神風激突1
正化22年。
この年は、艦娘の運用が始まってから今までの10年で、一番艦娘が戦死した年だった。
資源を他国からの輸入に頼らざるを得ない日本は、シーレーンを破壊されてからの1年ちょっとで、ジリ貧どころか死亡寸前にまで追い詰められていた。
一応、電気や蒸気機関で代用しようとしたみたいだけど、まあ無理よね。そんな物が普及するまで国が保たなかったでしょうし。
そんな折りに発案、発令されたのが、当時の艦娘の三分の一を投入し、その半数が戦死した海軍初の大規模作戦である『シーレーン奪還作戦』だった。
その作戦が、新設された(と言っても、当時は仮設ハウスに毛が生えた程度)佐世保鎮守府の主導の元で実行されたのがこの年だったの。
「艦娘になりたての子まで投入してたよね……」
「ああ、佐世保の奴はその事を今だに悔やんじょる。そのせいか知らんが、九州は養成所が一番多い」
今は確か、最低でも半年は養成所で勉強しなきゃいけないんだっけ?
当時は、新人に浮き方から教えなきゃいけなかったものね。
「お前と朝潮が作った教本を一番ありがたがっちょっよったのもアイツじゃったのぉ」
「そうなの?だったらお礼しに来いって言っといて。お土産を忘れずに」
私と朝潮が作ったって言っても、私はダメ出ししただけなんだけどなぁ。
そもそも、教本なんて大層な呼び方してるけど、朝潮が無駄に書き溜めてた戦況分析を、新人に教えるべき事だけ残して他を弾いただけよ。
「お礼されたいんか?お前、アイツのことが苦手とか言うちょらんかったか?」
「あ、そうだった……。やっぱなしで……」
今も佐世保で提督を務める奴の事が、私は大の苦手なのを忘れてた。だってあの人、お父さん以上の変態なんだもん。ロリコンがマシに思えるほどの。
正化22年当時、制海権をある程度取り戻していた海軍は、シーレーンを奪還すべく佐世保鎮守府に艦娘を集めていた。
当然、私達五人も駆り出された。
私達を含め、横須賀からは3艦隊ほど行ってたんじゃなったかな?その中には当時の第八駆逐隊も居たわ。
「俺が当鎮守府の提督だ。取り敢えず『お兄ちゃん』と呼ぶように」
執務室と言う名のプレハブへ着任の挨拶をしに行った時に、佐世保提督が発した第一声がそれだった。
みんな『は?』って感じで、目がまん丸になってたわね。
朝潮なんか『お兄ちゃん?提督ではなく?でも当鎮守府の提督って……。んん?これは何かの暗号でしょうか?』とか言って、若干パニクってたし。
「提督、それは冗談か何かか?」
「君は長門だったか?冗談などではない。俺は艦娘にお兄ちゃんと呼ばれたいんだ。と言うか呼べ」
ここまで欲望丸出しの提督は他に居ないわね。
佐世保提督は、今も昔も艦娘にお兄ちゃんと呼ばせるシスコンだ。
しかも、質が悪い事に無差別。佐世保に居る全ての艦娘にお兄ちゃんと呼ばせてるのよ。
お父さんもロリコンとして知られてるけど、朝潮にしか興味がないから他の駆逐艦たちに被害はないし安全と言えば安全。
呉はマザコンだっけ?提督ってコンプレックス抱えてなきゃなれないのかしら。
舞鶴と大湊は知らないけど。
「雑魚寝になってしまうが、一応艦隊ごとに部屋は分けてある。案内させるから、命令があるまで待機しててくれ」
これには少しだけ安心したな。
私が一人で寝れないことを知ってるのは長門たちだけだったから、艦種ごとに部屋を分けられたらどうしようかと思ってたもん。
「神風、長門のここ、空いてますよ」
「何度も言わせないで、長門は硬いから嫌」
どっかの芸人のマネだと思うんだけど、一緒に寝る機会があると毎回言ってくるのよね。
そりゃあお父さんに比べたら柔らかいけど、他にも柔らかい人が居るならそっちで寝るわよ。
ちなみに、この時は龍田と寝たわ。
だけど、私と一緒に寝たかったらしい長門は、龍田にデマを吹き込もうとした。
「気をつけろ龍田、神風は寝惚けて吸ってくるぞ」
「一応聞くけど、どこをぉ?」
「そりゃオッパぃぃぃやぁぁあ!」
長門が最後まで言う前に、私は腕ひしぎ十字固めをかけて黙らせた。いや、黙ってはないか、悲鳴上げてたし。
「変なデマを流さないで!私そんな事しないもん!」
「い、いいや!何度も吸われたぞ!たまに甘がみゃぁぁぁぁぁ!痛い痛い痛いぃぃぃ!」
ホント失礼しちゃう。
私が長門のオッパイを吸って、しかも甘噛みまでしたですって?んな事あるわけないでしょうが、嘘をつくならもうちょっとマシな嘘をつきなさい!
