Side ユーゴ
────消しにきた。
間違いない。消される。
クリスお嬢様と無礼にも決闘をしたこの俺を消しにきたんだ。
ああ…やはり面倒な事はすべきではなかったのだ。
人は往々にして場の雰囲気に流されて面倒事を引き受けたのなら、次は更なる面倒に巻き込まれるのだ。
やはり何事もなく平穏無事に過ごす事が人生にとって最も重要なのだ。
あの一本筋の通った姿勢。分かる。あれは軍人だ。
軍に入隊した後に再会したジークも見違える程姿勢を正すようになっていたから知っている。
何よりもこちらを伺う鋭い眼光がそれを雄弁に物語っている。
それはそうとピンと背筋を伸ばし敬礼してみせるジークのツンと突き出た乳はそりゃあもう圧巻だったなぁ。
いや待て。今回ばかりはエロい妄想している場合ではない。
というよりも軍服着てる時点で軍人だ。コスプレでも無ければな。
落ち着け。逃げられる。彼我の距離、体格差を考えれば今この瞬間に虚をついて反転し全速力で走ればあるいは。
だが相手は武名高き猟犬。瞬時に取り押さえられてしまう気もしなくもない。
いやむしろ彼女は猟犬になる必要などないのだ。今日から俺の住処はあの島津寮なのだ。
ならば仮に今逃げおおせたとしても彼女からすれば番犬でいれば獲物は自ずとやってくるのだ。
であれば逃げ出して面倒事をわざわざ自分から起こす必要はない。
あの軍人の隣には直江も居る、そして俺の隣にはクリスが居るのだ。話せば分かって貰える。きっと。
とにかく面倒事にだけはなってくれるなよ。
Side クリス
一体どうしたというのだユーゴは。
先ほどからずっと押し黙っているではないか。ははーんさては。
自分が実は軍の中将の娘と聞いて緊張してしまったのか。
決闘の前は憎たらしい奴だと思っていたが。なんだ意外と可愛い所もあるじゃないか。
おお、あれはマルさんじゃないか。大和も一緒だったか。これは丁度良い。
さっそく私の友達と家族を紹介してやろう。
Side マルギッテ
直江大和から聞いた話によると、お嬢様のクラスに私の部下、おそらく普段からジークに聞かされいた彼女の従弟が転校してきたそうだ。
そのような報告は部隊に挙がって来てはいない。という事は恐らくジークも留学の事は知らなかったのでしょう。
その件は後ほどジークには確認を取るとします。クリスお嬢様と同じ寮に入るという事であれば情報を収集し中将にも報告せねばなりません。
こんな日に限って任務で昼まで登校しなかった事が悔やまれますね。
念のため寮へ来る途中副官のフィーネにもヴァイツゼッカー候爵家と彼の素性について調べるように連絡を入れておきました。
情報収集を終えるまで時間はかかるそうなのでその間私が直接彼を見定めることにしましょう。
護衛部隊の報告によるとクリスお嬢様自らが彼に街を案内なされたとの事ですが、見知らぬ土地に来た同輩を気遣うお嬢様の素晴らしい優しさです。
全く光栄であると知りなさい。
だというのにここから見る彼は何故あんなにも呆けているのでしょう。心ここにあらずというのがありありと伝わってくる。
いかにジークの従弟という事であったとしてもクリスお嬢様のお気遣いを無に帰するというのならこちらもそれなりの対応をしなければならない。
彼を見る目が自然と厳しくなってしまう。
直江大和の報告によるとお嬢様と決闘をしたとか。
結果はお嬢様が勝利を収めたというがお嬢様は最後まで相手のガードを破る事が出来なかったという。
ならば私と私のトンファーが相手ではどうか。
是非とも手合わせ願いたいものですね。
Side ユーゴ
結果だけ先に伝えよう。
待ち受けていた事態は回避された。俺の考えはただの杞憂に過ぎなかったのだ。
少尉殿に名のるだけの簡単な挨拶に留めておき、まずはこの寮の寮母島津麗子さんに入寮の挨拶をした。
麗子さんは俺を快く迎えてくれた。これからお世話になります。
割り当てられた部屋には既に俺の荷物が積まれていた。新生活とはいえこれを整理するのは少しばかり骨が折れそうだ。
だがその前に少尉殿に居間に来るように言いつけられていた。
その時は未だ自身の命を危惧していた俺はその言に素直に従った。
居間には少尉殿とクリス。そして綺麗な黒髪の女生徒がいた。
おそらくは彼女が梅子先生が言っていた黛という1年生だろう。
直江は居間に来ていないようだ。
俺が入室した事を確認した黛はおもむろに立ち上がり
「あ、あ、あのっ、あののあの、はっはっはじっ、はじめ、ああたあたあたたた。」
と明確な殺意を感じる目つきで睨まれながら、さらには良く分からない言語で話しかけてきた。
件の黛と思っていたが彼女は別の方なのだろうか。まさかその殺気、俺を獲りに来たヒットマンではないのか。
狼狽する俺。視線で俺を殺しに来る黛。クリスは溜息交じりに助け舟を出してくれた。
曰く彼女は黛由紀江。日本の北陸からこの川神学園にやってきた剣聖黛十一段の娘だと。
極度のあがり症で愛想笑いのつもりが殺気を振りまいてしまうのだという。
なるほど厄介な性分なようだ。
剣聖黛十一段。その名声はまだ父が存命だった頃に聞いた気がする。
