かませ以下の憂鬱   作:らるいて

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第9話

 この世界に生を受けてから、どうしようもない虚無感に苛まれていた。それでも生まれたからには意味がある筈だと耐えて、耐えて言い聞かせても、言い聞かせても耐えきれず、終ぞ自殺しようと実行してみせるほどに追いつめられていた。一度目を暇だからと遊びに来たヌマに邪魔された。その報告が母さんと父親にいって、父親であるはずの国王はそんな俺を気狂いと見捨てたが、母は見捨ててくれなかった。片時も俺から離れずに死のうとする俺を邪魔し続けた。

 そんなある日、ヌマが俺に言った。死にたいならばヌマに勝ってからにしろ、と。それが、一つ目の理由。だから俺はヌマに挑み続け、ヌマは俺に勝ち続けた。俺が努力すればするほどに、ヌマはそれ以上に努力して、強くなっていった。才能の違いか、心意気の違いか、あるいは本当は死ぬことを恐れていたからか、背中は遠くなり続けるばかりだったがそれが有難かった。俺はヌマが死ぬことを恐れ、ヌマの死の理由であるエスデスを殺そうとした。

 

 ヌマと共に帝国に攻め入り、帝国北方の狩猟民族を襲撃したことがある。集落の住人を皆殺しにして、周囲に隠れていたエスデスを見つけた。当時のエスデスは、ヌマに勝利しようと努力をやめなかった俺よりよほど弱かった。だからさっさと殺してしまおうと戦い、俺はエスデスの右腕を切り落とした。その直後からだったか、エスデスの動きが変わった。死を間近にして奴は戦いの中で、本能が花開くように急激に成長していった。俺に及ばなかった実力は、文字通りの片手落ちの状況で、俺に匹敵するまでになりおおせ、遂には俺の顔面を深く切り裂くほどに。俺は恐怖した。あれほど自殺をしようとしていたのにいざ死を感じれば死にたくないと、エスデスを殺せと無様に叫び散らした。戦いの中で急激に成長して迫りくる、(エスデス)から逃れたい。それが二つ目の理由だった。音に聞こえるエスデスの武勇に恐怖して、死に物狂いになれた。

 

 そして三つ目。自らの死よりも、愛しい人ができた。なんて言えればカッコイイのだが、生憎と俺はそれほど大した人間じゃない。ただ、コスミナと共にいることと、その愛を失うことが死ぬことよりもつらい事なのだと知ってしまった。コスミナと共にいれば己の矮小さに耐え切れなくなる。だからといってコスミナが隣に居なければたまらない寂寥感を覚える。彼女が、俺を受け入れるなどと言ってくれなければ知る事もなかっただろう二つの感覚。正直言えば、自分でもどうすればいいのかわからない。

 わからないが、俺は、コスミナと共に生きたい。これが依存や執着に近いような誤った感情であることは理解できるが、些細な事だ。とにかく、まずは帰ろうか。コスミナとドロテアをほっぽり出してしまったので帰れば怒られるだろうが、それも、まぁ。些細なことだ。本当にささやかなことだ。

 

 

 

 ドロテアの研究所に戻れば、俺を迎えたのはコスミナ一人だった。なんともやり辛いことにドロテアはいなかった。互いに無言のまま、いつもの休憩室に入る。互いに向かい合うようにして座り、それでも顔を見ようとしない。俯くように下を向けば、コスミナの頭頂部。くるくると渦を巻く旋毛を目で追いながら、何を言えばいいか考える。

 

「……ドロテアは、どこにいるんだ?」

 

声を出すと同時にコスミナの顔が跳ね上がり目と目が、合う。

 

「カッ、カマちゃんを探しに行きました」

「そうか」

 

それだけで会話が途切れる。とはいえ、何から話せばよいのか。話すべき内容は把握してからこの場に臨んではいるが、いざ面と向かってとなってしまうと、まるで関係のないことしか口から出てこない。どうしたものかと考えていると、今度はコスミナが口を開いて、体がビクッと硬直する。

