横須賀鎮守府は、大きく三つのエリアに分けられる。
一つ目は庁舎を中心としたエリア。二つ目は工廠を中心とした『工廠区』。
そして三つ目が、西門から工廠区までの範囲に広がる、通称『倉庫街』。
倉庫しか無いわけじゃないけど、倉庫と言うか、それ系の建物が多いからいつの間にかそう呼ばれるようになったの。居住区も兼ねてたのにね。
「倉庫街と言えば、あのイタズラって桜子さんが仕掛けたんですってね」
「あのイタズラ?どのイタズラの事?」
「『インド人を右に』ってやつです。と言うか、他にも何か仕掛けてるんですか!?」
「え?あの看板ってまだあるの?」
「ええ、しっかり残ってます……」
へぇ、まだ残ってたんだ、懐かしいなぁ。
アレを仕掛けたのはたしか……あ、そうそう!練度を計るために工廠へ行った前の日、暇潰しに倉庫街を探検した時だわ。
『店長』の一人が開いたカレーショップに書いてたイラストを見て、なぜか『インド人を右に』ってフレーズが頭をよぎったのよね。
ちなみに、この『カレーショップダルシム』は、店の外観だけを見るとインド風カレーを出しそうな店に見えるんだけど、メニューにあるのは日本風のカレーライスなの。
なぜインド人のイラスト書いたかというと、誰かが『カレーと言えばインド!インドと言えばカレーだろ!』的な事を言ったかららしいわ。
まるでインドにはカレーしか無いみたいな言い方ね、インドへの熱い風評被害にならなきゃいいけど。
そして夜にはお酒も出すから、一般職員達の憩いの場にもなってるわ。
「まさかとは思うけど、アレに引っかかったの?」
「ひ、引っかかるわけないじゃないですか!私は引っかかってませんよ!断じて!」
怪しい。
引っかかってないなら、そこまで必死に否定しなくてもいいんじゃない?『14』までは行かなかったにしても、倉庫街かブラジルかで迷うくらいはしてそうね。ブラジルに行く奴なんて、控えめに言ってバカだけど。
あ、一応言っとくけど、ブラジルをバカにしてる訳じゃないのよ?『倉庫街←→ブラジル』って書いた看板をイタズラで立てたんだけど、これのブラジルの方に行く奴がバカってだけ。ブラジルは良い所よ。行った事ないから知らないけど。
「ちなみに……誰を引っかけようとしてあのイタズラを?いえ!私は引っかかってないんですけどね?」
「ただの暇潰しよ、別に誰かを引っかけようと思ったわけじゃないわ。貴女は引っかかったみたいだけど」
「ち、違っ!引っかかったのは先代です!私じゃありません!」
おほっ♪引っかかったんだアイツ、バカねぇ♪何処まで行ったのかしら。『14』まで行ったのかな?
あ~でも、アイツ死んじゃったしなぁ……。
私のイタズラのせいじゃないけど、そう考えるとちょっとだけ罪悪感が……。
話逸らそ。
「あのイタズラを仕掛けた次の日に、初めて改装を受けたのよね」
大半の駆逐艦は練度20程度で一度目の改装を受けれるのに、神風型はなぜか練度50に達しないと改装を受ける事が出来なかった。古かったからかな?
最初は練度を調べるだけの予定だったんだけど、私が改装を受けれるとわかった途端、ついでに改装を受ける事になったのよね。
あ、でも……。
「あの頃は『練度』って呼び方してなかったのよね?たしか『同調率』って呼んでなかったっけ?」
「じゃあ、どうして『練度』って呼ぶようになったんです?」
そういえばなんでだろ?私が横須賀で初めて練度を計った時は同調率って呼んでたと思うけど……。
あれ?でも『練度』とも呼んでた記憶が……あれれ?
