エイナ・チュールの冒険   作:バステト

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これで最後です。



エピローグ イブリ・アチャーの場合

 ざわざわと風が吹く草原を、イブリは歩く。日はすでに沈み、月が無い曇り空である。突然強風が吹きつけ、モンスターの咆哮をイブリに届ける。イブリはあわてて、声とは反対方向に逃げ出す。ひざまである草は風にあおられ蠢きながらイブリの足に巻きついてくる。力まかせに草を引きちぎりながら、イブリは走る。轟々としたうなり声をあげる風に雲は吹き散らされ、満天の禍々しい星空があらわになる。またも咆哮が聞こえる。先ほどよりも近づいているのか明瞭に聞こえる。

 イブリは死に物狂いで走り続ける。いつまで走り続けたのか心の臓は破れそうに鼓動を打ち、草を引き千切りながら走り続けた足は燃えるように熱を持ち、汗は滝のように流れる。

 モンスターの咆哮は果断なく響き徐々に距離をつめてくる。ついには、足音がすぐ後ろに聞こえるようになる。

 イブリは教会地下でのことを思い出す。司祭が詠唱を終えるとどこからとも無く現れた名状しがたき紫色のモンスター。見るだけで何かが壊れていく感覚があり、自分でも情けなくも思うのだが、何もできずに恐怖のあまりに動けなくなってしまっていた。

 そのモンスターが後ろにいる。自分を追ってきている。いや、追いつこうとすれば、すぐに追いつけるはずだ、面白がって捕まえないだけなんだと悟り、走りつづる。。

 だがついには限界がきた。足の筋肉が痙攣し、地面に転がるように倒れてしまう。

 咆哮が聞こえる。それはすぐ後ろからだった。

 恐怖のあまりがたがたとふるえ、必死になってこけながらも逃げようとするが、草が意思ある物のように絡みつき、イブリを捕まえようとする。あせりのあまりかすれた声が出るものの、それに答えるのはモンスターの咆哮。周囲を見回すが、助けは来ない。夜空の星星が狂ったように北極星を中心に信じられないスピードで動き回転する。

 ずちゃりという、ぬれたものを叩きつける音がすぐ後ろでおきる。

 恐怖のあまり煮えたぎるような頭をゆっくりと後ろに向ける。30cmほどの触手が大量に生えた口がこちらに迫ってきていた。食われると思うと恐怖のあまり体が動くようになり、はいずって逃げる。だが、モンスターは一歩動いただけで、その距離を無にする。

 そして再度触手の口をこちらにむけて噛み付いて?きた

 

 だが、触手がイブリに触れることは無かった。イブリの横から、棍がつきだされモンスターを弾き飛ばしたのである。

「またせたな!」

 がっしりとした下半身は厚手のズボンで覆われている。上半身は要所要所を鋼のプロテクターでカバーしているが基本的には、鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなくさらしている。顔には、上半分をカバーする象を模した仮面が付けられていた。

「イブリ、もう大丈夫だ」

 現れたのは神ガネーシャだった。

 ガネーシャはモンスターに棍を突きつけて大音声に叫んだ

「俺がガネーシャだ!」

 周囲の空気は一変し、風はやみ、星星は動きをとめ、イブリは頭はさめ、落ち着きが戻ってきた。

「俺が! 俺がガネーシャだ!」

 再度ガネーシャが叫ぶ。あたりの闇は薄れ、草は怪しさを消し、モンスターの体に皹が入り、砕けていく。

「俺が! 俺たちが! ガネーシャだ!」

 さらに叫ぶ。モンスターの体は細かい破片となり、消えていってしまった。

 イブリが気づくとあたりは穏やかな草原の光景になっていた。すでに日は昇り、暖かい日差しが降り注いでいる。

 そして神ガネーシャは、イブリに振り返り穏やかに微笑んだ。

「もう大丈夫だ、イブリ」

 

「いや、それ神の力(アルカナム)でしょぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 イブリは盛大に突っ込んだ。確かにガネーシャの叫びと共に神の力(アルカナム)が放出されており、それによって世界が正常に戻ったのだ。

