かませ以下の憂鬱   作:らるいて

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第11話

 一週間。ボロ雑巾も斯くやといった様の俺の傷をドロテアが癒して人型に戻すまでにかかった日数だ。エスデスがいつ攻め寄せてくるともしれないこんな一秒を争う重要な時期に、死に掛けるまで戦い続ける馬鹿がここにいた。説明しなければいけない事と、戦力の確認と、連携の強化と。やらなければならないことを一挙に片づけられたのだから、むしろよかったのではないかと自ら頷く。過ぎたことを悔やんでも始まるのは無限ループの自己嫌悪だけだと知っている。このままではエスデスに勝てない可能性が高いことも知っている。

 であれば行動あるのみだ。状況は動かなければ変わらない。良い方には変えられない。

 

「というわけで、ちょっと革命軍のところいくからここから出してくれ」

「却下じゃ阿呆」

 

緑色のドロドロに満たされた巨大な水槽の中でぷかぷかと浮きながらドロテアに頼むが素気無く断られる。体から生えた無数のコードを引きちぎってこのガラスを砕いて逃亡、なんてことは容易くできるが、ドロテアがまだここから出さないということは俺の把握できていないところで傷が癒えていないということだろう。はやる気持ちをどうにか抑えるほかにはない。

 

「まだ調整が終わっとらんと、何度言えばわかる」

「人型に戻ったし万全に近いと思うが?」

「主はもはや妾の最高傑作じゃからな。色々とやっておきたいことが多くてな? まぁ、あと少しじゃ一時間もかからん」

 

ムフフと楽し気に笑うドロテアを眺めているとどこか羨ましく感じる。いつのまにやら、俺はドロテアの作品になっていたらしい。否定はできないほどに俺は改造されてはいるが、それにしても最高傑作か。原作でいえばコスミナ。シコウテイザーも改良していたが、あくまで既製品を改造しただけで自身の作品という訳ではないはず。

 あのゲテモノと現状の俺、どちらが強いだろうか。見た目のゲテモノ具合でいえば俺の圧勝であると確信できる程度に今の俺は歪だが、強さでは判断がつかない。自分だと信じたいがそう判断する材料はない。あのコスミナはあの時点でのタツミ以下が確定。タツミはあの時点で既にブラートに匹敵、なんなら超えている可能性が高い。現状のブラートと俺を比較すればある程度測れそうだが、帝具込みでの実力が未知数に過ぎる。コスミナとドロテアでは勝負にもならないのは証明されているが、俺ならば。勝つのは厳しいだろうがそれでも十に一つ程度の目はあるだろう。コスミナとドロテアも合わせれば三つはいける。誰かを犠牲にすれば……いや、それはもはや敗戦と同義だ。

 エスデスどころか上位層との比較でさえ、化け物に成り果てて尚届かない。先の兄弟喧嘩ではかませいぬのやられやくに過ぎないヌマにさえ、全身全霊を尽くして敗北した。ヌマの実力をブラートと同等以上と見積もってさえ、共闘したとしてもエスデスに勝てる可能性は……いや、限りなく低い。やはり、戦力が足りていない。

 アカメを含む帝具使い十人。ナジェンダがエスデスを殺すために必要と考えた戦力だ。うちの国が動かせる帝具使いは、コスミナを除くとして、俺、ヌマ、イエヤス、ラン、ドロテアの五人。ナイトレイドのメンバーが一人も死んでいないと仮定してタツミもスサノオもいないとして、アカメ、ブラート、ラバック、シェーレ、マインの五人。合わせて十人ぴったりだ。

 うちだけでは帝具使い十人集める公算が立つわけもなく、アカメを、正確に言うならば村雨を手に入れる算段もない。一度明確に敵対している暗殺者集団になぞ会いたくはないが、そんなことを言っていられるほどの余裕はない。というか既にことは動き出している。革命軍幹部に渡りを付けているし、あとはそいつを経由してナイトレイドと協力してエスデスを打倒する。呉越同舟とも敵の敵は味方ともつかない一時的な同盟関係を結ぶ。そこから先は、なるようになれ、だ。

 

 そんな考え事をしていれば、いつのまにやら調整は終わり、水槽からドロドロが消え、ガラスが上へあがる。水中用の眼が乾くと痛いのでその前に皮膚の内側にしまう。そして瞼を開いて人間としての眼で周囲を見渡せば、こちらの姿を確認しながら鷹揚と頷くドロテアがいる。

 

「うむ、だいぶマシな見た目になったの。まだまだ及第点といったところじゃが、ひとまずの調整はこれで終わりかの」

 

