いきなり勢いで書く派ですか?
私はルーズリーフに大体の流れを書きつつも結局はそれを見ずに勢いで書き終わってる派です(・ω・三・ω・)フンフン
目覚めた時間が、直前の記憶よりも前の時間軸であることを何というか
諸説はもちろん存在するだろう。広辞苑や某インターネットサイトのなんでも辞典の方にもなればさらに詳しく解説してくれることだろうが、今は小学四年生レベルの解答で事足りる。
時間遡行
小説やアニメ、ゲーム等の世界では日常茶飯事なこれが、今この瞬間におけるハルを取り巻く不可解な現象の全てである。
*****
「………う、そ………」
あまりの衝撃に、ハルは呆然とするしかない。以前に数々の修羅場もとい不可思議体験を敢行してきたが、それらと今のこれはまさしく文字通りに次元が違う。
「嘘じゃないって。それよりもハル、ほんとに大丈夫?顔色悪いよ?」
心配そうに顔を覗き込んでくるユイには悪いが、ハルとしてはそれどころではない。
この不可思議現象に陥るハルの直前の記憶は、ユイが自らの命を絶った大木のもとで、かの縁切りの神と遭遇したところで途切れている。
であれば、十中八九そのエンカウントが原因ではあろうが、果たしてそんなとんでもない力まであの鋏おばけは所有しているのだろうか。
「う、うん、大丈夫」
しかし、かの神についていくら憶測を立てたところで、自分の頭で出来ることなどたかが知れている。ならそれについては深く考えず、この降って湧いたような奇跡を最大限に祝福すべきだろう。
という結論の元、ハルは目と鼻の先にまで覗き込んできそうな親友に手を振って問題ないことを示すと、残り一切れとなったフレンチトーストに箸を伸ばす。
卵のふわとろ加減と絶妙にマッチする甘味に目を細め、はぐはぐと小さな口を動かしてユイの作ったフレンチトーストを頬張るハル。
これだけ食欲があれば大丈夫だろう、そう結論づけたユイもまた心配げな表情を押し込めると、眼前の小動物の食事シーンの観察を再開する。
本人は大きくアーンをしているつもりなのだろうが、当のフレンチトーストはリスに囓られた程度のペースでしかその体積を減らしていないところがまた少し、ユイとしては可愛らしかったりする。
「それで、どうする?それ食べたら山行く?」
「っ!?」
だがそんな余裕も束の間、ユイのその言葉を聞いた瞬間、ハルの脳裏に先程の夢と同じ映像が再度映し出される。
まるで大量の人の指と眼球を寄せ集めたかのような、おぞましい姿をした巨大な蜘蛛。死んだユイの魂を弄び、ハルの命すらあと一歩というところまで追い込んだ、絶望の化身。
あの見るもの全てに吐き気を催すような不気味な薄ら笑いと声を思い出すだけで、ハルは己の体内で消化されようとするフレンチトーストが来た道を戻ろうするのを必死に押しとどめなければならなくなった。
「だめっ!!」
そして心の軋みは、叫びとなって外気を震わせた。目をあらん限りに見開き、荒れた呼吸がハルの華奢な肩を上下させる。
「ハ、ハル?」
普段滅多に目にすることのないハルの張り詰めた表情に、ユイは戸惑いの表情を浮かべる。
「そ、その…ほら!今は虫とかいて山はいやだなーって。それに花火見られる場所なら私知ってるよ!この間ママに教えてもらったもん!」
そんなユイの顔を見て、ハルは慌ててその場を取り繕う。もちろん口から出たのは殆どが嘘というわけではない。虫が嫌いなのはユイも知っていることであるし、花火が見られる場所も、前回と同じ場所を選べば問題はないだろう。
とにかく、これ以上ユイを山に近づけるわけにはいかない。行けば必ずあの醜悪な神はユイを狙ってくる。二度も同じ過ちを犯しては意味がない。
最悪、花火を諦める必要すら考えなければならない。
だが、それでユイの命を救えるなら構わない。花火なら、また見られる機会もあるだろう。
そこまで考えて、ハルはユイに違う提案を持ちかけた。
「ユ、ユイ、私またわんちゃん達と遊びたいな」
