つい数日前の事だ。
正式に奇兵隊の総隊長に就任した桜子が、結婚式の招待状を持って私達を訪ねて来た。
さすがに急すぎると思ったが、場所は奇兵隊の詰め所兼倉庫で、日取りも私達の休みに合わせてると言うから一先ず安心したが……。
「すでに、籍を入れてるとは思わなかったな」
「そうですね……。周りはどんどん結婚していきますね……」
私が武蔵を指導してるのと同じように、新人の春日丸を指導している鳳翔は、招待状を受け取ってからずっと上の空だ。
今は武蔵の対空射撃の訓練と、春日丸の艦載機運用の訓練を合同で行っているんだ。もう少し集中してもらわないと困るんだが……。
適齢期にも関わらず未婚な事など、そんなに気にする必要もないと思うんだがなぁ……。
「まさか、長門さんも実は結婚してるなんて事はないですよね?」
「正真正銘、バツもない綺麗な独身だよ。結婚する相手もいないしする気もない」
本当の事を言うと結婚はしたい。と言うか子供が欲しい。
だが、今の鳳翔の前で本音を話すのは危険だ。
笑顔ではあるが、怒っている時より遥かに怖い。下手なことを言うと巻き藁代わりにされて矢を射かけられそうだ。
「祝福してやる気にはなれんのか?10年来の友人じゃないか」
「祝福はしています。ええ、してますとも。だから私も祝福してください!」
いかんな、何を言っても逆効果だ。
いつか飲んだ時並に面倒くさい。誰か代わってくれないだろうか……。
「そういえば、辰見さんはどちらへ?まさか、殿方と逢引き!?」
「墓参りだよ。桜子が結婚する……してる?事を龍田に報告しに行った」
「やはり逢引きじゃないですか!」
おいおい鳳翔、話聞いてたか?
今のどこをどう聞いたら逢引きになるんだ?
そんなに結婚したいなら、艦娘を辞めて男を探せばいいだろうに。鳳翔程の器量良しなら、引く手数多なのは間違いないのだから。
「もうすぐ30なんですよ……」
「何がだ?練度か?」
「その位とっくに超えてます!歳ですよ!今年で30ですよ!?それなのに周りの若い子達はどんどんどんどん結婚していって!行き遅れ感が半端ないです!」
知らないよぉ……。
歳の事言ったら、私だって鳳翔と変わらないんだぞ?と言うか、鳳翔より年上だし……。
その私が気にしてないのに、なんで私より若い鳳翔がそこまで気にするんだ。
「艦娘を辞めたらどうだ?誰も辞めるのを止めない……と言ったら誤解が生まれるが。鳳翔は長い間立派に戦って来たんだ、退役すると言っても文句は出ないと思うぞ?」
「辞められませんよ……。辞める訳にはまいりません……」
何か事情があるのか?
確か鳳翔は、敵討ちとかが目的で艦娘になった訳ではないはずだ。それとも、単に戦闘が好きなのか?
いや違うな。戦闘中の鳳翔は、駆逐艦が顔負けなくらい血の気が多いが戦闘狂ではない。
ならなぜだ?鳳翔が艦娘を続ける理由が私にはわからない。
「辞められない理由があるのか?」
「はい……。艦娘を辞めた桜子さんがどうなったか覚えてます?」
「ああ、覚えている」
それが理由?桜子のように昏睡状態になるのを恐れているのか?
確かに桜子は、艤装との同調を切った途端に成長が再開し、ワダツミに帰投した途端、昏睡状態になってそのまま数日間眠り続けた。
だが桜子の場合は、正規の手順で『解体』を行わなかったのと、未成熟な頃に艦娘になったせいで10年近く成長が止まっていたのが主な原因だ。
成熟した状態で艦娘になった私たちの場合は、まったく問題ないはずだぞ?
「桜子さんの育ちっぷりを見て確信しました……。きっと艦娘を辞めた途端、私は歳相応に老けます!」
「いや、老けるって……」
そっちかい!
確かにその可能性はあるが、言っても三十代だぞ?今とそう大差ないと思うんだが……。
と言うか、急激に老化するのが怖くて艦娘を辞めないのか?でも、艦娘を続ければ続ける程、その恐怖は増していくぞ?いいのか?
「老けるとは限らんだろう……。案外、今と変わらないかもしれないじゃないか」
「だったら長門さんが先に辞めて試してください!私たちほど長く艦娘を続けてる人はもう居ないんですよ!?」
私に人柱になれと!?
