とりあえずおまたせしました、長い間更新が滞り申し訳ありませんでした。
12月28日 02:00.追記
やっとこさ投稿できると思ったらまさかの事態になったのが↑です、ドタバタしてて申し訳ありませんm(__)m
実に三週間、段々と更新期間が開いてしまっています……なんとか年内に最終話までいきたいと思っていますが、年越し後になる可能性も低くないのが現状です。まあこれは本当に私の頑張りと気合の問題なのでなんとかします(・ω・三・ω・)フンフン
肝心の内容ですが……なんと文字数が過去最多、しかも通常の2倍オーバー…多分これが更新間隔空いた原因の一つですね…途中で切ろうかとも思いましたが、構成上これしかなくて( ; ; )
何が起こるかは……まあタイトルからご察しいただけるかと思います
それでは、物語も大詰め、お楽しみいただければ幸いでございます。
結果から言うと、ユイとチャコによる地下水路における探索での障害は殆ど存在しなかった。
あの目を覆いたくなる惨劇後に、光を取り戻した蛍光灯や手持ちの懐中電灯を頼りに奥へ奥へと進み続けたユイとチャコ。あのような悪環境においてはいかな嗅覚であろうと当てになるはずもなく、二人はそれぞれの勘を信じて進むしかない。
先に進む道を塞ぐ鍵がかかったままの扉もいくつかあり、鍵を探すことを検討したが、闇雲に地下水路を探索するリスクや、それにかかる時間を考慮して、止むを得ずユイは手近の鉄パイプで扉の鍵を強引に破る方法を選んだ。
とは言ったものの、地下水路そのものが平和だったかと言えば、そんなことは断じてない。だが、あの惨劇の後に二人が怪異に襲われることもまたなかった。
何故か。
簡単だ、いく先々で、恐らく同種と見られる腕型の怪異や泥人形は、その悉くが同じように何者かに惨殺されていた。泥人形に関しては、死すると同時にどうやらただの泥に戻るようなので、具体的に何があったのかは定かではない。
しかし、それは腕型の怪異の死骸を見れば何となくの察しはつく。どの怪異も、最初のものと同じく、その巨大な身体中ならぬ腕中を虫食いの如く穴だらけにされており、その死骸は凄惨という表現では足りないほどに惨たらしい有様だった。
加えて言えば、水路の奥には真っ白な赤ん坊やら黒い巨体に赤い触手を取り付けたようなものから、果ては巨大な人面蟹のような怪異もいたのだろうが、全て同様のやり方で葬られた後だった。
人面蟹については多少抵抗したのか、その重機のような鋏を振り回した痕跡が水路のそこかしこに残ってはいたが、硬いはずの鋏は側面から易々と貫かれ、両手の鋏と半分の足を失い、もはや巨大な顔だけと言っても過言ではない胴体部分は、さながら達磨のような無残な姿で転がっていた。
だが、その謎の存在のおかげで道中怪異に襲われずに済んだのだから、ユイの心情は複雑だ。仮にも、自分が目にした死骸の数だけの怪異が自分たちを襲うことを想像するとゾッとしない。
が、そんな恐ろしい怪異たちを歯牙にも掛けない何者かに遭遇することを想像すると、もはや生きた心地がしないのもまた事実。
なのだが、その何者かの行動は些か以上に妙である。仮にも怪異を葬っているのだから、その何者かもまた怪異かそれに近しい存在のはずだ。まさかどこぞの陰陽道を極めた何たらとかいう者の仕業などではあるまい。
だが、その存在が攻撃するのは怪異ばかりで、ユイやチャコに対しては何ら敵意を見せてこない。
これまでとは違い、自分たちに害意のない怪異なのか。
怪異に対してのみその力を振るう怪異なのか。
はたまた、怪異とはまた別の存在なのか。
そんな考えが次々と浮かんだが、ユイはそれら全てを頭の奥底にしまった。その何者かについて考えているよりも、障害の殆どが排除された地下水路を抜けることを優先するべきと判断したからだ。
正直、地下水路といい山の入り口の赤い糸といい、状況はユイの想像よりも遥かによろしくなかった。
特に、あの赤い糸は非常に不味い。もしハルが山を訪れる前からあの糸があったなら、髪の毛一本ほどはマシな状況だったかもしれない。
だが、もしあれが
何故なら、あの赤い糸を張った何かの狙いは即ち、ハルということになるからだ。
あの赤い糸は、侵入者を阻む結界であり、餌を逃がさないための檻となる。
そして、残念ながらユイは後者の可能性が高いと踏んでいる。少なくても、日中にハルやクロとともに山の近くを通った際にはあんな糸はどこにもなかった。
加えて、ハルが山に入ったとして、どうやってハルはあの入り口以外から山に入ったのだろうか。少なくても、地下水路の入り口の鉄格子は、先程ユイが開けるまで長い間放置されていたのは間違いない。
ここを通らず、正規の入り口は使えない。ここまで材料があっては、状況を楽観視することはユイにはできない。
ハルが危ない。
そんな焦燥が、自然とユイの脳内から邪魔な思考を取り除いていた。