 だか、イブリが心配したのはそこではない。地上に降りてきた神々は地上では神の力(アルカナム)を封印しており、使用した場合は強制的に天界に送還される。天に戻った神の恩恵は消え、冒険者は元冒険者、すなわち一般人に戻りガネーシャ・ファミリアは解散することになる。冷静になったイブリはすでにその点に考えが及んでおり、真っ青になっていた。

 

「まあ、落ち着け、イブリ。大丈夫だ、問題ない。ちゃんと許可は取ってある」

「え、え? ふぁ? 許可? 許可ってとれるんですか?」

「だから、落ち着いて話をきけって、説明するから」

 お前は話を聞かないやつだなぁとぶつぶつと文句を言われながらも、イブリは頭を落ち着けようと、深呼吸を何度もしてみた。そうしてイブリは一旦は冷静になったのだが、ここはどこで、何で自分がここにいるのか等、疑問が大量に浮かび上がってくる。俺はホームで寝てた筈なんだが。

「よしわかった、じゃあ、俺が教えた、勇気が出るおまじない言ってみよう」

 それを言われたイブリはぐっと言葉につまり、おとなしくなった。言いたいことはいろいろあるみたいだが、説明を聞く気になったようだ。

「まあ、話は長くなるんで、ちょっと座ろうか」

 そう言って二人で地面に胡坐をかく。

「まあ、まずは心配しているみたいだから、神の力(アルカナム)からの説明な。一般には説明してないから、一応内緒な。俺たち神は天界から下界に降りてきたときに、神の力(アルカナム)を封印したっていうのは知ってると思う。だが、もうちょっと詳しく説明すると、正確には封印したわけではないんだ。恩恵は与えられるし、ウラヌスまたは神会での合意があれば、《鏡》の使用ができる。で、まあ、ここまで言えば分かると思うが」

 ガネーシャがイブリに続きは分かるだろうと口をつぐむ

「さっきも言っていたし、これはウラヌス様の許可がでているってことですか? でも何故? 冒険者が死のうがどうしようがウラヌス様は無関心だったじゃないですか」

 ファミリア間で抗争が起ころうが何があろうが、ギルドが動くことはあれどウラヌス自身は介入はしない。今までの介入しなかったウラヌスの実績からすると、イブリに介入する理由など無いはずだった。ガネーシャは仮面の中に指を突っ込んで眉間をぐりぐりともんでいるようだ。

「まあ、神の力(アルカナム)の説明続けるぞ」

 ひとまず疑問を棚に上げてイブリが話を聞く気に戻ったので、ガネーシャは話を続ける。

「えーとだな、説明すると、天界が建物の二階で、下界が一階。二階から下りる階段はいくつかある。階段の先には、それぞれ下界である部屋がそれぞれたくさん在ると思ってくれ。そして特定の部屋では神の力(アルカナム)の使用が制限されているが、他の部屋では制限されてないんだ」

 イブリは分かったようで続きを促す。

「で、建物のたとえで言うと、オラリオがある部屋とは此処は別の部屋でな、神の力(アルカナム)を使用して問題ないんだ。この世界の名前はウラヌスから教えてもらったんだが、『夢の国』だそうだ」

 イブリは夢だと聞いて納得した。夜空の星星は回るは、夜だったのが急に昼間になるは、夢だと思えば納得である。現実感がありすぎるのが問題だが・・・

「いっとくが、夢とは言ったが、眠っているときに見る夢とは別物だぞ。さっきの話の例で言うと、お前は別の部屋に移動しているだけだからな。ここで死んだら実際に死ぬ。別の世界とは言え現実だからな。あのモンスターに出会って恐慌状態になると此処に転移しやすくなるらしいんだが・・・・。帰る方法は、俺は神の力(アルカナム)を使うからいいとして、お前は一度眠って目を覚ませば良いそうだ。それも俺が神の力(アルカナム)で実行する」