 

「コスミナも行こうとしたんですが、お腹の子がいるので、止められて」

「ドロテアが正しいな。凍土は身重に悪いなんてものじゃない」

 

ドロテアの目が見開かれる。驚いた様子。はて、何故だろうか。様子を眺めていれば、驚きから立ち直ったコスミナは、両手で顔を覆って泣き始めた。

 

「ど、どうした」

「……わた、私は嫌われて、たんだと思いました。……心配してくれたのが、うれしくて……私は、この子を産んでいいんですね」

 

安堵したように喜び、優しげな表情で腹を撫でるコスミナ。その様を見て、理解する。化け物であることがバレて逃げ出した俺が、コスミナを切り捨てたのだと考えたのか。たしかにあの時本気の殺意を抱いた。自らを受け入れるといったコスミナに敵意を向けた。そして、その直後に俺はコスミナの目の前から姿を消した。故に、そう考えた。愚かだ。馬鹿な女だ。俺にはそんなことができるだけの度胸すらもないと、まだ気づいていなかったのか。いや、俺もコスミナという人間を見誤っていた以上人のことを言えるはずもない。

 いっそ自分に都合のいい事しか見ない女だと、そのようにしか受け取ることのできない心底勝手な女だと軽蔑し、見下して嫌えたならばどれほど楽だったろうか。俺は彼女と多くを重ね過ぎた。彼女を知り過ぎた。疎むことも、憎むことも、殺意を抱くことさえできても、ただコイツを拒絶する事だけはできなかった。情が深いと言ってしまえば聞こえはいいが、結局意志が弱いだけだ。

 だが、それでもこの認識を正す必要がある。どうせ受け入れられてしまうのだろうと、盲信染みた確信がある。その自らの心が嫌で嫌で、憂鬱になりそうだ。確信がなければ伝える勇気すら持てないくせに。

 

「なぁ、コスミナ」

「はい。なんでしょうか」

 

目元を赤くして嬉しそうに首をかしげるコスミナを見て、微かに心が揺らぐが、それを気にしてはいけない。気にしてしまえば俺は、何も言えなくなる。

 

「俺はな、お前が憎い」

「え……?」

 

呆けた顔のコスミナ。驚愕ではなく、脳が理解を拒んだが故の空白。

 

「あの時、あの瞬間、お前が俺を受け入れるといったその瞬間に、俺は初めてお前に、お前を殺したくなった」

 

続けるうちに頭が追い付いたのか、顔から血の気が引いている。絶句、あるいは驚愕。言葉を出す程に気力は追いつかないようで、口を開け放ったまま固まっている。その顔が、どうにも見てられなくて、考えていたことと違う言葉が漏れる。

 

「拒絶されたかったわけじゃない。お前が悪いわけでもない。ただ俺が、考えていた以上にちっぽけで、醜かっただけなんだ。はっきりいって、俺はお前を見下してた。見下してたお前に、その、人間としての根っこの部分で負けてることをを認めざるを得なくて、劣等感からくるつまらない嫉妬だ」

 

これだからだめなのだ。言ってしまうと決めたではないか。なのに、こんな、中途半端なことしか言えない。もっと、曝け出すべきなのに無意味なプライドが邪魔をする。

 

「何を言いたいのか、分かりません。……わからないです。対等じゃないってことは、そうみられていないってことはなんとなく、知ってました。分かってました。でも、私の何があなたにそんな、こ、殺されるようなことになるのかわからないです」

 

あぁ、そうだ。理解する必要もないことだし、理解されたくもない事でもある。どうせならずっと俺を美化していてほしい。けど、それに俺は耐えられない。醜さを自覚してしまった俺には、その無償の信頼が苦痛にすり替わる。

 

