今回の話は、小説や本編、そして様々な考察動画、サイト等から考え出した、私個人の考察を前提に組み上げております。十中八九、異なる意見を持つ方、また、明確に私とは違う考察をされる方がおられるとは思います。
しかし、物語の進行上、この考えを改めるのは困難のため、私の考察を否とされる方、感想欄にてそのことを書くことはご遠慮ください。もし否とされる方はそのままプラウザバックをお願い致します。
身勝手とは思いますが、どうかご容赦願います。
それでは、どうぞ。
深夜。
それは夜明け前の、闇がもっとも深くなる時間のことを指す。月明かりすら存在しない街の静寂と暗闇は、人々に底知れない不安と恐怖を植え付ける…………だけならまだマシだ。
と言うのも、この街は日が沈んだその瞬間から次に日が昇るまで、人ではない存在…ひとえに怪異と呼べるものたちが一斉に街を闊歩し始める。マンホールから無数の手が出てきたり、現代風にタイヤの中で燃えながら突進をかましてくる何かから人面巨大蟹まで何でもござれ。
日本全国をくまなく探しても、この街ほどお天道様のありがたみを痛感できる街は恐らく存在しないだろう。
不気味なまでの闇に覆われた街中を、懐中電灯の明かりで灯しながら走るハルはそう確信している。
そんなささやかでも小さくもない愚痴を頭の片隅から追いやり、ハルは自身の目的を達成させるための算段をもう一度振り返る。
現在ハルの走っている位置は、進行方向左に山の雑木林が見える一本道だ。もうしばらくすれば、入り口が見えるだろう。
ではそのまま入り口から山に入り、山の神が居座るあの洞窟の深奥に討ち入りを果たすのか。
答えは否、断じて否だ。
今のハルに許される対抗手段など、石か紙飛行機を投げつけるのが精々といったところだ。
まかり間違っても、月に代わってお仕置きが出来るわけでもなければ、ワルプルでギルなデストロイの夜めがけてロケットランシャーをぶっ放すことが出来るわけでもない。
前回ハルがあの洞窟で山の神を退けることが出来たのは、ひとえにかの縁切りの神の力添えがあったことがもっとも大きな要因と言える。
そもそもあの神のお陰で、洞窟の入り口が見つかったのだし、山の神の生命戦とも言える赤い糸を切ることが出来たのだって、かの神から借り受けた断ち鋏があったからこそだ。
で、あるならば。今回もその縁切りの神の援護射撃なくしてハルが勝利を収めることは不可能に近い。
まして今回は山の神から『逃げる』のではなく、山の神を『倒す』ことが目的なのだ。尚更ハルの乏しい腕力だけでそれを成し遂げることなど到底無理な話である。
以上のことを踏まえ、ハルの第一の目的地は洞窟ではなく、山のさらに下方にあるはずの寂れた神社だ。その時代に忘れ去られたかのようにして存在する神社こそ、件の縁切りの神を祀る神社である…のだが。
現在はダムによって水流に飲み込まれるか否かまでその立地が危ぶまれていそうなことに加え、境内にはお菓子ならジュースやらのゴミが散乱している等、まあ酷い荒れ具合なのである。
その神社で、前回と同じように社の前の人の形をした石畳みからゴミをすべて取り除けば、縁切りの神を解放し、助力を得られるのではないか、というのがハルの考えだ。
まああれを解放ととるか、それとも封印ととるべきかは定かではない。しかしああでもしないと、ハルを見つけ次第に鋏をジャキンジャキンしてくるのだからハルとして困るどころか最早たまったものではないが。
「…はあ…はあ…着いた」
そしてハルの決して多くない持久力の残量が4割を切ると同時に、彼女はとりあえずの目的地であった山の入り口に到達する。並び立つ木々の隙間に、無理やり風穴を開けたようなその暗闇は、心なしかいつもよりずっと不気味に見える。
「………」
これより先は、恐らくハルが歩んできたどの道よりも険しく困難な道のりとなるだろう。なんせ特撮ヒーローが袋叩きにしても勝てるかどうかと思われる存在に、なんの力もないただの少女の身で挑まなければならないのだから。
「待っててね、ユイ。今度は…絶対に助けるから。絶対に……守るから」
