冷たい風がビュービューと吹く住宅街の道を、少女とバイクはゆっくりと進んでゆく。
身体がブルリと震えた。汗はすぐ乾くがこのままでは風邪を引いてしまう。建物のなかで暖をとろうにも扉が頑丈な鉄で出来ている。さらには指紋認証ときたもんだ。少女は科学の進歩を恨んだ。
「もうそこらに腐るほどある雪でカマクラ作って温まりませんか? わたしはもう疲れました……」
「疲れてるなら分かるよね? ボクにはカマクラをつくる体力さえ残ってない事ぐらい。あんな重労働したとたん、このか弱い身体はダウンしてしまうよ」
「それがなにか?」
「鬼畜バイクめ。誰がここまで運んだと思っているんだい?」
「私ですが? 私がここまで貴方を背負って走りましたが?」
「……」
ユリナがごねるので一旦休憩することに。
外壁にある雪を退けてシートを引いて背中を壁に預ける。ユリナもタイヤを拭いて隣に置いた。やっと一息、ぐっと水筒の水で喉を潤した。
ふぅ〜。
暫くして出発しようと道の先を見ると、誰かが倒れている。他にも人がいると興奮してユリナを走らせたが、それが間違いだと気づくのはすぐの事。
道路で倒れていたのは人ではなく摩訶不思議な生物。この世界に生き物がいる時点で驚きたが、人ではないという事実は少女らを落胆させた。
「人……ではないのですね。残念です」
「でも人ではないとしたら、コイツは何なのだろう。人型で透明で、うぉ……これ身体が水で出来てるじゃないか。心臓部分には黒いものが浮かんでるし、顔はーーもののけ姫のアレを思い出すね」
「もののけ姫がどんなモノかは知りませんが、たしかに不思議な生物です。私の記憶にも一致するものは見つかりませんから」
「ユリナの記憶にもないか。だとすると新種? それの第一発見者? ボク、ノーベル賞取れるのでは」
「表彰してくれる人がこの世界にいるのか分かりませんけどね」
「まじめに返さないでくれよ。チョットしたジョークじゃないか」
ユリナとの会話を楽しみながら後部座席に縛っている鞄から革手袋を取り出してはめた。
明らかに怪しい物を素手で触る勇気はない。
「それで何をするつもりですか? まさか連れて行くとか」
「違うよ。亡くなっているなら埋めてあげようと思ってね。こんな所で朽ちるのは、この人も望んでいないだろう」
抱き上げる為に仰向けにさせると、思わずうっと声を漏らしてしまった。特に顔、鼻はなく目と口があるだけ。幼い子供が描いた黒点2つと黒線1つの絵の人間みたいで不気味だった。透明な肉体がそれを目立たせる。
ふと耳に音が入った。ユリナに静かにするように指示。暫くして水人間からの声だと分かった。
「この先にある丘の上の洋館へ、連れて行ってくれ」
これだけ言うと、全身から力が抜け先程のように項垂れた。少女達には水人間をそこへ連れて行く義務も義理もない。たが丘の上にあるという洋館には興味がある。
少女はウキウキとバイクはまたですか……と、ため息をはいて目的地を設定した。
視界に洋館とはどういった建物だったろうかと、考えさせられるモノが視線の先に見えた。ゴーグルをぐっとあげて目を凝らすが、とてもあれが目的地には思えない。
コンクリートむき出しの鉄骨さえ出ている建物が洋館。いや、廃墟にしか見えなかった。
廃墟の前には二人の影が立っている。
此方を見つけると小走りで駆け寄ってきた。思わず後ずさってしまったのは仕方がない、誰だってあの顔が近づいてきたら恐怖してしまうものだ。
水人間に先程の事を伝えるとコクリと頷いて怪我をしている水人間を抱えて中へ。少女達も残った水人間に案内されて中へと入った。
「外は寒かっただろう。仲間を助けてくれた恩人だ。存分に温まっていくといい。見ての通りオンボロ洋館だが掃除は行き届いている。なに、遠慮する事はない」
口をUの字にして喋る水人間。彼の名前はオルク。案内中、ここの警備を任されているウォルターーオルクだと自慢げに自己紹介をされた。水人間の名称はウォルタというのも教えてもらった。謎が深まるばかりである。まったく興味が尽きない。
言葉に嘘はなく掃除は行き届いていて内壁にヒビ1つない。床には青いカーペットが引かれていてピカピカに磨かれている。ここの掃除担当のウォルタは達人の域に達しているのではないだろうか。
色々なところに案内され最後に連れていかれたのは、この洋館の家長の部屋。オルクがノックをすると擦り切れた声が帰ってきた。促されるがままに中へと入る。
そこにいたのは他とは違い泥水色をしたウォルタだった。
「驚かれましたかな? 私の名前はフィルス。この家の家長をやっております。先ずはお座りになって。オルクの話は長く疲れたでしょう、彼はお喋り好きで有名なんです」
「家長……」
「そんなにムクれなくても。お客人どうかお気を悪くされぬよう」
「いえ。とても興味深い話でしたから飽きませんでしたよ。ユリナもそうだろう?」
「ええ。とても」
「それは良かった」
フィルスはニッコリと笑うとソファーに腰掛ける。二人も続くようにもう一つの方へ座った。ユリナは少女の後ろに移動する。
「まずはお礼を。大事な仲間を助けていただきありがとうございます。貴方と出会わなければ彼は彼処で朽ち果てていたでしょう。なにぶんこんな世の中ですから大したお礼も出来ませんが是非、今晩はここでおくつろぎください。私達ができる最大の理由おもてなしをさせていただきます」
