪異の数を減らしていく。振り回される鉈には手の甲を合わせて軌道を逸らしつつ、カウンターの正拳突き。背後を取られれば即座に蹴りを伴う反転をもって、まとめて怪異を薙ぎ払う。それでも対応しきれぬ者には、すかさずハルが瓶を投げ込み援護。培った技術と経験、機転、そして共に苦楽を同じくした絆を最大限に生かして、ユイとハルは目の前の脅威を確実に削いでいく。
対して、
「…鬱陶しい…」
女性がしているのは、脅威に立ち向かう者のそれではない。飛び回る羽虫に向かって手を払うかのような、単なる障害の駆除。いや、もはや障害と認識しているかすら怪しい。無造作に、雑に払われる絶殺の刃は、なぜか一度も空を切ることなく次々と怪異たちを惨殺していく。腕を切られる者、胴体を分かたれた者、足を失った者。女性が一歩を踏みしめ武器を振るうたびに、言語化が難しい怪異たちの阿鼻叫喚が響き渡る。
「こりゃまた…ぶっ飛んだ人がいたもんだね」
呆れ半分、恐れ半分と言った様子の感想が、ユイの口から溢れでる。女性の身体運びや身体能力は、ユイの見た所それほど目を見張るものではない。つい半日ほど前に人類の到達点か臨海突破を果たしたような超人外と相対した二人からすれば、たしかにその程度の感想が妥当なところだ。
だが、逆に言えばそこ以外は異質の一言。女性の攻撃が外れていないのはまぐれでも何でもない、狙っているからだ。こうすればこう動く、こうしたから次はこう動く。こうしているからここに刃を当てる。まるで怪異たちの行動が読めているかの如く。
いや、恐らくはほんとうに読めている。これ程までに怪異たちへの対処が容易にできる程に、この女性は慣れている。怪異に遭遇することにも、怪異に攻撃されることにも。そして、怪異を"殺す"ことにも。
アイのような怪物じみた身体能力はない、むしろ身体能力ならユイの方が数段上だ。しかし、こと"命のやり取り"という面に関して、この女性は二人の想像をはるかに超えるほどの場数を踏んでいる。
「…ばーさーかー?だっけ。見てるこっちが震えてきそうなくらいだよ」
ハルの部屋にあったとある漫画キャラクターを思い出しながら、ユイがそんなことを口にした。
「…私たち以外に、お化けを知っている。しかも退治の仕方まで…何者なんだろう、あの人」
目に見えて数と勢いが減少してきた怪異たちを相手取りながら、ハルは思考を回転させる。自分たち以上に"夜"に詳しく、しかも初めから逃げの選択肢を選ばない。そして決め手は…
(……亡霊…おそらくこの人は、私たちと同じような経験をしてる。もしかしたら、お化け以外にも会ったことがあるのかも)
見たところ、話は通じそうではある。街の異変を調べる上で、現地人との接触を試みていたハルにとって、目の前の女性はまさにうってつけだ。なんせ異変を異変と認識できている、ハルたちと同じ側の存在なのだから。
「はぁっ!!」
黒壁型の怪異が繰り出す無数の触手を驚異的な反射速度と予測をもって交わしたユイが一気に肉迫、その勢いのまま巨体故に疎かになる超近距離に迫り、渾身の右ストレート。
"*×=〆^%#¥€っ!"