だが、それとは別に、彼女には無視できない懸念材料がある。
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチっ
それが、今もユイとチャコの前方で歯を打ち鳴らす鼠の群れ。怪異とは違い、この鼠たちだけは、謎の存在に葬られることもなく、度々姿を現しては二人に対して威嚇を繰り返していた。
「ワウっ!!」
だがそれも、この小さくも頼もしい子犬の一声と一睨み、そして一歩で毎回毎回一目散に散っていくのだが。
「…鼠たちは殺されてない。一体なにが起こってるの…」
鼠たちが走り去っていた方向を見つめ、ユイは今日何度目になるかもわからない困惑に襲われた。怪異は殺されているのに鼠には健在。それどころか、奥に進めば進むほど、こうした鼠たちによる妨害が増えている。
「…ハル…お願い、無事でいて…っ!」
そんな思考を頭を左右に振ることで投げ捨て、ユイは通路の奥の扉を開ける。
扉の向こうには、あいもかわらず真っ暗な景色が広がっていた。違うとこといえば、そこは地下水路ではなく、ダムの外観に取り付けられた階段の踊り場であり、さらに上に続いているところか。
夏の生温い風が、ユイの髪と、それを縛るリボンを煽る。
「外に出た…?そっか、ここは山のダムだったんだ」
上に続く階段を上りながら、ユイは自分が今どこにいるのかをようやく理解した。たしかに、ここからなら入り口を用いずに山に入れるかもしれない。
だが、当然正規の道のりと比較するとかなりの遠回りなはず。
「急がないとっ」
階段を駆け足で上がり、そんなユイを守るようにチャコが先んじて階段を登り終える。
短い階段の先には、わずかな光も照らされていない一本道が伸びていた。
「暗い……真っ直ぐなのに先が全然見えないや」
懐中電灯のスイッチを入れ、自分というよりはチャコの前方を照らすようにして歩く。
扇のように広がる光を頼りに、2人は進む。じめじめとした閉鎖的な地下水路に比べれば、まだこちらの方が幾分かマシかもしれないと、ユイは前方を歩く子犬を見て思った。
だが、そんな甘い考えは外の空気を吸ってからものの数秒で覆ることとなる。
「……あれ…?」
ユイとチャコの前方を照らす光の明度が僅かに落ちた。
「…おかしいな、電池切れたかな」
試しに一度スイッチを切り、再びつける。だが、地面に落ちる光の明度は先程よりなお低い。
そして、本格的に電池切れかとユイがリュックの中を確かめようとした時、ついに地面に落ちていた光が消えた。
「っ!? ワウっ!ワウっ!!」
光が急に消えたことにびっくりしたのか、チャコが突如として騒ぎ始めた。
「ごめんごめん。いま電池を変える…から…」
そんな愛犬の怖がりな面に苦笑しつつ予備の電池を取り出そうとして、しかし手を止めた。
(なに…この寒気…)
背筋が冷たい、なんてものではない。
今の季節は夏、それも夏休み真っ只中だ。いくらダムの外側とはいえ、この寒気はおかしい。であれば、これは気温から来るものではない。
これは、未知なる恐怖、その到来の前触れだ。
ユイは勢いよく来た道を振り返る。一寸先をも見通せない闇を凝視するが、なにも見えないし感じない。
ならば前かと前方を見ても、やはり何もない。
だが、気のせいかとユイが安打しかけた時、待っていたと言わんばかりの絶好のこの瞬間に、
ズウゥゥゥゥゥぅぅンっ!
「っ!?なにっ!?」
およそ聞いたことのない重厚な振動音に、ユイは首だけでなく、体ごと振り返る。
そこにあったのは、またしても巨大な腕だった。だが、地下水路で遭遇した腕型の怪異とそれは、まるで様子が異なっていた。
一つは、その腕が水中からでなく、むしろその逆、ユイの頭上よりも遥かに高い位置から下に向かって振り下ろされていること。
二つめは、かの怪異のように表面に黒ずんでぬめぬめした皮膚はなく、人の骨格が剥き出しになった骸骨のようであること。
三つめは、ただ単純にその大きさがかの怪異より桁外れに大きいこと。
「…じょうだんでしょ…」
そして、ユイはその腕をつたいながら視線を上に、そして横、つまりは足場のない暗い空中に向けたところで、瞳と首の運動を止めた。
まず真っ先に思い浮かぶのは、学校の理科室にある骨格標本。それから頭と両腕を取り外し、頭部にくしゃくしゃの髪をつけて巨大化。
最大限に平和的に表現すればそんな見た目のような、あまりに大きい骨と髪だけの人の頭部と両腕が、何もない空中に浮きながらユイとチャコを見下ろしていた。
紛れもなく、怪異だ。それも、今までとはあまりにスケールが違う規格外な。
怪異はその巨大な右腕を躊躇うことなく立ち尽くすユイめがけて振り下ろす。
「っ!?チャコっ!!」
だが、迫り来る死を前に、一瞬早くユイの硬直が解ける。恐怖にすくむ足に叱咤を入れて、あらん限りの力で地を蹴りだす。
ズウゥゥゥゥゥぅぅんっ!!
