艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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序章 神風の日記帳

 私は、あの光景を忘れる事が出来ないだろう。

 10年前の正化20年、私の故郷が炎で包まれた光景を。私から家族と平和な日々を奪った、あの悪魔共の行進を。

 

 故郷を失ってからの生活はお世辞にも良いとは言えなかった。血と硝煙の匂いを漂わせ、一瞬の判断ミスが死に直結する世界に私は放り込まれた。

 出会いもあった。でも、同じ数だけ別れがあった。

 私の半生近くを占めた戦いの日々、私の人生を決定づけた大事な日々。

 

 変な話だけど、そんな日々に少しだけ、ほんの少しだけ感謝もしている。

 私をお父さんと出会わせてくれた事に。

 私を大事な友人達と出会わせてくれた事に。

 私を……大切なあの人と出会わせてくれた事に。

 

 

ーーーーー 

 

 

 正化30年夏。

 私は最後の挨拶をするために、朝早くから横須賀鎮守府の提督であるお父さんの休みに合わせて、部屋を訪れていた。

 

 「本当に……出て行くんか?」

 

 「今さら何言ってるのよ、いつまでもここに住む訳にもいかないでしょ?」

 

 着流し姿のお父さんが、ちゃぶ台の前でお茶を啜りながら寂しそうな声でそう聞いてきた。往生際が悪いと言うか何と言うか……。出て行くも何も、もう引っ越しは終わって新しい部屋に住んでるのよ?娘を嫁に出す父親ってこんな感じになるのかしら。

 

 まあ、父親と言っても血は繋がってないんだけどね。身寄りがなかった私を、お父さんが引き取って養女にしてくれたからお父さんって呼んでるの。

 呼び出したのは去年くらいからだけど……。それまではお父さんと呼ばずに『先生』って呼んでたわ、私に生き方と戦い方を教えてくれた先生でもあったから。

 

 「そりゃあそうじゃが……」

 

 「まさか、今さら同居しろとか言わないわよね?こんな狭い部屋で同居なんて勘弁してよ?」

 

 提督用の部屋と言っても元々は一人部屋だ、艦娘時代の私ならともかく、今の私が一緒に住むだけでも手狭になっちゃう。それにもう一人、場合によっては更にもう一人加わるとなると住めたものじゃない。プライベートも皆無だしね。

 

 「な、なんなら外に家を買っても……」

 

 「そういうのは朝潮と自分が結婚した時にしなさい。だいたい、出て行くって言っても鎮守府内には居るんだからいつでも会えるでしょうが」

 

 別に、鎮守府の外に住む訳じゃないのに何でここまで嫌がるかなぁ……。外に家を買うとか言ってるけど、奇兵隊の宿舎に私達夫婦用の部屋を新設しといて何言ってるのかしら。

 

 一応、奇兵隊の総隊長と副隊長用の居室って名目は付けたみたいだけど、妖精さんに頼んで私達用の部屋を数日で新設しちゃったのよこの人。

 プレハブに毛が生えた程度だった奇兵隊の宿舎を鉄筋コンクリートで4階建てにして、しかも4階を全部私達用にしちゃうんだもん、娘の新居を鎮守府の資材と敷地を使って作るなんて完全に公私混同よ。

 いくらなんでもやり過ぎだわ。他の職員から文句が出ないかヒヤヒヤしてるんだから。

 

 「ほ、ほら、お前は夜一人で寝れんじゃろ?」

 

 「いや、一人じゃないから。私じゃなくてお父さんが一人で寝るのが寂しいだけなんじゃないの?」

 

 ちなみに私は、過去のトラウマにせいで夜一人で寝る事が出来ない。この部屋に住んでた時はお父さんに添い寝してもらってたの。言っとくけど、お父さんと男女の関係は一切ないわよ?本当に添い寝してもらってただけ。

 

 「寂しい……」

 

 「いい歳したオッサンに言われても気持ち悪いだけなんだけど?」

 

 いや、マジで。40近いオッサンが上目づかいで『寂しい……』とか言ってくるのよ?私が艦娘だった頃は嫌々だったクセに。

 