フィルスは頭を下げた。家長が出会ったばかりの小娘に深々といいのかと、入り口に立っているオルクをみればニコニコと笑っていた。
少女は苦笑し、お礼を素直に受け取ることにした。
その後はフィルスとたわいの無い話をする。オルクの事を話し好きだと言っていたが彼も相当な話し好きである。しかし、不思議と飽きがこないものでスルリと耳に入ってきた。相当話術にかけていると見た。
最近の事、天気の事、身近に起こった事件や笑い話、泣ける話。色々な話の中で少女がとくに興味を惹かれたのがウォルタについてだった。
声がよく耳に入るようにと自然と前のめりに。
フィルスはお湯で喉を潤すと目を細めた。
「私達は元々、安価な兵器として人間に作られました。チラチラと見ている胸の黒い部分にあるのは、小さなチップーー分かりやすく言えば脳が埋め込まれています。これを水の中に入れればウォルタが出来上がり。実に安価でしょう? 耐久力は水なのでゼロに近いですが、水があれば直ぐに再生可能です。武器も使えて何度も再生可能、各国は我々を欲しました。だって自分の代わりに戦ってくれるのですから、大助かりだったでしょうね」
「……」
「ウォルタは人間の代わりとして戦いました。人を子供を黙々と、天に返しました。それで一つの国が滅ぶとまた次の国へと、戦いを仕掛けます。終わらない、エンドレス戦争。共に戦った人間が言っていた言葉です。
それが何年、いや何百年続いた時の事。とある青年が現れて私どもに接触してきました。名前はタクマ……よく覚えています。彼はウォルタを解放し平和に暮らさせるのだと言いました。その時は鼻で笑いましたね。ええ、おかしな話だと。ウォルタにとって人間はどれも同じ、我々を兵器と見て戦地に送り出す悪魔でしたから。でも彼は違った、本当にウォルタを戦争から解放していったのです。
あ、大層なことをしていませんよ。ただ我々をチップに戻し自分の土地へと疎開させたのです。でも、それでも私達にはこれ以上のない救いでした。しかし……」
「青年はタダではすまないでしょうね。貴重な兵器を国から奪い取ったんですから」
「その通りです。ウォルタの半数の疎開が終わった頃でした。彼は国に捕まって処刑されました」
「酷い話ですね……」
フィルスの話は、聞けば聞くほど酷く惨たらしい物語だった。国から兵器を盗んだと一言で書けば、かの青年は罪人だ。だが盗まれた側からすれば彼は救世主。真っ黒い暗闇から掬い上げてくれた一筋の光なのである。
机には泥の池が出来ていた。
フィルスは泣いていた。
この話を人間にするのは久し振りで、感情がこもってしまったと言う。少女達は泣き止むのをじっと待つ事にした。
ドアの前にいたオルクも心なしか悲しそうで、青年の存在はそれだけ大きなものだったのだと実感する。
「ーーお見苦しい所をお見せしました。お詫びとしてはなんですが、最高の夕食をご馳走しましょう。下に食堂がありますから、オルク案内して差し上げなさい」
「了解。ここの料理人の腕は確かだ、期待しててくれ」
そう言って連れて来られたのは100人は余裕で座る事のできる部屋。入った瞬間、香ばしい匂いが鼻を通り抜ける。
席に着くとピンク色のウォルタが現れ、一杯のスープを置くと、そそくさと帰ってゆく。オルク曰く、彼女は無愛想ではなく照れ屋でシャイなだけだから気にしないでくれ、と言う事だった。
またスープは非常に美味であったとだけ書いておく。あの味は文字では表現出来ない。
少女はふと何時ものレーション生活に戻れるか不安になった。
ふかふかのベッドで寝た翌朝。少女達は身支度を済ませ、洋館の前にいた。
空は満天の青空に包まれ積もっていた雪は少しだけ溶け、道には水溜りが出来ている。
気持ちの良い風が吹いていた。
「うん。よい旅立ち日和だ」
玄関前には少女とユリナ、そして洋館にいたすべてのウォルタがいた。
「もう行かれるのですね。私どもは貴方がどれほど長くいても迷惑ではありませんよ? 食料も豊富にある、生活に困ることはないとおもうのですが」
「ありがとうございます。でもボク達には目的地というか目標がありますから。出来るだけ長く広くこの世界を見て回るという」
「……それでは引き止める訳にも行きませんね」
フィルスの言葉はとても暖かく嬉しいものだった。でもこれは二人で決めた唯一の目標なのだ。簡単には破れないし、少女自身もこの目標を達成したいのだ。
ユリナが後ろでエンジンを鳴らしている。これはご機嫌斜めの合図。早く行かなければ。
「あ、待ってください。是非これを持って行って欲しい」
「あれ? これは……」
渡されたのは黒いチップ。ウォルタの心臓に酷似、いやそのものだ。
顔を見てあげるとフィルスは口をUにして頷いた。
「それは御察しの通りウォルタの心臓。貴方と共に旅をさせて欲しい。困った時に水につければ助けにもなります。ココロは無いですが頼もしい助手になるでしょう」
「ですが……」
「お願いします、それが私達にできる人間に対する恩返しなのです」
ウォルタ全員が頭を下げていた。
少女は頷いて黒チップを上ポケットに入れると、ユリナに跨った。
それが彼らの恩返しというのなら、しっかりと受け取るべきだと思った。
ぐっとアクセルを踏む。
彼らは少女達の姿が見えなくなるまで手を振っていた。少女もまた彼らが見えなくなるまで手を振っていた。
終末世界、それほど悪いもではないなと再認識した出来事である。