今しがたユイが立っていた場所に、またもその巨大な右腕が叩きつけられる。あんなものをまともに食らえば、いやまともどころか掠りでもしてしまえば、結果がどうなるかなどと想像するだけで背筋が寒くなる。
それを本能的に理解してか、ユイとチャコはすでに怪異から少しでも距離を取るべく全力で駆けている。
(早く…っ!早く早くっ!森の中に入ってしまえば……っ!)
前方にうっすらと見えてきた木々の群れにそんな願いを託し、ユイは時折後ろを振り返りながら駆ける。
「なっ!?」
だが、振り返ることも束の間、次の瞬間には怪異はユイの後方から真横に出現。物理法則を完全に無視した超移動に、わずかにユイの反応が遅れた。
そして、怪異は駆けるユイとチャコ、2人の間にその巨大な左腕を叩きつける。
「きゃあっ!?」
信じられないほどの重々しい風圧が巻き起こり、弾かれるようにしてユイの小さな体が来た道を転がっていく。そして、ユイがようやく回転が止めた体を起こしたのは、すでに前方のチャコと完全に分断された後だった。
「…う…ぐっ!」
まだ痛みが残るなか、ユイは自分を見下ろす巨大な頭蓋を見る。風穴のようなその大きな目に当たる部位は、時折不気味なまでの赤い光を発している。
正直、状況は手詰まりに近しい。チャコとは分断され、自身の横には怪異。しかも、これまでとは文字通り桁が違う弩級の類だ。加えて言えば、こちらは大きな怪我は負ってはいないものの、吹き飛ばされた衝撃と痛みは未だ引いていない。
「それが…なに」
だが、諦めるなどと言う選択肢などないし、あったとしても選ぶつもりは毛頭ない。
そんな情けない姿を晒すためにここまで来たわけでは、断じてない。
「こんなところで……遊んでる場合じゃないのっ!!」
ユイの叫びに対する怪異の返答は、巨人のような左腕による振り下ろし。普通なら、下がって避けるべきだろう。だが、それではいつまでたっても前に進めない。
故に、ユイは前に出ることを選ぶ。未だ節々が痛む小さな体に鞭を打ち、今まさに振り下ろされんとする左腕の直下、つまりはチャコがいるだろう通路の前方に向けて。
あらん限りの全力を振り絞り駆ける。そして、あわや巨大な腕がユイを押し潰さんとした寸前を狙い、なりふり構わず前方へ向けて体を投げ出した。
加減も計算もない、いわゆる全力ダイブ。直後にユイの背後にはその巨人のような腕が叩きつけられ、そこから生まれる風圧と飛び込みによる勢いで、ユイは再び吹き飛ばされる。
だが、今度は咄嗟に肩から着地し、勢いを殺すために自ら回転。そして回転の勢いをわずかに残して立ち上がり、そのままさらに駆ける。
あれだけの巨体だ、一度腕を振り下ろしてから次の行動に移るまでにそれまでに間隔が空く。そんな半分以上賭けのような憶測を立てつつ、ユイはひたすらに走る。
吹き飛ばされたとはいえ、あと少しすれば先程見た森に入れるはずだ。
だが、そんなユイの希望を打ち砕くように、突如として走るユイの左、その宙空に再び巨大な頭蓋と両腕が姿を現した。
そして、ユイの逃げ道を塞ぐように、再び左腕が振り下ろされる。
「ぐっ!?うぅぅっ!!?」
咄嗟に足を止めて両腕で顔を庇うことで、何とか吹き飛ばされることは防いだものの、これでは勝ち目のないイタチごっこの繰り返しだ。
「…それでも…っ!」
だが、彼女は屈しない。屈することは許されない。ここで諦めることは、すなわち彼女のたった1人の親友の命を見捨てることと同義だ。
そして、彼女の強い心に応えるものが、ここにはいる。
「ワウっ!!」
「チャコっ!?」
主人を助けるために、危険を顧みずに駆けつけた子犬は、主人を傷つけた怪異に向かって果敢に吠える。
だが、子犬の威嚇など、この巨大な怪異に対して一体どれだけの効果があるのか。それは、まさしく小鳥が山に向かって囀るようなもの。訪れる結末を想像することは、難しいことではない。
「だめっ!!逃げてチャコっ!?」
もたらされる最悪の未来を想像したユイの、悲痛な声が響き渡る。しかし、それでもなお、子犬は主人を守るために立ち塞がる。その不気味な双眸に臆することなく、確固たる意志を持って眼前の脅威に向かって吠える。
「ウゥゥっ…ワウっ!!」
そして、怪異はゆっくりと巨大な右腕を持ち上げ、
刹那の後に掻き消えた。
「……え?」
あまりの出来事に、ユイは呆然と立ち尽くす。そんなユイに追い打ちをかけるように、怪異がいたであろう宙空から、数匹の鼠がチャコのそばに落ちる。
「ワウっ!!ワウっ!!ウゥゥゥゥ…っ!」