「あの時、龍田が『そっちの方がソレっぽいじゃない?』って言うたけぇじゃなかったか?」
「そうだ、たしかそうよ!」
思い出してきた、たしかこんな感じだったわね。
私が天龍と龍田と一緒に練度を計りに言った時、天龍が『同調率』って呼び方に難癖をつけたのよ。
「なんかカッコ悪ぃ!」
ってね。私は呼び方なんて気にしてなかったから、またバカがバカな事言い出したくらいにしか思ってなかったんだけど、あまりにも天龍がしつこいから思わず口を挟んだのよね。
「じゃあ何ならいいのよ。有るモノに文句をつけるなら代案を出しなさい」
私がそう言うと、天龍は顎に手を当てて『う~~ん』とか言いながら、何やら考え始めた。
長い事考えてたけど、結局ろくな事言わなかったわ。
「糖度!」
「甘くない、やり直し」
「鮮度!」
「そうね、食材は鮮度が命ね。刻まれたいの?」
「じゃあ角度?」
「今のアンタの首の角度?30度くらいよ」
って感じのやり取りをしばらく続けたわ。
その間、龍田はどこから取り出したのか、ビデオカメラでその様子を撮影し、お父さんは呆れながら眺めてたわ。そして10分くらい漫才紛いの事を続けた後。
「だったら練度!」
って言ったの。
私は思わず『お、いいじゃない』って言っちゃったわ。そしたら、龍田がお父さんの方を見ながらさっきのセリフを言ったの。
「そうねぇ、そっちの方がソレっぽいじゃない?」
ってね。
お父さんも気に入ったのか、『じゃあ今度からソレでいこう』とか言い出して、同調率の事を練度って呼び始めたの。
「そんないい加減な……」
「でも、同調率よりは練度の方が響きがいいでしょ?短いし」
実際、練度って呼び方はあっという間に広まったしね。
その後、改装の効果を試そうと艤装を背負って海に出たんだけど、またしても天龍が難癖付けて来たわ。私と龍田は改装を受けれたけど、天龍は練度が足りなくて受けれなかったの。
私と龍田が50そこそこだったのに対して、天龍は15くらいじゃなかったっけ。
「まあまあ、天龍ちゃんもすぐ上がるわよぉ。天龍ちゃんは天才なんだからぁ♪」
「けっ!慰めなんていらねぇよ!」
口ではそんな事を言いながら、顔はデレデレだったわ。戦闘でも、あれくらい扱いやすかったら苦労しなかったのになぁ。
龍田が天龍を慰めてる間、私はというと膝まで海に浸かって、ゆっくりと『脚』を展開して浮き上がるというのをひたすら繰り返してた。
それに慣れてくると、今度は一気に『脚』を展開して飛び上がるってのを始めたわ。初めて飛んだ時みたいに慣性はついてなかったから、膝まで浸かった状態でも2メートルくらいしか飛び上がらなかったけど。
「何してんだ?アイツ」
「へぇ……面白い事考えるのねぇ」
天龍はともかく、龍田は私が何を考えてたか察しがついたみたい。
その日は、何回か飛び上がったくらいで切り上げたんだけど、次の日から私は、本格的に『トビウオ』の開発を始めたわ。その頃はまだ、『トビウオ』って名前はついてなかったけどね。
「先生ー!見ててねー!とうっ!」
出撃との合間に練習してたから、2週間くらいかかったかなぁ。
『トビウオ』がある程度形になった頃、私はお父さんを浜辺に呼び出して披露して見せた。先代の朝潮を連れて来たのにちょっとだけムッとしたっけ。
でも、この頃は形になってただけで、距離の調整は出来なかったし、連発も出来なかった。ハッキリ言って未完成だったわ。
「飛び魚みたいだな、色は毒々しいが」
「酷い!一生懸命練習したのに!」
『トビウオ』を披露し終わって、お父さんの所まで戻った途端、そんな感想が飛んできた。
褒めて貰えると思ってたから、少しショックだったわ。
それに朝潮が。
「最近、浜辺で不審な事をしてる駆逐艦が居るとは聞いていましたが、やはり貴女の事でしたか」
なんて言うんだもん、もう本当ムカついた。
殴ってやりたかったけど、お父さんが傍にいる状態じゃ邪魔されると思って殴らなかった。居なかったら泣いて謝るまで殴ってたわ。
そしてその晩……。
「お父さんに、私の初めてを奪われちゃった……」
「は、はぁ!?何言うちょんじゃお前は!」
今でも忘れられない。
いや、忘れられる訳ないわよね。
私が部屋でくつろいでいると、お父さんがおもむろに『服を脱げ』って言ってきたの。
最初は何を言ってるのかわからなかったけど、
私は、すぐに覚悟を決めた。
そりゃあ少し怖かったし凄く緊張したけど、相手がお父さんなら良いかなって思った私は、無言で肯いて布団の上で部屋着を脱ぎ、下帯だけになった。
その後、どうしていいかわからなかった私は、胸を両手で隠したまま仰向けで寝転んだの。そしたらお父さんが『うつ伏せになれ』って言ってきてさ、私は『初めては後ろからか……』とか思いながら、言われた通りうつ伏せになったわ。
すっごくドキドキしたなぁ。心臓が口から飛び出すんじゃないかと思っちゃったもん。
完全に
「し、司令官も男性ですし……。ムラムラしちゃう事はあると思い…ます……。例えそれが娘相手……娘……相手で…も……」
「ち、違うぞ朝潮!桜子が言うちょるのはマッサージの事じゃ!」
私は
『トビウオ』って足から腰にかけて負担がかかるからさ、私の歩き方が変な事に気づいたお父さんがマッサージしてくれたの。
人にマッサージされたのはアレが初体験だったんだから、
桜子は嘘をつかない正直な子だからね。エッヘン!