だが、それでも、例えどんな理不尽が待ち構えていたとしても、やり遂げねばならない。そうでもしなければ、せっかくのこの機会に自分が存在している意味がない。
安穏としているだけでは駄目なのだ。脅威からただ逃げるのではなく、勇気を持って立ち向かうこと。
それだけが、絶望の先にある、希望を掴むことができる唯一の手段なのだから。
「…よしっ!」
両手に力を入れて、ハルは自分の両頬を叩く。気合いは十分、あとはこのまま縁切りの神の神社まで一直線。
ちなみに、思いのほか手に力が入ってしまったことで、大きな瞳が若干潤んでいるのはご愛嬌である。
そうして、ハルが勇みよく一歩を踏み出した瞬間ーーーーーーーーー
「…えっ?」
ちいさな獣の鳴き声に、ハルは来た道を振り返る。暗い道の先、明滅を繰り返す街灯に当てられたアスファルトの上を、小柄な黒い毛並みを揺らして走るちいさな影。
「…うそ…なんで…」
ユイの愛犬が一匹、クロがハルの元まで駆け寄って来た。
「ついてきちゃダメ、ほら、お家におかえり」
足元で尻尾を振りながら自分を見上げる子犬に、ハルは来た道を指差して引き返すように促す。だが、当のクロはハルの指などなんのその、とてとてとハルの周りを回っては尻尾を振っている。
「ダメだってば!」
極めつけに、ハルが声を張り上げてもまるで効果なし。ハルの正面に座り込んだまま、クロはテコでも動かんとばかりにハルを見つめ続ける。
「はぁ…どうしよう…」
予想外のアクシデントに、ハルは頭を抱えることとなった。流石に怪異ではなく子犬が妨げになるのは想定の範囲外である。
だがこうなっては仕方がない。一度クロを連れて空き地まで引き返すこと他に選択肢はないだろう。大幅なタイムロスにはなるが、クロを危険な目に合わせるのでは本末転倒もいいとこだ。
幸いというかある意味そうでもないというか、夜はまだ長い。空き地からまたここに戻って来たとしても、神社と洞窟に行くぐらいの時間は十分に残されている。
そうして、ハルは足元でうろうろするクロを抱き上げ、
刹那ののちに背後めがけて振り向いた。
「っ!?」
振り向いた先、ハルの正面に異形がいた。体全体が霧のような靄で出来た人型の何か。これまで幾度となく遭遇して来た怪異だが、まさかこれほどまでに接近を許したのは初である。
「…あ……う…」
言葉が出ない。怪異の正体も名前もろくには知らないが、一つだけハルが確信していることがある。
それは害意、もはや殺意とすら言える恐怖。一度でも掴まれれば終わりとすら思える憎悪にも似た、生者に対する圧倒的な負の感情。
現状、怪異に対する唯一の対処法は逃げの一手しかない。フィクションの世界のようにとんでもな式神がいるわけでも、怪異絶対滅するマンな槍もないのであれば、触れられる前に怪異をあの手この手で振り切るしかない。
故に、今のような怪異までの距離がものの数センチしかないハルの状況はほぼ詰みといっても過言ではない。基本的な人間ステータスとして、ハルは決して運動能力が秀でている部類ではない。寧ろ走力、持久力、瞬発力という全体的な運動能力は軒並み平均以下とすら言える、典型的な運動音痴だ。
だからこそ、いち早く怪異の存在を感知し、なるべく接近を許さないよう立ち回る必要があるにもかかわらず、この状況。ハルが助かる確率は限りなくゼロに近い。
しかしそれは、ハル1人であるならば、の話。
「ウアウっ!!!」
突如、抱き上げられていたクロがハルの腕を脱出したかと思えば、これまで見たことのないほどに怒りを露わにして、怪異にむかって吠える。
「ク、クロっ!?」
突然のクロの豹変に、ある種ハルは怪異の接近よりも驚愕している。お昼に一緒に散歩した時ののほほんとした様子はどこに行ったのか、今はまさに狼のような荒々しさで怪異に向かい合っている。
「ウルルルルル…」
喉を鳴らし、歯をむき出しにして怪異を睨むクロ。そんなクロの姿に当てられたのか、靄のような人影が徐々に後退していく。
「ウアウっ!!!!!」
そして、クロの2度目の咆哮を最後に、怪異は闇に溶けるようにしてその姿を消した。
「…………」
