駆逐古鬼へ抱いた私の第一印象は『怖い』だった。
龍田に感じた得体の知れない恐怖とは違う、確かな恐怖。
ブルネイを出て3時間ほど経った頃だったかな。鳳翔さんが飛ばした索敵機を通して見た駆逐古鬼は、一目で勝てないと思えてしまうほど禍々しいオーラを纏っていた。
いや、そういう風に見えたが正しいか。オーラなんて、在るかどうかもわかんないモノなんて見えないし。
「龍田!天龍を行かせないで!長門は砲撃開始!鳳翔さん!佐世保提督に待機中の全艦隊を出撃させるよう言って!」
私は早口で指示を飛ばした。
名目上は長門が旗艦だったけど、私たちの艦隊では私が指示を出すのが暗黙の了解になっていたから、天龍以外は文句を言わなかったわ。そう天龍以外は。
この時も天龍が異を唱えたわ。
作戦前は怯えてたクセに、数度の戦闘ですっかりいつもの天龍に戻っていた。
リンガに迫るまで多数の戦死者を出したものの、作戦自体は順調だったのがいけなかったのね。アイツは、いつもの小規模な戦闘と大差ないと思っていたわ。
だからアイツは、私の指示を無視した。
いつものように無視して一人で突っ込んだ。
見ただけで強いと、勝てないと判断できる程の駆逐古鬼に、相手の強さが計れない天龍はいつも通り突撃して行った。
「あのバカまた……!長門は砲撃を続行!鳳翔さんは艦載機を出して!私も突っ込むわ!」
私は再び長門と鳳翔さんに指示を飛ばし、天龍の後を追った。
龍田は、天龍が突撃を開始した時点で一緒に突っ込んでた。まあ、これもいつも通りだったわね。
『オラオラァ!天龍様の攻撃だぁぁ!』
通信から、天龍の叫びが響いてきた。
辛うじて視界に映る距離で、すでに天龍と龍田が戦闘を開始していた。
相変わらず天龍が邪魔だ、アイツが無駄に動き回るせいで、長門も鳳翔さんも満足に攻撃できないでいた。
いつもの小規模戦闘ならそれでもよかったけど、この時ばかりは痛手だった。
鳳翔さんなんて、艦載機に攻撃指示を出す事が出来ず、艦載機を戦場の周りで旋回させることくらいしか出来てなかったもの。
勿体ないにも程がある。せっかく戦艦と空母が居るのに、その恩恵を天龍一人のせいでほとんど受ける事ができなかったんだから。
「下がりなさい天龍!長門と鳳翔さんが攻撃できない!いつも言ってるでしょ!」
『うっせぇ!オレに指図するんじゃねぇ!』
見た目的には、天龍が善戦しているように見えた。
駆逐古鬼は天龍に攻撃を躱すが精一杯で、まともに反撃できていないようにね。遠目からだけど。
けど、アイツは天龍なんか相手にしていなかったわ。
天龍は、長門と鳳翔さん、それと龍田に攻撃をさせないために、わざと生かされていた。
この時、アイツが見てたのは龍田。
私達5人の中で、アイツが警戒してたのは龍田だけだった。
「龍田!天龍を下がらせて!ソイツのヤバさは、貴女ならわかるでしょ!?」
『それは無理よぉ。天龍ちゃんが下がろうとすれば、コイツは天龍ちゃんを殺すわぁ。そんな事、私がすると思うぅ?』
龍田も攻めあぐねていた。
天龍は気づいてなかったけど、この時天龍は人質にされていたの。
同じような艤装を背負っているからか、容姿が似ているからなのかはわからないけど、龍田に対して天龍が人質として使えると判断した駆逐古鬼は、天龍をわざと生かして龍田を観察していた。
きっと、龍田が攻撃しようとしたら、駆逐古鬼は即座に天龍を行動不能にして、龍田に対する盾にでもしてたでしょうね。
「さっさと離れろこの無能!アンタ、どんだけ私たちの足を引っ張れば気が済むのよ!」
『はっ!オレが無能?コイツはオレにビビって手も足も出せねぇじゃねぇか!』
「長門!鳳翔さん!構わないから天龍ごと攻……」
天龍の物言いにキレた私は、長門と鳳翔さんに攻撃を指示しようとした。
けど、言い切る事はできなかった。私に迫る、龍田が放った魚雷に気づいたから。
「あっぶな!どういうつもりよ!龍田!」
『ダメよぉ?ダメダメ。そんな事させないわぁ』
咄嗟に『水切り』でジャンプして回避できたものの。『水切り』が使える私じゃなかったら確実に直撃してた。即死はしなかったでしょうけど、当たってたら中破は確実だったわね。
「クソっ!
