デスとハイエロファントの物語:REBOOT 外伝・番外編集 作:桁石スミオ
★ (数時間後)フォーチュンの居城・中庭
宵の口。柔らかい夜風が流れる、芝の張ってある中庭。
天空には半月。雲の境目から顔を覗かせたり、隠れたりしている。
タワー、片膝を着いた姿勢で、城と平行した位置に座る。
灯りが消えたままのフォーチュンの自室を、チラ、と目の端に捉える。
心配げな光を、左眼に宿している。
フォーチュン「タワー・・・」
ズ・・・と顔を足元に向けるタワー。
右腕で枕を、左腕で敷布と掛布を抱えて立っているフォーチュン。
タワーを見上げ、微笑みを湛え、揺るぎのない瞳を向けている。
タワー「(重厚な声で)フォーチュンサマ・・・ドウシタ?」
フォーチュン「今夜は、そなたの中で寝るとする。良いか?」
タワー「・・・ヨロコンデ・・・」
右掌を、ズウ、と下ろすタワー。
フォーチュン、タワーの右手が庭の芝に着く寸前に、ぴょんっ、と軽やかに跳ねて飛び乗る。
★ タワーの内部
腹部バルコニーから繋がる、タワー内部の小部屋。
床に敷布を広げ、横になって掛布を身体に掛けるフォーチュン。
枕に乗せた後頭部の下で、両手を組んで天井を見上げる。
フォーチュン「暫く振りじゃな、ここで寝るのも。いつ以来だったかのう?」
タワー(頭上から)[フォーチュンサマ、カエッテキタ、トキ・・・]
フォーチュン「(目を伏せ)あの時か・・・そうじゃった、か・・・」
フォーチュン、一度瞼を閉じ、切なげな表情を見せる。
フォーチュン《わらわが、過去を思い出した、あの日・・・》
【回想シーン】
★ (過去)街の郊外・マジシャンとハイプリエステスの家
【N】「過去の記憶を閉ざして赤子になったフォーチュンは、マジシャンとハイプリエステスの元で、すくすくと育ち、ふたりの養育の甲斐もあり、礼儀正しい少女に成長していた。将来の夢は、父、マジシャンのような魔導士になることと、母、ハイプリエステスのような知識を持つこと、であった。そう、この日、この事件が起こるまでは」
テーブルに向かい、革表紙の本を開いているフォーチュン。
背筋を、ピッ、と伸ばし、綺麗な姿勢で座り、ページに目を落としている。
柔らかく、落ち着いた金色の瞳。
彼女と直角の位置、椅子に腰を下ろし、卓に向かい編み物をしているハイプリエステス。
普段は掛けない眼鏡を、くい、と鼻の辺りで上げ、時折フォーチュンを見て微笑む。
ふと、ハイプリエステスを見るフォーチュン。
フォーチュン「母上、この一節は、何の出来事のことなのでしょうか?」
ハイプリエステス「どれどれ・・・(1ページをを斜め読みし)ああ、これはざますね、『星ヶ城の星の夜の爆発』という事件のことざますよ。遥か昔の出来事ざますが、とってもエスセティックなお話なんざますよ」
フォーチュン「母上は、ご存知なのですか?」
ハイプリエステス「ええ、図書館に本があるざます。『ウィタ・マキニカリス』に書いてある『星澄む郷』というエピソードで・・・(感銘を受けている口調で)素敵で、幻想的で、神秘的で、何度も読んだざます。今度行った時に持って帰るざますので、是非読んでみるといいざますよ」
フォーチュン「(微笑んで)はい、お願いします」
フォーチュン、栞を本に挟み、パタ、と閉じる。
フォーチュン「私は、まだまだ知識がありません。母上に教えてもらうことは、多いので・・・(右手を挙げて、見詰め)魔法も、父上には遠く及びません。術も上手くありませんし・・・」