勘弁してくれ、私は当分……最低でもあと数年は艦娘を辞める気が無いんだ。
鳳翔と同室の春日丸には同情せざるを得ないな、部屋でもきっとこんな感じなのだろうし。
「おおそうだ、龍驤に試して貰えばいいじゃないか。彼女も鳳翔と、歳も艦娘歴も1年くらいしか変わらないだろう?」
「龍ちゃんの場合は当てになりません……」
「どうしてだ?」
「だってあの人……艦娘になる前からアレなんです……。アレが龍ちゃんの二十歳なんですよ!龍ちゃんはガチで合法ロリなんです!」
なるほど、それなら確かに、当てにならないな。初めて見た時は駆逐艦だと思ったし。
実在するんだな、合法ロリって……。
「だったら、艦娘のまま結婚すればいいじゃないか。艦娘の結婚は禁止されてないぞ?」
「相手がいません!」
だったら見つけなさいよ……。結婚以前の問題じゃないか。
今みたいな面倒くさい面さえ見せなければ、鳳翔なら相手くらいすぐ見つかるだろうに……。
「長門さんはどうして艦娘を辞めないんですか?私より結婚を焦らなきゃいけない歳じゃ……。私は結婚を焦ってなどいません!」
今のはノリツッコミと言うやつか?
私は30を過ぎたからと言って、結婚を焦らなきゃならないとは思ってないんだが……。
「私が艦娘を辞めないのは、主に金のためだ。提督と違って、復讐心はとっくに風化しているよ」
「あら、意外ですね。お金のために艦娘を続けてるなんて長門さんらしくないです……」
「孤児院を開きたいと思っているんだ。そのためには金が要る。艦娘、特に戦艦の給金は破格だからな。もう数年務めれば、10年くらいは私の金だけで運営できるくらい貯まるだろう」
開戦初期ほどではないにしても、今だに戦災孤児の数は多い。それなのに、孤児院の数は全く足りてない。
本当なら、今すぐにでも孤児院を開きたいが、先立つものがなければジリ貧だ。かえって不幸な目に遭わせてしまいかねない。
「それでお金ですか……。提督に相談してみてはいかがです?きっと協力してくださると思いますけど」
「それも考えた。だが、提督は……と言うより奇兵隊がすでに孤児院を運営している。私も孤児院を開きたいから金を出せとは言えないさ」
「提督が孤児院を?初めて聞きましたけど」
「桜子から聞いたんだが、奇兵隊の……『店長』と言ったか?の一人がやってるらしい。桜子も、奇兵隊の総隊長を引き継いだ時に初めて知ったそうだ」
「へぇ……孤児院まで運営してるなんて……。奇兵隊ってなんでもやるんですね」
故に奇兵隊、なんだと思うぞ。
幕末時の奇兵隊以上に、今の奇兵隊は官民ごちゃ混ぜだ。桜子の話では、政治家や医者、893の組長、会社の社長まで居ると言う話だし。
「桜子さんと言えば、もういらしてるんですよね?」
「提督の部屋じゃないか?いつものようにケンカしてるさ」
「仲がいいですものね、あの二人」
本当にな、実の親子より仲がいいんじゃないか?
いや、実の親子じゃないから仲がいいのか。
仲がよすぎて、恋人か夫婦と言われても納得してしまいそうじなるほどに。
「桜子は、提督の事が好きだったんだろうな」
「父親としてですか?」
ふん、イタズラっぽい笑みを浮かべおって、わかっていてそんな事を言ってるんだろう?もちろん、男性としてだ。
「本人は否定するだろうが、アレは惚れてるようにしか見えなかったぞ」
「そうですね。きっと初恋だったんじゃないかしら。距離が近すぎて、恋に落ちてるって気づかなかったんでしょうね」
先代の朝潮を敵視していたのも、ソレが主な理由だろう。
大好きな人を盗られたという思いを、大好きなお父さんが盗られたんだと思い込んで心に折り合いをつけてたんだろうな。
「察しがいい奴に限って、自分の事に無頓着だな。夢の中で求める程、提督に恋焦がれていたのに……」
「そうなんですか?」
「ああ、呉に居た頃、私の部屋で寝ていただろう?寝言でよく言ってたよ『先生大好き』とな」
「あら可愛らしい。一応聞きますが、そんな桜子さんに手を出してはいませんよね?」
「出してないよ。出せる訳がない……」
私の隣で寝てる間、毎晩のように桜子は泣いていた。どんな夢を見ていたのかはわからないが、きっと提督に置いて行かれる夢を見ていたんだと思う。
『置いて行かないで』『一人にしないで』『私は先生が大好きなの』と、桜子は、毎晩寝言で繰り返していた。
たぶん、あれが桜子の本当の気持ちだったんだろう。
気弱で泣き虫、一人でいるのが耐えられない程の寂しがり屋で甘えん坊。それが桜子の素なんだ。
そんな桜子に手は出せんさ。
「と言うか、そもそも私は同性愛者ではないぞ?」
「え?いやいやご冗談を。いつも朝潮ちゃんを追い回してるじゃないですか」
「あれは、抱きしめて頬ずりしたり、舐め回したりしたいだけだ。決して性欲からではない」
おい、なぜ距離を取る。それにその引きつった笑顔は何だ。
可愛い子を見たら、頬ずりしたり舐めたりしたくなるだろう?なるだろ!?鳳翔だって、毎晩のように春日丸に頬ずりしたりしてるんじゃないのか?してるだろ!正直に言え!
