第2話
聖應女学院、戦車倉庫は、全国大会の最大車両数である二十輌を格納する巨大な倉庫だ。鉄錆や機械油の匂いも、むせ返るほどひどいものではない。空調がしっかりしている証拠だ。
センチュリオンmkⅠを初めとして、トータス二輌、ファイアフライ二輌等、それなりに整った戦力を保有している。また、整備のための施設も更新し続けており、自動化が可能な部分は徹底した自動化もされていて、整備も充実したものになっている。
「あ、あの……薫子さん、これは……」
千早を初めとして、薫子、史の三人は、その戦車倉庫の脇にある更衣室で自分にあてがわれた聖應女学院のパンツァージャケットに困惑の色を隠せないでいた。上はブレザーを基本としたもので、ひっかかりをなくすためにボタンは隠しボタンになっていて、可憐さと清潔さを兼ね備えたジャケットではあるのだが――
「確かに、ちょっと短いよねぇ、スカート」
薫子は、健康的な足が露になるパンツァージャケットのミニスカートのすそを引っ張り、少しでも足を隠そうとしている。
二人とも、普段ロングスカートの制服を着ているだけに、ここまで足が露になるスカート丈にはいささか抵抗があるのだ。
千早は、不安げにスカートの裾を押さえたりしている。
「それにしても……」
「な、なんですか? 薫子さん」
千早は、少しばかり身の危険を感じて、薫子から一歩遠ざかる。
「千早って、本当に足が綺麗だよねぇ」
まじまじと、千早の足を見つめる薫子。
「な、何を言ってるんですか、薫子さんは」
千早は顔を赤らめて、薫子のぶしつけな視線から隠すように、足をすり合わせる。
「薫子さま……」
史が、呆れ気味に呟く。
薫子は、とにかく綺麗なものに目を奪われがちで、千早と初対面のときも彼の外見に見とれたことがある。
「コホン……」
そうこうしている二人の耳に、女性の咳払いが聞こえた。
「「!!」」
二人のエルダーシスターは、驚いてそちらの方を見る。
「初めまして、エルダーシスター。私は戦車道隊長を務めさせて頂いております。美作春(みまさか はる)、と申します」
千早と薫子のやり取りはエルダーらしくないと判断したのだろうか。凛とした声には、わずかの侮蔑の色が混ざっていた。
「お見苦しいところをお見せしたようで。お恥ずかしい限りです」
千早は、珍しく羞恥に頬を染めながら謝罪する。
薫子はまぁ、いつものことなので素知らぬ顔をしていた。
「お久しぶりです、春お姉さま」
「ええ、久しぶりですね、史さん」
「お知り合いなの? 史」
千早は、一呼吸おいて自分を落ち着かせた。
「はい、中等部の頃、少々お世話になったお姉さまです」
「そうですか。戦車道は全くの初心者で、皆さんに迷惑をおかけするかと存じますが、どうかよろしくお願いします、美作さん」
千早は、そう言って会釈した。
「お願いします」
千早に続いて薫子も頭を下げる。
「こちらこそ、お願い致します。皆瀬生徒会長からお聞きいたしましたが、ナイトの君は戦車道を嗜んでおられたとか」
「やってたといっても、中学の頃の三年だけだから、そんなには……」
と、若干照れ気味に答える。
「いいえ、三年も学んでおられたのなら凄いと思います」
「美作さん、その、私達が乗ることになる戦車――センチュリオンですか? 一体どのような戦車なのでしょう。私、戦車にはあまり明るくないもので」
「ああ、さすがの白銀の姫君も、戦車の事はご存知ないのですね。少々長くなりますが、御説明致します。センチュリオンは、有り体に行ってしまえば、戦車道で使える戦車の中で一番強い戦車の一つです。一九四四年に英国で開発開始、一九四五年に六輌が完成した第二次大戦最後発の戦車で、実戦に投入される事はありませんでした。ですが、英国ではMk.ⅩⅢまで改修を重ね、二十年の長きに渡って英国の主力戦車として活躍した実績を持つ、優秀な戦車です。なお、高校戦車道で使用が認められるのはMk.Ⅰのみとなっています」
「そんな立派な戦車を、経験者の薫子さんはともかく、私のような未経験者が乗るというのはちょっと申し訳ないかと。元々学んでいらっしゃった戦車道受講者の皆さんが乗るべきではないでしょうか」