ハルは唖然とした。まさか怪異をこの小さな子犬が撃退してしまうとは想像もしていなかった。
「ううん、違う。初めてじゃ…ないもんね」
だが、以前の記憶を思い出し、ハルはそうでもないことに気が付いた。
「君は…ゆうかんだね」
足元に擦り寄るクロの頭を撫でながら、ハルは以前にも似たような状況で、もう片方の子犬、チャコに助けられた場面を思い返す。自分よりもうんと大きな怪異にむかって、ハルを守るようにして立ち向かってくれた小さな背中。
この子たちは、自分の身を盾にしてまでハルを守ってくれたのだ。
「ありがとね、クロ」
撫でられて気持ち良さそうに目を細めるクロを見つめながら、ハルは改めて感謝を述べる。
「さて、それじゃ一旦空き地に」
だがハルがそう言ってクロを抱き上げようとした瞬間、
ぺしっ
「いたっ」
実際は痛いわけではないが、なんとなく口に出てしまうことぐらい誰にだってある。まして子犬に前足で手を叩かれてたりなどしたら尚更だ。
「クロ?」
疑問に思いながらも、ハルは再びクロを抱き上げようと手を伸ばす。
ぺしつ
「いたっ」
実際は痛いわけではないが、なんとなく口に出てしまうことぐらい誰にだってある。まして子犬に前足で手を叩かれてたりなどしたら以下同文。
「…………」
試しに、今度は両手ではなく、右手だけを伸ばしクロの頭に添えて撫でる。クロは叩くことなく、寧ろ目を細めて尻尾をブンブンしているあたりハルを嫌いになったわけではなさそうだ。
そして頭を撫でながら、そのどさくさに紛れてもう片方の手を伸ばし、クロを抱き上げようとして
ぺしっ
「いたっ」
実際は痛いわけではないが……以下省略。
「クロ…」
やはりというかなんというか、これは故意だ。クロはハルに抱き上げられる…その後の行動を感じ取って意図的にハルの行動を阻害している。
まるで、これからハルが何をしようしているかを見通しているかのような行動だ。
「お願い、クロ。これから行くところはとっても危ない場所なの。君をつれてはいけないよ」
ちょこんとしゃがみ込み、ハルはクロに問いかける。死因も日時も場所も定かではないが、前回、たしかにクロはその命を散らしている。十中八九、あの悪神の手によるものだろうということしか推測できない以上、これより先にクロを連れて行くわけにはいかない。
だが当のクロはハルの言葉を聞いた途端、その小さな腰を上げたかと思えば、あろうことかハルと山の入り口のちょうど真ん中あたりに座り込んだ。
意地でも1人でいかすまいとするその姿は、ハルの決意を揺らすには十分なものだった。
「ダメなんだってば!お願いだからいうことを聞いて」
だがそれでも、ハルは頑なにクロの同行を拒む。
行かせるわけにはいかない。
連れて行くわけにはいかない。
死なすわけにはいかないのだ、もう2度と。
そうして半ば無理矢理にハルがクロを抱き上げようとした瞬間、クロが吠える。
「え?」
立ち上がったクロは、先程と同じように尻尾を逆立てる。喉を鳴らして唸るその姿は、クロへと両手を伸ばすハルを止めるには十分であった。
「…怒ってる……の?」
ハルはクロに向かって問いかける。そんなハルの言葉に対するクロの返答は、ひときわ大きい唸り声。
「…?!クロ…」
そこでハルはようやく気付いた。自分がクロを、ユイを守りたいのと同じく、クロもまたハルを守りたいのだと。だからこそ、危険を承知で夜の街を走りハルを追いかけて来たのだ。
己もずっと小さな体に似合わない勇敢な子犬の姿に、ハルはもう一度両手を伸ばして抱き上げる。
「ほんとうに…ほんとうに…君たちはゆうかんだね」
クロもまた、今度は抵抗しなかった。ハルに抱かれ、彼女の色白で柔らかな頬に顔を擦り寄る。
抱き上げていたクロを下ろし、見上げてくる子犬にハルは目を合わせて問いかける。
「いこう、一緒に」
その言葉を待っていたかのように、クロは大きく吠えるとハルの隣に駆け寄る。
「私が守る、きみも、チャコも、ユイも。みんなみんな」
目指すは森の下層にある寂れた神社。幼い1人の少女と一匹の子犬は、まるで寄り添うようにして不気味極まりない雑木林の入口へと足を踏み入れた。
