はじめに、光ーー
明るくて、優しくて、あたたかい。
この世すべての
つぎに、闇ーー
暗くて、寂しくて、つめたい。
肉体も精神も、すべてが呑み込まれる
ーーこわい。
何が起こったのか、彼女自身にも理解できなかった。
いいや、今はもう、"彼女だったもの"と言うべきか。
本来ヒトの身体に備わっている筈の五感は肉体と共に消え去り、
此処では、ほとんどのヒトらしい感情をもつことが許されない。
『魂』という
広大な宇宙空間にたった独りで放り出されたような心細さ。そして極寒。
肉体が無いはずなのに寒気を感じる。『魂』そのものが凍えて、震えて、叫び声を上げる。
此処は、時空の狭間。
ーーこわい……! こわい…!
では、"彼女"は死んでしまったのか?
ようやく手に入れた居場所。
九人で歩むと決めた道。
それらすべてを失ったのか?
否。否。否。
きっと、それは違う。
"彼女"はまだ生きている。
ほんの少し、道に迷っているだけに過ぎない。
「寝てるの?」
不意に、"彼女だったもの"は声を聞いた。
ーー誰?
ヒトの声が届くはずのない此処で、声を聞いた。
「はぁ…… 始まるわよ?」
誰かの声が響き渡る。
ーーたすけて。
"彼女だったもの"は声を探して手を伸ばす。
自らの意識の中で、今は無くなってしまった手を懸命に伸ばす。
ーーたすけて……!!
刹那。時空の狭間に亀裂が走った。
その亀裂から、光の粒子が大量に溢れ出してくる。
狭間が光で満たされる。
そして、その粒子はヒトの肉体を形成し始めた。
"彼女"が再構築されていく。
骨・内臓・筋肉が形づくられ、神経が張り巡らされる。
視覚・聴覚・嗅覚・嗅覚・触覚を得て、ヒトとしての
そしてーー◼️◼️◼️◼️は、目覚める。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♢ ♦︎
【平成22年度 国立音ノ木坂学院入学式】
「はぁ…… 始まるわよ?」
「うぅん……」
「まったく、誰だか知らないけど、入学式から居眠りなんて…… ま、退屈なのはわかるけど」
声が聞こえる。
随分と深い眠りに落ちてしまっていたようで、身体全体が怠い。
重い瞼をどうにか開き、横目で声の主を見た。
まず目に入ったのは、真っ赤な髪。
「ルビィ……?」
「え? ルビーってなによ、イミワカンナイ」
(誰?)
赤い髪色だけ目がいって、とっさに「ルビィ」と呼びかけてしまった。
でも、この人は完全に別人だ。ルビィとは顔も声も違う。
状況が飲み込めない。
そもそも、いま自分がどこに居るのかさえ理解できていない。
どこかのホールなのだろうか。紺のブレザーを着た女子生徒が大勢座っている。
ということは、学校? けれど、浦の星ではないようだ。
(私は、たしか儀式をしていて……)
『次は、理事長の挨拶です』
(理事長…… マリー?)
「みなさん、ご入学おめでとうございます」
『理事長』と聞いて三年生の
「……国立音ノ木坂学院の伝統ある………」
音ノ木坂。それって、
(……っ!)
私はハッとなり、隣に座っている赤髪の子に再び目を向けた。
赤い髪にネコ科を思わせるつり目。何よりも、その美貌。
ルビィたちとμ'sの動画を観ていたときに、何度も目にしていた。
(どういう、こと?)
「
「ゔぇぇ、な、なによ。何で名前知ってるわけ?」
(これは、夢……?)
『次は、生徒会長の挨拶です』
(もう! なんだっていうのよっ……!)
