学戦都市アスタリスク black trickster   作:白い鴉

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主人公とイレーネの出会いの回です。


第一話 出会い

 ――――二十世紀、人類をある大災害が襲った。

 宇宙から世界中に三日三晩にわたって大量の隕石が降り注ぎ、多くの都市が壊滅状態に陥った。その結果、世界は否応なく変質させられる事になった。

 例えば、既存国家の衰退。 

 例えば、無数の企業が融合して誕生した、新たな経済主体である統合企業財体の台頭。

 例えば、それに伴う倫理観の変容。

 しかし、その災害が変化させたのは、それだけでは無かった。

 大量に降り注いだ隕石から、未知の元素が検出されたのだ。万応素と名付けられたその元素は科学技術を飛躍的に発展させると同時に、星脈世代(ジェネステラ)と呼ばれる、特異な力を持つ新人類を生み出した。

 このように、後に『落星雨(インベルティア)』と称されるようになるその大災害は、良くも悪くも人類の歴史を塗り替えたと言っても良いだろう。

 そしてその極め付けが、アスタリスクと呼ばれる学園の誕生である。

 正式名称は、水上学園都市『六花』。北関東のクレーター湖に浮かぶメガフロート築かれた学園都市であり、通称アスタリスク。統合企業財体によって六つの学園が設置されており、人口の大半を星脈世代が占めている。

 だが、アスタリスクに星脈世代が集まるのは、学業やクラブ活動のためなどではない。

 アスタリスクでは、統合企業財体が主催で学生同士で大規模な武闘大会が行われる。とは言っても、実際に命の奪い合いを行うわけではない。ルールに関しては星武憲章(ステラ・カルタ)と呼ばれる取り決めに定められているが、分かりやすく言えば相手の校章を破壊した方が勝ちとなるのだ。意図的な残虐行為は禁止されているものの、戦闘能力を削ぐ目的であれば校章以外への攻撃も認められているので、当然怪我人も出るし、時にはそれだけでは済まない場合もある。

 星武祭(フェスタ)と呼ばれるその大会は三年を一区切りとして行われており、その種類は三種類に分けられる。

 初年の夏に行われる、タッグ戦の『鳳凰星武祭(フェニクス)』。

 二年目の秋に行われる、チーム戦の『獅鷲星武祭(グリプス)』。

 三年目の冬に行われる個人戦、『王竜星武祭(リンドブルス)』。

 これら三つで行われる星武祭は非常に注目度が高く、開催中は戦いの様子が世界中にライブ放送される。そのため、世界最大の興行を誇る大会であるのだ。

 しかし学生達がこの大会に出場しているのはただ単なる娯楽のためではない。そんなもので喜ぶのは、生粋の戦闘狂(バトルジャンキー)達だけである。参加する学生達の半分は、その大会を勝ち抜いた先にあるものを目的としている。

 それは……自分が望む願いを叶える事。

 星武祭で優勝した者は、自分の望む願いを統合企業財体に叶えてもらう事が可能となる。無論死者を蘇らせるなど、飛躍的に発達した現代科学でも無理な事などは叶える事ができない。しかし、逆に言えば叶える事が可能な願いならば何でも叶えられるという事だ。

 自分達の願いのために星武祭に参加し、激戦を勝ち抜き優勝する事が、半分の学生達の目的なのだ。ちなみにもう半分の生徒達の目的は、はっきり言ってしまえば思う存分暴れるためである。自分の力を持て余している彼らにとっては、この都市は世界で唯一思う存分に暴れられる場所なのである。

