深夜廻 繋いだ手をもう一度 (本編完結)   作:めんりん

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前回から二週間と少し……この作品のスパンとしては過去最長ですかね…(−_−;)
だって難産でしたもん…とまあ言い訳もそこそこに、すでに展開を勘付かれているかたも多数かもしれませぬが………まあここまで来たら一つお付き合いくださいませ(^◇^;)


第5話 : もう一つの夜

 

 

光が強くなればなるほど、その影に生まれる闇も強くなる。

 

 

 

 

それが、天地開闢の時から連綿と続く世界の絶対法則。

 

 

 

 

大切な親友と過ごす時間と、それ以外の時の虚しさを知る1人の少女は、恐らく誰よりも強くこの法則に縛られて生きている。

 

 

 

光と闇。温もりと冷たさ。安らぎと苦しみ。

 

 

 

少女にとって世界とは、清々しいほどの二面性を持つ、優しくて残酷な小さな箱庭。

 

 

右手を繋ぎながら左手に武器を持っていなければ生きられない。

 

 

 

光を浴びるためには、その身を闇に浸さなければならない。

 

 

 

 

このどうしようもない泥沼から抜け出す術を、少女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

"まったく…うん、行こうね。2人で、一緒に"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ時。空き地で子犬たちやハルと別れたユイは1人無言で帰路を歩む。鈴虫や蝉といった夏の名物たちの合唱が、夕日に照らされる街を彩る。

 

 

 

だが、そんなこととは対照的に、ユイの表情は晴れない。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

ハルと一緒にいた時の潑刺とした雰囲気は何処へやら。その表情には普段の明るさはかけらも見当たらず、もしこの顔のまま空き地に顔を出せば、臆病なチャコあたりはクロの背中から出てこないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ユイにとって帰路というものは憂鬱な存在でしかない。直前までハルと過ごした時間が楽しければ楽しいほど、その対価と言わんばかりに鬱々とした気分にさせられる。

 

 

 

年頃の子供が、遊び足りなくて駄々をこねているわけではない。ただ単純に、この後に過ごす時間になんら希望も意味も抱けないだけだ。

 

 

 

人にはそれぞれ、大なり小なりはあれど、好きな場所と嫌いな場所、というものがあるだろう。

 

 

 

好きな場所。例えばお気に入りの公園であったり、行きつけの喫茶店や川沿いの土手など、その種類は多岐にわたる。

 

 

 

嫌いな場所。勉強が嫌いなら学校、疲れ果てた社会人なら職場、あとはなんとなく通りたくない道その他諸々。

 

 

 

 

一概には言えないが、敢えて模範解答を示せと言われればこんなものか。

 

 

 

 

 

だが、ユイの場合は違う。

 

 

 

 

ユイにとって、好きな場所、という明確なものは存在しない。

 

 

 

ハルと一緒にいられる場所

 

 

 

強いていうならば、ユイの答えはこうだ。場所ではなく、人に依存する不明瞭な答えなのかもしれない。

 

 

 

だが反面、嫌いな場所、ということならこれ以上ないほど正確な答えを用意できる。

 

 

 

「……………」

 

 

 

それは、今まさにユイの目の前に佇む一つの一軒家。ついでに言えば、ユイの帰路における最終地点。

 

 

 

自宅。

 

 

ユイの最も身近な場所であり、彼女がこの世で最もいたくない最悪な場所でもある。

 

 

 

「…………はぁ…」

 

 

願わくば、いや叶うなら願われたって足を踏み入れたくはないのだが、残念ながら小学四年生の少女が自宅以外に活動拠点を確保することは、金銭的にも社会的にも非常に厳しい。

 

 

 

まあ、帰らなかったら帰らなかったらで、また体に巻く包帯や絆創膏が増えるだけなので、ユイに選択肢など初めから存在していないのだが。

 

 

 

もう何度目になるか、憂鬱から来る重たい溜息と共に、ユイは自宅の門をくぐる。

 

 

 

ポッケから取り出した鍵を鍵穴に差し込み、捻る。

 

 

玄関に入り、今しがた開けた鍵を閉める。本音を言えばこのままチェーンをかけてタンスとソファーあたりをドアの前に置いておきたいところだが、そんなことをした暁には文字通り命を失いかねないのでやめておく。

 

 

 

「……くさい………」

 

 

 