けど、どれ位の時間してくれたんだろ?眠気を誘う痛気持ち良さだったから、気づいたら寝ちゃってたのよね。
「そ、そうなんですか?だったら……」
「いやでも、いきなり『服を脱げ』って言ってきたじゃない?」
「お前は誤解させるような言い方しかできんのか!」
少し違うわよ、誤解をするような言い方をしてるの。
だって、朝潮ってからかうと面白いんだもん。ほら、お父さんと自分がくっつく前の事を怒っていいのかわからずに軽くパニックになってるわ。
それに想像……いや妄想でもしてるのか、顔を赤くしてモジモジしてるし。
「そ、そういえば、以前この部屋で何か見たような……。たしか司令官の上に半裸の……」
ん?やばい!あの時の事を思い出しかけてる!
誤算だったわ、私とお父さんの情事を想像してあの時の事が頭に浮かんできたのね。
アレをお父さんに知られるわけにはいかない、お父さんが『何の話だ?』とか言ってる内に誤魔化さないと!
「そ、その時にあれよね!『水切り』を思いつく切っ掛けをお父さんが言ったのよね!」
「ん?そうじゃったか?」
「そうよ!お父さんが『艦娘にも旋回半径ってあるんか?』って私に聞いたのが切っ掛けで『水切り』を思いついたんだから!」
「あ~、なんか言うた覚えが有るような無いような……」
その頃ちょうど、旋回半径を小さくできないかなぁって思ってた私は、お父さんのセリフを聞いて、上位艦種の旋回半径ってどれ位なんだろって疑問に思ったの。
「旋回半径?私でだいたい……4~5メートル位だが?」
次の日、私は早速長門に聞いてみた。
戦艦の旋回半径が駆逐艦より長大だと知って軽く驚いたっけ。それを聞いた私は、長門に海に浮いてもらって周りを何周か回ってみた。
長門は、私が戦艦を倒すための手段を考えてるとは知らず、不思議そうな顔で私を眺めてたわ。
「普通に走れればなんとかなりそう……かな?」
「何がだ?」
「なんでもない。ねえ、真後ろに立たれたら長門はどうする?」
「真後ろに?う~ん……旋回しながら距離を取ろうとするんじゃないか?それか、無理矢理体を捻って砲を向けようとするか」
この時点で、『戦舞台』は頭の中でほぼ形になってた。問題はその手段。相手の死角へ小まめに移動する手段が、この時の私にはなかったから。
「それで、どのような練習を?」
お、食いついた。まだ頭の中で妄想してるのか顔は若干赤いけど、あの時の事を思い出すのを阻止する事には成功したみたいね。
「最初は、片足だけで『脚』を発生させる練習をしたわ。結構時間がかかったわね、それだけで2週間はかかったんじゃないかしら」
傍目からは、『トビウオ』の練習をしてた時以上に奇妙な光景だったでしょうね。
海面で片足立ちなんて、他の艦娘は考えもしなかったでしょうから。天龍なんて『今度は踊りの練習か?』とか言ってきたもん。
「変人扱いされちょったしのぉ」
「そうね、お父さんと龍田以外には理解してもらえなかったな……」
片足立ちに慣れた頃、今度は『歩く』練習を始めた。
一応言っとくけど、地面じゃなくて海面を歩く練習ね。腰くらいの深さの浅瀬でやってたから溺れることは無かったけど、毎日全身水浸しになってたわ。
何でかって言うと、海面に足が着いた瞬間に 普通の出力で『脚』を発生させちゃうと、浮力が強すぎて発生させた途端に吹っ飛んじゃうの。
今思い返しても、『脚』の出力を調整する勘を得るのが一番難しかったな。
「またやってんのか神風、海面なんか歩いてどうすんだよ」
「うっさい!集中してるんだから邪魔しぬぅあああっ!」
それなのに、毎日のように天龍が邪魔しに来た。
訓練と出撃中以外は基本自由なのに、なんでわざわざ私の所に来てたのか今でも不思議だわ。
天龍の相手をするたびに、『脚』の操作をミスって吹っ飛んでたなぁ。
「お前が心配じゃったんじゃないか?」
「はぁ?なんでアイツが私の心配なんかするのよ」
「お前あの頃、軽巡連中からいい目で見られちょらんかったろ?」
それで私に付きまとってたわけ?他の軽巡からちょっかいかけられないように?
当時のアイツに、そんな気づかいが出来たとは思えないんだけどなぁ。
「どうして、軽巡の方々からいい目で見られてなかったんですか?」
「どこの組織でも、常識を覆そうとする奴は疎まれるもんでな。あの頃、桜子がやっちょった事はまさにそれじゃった」
私が一番古い艦娘だったんだから、私のやる事が常識になっても良かったのにね。
今もそうだけど、艦娘の基本的な戦い方は実艦とほぼ同じ、海面を航行して砲雷撃、もしくは艦載機で航空戦などなど。兵装を操ってるのが艦娘ってだけで、やってる事は艦隊戦そのもの。人型である利点を生かそうなんて考えは、まったく無かったわ。
それが艦娘の常識と化してる中に、私みたいな人型である利点を生かそうとする者が現れれば、疎まれるのも仕方のない事だと理解はできるわ。
納得はしないけど。
特に、駆逐艦を導くべき軽巡連中からしたら、私がやってる事は常識無視の邪道そのもの、目障りでしょうがなかったでしょうね
「まあ、私がお父さんの養女って事は知られてたから、大っぴらに手を出してくる奴は居なかったけど」
「でも、孤立してたんですよね?」
「はぁ?何言ってるの?私は孤立なんてしてないわ。周りが私から孤立してたのよ」
ちょっと、二人して何を見つめ合ってるの?目で会話してるの?『大丈夫ですか?この人』『もうダメかもしれん……』って会話が聞こえてきそうなんだけど?
み、見ないでよ……そんな目で私を見ないで!
可哀想な子見るような目で私を見ないで!