 そして星武祭に参加し、アスタリスクを形成する学校は六校ある。

 生徒の自主性を重んじ校則も緩やかな、星導館(せいどうかん)学園。

 規律と忠誠を絶対とした厳格な校風を持つ、聖ガラードワース学園。

 六学園中最大の規模を誇り、星武祭でも常に安定した成績を残している、界龍(ジェロン)第七学院。

 世界でもトップクラスの落星工学の技術を誇り、徹底した成果主義を奉じるアルルカント・アカデミー。

 入学条件に学力や戦闘能力以外に『容姿』を請求する、明るくきらびやかな雰囲気を持つクインヴェール女学園。

 そして……校則は無いに等しく、好戦的な雰囲気が漂うレヴォルフ黒学院。基本的に素行不良な生徒達が多く、そのような生徒達はアスタリスクの再開発エリアと呼ばれる場所を根城にしている。

 物語は、レヴォルフ黒学院に所属する一人の少女と一人の少年の出会いで始まる事になる。

 

 

 

 

 時期は入学式が行われてから少し時間が経った四月の中旬。爽やかな青空の下で、物騒な光景が展開されていた。

 それは、アスタリスクの中央区の商業エリアで、六人ほどの不良達が一人の少女を囲んでいるというものだった。

「きょ、今日こそ逃がさねぇからな! 『吸血暴姫(ラミレクシア)』!!」

 モヒカンの髪形をした男が大声を張り上げながら、自分達が囲んでいる少女を睨み付ける。しかしその声はやや震えており、どちらかと言うと怯えているのはその不良のようにも見える。それは周りの男達も同様で、少女を睨みつけはするもののそれ以上近づくような真似はしない。

 それを見て、囲まれている当人の少女がはぁと呆れたようなため息をついた。

 伸ばしっぱなしで手入れのしていないように見える髪の毛に、首に長いマフラーを巻いている。着崩した制服の下にはアンダーを着用していないという、傍から見ると奇妙に見える服装。口元からは鋭い牙のような歯が覗いており、見る者に凶悪な印象を抱かせる。

 少女――――レヴォルフ黒学院序列三位、『吸血暴姫(ラミレクシア)』イレーネ・ウルサイスは目の前の少年達を逆に睨み付けると、男勝りと言った表現が良く似合う口調で言った。

「あたしは一度も逃げたつもりはねぇよ。大体、イカサマをしてたテメェらが悪いだけだろうが。自分達の責任をあたしに押し付けてんじゃねぇよ」

「う、うるせぇ!! それじゃあうちの面子が立たないんだよ! テメェら、一斉にやるぞ!!」

 男のその言葉を合図にしたかのように、男達がジリジリと距離を詰める。しかしイレーネはそれに臆する事もなく、ただ面倒そうに髪の毛を掻くと、次の瞬間凶悪な笑みを浮かべた。

「――――へぇ? あたしを倒すつもりか?」

 その瞬間、ぞくりと男達の背筋を寒気が襲った。イレーネは紫色の結晶体がはめ込まれた機械――――学生達が使う武器である『煌式武装(ルークス)』の中でも特に強い力を持つ純星煌式武装(オーガルクス)の発動体を取り出すと、笑みを浮かべたまま告げた。

「別に良いぜ? かかってこいよ。ただ……かかってくるからには、死ぬ気でな」

 そしてイレーネのその言葉を合図に、戦闘の火ぶたが切って……。

 落とされなかった。

「……っ! こっち!」

「え?」

 突然、男達の間を縫うかのように人影が突然飛び出し、イレーネの腕を掴んで走り出した。突然の事にイレーネは思わずそんな声を出し、腕を引かれるままに自分も走る。

「に、逃げたぞ! 追いかけろ!!」

 自分達の得物が突然この場から走り去ろうとした事を察知した男達が、怒声を上げながらイレーネと彼女の腕を掴んでいる何者かを追いかける。二人は裏路地に逃げ込むと、入り組んだ路地を減速無しで走り男達の追跡から免れることに成功する。