リビングに入った途端鼻につく、アルコールの匂い。テーブルの上に片付けもせずに放ったらかしにしたビールの空き缶や焼酎の空瓶のせいだ。

 

 

 

もちろんユイが取り出したものでも買ってきたものでも、まして口にしたものでもないが、飲み散らかした当の父親が帰って来る前に片付けておかないと後々危ないということはユイ自身が一番よくわかっている。

 

 

 

仕方なく、自らの身を守るためだと自身に言い聞かせ、ユイはテーブルの上に散乱する飲み捨てられた亡骸をまとめてキッチンに運び、匂いが残らないよう一つ一つ丁寧に水洗いをしてからゴミ袋に分別していく。

 

 

 

ハルの家でキッチンに立つことは楽しい。いつ使われてもいいように整えられているし、ユイ自身もやらなくていいと言われていても率先して片付けまでやってしまうくらいには晴々とした気分でいられる。

 

 

だが自宅のキッチンは違う。昨日のカレーを作るときに出た玉ねぎやニンジンの皮が未だシンクに片付けられもせずに残っているし、キッチンの奥には空き缶で体積をパンパンに膨らませたゴミ袋が打ち捨てられるようにして置かれている。

 

 

 

その中身の空き缶全てがアルコール類なのは最早言うまでもない。そしてその空き缶のほとんどを洗ってゴミ袋に詰めているのがユイであることもだ。

 

 

 

ユイの母親はもう何年も酒は口にしていない。簡単だ、下手に酔いが回ろうものなら、そのまま自身の夫に包丁を突き刺してしまいかねないのだから。

 

 

 

そんなことをユイと2人で出かけた先で母親がぼそっと口にしていたことを、ユイは今でも鮮明に覚えている。

 

 

 

つまり、この夥しいアルコール類の亡骸の山は、全てユイの父親1人が作り出したものに他ならない。

 

 

 

そしてそれは、残念ながらユイの体から包帯や絆創膏が消えない理由と無関係ではない。

 

 

 

 

冷蔵庫を開けて、中に残っている食材をざっと見で確認しつつ、思い浮かべた献立に必要なものを引っ張り出す。

 

 

 

母親から日を過ごすためにもらった千円がまだ財布の中に残ってはいるが、折角なのでそれはお小遣いに回してしまう。

 

 

 

時刻はまだ夕飯には少し早い時間ではあるものの、あと2時間もすれば父親が帰宅してしまうので、それまでには調理から食事、後片付けに入浴等を済ませて二階の自室に閉じこもりたい。

 

 

 

母親からも、できる限り夜は一階に来ないよう言いつけられている。普段から家庭内で荒れている父親が、酒に酔ってユイや母親に暴力を振るうからだ。今ユイが額に巻いている包帯も、つい最近その父親から振るわれた暴力が原因でもある。

 

 

 

 

 

仕事や生活面で溜まるストレスを、酒とギャンブル、そして家庭内暴力という形で表現する男を父親とは心底思いたくはないのがユイの一番の本音だが。

 

 

 

 

 

軽く濡らしたまな板の上に並べた玉ねぎの皮を剥き、それを少量切ってボールに移す。キャベツは適当に食べやすい大きさを切り取り、残りはラップをして冷蔵庫の元あった場所に戻す。

 

 

本当は人参やピーマンといった野菜も加えたいのだが、誰に、というよりハルに振る舞うわけでもなく、ただ自分の栄養摂取以外の目的はないのでその辺は省略する。

 

 

まあハルはユイがピーマンを加えようとすると、それはそれは渋い面もちで口をへの字にしていたりするのだが。

 

 

後は熱して油を伸ばしたフライパンに麺、野菜、そして少量の豚肉を一緒くたに放り込んで適当に火を通す。もちろん、食材にはそれぞれ火の通りやすさが違うため、このように全てを同じタイミングで炒めるのは得策ではないが、こんな鬱々とした気分でそんな手間をかける気にもならないユイは、無言でフライパンの中で踊る食材たちを見つめるだけ。

 

 

最後に、いい加減な量のソースをフライパンにそのままぶちまければ、適当大雑把焼きそばの出来上がり。ユイ一人分の量しかないため、手間も時間もそんなにかからない。

 

 

 

それを皿に移し、簡単に手を洗ってからテーブルに運ぶ。

 

 

 

 

「…いただきます……」

 

