ある一人の終末日記   作:独身紳士

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公園 「下」

 よく晴れた空。雲一つなく、太陽の光が燦々と大地を照らす。

 少女が目を覚ませば先程とは似ても似つかない

 綺麗な公園に立っていた。遊具はまだ新しく、数も豊富だ。今では見なくなった大勢の子供達が笑顔を浮かべ自由気ままに遊んでいる。ついてきた保護者たちもベンチに座り井戸端会議に勤しんでいるようだ。

 

 これは夢だとはっきり分かった。景色の細かい部分はぼやけて、自分自身も自由に動かせないためだ。

 視点主は中央で遊ぶ二人の子供をじっと見つめていた。活発そうな男の子と、明るい女の子だ。歳は4、5才くらいでボール遊びをしている。しかし時折こちらを見て怯えたような目をするのはなぜだろうか。視点主から落胆といった感情が伝わってくる。同時に悲しみの感情も。

 

『また硬い顔をしてっ。ちょっとは笑ったら? だから自分の子供にも怖がられるのよ。……あ、泣くんじゃない!』

 

 隣から澄んだ声が聞こえた。同時に目から冷たい水滴が流れ落ちる。視点主の顔が動き、彼女の姿を捉えた。

 眉を寄せ、ハンカチを差し出してくる女性の顔は決して美人とはいえない。だが何処か暖かく抱擁力のある雰囲気はとても魅力的に映った。

 

 ーー私は、彼女をよく知っている。顔を輝かせて遊ぶ子供たちの姿も。しかし、記憶の大事な部分は鍵を掛けた宝箱のように頑丈で、殆ど思い出す事ができない。楽しかった出来事も悲しかった出来事もだ。

 

 視点がぼやけてゆく、夢の終わりが見えてきた。自分が何者かもわからないこの夢に意味があったのか。しかし大事なピースのような気がして忘れる事はないと確信した。

 

 

『公園』

 

 

 ポタリと水滴が顔に落ちて、少女は目を覚ました。視界は薄暗く、ジメリとした空気が肌に触れる。

 

「やっと目を覚ましましたね……。頭を強く打ったようですが、大丈夫ですか? 自分の名前は言えますか?」

 

 ユリナが心配そうに尋ねてくる。後頭部に違和感がある、硬いコンクリートに打ち付けたようだ。

 

「自分の名前かぁ……」

「思い出せませんか。残念です、ならば私が素晴らしい名前を付けてあげましょう!」

「結構。ボクの名前はツバキ、ハッキリと覚えているよ」

 

 冷たいコンクリートから身を起こし、乱れた服を直す。水を含んでプカプカしているが、無いよりはずっと良い。干す場所を見つけなければならない、何処かにあるだろうか。

 頭を打ち付けたが、記憶はハッキリとしている。名前は特に、彼女に付けてもらった大切なものだ、忘れるわけにはいかない。

 

「チッ」

「舌打ちとは、失礼じゃないか」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らすユリナ。

 彼女と話すのも楽しいが、今いる此処はどこなのか知らなければ、心の底から楽しく会話が出来たものじゃない。

 

 狭い視界の中、映るのは丸い天井、座っている所から隣を見れば緩やかに流れる水がある。

 壁には所々苔が生え、道と壁の間にはタンポポらしきものが顔を出していた。

 この少ない情報で予想できるのは下水道か。しかし、イメージとしてはネズミやゴミが散乱し、水もここまで綺麗で澄んでいたようには思えない。予想が合っているかは不明だが、流れに沿って歩けば出る事が可能な筈である。ユリナとツバキはゆっくりと歩き出した。

 

「暗いですね。私には全く見えませんよ、ツバキはどうですか?」

「少しだけ見えているよ。一歩一歩確かめながらじゃないと怖いけれどね」

 

 どれくらい歩いたか、少なくとも数時間は経過した頃。苔の生えた壁に背を預け、体を休めていた。

 視界の悪い代わり映えのしない下水道の中を、長時間進み続けるには身体的にも精神的にもくるものがある。出口がある可能性が高いが、それも確実ではなく、いつ出られるかも分からないのだ。唯一の救いはユリナという話し相手がいた事、彼女がいなければ精神的に疲れ果てていた筈だ。

 

 ふと、光が見えた。

 

 仮眠を取ろうと目を閉じようとした時、それはツバキ達の前に姿を現した。ふよふよと空中に浮いて、柔らかな光をこちらに浴びせている。拳大の丸い球体で、目もなく鼻もない口すら存在しないのに知性を感じさせる。

 

「あ、動きましたよ。どうします? ただ浮いている様には感じませんし」

「うーん」

 

 球体は動き出し、奥へと消えてゆく。暫くすると停止した、早くこいという事だろうか。

 

「付いて行こうか。どちらしても進む方向は同じだし、ユリナはどう? 疲れが取れていないならもう少し休んでからでも大丈夫だよ」

「いえ、わたしは疲れにくいカラダですから。興味もありますし」

「よし、決定だ」

 

