さて、次の日の朝である。
結局私は今晩、ハビタット・イーコール邸地下室に進入することになってしまっている。一応はごみ調査の一環で、たまたま迷い込んでしまうという体裁をとることになっているが。
で、ザラさんは残りの準備を今日一日で済ませるといっていたが何をするのだろうか。私の準備としては、昨日言われたように服装ぐらいしか言われていない。他の準備をしなくて良いのだろうか? 不安を感じはするが、とりあえず動きやすい黒っぽい服装を準備する。靴に関してはうるさく言われていたので、歩いても音がしないやわらかい靴にする。溜息を付いた後ギルドに出勤した。
ここ数年、怪物祭の前の時期には、怪物祭で遊ぶ費用を工面するため、冒険者のダンジョンへの出入りが激しい。つまり受付業務が忙しいということである。上司アングリーも慣れたもので、臨時シフトを組むようにすでに指示を出し終えており、他の部署からきた職員が臨時の窓口担当者として働いている。ミイシャなど通常窓口職員は、臨時窓口担当者のバックアップに回ったり、冒険者のクレーム対応をしたり、怪物祭りを取り仕切るガネーシャ・ファミリアとの対応をしたりと忙しい。要するに、通常業務は応援職員に任せてしまって、いつもの窓口職員は通常業務ではないちょっと難しい業務に専念しているわけだ。
私とはいえば、アングリーの指示で『例の事件』、すなわち、今晩の『ごみ調査』がうまくいって、モンスターが地上にいる証拠を見つけた場合に、どうするかの対応準備を進めている。倉庫地下に危険なモンスターがいる場合には、ギルド職員だけでは対応はできない。ましては2レベルにカテゴライズされるミノタウロスを捕獲できるだけの実力者がシルバートワイライト教会、ハビタット・イーコールの部下にいるのである。それに対抗するには、やはり冒険者に頼るのが一番である。
今まで通りにザラさんに頼るというのも考えたのだが、ギルドとガネーシャ・ファミリアとの関係、ザラさんのファミリア内部での立場を考えると、ここはガネーシャ・ファミリアに頼るのが妥当であろう。怪物祭を間近に控えているこの時期ならば、ガネーシャ・ファミリアも余計なトラブルの発生を嫌い、協力も得やすいはずだ。
私はイブリ・アチャー氏に提供する資料の作成を切が良い所まで進めたあと、ミイシャたちと同じく窓口業務のサポートに仕事を切り替えた。
そして夕方。
ザラさんがやってきた。普段ならなんということもないのだが、この後にイーコール邸内部の調査という限りなくブラックに近いブラック・グレーな調査をするのである。ザラさんの姿を見ると急に強くそれが実感される。ギルドに就職して窓口業務をスタートした時、最初の冒険者を迎えた時と同じような緊張感がある。私はこっそりと手を開いたり閉じたりを繰り返す。緊張をほぐすための昔からの癖である
そして私はすばやく、机の上を整頓するとミイシャたちに挨拶をして、ギルドを出る。
ザラさんも、ちょっと時間をおいてギルドから出ていて、私のそばにやってきた。
「今夜は忙しいので、まずは軽く食べておきましょう」
ギルド近くの食事処に移動し、サンドイッチを食べる。ササミと新鮮な野菜のサンドイッチで美味しいのだろうが、これからのことを考えると味が分からない。ダンジョンにもぐる冒険者もこんな感情をいだくのだろうかとふと思う。今度ベル君に聞いてみよう・・・
ザラさんから、紙袋を渡される。中身は、フードつきのマント、護身用の短剣と短剣を着けるベルト、ポーション三つ、気付け用の火酒がひとつである。それから黒くて軽い皮の上着。上着はモンスターに襲われたときの防具とのことだった。必要ないとは思うが念のためということだった。戦うことはないとは思うが、絶対にないとは言い切れない、もしもに備えておくのが冒険者である。自分でも冒険者にそういっているのだが、それが自分に当てはまる日が来るとは思っていなかった。ぞくりと体が震える。
食べ終わってトイレに行き、そこでベルトと短剣を装備する。皮の上着をきて、内ポケットにポーションと火酒を入れる。
これで準備ができた。
さて出発である。
マントを羽織り、フードをかぶって顔を隠し、ザラさんの案内で、倉庫地下道の出口まで移動を開始した。
すでに時間も遅く人通りも少なくなっている。ただすれ違う人がみんながこちらをじっと見ているような感覚に襲われる。気のせいだと分かっているのだが、どうしようもない。落ち着かない気分のまま歩きつづける。
途中の人通りがない場所で、ザラさんからまた荷物を渡される。何かと袋を開けてみると黒髪のかつらであった。それと、ウン、これはあんまりだろうと思いたいものがもう一つ。
「フードがあるから大丈夫だと思いますが、念のため、髪の色をこれで変えておいてください。あと耳が見えないようにシアンスロープの付け耳もつけておいてくださいね。それ(犬耳)が耳(エルフ耳)を覆い隠してくれますから。種族も偽装しておきましょうね」
なんとも念の入った変装であった・・・・
雑草と背の低い潅木に覆われた高さ二mほどの高さの崖に案内される。がさがさと潅木を掻き分けると人一人が通れる程度の穴が出てきた。穴とはいっても、板でふさがれている。ザラさんが板に手をかけると力任せに動かしていく。
「ここは簡単にしか偽装してないですね。目立たないようにでしょうけど・・・」
ザラさんに続いて横穴の中に入っていく。壁と天井はむき出しの土であるのだが、床はしっかりと踏み固められている。
「ここから先は、指示に従ってくださいね。それと見つかるといけないので、基本的に小声でしゃべってください。あとフードとマスクで顔を隠してくださいね」
そしてフードで隠れているが、にっこり笑った様に見えた。
「緊張するのは分かりますが、まあ、戦闘になっても大丈夫ですよ。私はレベル3の冒険者の中でも強さで言ったら30番以内には入ってますから、たぶん」
補足
シアンスロープの付け耳
「私はシアンスロープですのでパルゥムではありませんよ、人違いでは」が通用するので、「私はエルフですのでシアンスロープではありませんよ、人違いでは」が通用するのです。
「私はレベル3の冒険者の中でも強さで言ったら30番以内には入ってますから、たぶん」
レベル3限定で魔法とスキルを使用しないという条件でのザラ自身の予想。