デスとハイエロファントの物語:REBOOT 外伝・番外編集 作:桁石スミオ
神殿外壁の日陰は、思ったよりも冷える。
背を大理石の壁に凭れさせ、デスはそう感じていた。
今、ハイエロファントが住居としている神殿に来ている。彼に逢うべく、正門とは反対側の裏手の垣根を抜け、中庭を通り抜けて正面に行こうとしていたところ、前方から話し声が耳に届く。反射的に身を隠し、神殿外壁を慎重に近付いていき、建屋の角まで達してから、目線だけを前庭に投げてみた。
ハイエロファントが、いた。こちら側には背を向けている。
ドキン、と心臓が跳ねる。
しかし、周囲の状況を確認すると、デスは急速に冷静さを取り戻す。
彼に対して、数名の女性がいる。そして全員で、何事か話し込んでいた。
入り混じって聞こえる、楽し気な調子の声色と笑い声。
視線を引っ込め、デスが静かに態勢を戻し、そのまま地面に座り込む。音を殺し、大鎌を傍らに寝せ、緩やかな動作で彼女の身体が壁に体重を預ける。
ふう、という短い溜め息をつき、両の瞼を閉じる。
そして、複数の発声の中から、ハイエロファントの声だけに意識を集中した。
(・・・よく通る、声だな・・・)
芯が一本据わっているような、安定して振れない声質。
そして何より、甘美。
現在、彼の声が届く場所にいることを実感し、デスは軽い陶酔を覚えた。
耳に入ってくるハイエロファントの言葉が、即座に自分の脳幹に到達し、まるで飲酒をしているかのような高揚感と昂ぶりを感じさせてくれる。
ずっと、このまま聞いてきたい。例えおのれに話し掛けられたものでなくとも、ただ聞いていたい。
いつの間にか、デスは柔らかい微笑みを浮かべていた。目を閉じて頭を背後の壁に凭れ、両膝を立てて腕で抱え込むような態勢で鎮座し始める。
どれくらいの時間が、経ったか。
デスは、表側の話し声が治まっていることにも気が付かず、数名の別れの挨拶が交わされて静寂が訪れていることにも気が付かず、意識を内側に向け続けていた。
そこに、ひとりの姿が、接近する。
「デス?」
「うわぁっ!」
驚愕。
思わず、彼女の身体が小さく跳ね上がる。
流れるように、がばっ、と身体を壁から引き離し、デスが声の方向に視線を向ける。
自分の斜め前方に、少し目を見開いてこちらを凝視するハイエロファントがいた。どうやら、自分の反応に反って驚いた雰囲気だ。
「ご、ごめん。びっくりさせちゃった?」
申し訳なさそうに、且つ様子を窺うように、彼が問いを投げる。
頬が紅色に染まっていくのを自覚しながら、デスがすぐに、答えを返した。
「い・・・いや、その・・・驚いたというか・・・思わず声が出た・・・」
声質が、鈍る。
彼の前で意図せず大声を上げてしまったことに、羞恥心を覚える。
デスは、ふい、と目線を外した。真面にハイエロファントの顔が見られない。
対して彼が、和やかさを包括した言葉を発する。
「よく来てくれたね。良かったら、お茶でも飲んでいってよ」
あくまで自然な、誘い。
何故ここに、などという、至極当然な問い掛けもなく、ハイエロファントはデスを見詰めている。
顔を上げた彼女と、宙で眼差しが絡む。
「あ・・・あたしは・・・その・・・」
もう、目を反らすことも出来ず、デスは言葉を選んでいた。
断る理由などない。逢う為に来たのだから。ただ、即答する勇気もない。
暫くの、間。
ハイエロファントが、にこ、と満面の笑みを浮かべる。そして、すっ、と右手を正面の入口の方向に流すように差し出し、言葉を発した。
「どうぞ」
「・・・じゃあ・・・」
一瞬で、踏ん切りがつく。デスは大鎌を携えて立ち上がり、先に歩み出しているハイエロファントの背に続いて、神殿の前庭に進んでいった。