 

 

そう口にしたきり、ユイは黙々と自らが作った雑な焼きそばを作業のように口に入れていく。

 

 

 

部屋の電気も、テレビもつけず、ただひたすらにユイの立てる小さな咀嚼音だけが、薄暗いリビングを虚しく彷徨う。

 

 

 

ひどい味だと思う。キャベツや玉ねぎは焦げていないものの方が少ないし、肉は何も考えずに放り込んだためか、ところどころくっついたままだ。挙げ句の果てに、ソースが完全に食材に絡んでいない。

 

 

こんなものを料理とは呼びたくない。

 

 

 

「…ご馳走さま…」

 

 

いい加減な焼きそばもどきを平らげ、使った皿や調理器具、シンクに残ったゴミ等を全て片付けたユイが時計を見れば、タイムリミットは残り1時間と言ったところか。

 

 

 

「ギリギリ間に合うかな」

 

 

 

手に残る水分をぴっぴと飛ばして、ユイは二階の自室から替えの下着とパジャマを引っさげて浴室に入る。

 

 

 

「うん……っしょ」

 

 

シャツやズボンといった衣服を洗濯カゴに放り込み、額に巻いた包帯を外し、下着だけの姿で、ユイはふと鏡に映る自分を見つめる。

 

 

そこに映される、普段は服の下に隠れて見えない無数の痣が刻まれた痛々しい小さな白い肢体。包帯を外した額には、横髪に隠れるようにしてまだ新しい大きな切り傷が露わになる。

 

 

誰が見ても普通ではない。これが全て父親によるものだと知られれば、最低でも警察が動く事態ぐらいにはなるだろう。

 

 

 

だがそうはしない。それをすれば、恐らく今のユイの生活は終わりを告げることとなる。ハルと一緒にいられる時間がなくなることだけは絶対に嫌だ。

 

 

 

それだけは、何があっても絶対に()()()()

 

 

 

だが、そんなことを言っていられるのも今のうち。あと一月もしないうちに、ユイはその唯一の心の拠り所さえも手放さなければならない。

 

 

 

 

そうなったら、自分は一体何を希望にして生きていけばいいのだろう。

 

 

 

 

 

何のために、この痛みと苦しみを耐えていけばいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

先の見えない不安の中、ユイは鏡から視線を外して浴室のドアをくぐった

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴び終えたユイは、ドライヤーで手早く髪を乾かしてリビングに向かう。冷蔵庫から買っておいたパックのリンゴジュースだけを持ち出して、早足で二階の自室に入ってから扉を閉める。

 

 

 

自室に取り付けられた小さな置き時計を確認して見れば、帰宅してからちょうど2時間ほど。

 

 

「いたっ!…そうだ、包帯包帯」

 

 

ふと揺れた髪が額の傷口に触れる。鋭い痛みとともに新しい包帯をまだ巻いていないことを思い出し、ユイは勉強机に置かれた小さな白い救急箱から包帯を取り出し、慣れた手つきで額の傷を隠すようにして巻いていく。

 

 

初めて包帯を巻くほどの怪我を負った時、母親から一人で巻けるようにと教えられて以来、ユイは自室にも救急箱を置かれることになった。願わくばそんな時は永遠にきてほしくなかったのだが、そんな願いは叶うはずもなく、今では片手間ですら巻けるようになってしまった。

 

 

 

 

「これでよしっと」

 

 

 

 

そして、ユイが包帯を巻き終えるのと同時に、玄関の扉が開く音が聞こえてくる。帰って来たのが母親であるなら、おかえりの一言も言ってあげたいが、父親であった場合は身の危険があるために、ユイは自室にこもっていることを選択した。

 

 

 

持ち出したパックにストローを差し込み、中のジュースを吸い上げる。シャワー後で火照った体に、冷えた果実の甘みが染み渡る。

 

 

 

 

勉強机に置かれた小さな置き時計が示す時刻は7時過ぎ。眠りに落ちるにはまだ些か早い。

 

 

 

 

「…ハル、何してるかな」

 

 

 

 

夜は嫌いだ。大した意味もないのに、何となく心が不安にさせられる。

 

 

 

 

それに、昨日遭遇したあの巨大な鋏を持った怪異。あんなものが平気でそこいらをふらふらしているなど、いよいよこの街の正気を疑いたくなる。

 

 

 