「ああでも、あの時はさすがに……」
「お父さんが言ってるのって、もしかして八駆とやり合った時?」
「私達を襲った時ですか?」
「違う!それより前よ!」
私が八駆とやり合った事は2度ある。朝潮が言ってるのは2度目の事ね。
1度目は、駆逐隊の練度を見るために駆逐隊同士で演習をした時、けっしてケンカしたわけじゃないわ。
演習と言う枠の中で当時の第八駆逐隊を、日頃の朝潮への鬱憤を晴らすついでにフルボッコにしてやったわ。
けど演習を開始する前に朝潮が。
「4対1なんて承服出来ません!」
なんて、いちゃもん付けてきてさ。演習がなかなか始められなかったの。
第一駆逐隊自体は存在してたけど、所属してるのは私だけだったから、八駆対一駆の対戦が4対1になったのが気に食わなかったみたい。
たぶん、勝負にならないとでも思ってたんじゃないかな?私が圧勝しちゃったから勝負にならなかったのは確かだけど。
「私は4対1でいいわ、どうせ私が勝つし」
その私の挑発で、なんとか演習は開始できた。
当時の八駆は改二改装を受けてる子が1人も居なかった……と言うか改二改装ができなかったし、そもそも練度が低かった、それにこの頃には『トビウオ』と『水切り』がある程度完成していたから楽勝だったわ。
けど、審判の軽巡が下した勝敗は私の反則負け&バッシングの嵐だった。
反則の理由は『艦娘の戦い方として相応しくない』とか言うふざけた理由。ヤジも酷かったなぁ。『卑怯者!』『艦娘の面汚し!』『恥を知れ!』ってな感じでね。お父さんが居るのにお構いなしだったわ。
もちろん、私は文句を言ったやろうと思った。
けど、私が文句を言う前に、朝潮が審判に噛みついたの。『審判が公平じゃない!誰がどう見ても私達の負けじゃないですか!』って、悔し泣きしながらね。
朝潮が先に文句を言ったせいで、私は言う気が失せちゃったな。
「お父さんは味方してくれなかったよね」
「立場上できんかった。艦娘の戦い方が形になってきちょったのに、余計な波風を立てる訳にゃいかんかったんじゃ。すまんとは思っちょるが」
「わかってるわよ、だからお父さんに文句は言わなかったでしょ?」
「俺にはな。じゃけど、この部屋で散々愚痴言いよったろうが」
そうね、確かに愚痴は言ったわ。だってお酒入っちゃったんだもん。
演習をした日の夜、鳳翔さんと長門、それに天龍と龍田がこの部屋に来た。お酒持参でね。
慰めてくれようとしたのか、単にお酒を飲む口実が欲しかったのかはわかんないけど。
「おい神風、未成年なんだから酒は……」
「いいじゃねぇか提督、酒くらい」
「天龍ちゃんもホントはダメなのよぉ?飲ますけど♪」
初めての実戦の後は飲ませてくれたのにね。
まあ、あの時は酔わせて嫌なことを忘れさせようって魂胆もあったんでしょうけど。
ちなみに、天龍と龍田も当時は未成年。16か17位じゃなかったっけ?
この時初めて知ったけど、天龍は甘いお酒しか飲めない上に1~2杯で酔っちゃうほどお酒に弱かったの。龍田はザルだったけどね。双子なのに、あそこまで体質に差が出るものなのかしら。