ハイプリエステス「焦ることはないざますよ。フォーチュンはフォーチュンのペースで、いいざます」
フォーチュン「(不安そうに)私は・・・父上のような魔導士に、なれるのでしょうか?」
ハイプリエステス「(頷いて)間違いなく、なれるざます。わたくしが保障するざますよ」
フォーチュン「(安堵の表情で)母上・・・ありがとうございます」
ハイプリエステス「そろそろ、お茶の時間ざますね。マジシャンさんは、まだお庭ざますか・・・フォーチュン、呼んできてほしいざます」
フォーチュン「はい、母上」
ガタ、と椅子を下げて立ち上がるフォーチュン。
編み掛けの毛糸、編み棒を卓上の籠に纏めて入れ始めるハイプリエステス。
フォーチュン、玄関に足を向けて、歩を進める。
ハイプリエステスの背後を過ぎ、扉まで数歩の距離まで歩く。
突然。
くらあっ・・・と、血が引くような感覚に襲われるフォーチュン。
視界が薄暗くなっていく。
ふわ、と足が浮遊するような、激しい眩暈。
足を停め、倒れないように両脚に力を込める。
フォーチュン《わ・・・私は・・・わ・・・私・・・》
フォーチュンの様子の変化に、思わず彼女の背を見詰めるハイプリエステス。
ハイプリエステス「(怪訝そうに)フォーチュン?・・・どうしたんざます?」
虚空を凝視したままのフォーチュン。
両眼の光が仄暗くなり、聴力が急激に降下する。
自分の裡、遥か底の深層から、何かがせり上がってくる。
意識が闇の中にあるような、五感が痺れているような、奇妙な状態。
フォーチュン《(深い奥底から響くように)わ・・・わら・・・わらわ、の、名・・・わらわの名・・・フォーチュン・・・わらわは・・・『運命の輪』・・・『ホイール・オブ・フォーチュン』・・・》
深海から海面に浮上していくように、徐々に感覚を取り戻していくフォーチュン。
フォーチュン「(籠った声で)わ・・・わらわ・・・は・・・フォーチュン・・・」
ハイプリエステス「わらわ?・・・(ハッ、と息を飲んで)まさかあなた!」
フォーチュン「(明瞭な声で)わらわの名は、フォーチュン。『運命の輪』ぞよ・・・」
ガタアッ!と、勢いよく椅子を跳ね下げ、立ち上がるハイプリエステス。
フォーチュンの脳裏に、ある姿が投影される。
姿見に映った、ドレスを着用している、大人の女性の自分。
それが非常に明確な映像として、鮮やかに蘇る。
猛烈な勢いで意識内に溢れ出る、過去にフォーチュンが体験した出来事。
連鎖して映像化され、時空を遡っていく、記憶。
フォーチュンの両目に、再度光が宿る。
今の眼光は鋭く、瞳が黄金色に燃えるように輝く。
彼女のすべての感覚が、回帰する。
フォーチュン「見える・・・(大声で)わらわは、かつて大人の姿であった!」
ハイプリエステス「(震えた声で)その口調・・・フォーチュン・・・記憶が・・・戻ったざます、か?・・・」
ゆっくりと、ハイプリエステスに身体を正対させるフォーチュン。
自分の発言、脳裏の映像、過去の記憶すべてが信じられないような、愕然とした表情。
ハイプリエステス、両手で口を覆い、血色を失う。
交わされる、目線。
沈黙。
沈黙。
フォーチュンの瞳が、大きく揺らぎ始める。
フォーチュン「母上・・・わらわの頭に、昔のわらわの姿が、出ておる・・・わらわは大人の姿じゃったのか? 何故今は女子の姿になっておる? それと、わらわは・・・(重い声色で)運命を司る女神であった、のか? 何がどうなっておる? 解らん・・・何が何だかさっぱり解らん! 母上! 説明してほしいぞよ!」