*****
明滅を繰り返す頼りない街灯を頼りに、ハルとクロは鬱蒼とした山道を登っていく。流石に消えかけの街灯達だけでは頼りないということで、ハルの右手には家からこっそりとかすめてきた青い懐中電灯が握られている。
勝手に持ち出したことがバレても、まあそんなに厳しく怒られるわけでもないが、やはり両親に黙って家のものを持ち出していること事実は、ハルの幼心にわずかな罪悪感をもたらした。
まあ懐中電灯うんぬんの前に、こんな時間に外を出歩いていることがバレたほうがよっぽど怒られるのだろうが。
普段浮かべる柔和な笑みのまま、背後に鬼を具現化させる自身の母親の姿を思い出し、ハルは背筋が緊急冷却されていくのを感じずにはいられない。
「えっと…たしかこっちであってる…よね」
そんな思考を頭の片隅に追いやり、ハルはもはや獣道とかしてそうな道を踏みしめる。ハルが目指す神社は、山の入り口からさらに下方に位置した場所にある。
前回は雑木林の入口からさらに奥にある、地下水道からダムに上がり、そこから下に回り込むようにして、ほとんど偶然のようにして神社にたどり着いたのだが、今は問題なく山道が通れるためにそこまで回りくどいことをする必要はなさそうだ。
まあその地下水道もまた山や街と同じくらい怪異たちのホットスポットになっているので、できれば2度と使いたくないというのがハルの本音なのだが。
そうこうしているうちに山の中腹あたりまで登ったハルは、目の前の分かれ道を左…つまりは山の神がいる洞窟のある上方ではなく、反対方向の下方へと伸びる右に進んでいく。
ハルの後ろをちょこちょこと歩くクロもまた、ハルの小さな背中を追って山を下っていく。
ただでさえ頼りない光源を、群がる羽虫たちにたかられる哀れな街灯と懐中電灯を頼りにして、ハルとクロはさらに下へ下へと山を下る。
階段のようになっている段差を降りた先で、彼女らは木々がひらけた、小さな広間のような場所へとたどり着く。
そして、ハルはこの場所を知っている。
「……ここって…あの時の…」
忘れるはずがない、忘れられるはずがない。
ここは、度重なる冒険の果てに、ハルがユイと再会を果たした場所だ。
あの時の、おぞましい怨霊と成り果てたユイの姿は、今でもハルの脳裏に消えない傷とともに焼き付いている。
あの黒い針を無数に地面から生やす恐ろしい攻撃も、狂った叫び声も、何一つ忘れてはいない。
「守るんだから。もう…ユイをあんな風になんかさせない」
頭を振り、忌まわしい記憶をハルは振り払う。
「……あれ……そういえば……」
だがそうしようとした瞬間、ハルの脳裏にそれとは別の記憶が呼び起こされる。
「なんで私…あの洞窟に行った時、初めてじゃないって思ったんだろ…」
思い起こされるのは、ここでユイとの無情な再会を終えた後のこと。あの後、ハルは自身を死に誘おうとする山の神の言霊に逆らい、縁切りの神の力添えとともに洞窟の入り口にたどり着いた。
だが、洞窟の奥に進めば進むほど、ハルの頭によぎったのは強い既視感と、生前と思われるユイが洞窟の奥へと進んでいく謎のビジョン。
だがそれらに対する考察は、後に対峙したかの悪神とのあれこれでうやむやになったままだ。
だが一体なぜこのタイミングでそのことを思い出したのだろう?
なんとなく喉に何かが引っかかるような後味の悪さの中、ハルは思考する。
「………………」
突然立ち止まり無言になったハルにならい、クロもまた足を止めてハルの横に座り込む。
ハルは覚えている限りのことを記憶の引き出しから引っこ抜いては次々と頭の端に投げていく。
何か、何かがおかしい。
あの時の既視感と謎のビジョン、そして今のこの状況。
手がかりは、
(そうだ!ユイのメモ!たしかこんな風だった…)
ハルは以前、街を探索する中で、生前のユイが残したとされる日記らしき紙の切れ端をいくつか拾っていた。そこには、ユイの苦しみや悲しみなど、普段決して口にはしなかったユイの弱音が綴られているものもあった。
だが一方で、奇妙な内容のメモもまた存在した。
(…『どうしよう。どこをさがしてもみつからない』…ユイが探してたのは…クロ…?)