つられるように目線を下げて、自分の肉体を見ればなるほどたしかに別物になっていた。

 多種の危険種の皮膚が点在してオカピやキメラのように不自然な気持ち悪さ感じさせた肉体は、昆虫感のある外骨格に包まれ、見た目の統一感に加えてより堅牢になっている。試しに触腕を出そうとして見れば、外骨格が邪魔することなく開き内側から想像以上の速さでドロテアへ襲い掛かる。ドロテアは不意を打たれたせいかに避けることも反応することさえできずに足を触腕にからめとられそのまま空中に逆さづり状態になる。外骨格がかすかに波打つ皮膚の動きを隠し、初動を見極めづらくする効果もあるようだ。

 

「い、いきなり何をするんじゃ! はなさんか、この!」

 

ドロテアは見た目と反した怪力で触腕を振り払おうとするが、ぬめりけのある触腕をうまく持つことができず、空中であることも災いして力を活かしきれていない。これがコスミナなら触手プレイに心を躍らせるのだろうが、幸いにもドロテアにも俺にもそんな性癖はない。これはひどく単純にドロテアの手落ちからくる罰だ。ドロテアは気づいていないようなので言葉に出して教えることにする。

 

「早く人型にもどせ」

 

なんでまたバケモノ状態なんだ。

 

 

 

 

 

 暑さで思考が十全に働いていないことを自覚しつつ、机の向こう側に座る白髪の男、シセツと話す。シセツは革命軍の幹部の一人で、セイカ国と革命軍の協力関係を築くことに積極的に賛同し、その橋渡し役となった男だ。かつては帝国で外交官として各国にコネクションを持って活動していた縦横家だ。優秀ではあるが、外の問題の専門家であるからこそ内側で専横をきわめた大臣に対抗する手立てを持たず、地位を追われた。そして西の異民族に半ば亡命に近い形で逃げ込みながらも革命軍と連絡を取り、西の異民族との協力を取り付けることで革命軍の幹部として帝国に舞い戻ったという傑物というにふさわしい人物。

 かつてセイカ国に派遣されていた時期もあり、ヌマや俺とも革命軍に入る以前から交流のあった存在。だから激情家のヌマが行った無為の虐殺を、否定はしつつも常からそのような暴虐を振るう存在ではないと理解して、共闘関係の構築に前向きな姿勢を見せている。協力を取り付ける代償は帝具。安くない代物ではあったが、ナイトレイドとの共闘が、ひいてはエスデス討伐が見返りならば安すぎるくらいだ。

 さて、彼の趣味の骨とう品の話をしたり、互いの近況を語り合ったり、世間話をして一息ついたところで今日の主目的である共闘の話を持ちだす。

 

「かのエスデス将軍が我らセイカ国の迎撃に出ているという話はご存知でしょう」

「もちろん存じておりますよ。おぉ、そうだ、であればこんなところで油を売っていてよいのですかな? カマ様はセイカ国の主力の一人。ともなれば、エスデス将軍との戦いに備えなければなりますまいに」

「その件ですが、実は本日時間を頂いたのはご助力いただければと思ってのことでして」

 

当然、交渉内容なんぞ事前に伝えているしなんなら予測も立てていたことだろう。というか、今日はナジェンダもここに来る予定なのだから知っていなければ困る。それでもわざわざ知らないような態度をとる以上、俺も恐縮そうに言葉を紡がなくてはいけない。外交なんぞめんどくさいし、俺以上に舌の回る奴は国にいる。しかし、立場やら移動速度やら自衛能力やら決定権やらの兼ね合いで俺以上の適任はいないのだ。あぁ、めんどくさい。

 

「我らにとってセイカ国は革命を成功させるための要石。助力もやぶさかではないのですが、こちらも中々厳しい情勢でして。ご存じでしょうが物資的な援助はかないませぬし、この南方より兵を送ろうにも、帝国を縦断してとなるととても現実的ではない。帝国の目を掻い潜ってすこしずつ、となれば貴国とエスデス軍との衝突には到底間に合いますまい。はたして望むような支援ができるかどうか……」

 

物資の支援なんて期待していない。帝国の方がセイカ国より遥かに発展してはいるが、こちらは矮小にも国だ。未だ国に満たない反乱軍には流石に劣らない……十年前とかなら危うかったかもしれないが、ヌマや俺の活躍でかなり発展したのだ。今後もドロテアに任せている危険種研究と品種改良でさらに発展するめどは、そのうちたつだろう。……国が残っていれば。