そんな事よりも今注視せねばならない事象がある。なんというけしからん体なのだ。本当に1年生なのだろうかと疑ってしまう。
特筆すべきは梅子先生に勝るとも劣らないその尻。若さ故の過ち(?)なのか張りのあるツンと上を向いた尻はもはや芸術の域である。
生粋のソフトMを自称する俺だがこの時ばかりは先輩後輩という立場上責めに回るべきだろう。
是非ともあの尻を叩いたり鷲掴みにしながら突き上げてやりたいものだ。
…話を戻そう。
とにかくクリスの仲介があってまゆっちこと黛由紀江と途中からまゆっちの携帯電話のストラップに顕現せしめた『松風』とかいう毒舌な自称神とも知己を得、その後改めて少尉殿と向き合い正式に自己紹介を行った。
当然といえば当然なのかも知れないが、少尉殿はジークから俺の事を聞かされていたようだ。
ジークは俺の事を色々と褒めちぎっていたらしいが。変な事を吹き込んでいないだろうか。
元来俺は他人に自分の事をあまり話す方ではない。情の無い奴と思われるかも知れないが今回の留学もジークには特に話してはいない。
そもそもジークが猟犬部隊に入ってからは専ら電話やメールでのやりとりが中心だったので特に急を要する訳でもなく、折を見て話す予定だった。
クリスもお父上が猟犬部隊の直属の上官であるためにもちろんジークとは知己があった。
俺が従弟である事が分かった時の驚いた様はそれなりに見ものだったな。
まゆっちは話の内容こそ無関係だが隣でしっかりと相槌を打ち話の理解に務めていた。
共通の話題である我が従姉の話をから次第に朝の決闘の話へとシフトしてゆく。
一瞬少尉殿から剣呑な雰囲気が漏れ出ていたが、曰く「戦士として1対1の決闘をしているのであればそれは私から言う事は何もないと知りなさい。」との事。
マルギッテ=エーベルバッハ。ドイツが誇る猟犬部隊の隊長。
────紅
まゆっちの日本的黒髪は元より、クリスのお嬢様然としたブロンドとも違う。
ジークの優しいストロベリーブロントでもない。
鮮烈なまでの紅色の髪がその場の誰よりも映えていた事が印象的だった。
併せて
「マルさんは欧州の神童と言われているすごい人なんだ。自分の姉のような存在だ。」
そういって屈託無く笑うクリスもとても印象的だった。
尤もそれ以上に印象的だったのはジークと甲乙付けがたい少尉殿のゲルマン魂丸出しのダイナマイトボディな訳だが。
そんなこんながあり今に至る訳だ。
少尉殿からもマルギッテさんと呼ぶ許可を頂いたため、自分もユーゴと呼んで欲しいと伝えた。
このまま雑談に興じるのも悪くないが、そろそろ部屋を片付けるため暇を頂こう。
そう思った矢先、最悪の事態が発生する。
今日の礼をクリスに伝え、まゆっちとマルギッテさんにこれからよろしくお願いします。と告げた直後にそれは起きた。
「これからよろしくするというのなら今すぐ私に付き合いなさい。」
いまいちピンと来ない俺。
付き合うなら今すぐ突き合います。と心の中で宣誓するも突き合う事を妄想して俺の尻がヒュンッと窄まったのは内緒だ。
俺はあくまでもソフトMなのだ。掘られる趣味などない。
要領を得ない俺にマルギッテさんは続ける。
「今すぐ私とも手合わせなさいという事だと知りなさい。」
この時俺は理解した。彼女のその美しい紅の髪は彼女の苛烈なる内面をこれでもかと表現している事を。
Side 由紀江
ど、どどど、どっ、どうしましょう。
先輩ではありますがまた新しい友達が出来たのは嬉しいです。
松風の事もすぐに受け入れてくれました。
その先輩がマルギッテさんに手合わせを申し出られてとても困っています。
────ユーゴさん
私の態度がいけなかったのですが最初はこちらを警戒して少し怖い印象でした。、話をしてみると掴みどころのない雲のような不思議な感じ。ですがとても素敵な笑顔の方でした。
そんなユーゴさんが困っているのなら助けないと。
そろそろ部屋を片付けないといけないと言っても、朝クリスさんと決闘したので疲れているのでと言ってもマルギッテさんは手合わせを求めます。
挙句の果てに肘に違和感が…とあからさまな理由を言ってもマルギッテさんは全く引きません。
クリスさんはクリスさんで大和丸夢日記に夢中で役に立ちそうにありません。
あわあわあわ。ここは私が間に入って仲裁するべきでしょうか。
そうこうしている内に折れたのはユーゴさんでした。5分だけという約束を取り付け庭へ向かいます。
クリスさんは相変わらず動く気配がありませんでしたので私はユーゴさんから審判役を頼まれました。絶対に5分で止めて欲しいと。
嬉々として庭へ向かうマルギッテさんとは対照的に面倒臭そうに庭へ向かうユーゴさん。
ユーゴさんには申し訳ないのですが、お二人の気を推し量るにこの勝負は。
だいぶ主人公の口調がまとまってきた。
でもまだ主人公の全体象が自分の中でも割とふわっとしてます。
ベースは面倒事は全て避けたいと思っている人間のはずです。あと変態親父。
徐々にお気に入りなどが増えて来てとても嬉しいです。
皆様の期待に答えられるように頑張りたいです。
ご意見、ご感想お待ちしております。
追記 第1話大幅に改定いたしました。主人公Side時の口調を最新へとUPDATE!
内容に変化はありません。