「鳳翔、それは梅酒か?」
「ええ、私が漬けてるものですが、割といけますよ?一杯どうです?長門さん」
この梅酒がね!当時の私でも美味しいと思えるくらい本当に美味しかった!
普段、純米大吟醸の辛口しか飲まないお父さんが『こりゃ美味い!』って絶賛したくらいだからね。
「あらぁ?神風ちゃんと提督って仲いいのねぇ」
「本当ですね。そうしてると親子みたいですよ?」
お父さんの膝の上で飲んでた私を見て、龍田と鳳翔さんがそんな事を言ってきた。
この頃はお父さんの膝の上が私の定位置だったら、人目があるのに無意識に座っちゃったの。
親子と言われて嬉しい反面、少しだけ嫌な気分になったな。
だってあの頃は……。
「親子だと…結婚できない……」
て、思ってたから。
べ、別にお父さんの事が好きだったわけじゃないのよ?そりゃ嫌いじゃなかったし、どちらかと言えば好きだったけど。
これはほら、女の子って、たいてい小さい時に『大きくなったらお父さんと結婚する!』的な事言っちゃうじゃない?私も例に漏れずそうだったんだと思うわ。
私って孤児だし、きっと父親が恋しかったのよ。
うん、そうに違いない。
なのに、龍田ったら。
「あらあらぁ♪神風ちゃんがデレたわぁ♪」
とか言うんだもんなぁ。
おかげで、お父さんの方を見れなかったわ。
「あん時、龍田に教えて貰って、初めてお前の髪を結ったんじゃったの」
「そう言えばそうね、引っ張られて痛かった記憶があるわ」
私が髪を肩掛けにしてたら、龍田が『提督に結ってもらえばぁ?』って言ってきてさ。
お父さんも最初は『髪なんか結ったことないぞ』って言ってたんだけど、結局龍田に押し切られて結う事にしたのよね。
「そうそう、そこでクルッと……上手じゃないですかぁ♪後はその繰り返しです♪」
「なるほど、こうか!」
「痛い痛い!先生引っ張りすぎぃ!」
って感じで三つ編みにしてくれたの。
引っ張られて痛かったし、仕上がりは褒められたものじゃなかったけど、お父さんが髪を結ってくれるのが嬉しかった私は、毎晩のように髪を結ってってねだるようになったわ。
残りの三人はその光景を肴にしつつ、昼間の演習の愚痴を言いながら飲んでたわ。当事者の私以上にグチグチ言ってたんじゃないかな。主に鳳翔さんが。
「私は納得できません!アレはどう考えても神風さんの勝ちです!長門さんもそう思うでしょ!?」
「そ、それは私もそう思うが……。鳳翔、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「何を仰います!一升開けてからが本番です!それよりですね、私は勝敗云々よりも、神風さんの努力が正当に評価されないのが納得できないんですぅ!」
この時は、長門にやたら絡んでたわね、言う事がどんどん変わってたし。
でも、半年くらい前だっけ?に飲んだ時は絡み酒って言うほどじゃなかったわよね……悪ノリはしてたけど。
この時は酔ってるようには見えなかったから、素で絡んでたのかな?
