ナジェンダとシセツが未知の技術について耳にした瞬間の反応は対照的だった。すなわち、警戒と興味。どちらが正しい、どちらが優れているという話ではなく、まず気にするところが危険性か、有用性かというだけの話だ。あるいは、軍人と外交官という立場の差か。今回に限れば俺やセイカ国への好感度を意味していると認識してもいいかもしれない。それでも異なる反応、異なる認識、異なる役職、異なる思考を経ても出力される解は相似になる。腹の内は違うだろうに、打ち合わせをしたわけでもないだろうに、それでも二人の対応は一つの目的に沿ったものだった。
「……なるほど、まさかとは思っていましたがあの時の瞬間移動はアースマイトの奥の手ではなかったということですか。帝国でも帝具の同時使用に成功したという話は聞いたことがありませんが……貴国には素晴らしい技術者がいるのですね」
ナジェンダが求めたのは帝具の複数使用の手段を開発した技術者の情報。敵対者のすぐれた技術者を調べ、消すことでそれ以上の発展の可能性をつぶし、ノウハウを継承させず、成長を止め、敵対者を弱体化させるために。
「なんと! 帝具の同時使用ですか。複数の帝具に適合した者が試したという記録を見たことはあります。生命力の消費が大きすぎて、とても実用に堪えないとのことでしたが……そのような問題点を克服したと、そういうことですかな」
シセツが求めたのは技術そのものの情報。新技術の弱点を探り、安く新技術を取り入れ、自陣営に活かし、強大化させるために。
どちらも第一の敵とみなす国に違いはあるにせよ、敵と味方の戦力差をすこしでも埋めるために情報を欲している。より多くの情報を引き出そうとしている。
「残念ながら、あらゆる帝具に一様に施せるなんて技術ではありません。帝具ごとに解析が必要で、それなりに時間もかかるとのことでしたが……そうですね、少なくとも現時点で我が国が保有する帝具についてはすべて、問題なく可能と言っていましたね。理論上は、3つ以上の同時使用も可能になるということでしたが、私に適合する帝具は2つしかありませんでした」
だから、二人の求めるものを一部誇張して、一部隠して限定的に伝える。勝利の女神が下着をちらつかせているなんてわけではないが、求めているものは確かにそこにあるかもしれないぞ。進め、進め。進もうとしてくれなければ、何かを求めてくれなければ始まらない。
外交の場で何かを要求するということは何かを差し出すということにも近しい。力の差に応じて差し出すものに違いは出るが、互いにほしいものがあって、互いに求めて差し出して、その妥協点を探す。今回に関しては同等かわずかに俺が有利といえる。エスデスの力を含めればどう考えてもこちらが不利だが、それは俺の主観でしかない。あちらの心情的にはあちらが不利なはずだ。相手がどう考えているかが重要であり、こちらがどう考えているかは重要ではない。
重要なことは相手の思惑をよりよく察知することと、自身の腹の内を察知されないことだ。自らの考えを知られなければ、本人の主観や事実よりも強大なものに見せかけられる。そういった腹の探り合いは専門外ではあるが門外漢ではない。心が読める帝具でもあれば別だが、こちらとて早々バレてやるつもりはない。
彼我の認識の差は結局のところエスデスとセイカ国の戦力差をどう考えるかにつきる。エスデスのほうが強大と考えるのであれば、俺はどうにか援軍を派遣してもらえないか頼み込み、断られれば困る弱い立場となる。セイカ国が強大だと考えるならば、断られても問題がない強い立場ということになる。単独で対処可能だが、同盟相手の顔を立てさらに被害を削るために援軍を要請すると、そういうわけだ。そして同程度の戦力と考えるならば、立場としては対等に近づくが援軍要請である以上やはりこちらが弱い立場となる。
俺の判断基準ではエスデスの方が圧倒的に上。革命軍の中では同等からエスデスがやや上だろうか。革命軍としては削りあってもらうのがベストで、それ以上の要求はない。明確な敵と潜在的な敵が勝手に削りあってくれる以上、援軍派遣に消極的だったのも理解できるが、こちらの新技術の情報で、欲しいものができた。さらに言えば、俺も振る舞いとして可能な限りエスデスは自身たちだけでも倒せないことはないが被害が大きくなりそうだから、という体を装っている。ばれてるかどうかなんぞ知らんが、ばれてるにしても俺の内心ほど絶望的だと判断してるとは思うまい。