「クロとチャコのこと?」
首を縦に振るハルに、ユイは怪訝そうな表情を隠せない。長い付き合いということもあり、ハルが何かを隠しているのことを、なんとなくユイは感じ取っていた。
そもそも、昨日の時点で山に行こうと言ったのはハルの方だ。なのに今のこの変わりよう、気にするなという方が無理な話だろう。
「まあ…ハルがそう言うなら、そうしよっか」
だか、果たしてハルが隠したいと思うことをここで無理に問い詰める必要はあるのだろうか。
それに、昨日ハルの口から伝えられた話もある。自分たちが一緒にこの街で夏を過ごせるのは、これが最後になるのだ。
出来る限り、ハルの望みは叶えてやりたい。
ユイは自身にそう言い聞かせ、ハルの苦し紛れとも言える提案に乗った。
「じゃあ支度しないとね!おいで、髪結んであげる」
そう言うや否や、ユイは椅子から立ち上がると洗面所へと足を進める。
「あ、待って、ユイ!」
そんな足の速い親友の背中を追って、食べたお皿を流しに置き、ハルもまた洗面所へと駆けていった。
*****
「あ、そうだハル」
「んー?」
夕暮れ時、町内大探検を終えた2人と2匹は、2人の秘密基地であり二匹…クロとチャコの住処でもある空き地に戻ってきた。
朝の一連の騒動からはや半日、あれよこれよと遊び倒していたらいつのまにかお天道が就寝召される時間が近づいてきてしまった。
色々あった朝食を終えて、ハルの要望通りに2人は自分らの秘密基地である空き地に向かった。そこで密かにユイが飼っている二匹の子犬、クロとチャコとともに街中の散歩へと出かけたのだ。はじめのうちは空き地で互いにうりうりとただじゃれ合うだけだったのだが、流石に1時間もすればそれもだんだんと飽きてくるのが必定。
そんな退屈に耐えかねたユイの
「ここ狭い!もっと広いとこ行こ!」
と言う一声に残る者たちも即決で賛成。終いには隣町まで行ってしまいかける大冒険を繰り広げてしまった。
道中の木陰で食べたハルの母親特製弁当による英気の補充もあり、彼女らの移動距離、活動時間はともに当初の予定を大幅に増大されることとなったのは彼女らだけの秘密…というよりもただの誤算か。
しかしそんな大冒険も、流石に黄昏時が迫ってくれば終了せざるをえない。
そんなこんなで、彼女らは出発地点でもありクロとチャコにとっては住処でもあるこの空き地に戻ってきた。
「またグラス、割ったでしょ」
「あ!そうだ、たしかその後すぐユイが来て…あれ?ってことはユイが片付けてくれたの?」
「うん。まあそれはいいんだけど。ハルも怪我してないみたいだしね。…それよりも…どうしたの?今日のハル……なんか変」
「っ……」
甘えてくるチャコの茶色の毛並みに撫でながら、ユイは口を開いた。当初は無理に問い詰めるつもりはユイにはなかったが、今日1日のハルの行動を見て考えを改めさせられた。
そもそも、ハルは普段から寝坊などする子ではない。学校がなくとも朝は両親とともに起きて朝食等を済ませるぐらいには規則正しい生活を送っている。
それにハルのことだ、今日の朝からユイと遊ぶ約束をしていることも家族に伝えていることだろう。
にもかかわらず、結果はあの通り。ユイが時折探りを入れてみても、こわい夢を見て起きられなかった、の一点張り。
今回の急な予定変更からしてもだ。
虫が嫌いというのはユイも以前から知り得ていたことではある。だがそれだけが理由で、ほんの数日前まではなんともなかった山に行きたくないというのはどう考えてもおかしい。
加えて、昨日の別れ際に、『母親の友人が山で見たというリスを探すついでに、近々隣町で行われる花火大会が見られる場所の下見をしよう』と言ったのは紛れもなくハルの方だ。なのに昨日の今日で、『ママから場所を聞いた』という言い方は不自然極まりない。
さらに日中のハルの行動。
基本ユイがいく後をちょこちょこと付いて回るのがハルの基本的な行動方針だ。それはクロやチャコがいてもなんら変わることはない。