「……お前が俺みたいな化け物になったとする」

「はい」

「その時俺は、化け物になったお前を拒絶する」

「え……?」

「お前は受け容れるといったろう。だが俺には無理だ。こんな悍ましい怪物を、愛せる筈がない。お前がカマ・セイカというだけで愛せるのかもしれないが、俺は違う。俺はただコスミナというだけではそんなものを受け入れられない。今まで、あれほどに愛を囁いてきたにもかかわらず! 俺は、コスミナを愛しているわけじゃなかった! 俺は、俺の救ってやった人間を愛でていたに過ぎない。そう、究極的にはコスミナじゃなくても良かった。救えたならクロメでもサヨでも、イエヤスとかヌマでさえかまわなかったのかもしれない。コスミナを愛していたのではなく、俺は――」

 

――頬に痛みが走る。見れば、腕を振り切った格好のコスミナ。話すにつれて視野が狭くなり、いつしか目の前にいる筈のコスミナさえ考慮に入れる事ができなくなっていたようで、だから、これは不意の痛み。何をされたのか理解するのに一瞬の間を要して、その間にコスミナは畳みかけるように言葉を紡いでいった。ちょうど、先の俺とコスミナの立場が逆転したよう。

 

「そんなこと、コスミナが知った事じゃありません! あなたにとってどうでも、コスミナはカマちゃんからの愛情を感じましたし! そもそもそんなことを言い出したら、コスミナだって、助けてくれたから愛しているってことになっちゃいますよ! コスミナだって、無償の愛を送る自分に酔っているってことになっちゃうじゃないですか! コスミナもカマちゃんも、他の人達だって、その行動を好きになるんです」

「でも、結局それは、人を見ているじゃないか。俺のは、勲章とかコレクションとかそういった、物と同じ感覚で人に愛を騙っていた。そんなものは――」

「――それが愛です!」

――愛ではない、と。そう言おうとして、言えなかった。コスミナに遮られた。コスミナの大声に、ではなく。唇に。

 言うや否や、問答無用でコスミナは俺に飛びついて、その唇でもって俺の唇をふさいだ。不意を打たれて再度固まる俺。舌が、入り込んで、俺の舌を、歯茎を、口内を蹂躙する。不意をうつ快楽に流されそうになって、抗う。コスミナを無理やり引きはがす。抵抗は大きくなかったが、やはりコスミナがさらに先手を打った。

 

「な、何を」

「分かりました。カマちゃんは、愛を過剰に美化しています。愛なんて、押し付けるモノなんです。それで相手が喜ぶなら万々歳ってだけで、コスミナは、あなたの愛がうれしかった! コスミナも、カマちゃんを愛しています。これからも愛し続けます。今まさに愛します。たとえあなたが拒絶しても、その意志を無視して、押し付けます」

 

そういいながら、眼を輝かせてにじり寄るコスミナ。その白魚のような手が俺の、俺を撫で上げる。抵抗しようにも、どうにも流されそうになる。

 

「愛なんて、そんな大層なものじゃないんですよ。カマちゃん」

 

そんな風に、確信を持った様子で、コスミナは呟いた。それがどうにも、哀しくて。やるせなくて。腹が立つ。あぁ、そうか。コスミナはこういうことだったのだろう。自身にとって大切なモノが、ほかの誰かに、たとえ当人自身てあったとしても否定され貶めされて気に入らない。

 だから、そんなことを宣うコスミナの体を優しく押しのける。驚く様子のコスミナに、できる限り意識して笑いかける。

 

「分かったよ。コスミナ。お前も俺も、互いを美化しすぎてた。一方的に美化して、空想のソレを押し付けていた。だから、いけないんだ」

 

理解しているならば、別れてしまうのがいいのかもしれない。ただ、別れたくない。手放したくない。愛と呼ぶにはあまりにも醜い独占欲。そして、何よりも強い、恐怖。愛しているから怖いのか、怖いから愛していると思い込んでいるのか、どちらかなんてもうわからないが。一つだけ確かなのが、独占欲。