 「夜中にトイレにも連れて行ったのに……」

 

 「はいはい、そんな事もあったわね。でもそれ、人に話したら親子の縁切るからね」

 

 それは私が夜の廊下とかトイレとかが苦手なの知ってるくせに、部屋にトイレをつけないお父さんが悪いのよ。妖精さんに部屋を増築させる前にトイレを増設すれば良かったのに。

 

 「おう、そう言えばこんな物が出て来たんじゃが……」

 

 話を逸らすようにお父さんがちゃぶ台の上に置いたのは数冊の古びたノート。なんか見覚えがあるわね……なんだっけコレ。表紙には何も書いてないし……。

 

 「あ!思い出した!私の日記じゃない!」

 

 そう、日記だ。

 私が横須賀鎮守府に着任してから東南アジアに立つまでつけてた日記帳、まだ残ってたんだ……。すっかり存在を忘れてたわ……。

 

 「まさか、読んでないわよね?」

 

 「よ……読んじょらん……」

 

 嘘だ。

 読んでないんならなんで目を逸らすの?本当に読んでないなら、私の目を見てもう一度言ってみなさい。本当は読んだんでしょ?

 

 「……読んだ……」

 

 私の問い詰めるような眼光に負けて、お父さんが日記を読んだ事を白状した。

 まったく、素直に言えば睨んだりしなかったのに、別に日記くらい読まれたって何とも思わないわよ。赤の他人に読まれるならまだしもお父さんだもの。別に、あの人の事が好き~とかそういった色恋沙汰は書いてないしね。たぶん……。

 

 「昔を思い出しちゃった?」

 

 「ああ、お前に危険な事をさせちょったと、改めて思い知った……」

 

 「別に気にしてないわ、戦わない私に行き場はなかったもの……」

 

 戦う事を選んでなかったらどうなってたのかな……。

 う~ん、野垂れ死ぬか娼婦のどっちかね。私が孤児になった時は孤児院の数も少なかったし。

 

 「9年……。いや、大方10年か。長かったな……」

 

 「ホントね。今思うと生き残れたのが奇跡みたい……」

 

 お父さんが、日記という名のノートを感慨深げに見つめながら撫でている。

 その日記をつけ始める前の方が大変だったのよね。だって、その日記はここに着任してからつけ始めたんだもん。着任してからも辛い事はあったけど、あの頃に比べたらマシに思えちゃうわ。

 

 「ねえ、私と初めて会った日の事……覚えてる?」

 

 「ああ覚えちょる、俺が初めて深海棲艦と戦ったのもあの時じゃし」

 

 「あの時のお父さん、ちょっとだけカッコよかったわよ……」

 

 普段はクソ親父だけどね。お風呂上りはフンドシ一丁で歩き回るし、私の前でオナラを平気でするし。朝潮の前ではネコを被ってるのが余計ムカつくわ。

 

 「そういえば……朝潮は仕事?」

 

 「ああ、昼に来るって言うちょったぞ。昼飯を作りに」

 

 あと3時間くらいか。ちゃんとお父さんの面倒を見てくれてるみたいで安心したわ。

 

 「じゃけど最近、朝潮が厳しゅうてな……。野菜と魚しか食わしてくれん」

 

 「嫌なの?別にどっちも嫌いじゃないじゃない」

 

 「嫌な訳じゃないんじゃが……。たまには肉も食いたいじゃろ?」

 

 なるほど、朝潮の『守る』にはお父さんの健康も含まれてる訳ね。

 朝潮がお父さんを叱ってるところなんて想像できないけど、厳しいって言うくらいだからそれなりの事を言われてるんだろうな。『え?お肉!?食べさせない!減塩!カロリー量!厳守して!』とか言われてるのかしら。

 

 「この間なんか『野菜サラダとしては、かなり良い仕上がりです!』とか言って、ボールに山盛りの生野菜を食べさせられた……」

 

 「愛されてるじゃない。お父さんに長生きしてほしいのよ。きっと」

 

 「ドレッシングもマヨネーズもなしじゃぞ!?生野菜だけで米を食えとか拷問じゃろ!」

 