「春日丸ちゃんには近づかないでくださいね?」
「春日丸は……可愛い事は可愛いが、少々芋っぽすぎるな。私の好みではない」
「芋っぽいとはなんですか芋っぽいとは!彼女はアレでも都会っ子ですよ!?」
いや、今アレでもって言ったじゃん。鳳翔も芋っぽいって思ってるんじゃないのか?
それに、実は親子なんですって言われても信じてしまいそうなくらい雰囲気が似てるし。顔立ちとかそっくりじゃないか。
「実は親子だったりしないか?」
「そんな訳ないでしょ!?確かに産めますよ?ええ産めますとも!ギリギリ!」
その言い様だと、親子じゃないのは間違いなさそうだ。
と言うか、産めるってなんだ産めるって。もうちょっとマシな言い方はなかったのか?
「おおそうだ、産めると言えば。辰見が、いつ頃子供が出来るか賭けようと言っていたぞ?」
「子供を賭けの対象にするなど容認できません。結婚式で提督が泣くかどうかにしませんか?」
「いや、絶対に泣くだろ。賭けにならないじゃないか」
あの親バカな提督の事だ、桜子が親への手紙を読もうものなら号泣間違いなしだ。
例え、手紙の内容がどんな事でもな。桜子がまともに書くかどうか怪しいが……。
「提督が泣くかどうかより、桜子が父親への手紙をまとに書いてるかどうかの方が賭けになるんじゃないか?」
「乗りました。私は、まともに書いてない方に賭けます」
「そうか、じゃあ私はまともに書いてる方に賭けよう」
「意外ですね、長門さんも辰見さんも、まともに書いてない方に賭けると思ってたんですけど」
だから、それだと賭けにならないじゃないか……。
そんなに意外か?さっきも言ったが、桜子は提督が大好きなんだぞ?今は男性としてではなく父親としてだが、アイツは提督に感謝しているはずだ。心の底からな。
「賭けが成立しないからそっちに賭けただけだ。まともに書いてない可能性の方が高いよ」
「長門さんを見てると、とてもそうとは思えませんが……。まあ、そういう事にしておきましょう」
「そうしてくれ、辰見も夜には帰ってくると言っていたから、賭けの事はその時に話そう。桜子が来る前にな」
「そうですね、賭けの事を知ったら、手紙を破り捨てるかもしれませんし」
そうだな。どんな形であれ、読んでくれないと困る。
私は桜子の手紙は楽しみなんだ。アイツが、提督への想いをどのように手紙に綴っているのか。
桜子の本音が聞ける、数少ない機会だからな……。
「そろそろ昼だな。切り上げて飯にしないか?」
「はい、春日丸ちゃんと武蔵さんにもそう伝えます」
ふう、どうやら普段の鳳翔に戻ったようだ。キビキビと二人に通信を飛ばしている。
結婚に焦ってる風なのも、一時の気の迷いからだろう。もしくは隣の芝は云々と言うやつだ。
おや?雲もないのに雨が……。
狐の嫁入りと言うやつか。
ん?嫁入り?
「ところで長門さん」
「ど、どうした?」
とてつもなく嫌な予感がした。
まさか狐の嫁入りのせいで、また面倒くさい鳳翔になったんじゃ……。
「奇兵隊は、婚活パーティーなどの催しは運営してないのでしょうか?」
「そ、それは桜子に聞いてくれ……」
案の定だった……。
私は、この日ほど鳳翔が面倒くさいと思ったことは無い。頼むから、誰か鳳翔に男を紹介してやってくれと、私は夏の空に無言で願った。