 兵士に関しても同様。正面から大手を振って帝国とやり合うだけの軍事力を現時点での革命軍は有していない。少なくとも表面上は。内応を約束している、帝国内部の潜在的な革命軍シンパは確実に一定数いるだろうが、どれほどいるかは流石に把握できていない。それは向こうも同じはずで、こちらよりも正確な予測は立てられるだろうが、いつの時代も最後に勝敗を左右するのは日和見主義の風見鶏だ。勝てると確信させるだけの成果を出していない現状では、まだ早い。

 

 いずれにせよナジェンダを始めとした革命軍を率いる元帝国軍関係者が、現状でまだ応としないのだから、戦力不足は確実なんだろう。それだけエスデスとブドーの二枚看板が厚いということでもあるのだろうが。

 軍勢的な支援を望むことは厳しいが、俺が革命軍に臨むことはひとえに革命軍所属の暗殺集団である帝具使い、ナイトレイドの派遣だ。奴らさえくればエスデス打倒の現実的な可能性が生まれる。そしてエスデスは大将軍ブドーと並ぶ革命軍の戦略目標の一つの筈。個人の残虐性と危険性、軍全体としての即応性を加味すれば、帝都を守護するブドーよりも優先順位は高いだろう。なんならブドーはほっとけば大臣あたりに陥れられ失脚するだろう。そのあたりの政治的な手管でブドーが大臣に対抗できるとは思えない。反乱軍を倒してから、などと悠長なことを言っている時点ですでに術中に違いない。良くも悪くも飛び切り優秀なだけの頭の固い軍人にすぎない。

 もっとも、ブドーが失脚するほどに時間をかけていては、革命など失敗するに決まっているのだが。人間というものはそれほど我慢強くはない。いつまでも劇的な行動を起こさず小康状態を続けるようなら、不満の矛先は革命軍にも向く。それも集団となればなおのこと。教育を受けていない人間の中に、小さな集団を統べるだけのカリスマを持つやつがいたとして、そいつが地方の小さな町で革命を掲げて暴動でも起こしてしまえば、その火種は瞬く間に周囲に引火し、帝国を焼く大火となる。ナジェンダをはじめとする革命軍幹部の思惑などそこには入らない。ただ暴徒と化した集団が、善も悪もなく蝗のように暴れまわるだけの蝗害だ。帝国に敗れるか、帝国を喰らいつくすかはわからないが、ガタガタになった帝国は周辺異民族に侵略され、支配されるだろう。長らく国力を盾に威張っていた帝国に対し、持つ慈悲などありはしない。この世の地獄と呼ぶにふさわしい惨事が待っていることだろう。長年帝国が周辺諸国に強いてきたことと、そう変わりはないのだが。

 そんなことは革命軍幹部はもちろん、俺とて望んでいない。セイカ国としても行き過ぎた帝国の国力低下は望ましくない。国内を蹂躙した暴徒の群れが次に来るのは周辺国だ。むろん、たかだか暴徒ごときに負けるはずはないが、蹂躙され荒廃した帝国から文明は消え去るだろう。それではセイカ国を豊かにするために時間がかかりすぎる。セイカ国の急成長は帝国からの物資の流入によるところが大きい。帝国には健在で、なおかつセイカ国に有利な条件での貿易条約の締結できる程度の弱体化が理想なのだ。

 

 逆に言えば、相手も革命後にセイカ国が帝国に口出しできるだけの国力を持っているのは望ましくないということになる。だからこそ、セイカ国とエスデス軍が激突する戦いは、両者の消耗の果て、共倒れるという形で終わってほしいはずだ。

 故に、今回の戦いはそのエスデスを倒すまたとない好機であると語ってみせるが、反応は想定通り芳しくない。やはり、戦力はある程度拮抗しているとみられているのだろう。

 奴らにとってセイカ国も潜在的な敵に他ならない。革命が成功したとして、その革命に協力した異民族から圧力をかけられるのは明らかだ。革命軍の望む、民草の為のより良き国をつくるためには、原作で西の異民族にエスデス軍をぶつけた様に、その後の統治に口を出せないほどに消耗させる必要がある。理屈は分かるが、される方はたまったもんじゃない。援助したうえで、口を出す体力すら残らないのでは完全に骨折り損だ。

