デスとハイエロファントの物語:REBOOT 外伝・番外編集 作:桁石スミオ
薄暮となった空からの落ち着いた陽の光が、窓から差し込んでいる。
ガチャリ、と神殿居室の扉が開き、デスが廊下に足を踏み出す。
背後に立つハイエロファントを振り向き、彼女は大鎌を左肩に掛けた。
「長々と、邪魔したな」
「ううん、とっても有意義な時間だったよ。来てくれてありがとう」
屈託のない笑顔、そして柔和な言葉。揺るぎのない目線。
離れていた時にただひたすら脳裏に描いていた姿が、今そこにある。
デスの頬が、綺麗な紅色に染まった。
「帰り、気を付けて。またね、デス」
「あ・・・ああ、また、な、ハイエロファント」
再会を期待させる挨拶が交わされる。恐らくそれは実現するだろう。ここを立ち去った後、間違いなくまた逢いたくなるであろうことは、火を見るよりも明らかだから。
反動を付けるように踵を返し、デスは歩を進めた。そのまま廊下を行き、先の曲がり角で、ちら、と彼に視線を放る。
両手を後ろに組み、先程の笑みを変えずに、ハイエロファントがこちらを見詰めている。
その一瞬で、彼女の脳髄は融解しそうなほどに温度を高めた。絡み合った眼差しが、否応なしに熱い想いを一気に沸点まで急上昇させる。
逆上せそうな感覚のまま、デスが思い切ったように歩みを再開させる。
再び冷静さを取り戻した頃、既に彼女は森の道を帰宅の途に着いているところだった。
立ち止まって振り返ると、もう神殿の外観は見えない。まるで夢遊病であるかのように、すべての感覚を浮つかせたまま、ここまで歩いたらしい。
ざぁ、と夕暮れの涼やかな風が、頬を撫でる。
同時に、ハイエロファントの言動、一挙手一投足を思い出して心に投影する。
暫く足を停めて、彼女は思慮を巡らす。
やがて。
デスは、ある意志を自分の裡に克明化する。
(明日・・・行くか)
決断後の彼女の行動は、早い。
翌日の、昼。
マジカルランド中央に聳え建つ巨大な城の一室で、闘いが繰り広げられていた。
巨大な大広間、非常に高い蒲鉾型の天井。太い円柱が等間隔で並ぶ。深紅の長いカーペットが中央に敷かれ、伸びる先にはしっかりとした作りの玉座が設置してある。
広大な部屋のほぼ真ん中付近で、フォーチュンが魔術攻撃を幾度も繰り出している。その技が放たれる先、目にも留まらぬ速度で動き回る影があった。通常の動体視力では捉えることが出来ないその姿に、女神は歯噛みをし、次の魔術を生み出すべく、左手を背後から振り抜こうとする。身体の動きに続いて、ツインテールの長い赤髪が、振り子のように前方に揺れ、流れる。
刹那。
冷たい空気が、鋭利な軌道を持ってフォーチュンに首に弧を描く。
ぞく、と猛烈な寒気を覚え、女神が完全に動きを停止した。
デスが、いつの間にか自分の真後ろで片膝を付いて、屈んでいる。大鎌を彼女の首筋に、ぴたり、と当てていた。刃と首の皮の隙間、僅か指一本分ほど。
フォーチュンの全身から、どぅ、と冷や汗が湧く。瞬きひとつ、出来ない。
死神の攻撃は、寸止めで動作する気配はない。
長い、間。
遂に、女神の口から弱々しい言葉が転がり落ちた。
「・・・わらわの負け、じゃ・・・首を取るがよい・・・」
途端、スッ、と大鎌が離れる。デスは立ち上がって、武器を戻して左肩に掛けていた。
殺気が消えた後方に身体を正対させ、フォーチュンは一瞬で怪訝そうな顔になる。向き合った死神は平然としている様子で、それ以上の攻撃を仕掛けてこようとしない。
「何じゃ? 首はいらんのか?」
「今は・・・その時じゃない」
「ほう・・・そなたの“仕事”ではなく、別件で挑んできた、と?」
デスは眉根を寄せ、不快そうな表情を向けてくる。チッ、と短く舌打ちをしてから、呟くように言う。
「理由など、どうでもいいだろう?」