「きょ、今日は下着着けて寝ようかしらぁ……」
「ふ……無駄だ龍田、神風はそんな障害など容易く突破してぇぇぇぇ!ごめん!ごめんなさい!もう言わないからぁぁぁぁ!」
本気で折ってやろうかと思ったわね。実際、もうちょっと力を込めたら折れてたでしょうし。
と言うか、龍田って寝る時は下着着けない派だったのをこの時初めて知ったわ。
「私、そんな事しないよね?」
「あ、ああ……」
ちょっとお父さん?なんで恥ずかしそうに目を逸らすの?もしかして吸ってたの?私お父さんの乳首吸っちゃってたの!?
「ね、ねえ……お父……」
「無いはずの母性本能が目覚めかけた……」
「え?ちょ、ちょっとそれって……」
い、いつもの悪ノリよね?そうよね!?
百歩譲って、長門とか龍田みたいに立派なオッパイなら可能性はなくはないわ。
だけどお父さんはない、絶対にない。もし、夜な夜なお父さんのオッパイを吸ってたのが事実なら自殺ものよ。
「俺の乳首を開発したのは……」
「やめて!それ以上言わないで!」
そこまで聞いたら察しがついちゃったじゃない。知りたくなかったわ、そんな事実……。
私がお父さんの乳首を吸ってたなんて、それどころか開発しちゃったなんて!なんで開発されてんのよクソ親父!それって、男のくせに乳首で感じちゃうって事でしょ!?
って、何考えてんのよ私!乳首吸われて悶えるお父さんを想像しちゃダメ!
「んがあぁぁぁぁぁ!」
「お、落ち着け桜子!べつに痛くなかったぞ!むしろテクニシャンじゃった!」
「うっさい!そんなテクニックがあるなんて知りたくなかったわよ!」
頭が勝手に想像するのを止めようとちゃぶ台に頭を打ちつけてたら、お父さんが言わなくてもいい事をわざわざ言ってきた。
そっかー、私って男の乳首を開発しちゃうくらいテクニシャンだったんだぁ……。
寝ながらそんな事ができるほど器用なら、あの時も間に合ってくれたらよかったのになぁ……。
「そういえばぁ、刀は持ってこなかったのぉ?」
「まだ実戦レベルじゃないもん。貴女の薙刀と違って艤装の一部じゃないから、力場を通すのが難しいのよ。練習はしてるけど、まだ実戦で使えるレベルじゃないわ」
通常、兵装を通して砲弾や魚雷に纏わせる『弾』は意識しなくても、例えばトリガーを引くだけで纏わせることができる。力場の出力を調整する『刀』を使った場合でも、纏わせるだけなら変わらない。
だけど、それはあくまで艤装とセットになっている兵装の場合だけ。
天龍や龍田が使ってる近接用の兵装も斬ろうとするだけで『弾』を纏わせることが出来るの。
「そんなに難しいのぉ?」
「刀に力場を纏わせる事を意識し続けなきゃいけないのよ。『斬る=力場を纏わせる』ってなるように練習してたけど、間に合わなかったわ」
斬るという行為を、刀に力場を纏わせる行為と紐付けする。その練習を、お父さんに刀を貰ってからずっと練習してたけど、この作戦までに完成しなかったのよ。
まあ、この練習が『装甲』や『脚』の出力を減らす代わりに、性能以上の『弾』を生み出す『刀』の元になったんだけど、この頃はそんな使い方なんて思いついてもいなかったわ。
「天龍さん、大丈夫ですか?顔色が悪いですけど……」
「は!?べ、べつに!?顔色なんて悪くねぇし!」
鳳翔さんが気づくまで気にしなかったけど、この日の天龍は顔を真っ青にして大人しくしていた。
最初は、当時最大規模の作戦に駆り出されて緊張してるだけだと思ったんだけど、本当は怖くて仕方なかったんだって。
「当時のアイツは、自信過剰のバカって言うちょらんかったか?」
「そうよ。龍田のせいでもあるけど、アイツは戦闘に関しては増長しまくってたわ。」
制海権を取り戻すための戦いで、アイツは何度も大破したりしたけど『この痛み忘れる分けにゃいかねぇ。沈めてきた奴らのためにもな』とかバカな事言って、全く反省しなかった。
だって、アイツが大破してた理由って完全に自業自得だったよ?