 ドレッシングもマヨネーズもなし!?さ、さすがにそこまでとは思わなかった……。

 出て行く前に、朝潮に一言言っといた方がいいかもしれないわね。健康を気にするのもいいけど、このままじゃストレスで逆に不健康になっちゃうかも。

 

 「お父さんは何も言わないの?お父さんの言う事なら聞くと思うんだけど」

 

 「朝潮に嫌われるかと思うと何も言えん……。野菜しか出さん時は妙に機嫌悪ぅて……」

 

 あっそ、だったら一生野菜齧ってろ。でも変ね、お父さんのために料理を覚えた朝潮が、サラダと言う名の生野菜盛りしか作らない事があるなんて。

 

 「もしかしてさ、朝潮が野菜しか出さない日の前の日って、鳳翔さんの所に行ってない?」

 

 「あ~……言われてみりゃそうじゃの。じゃけど、それと朝潮が野菜しか出さんのとどう関係するんじゃ?」

 

 関係するも何も、それが原因よ。きっと嫉妬とかしてるんだわ、私という者がありながら~的な感じで。だから鳳翔さんの所に行った次の日は、お仕置きを兼ねて野菜のみを食べさせるんだと思うわ。

 

 「木の根っことか、虫を捕まえて食べてた頃に比べたらマシでしょ?可愛い幼な妻の手料理なんだからありがたく食べなさい」

 

 「そりゃあの頃よりはマシじゃけど……。じゃが野菜をざく切りにしただけの物を料理って言うてええんか?」

 

 あ、幼な妻の所は否定しないんだ、まだ結婚してない癖に。朝潮の歳を考えたら、あと2年は結婚できないのはわかるけど、あの子が16歳になると同時に籍を入れるつもりなのかしら。艦娘でいるうちに結婚って出来たっけ?

 

 「そう言えば、死んだ女房にも似たような事をされた覚えが……」

 

 「飲んで帰った日に?」

 

 「いや、任地から家に帰った日じゃの。基本あちこち転々としちょったけぇ、家には数ヶ月に一度帰るかどうかじゃったが」

 

 それはきっと、普段家に居ない亭主への憂さ晴らしだと思うわよ。お母さんも寂しかったのよ、お父さんと離ればなれで。

 

 「じゃけど、お前を連れて帰った日は普通……いや、かなりご機嫌じゃったな。お前の事情を聞くなり、『引き取りましょう!是が非でも!』とか言いだして……」

 

 「え?そうだったの?」

 

 「ああ、『もう一人娘が欲しかったのぉ♪』とも言うちょった」

 

 「軽っ!そんなノリで縁も所縁もない私を養女にしたの!?お母さんってそんなにノリの軽い人だったっけ!?」

 

 私の記憶の中のお母さんそんなじゃないんだけどなぁ……。叱る時はちゃんと叱るし、褒める時もちゃんと褒めてくれたし。理想のお母さんって感じだったんだけど……。

 

 「お前を放っとけんかったんじゃろうな。あいつは、慈愛の塊で出来ちょるような女じゃったし」

 

 お母さんか……。結局、面と向かって『お母さん』って呼べなかったな……。たった一週間ではあったけど、実の娘のように私に接してくれた優しい人。そして、お父さんが最初に愛した人。

 

 少し、昔を振り返りたくなっちゃったわね。

 お父さんも昔を懐かしんでるみたいだし、思い出話に花を咲かせるとしましょうか。

 

 10年前の、初夏の割に蒸し暑い夜。

 その日、私は全てを失った。その夜の事を、私は今でもハッキリ思い出せるわ。

 私の目の前で肉片に変わった実の両親も、私の肌を焦がす炎の熱さも。

 そして、私を救ってくれたお父さんの後ろ姿も……。

 

 今から話すのは、私が神風と名乗る前のお話。

 辛い事と悲しい事しかなかった過去の思い出。

 私が、再び『桜子』に戻るまでの大切な日々の記録。

 

 最古の艦娘と呼ばれた、駆逐艦神風の回顧録。

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