 やがて男達から完全に振り切った事を確認すると、それまでイレーネの腕を掴んでいた何者かが立ち止まって言った。

「はぁ……何とか逃げ切れた……大丈夫?」

 と、イレーネの顔を覗き込もうとした何者かは、次の瞬間イレーネに思いっきり胸倉を掴まれた。

「お前……何余計な事してんだぁぁああああああああっ!!」

「え、ええ!?」

 予想外の反応に驚いたのか、何者かが声を上げる。しかしそれに構わず、イレーネはぶんぶんと何者かの顔を前後に揺さぶった。

「折角これから暴れる予定だったっていうのに……テメェのせいで台無しじゃねぇか!! 台無しにした責任、持つ覚悟はあるんだろうな!!」

「ちょ、ちょっと待って……ぐるじい……」

 何者かの苦しそうな声を聞いて、イレーネはチッと舌打ちをしてから胸倉を放した。何者かはごほごほと咳をしながら、呼吸を整える。その間に、イレーネは自分をここまで連れて逃げてきたお節介な誰かの顔を観察する。

 その人物は少年だった。自分よりも小さく、男子高校生としては小柄な体格。男にしては珍しい亜麻色の柔らかそうな髪の毛に、女性にも見える中性的な顔立ち。ちなみにその顔立ちのせいで、イレーネは内心こいつ本当に男か? と本気で思った。いかにも弱そうだが、イレーネが注目したのはそこではない。

(こいつ……あたしと同じレヴォルフだと……?)

 少年が身に纏っているのは、レヴォルフ黒学院の男子用の制服だった。その胸にも、レヴォルフのシンボルである双剣の校章がしっかりと付けられている。ただ、レヴォルフの制服は見る者に威圧感を与えてしまうデザインなのだが、少年の場合は彼の持つ柔らかな雰囲気がそれを見事に打ち消している。

「お前……レヴォルフだったのか?」

「え? うん、そうだよ。って言っても、今年入学してきたばっかりだけど……」

 なるほど、とイレーネはその言葉に頷く。どうりで見た事もない顔だと思った。とは言っても、イレーネ自身自分の学校にどんな人物がいるか完全に把握しているわけではないのだが。

 ふー、と少年が一息つくとイレーネは少年にジト目を向けた。

「おい、お前」

「何?」

「何であたしを助けたんだ?」

「何でって……だって、あんな奴らに囲まれてたし、危なそうだったし……」

 それを聞いて、イレーネは呆れたような表情を浮かべながら言った。

「あのなぁ……お前、あたしの事知ってるか?」

「いや……」

「レヴォルフ黒学院序列三位、『吸血暴姫(ラミレクシア)』イレーネ・ウルサイスだ」

「序列三位……って事はもしかして、『冒頭の十二人(ページ・ワン)』?」

 少年が驚いたように言うと、やっと気づいたかと言わんばかりにイレーネはため息をつきながらコクリと頷いた。

 アスタリスクの学園には序列制度がある。各学園によって細かいルールは違うが、それぞれの学園が有する実力者を明確にするためのランキングリストのようなものが存在する。

 それが、『在名祭祀書(ネームド・カルツ)』。枠は全部で七十二名ほどあり、その中でも上位十二名はリストの一枚目に名前が連ねられている。よって、その十二名は『冒頭の十二人(ページ・ワン)』と呼ばれている。つまり、今少年の目の前のいるイレーネは、レヴォルフ黒学院の中で三番目の強さというわけだ。ちなみに、在名祭祀書に名を連ねた場合、二つ名を自分でつける事ができるが、大抵の場合は生徒会か統合企業財体が命名するのが一般的となっている。

 さらに、イレーネが純星煌式武装を持っているのもこれに理由がある。

 純星煌式武装は強力な力を持つ反面、それを持つ人間との適合率を測定して、八十パーセント以上にならなければ貸与されない。しかも希望すれば誰でも通るというわけではなく、序列上位者か『星武祭(フェスタ)』で活躍した人間、あるいは特待生でもなければまず無理なのだ。