千早は、センチュリオンの簡単な説明を聞いただけで、そんな戦車に乗ることに尻込みしてしまう。
「いえ、エルダーシスターは聖應女学院の象徴。お姉様が乗ってこそのセンチュリオンなのです」
「ですが、それは私達の手にあまるものですし、せめて三人で動かせる戦車はないものでしょうか。それだけ強い戦車には、相応の選手が乗るものだと思うのです」
「やはりそうお思いになるのですね、お姉様は」
春は、目を瞑って軽く首を左右に振った。
「それは……どういう事でしょうか」
「それはね、千早。戦車の転換訓練には、それなりに時間がかかるからなんだよ。一朝一夕にできるようなものじゃないんだ」
「薫子さん……」
「そうですね、ナイトの君の言う通りです。それに、転換訓練が終わったとしても、それでおしまいではありません」
「どういうことですか?」
事情を知らない千早は、二人に問いかけた。
「戦車には、一台一台個性があります。砲身は、撃つたびに熱膨張で歪み、角度が違っていきますし、エンジンにも癖があります。そうした個性と向き合い、付き合うのにも時間がかかるのです。そして、その戦車の強さを引き出すには、さらに時間がかかります」
春が答える。
「つまり、今からセンチュリオンに乗り換えても、意味がないということですか」
「その通りです、千早お姉さま。ある戦車乗りが残したこんな言葉があります。『戦車とは、戦車が強いのではない。戦車乗りが戦車を強くするのだ』」
「戦車は、性能だけで戦っているわけじゃない。乗っている戦車兵が使いこなしてこそ、その戦車の本当の力が発揮される、だっけ」
何かを思い出すように、高い戦車倉庫の天井を見つめながら言った。
「さすがは薫子お姉さま、おっしゃる通りです。ですから私たち戦車道受講者は、お姉さま方にセンチュリオンを託さざるを得ないのです。でも、お姉さま方には、仕方なくセンチュリオンを任せた、とは思わせてほしくありません。出来るならこの子を使いこなし、強さを引き出してほしいと願っております」
「わかりました。でも、どうしてそこまでこだわるのですか?」
「先の戦車道全国高校選手権大会はご存知でしょうか」
「まぁ、大きくニュースにも取り上げられましたから、人並み態度には」
春の質問に、千早はニュースの報せを頭に思い描きながら答えた。
「大洗女子学園。あの高校は凄かった。特に黒森峰との決勝、あれは背筋が震えたよ。思い出しただけで鳥肌が立ってくる」
薫子は、そのときの様子を思い返すように呟く。ぞく、と背筋を震わせる。
「はい。私達は、大会決勝の試合を見て気づいたのです。強くあらねばならないと。自分たちが乗っている戦車に恥じぬ戦いをしなければならないと」
「わかる。あの試合を見て、奮い立たない戦車乗りはいないよ」
「そんなに凄かったのですか?」
「はい、千早さま。史も、決勝をたまたま見る機会がありましたけど、戦車台数が二倍以上の差で勝つなんて、たとえフラッグ戦であってもありえません」
「二倍?」
「戦力比は、四倍以上といってもいいかもしれません。いくら、フラッグ車を撃破したほうが勝つフラッグ戦とはいえ、さすがに……」
史が、春の言葉に補足する。
「そうです。それだけの戦力差を覆して、大洗は常勝黒森峰に勝ちました。それを見た私達は、自分が今体を預けている戦車を使いこなそうと、そう決意したのです」
と、春は自分の思いを言葉にする。
「それで、センチュリオンを私達に……」
「はい。私達は、決して伝統のためにお二人にこのセンチュリオンを預けるわけではありません。戦車乗りとして、やらなければならないことを見せ付けられたが故なのです。おわかりいただけたでしょうか、白銀の姫君」
「そう言われては、私たちはセンチュリオンに乗らざるを得ませんね。それでいいですか? 薫子さん、史」
「いいよ、それで。私もこれには乗ってみたかったし」
「はい、千早様。史は千早様に従います」
「では、お姉様方、史さん、戦車道受講者の皆さんに挨拶を。訓練場で待ちわびています」
「「「はい」」 」