とはいえ、結局立場なんてものは交渉前の前提に過ぎない。前提を確かめて、本題であるところの互いの要求するものを互いに認識するところから交渉は始まる。対等な関係で新技術についての情報を求めるのならば、向こうも一定の譲歩せざるを得なくなる。この場合は援軍の、ナイトレイドの派遣。シセツとナジェンダの欲しい情報と真の思惑に違いはあれど、俺の要求はただ一つでそこに妥協はありえない。ドアインザフェイス、なんてことができればよかったのだが大きな要求に相応しいものがない。この交渉としては俺がどの程度情報を出すかということに終始する。絞りすぎれば決裂するし、出しすぎればドロテアが死ぬ。
となれば情報をどの程度教えるかだが、情けないことに俺には判断がつかない。リミッターについてだけでは不足だろうか。帝具ごとに微妙に違うらしいリミッターを解除できるような技術者なんてそれこそドロテアかスタイリッシュくらいなものだ。いや、パーフェクタ―に適合できる人間とかなら可能かもしれないがそんな知らないやつのことは考慮外。たとえ情報を出してもリミッターをどうにもできないのでは対価としては不足。少なくとも相手はそう考えてもおかしくはない。
さらに言うならば、リミッターを外せても帝具二つ使用できる生命力の持ち主が必要になる。まぁ将来的には生命力の消費も抑え、さらには誰にでも使えるようにしてみせるなどとドロテア自身は嘯いてはいるが、現状では無理だ。そこまでの生命力を持っていそうなのはコスミナや終盤のタツミ、エスデスくらいなものだろう。あるいはクロメの様に他者を操ることで間接的に複数帝具の使用をするか。
……ウェイブの例があるが、あれは死体が帝具を使用したことによるバグのようなもののはずだ。たぶん。人の思いで奇跡を起こせるならば、オネストなんぞはとうに死んでいる。
現時点での複数帝具の同時使用についての技術は役立つ可能性は低い上に、脅威になるとしても研究開発の時間がかかる。エスデスをどうにかしなければその先はない以上、こちらから無意味に出し絞る必要はない。シセツの意見を優先して汲んで技術の情報をある程度教えればナジェンダも引き下がらざるを得ない筈だ。現時点では技術に関する情報を渡し、ドロテアについてはノータッチでいいだろう。
革命軍での研究が滞ったりすればリミッターを解除した帝具の現物か、ドロテアによる技術指導なんかも要求される可能性はあるがそこはどうにかなる。その状況なら受ける理由がない。
それよりも、ナイトレイドが派遣されるならば必然客人として迎えることになる。その時にも探りは入れられるだろうが、行動はある程度は制限させてもらうし、ドロテアにつながったり研究に関連するものは砦には置いていない。エスデス戦に備えて連携の確認も必要なドロテア本人とは接触することになるだろうが、脅威を教えれば尻尾をつかまれるような真似はしないだろう。
うちの国を探ろうにも奴らの情報網の多くは帝国各地に散った革命軍とその協力者によるもの。セイカ国にそんな存在が多くいるとは考えにくい。居ない筈はないが機密であるドロテアの研究所を知るような存在がいるとはこれまた考えにくい。仮に潜伏している可能性が高いのはセイカ国訛りを避けて、帝国からの亡命者を一部採用している俺の諜報部隊だが、もはや両手で足りる程度となった最古参ぐらいしかドロテアが錬金術師であるとは知らない。ほとんどの奴はコスミナ同様俺の愛人だと思っている。なんなら最古参の馬鹿どももそう思っている。なぜだ。コスミナにせよドロテアにせよ愛人ではないというに。
とにかく、そんな最古参連中がスパイなら俺はとんだ節穴だし、それならもうすでにばれていることになるので考えるだけ無駄だ。
研究所の場所に関しても同様だ。シャンバラ以外での移動は控えているので場所を知るものは建造を手伝わせた最古参くらい。
ナジェンダが情報戦において優れているところは、暗殺相手を誤らないこと。膨大な玉石混交の情報から正解を判別する能力であって、少ない情報から正解を導き出すような、そんな探偵か預言者じみた能力ではない筈だ。無論そこも当然常人以上に優れているのだろうが、一朝一夕で見つけ出せるとは思えない。