 

まあ、ユイにとっては家にいようが外にいようが、身の危険があるという意味では対して違いを感じられないのだが。せいぜい雨風が凌げるから、100歩譲って家がマシ、といったところか。

 

 

 

そして何より、ハルに会えない。ユイにとって、それが一番辛い。

 

 

 

 

ユイの世界は、ハルを中心に回っていると言っても過言ではない。

 

 

 

 

ハルと一緒にいたい。笑顔が見たい。手を握ってあげたい。守ってあげたい。

 

 

 

周りから見れば、ユイがハルの面倒を見ているように見えるだろう。雛鳥を守る親鳥のように見えているかもしれない。

 

 

 

だが、それは間違いだ。本当に救われているのは、ユイの方。ハルと一緒にいる時だけが、ハルが隣にいてくれる時だけが、それだけが、今のユイの心の拠り所になっている。

 

 

 

 

「いいや、寝ちゃお。やることもないし」

 

 

 

時刻はようやく日が落ちた頃合いだが、別段起きていなければならない理由もない。起きていたって、辛くて寂しいだけだ。ならば、早いとこ意識を閉ざして夢の世界に逃げ込んだ方が賢明というものだろう。

 

 

 

それに、明日になればまたハルに会える。

 

 

 

明日こそ、ハルやクロ、チャコたちと一緒に山に行こう。

 

 

 

そう心に決めて、ユイは部屋の電気を消して、ベッドに入り薄いブランケットを被る。普段とは違い、就寝用に背中に流している焦げ茶色の髪が跳ねてしまわないよう、しっかりと伸ばしてから横になる。

 

 

 

「…山…ハル、どうしたんだろう」

 

 

だが、いざ暗闇で視界が曖昧になると、途端に夕暮れのハルとの会話が脳裏に蘇る。

 

 

 

 

涙をぽろぽろと流しながらも、遂には全てを語ってはくれなかった親友の姿を思い出し、ユイは胸が僅かにざわつくのを感じた。

 

 

 

「…大丈夫…かな…」

 

 

あの時、ハルはたしかに様子がおかしかった。昨日、ユイに引越しをしてしまうと打ち明けた時よりも、遥かに重く、そしてどこか悲しげな姿が、脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

 

それはつまり、引っ越しをしてしまうこと以上の何かを、ハルはユイに隠しているということだ。

 

 

 

 

言いようのない不安が、暗雲のように立ち込める。下からは大きな怒鳴り声と、何かが割れる大きな音が、部屋の扉越しに聞こえてくる。

 

 

 

 

そんな現実から逃げるように、一つの小さな願いとともにユイは瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

 

明日は、今日より少しでも、ハルと一緒にいられますように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、このささやかな願いを叶えるための代償は、決して容易いものではなかった。

 

 

 

それを、彼女は思い知ることとなる。

 

 

 

 

対価の必要ない願いなど、この世のどこにもないのだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"…ごめんね…"

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 

深夜、街が完全に眠りに落ちた頃、突如としてユイはベッドで飛び起きる。

 

 

 

「………ハル……?」

 

 

 

意識のない眠りの中で、ハルの声を聞いた気がした。ひどく悲しげで、切ない、きいているだけで胸が張り裂けてしまいそうなくらい悲痛な声音だった。

 

 

 

「……はぁ…疲れてるのかな、私……ん?」

 

 

そんな時、窓の外、正確には玄関のすぐ外あたりから鳴き声が聞こえて来た。小さな子犬が、一生懸命に自分を呼ぶこの声を、ユイは知っている。

 

 

 

「うそ…チャコ?どうして…!」

 

 

 

ベッドを飛び出し、ユイは部屋を出る。足音を立てないよう、細心の注意を払いながら階段を降りる。

 

 

先ほど片付けたのは何だったのか、ユイが帰宅した直後と同じようにアルコールの匂いと空の容器が散乱するリビングを抜け、ユイは玄関の扉を開ける。

 

 

 

「ワウっ!」

 

 

そこには、やはりというべきが、空き地で眠っているはずのチャコが、薄茶色の毛並みを揺らしながらユイを出迎えた。

 

 

 

「こら!こんな時間に何してるの!早くお家に帰りなさい」

 

 

めっ、と言うように、周りに聞こえないよう小さな声でユイは目の前の子犬を叱りつける。

 

 