「・・・まあよい。負けは負けぞよ」
諦念に満ちた顔で、女神が両掌を向かい合わせて翳す。ポウ、と掌が光った瞬間、何もない空間からひとつの物体が姿を現した。それを大事そうに、彼女が手で包み込んで掴む。
虹色に輝く飴玉がぎっしりと詰まった、拳大の壜。
フォーチュンが、すっ、とそれを死神に差し出した。
「受け取れ。マジカルドロップじゃ」
途端。
デスの表情が、微かに緩む。
そして静かな動作で、右手で壜を鷲掴みにして、胸元に寄せる。
彼女の両の瞳孔に、この世の物とは思えない、七色の色彩が投影された。
マジカルドロップ―――その一粒一粒が、『何でも願いを叶えられる』という魔力を持つ。この世界、マジカルランドの“天空の女神”ワールドが創り出し、“運命の輪”フォーチュンが管理する、想像を絶する代物。これを手に入れるには、フォーチュンに闘いを挑み、勝たねばならない。
今まさに、デスが成し遂げたことである。
暫しの間、彼女はドロップを見詰め続けた。
言葉もなく凝視をしたままの死神の前で、フォーチュンが腕組みをして疑問を口にする。
「叶えたい願いがあるのか?」
直後。
デスの頬が、熱を帯びて真っ赤に染まる。唇の端が、きゅっ、と一旦結ばれ、目を丸く見開く。
「・・・別に答える必要はないだろ?」
「何を赤くなっとる? ただあるのかないのか、尋ねただけじゃろ?」
眉間に皺を寄せ、女神が連続して問い質す。
対する死神は、口元をもごもごと動かすだけで、返答する気配がない。
いや、返答出来ずにいる。
少しの、間。
フォーチュンが、ふうう、と長めの溜め息をつく。そして意味あり気な、何もかも見透かしたような不敵な笑みを湛え、言葉を放った。
「これ以上は野暮というものか・・・構わん、答えんでよい。ドロップは好きに使え」
その台詞に、漸くデスの緊張と強張りが解ける。
はあ、と嘆息をつくと、肩の力を抜き、そのまま踵を返す。大鎌を左肩に掛けながら、壜をしっかりと胸に抱え、彼女は大広間の扉に向かって歩を進め始めた。
立ち去っていこうとする後ろ姿に、女神の言葉が飛ぶ。
「ああ、デスよ、ひとつ警告しておく」
一旦立ち止まり、半身を傾けて後方を振り返る。
「何だ?」
「もし・・・『運命』を変えるのであれば、気を付けよ。わらわは『運命の輪』・・・そなたが変えた『運命』を戻してしまうかも知れんからのう・・・」
死神の両目の端が、切れるように細くなる。
それから、胸元のマジカルドロップに視線を下ろし、瞼を閉じる。
噛み締めるような、デスの表情。
「血塗られた、あたしの『運命』・・・」
深い、声色。
また、世界の悲嘆をすべて抱え込んだような、物憂げな響き。
今の発言を耳にした者は、思い知るであろう。彼女が如何に重厚な『運命』を担い、そして安らかではない、荊の道を歩んできたことを。すべての悲しみを、ただ一身に負っていることを。
デスは再び両目を開け、女神を鋭い眼光で睨み返す。
「お前如きに変えられると思うか?」
覇気すら覚えさせる、一言。
女神が、にぃ、と楽しそうに笑う。
フォーチュンは、彼女の事情も、余りにも過酷な使命をも認識している。
故に、死神の一言一句に共鳴出来ていた。
「咆えおる・・・流石はデス、わらわに勝っただけのことはあるのう。その意気や良し!」
愉快そうに、女神は明るい声質で言う。こういった手合いは大変に好み、という雰囲気だ。腕組みを解き、両手の甲を腰に当てて胸を張る。そして何気に嬉しそうな表情で、死神に言葉を紡ぐ。
「そなたがドロップをどう使うか・・・手並み拝見、と参ろうぞ」
「・・・好きにしろ」
デスが、身体を翻らせる。マントの裾が、その動きに合わせて綺麗に流れる。
彼女のブーツの踵が発する音が残響となり、フォーチュンが目線を送り続ける部屋中に漂っていた。