 

「このままだとまたズルズルと流されて、うやむやになるだろ」

「それで、いいじゃないですか。それでもかまわないじゃないですか。それで少なくとも今、じゃなくなります」

 

コスミナが、縋るような顔で、こちらに訴える。駄目なんだ。コスミナが言ったんじゃないか。愛を美化しすぎているって。その通りだ。そんな関係は愛じゃない。だからこそ先流しにはできない。俺の恐れることはコスミナを失うことではなく、その愛を失うこと。ぐずぐずの関係を愛だなんて認めない。たとえ人それぞれに愛があるとしても、そこにコスミナの愛があるとしても。そこには俺の愛はない。

 本気で互いの認識を叩きつけ合って、互いにそれを受け入れてこそ愛。それができると信じている。たとえその先に破局があっても、その時は、諦める他にない。エスデスを殺すことこそが第一に戻るだけだ。

 

「コスミナ。ちょっと本気で喧嘩しようか」

 

コスミナの呆気にとられた表情に背筋が震える。喧嘩してどうなるかなんてわからない。失うかもしれなくて怖くてたまらない。足元から崩れ落ちてしまいそうな錯覚すら覚える。こんなにも、あんまりにも恐ろしいので本当に、辛くて苦しくて口角が吊り上がってしまう。

 

――本当に、堪らない

 

 

 

 結論から言えば、俺とコスミナは仲直りした。心底ほっとして、安堵して、物足りなさを覚えて。いや、覚えてない。愛について、自らの見解を譲ったわけではないし、コスミナへの憎悪も嫌悪も好意も変わったわけではない。ただ、コスミナに対する劣等感は薄れたということになる。互いに醜い部分を曝け出して、拒絶感と忌避感を隠さず示して、それでも互いにしょうがないと受け入れることができた。踊り出したいほどに喜ばしい。

 コスミナにとっての愛は肉欲と表裏一体であるという。まずもって納得できなかったが、理解できないわけではなかった。体を重ねるという行為自体を嫌っているわけではないのだ。心も体も気持ちいいし。まず肉欲がくるコスミナと心がくる俺と。なんとなく男女が逆な気がしないでもないが、気にしては負けだと考え直して。

 そんな風に話しつくした段階で、ドロテアが帰ってきた。タイミングがあまりにも出来過ぎていたので、もっと前に帰って来たのか勘ぐってしまうが、墓穴という奴だ。掘り返されたくない話ばかりしてしまったので、そのままドロテアを招き入れて。いつも通り炬燵でだらける。もっとも、俺とドロテアは炬燵に入っていない。熱いから。コスミナが一人炬燵を占拠して顔だけ出す、いつからか定位置となった配置。

 

「しかし、妾が必死に探してボロボロになっている間に丸く収まるとは……世話の焼き甲斐のない奴らじゃな」

 

半目で俺とコスミナを交互に見やるドロテアにどう返答したものかと考えていれば、コスミナがこたつむりのままに口を開く。

 

「解決したんだからいいじゃないですかー。ねー、カマちゃん」

「まぁ、そうだな」

 

俺とコスミナの反応に、つまらなそうに口をとがらせるドロテアがどうにも楽しげに見える。

 

「まったく……。ま、らしいと言えばらしいの。何も考えず乳繰り合ってるのがお似合いじゃよ」

「乳繰り合っちゃいないだろう」

「どーじゃかなー?」

 

投げやりなドロテアに妙な安心感を覚えていれば、コスミナがここぞとばかりに殻を脱ぎ捨ててナメクジのように俺の体を這い上る。その様を楽しげに見ていたドロテアが、思い至ったように声を出す。

 

「おぉ、その体もどうにかせんとな」

「ずっとこのままでいるわけにもいかないしな。頼むぞドロえもん」

「なんじゃドロエモンって」

 