 原作でのナジェンダの推測では一年。現状でセイカ国の軍事力は原作より高くなっているだろうから、それ以上の期間エスデスを引き付けられると想定しているに違いない。それだけの期間があれば革命の準備は飛躍的に進む。なんなら完遂しうる。いや、さすがにそこまでいけばエスデスが引き戻されるだろうから完遂はないか。だがエスデスはともかくエスデスの軍勢に打撃を与えられると予想するだろう。援軍を派遣するまでもなくセイカ国、エスデス軍の戦力をそぎつつ、革命は大幅に進むと考えた時、セイカ国に戦力を送る利点は薄い。ほっといても勝手に敵同士が削りあうなら静観が無難な一手。俺とて彼らの立場ならそうするだろう。それでも、成らぬことを成すのが俺の仕事だ。攻めるべきはエスデス討伐の緊急性。

 

 セイカ国とエスデス軍の戦力がおおよそ互角と考えた場合、ナイトレイドの派遣要請は通らないモノとした方が良い。それでももしあり得るとしたら恩を売れるタイミング、戦いがある程度終盤に差し掛かりエスデスが劣勢になった場合の最後の一押し、あるいは俺たちが不利になった場合の救援としてだろう。それでは遅い。エスデスの成長速度を加味すれば、ヌマや俺との戦いで新たなる奥の手を生み出すことも考えられる。消耗した兵力を補充する、すなわち現状ではやっていないだろう氷の軍勢を……?

 まて。何故、ナジェンダはエスデス打倒に必要なものを、アカメを含む帝具使い十人と十万の軍勢と言っていた。エスデス軍を打倒するのに必要な兵力、ではない。エスデス軍と切り離した上で、そろえたと言っていた。エスデスを逃がさない為の包囲網構築でもないだろう。エスデスの生み出す氷の軍勢を倒すための十万の軍勢なのか? しかしエスデスは新たな奥の手と言っていた、はず。考え得る可能性は、ナジェンダがその用途をエスデスより先に思い至ったか、また別の何かがあるか。戦後の宴会芸か何かでエスデスが氷の人形を生み出し余興として戦わせるとか、人形劇でもやって見せたか。そんな無意味なことをするのか? アレが? 分からないが、現状ですでにあの軍勢を生み出すことができる可能性がある? いや、考えづらい。すぐには思いつかない。ドロテアやヌマと相談する必要があるか。なんにせよ時間をかけねばあの量を作ることは無理だろうし、電池としての活用も厳しいだろう。しかし現地で兵力の補充が可能となれば、持久戦は不利としか言えない。現状でストックがあるようならばそもそも詰みだ。

 エスデスが氷の兵隊を生み出す可能性を考えれば、元より下策であった遅滞戦術により苦戦することでナイトレイドを援軍として派遣してもらう案は確実にダメだ。何が何でもナイトレイドを早期に派遣してもらう必要がある。思考は勝手にずれたが答えは同一。

 

 のらりくらりと要求をかわす男を相手にしながら思考を加速させる。出せるものは小さくはないが多くもない。エスデスの危険性を訴えかけるにしても、彼らの主観から見てエスデスの脅威については俺より彼らの方が詳しいことになっているはず。エスデスの脅威を説くのは厳しい。

 逆を行っても意味はない。エスデス恐るるに足らずとでもいえば援軍を要求するわけにはいかないし、向こうとしても勝手に潰し合ってくれて願ったりかなったりだろう。本当に圧勝するようなら急いでナイトレイドがやってくるだろうが、その場合のターゲットはエスデスではない。……あぁ、なるほど。最悪だ。ほかの案はないか。優先順位の書き換え、前提の破壊。洗脳するような帝具でももっていれば話は楽だったのに。

 

 

 

 残念ながら、というか当然のように事前に考えていた以上の名案が思い浮かぶこともなく、いやな可能性の一つに行き当たっただけだった。外交官の男と無為に話していると部屋の扉が開く。来たのだろう。横目に見れば予想通り眼帯に義腕のイケメン、ナジェンダがそこにいた。

 同時に行いたくない手段が再び脳裏をよぎる。エスデスの脅威をこれ以上伝えることができず、ナイトレイドを派遣してもらうことができないなら。ナイトレイドの優先順位を動かしてしまえばいい。エスデスではなく別の緊急性。

 