だが、クロやチャコ、何よりユイが山へ行こうとする時だけ、ハルは普段の彼女からは信じられないくらい行動的にだった。クロやチャコが行こうとすれば、抱き上げて別の方向を向かせたり、ユイが行こうとすれば、手を引っ張ってあれが見たいあっちに行きたいと露骨な方向転換を求める。
ここまで来れば、ハルが山に行こうとしない…いや、ユイ達を山から遠ざけようとしていることなど簡単に推測できる。
「…山に…何があるの?」
短く、だがこれ以上ないほどに核心を突く言葉。一切の小細工なし、ど真ん中ストレート。ユイらしいその言葉が、狼狽えるハルの心の隙間を捉える。
「な、何でもないよ?ほ、ほら!私、虫が」
暑さとは違う、冷水のような汗を背中に感じながらも、ハルは必死に口を動かす。
「ハル」
「だ、だいじょうだよ?花火見られる場所ならママに」
そうだ、場所なら知っているのだ。以前に見たあの高台からなら隣町の花火が見られることは既に知っている、わざわざ山に行く必要はない。
そもそも、その花火を見た帰り道にユイとはぐれ、危険極まりない夜の冒険をする羽目になったのだ。
挙句、見つけたユイは既に死亡していたのだから、いかな理由があろうと山に行くこと自体が前提から間違っている。
なんて、そんなもの全ては建前だ。
ハルはただ単純に、二度と目の前の親友を失いたくないだけだ。
嫌だ、あんな結末、もう見たくない
「ハル」
「そ、それに!リスを見たって話もほうとうは」
誰も救われない結果だった。クロとユイは死亡し、ハルは片腕を失った。
ではそれを対価に何がもたらされたのか?
何もありはしなかった。失うだけ失って、奪われるだけ奪われて、弄ばれるだけ弄ばれた。
そこに慈悲はなく、救済もなく、残ったものは枯れぬ涙と癒えぬ喪失感。
憎しみすら生まれない、絶対的な絶望のみ。
嫌だ、そんなのは。失うのも、奪われるのも、もうたくさんだ。
「ハル」
「だ、だいたい!花火なんて別に無理に見に行かなくたってーーーー」
嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ、もう1人ぼっちになるのはーーーーーーーーーーー
「ハルっ!!」
「っ!?」
そこに響く、たった一つの叫び。
己の名を呼ぶ、親友の声。
ただそれだけで、虚ろな言の葉は砕け散る。
2人を見つめる二匹の子犬は、まるで固まってしまったのかのようにその場から動かず、ただじっと2人の主の成り行きを見守っている。
「…ハル、本当のことを教えて」
「あ……う………」
ハルのすぐ目の前にまで来たユイの瞳が、まっすぐにハルを捉える。まるで絶えず何かに怯えているような、そんな弱々しい瞳だった。
それでもなお頑なに口を開こうとしないハルを、ユイはそっと抱き締める。
「…あ…」
突然のことに、びくっと体を震わせるハル。そんなハルの小さな体を、同じくらい小さな体で、ユイはしっかりと抱き寄せる。
そして耳元で、ただ優しく、囁きかけるようにして口を開く。
「ねぇ、ハル」
「…………」
「ハルは…私のこと、嫌い?」
ぶんぶんと、抱き寄せられた状態で首を振るハル。
「ハルは私のこと、信じられない?」
ハルは首を振る。
「それでも…話せない?」
しかし今度は首を縦に降る。ユイは首筋のなぞる暖かい涙に答え、震えるハルの頭を優しく撫でる。
「ねぇ、ハル。少しでいいから、話してほしいな。全部なんて言わないから。ハルが話してもいいなってだけ。ハルが…少しでも楽になれるだけでいいから。ね?」
「……………………」
沈みかける太陽に照らされる小さな空き地に、沈黙が舞い降りる。
そんな優しくも悲しい沈黙を破ったのは、ハルだった。
「…ねえ……ユイ…」
「…うん」
鼻声で、つっかえつっかえで、弱々しい口調のハルの背中を、赤ん坊をさするようにしてユイは撫で続ける。