普段なら、気の弱いチャコはユイに叱られればすぐにしゅんとうな垂れてしまうのだが、今はなぜかそうはならない。それどころか、ユイの目を真っ直ぐに見たまま視線を外そうとしない。

 

 

 

まるで、目の前の主人に、何か大事なことを伝えようとしているかのように。

 

 

 

 

「…チャコ…?」

 

 

そんな、いつもとは違う子犬の雰囲気に、ユイは困惑する。

 

 

 

「…どうしたの?クロは?…あなたがクロと離れて一人でここに来るなんて………」

 

 

気の弱くて臆病なチャコが、夜の街を一人で歩くというのはユイとしてはどうしても考えられない。だが、事実としてチャコは今彼女の目の前にいるし、クロの姿も見えない。

 

 

クロとチャコの関係は、ユイとハルのそれに近いものがある。怖がりで気の弱いチャコは、決してクロの側を離れることはない。

 

 

 

 

そのチャコが、一人でここにいるということは、

 

 

 

 

 

「…チャコ…クロは…どうしたの?」

 

 

 

クロの身に何かがあった、もしくは、クロが一人でどこかに行ってしまったか。

 

 

 

そんな張り詰めたユイの声に、チャコはユイから視線を外すと、ある方向を見て吠える。

 

 

チャコの視線を追い、ユイもまたその方向を見た。

 

 

 

 

 

そして、直感的に理解した。クロがどこに向かったのか、

 

 

 

 

そしてなぜクロだけでなく、チャコまでがここにいるのか。

 

 

 

チャコとユイの見た先にあるのは、一つの巨大な影。この街を見下ろす不動の巨城。

 

 

 

「…チャコ、クロは…ううん、ハルは…あそこに向かったの?」

 

 

 

チャコは答えない。ただじっとユイの目を見上げている。しかしそれが、ユイにとっては何よりの答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユイの奥歯を噛みしめる音が、わずかに夜の街を震わせる。

 

 

 

 

「…ハルの……ハルのバカ!!」

 

 

 

山に何かがある、いや、()()

 

 

 

そして恐らく、あの様子だとハルはその何かの正体を知っている。あれだけ言っても話そうとしないのだ、よほど恐ろしいものなのだろう。

 

 

 

それなのに、ハルは一人で山に向かった。ユイと、クロやチャコとみんなで花火に行きたい。ただそれだけのために。

 

 

 

自分になんの相談もなく、一人で。

 

 

 

ユイは生まれて初めて、自身のはらわたが煮えくりかえるほどの怒りを感じた。

 

 

 

 

「ああっもう!!」

 

 

怒りのままに、ユイは扉を閉めて家に戻る。自室まで駆け上がったユイは、身に付けていたパジャマを床に脱ぎ捨て、箪笥から引っ張り出したシャツとショートパンツを大急ぎで身に付ける。

 

 

 

素早く髪を頭の後ろで一つにまとめると、それを縛って愛用のリボンを結ぶ。

 

 

 

そして小ぶりのリュックに懐中電灯と電池、財布だけを詰め込み、再び階段を降りて外に出る。そして、そこで待っていたチャコに向かって静かに言った。

 

 

 

「チャコ、私をハルとクロのとこまで連れて行って」

 

 

本来なら、チャコを巻き込むようなことはしたくない。だが、今だけは一緒に行かなくてはならない気がした。根拠はない、ただそうしなければならないという確かな思いが、ユイにはあった。

 

 

 

「ワウっ!」

 

 

 

そしてユイの声に、チャコは一際大きな声で応える。そうして山に向かって走り出すチャコを追って、ユイもまた走り出す。

 

 

 

 

 

「絶対に…絶対に許してあげないから。追いかけて、見つけ出して、たっっくさんお説教するまで、許さないんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

形容し難いほどの闇が広がる街を、彼女は駆ける。目指すは、今もなおそこにそびえる暗き巨山。そして、そこにいるだろう彼女の親友。

 

 

 

 

語られることない、もう一つの夜の物語の幕が、今切って落とされた。

 

 

 




ということで、主人公交代です(^.^)
あー…地下水道のとことかどうなってたか……おっと誰か来ましたね、ではまた^ ^

多分また今回と同じくらいの間をいただくことになると思いますが、出来る限り早め早めと頑張りますので、何卒ご容赦を( ´Д`)
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