ん~わからん、鳳翔さんって酔っても顔に出ないからなぁ。もしかして、そん時の気分で酒癖が変わる人だったのかしら。
「提督も提督です!なんで神風さんに味方してあげなかったんですか!」
「い、いや俺は……」
「言い訳など聞きたくありません!駆逐隊を一人で圧倒するなんて凄いじゃないですか!もっと褒めてあげてください!」
「はい……」
「返事が小さい!」
「はい!」
「声が大きい!今何時だと思ってるんです!」
いや、酔ってたわねコレ、理不尽にも程があったわ。全員『えぇ……』って感じでドン引きしてたもんなぁ。あの龍田でさえ冷や汗かいてたもん。
「でもぉ、鳳翔さんが言う通りアレは感心したわぁ。名前ついてるのぉ?」
「アレってのは、朝潮の周りをグルグル回ってたヤツか?」
「そうそう♪天龍ちゃんもちゃんと見てたのねぇ、偉いわぁ♪」
龍田に頭を撫でられてデレデレする天龍を見てると、どっちが姉か本当にわからなくなったなぁ。
見た目も性格も、完全に龍田の方が姉だったしね。
実は、龍田の方が先に生まれたんじゃない?きっと助産師さんが出て来た順番を間違えたのよ。
「神風、アレに名前ついてるのか?」
「う、うん……。『戦舞台』って名前……」
お父さんに教えるのが、ちょっとだけ恥ずかしかった、アニメとかマンガの見過ぎだって言われたらどうしようかと思ったもん。そんなモノ見てる暇なんてなかったけど。
「中々いいネーミングじゃねぇか、『トビウオ』とかよりよっぽどカッコいいと思うぜ?」
天龍の琴線に触れたのか、嬉々として食いついてきた。どうもアイツの好みにドストライクだったみたい。お父さんは少しショック受けてたけど。
「アレを出す前に決め台詞が欲しいとこだな……。そういうのは考えてないのか?」
「考えてないわよ。いらないでしょ?別に」
「バッカ野郎ぅ!必殺技を出す前に決め台詞言うのは当たり前だろうが!」
別に必殺技って訳じゃないんだけど……。
『戦舞台』って、必殺技って言うよりハメ技よ?とか思ったけど、面倒くさいからツッコまなかった。だって変なスイッチ入ってたもん、下手にツッコもうものなら話が長くなると思ったわ。
「そんなに言うなら天龍が考えてよ。私、そういうの詳しくないもん」
「オレが考えていいのか!?ホントに!?」
若干後悔したな。天龍の目が、それまで見た事ないほどキラキラしてウザかったもん。
天龍って、趣味が男くさいのよね。特撮とかアニメとか大好きだし、そっち方面の話題でお父さんとよく話してたっけ。
「オレのこの手が真っ赤に!」
「燃えない」
「お前はもう死んでいる」
「指先一つじゃ流石に無理」
「説明しよう!戦舞台とは!」
「使う前に説明したら意味ないでしょ、バカ」
案の定ろくな事を言わなかった。と言うか、どこかで聞いたようなセリフばかりだったわね。
で、最後に天龍はあのセリフの元になる事を言ったの。
「え~……じゃあ、『歓迎するぜ、ようこそオレの戦舞台へ』てのは?」
「いや、アンタのじゃな……。良いわねそれ、私嫌いじゃないわ」
「そ、そうか?じゃあコレにようぜ!」
まあ、こんな感じであのセリフが生まれたの。言う機会があんまりなかったのが残念だけどね。
そんな話を天龍としていると、お父さんが『ちょっとどいてくれ』って言って来た。最初はトイレかなって思ったけど。タンスに物を取りに行きたかったんだって。
でも私は。
「え……やだ、先生どこ行くの?」
「ちょっと物を取りに行くだけだ。すぐ戻るからそれまで龍田の膝に座っててくれ」
「や、嫌ぁ!せんせぇ行っちゃやだぁ!」
う~ん、我ながら恥ずかしい。お酒が入ってたとは言え、あそこまでお父さんに甘えちゃうなんて。
だけど、甘える私可愛い!半ベソかいて、お父さんにしがみつく私超可愛い!