 トコトコと球体について行く事に。案内人が光っているため視界が開け歩くスペースが上がったのは良い事だ。

 球体はフワフワと揺れながら、ツバキ達に合わせて進んで行く。その為疲れることはなく、合間に水分補給もする事ができた。

 

 球体が急に止まった。その先を見ればより一層光り輝く球体の群れが見える。壁と道の間に群がって、なにかを守るように存在していた。

 大きさにして人一人を覆えるくらいはある。中身に興味を惹かれた。

 

「よし、近づいてみよう。ユリナはエンジンをつけておいて、いざとなったら逃げられるように」

「分かりました。あ、けして無理はしないように」

「オーケー、オーケー」

「はぁ……」

 

 溜息をつくユリナを背に、ツバキは迷いなく進んで行く。合わせるように球体達も覆っているものから離れてゆく。

 見て欲しいと言わんばかりに。

 現れたのは一冊の本。手に取ってみると表紙は分厚く、サラサラとページが捲れる。劣化した様子はない、恐らくだが球体達が覆っていたおかげで状態を保てていたのだろう。

 

 球体達は空中を舞い、周りを照らす。本はここを出て、ゆっくりと中身を拝見するとしよう。

 ユリナの方へ戻るとエンジンをふかし、準備万端。よく見えるようになった事で慎重に歩く必要も無くなった。そろそろ外の空気をお腹いっぱい吸いたいものだ。

 

「球体達の目的は本を見つけてもらうだけだったのでしょうか?」

「中身を確かめたら分かるかもね。でも先にここから出ないと」

「ん? それなら大丈夫そうですよ」

「どうしてだい?」

「前を見て下さい、ほら明かりが見えるでしょう。あ、球体達の灯りとはべつの眩しい明かりですよ」

 

 目を凝らせば、少し先に出口が見えた。光が溢れ出しているだけで、その先の光景は見る事が出来ない。

 ユリナに乗り、光に向かって走り出す。フヨフヨと浮いていた球体はツバキ達の動きに合わせ

 、散り散りにはけてゆく。壁に張り付いて動かないモノもいて、照明のようだと感じる。一つだけ、肩に引っ付いて動かないのもいたが、別段気になることでもないのでそのままに。

 

「外だ……」

 

 ひらけた視界に、真ん丸な月と満天の星空。砂浜と湖畔が映し出される。心地よいさざ波の音が頭の中をかけてゆく。

 磯臭くはなく、新鮮な空気を腹一杯吸う事が出来た。

 

「随分、久し振りに外の景色を拝んだ気がするよ。更に砂浜と湖と来たものだ、ボクは運がいいね」

「さて、波に攫われて下水道の中を彷徨っていた事を運が良いというのは、どうかと思いますけどね。少なくとも私は二度とゴメンです」

「収穫があっただけマシだと思うけれどね」

 

 懐に入れていた本を取り出す。肩に付いた球体が周囲を照らし、『終末日記』 という文字が浮かぶ。中身は真っ白で新品のペンがついていた。日記をつけろ、と言いたいのだろうか。

 ユリナも一緒に首をひねり、本の意図を分かりかねていた。

 

「書く義務なんてないのでしょうが、不思議と日記を付けたくなりますね。せっかくですし、今日から始めてみては?」

「食料探し以外、する事は無いからいいかもね。でもボク、 文才皆無だから期待はしないでおくれよ」

「あ、そこは期待ゼロですので御安心を」

「君はヒドイ奴だね……ってあれ? 明かりが」

 

 再び暗闇へと吸い込まれた二人。肩にいた球体が姿を消していた。何かに惹かれるように後ろを振り返れば、今まさにソレが壁に吸い込まれている最中であった。しかし、違和感がある。

 出口がないのだ、ツバキ達がこの湖畔にやってきた下水道の出口が。のっぺりとしたコンクリートの壁があるだけで、痕跡すら見当たらない。

 

「夢でも見てたのかな、ボク達は」

「いえ、それは無いと断言できます。夢にしてはあのジメッとした湿気の多い空間は現実的過ぎますし、それに覚める気配がしません」

「だよね」

 

 ツバキは砂浜に腰を下ろす。

 

「不思議だね、今日は本当に沢山な事が起こったよ。これまでで一番、濃厚な1日だったんじゃないのかい?」

「濃厚でしたね、これからは薄味希望です。私はしつこいのが嫌いですから」

「おや? そうなのかい、意外だね」

 

 顔を上に向けた。自分たちの悩みなど屁でもないような星空が広がっていた。

 

「綺麗な夜空だなぁ。ユリナもそう思うだろう?」

「ええ、とても」

 

 心の底から、出た言葉だった。

 

 ーー 『君たちの終末旅に祝福があらんことを』 ーー

 

 隣に置いた日記帳がパラリと開き、文字が一瞬浮かび上がったが二人は気付かず、ずっと空を見ていたのだった。

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