 とは言っても、イレーネが純星煌式武装を持っているのはそれだけが理由ではないのだが、その理由を語るのはもう少し先になる。

「あんな奴ら、あたしにとっては雑魚に過ぎねぇんだよ。放っておけば勝手に片づけてたって言うのに、余計な事しやがって……」

 ガシガシと不機嫌そうに髪の毛を掻くイレーネだったが、そんなイレーネに少年は静かに言った。

「……それでも」

「あ?」

「それでも、放っておけないよ。君は、女の子なんだから」

 その言葉に、イレーネはぽかんとした表情を浮かべた。それから思わず人差し指を自分に向けて、

「女の子? あたしが?」

「うん。それ以外に、理由なんかないよ。女の子が困ってたら助けるものじゃないの?」

 そう言った少年の目はあまりにまっすぐで、見ていると吸い込まれそうな力を持っていた。

 女の子扱いなどほとんどされた事が無いイレーネはそれを聞くと、どこか気まずそうにぽりぽりと頬を掻く。

「……ったく、喧嘩腰の奴らならまだしも、こう来ると調子が狂うぜ、まったく……」

 それから少年の顔に視線を戻しながら、

「ま、理由がどうであれお前には借りができちまったな」

 すると少年は少し意外そうな表情を浮かべた。

「借りだなんて、僕は別にそんなつもりで君を助けたわけじゃないよ」

「お前にそういうつもりが無くても、結果的とはいえあたしがお前に助けられたのは事実だ。だから、あたしはお前に借りがある。借りはとっとと返すに限る。それだけだ。何か頼みがあるなら聞くぜ。ま、あまりにぶっ飛びすぎる願いはお断りだがな」

 ニヤリ、と笑いながらイレーネは脅しのつもりなのかバキバキと拳を鳴らした。しかし少年はそれをあはは、と笑いながら流した。恐らく信じていないわけではないだろうが、弱気そうな見かけによらず随分と度胸の据わった少年である。少年は顎に手をついて、うーんと唸ってから何か思いついたような表情を浮かべた。

「あ、じゃあさ。この街を案内してよ。僕、入学したばかりだから学院はともかく街の事はよく分からないから。本当なら友達に頼もうかと思ってたんだけど、君が案内してくれるならちょうど良いし」

「ああ? 何だ、そんなんで良いのか?」

 あまりに簡単すぎる借りの返し方にイレーネが拍子抜けした声を出すと、少年は苦笑しながら返す。

「ぶっ飛びすぎるお願いはお断りだって言われてからね。これぐらいなら別に良いでしょ?」

「……ま、確かにな」

 彼の言う通り、妥当と言えば妥当な頼み事である。それぐらいなら別に引き受けても構わないだろう。

「んじゃ、明日で良いか?」

「うん、良いよ。じゃあ待ち合わせは学校の校門で良い?」

「ああ、構わないぜ。……そう言えば、お前名前は?」

 さっきから会話して、イレーネは少年の名前を聞いていない事にようやく気付いた。少年もまだ自分が名乗っていない事に気づいたのか、そう言えばそうだねと呟いてから自分の名前を告げた。

朱羅(しゅら)有真(ありま)朱羅(しゅら)。有名の有に真実の真。で、朱色の朱に羅刹の羅で朱羅」

「朱羅……」

 口の中で小さく呟きながら、イレーネは少年……朱羅の顔をじっと見る。いきなり自分の顔を見つめられて戸惑っているのか、朱羅が軽く身を引く。彼の名前を聞くと、同じ響きである阿修羅が脳裏に浮かぶが、それを思い浮かべて思わずイレーネはこう言った。

「……似合わねぇな」

「……よく言われる」

 言葉の通りなのか、朱羅はやや落ち込んだように言った。そんな彼の様子が少し可愛らしくて、イレーネはクスリと笑ってしまう。それを見て、朱羅は今度は怒ったような表情を浮かべた。先ほどからよくころころと表情が変わるな、とイレーネはそれを見て思った。