先程とは打って変わり、烈火のごとく怒り狂うチャコを見た鼠たちは、たまらずその場を走り去って行く。ユイに背を向け、鼠たちは一目散に反対方向へと駆けていき、そのまま山に解けるようにして消えた。
「…なんだったの…?おばけじゃない?鼠?…だめだ、わかんない…」
予想外の展開に、ユイはお手上げと言わんばかりに思考を放り投げる。そんなユイに、いまさっきまでの雰囲気は何処へやらといったいつも通りのチャコが駆け寄って来る。
「もうっ、危ないでしょ。でも……ありがとう、チャコ」
優しい手つきでユイに頭を撫でられご満悦な子犬とともに、ユイは再び前へと歩みを再開する。
程なくしてダムを抜けたユイは、アスファルトに舗装された道を抜け、そのまま草木が生い茂る獣道に入る。途中何故か大きな法螺貝が落ちているのを目にしたが、残念ながらリュックには入らないのでそのままにしておいた。
そして、そんな短い獣道の先にある開けた場所で、またしてもユイは彼らとの再会を果たした。
ギチギチギチギチギチギチギチギチ
数枚の鼠たちが、何かを囲むようにしながらユイとチャコに向かって歯を打ち鳴らす。
「ウゥゥゥゥ…っ!」
そんな鼠たちに対抗して、チャコもまたその穏やかな雰囲気を荒々しいものへと変化させていく。
「ワウっ!!」
チャコが一歩を踏み出して吠える。その度に、鼠たちはじりじりと後退を余儀なくされる。だが、彼らは後退をしながらも、決して今までのように逃げ去ることはなかった。
全員が何かを囲むようにしながら、必死に威嚇を繰り返す。それは、まるで何かを守るために侵入者を撃退しようとする自然動物の姿そのものだった。
「ワウっ!ワウっ!ゥゥゥゥ…ワウっ!!」
彼らのそんな姿を、主人への脅威としたのか、一気に詰め寄ったチャコがさらに吠える。
そして、止むを得ずといったように逃げ去っていく彼らの中心にいたのは、彼らと同じく、一匹の鼠だった。そのぐったりとした姿は、もう二度と立ち上がることも、瞼を開けることもない事実を、何よりも雄弁に物語っていた。
「…友達を…守りたかった…の…?」
先程まで自分の命を脅かしていた者達の真実を目の当たりし、ユイは立ち尽くす。そんな彼女の考えを肯定するかのように、巨大な人間の頭蓋が、突如として再び彼女らの前に具現する。
「ワウっ!…ウゥゥゥゥ…ウゥゥゥゥ…っ!!」
主人を傷つけんとする存在に、チャコが怒りを露わにして唸る。だが、ユイはそんな自身を守ろうとする子犬を、そっと包み込むように抱き上げた。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。もう…こわくないから」
キョトンとした目をするチャコを下ろすと、ユイは自ら怪異に向かって足を進める。恐れをまるで知らない少女の姿に、逆に怪異が戸惑うように後退していく。そんな怪異…鼠たちを尻目に、しゃがみ込んだユイは、手が土で汚れることも厭わず、その場で小さな穴を掘る。
そして、鼠の亡骸をそっと抱き上げて、穴に寝かせた上から土を被せ、最後に小さな木の棒を立てる。まるで、死した者を弔うかのように。
「これで……いい?」
優しく微笑みながら、ユイは自身を見下ろす鼠たちに問いかける。そんな彼女の言葉に応えるように、鼠たちは元の姿に戻り、その全てが、まるで彼女を認めたかのように左右に引き道の真ん中を促すように開けた。
「ありがとう。いこ、チャコ」
ユイは後ろで見守っている子犬に声をかけると、鼠たちが開けてくれた道を進んでいく。
ゆっくりとした足並みでその場を去っていく少女と子犬の姿が見えなくなるまで、鼠たちはただじっと二人の背中を見つめ続けた。
*****
鼠たちの縄張りを抜けたユイとチャコは、アスファルトに舗装された広い道を歩いていた。電池を入れ替えて光を取り戻した懐中電灯を頼りに、ユイはチャコが歩く後ろをついて歩く。
今更ながら、どうしてチャコはこうも迷いなく進めるのだろうかと考えなくもないユイだが、
(匂い…うん、匂いだよ。だってチャコ犬だし)
などと言った無理やり半分理屈半分な考えでとりあえずは納得しておくことにした。まあもしそうだとするなら、チャコが今ハルとクロのどちらの匂いをたどっているのかは少し興味のあるところだが。
そんなことを考えながら歩いていると、どうやら道を下っていたらしい二人の前に、本来は通ることのできない道が姿を現した。
「ダムの水が枯れてる…ここを通れば、山に出れる…かも」
本来なら、ダムから供給された水に塞がれているはずのダムぞこの道が、今はなぜか水気を失い、地面を露出している。明らかに異常現象ではあるが、方向的にここを通れば目的地である山に出れる可能性は高い。