たしかに、文面だけ見ればそうとも取れる。実際、クロは野良犬だ。空き地を抜け出してしまうことだって十分にあり得ることだろう。
(…『わたしはどうなってもいい。あのこはぜったいたすけなきゃ』…これも…クロ…かな?)
恐らく、死ぬ前にユイは
(…あれ、でもならあのメモ…『ハルの代わりにクロが死んだ』っていうのは?…私の代わり?クロが私の代わりに死んだ?…どうゆうこと…?)
そう、あのメモの最大の謎はここだ。ユイが探していたのがクロだとするならば、なぜそこにハルの名前が出てくるのか。実際、ハルにはユイと一緒にクロを探した記憶はない。
極めつけは、ハルの代わりにクロが死んだ、という悲惨極まりない言葉。
(…変だよ。クロが死んだ時、私は近くにいたの?…そんなはずない、私、クロが死んだことはユイから聞いただけだもん。もし私が近くにいたら、ユイはあんな言い方はしな……い……)
だが、この瞬間、ハルの脳裏にある種の天啓が舞い降りる。
ひとつだけ、存在する。
ユイのメモと、ハルの違和感を繋げる、唯一の可能性が。
(まって…まってよ…嘘だ…そんなの…)
だが、もしそれが真実だとするなら、これまでの前提の全てがまるごとひっくり返ってしまう。今ハルがここにいるということの意味が、恐らく180度変わってくる。
(…あれ…いつだっけ…!?ユイと一緒に花火の下見いったの…いつだっけ?!昨日?…違う…違う違う!!いったのは昨日!…でも…でも!!)
本来の時間軸なら、確かに昨日はユイとともに花火の下見を兼ねてハルは山を訪れている。
訪れている。
では、
「あ…あ…あ…あぁぁぁぁぁ!」
そして、ハルはたどり着いた。この土壇場で。このどうしようもないタイミングで。もう取り返しがつかない、最悪のこの瞬間に。
ハルは、ひとつの残酷な真実に辿り着いてしまった。
思えば最初から変だったのだ。あの洞窟での妙な既視感と謎のビジョン、そしてユイのメモ。
だが、そう思うのは当然だった。なにせそれらの前提から全て間違っていたのだから。
ユイが死んだのは、たしかに山の神の仕業だ。
クロが死んだのも、恐らくは山の神によるものだろう。
ではクロは、いつ、どこで死んだのか?
どこ、というのは考えるまでもない。山の神に殺されたのならほぼ間違いなくあの洞窟だ。
では、いつ?
そもそも、何故クロが洞窟を訪れなければならなかったのか?
その答えが、ユイのメモだ。
端から間違っていた。ユイが探していたのはクロではない。それどころか、今のハルと同じように、クロは街を駆け巡るユイの隣にいたはずだ。
では、ユイの探していた、
ユイが自身の命を投げ打ってでも助けたい、大切な存在とは?
馬鹿な、そんなもの答えは一つしかありえない。
これで、全てが繋がった。
ハルの既視感、ユイが生前に洞窟を訪れた理由、クロが洞窟でその命を散らした理由。
そして、ユイが死ななければならなかった理由。
ユイは山の神に魅入られて自殺させられたのではない。本来、捧げられるはずだった供物の代用と、本来の供物を誘き出すための、ただの餌として殺されただけだった。
山の神に魅入られたのは、ユイではない。
真に山の神に魅入られたのは
ハルがその真実に辿り着いた刹那、彼女の視界は一瞬で紅に染まり、突如としてその姿を消した。
「っ!?グァウ!!!!」
目の前で忽然と消えたハルに、クロは驚きと怒りを露わにして吠える。
だが、木々に囲まれた広間に残されたのは、もう1人の主人を失った哀れな忠犬と、忠犬の主人が持っていた、小さな懐中電灯だけだった。
"…ごめんね…"
夏の暖かな風に乗せられて、広間に呆然と佇むクロの耳に、そんな、ひどく悲しげなハルの言葉が、聞こえた気がした。
しゅ、主人公がどちらか一方と明言したつもりはありまそんそん(●ฅ́дฅ̀●