適当にはぐらかす俺と、ニュアンスは伝わったのか苦笑するドロテアと、危険種と化した俺とするのも楽しみとか馬鹿の事を宣っている、なんだかオープンになっている阿呆と。三人が居てひょっとして、楽しいのかもしれない。ずっと続けばなんてことはまずもって思わないが、それでももうすこしはこのままで居たいと思えてしまう。

 もっとも、こんな姿では活動できないから人型に戻る……いや、人型になるまでは否が応でも続けねばならないのだから、せっかくなので堪能してしまおう。うむ、するべきだ。

 

 

 

 人型に戻るまでの数日をぐぅたらと過ごしていたのは良いが、都合一月近くヌマやら部下やらと連絡を取っていないことになる。まず部下に会って報告をまとめて情報を整理する。ヌマは、放置していて構わない。エスデス案件でもなければ奴に問題は、まぁ甥っ子が関わらなければ起こらないだろう。

 

 さて、シャンバラで帝国内各地に潜む部下に話を聞けば、重要なことが一つと致命的なことが一つ。

 南国に行くついでに誼を結んだ革命軍の人間との会談が重要なこと。この際に協力関係の証として帝具の受け渡しをする予定。渡す帝具は、メッセージも兼ねてナジェンダにも把握されているライオネル。案の定高潔な人間ばかりではなかったという嘲笑ととるか、まんまと浸透してみせたという警告ととるか。まぁ大差はない。

 問題は致命的なことだ。エスデス及びエスデス傘下の部隊に北上の動きあり。想定より早い。俺の改造やら帝具の改造やらが間に合ったのが幸いと考えるべきか。予想はできていた事ではあるので驚きはないが、焦りはある。慌ててヌマの所へジャンプである。残念ながらコスミナを嫁に迎える計画は遅れそうだ。なんなら頓挫だ。新郎がいなくては新婦にはなれぬもの。

 

 ヌマに会う途中、驚くことにヌマ直下の部隊に所属することになっていたイエヤスに会った。さらに驚くことに、イエヤスは、帝具使いになっていた。新参がヌマ直属だなんて、よほどの能力を示したか、帝具使いでないとありえないので、納得ではあるがそれとこれとは話が別。

 王族と気付いてあわてていたイエヤスを宥めて深く話を聞く。途中俺に騙されたといったようなことを言っていたが、待遇が良いのは事実だろうと笑って答えればぐぬぬと黙る。さてはドロテアの類だな。いじるのも悪くはない。

 そんなどうでもよくも面白い話はおいておくとして、重要なのはイエヤスに適合した帝具天地踏破(てんちとうは)セブンリーグの話。イエヤスの現状での戦力としての能力。セブンリーグはどうやら空を歩ける靴の帝具というだけではなくて、あらゆる場所を歩ける帝具らしい。水の上でも城壁でもそれでも雲でも空でも歩けるらしい。偵察役としては優秀なのだろうが、正直マスティマでよくないかと、思わないこともない。もちろんただ歩くだけではないようで、脚力の上昇やらの付随効果もあるようだが、最大の利点はあらゆる地形、あらゆる角度で十分に踏み込めることだと、ヌマが言っていたそうだ。ヌマは空中戦やら諸々の特訓をしているらしい。しかも、ガボルグで刃を飛ばして攻撃を捌くとかかと思えば、ヌマは宙に浮かした刃を足場に空中で暴れまわるらしい。なんだそれ。ちょっと意味が分からない。

 

 イエヤスの案内でヌマに会うと、何故かイエヤスと摸擬戦をすることになった。理屈は分かる。実際に実力を把握した方が作戦を練りやすいということだろう。しかもイエヤスの実力はヌマのお墨付き。教えたことを吸収してぐんぐん成長するから教える方も楽しいらしい。妾のメイド以来の逸材だそうだ。帝具使いはやはり才能があるということなのだろうか。タツミとサヨを見逃したことが殊更悔やまれる。

 