直後。
ガチャリ、と玄関が開き、マジシャンが入室してくる。
向かい合って立っているふたりを見て、穏やかではない雰囲気を察する。
マジシャン「何事だ?」
ハイプリエステス「(肩を震わせ)マジシャンさん! フォーチュンが・・・記憶を・・・」
マジシャン「(息を飲み)・・・何だと!」
すっ、と身体を返し、今度はマジシャンと相対するフォーチュン。
縋り付くような眼差し。混乱と不安が浮かんでいる顔。
それを目の当たりにして、少し目を見開き、驚きを全面に出すマジシャン。
フォーチュン「父上! わらわは以前、運命の女神であったのか!? 何故、今はこの姿になっておる!? わらわに何があったのじゃ!? さっき母上が言った“記憶”とは何のことじゃ!? 何故、わらわの知らないわらわを覚えておるのじゃ!? わらわはどういった存在なのじゃ!? 昔は大人の姿じゃったのなら・・・(目を見開き)誰かがわらわの姿を変えてしもうたのか!? だとしたら誰じゃ!? それに・・・(微かに肩を震わせ)わらわは、父上と母上の子ではなかったのか!?」
マジシャン「(すぅ、ふうう、と深呼吸をして)落ち着け、フォーチュン・・・」
フォーチュン「(焦れたように)落ち着いておられる訳がなかろう! いいから! 早う話を! ああもう、頭の中がグチャグチャじゃ・・・早う! 説明を! 話を! 頼むぞよ!」
両手で頭を抱え、数回大きく左右に振って瞼を固く閉じるフォーチュン。
マジシャン「まずは、落ち着きなさい。その混乱している状況では、何を話しても・・・」
途端。
ガバッ!と顔を上げ、見る見る怒りの形相を浮かべるフォーチュン。
白目を剥き、両腕を振り下ろし、ギリイッ!と激しく奥歯を噛み締める。
瞳が、赤黒く染まる。
フォーチュン「(腹の底からの怒声)もおよいわぁぁぁぁぁッッッ!!!」
次の、瞬間。
クワアアアッッッ!!!と、赤い光の柱が、フォーチュンの真下から天井に伸びる。
ズドオオオオオオッッッンン!!!と、地の底から突き上げるような轟音。
魔法風がフォーチュンの足元から垂直に吹き上がり、ツインテールの髪を真上に靡かせる。
フォーチュンの周囲に、風が渦を巻き始める。
マジシャン、間髪入れず側方から部屋の奥へ駆け込み、ハイプリエステスを抱きかかえる。
彼の胸元にしがみ付くハイプリエステス。一気に抜ける、力。
崩れ落ちるようにしゃがみ込む、ふたり。
マジシャン、片膝を着いて左腕でハイプリエステスを抱き寄せ、右掌を真上に突き出す。
マジシャン「(張りのある声で)マジック・シェル!」
ブウン・・・と、透明な膜が半球形を成し、マジシャンとハイプリエステスを覆う。
直後。
フォーチュンの周囲の風が、彼女を中心とした灰色の突風と化し、加速していく。
ズウウウ・・・ブオオオ・・・ズアアアアッッ・・・と、一気に風速と風量を増す。
刹那の間の、後。
バッガアアアアア―――ッッンンッ!!!と、大爆発を起こしたように拡散する風の渦。
テーブルが横転し、椅子が舞い、ベッドが跳ね上がり、食器棚が宙に浮く。
部屋中のすべての物品が竜巻に飲み込まれ、派手な破壊音を立てて四散し、あるいはぶつかり合う。
更に加速し続ける、暴風。
余りの風圧に耐えかね、ガッシャアアアン!!!と砕け散る窓ガラスと窓枠。
とうとう、バァァンッ!!!と、玄関の蝶番が破壊され、扉が吹き飛んで宙を回転しながら遠ざかっていく。