「行こう、ハルを助けなきゃ」
数瞬の迷いもなく、ユイは前に進むことを選ぶ。例えこの先にどんな困難が待っていようと、乗り越えなければならないのだから。
*****
ダムぞこは、まさしく廃墟と呼ぶにふさわしい有様をしていた。ぬかるんだ地面、元は家屋だったであろう瓦礫の山。もはやなにが書いてあったのかわからない看板に、一枚の葉も残さない枯れた木々。
正直、こんな場所が街にあったことさえユイは知り得なかった。そんな生き物の気配など微塵も感じるはずがなかろうダムぞこに、しかし怪異は住み着いていた。
いや、彼らこそ生前はこの忘れられた土地の住人だったのかもしれない。
「んっ!!」
猛スピードで突進をしてくる黒い蛙ような小さな影に、ユイは懐中電灯の光を浴びせることで追い払う。正直、この懐中電灯がここまで怪異に有効であるのはユイからすれば、嬉しい誤算だった。
なんせ地下水路ではそもそも最初の一回を除けば生きた…というよりは動くことのできる怪異と遭遇することはなく、次に遭遇したネズミたちには欠片ほどの効力も見られなかった。
よくテレビや本で目にする[おばけは光に弱い]という世論の正しさが、少しだけ実感することが出来た気がした。
「っと、あれはだめだったよね…走るよ、チャコ」
とは言ったものの、向けられた光を物ともせずに襲い掛かってくる怪異もしっかりと存在していた。その一つが、水路で遭遇した泥人形のような怪異だ。
まあこの怪異については移動速度が鈍重なため、余程のことでもない限りはこの怪異によって危機に陥るということはない。
実際、今も三体の泥人形が後ろから迫ってきてはいるものの、元々運動能力が高水準なユイは勿論、小型犬であるチャコに追い縋れるほどではない。
(あ、でもハルだと危ないかも。あの子運動音痴だし…)
毎年運動会の徒競走で泣きべそをかきながら最下位を走っているハルの姿を思い出し、こんな状況にもかかわらずユイは自身の口元が緩むのを感じた。
(走り方は教えてるのに…一向に上達しないし)
親友の筋金入りの運動音痴っぷりに、やれやれと思いを馳せていると、半壊したなにかの建物の扉の前でチャコが座り込んでいるのが見えた。
試しにユイがその扉のノブを下へ動かすも、案の定というべきか、鍵がかけられていて開かない。
「この先なの?」
ユイの問いかけに、チャコは扉をその短い前足でとてとてと引っ掻く。
「仕方ない…か」
そう言って、ユイは近くに転がっているボロボロだがしっかりと重さの残る木材を両手で持ち、
「せぇー……のっ!!」
振りかぶった木材を勢いよくドアノブめがけて振り下ろす。古びたドアノブがその威力に耐えられるはずもなく、まるで崩れ落ちるようにドアノブは外れ、扉が開く。
(ごめんなさい…)
非常時とは言え、誰のものとも知れない鍵を力ずくで破壊してしまったことに心の中で謝罪しつつ、ユイはチョコとともに家屋を抜ける。幸い出口に鍵はかかっておらず…というより扉そのものがなかったために、また鍵を破壊しなければならない状況に陥ることはなかった。
しかし、先に進み続けて数分、ユイは何か違和感を感じ始める。
(…おばけがいない。さっきまであんなにいたのに…)
徐々に草木が見え始めていることから、山に近い場所にまで来ていることは間違いない。だが、先ほどまでいた怪異の姿がまるでないのは逆に不気味だ。
勿論、いないに越したことはないし、遭遇しないで済むのならそれは喜ぶべきことなのだが。
「ん?なんだろ…これ」
ユイが立ち止まったのは、もはやいつ建てられたのか判別すらできない古い石碑の前。
「んー……だめ、掠れて全然読めない」
懐中電灯で照らして見ても、そもそも文字そのものが既に長い年月の間で失われて、とても読めるものではなかった。
だが、本格的に草木が生い茂り、山の麓のような場所に建てられた二枚目の石碑は、部分部分ではあるが、辛うじて内容を読み取ることができた。
「じんじゃ…かみさまをおまつりし……もういやだとくちに……神社?こんなところに?」
どうやら、この先に神社があり、そこでなんらかの神を祀っているという内容だが、それ以上は文字が掠れて読みとれない。
「行こ。どのみち山はこっちなんだし」
ダムぞことは違い、灯篭で囲まれ石畳で整備された道を進み、古びた木色の鳥居の先にある石造りの階段を上っていく。神社にありがちな、長い長い階段を、二人はやや駆け足で登っていく。
途中、踊り場の掲示板に貼られた古い張り紙の、[境内にゴミを捨てないでください]という言葉を横目に、彼女らはさらに上に登る。