 イエヤスは剣を、俺はアースマイトを構えて向かい合う。確かに異常な程に成長はしているようだが俺の方が身体能力、技量共に上。帝具を考えなければ負ける余地はない。反面、初手で飛ばれて上空から遠距離攻撃だけ打たれ続けることになれば、スタミナ切れを待つ意外に手がなくなる。……クラーケンの触手でも延ばせば別だが、流石に、いきなりバラすのはちょっと、やだ。

 とにかく、鍛錬にならないから上空からの攻撃はないと判断。イエヤスの観察を続けていれば、ヌマの試合開始の声。同時にイエヤスの踏み込み。彼我の距離は三十メートルほど。身体能力からの推測と比べればかなりの速度だが、余裕を持って対処可能。迎え撃とうと構えれば、空中でイエヤスが加速する。

 驚きで反応が一瞬遅れる。踏み込めるとはそういうことかと、理解する。だとしたならかなり厄介だ。空中でさらに一段加速するイエヤス。アースマイトのハンマー部で初段を受ける。当然、衝撃はない。同時に速度を失ったイエヤスを蹴り飛ばそうと足を振り上げるが、それより先にイエヤスがさらに一段前に跳ぶ。俺の横をすり抜け、同時に肩を狙ってきた剣をアースマイトのツルハシ部で受け流して、向き直る。イエヤスは俺の方を向いて逆さのまま、空気を蹴って後ろに跳び加速のための距離を取っている。

 踏み込んでの移動中にさらに踏み込むことでの段階的な加速。タイミングは自在に変更可能で角度も調整すればある程度までなら自在。加えて本人の反応速度は上々。なるほど、遠距離攻撃よりも最大まで加速しての一撃離脱の方が強いと考えたか。

 初期よりも広がった距離を多段に踏み込み、蛇行するように動くイエヤス。幸いにも目で追えないほどの速さではない。加速を続けるイエヤスが俺の右隣りを通り過ぎ様に剣を突き出す。イエヤスの剣をアースマイトのハンマー部で受ける。大幅な減速。同時に手を動かしイエヤスの腕をつかむ。そのまま地面に叩きつけようとしたところで激しい抵抗を感じる。イエヤスは空中で静止。投げは無理と判断、手を放す。続けざまに弧を描くように落ちてきたイエヤスの脚を腕で受け止めれば、そこにももう一段衝撃。俺を足場に使ったということ。だがそれだけ。攻撃ではなく距離を取るための行動。ダメージはない。

 上空に跳躍したイエヤスを見上げる。驚きの表情。コスミナやかつてのドロテアなら反応できないだろう速度、直線で考えれば俺より速い。だが既に動きは把握した。体勢を崩すのはほぼ不可能。あらゆる姿勢で両足が地についているようなもの。無力化は極めて困難。だが動きは直線的。カウンターは可能。諦めてカウンターを顔面にでも叩き込むのが最良か。

 再度距離を取っているイエヤスを睨み、一歩近づく。それを合図にするように、イエヤスが飛ぶ。一直線に、先と違いすれ違う様子ではなく、真っ直ぐ突っ込んでくる。覚悟を決めた、乾坤一擲のといったところか。

 迎え撃つ。アースマイトを構えて、直線の動きを見極めて、撃ち落とす。正面から受け止めねば衝撃は殺しきれない。イエヤスは先の速度からさらに一段加速する。必死の形相のイエヤスに、タイミングを合わせるべく動く。

 体を一歩横にずらし直撃を避ける。刹那の間にイエヤスの剣閃が追尾するように動いて俺の頬をかすめる。かすめたが、避けた。同時にアースマイトを振るえば、イエヤスの顔面にクリーンヒット。アースマイトが音を響かせるが、イエヤスはぴたりと止まりそのまま地面に落ちた。決着だ。

 アースマイトがどこにも触れないように、響く音を聞きながら息を吐いて感想を一つ。

 

「どんな成長速度だ。ずるい」




忘れてはいないです。忘れては。
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