まあ結局、抱えられて龍田に押し付けられたけどね。
龍田も、陸奥に負けず劣らず柔らかかったなぁ……。
まあそれはともかく、お父さんが何を取りに言ったかと言うと。
「神風、これをお前にやる」
「これ、刀?」
戻って来たお父さんが手にしていたのは、紺色の鞘袋に入っていた一振りの日本刀だった。
今でも私が愛用し、中枢棲姫の首を獲った時にも使った日本刀、どうしてこの日にくれようと思ったのかはわからないけど、初めて貰うお父さんからのプレゼントが凄く嬉しかったな。
「結構な業物ですね……銘はあるんですか?」
「長曽祢奥里虎徹入道」
「は!?」
私が少しだけ抜いた刀身を見て、龍田が興味深そうに訊ねると、お父さんは『長曽祢奥里虎徹入道』とドヤ顔で答えた。
当時の私には意味がわからなかったけど、龍田は知ってたんでしょうね。あり得ない程ビックリしてたわ。
今の私なら、龍田と同じようなリアクション取っちゃうかも。だって本当にあり得ないもの。
詳しくは言わないけど、『長曽祢奥里虎徹入道』は『虎徹』の銘の一つね。
「の、贋作だ」
「な、なんだ贋作ですか……ビックリしたぁ……」
お父さんは、龍田のこの反応が見たかったんでしょうね。『してやったり』って顔してたもん。
私を含めた他の4人はノーリアクション、と言うか龍田が何に驚いてるのかわからないって感じだったし。
「だが、贋作でもかなりの業物だろ?」
「ええ、贋作と言われなければ……。と言うより、虎徹の贋作扱いなのが勿体ない業物ですよ」
そう、虎徹って贋作が多いのよ。『虎徹は偽物であることが前提条件』って言われるくらいに。
でもまあ、極々稀に、真っ当な刀に銘が彫られただけのまともな贋作もあったらしいわ。私が貰ったのは、そんなまともな一振りだった。
「今だから聞くけど、なんであの日に刀をくれたの?別に記念日でもなんでもなかったよね?」
「ん?いやそのぉ……」
なぜ言うのを躊躇う。
大方、不当な審判を受けて凹んでた私を元気づけようとかそんな感じじゃないの?女の子へのプレゼントに日本刀ってのはまったく理解できないけど。
「に、似合いそうじゃったけぇ……」
「何が?日本刀が?私に?」
「お…おう……」
呆れた……そんな理由で私に刀をくれたのか。
そりゃあ、日本刀を腰に差した私を見て、みんな似合ってるって言ってくれたし、私も欲しいと思ってたから丁度良かったけどさ。
「だってお前、飛天〇剣流とか使えそうじゃったろ?」
いや、使えないから。
そんなの、私に剣術を教えたお父さんが一番わかってるでしょうに……。
ん?待てよ?もしかして、それで抜刀術を教えたんじゃないでしょうね。
いや、きっとそうだ。この人、私を緋村〇心にしようとしたんだ!