階段の先にあったのは、古くて風化が酷い神社だった。屋根の瓦も木製の柱も既に腐り果てており、原型をとどめていることが奇跡なほどに寂れている。最後に参拝客が訪れたのはいつなのか、まるでわからない。
そんな寂れた境内の中央に、一際目を引くものがある。
「人……かな…」
まるで藁人形のような簡易なものだが、巨大な人影を模したように、石畳が敷かれており、それぞれの四肢と頭部の先には、何か石碑のようなものが建てられている。
だが、残念ながら石畳の上にはお菓子や空き缶といったゴミが無造作に捨てられており、神社のもつ独特な神聖な雰囲気はかけらも感じられない。
「なんか…ひどいな…」
時の流れの残酷さを、少しだけ垣間見たユイの脳裏に、ハルとの記憶がよぎる。
(…いつか…引っ越しして…時間が経てば…ハルも私のこと、こんなふうに忘れちゃうのかな…)
何気ない寂しさのなか、ユイが石畳の上、部位から考えるから頭部に位置する場所に落ちていた空き缶を手に取った、その時
神社を吹き抜ける風が鳴いた。
「…え……?」
宙空に浮かぶ、巨大な赤黒い靄。それに大きく、ぼろぼろの青白い人の指を無理矢理に生やせたような、形容しがたいおぞましい姿。そして、その巨大な指で握る、赤い大きな断ち鋏。
「あなた……は……」
怪異、ではない。大きさで言えば、地下水路にいた人面蟹や、今しがた対峙した鼠たちによる巨大人体模型の方が遥かに大きい。
だが、今自分の目の前にいるこの存在は、そんなものとは一線を画するものだと、直感的にユイは理解した。いや、させられた。
この存在の前では、彷徨うだけの怪異など、その全てが塵芥同然と化すだろう。それほどまでに現れた怪異ではない何かは、圧倒的な存在感を放っていた。
そして、ユイはこの存在を知っている。
「…昨日も会ったよね。あなたなの?あなたが…ハルを山に呼んだの?」
ユイは昨日、この謎の存在と遭遇している。ハルを自宅まで送りとどけたその帰り道、ユイはこの存在に襲撃されている。
「あのこは、どこ?」
ユイの言葉の温度が、もはや小学生の女子児童が体現していいものではないほどに低下して行く。そんな主人の静かな怒りに呼応してか、隣に立つチャコの雰囲気もまた、低い唸り声とともに変化していく
だが、ユイの問いかけに、ソレは答えない。ただ無言で指を開き、その手に持つ鋏の切っ先をユイに向ける。
向かい合うユイもまた、腰を落として下半身に力を込める。
「ハルのためなら……おばけなんか…あなたなんか怖くないっ!あのこを返してっ!!」
そんなユイの怒りと決意に
"グォォォォォァァァァァ!!"
ソレは雄叫びと凄まじい速度での突進で答えた。
大きく開いた切っ先が、ユイの体を両断せんと迫る。
「チャコ逃げてっ!!」
迫り来る死の刃を、全力で真横に跳ぶことによってなんとか躱す。今しがたユイが立っていた場所の延長線上で、大木がまとめて数本、真っ二つになり崩れ落ちる。
明らかに異常な威力だ、あんなものまともにくらえば、ユイはおろか怪異であろうと迎える結末はその木々と変わらないだろう。
かと言って、あんなものに真正面から挑んだところで勝ち目などあるはずがない。
(なにか…っ!なにかないの!?弱点でもなんでもいい…!なにか…っ!?)
再び迫る凶刃を、同じように横に跳ぶことで辛うじて躱す。そして、獲物を捕らえられなかった刃が、その先にある石畳の上の空き缶を弾き飛ばした。
「はあ…はあ…ん…?」
極限状態での運動により、上がりかけた息を整えようとしたユイは、ゴミが取り除かれた石畳、人で言えば頭部から胴体に繋がる部位が淡く光っているのを目にする。
「まさか…ゴミ拾いしろってこと?」
こんな時にこんな場所でこんなものを相手に、笑えない冗談だと、ユイは自身の堪忍袋が盛大に弾ける音を聞いた。もし今この状況を見ている神さまがいるのなら、幾度かひっぱたいたとしてもバチは当たらないだろう。いや当たるとしてもひっぱたく。
「ああっもう!!」
三度迫る刃の下を、滑り込むようにして避けると、その勢いのまま石畳の(賽銭箱に向かって)左腕部分に捨てられたお菓子の箱とゴミ袋を蹴り飛ばす。サッカーボールをシュートするような見事なフォームで蹴られ、それらは石畳から離れた場所に着地し、ゴミが取り除かれた左腕は淡く光出す。
「あと三つっ!!」
左右に稲妻を描くような高速移動から迫る凶刃を何とかやり過ごし、左脚にある酒瓶を掴み投げ捨てる。
「二つっ!」
しかし、鋏をもったソレは、突然自身と同じ姿をした分身を編み出すと、斜め正面から挟み込むようにしてユイに迫る。
"ウォォォォォォォアああ!!"