「笑うなんてひどいと思うよ。僕だって、気にしてるんだから」

「悪い悪い。でも良いじゃねぇか。強そうな名前でよ」

「むぅ……」

 朱羅は未だ納得していない様子だったが、強そうと言われて悪い気はしないのか引き下がった。それを見てイレーネは彼に言った。

「んじゃ、そろそろ帰ろうぜ。いつまでもここにいるわけにはいかないしな」

「そうだね。じゃあまた明日ね。イレーネ」

「ああ。今日は大きなお世話だったといえ、助けてくれてありがとな、有真」

 言葉とは裏腹に、ニッと明るい笑みを浮かべるとイレーネは彼に背中を見せて手をひらひらと振りながら自分が住むマンションへと帰って行った。

 朱羅もぶんぶんと腕を勢いよく振りながら、そこから去って行った。それをちらりと見て、イレーネは子供みたいだなと思いながら再び小さく笑った。

 それから、ふと思った。

 そう言えば、妹以外とこんな会話をするのは初めてかもしれないなと。 

 

 

 

 

 

 イレーネの家は、居住区にあるマンションの一室だった。

 高級マンションというほどではないが、清潔で洒落た感じの小奇麗な建物だ。

 ただし家とは言っても、その部屋はイレーネが普段使っているというだけである。普段使っている、という表現をするのにも理由がある。

 アスタリスクの六学園は全て全寮制であり、学生が市街地に暮らす事は原則として許可されていない。

 なのに何故イレーネがここにいるのかというと、理由は簡単でレヴォルフの『冒頭の十二人(ページ・ワン)』にはそういう特典があるからである。とは言っても、そういう特典があるとは公表されていない。あくまで知る者のみが知る特典である。

 なお、イレーネがわざわざ外に部屋を借りているのは、この場所がカジノ等がある『歓楽街(ロートリヒト)』が近いからである。彼女はある目的から金を稼ぐために、カジノにちょくちょく行っているのだ。

 そしてその部屋で、イレーネはリビングのテーブルセットの椅子に座りながら俯いて考え事をしていた。しばらく黙っていたが、やがて顔を上げると台所で料理を作っている妹に声をかけた。

「なぁ、プリシラ」

「何? お姉ちゃん」

 プリシラと呼ばれた少女は一旦料理の手を止めると、イレーネの方を振り向いた。イレーネと同じ髪を三つ編みにしており、顔立ちもよく似ている。ただし纏う雰囲気は正反対で、プリシラは優しく温厚そうな雰囲気を纏っている。だがこう見えて芯は強く、イレーネが何か良くない事をするとその瞬間大きな声を上げてイレーネを叱る事ができる唯一の人物でもある。

「有真朱羅って奴知っているか? お前と同じ一年生らしいんだけど……」

 その名前を聞いて、プリシラは顎に手をついて考え込んだ表情を見せた。同じ一年生と言っても、その数は多い。やっぱり知らないかとイレーネが思った直後、名前に聞き覚えがあったのかあっと声を上げた。

「もしかして、有真君かな?」

「知ってるのか?」

「知っているって言うより、同じクラスだよ。話した事は無いけど」

「そうなのか……」

 今日知り合った少年と、自分の妹が同じクラスだとは、これまた妙な縁があったものである。そんな事を思いながらイレーネは続ける。

「どんな奴なんだ? その……性格とか」

 すると、プリシラは少し怪訝な表情を浮かべながら、

「どうしたの? お姉ちゃん。いつもは人の事を聞いたりあまりしないのに……。あ! もしかして有真君と喧嘩でもしたんじゃ……!」

 言葉と共に、何故かプリシラの体から炎が立ち上るようなイメージがイレーネには見えた。まずい、と思ったイレーネは両手を振りながら慌てて言う。

「ち、違う違う! 今日ちょっとした事で知り合ってな。で、少し気になったんだよ。喧嘩なんてしてないってば!」

「……本当に?」

「ほ、本当だ」

 相変わらず自分に疑惑の目を向けて来るプリシラの質問に、イレーネは心の底から正直に答えた。それでもプリシラは疑わしそうだったが、やがて姉の言っている事が本当だと思ったのか「なら良し!」と笑顔で言った。それを見て、イレーネはふうと息をつく。日頃の行いが原因とはいえ、やはりプリシラから疑惑の目を向けられるのは心臓に悪い。プリシラの言う通り、喧嘩を少し控えるか……とイレーネが思った直後、プリシラが朱羅について話し始めた。