懸念点は占いの帝具。それこそ探し物を探し当てるようなことを得意とするならば、ドロテアの正体までとは言わずとも、研究所は見つけられる可能性がある。
だがそんな反則技は対策を考えるだけ無駄である。いざというときのために研究所を放棄する用意をする以外に手立てはない。ドロテアと一考の余地ありだな。
ドロテアの身の安全を考えながらの交渉でまとまった結論としては、こちらは新技術に関する情報の提供、革命軍はナイトレイドの派遣。そして成功報酬としてリミッター解除をした帝具の現物、ダイリーガーの提供をするという話にまとまった。想定はしていたが少々高くなってしまった感はある。俺がエスデスを異常に警戒しているのを察されたのだろう。ナジェンダは戦力比較から、シセツには腹の探り合いで。まぁ許容範囲内だ。珍しく俺の想定通りに進んだことを俺は喜べばいいのか、裏があると疑ればいいのかわからないが、とにかく無事交渉がまとまって一安心だ。また襲撃を受ける前に逃げ出すとする。以前のような殺気や気配を周囲に感じないが、アカメなんかはこちらの能力を上回ってくることも知っている。危険種になり果てつつあり、強化されている自らの感覚に自信はあるが、超一流の暗殺者を相手取って安心できるほどうぬぼれてはいない。では失礼と、一言断ってから、シャンバラを起動する。
無事虎口を脱して肩の荷が下りた俺は数日掛けて、帝国各地に寄りコスミナの好物を買いあさり、ついでにドロテアのお使いの研究素材を集めて、さらにエスデス軍の侵攻するだろうルートで避難勧告やらエスデス軍がすでに通り過ぎたルートでちょっとした雑事やらをこなした後、決戦に向けての戦力としてランを拾って北の国に戻ることとした。
光が収まると田舎臭さと、うさん臭さを隠し切れない北国訛りの男は最初からその場にいなかったかのように姿を消した。北国訛りの男、カマ・セイカの使用した帝具シャンバラによりどこへなりとも転移したのだ。急ごしらえの応接室に残されたのは老人と呼ぶには覇気のある白髪の男と、右目の眼帯と右腕の義手が目立つ麗人。カマがいなくなったのをみとめ、さらに周囲に誰もいないことを確認すると白髪の男、シセツから先ほどまで浮かべていた温和な笑みが消えた。
「――帝国内を瞬時に移動できる策略家。実に厄介ですね」
シセツは半ば独り言のように隣の麗人、ナジェンダに声をかける。
「えぇ。奥の手でもなく、存外気楽に使えてしまう物でもあるようです」
「そうですねぇ。ただ万能というわけでもない、という風にとらえていいのか。転移の帝具があるにも関わらず軍の派遣を要求してこなかったのは、つまり大人数の、軍勢規模の転移は難しいと考えてもよいのですかね」
ふぅむ、とシセツは口元に手を当てながらシャンバラへの考察を進めると同時にナジェンダにも見解を促す。
「そう考えてよいかと。カマ・セイカのエスデスへの警戒は相当なものでした」
想像以上にエスデスの強さを見抜いている、と言葉を補いながらナジェンダは続ける。
「十万の兵力とアカメと含む十人の帝具使い、これは私が考えるエスデス打倒に必要な戦力ですが、カマ・セイカもこれに近い見積もりをしている様です。セイカ国の国力がどの程度なのかははっきりとはわかりませんが、十万を余裕をもって動かせる程ではないのは間違いありません。その上で、我々に兵の派遣を要求しないのは考えられない――要求するだけ無意味、不可能であると知っていれば別ですが」
言い切ったナジェンダに、シセツはくつくつと笑う。敵であれ味方であれ他国の者であれ、若者の未熟さというものがシセツは好きだった。数秒程度で笑いを収めると、シセツはそういえば、とナジェンダに声をかける。
「――この場で殺さなくてよかったのですか? 好機だったでしょう。貴女方ならやりようはあったのではありませんか?」
「話を聞いたときはそれも考えましたが、以前相対したときは遠くに控えていたマインや隠密しているアカメに気付いているそぶりを見せていました」
ナジェンダはかつて今回と同様に同盟を、そして今回と異なりナジェンダ自身に声をかけてきた時のことを思い返す。常軌を逸した危機察知能力。アレを潜り抜けて殺しきれる算段が立たない。ましてや今は瞬間移動の手札が知れている。瞬時に、反応させる間もなく殺さねば逃げられる。むろん、不可能とまではいわないがナイトレイドをもってしても難しいと判断せざるを得なかった。