「……私…もうすぐ引越し……しちゃう」
「……うん…」
ユイからしてみれば、昨日告げられた衝撃の事実。ハルからしてみれば、とうの昔に伝えた真実。
それぞれのうちで違う意味を持つこの言葉に、ユイの瞳にもまた光るものが浮き始める。
「…もし…私がこのまま引越しして……」
「…うん」
「……もし…クロがいなくなっちゃって……」
「…うん」
「………もし…このままお父さんと仲良くできなくて…」
「…うん」
「……そしたら…そしたらユイは…死んじゃいたいって………思う?」
ユイの肩から頭を上げて、ハルはユイと目を合わせて問う。未だその人形のように整っているはずの顔は涙でぐしゃぐしゃではあるが、それでも、赤くなった目だけは決してユイから離そうとはしない。
正直、ユイとしては非常に困惑している。ハルの行動もそうだが、何より、この何かを暗示させる…いや知っているかのような言い回しが引っかかって仕方がない。
引越しはまだいい、それは昨日聞いた。
クロがいなくなるというのも、まあ可能性としてなくはない。
だが、父親のことを一度でもハルに話したことはあっただろうか。ハルの両親には殆ど勘付かれているだろう。でなければこうも密な関係は築けない。
だが、いくら勘付いているとはいえ、それをあの両親がハルに漏らすとはどうしても考えられない。ハルとユイの間に暗雲を立ち込めさせるようなことをするはずがない。
ここで、どうして知っているの?、っと聞くのは簡単だ。だが、ユイはそれを選択することはどうしてもできなかった。
なぜかはわからない。だがそれをした瞬間、今目の前にいる親友と、ここにいる自分の間に深い溝が出来てしまう気がしてならないからだ。決して埋まることのない、決して越えることのできない、大きな溝が。
根拠はない、しかし、これまでどおりの関係ではいられなくなる。この直感だけは、恐らく外れてはいない。
故にユイは、己の中にある全ての疑念を打ち払い、ハルの静かな問いに答えることを選んだ。
その答えはーーーーーーーーーーー
「死なないよ」
否。滲む視界に喝を入れ、ハルを睨むようにしてユイは言った。
「…ユイ…?」
「そんなんで死んだりなんてしない。ハルが引越ししたって、私いっぱい手紙書くもん、会いに行くもん!」
いつしかユイは声を張り上げていた。狼狽えるハルに、ユイは容赦なく畳み掛ける。
「クロがいなくなる?そんなことない、私ちゃんとお世話する!この子達を守る!」
「…ユイっ」
「お父さんにだって負けない!そんなんで私死んじゃおうなんて思わない!そんなんでクロを…チャコを…お母さんを……ハルをっ!悲しませなりなんてしない!!」
「……ユイぃ…っ!!」
涙を浮かべて叫ぶユイに、ハルもまた涙に潤んだ声で答える。堪らずユイに飛び込むハルを、ユイもまた求めていたかのように抱き締める。
互いの頰に感じる涙がどちらのものか、既にわからない。
黄昏に染まる小さな空き地の一角に、2人の少女の涙が零れ落ちた。
*****
「…さて、そろそろ帰ろっか」
抱擁を解いて先に口を開いたのは、ユイだった。
「そうだね、もうじき暗くなっちゃう。また怖いのに会いたくないもんね」
お化け、妖怪、幽霊。その他言い方はあるだろうが、ひとまずはこの安パイな呼び方を選んでおく。
「うん、じゃあ行こ。送ってくよ」
「ううん、大丈夫。1人で帰れる」
昨日と同じように、自分を送ってくれるというユイの声を、ハルは断る。
「ハル?」
昨日の夜、ハルからすれば一月弱は前の話だが、そこで2人は、かの縁切りの神による襲撃をうけている。ユイから聞いていないが、ハルを送り届けた帰り道にユイが再び襲われている可能性もある。
それがわかっていて、ユイをわざわざ危険に晒すことなどしない。
「ほんとに大丈夫?」
「ほんとにほんとに大丈夫。ユイこそ、気をつけてね」