「性格とかはあまり話した事が無いから分からないけど……ただ、あまりレヴォルフの人っぽくないなーって思う」

「……? どういう意味だ?」

 イレーネが問うと、プリシラはキッチンの火が消えているか確認すると、イレーネのすぐ後ろまで近づいてきながら話し始めた。

「ほら、レヴォルフの生徒って、皆……ちょっと怖いでしょ?」

「ああ、まぁそうだな」

 そう言いながら、イレーネは頷いた。レヴォルフ黒学院の特徴で言うべきか、レヴォルフには他の学園と比べて不良の数がかなり多い。そのため、レヴォルフに属している生徒=不良という色眼鏡で見られる事もたまにある。イレーネの知る限りでも、レヴォルフで不良ではないのは自分の妹であるプリシラ、今日知り合った朱羅、そしてレヴォルフ黒学院の生徒会長『悪辣の王(タイラント)』ディルク・エーベルヴァインの秘書である樫丸ころなぐらいのものだろう。イレーネが首肯すると、プリシラがさらに続ける。

「だけど有真君は毎回ちゃんと授業に出席してるし、喧嘩も全然しないし……。むしろ大人しい人って感じ。正直言って、レヴォルフにいるのがすごく不思議な人」

「ふーん……」

 相槌を打ちながら、確かにそんな印象だったなとイレーネは思う。どこか頼りなさそうな顔立ちもそうだったが、何よりも自分の事を心の底から心配したあの目からは彼の優しい性格がうかがえた。今考えると、プリシラの言う通りレヴォルフにいる事が自体が不思議な少年である。それなのに何故彼は、レヴォルフにいるのだろう。

 ただ単純に悪ぶっているのに憧れてレヴォルフに入学したか、素行があまりにも悪すぎてレヴォルフぐらいにしか入れなかったという事もあるかもしれないが、彼がそのようなタイプの人間だとはどうしても思えない。しかしだからこそ、彼がレヴォルフにいる理由が分からない。彼ならば星導館学園に入学した方がもっと有意義な生活を送れたかもしれないし、もしかしたら聖ガラードワース学園にも入れたかもしれない。まぁあそこは校則もかなり厳しいので、彼がそれに縛られるのが嫌いな人間だと言うのなら仕方ないかもしれないが……。

 そんな風にイレーネがじっと考え込んでいると、それを見たプリシラが言った。

「だけど、珍しいね。お姉ちゃんがそこまで人の事気にするの」

「……確かに、そうだな」

 その通りかもしれない、とイレーネは思う。今までは生徒会長のディルクにある理由から借りた金を返すのに必死で、他人の事を気にする余裕などなかった。そんな自分が不良達から助けられたぐらいでプリシラ以外の人間を気にするなど、案外単純な人間だなとイレーネは自分で思いながら苦笑する。その様子を見て、プリシラが尋ねた。

「もしかして、有真君と友達になったの?」

「はっ、まさか。ちょっとあいつに借りができただけだ。そんなの、作ってる暇ねぇよ」

 妹の言葉を、イレーネは笑って一蹴した。

 そう、そんな暇はない。自分にやらなければならない事があるのだ。今日借りを返したら、また赤の他人に戻る。それだけだ。友達など、作る暇も必要もない。

「そう……」

 プリシラがそう呟くと、少し残念そうな表情を浮かべて調理に戻る。その後ろ姿を見ながら、イレーネは椅子の背もたれに寄りかかった。

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