 オラリオでは考えられない神の力(アルカナム)の大盤振る舞いに、ちょっと顔が引きつるイブリである。

「えー、話の続きだが、何でウラヌスの許可がでているかだがな。エイナ・チュール、ザラ・キッシンジャー、イブリ・アチャーの三人。今回の事件に特に深く関わった人間に対する特例処置だということだ。実際には、処置を取られるのはお前だけだがな」

「え、ちょ、俺一人って、どういうことなんですか? 他の二人は見捨てるんですか」

 あわてて立ち上がり、イブリはまたガネーシャの肩をつかんで揺さぶった。

「やめっ、揺さぶるのやめて! 昨日はヘルメスとめっちゃ酒飲んだからきついんだよぉぉ!」

 ガネーシャはイブリをどうにか振りほどくと話を続けた。

「落ち着け、落ち着けって! 他の二人は、ここまで困った状態になっていない。恐怖に負けてないから、こういうことしなくて良いんだ」

 イブリは教会地下での出来事を思い出す。名状しがたい紫のモンスターと対峙した時、自分は恐怖とおぞましさで動くこともできなかった。同行していたファミリア・メンバーはレベル1だったのが幸いだったのか、最初にモンスターの咆哮を聞いた時点で倒れてしまった。だが、ギルド職員のエイナ・チュールは、恐怖に耐えて、イブリに気付けの火酒を飲ましてくれた。冒険者でもないのに、である。ザラにいたっては、いつもと変わらずモンスターと戦っていた。確かにあの二人は恐怖に打ちのめされてはいなかった。イブリは俯いて呟いた。

「俺、レベル3なのにみっともないですね」

 ダンジョンにもぐり、格上相手と遭遇したことも、全滅しかかったこともある。怖い目にも、痛い目にも、辛い目にもあってきた。第一級冒険者には負けるかもしれないが、それなりに修羅場をくぐってきたという自負があった。だが、そんなものは役に立たなかったのだ。

「大丈夫だ。卑下することは無い。あのモンスターはダンジョンにいるモンスターと違ってな、人の心を攻撃する力があるらしい。だから、冒険者であっても、ほとんどの者はアレに対峙すると耐え切れずに恐慌状態になってしまうんだ。エイナ・チュールが無事だったのは、酒を飲んでいたからだ」

 イブリは顔を上げるとガネーシャの顔を間抜けな顔で見つめた。その表情は、あのまじめなエイナさんが酒を飲んで仕事をするとは信じられないといっていた。

「酒?」

「おう、それもただの酒じゃないぞ。神酒に匹敵する出来栄えのものだ」

 そんなものを作り出すとは人の可能性というものは面白いなと、ガネーシャはにやりと笑う。

「エイナさんが飲ませてくれた気付けの酒がそうなんですか?」

「ああ、そうだ。効能はすごいぞ。事実エイナ・チュールは恐慌にならなかったしな。お前もアレに会う前に飲んでいれば、問題なかったんだろうがな。飲んだ量の分だけ、酔いが醒めていても、恐慌に耐えられるようになるらしい。じゃあ、大体説明は終わったか」

「ちょっとまってください、あのモンスターは?! 初めて見たんですけど」

 イブリの叫び声に、ガネーシャは考え込むような表情になる。象の仮面は心なしか、暗い表情になっている。象の鼻も元気なく垂れ下がっているように見える。

「詳しいことは分かってないんだ。あれはな、さっきの建物の話で言うと、別の部屋から魔術で連れてこられたモンスターということしか分かってない。ウラヌスにもだ。おっと、そうそう特例措置の理由だが、異世界から来たモンスターと戦った経験のあるものは貴重だからだそうだ。だからこそ、特例措置だそうだ」

 説明は終わりだとばかりにガネーシャは立ち上がると、ズボンについていた土埃をはらった。

「じゃあ、もどったら、気付けの火酒で酒盛りしようぜ。酒瓶ごともらったからな」

 そういうと、仮面があるにもかかわらず、ガネーシャは爽やかな笑顔をイブリに向けた。




以上で終わります。

ここまで駄文を読んでいただき、ありがとうございました。

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