龍田が死に体にした相手に不必要に近づいて噛みつかれたり、体当たりされたりしちゃってさ。いくら龍田でも、アレはフォローのしようがないわ。
その度に、帰りの道すがら説教はしたんだけど馬の耳に念仏、逆ギレされた事もあったわね。
「それでも実戦を重ねる内に、アイツなりに自分は無能だって自覚してたらしいわ」
だから、作戦前に怯えた。
いつもの小規模な戦闘とは違う、比べ物にならない規模の作戦に駆り出されたことで、アイツは初めて戦闘に恐怖した。
怯えるくらいなら、日頃からちゃんと訓練しとけばよかったのにね。『天才のオレに訓練なんて必要ねぇ!』とか言って、まともに訓練しなかったのよ?
だけどアイツは……。
「アイツね、龍田の才能に嫉妬してたんだって……」
「出来が良すぎる妹に嫉妬してふて腐れちょったちゅうことか?」
「そ、艦娘になる前は『自分が守ってやらなきゃ』って思ってたらしいんだけど……」
艦娘になって、立場が完全に逆転した。
守るべき妹に守られてると認めたくないアイツは、自分を天才だと思い込み、努力することを無意識に放棄した。
龍田に勝たせてもらってる事実から、アイツは目を逸らしたの。
「その結果が龍田の死か……」
「ええ、天龍が無謀に突っ込んだせいで龍田は死んだ……。天龍に当たるはずだった魚雷に身を晒してね」
大規模作戦が開始されて何日経った頃だっけ……。
今のブルネイ泊地の辺りまで進軍した時、私達はアイツに出会った。
私と同じような服装だけど、私と違って上から下まで漆黒に染め上げられ、身につけている艤装は深海棲艦特有の生物的な禍々しさ。
後に鬼級と分類される『駆逐古鬼』が、現在のリンガ泊地付近まで進軍していた主力艦隊を突破して、予備戦力の艦隊が待機していた今のブルネイ泊地に迫っているという報告と迎撃命令が、ブルネイを出港しようとしていた私達に届いた。
「主力艦隊が突破された!?なぜだ!?」
「どうも主力艦隊が艦娘と誤認して、素通りに近い状態で突破されたようです。突破後、背後から魚雷の直撃を受けて空母数人が中破しています」
長門の悲鳴にも似た叫びに、鳳翔さんが冷静に答えた。
この当時でも、姫級や鬼級と言った艦娘に近い個体は数隻確認されていたけど、その情報を知る者は少なかったの。私だって、そんな上位種を見たのは駆逐古鬼が初めてだったもの。ぱっと見じゃ艦娘か深海棲艦かなんてわからなかったわ。
「鳳翔さん、艦種と数はわかる?」
「数は1、艦種は……おそらくですが、見た目から駆逐艦と思われます。駆逐艦の子達と同じくらいの幼さです。深海棲艦にも当てはまるのかは疑問ですが……」
報告を聞いて、私は少し安堵した。
実力が未知数とは言え、相手はおそらく駆逐艦、例えそうじゃなくても、魚雷を撃ったと言う報告から重巡以下はほぼ確定。戦艦と空母を含む私たちが、一隻に負けるとは思えなかった。
けど、私は油断しなかった。慢心もしてなかった。それなのに、私たちは負けた。
誤算があったとすれば、それは駆逐古鬼が常識外れに強かった事。
「いつも通りでいきましょう。長門と鳳翔さんで先制攻撃、後に天龍と龍田と私が前に出る」
「たかが駆逐艦一隻だろ?オレ一人でも十分なくらいだぜ?」
「その、たかが駆逐艦の私に演習で勝てない軽巡は誰だったかしら?相手は主力艦隊が誤認したとは言え、たった一隻でこちらに向かってる奴よ。油断しちゃダメ」
『不測の事態には、本来の作戦以上に慎重に対処しろ』その時の私の脳裏には、そのお父さんの教えが警鐘となって鳴り響いていた。
「鳳翔さん、ブルネイに居る佐世保提督に、待機中の艦隊にも出撃準備をさせるよう伝えて」
「了解しました。他には何かありますか?」
「今はそれだけでいい。ああそうだ、鳳翔さんは佐世保提督とすぐに連絡が取れるようにしておいて」
「それは構いませんが……。理由をお聞きしても?」
私は思ってる事を伝えるかどうか、少し考えた。
『私たちが負けた場合、すぐさま待機中の艦隊を出撃させれるように』と伝える事ができるようにしておいて欲しかったんだけど、そんな事を口にしたら天龍が激昂して突撃を開始しかねない。
「
「わかりました。では、
どうやら察してくれたらしい。
天龍と長門は怪訝そうな顔をしてたけど、龍田は察しがついてたみたい。『ふぅん……』って言いながらニヤニヤしてたもの。
「よし!それじゃあ抜錨よ!勇猛果敢な敵さんに挨拶しに行くわよ!」
私の掛け声で、艦隊は迫りくる駆逐古鬼に向け航行を開始した。
これから訪れる悪夢の事など、微塵も考えずに。