「うそっ!!?」
声にならない叫びとともに迫る二対の凶刃を前に、ユイは脊髄反射でその場でしゃがむ。直後、ユイの頭上すれすれを二対の刃が通過し、うち一つが跡形もなく消えた。
だが、このような状況下でも、しかしユイの心は少しも折れていなかった。
(大丈夫…っこんなの…いつもに比べれば、痛くも怖くもないっ!)
未だ残る頭部の包帯や、動くたびに僅かに痛む痣。日々の生活で実の父親から受けた虐待の傷が、ユイの心に強くも悲しい火を燃やしていた。
おばけがなんだ。迫る刃がどうした。
こんなもの、避けることすら許されない理不尽な暴力に比べれば、何のことはない。
痛いなら、危ないなら、躱せば済む話だ。
それが出来ない痛みと苦しみを、すでにユイは知っている。
「あと一つっ!!」
右脚部分に捨てられたコンビニ袋を二つ纏めて放り投げる。残るは右手、そこに捨てらている大きめのゴミ袋のみ。
「っ!チャコっ!?」
だが、その最後の一つであるゴミ袋を、チャコが小さな体で懸命に石畳から押し出そうとしていた。そこに追い討ちをかけるように、凶刃を携える影がチャコの背後から具現し、鋏を開く。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
悲痛な叫びとともにユイが手を伸ばすも、届くはずがない。
そして、開かれた赤い刃がチャコを切り裂かんと迫る、その刹那ーーーーーーー
キンッ!!
金属と金属を打ち鳴らしたかのような甲高い音とともに、閉じかけた鋏が少しだけ上に弾かれる。
「っ!?」
信じられない奇跡に、ユイの思考が一瞬だけ硬直する。
"オォォォォォォォォォァァァっ!!"
だが、そんな一瞬の奇跡も束の間。怒り狂ったように荒ぶる影が、再度チャコを切り裂かんとその刃を開く。
しかも本気ということなのか、その数は先程の分身よりもさらに多い、
だが、凶刃がチャコを捉えるよりも速く、硬直から回復したユイがチャコの元に駆け寄り、
「これで最後っ!!」
今まさにチャコが押し出そうとしていたゴミ袋をあらん限りの力で蹴り飛ばす。
直後、五つの赤い刃全てがユイに迫り
その全てが、ユイの首、右手、左手、右足、左足を断ち切る寸前で静止した。
「………………」
分身が消え、残る本体に首に刃を突きつけられながら、ユイは影を睨む。球体状の靄の中央、そこに一文字に引かれるようにして出来た口は何も語らない。
ユイの頬を、暑さとは違う一筋の汗が伝う。
いつまでそうしていたのか。時間にすれば数秒のはずだが、ユイにとっては永遠にも等しい濃密な時間だった。
やがて影はユイの首に当てていた鋏を開くと、とある方角をじっと見つめた後、現れた時と同じように忽然と姿を消した。
「…………ぷはぁっ!」
そこで、ユイは自身が息を無意識のうちに止めていたことに気づいた。あまりの息苦しさにたまらずその場に座り込む。
「はぁ…はぁ…はぁ…チャコは…大丈夫…?」
未だ整わない呼吸のなか、心配そうにすり寄ってくるチャコの頭を撫でる。見たところ、これといった怪我も様子の変化も見当たらない。
「よかった……っ!?…これ…」
座り込んだユイの指先が、何かに触れた。それは今しがた影が姿を消した場所。
そこに、まるで最初からあったかのように置かれている、
「なんで…これってさっきの」
驚きのあまり、ユイは思わず数歩後ずさる。当然だろう、何せほんの少し前に自身の首に突きつけられていたものが急に目の前に出てきたのだ。戸惑って然るべきだ。
だが、一体なぜ?
「慌ててたから落とした……なんてことはないはずだし…」
むしろそうであるなら即刻この場を離れなければならないが、まあそんなことはないだろう。
で、あるならば
「私に……使えってこと…?」
あり得ないが、もはやそれしか考えられない。それに、これが本来と同じように鋏として機能するなら、たしかにこの先必要になるかもしれない。
「これなら……あの糸が切れるかもしれない」
山の入り口に、まるで巨大な蜘蛛の巣のように張り巡らされていた赤い糸。それを、この不気味な鋏で切ることが出来れば、山でハルを探す上での大きな助けになる。
ユイは、鋏を手に取る。ずっしりとした重さで、片手では到底扱えそうにない。
「…待っててね、ハル。今行くから」
借り受けた赤い鋏を手に、神社の横手を抜けて、ユイとチャコはついに目的地であった山へと足を踏み入れる。
そして、彼女らを見つめる
*****
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
四方八方からじわじわと迫る大量の小蜘蛛の中心で、ハルは絶叫する。絡め取られているハルの華奢で白い両手首と足首が、血で滲むほどにもがいても、赤い糸で編まれた蜘蛛の巣はびくともしない。
(やだ、やだやだやだやだやだやだっ!!)
怖い。
ハルの心を埋め尽くす恐怖の波。あと数分もせず、にじり寄る小蜘蛛たちの
(やだよぉっ!!こんな…こんなのやだぁっ!!)