マジシャン「(大声で)フォーチュンッ!!!」
ハッ!と我に返るフォーチュン。
瞬時に、暴風も魔法風も光も止む。
重力に従い、静かに降りて下がるフォーチュンの髪。
瞳は、黄金色を戻している。
暫く茫然と虚空を見た後、恐る恐る身体を返して部屋の中を見回すフォーチュン。
見る影もない、惨状。
何処かしらか、カチャン、と陶器が落ちる音。
眼前、床に屈んだ両親を目にして、息を飲む。
マジシャンの防御魔法の効果で、ふたりとも傷ひとつ付いてはいない。
ゆっくりと右腕を下ろし、こちらに視線を向けているマジシャン。
ギリッ・・・と奥歯を痛いくらいに噛んでいて、唇を震わせ、両眼は鋭利な光を宿している。
彼の胸に両腕を回し、焦点の合わない、怯え切った瞳を送ってくるハイプリエステス。
恐怖の余り全身を震わせ、短い呼吸を繰り返している。
顔面蒼白となるフォーチュン。
フォーチュン「(詰まったような声で)あ・・・うあ・・・あ・・・」
フォーチュン、肩を震わせ、2、3歩後退る。
少しの、間。
クルッ、と踵を返し、ダッ!と床を蹴って駆け出すフォーチュン。
玄関を飛び出し、脇目も振らず一目散に庭を抜け、門を潜ろうとする。
マジシャン「待ちなさい! フォーチュン!」
フォーチュン、マジシャンの声が後方から耳に届くも、走るのを止めない。
門から小道に走り込み、瞼をきつく閉じて、全速力で家から遠ざかっていく。
★ (過去・半時後)森の道
雲行きが怪しくなり、急速に陰っていく。
樹々の葉が覆い被さった森の道を、全力で走っているフォーチュン。
ダダダダダダ・・・と土を蹴り、大きく両腕を振って駆け続ける。
薄く瞼を開け、ただ足元の少し先の路面だけを見詰めている。
フォーチュン《何じゃ・・・一体何なんじゃ・・・わらわは・・・何という存在なのじゃ・・・》
フォーチュン、段々と速力を落としていく。
やがて、走駆から歩行へと変わる。進める脚は停めない。
息が上がり、はあっ・・・はあっ・・・と荒い呼吸を繰り返している。
フォーチュン《わらわは『運命の輪』、わらわは『ホイール・オブ・フォーチュン』、この世界の運命の流れを司る、女神・・・1万年の時を生きている、女神・・・》
両目をしっかりと開け、双方の掌を顔の近くまで掲げて挙げるフォーチュン。
フォーチュン《理由は解らんが、今はこの女子の姿・・・そして・・・あのふたりに・・・育てられた・・・》
途端。
フォーチュン、足を止める。
脳裏に浮かぶ、ハイプリエステスの怯えた表情。
フォーチュン《母上を、怖がらせてしもうた・・・》
続けて意識に映し出される、マジシャンの鋭い眼光。
フォーチュン《父上を、怒らせてしもうた・・・》
フラシュバックのように鮮烈に投影される、破壊された室内の映像。
フォーチュン《家を・・・滅茶滅茶に壊してしもうた!》
両手で顔を覆い、ガク・・・と膝の力が抜ける感覚を味わうフォーチュン。
ザ、と両膝を路面に下ろし、指の間から数歩先の地面に目線を投げる。
瞳は、絶望に満ちた色合い。
暫くの、間。
暫くの、間。
フォーチュン、ダラ・・・と両手を下げ、虚ろな表情で、行く先の道を眺める。
更に、間。
やや生気を戻した視線を、背後に投げるフォーチュン。
フォーチュン《(悲哀を込め)もう・・・あの家には・・・父上と母上の元には、戻れん・・・》
フォーチュン、静かに立ち上がる。
そして、ズ・・・ザ・・・と緩慢な動作で、引き摺るように重い足取りで歩き始める。