「ふぅむ。瞬間移動をどうにかしないと逃げられる公算が高い、と。暗殺は門外漢ですので多くは口出ししませんが、彼を早く除かねばセイカ国は帝国の脅威となりますよ。ともすれば、エスデス以上に」
シセツはカマ・セイカを大いに評価している。個人の戦闘能力ではなく将軍としての指揮能力でもなく、国家を差配する政治家として。あるいは他国を内から腐らせる謀略家として。
「承知しています。今回はエスデスにぶつける目先の戦力として利用します。隙があればエスデス諸共に」
ナジェンダはカマの危機察知能力、瞬間移動それらをすり抜ける手段として、エスデスとの戦闘という極限状態を利用することも視野に入れていた。
革命の最大の障害エスデスと革命後の最大の敵となりうるカマ・セイカ。難敵二人がつぶしあってくれるというのだから利用しない手はない。エスデスとカマを両天秤にかけ、どちらも生き残るという展開をつぶす。敗れた方に確実にとどめを刺し、状況次第では両方をまとめて刈り取る絶好の好機が向こうからやってきた、というのがナジェンダにとっての今回の依頼だった。
ヌマの想定と異なり、革命軍は今回のヌマからの提案は最初から受け入れるつもりだった。そこに今回の会談で明らかになった未知の脅威、あるいは味方に引き入れられればこの上ない存在の情報が付けくわえられた。
「それに件の技術者の詳細を知るまでは協力関係を維持していたい。帝具の同時使用は革命の鬼札になり得ます」
「違いありませんな」
カマ・セイカはエスデスを大いに評価している。そして、革命軍もエスデスをカマ・セイカ以上の大敵であると考えているとカマは信じている。
カマにとって、自身がエスデスと同等の警戒を向けられている、挙句の果てには一部の縦横家にとってエスデス以上の警戒を向けられているなど、考えてもいなかった。
――端的に言えば、カマ・セイカは自らを過小評価していた。
「というわけで、こいつはラン。帝国で領主補佐をしている男で俺の内通者。加えて言うなら帝具使いだ。エスデスと戦うにあたって連れてきた」
ランをヌマ、ドロテア、イエヤスに紹介する。コスミナはすでに顔見知りだ。
俺を含めて計6人の帝具使い、これがセイカ国の帝具使いすべてだ。戦力としてみたら、ナイトレイドにも及ばないのではないだろうか。ナイトレイドはブラート、アカメ、ラバック、シェーレ、マインの帝具使い五名にナジェンダ。レオーネは帝具を持っていないしタツミは所属してるかは不明。スサノオはまだどっかで寝てるだろうしチェルシーも他所の部隊にいるはず。
妊婦のコスミナを除けば合わせて帝具使い十名とナジェンダ。十万の兵力はエスデス個人との戦いの場には居合わせないが、エスデス軍からは切り離せる算段はある。アカメもいる。勝ち目がないわけではないはずだ。
「ご紹介にあずかりました。ランといいます。説明いただいた通り、普段は帝国で働いていますが、カマ様には恩があり協力させていただいています」
「俺はヌマ・セイカ。カマの兄だ。弟に協力してくれてありがとう。今回の戦いでもよろしく頼む」
「わしはドロテア。カマの、あー……なんじゃ。部下というか顧問というか、そのへんみたいなもんじゃな」
「えっと俺はイエヤスっていいます。ヌマ様の部下で、カマ様とは……カマ様の部下でもある感じです、多分! ランさんよろしくお願いします!」
「コスミナはコスミナです。相変わらずイケメンですねぇ」
俺がそんなことを考えているうちにランとヌマたちが自己紹介して、コスミナはイケメンとの再会を喜んでいた。むぅ……いや、そんな悋気は横においておけ、俺。コスミナのイケメン好きは今に始まった始まったことではない。
原作との戦力比較では、タツミの不在をラバックとヌマ、そして俺がどれだけ埋められるかがカギだろう。正直、ドロテアがエスデス戦で役立つ気はあまりしないのが不安だ。モブよりかはマシだったりするんだろうか。ナジェンダどうにかすーさん引っ張り出してきてくれないだろうか。
決戦は近い。
まず、待っている方がいればお待たせして申し訳ない。
次回か次々回、エスデス戦開始予定です。更新予定は未定。