 例えば大将軍を打倒すれば、たとえエスデスが残っていても彼我の戦力を測定しえない馬鹿どもには、革命は成功すると思い込ませることはできるだろう。国民の多くが支持する安寧道が完全に蜂起すれば見た目上の数だけは整う。エスデスの側近も三獣士でもいいが、大臣が大事にしているように見える(・・・・・・)バカ息子あたりを殺してもいいパフォーマンスになったろう。大臣が主導して組織したように見える(・・・・・・)対革命軍用の帝具使いの集団が何一つ成果を上げられずに壊滅でもすれば絶好の宣伝材料だ。それがバカ息子が勝手に集めた集団だろうと関係はない。大臣の関わりがあるように見える(・・・・・・)なら、他人からすれば一緒なのだ。それらの大小さまざまな積み重ねが革命という夢物語に現実感を付け加える。なんでもいい。すこしずつでいい。大臣派の存在を微かずつ切り崩して、事情を知るものにすでにそこまで革命軍の戦力が、張り巡らせた網が強大であるように見せかければ勝手に勘違いする。

 真実はどうであれ事実は個人の主観によって様変わりする。真実に重大な欠陥があるとしても知らないものには完全無欠に見える。こいつらの中の事実を書き換えてしまう何かがあれば情報収集にせよ、それ以外の目的にせよナイトレイドは北に来る。

 

 部屋に入ってきたナジェンダに立ち上がって礼をする。

 

「おぉ、ナジェンダ将軍来てくださいましたか。こちらはセイカ国の第二王子であるカマ殿下です。確か、お二人は面識があるという話でしたな」

「えぇ、よく知っています。ナジェンダ将軍は素晴らしいお方だ。まさに国士と呼ぶにふさわしい。以前は悲しいすれ違いが起きてしまったが、シセツ殿の仲介によって再び交渉の席に着けたこと嬉しく思います」

「もったいないお言葉、感謝いたします。こちらとしても以前はあのような顛末になってしまったこと心苦しく思っており、今回こそ良い話ができればと思っています」

 

ハハハ。殺し損ねてさぞ心苦しかったろう。今回こそ殺すと聞き取れなくもないが、そうなればシセツの顔に泥を塗ることになる。最悪の場合、西の国とのつながりが切れる。少なくとも、この場で問答無用ということはないだろう。警戒するなら帰り道だがシャンバラがある。なによりエスデス軍を削ってくれるだろう人物をわざわざ現時点で殺すとも思えない。

 シセツも満足げにうなづくと、席に着くようナジェンダを促す。その案内に従って俺の正面に座るナジェンダ。さぁ、交渉本番だ。俺は、本題に入る前の世間話のように、ナジェンダに声をかける。

 

「いやぁ、帝具を複数、同時に使う術を見つけていなければ、この席もなかったと考えれば、うちの技術者には頭が上がりませんよ。まったく、本当に精鋭をお持ちのようでうらやましい」

 

 帝具の同時使用。あり得べからざる異常。ナジェンダは、ナイトレイドはその現物を実際に目で見ている。以前交渉し、決裂した際にナイトレイドから逃げおおせた際のシャンバラの起動。俺の帝具はアースマイトだと認識していたが故に、防ぎようのなかった奥の手。可能性として考えて、否定して、それでも否定しきれなかったことだろう。アースマイトの奥の手だと考えたかっただろう。逃亡した後の俺の醜態など彼らに知るすべはないのだ。ならば余裕をもって使えるかのように振る舞う。

 そんなことができるのならば、前提が揺らぐだろう? 現状でエスデスとセイカ国の戦力がある程度拮抗しているとみるならば、これで天秤が偏るだろう? だから、個人の体質ではないと告げる。さも誰にでもできる技術であるかのように告げる。複数人の帝具使いと、複数の帝具を同時に使える人間。どちらが厄介かと言われれば、俺は複数人の帝具使いだと答える。だが、例外もある。エスデスという圧倒的な個を知る人間からすれば、複数の帝具の同時使用は、すなわち、エスデス級の脅威の誕生の可能性を示す。そんな事態を看過できるナジェンダではないだろう?

 

 目の前で、険しい顔のナジェンダと、驚きに目を見張るシセツ。二人を眺めながら内心呟く。

 

 許せドロテア。

 

 複数帝具の同時使用なんて言うブレイクスルーをなせる技術者がいるなら。そいつを先に殺しに来る連中だよ、ナイトレイドは。

 きっとナジェンダの中の最優先抹殺対象はまだ見ぬ未知の技術者ドロテアだ。そしてドロテアを知るため、始末するために、エスデス討伐に協力するふりをすることだろう。だがその過程で本当にエスデスを殺せるなら見逃すこともないだろう。

 

 とはいえドロテアは守らなければならない。あぁ、また一つ難儀なことが増えてしまう。

 




忘れてはいなかったですよ、書けなかっただけで。もはや見ている人がいるかは知りませんが、ごめんなさい。

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