足元付近にあった眼球がドス黒い液体をぶちまけながら押し潰される。さらに三角飛びの要領で怪異の体を足場にしてユイが跳躍、
「これで、おわりっ!!」
地表から数メートル離れた地点から自由落下を果たすまでの僅かな時間、その中でユイは自由落下とともに縦横無尽に手足を繰り出して怪異の体を徹底的に打ち据える。
空中という人が絶対的に無防備になる最中に、正確無比な重心コントロール。拳、熊手、肘打ち、足刀、膝、回し蹴り、一方的なまでの突いて砕いてを敢行し、ユイが地上に足をつけるのと、怪異の体が地に倒れ消滅するのは全くの同時だった。
「ふぅ…初めてにしてはまあ…」
改めて見る幼馴染の人外身体能力に安堵とため息を覚えつつ、掃討を終えた二人は振り返って女性の方を見る。
「…ああ、終わったのね」
二人よりいち早く怪異を片付けた女性が、二人へと歩み寄ってくる。先程までの狂気は鳴りを潜め、冷たく影のある雰囲気を醸し出している。
「ひとまず、危ないところを助けていただいてありがとうございました」
この女性がいなければ、間違いなくハルは命を落としていた。ハルの想定を遥かに上回る夜の波に飲み込まれる寸前に現れた女性に、まずは感謝を述べる。
「…べつに助けようとして助けたわけじゃないわ。鬱陶しい害虫を駆除したらたまたまそうなっただけのこと。…それで、私にききたいことがあるのでしょう? 」
ハルの言葉に、女性は何ら感情を示さない。この女性にとって先程の戦闘は、本当に助けたつもりはなく、ただ単に目の前の障害を除去しただけなのだろう。
「はい。率直に聞きます、あなたは"彼ら"をどれほど前からご存知なのですか?また、今のこの街の異変についても分かる範囲でいいので教えてください」
八年前とは比べるべくもなく数を増やしている怪異、蹂躙された神の社、そして女性のこと。今の二人に決定的に欠けている情報を得るため、ハルは目の前のイリーガルな女性に問いかける。
「…知っている、という話をするならもうずっと昔から。アレの存在を知っているってことは、貴方たちもおなじなのでしょう…?」
「はい。私達も八年前まではこの街に住んでいました」
「…なら、なぜ今になって戻ってきたの…? 里帰りをするにしては、時間を選ばなさ過ぎる」
女性の言葉はごもっともだ。この街の夜を知っているのなら、日が落ちている時間帯に外を歩くことは自殺行為に他ならない。しかし、二人にはその理由がある、夢で見た少女を探し出し、破壊された縁切りの神の社の謎を突き止めるという理由が。
そして、ハルはどこか直感で感じ取っていた。自分が出会ったあの少女、街の異変、怪異を狩るこの女性と、女性が口にした"あの子"。確率は決して高くはない、だが強ち間違いでもない。散りばめられたピースの輪郭が、少しずつ露わになっていくような感覚。
「女の子を探しているんです。私たちと同じ年頃の、女の子を」
「っ!?」
やはり。今まで幽鬼のようだった女性の瞳がくわっと開く。女性は細い指がめり込むのではないかという勢いでハルの両肩を強く掴む。
「その子の特徴は!? 左目に眼帯をーーー」
「して…いますっ!」
先程までの幽鬼のような脱力とは打って変わり、尋常ではない迫り方にハルは確信を持った。この女性と、自分たちが探している少女は、同一人物である、と。
「ちょっとっ! 落ち着いてください、ハルの肩がなくなります」
なくなりません、と言いたいところだが実際問題ハルの肩を掴む女性の力は華奢な見た目からは想像もできないほどに強い。それだけ切迫しているということでもあるのだろうが、とりあえずは離して欲しいといったところ。
「っ!? ごめんなさい…、でも今の話が本当なら、私とあなた達の目的は同じ…と思っていいのかしら?」
取り乱したことに気づき、女性の雰囲気や表情が先程のそれに戻る。掴んでいた手を戻し、長い髪を手櫛で軽く梳く。
「そうだと思います。そのためにも、ひとまずお互いの情報を交換しませんか? 私たちが最後に見た時よりも輪を掛けて、今のこの街は何かおかしいです。まるで、見えない何かが隠れひそんでるような、そんな感じがするんです」
ハルの言葉に、ユイもまた頷く。おかしいことは別におかしな話ではない。ことこの街に関して言えばの話だが。しかし、今のこの状況はそれとは一線を画している。爆発的に増えた怪異、蹂躙された神の社、そして、失踪した少女。
点と点だった事象が、線となり繋がりはじめた。ならば、この邂逅は決して偶然ではないのだろう。
「いいわ…ようやく、ようやく見つけたあの子の手かがりだもの。見ず知らずの子供の与太話にだってすがらせてもらう…」
「じゃあ自己紹介からですね。私はユイ、喜多川 唯です」
「四季野 春です。この街のアレやコレに関しては、多少なりともの経験があります」
二人の自己紹介に、女性は僅かな戸惑いを見せたのち、
「…
自らの名前と、互いに探すべき人物の名を告げた。ここに、かつて神の悪戯に翻弄された者たちが邂逅を果たした。それぞれの
「………あはっ」
それを知る者は、まだおらず。遠くから彼女らを見つめるその少女の口元には、三日月のような笑みが浮かんでいた。失った左目の奥に宿る紅い光が見つめるものは、果たして何なのか。
今再び、狂った夜の帳が舞い降りる。