一応、これでもハルはユイを探して幽霊かお化けかはわからないが、少なくとも普通の存在ではない者たちが闊歩する深夜の街を歩き回った経験がある。あのなんでもカットな神とでさえ何度か激闘(実際は必死に逃げただけではあるが)を繰り広げもしたのだ。場数はそれなりに踏んでいる。
「まあ…ハルがそこまで言うなら……気をつけてね、ちゃんとまっすぐ帰るんだよ?」
「わかってるってば。……あのさ…ユイ」
「ん?」
「花火……やっぱり見に行きたい、一緒に」
シャツの裾をぎゅっと握りしめながら、ハルは口を開く。そんなもじもじと涙ぐむハルに返ってきたのは、変わらぬユイの苦笑だった。
「まったく…うん、行こうね。2人で、一緒に」
*****
深夜
月が傾き、ただ暗い闇が街を覆うなか、ハルは自分の体温が残るベッドから降り立った。
パジャマを脱ぎ、予め用意しておいた動きやすいシャツと半ズボンに着替える。流れる金髪をいつもどおり後ろで一房の三つ編みでまとめ、ユイと色違いの青いリボンを結ぶ。
お気に入りの小さなリュックに懐中電灯や換えの電池といった必要最低限のものを詰め込み、ポッケに財布から取り出した100円玉と10円玉を数枚ずつだけ入れる。
両親にバレないよう、忍足で階段を降り、そっと玄関の扉を閉めて外に出る。
これからハルがしようとすることをユイが知れば、一も二もなくすっ飛んでくるだろう。もしかしたら、いつものお説教などでは済まないかもしれない。
目覚めてからずっと、目を背け続けてきた。
一番手っ取り早く、しかし恐らく一番困難な選択肢。ユイやクロ、ハル自身を含む、全てを守るための最短にして最難関のルート。
山の神の打倒
これさえ成し遂げてしまえば、あとはなんの憂いもない。花火に行こうがなんだろうが、大抵のことはこれで解決できる。逆に言えば、アレが存在する限りハルにもユイにも安寧は訪れない。
であるなら、成し遂げねばならない。ユイを守るためにも、自身が知るあの絶望に満ちた未来を変えるためにも。
ハルは決死の思いで夜の街を駆ける。
しかし、その勇み足は家から出て少ししたところにある一軒の家の前で止まることとなる。
「…ユイ」
既に何度も見た、しかし終ぞ入ったことはない親友の家。この家のどこかで眠る親友に向かって、ハルは囁きかける。
「ユイ、勝手なことしてごめんね。……でも、守るから。私がユイも、わんちゃん達も、ぜんぶぜんぶ。あのお化けやっつけて、みんなで山に花火行けるようにする」
命を賭けるには、あまりにささやか過ぎるのかもしれない。しかしこれが、これだけが、ハルが命を賭して守りたいものなのだ。
今日の夕暮れに、以前は聞けなかった、ユイの本心を聞くことができた。ユイは、死ぬつもりなどなかった。
自分だって、辛いはずなのに。ただハルを大事に思ってくれるユイを優しさを、改めて側に感じた
だからこそ、ハルは許せなかった。ユイは死ぬつもりはなかった。しかしあの未来では、ユイは自殺であると後の警察の調査で明らかにされている。
それは何故か。
馬鹿な、そんなもの問いかけるまでもない。全ては、あの醜悪な神の見えざる手だ。悲しみと苦しみに打ちひしがれ、それでもなお立ち向かおうとしたユイの、ほんの少しの弱みにつけこんで、自殺という最悪の形で命を奪った。
しかも自殺をさせるだけでは飽き足らず、死んだユイの魂を弄び、挙句怨霊と化したユイを操りハルを殺そうとしたのだ。他ならぬユイの手で、ハルの命を奪わせようとした。
何故、ここまでされなければならないのか。
こんなことが許されるのか。
自分が、ユイが、一体何をしたというのか。
あの時抱くことのできなかった感情……激情が、はじめてハルの内に火を灯した。
「…私…頑張るからね。ぜったいぜったい…負けないから」
その言葉を最後に、ハルはユイの眠る家に背を向けて走り去っていく。
目指すは、今もなおそびえる暗き山。その深奥で不気味に微笑む、山の神。
親友の命を守るために
己が未来に進むために
ハルの、最後の