「ちょっと『おろ~』とか言ってみてくれんか?」
「絶対言わない!お父さんバカじゃないの!?」
差し詰め、自分は比古〇十郎って感じ?
いやいや、声が全然似てないでしょ。三大コンプレックス抱えてる赤い人より、『ぶるああああああああああああああああ!』とか叫びながら英雄をストーカーする穴子さん的な人に近いわよ?
て言うかさ、お父さんってあんなに髪長くないじゃない!日に日に額が後退してるくせに!
「あ、そろそろ戻らないと。桜子さん、洗い物お願いしちゃっていいですか?」
「べつにいいけど、貴女まだ仕事あるの?」
「当たり前です。まだお昼ですよ?」
そっかー、普通はこの時間も仕事なのかぁ。大変ねぇ社会人は。
あれ?艦娘って社会人扱いでいいんだっけ?
「秘書艦は満潮と交代したんじゃないのか?」
「ええ、交代はしたんですが、あの子まだ鎮守府に慣れてないのか、たまに迷子になるんですよ。だから放っておけなくて……」
んん?なんで朝潮が満潮を『あの子』呼ばわりしてるんだろ。それに、満潮って方向音痴だったっけ?長い間暮らしてる鎮守府で迷子になるなんて考え辛いんだけど?
「そうか、すまんが気にしてやってくれ。先代以上に素直じゃない子だが」
「了解しました。当面の目標は『お姉ちゃん』と呼んでもらうことです!」
「ハハハハ、やっとできた妹だものな」
会話から察するに、満潮が代替わりしたのね。
私に一言の挨拶も無しに辞めるなんて、礼儀のなってない子ね。
「はい!では、行って来ます!あ、桜子さん、今日は泊まるんですよね?晩御飯どうします?」
「長門たちと飲みに行く予定だけど……。折角だからいただくわ」
「わかりました。お米だけ仕掛けて貰ってていいですか?」
「りょ~かい、やっといたげる」
「お願いします。じゃあ、行って来ますね」
そう言って、お昼ご飯の片付けを私に押しつけた朝潮は部屋から出て行った。
ってお父さん、そんな露骨に残念そうな顔しなくていいじゃない、可愛い愛娘がまだ居るんだから。
「ねぇ、満潮っていつ辞めたの?私ぜんぜん知らなかったんだけど」
「いや、会っちょろうが、お前の新居を作りよる時も連れてったぞ?」
はて?私の新居を作ってる時?
そういえば、お父さんが士官服を着た見覚えのない女を連れてるのを見たような……。
アレが、艦娘を辞めた満潮だったって事?
「今は俺の代わりに執務室で仕事しちょる。なんなら、 見に行ってくるか?」
「いい、片付けもしなきゃだし。それに、明日の結婚式にも来るんでしょ?」
結婚式って言っても、知り合いだけで行う人前式だけどね。
籍だけはもう入れてるんだけど、お父さんがどうしてもって言うから、鎮守府内で式と細やかな披露宴だけする事にしたの。
で、式の前の日くらいこっちに泊まれってお父さんが言うから、今日は結婚式前の挨拶も兼ねてこっちに泊まる事にしたの。長門たちが『独身最後の夜くらい一緒に飲もう』って言ってくれたのも理由の一つではあるけど。
「正確には、独身じゃないんだけどなぁ……」
「気分の問題じゃろ。お前、籍入れたのも秘密にしちょったらしいじゃないか」
「べつに秘密になんてしてないわ。言わなかっただけ」
本当は、照れ臭くて言い出せなかったんだけど……。
私がすでに独身じゃないって知った時の三人の反応は三者三様で面白かったな。
長門は大泣きしながら祝福してくれて、天龍……じゃないや、辰見は私達夫婦の生活を根掘り葉掘り聞いてきた。特に、夜の営みについて。
そして鳳翔さんは……。
「なんか、ブツブツブツブツ、独り言言ってたわね」
もしかして、鳳翔さんって独身なの気にしてるのかしら。それなのに、周りがドンドン結婚していくから焦っちゃった?
今晩、聞いてみようかな。
地雷っぽい感じはするけど、なんだか面白そうだし♪
私は食器を洗いながらどうやって鳳翔さんをからかおうか考えていた。
その先にあるのが、地獄だとも知らずに。