恐怖と絶望にもがく哀れな少女を前に、醜神は嗤う。自らに立ち向かおうなどと思い上がった供物を、これ以上ない形で嘲笑う。
そして、ハルの抵抗も虚しく、とうとう子蜘蛛の一匹がハルの足元に到達した。
「ひっ!?」
キチキチと虫類特有の奇怪音を鳴らしながら、ハルの右足を食らわんと最初の子蜘蛛が、その醜悪な口を開く。
(…ユイっ!!)
恐怖のあまり、思わずハルは目を閉じる。
だが、いつまで待っても想像しているような痛みや不快感が襲ってこない。
(…なに…?)
恐る恐る、ハルは目を開ける。そこには、自身の足に食らいつかんとしていた蜘蛛は勿論、その他ハルを囲む全ての子蜘蛛が、ハルではなく、この洞窟の最深部の入り口に目を向けていた。
「グルルル………」
そこには、狼かと見間違うほどに怒りをたぎらせた、一匹の黒い子犬がいた。
「クロっ!?」
その小さな姿を見たハルは、助けが来たことに安堵ーーーーーー
などしていない。
「だめ…来ちゃだめ!きみはっ!!」
「グアウっ!!」
だが、ハルの叫びも虚しく、囚われたもう一人の主人の姿を見るや否や、黒い子犬が吠える。
そして、晩餐に水を差された子蜘蛛たちもまた、ハルを捕らえている巣から地面に降り立つと、無数の群れとなって邪魔者を睨みつける。
「グルルル……ウァウっ!!」
雄叫びとともに、クロが子蜘蛛の群れめがけて駆ける。その速度は、本来の自然界においては蜘蛛類如きがどうこう出来るものでは、決してない。一度捕らわれれば最後、その牙と爪で一方的に蹂躙されて終わりだ。
だが、それはあくまで本来の自然界での話。今クロが挑んでいるのは、自然に生きる蜘蛛たちではない。
走りよりその速度のまま飛びかからんとするクロ、それを子蜘蛛の太く長い足が雑に払い除ける。
空中で殴りつけられたクロは、そのまま洞窟の硬い岩壁に叩き付けられる。
「クロっ!!」
ハルの悲痛な叫びが洞窟に響き渡る。だが、よろよろと立ち上がったクロを、今度は別の子蜘蛛が同じように殴り飛ばす。
立ち上がる。
殴り飛ばす。
立ち上がる。
殴り飛ばす。
立ち上がる。
殴り飛ばす。
立ち上がる。
殴り飛ばす。
まるで弄ばれるかのように、クロの体はボールのように洞窟内を跳ね回る。
「やめてよ…やめて……もうやめてぇっ!!」
遂に立ち上がることすらできなくなったクロを、なおも嬲ろうとする子蜘蛛たちに向かって、ハルは叫ぶ。
「…クロを…殺さないで…お願いだから……」
何かを諦めるかのようなハルの痛々しい言葉に、子蜘蛛たちの動きが止まった。
だが、
"……………"
しかし、子蜘蛛たちの親玉たる醜神が、無言でその巨大な足、いや指で倒れるクロを指差した。
それを合図に、クロのすぐ近くにいた子蜘蛛の一匹が足を持ち上げる。しかも殴るためではなく、その針のように鋭い足の先を向けるようにして。
殺せ
ハルの絶望を煽るために、ただそのためだけに、醜神は子蜘蛛たちに命じた。
「っ!?お願いやめてっ!!お願いだからっ!!」
だが、ハルの張り詰めた表情を目にしても、醜神はその顔が見たかったと言わんばかりに、ただそのおぞましい笑みを深めるのみ。
子蜘蛛の足が、徐々に後ろに後ろに引き絞られていく。
(やだよ…これじゃ…これじゃなにも変わらないっ!!なんのために……私はここにいるのっ!?)
そんなハルの思いも虚しく、子蜘蛛の足は遂に限界点に到達する。
(いやだ…)
だが、圧倒的な恐怖と絶望の狭間で、ハルの記憶に
「いやだよ…」
つぶやくようなハルの小さな言葉に、醜神は気づかない。それが、自らに対して唯一天敵足りうる者の襲来を告げる、言霊だとも知らずに。
「いやだ…あなたに…これ以上なにかを奪われるのは……」
そして、無慈悲なる矛先が倒れ臥すクロの体に迫り、
「…
ぐちゃりっ
直後、クロを囲んでいた子蜘蛛が数匹纏めて
「っ!?」
"…………"
耳障りな圧縮音に、ハルと醜神が同時に音が生まれた場所に目を向けた。
そこには、
「……コトワリ…さま…」
醜神の対となる存在、縁切りの神が、いつかの時と同じようにただ静かに佇んでいた。
これ次話の題名ラグナロクとかにしてもいい(っ・д・)≡⊃)3゚)∵
また、誤字報告をしてくださった方々に、この場を借りてお礼申し上げます。ご指摘、誠にありがとうございます。
1月14日
活動報告を更新致しました、よろしければ一度お目通しください