視線を彼女から外し、壇上を見る。
「ご入学おめでとうございます。生徒会長の、
私は、ただただ呆然とするしかなかった。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♢ ♦︎
【平成27年度 沼津花火大会から数日後】
私、
それは先日ネット通販で購入し、今しがた自宅に届けられた物。
云くーー伝説の聖遺物。
云くーー不老不死の源。
云くーー万能の願望器。
『聖杯』。
レプリカではあるけれど、なかなかに凝った作りなので値段もそれなりにした。
では一体、この聖杯の何が私の頭を悩ませているのか。
ーーどうやって遊ぼうか
「迷うわね……」
『聖杯』というフレーズが、私の厨二ごころを刺激してくる。
聖杯戦争。
進撃の
魔法界掌握。
フルコンボ。
パッと思いつくだけでこれだけ候補が挙がる。どの儀式をするのが一番楽しいだろうか。
それともーー
いっそのこと、片っ端からやってしまおうか。
世界観の設定が雑になるけど、この際仕方ないかもしれない。
「……って、結局迷うわね。何から始めようかしら」
聖杯戦争も悪くないが、魔法界掌握も捨てがたい……
いや、そういえば……
まだアレをやっていなかった。
ふと、八人のメンバーの顔が浮かぶ。
私が席を置く暗黒の軍勢。下々の者たちはスクールアイドルとも呼んでいるーーなんて。ふふっ。
ヨハネが堕天使であることを受け入れてくれた、私の大切な友人たち。
面と向かってはなかなか言えないけれど、本当はとても感謝している。
ーーうん。少しくらい、リトルデーモンズのために使ってあげてもいいかも。
自分が馬鹿なことをしているのは自覚している。
でも、これがヨハネなりの感謝の表し方だから。
マントを羽織り、聖杯を掲げ、儀式を開始する。
「堕天使ヨハネから我がリトルデーモンズに福音を授ける!」
扇風機の電源を入れる。風でマントが翻った。
「束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流。聖杯よ、我が願いを聞き届けよ! 」
ーーAqoursが、μ'sみたいになれますように!
「我らAqoursに、約束された勝利の女神ーーμ'sの如き輝きを!」
普段であれば、「またやってしまった」という自己嫌悪に陥り、床を転げ回る。
儀式はなし崩し的に終了し、翌日にはいつもの日々が待っている。
けれど、この日は違った。
ーー聖杯は、満たされた。
はじめに、光ーー
明るくて、優しくて、あたたかい。
この世すべての
つぎに、闇ーー
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♢ ♦︎
【平成22年度 国立音ノ木坂学院入学式 放課後】
気がつけば、入学式もその後のホームルームも終わっていた。
歩いた記憶が無い。私はどうやって教室に辿りついたのだろう。
あまりに混乱していたため、何も覚えていない。
今日予定されていた催しは全て終わったようで、自分の周りに生徒はいない。
椅子に浅く座り、膝の上に乗せた拳を握りしめている私。
見慣れない教室で、ひとりぼっちだ。
私は、滝のように冷や汗を流しながら思考を巡らせていた。
音ノ木坂。
西木野真姫。
絢瀬絵里。
そしてーー新入生の私。
タチの悪い冗談だ。夢だったらどれだけ良かったことか。
でもこれは夢じゃない。全ての感覚が
私の五感が、これが夢ではないという残酷な事実を突きつけている。
たびたび妄想を膨らませていた。魔法のような超常的現象に巻き込まれはしないだろうか、と。
異世界トリップ・憑依・転生。
そういった知識をなまじ持っていたからこそ、今の自分の身に起きていることをある程度把握できた。
絢瀬絵里が生徒会長で、西木野真姫が新入生。
つまりーー五年前。
おそらく、
堕天使も黒魔術も実在しない。そう思いながらも、私は堕天使ヨハネであり続けた。
だからこそーーこんなことが現実になるなんて、受け入れ難い。
さらに、μ'sの同級生。
私がスクールアイドルに対して抱く興味なんて、他のAqoursメンバーと比べれば微々たるものだった。
はじめは、「堕天使ヨハネであること」を受け入れてくれたAqoursが心地よかっただけ。
初めて自分のことを認めてもらえたような気がして、嬉しかっただけ。
でも、スクールアイドルの事が大好きな彼女たちと一緒に活動するうちに、気がつけば私もスクールアイドルが大好きになっていた。
自分たちのパフォーマンスに磨きをかけようと、みんなで他のスクールアイドルの動画を観て研究した。
伝説のスクールアイドルであるμ'sへの憧れが募るのは、とても自然なこと。
もし会うことが出来たら、と考えたこともある。
もしアドバイスをもらえたら、と考えたこともある。
けれどーー
こんなの、ちがう。
「こんなの……! こんなの、嬉しくもなんともないわよ……!!」
誰もいない教室で独り、思い切り叫ぶ。
「なんで過去に飛ばすのよ!! なんで私なのよ!! ……っ……なんで…… なんで、今……なのよ……」
もし、帰れなかったらーー?
堪えていたものが耐えきれなくなり、とうとう決壊する。
ひとつ、ふたつ、と心細さが零れ落ちる。
初めて見つけた心地良い居場所ーー
今までの人生で一番充実していた、宝物のような日々ーー
それらすべてが、跡形も無く消え去ったのだとしたら?
「う……ぁ…………」
耐えられるはずもなかった。
喉からではなくーー心から、悲鳴があがり始めた。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♢ ♦︎
『魔法』という
最高の
第1話 堕天使召喚