私は思わず、誰にともなく悪態をついた。
たった一隻で攻めて来た駆逐古鬼を相手にすればいいだけなのに、味方であるはずの天龍が壁となり、その壁ごと駆逐古鬼を倒そうとすれば龍田が牙を剥いてくる。
「だけど、こんな気味の悪い奴はここで倒しておかないと!」
私が、龍田に攻撃されるのを覚悟で、再び長門と鳳翔さんに攻撃指示を出そうとした時異変が起きた。
当たりもしない攻撃を繰り返す天龍を引き連れたまま、駆逐古鬼が私に向かって来たの。
「コイツまさか!」
駆逐古鬼は私を探していた。艦隊指揮を執る私を。
駆逐古鬼は天龍を盾にして龍田の動きを観察し、龍田が魚雷を撃った方向を見て、駆逐古鬼は私の位置を特定した。
私はこの時、自分の迂闊さを後悔した。
天龍を突っ込ませてしまった事じゃないわよ?確かにそれもなんだけど、私が後悔したのは鳳翔さんに艦載機を戻させなかった事よ。
攻撃させずに艦載機を無駄に飛び続けさせた事で、天龍の人質としての有効性に気づかせ、天龍共々攻撃させようとした私を龍田が止めたせいで、私が艦隊の指揮を執ってる事が駆逐古鬼に知られた。
「どうする……どうする……」
駆逐古鬼と私の距離は2000まで迫っていた。
迎え撃つしかないのはわかってる。だけど、相変わらず天龍が邪魔だ。天龍がやたらめったら撃つせいで、私は迂闊に動き回る事ができなかった。下手に動いたら、天龍が撃った弾に当たっちゃいそうだったんだもん。
「こうなったら……!」
私は駆逐古鬼に向けて突撃を開始した。私より後ろに行かせるわけにはいかなったしね。
それに、私は指示は出してるけど旗艦じゃない。私に何かあったら鳳翔さんが指示を出すだろうし、長門だって指揮の執り方は勉強してた。
『やめて!そんな事したら!』
通信で龍田が私を止めようとした。
ええそうね、私が駆逐古鬼に攻撃を開始したら、天龍は駆逐古鬼から攻撃されるでしょう。でも、私の目的はそっちだったの。
人質が居ても攻撃されるんなら人質なんて無意味。
私は駆逐古鬼に、無意味な人質になった天龍を殺させようとしたわ。
「貴女が悪いのよ龍田!貴女があのバカを止めてれば、こんな胸糞悪い事しなくて済んだのに!」
私は龍田にそう言い放って、駆逐古鬼に砲撃を開始した。
さすがに距離があるから躱されたけど、私の思惑通り、駆逐古鬼は艤装を装備してる左半身だけを後ろから追って来る天龍に向け、たった一撃で天龍を行動不能にした。
『あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!目がぁぁぁ!オレの目ががぁぁぁ!』
駆逐古鬼の一撃は天龍の『装甲』を容易く貫き、天龍の左目を砲弾の破片が潰した。
この時死ななかったのはただのラッキーね。当たり所が良かったおかげで、天龍は左目を潰されるだけで済んだんだから。
「鳳翔さん!攻撃!」
龍田が負傷した天龍を連れて距離を取ったのを確認した私は、鳳翔さんに一言そう言った。
察しが良い人が居ると楽ね。その一言を言い終わるか終わらない内に、鳳翔さんが飛ばしていた艦載機が攻撃を開始し、第一次攻撃と同時に長門の砲撃も駆逐古鬼に殺到した。
私は仕留めたと思った。
だって、攻撃を受けたのが私なら5~6回は楽に死ねるくらいの攻撃が集中したのよ?あれで仕留めれない奴がいるなんて、この時まで夢にも思わなかったわ。
「嘘でしょ……。なんなのコイツ……」
結果だけ言うと、駆逐古鬼は倒せなかった。それどころか傷一つ負ってなかった。
アイツは自分に殺到する砲弾と爆弾を、自分に届く前に全て撃ち落としていたわ。
それを見て、駆逐古鬼の技量は龍田並みかそれ以上と把握した。龍田も似たような事ができたからね。
そういえば、私からこの話を聞いた先代の朝潮が砲弾を撃ち落とす練習をしてたわね。出来るようになったのかは知らないけど。
「鳳翔さん!ブルネイの艦隊は!?」
「到着までおよそ20分です!」
長い!こんな奴を相手に20分も保たせなきゃいけないの!?って感じの事を思った覚えがあるわ。
長門と鳳翔さんの攻撃を無傷で凌いだ駆逐古鬼が、私の目にはドヤ顔してるように映ったもんなぁ。実際は無表情だったけど。
「鳳翔さん!援護任せる!長門への攻撃指示もお願い!」
『了解しました。ご武運を』
私は長門への指示出しを鳳翔さん一任し、無表情で迫る駆逐古鬼に突撃を再開した。
と同時に、これまでの戦闘で見た駆逐古鬼の力量を頭の中で軽く整理し、相手の脅威度をある程度はじき出した。
私よりスペックは完全に上、駆逐艦並みの速度と小回りが利く戦艦と想定。更に厄介なことに、技量もハンパじゃない。龍田並みかそれ以上。相手としては最悪と言っても良かった。
「初手から『戦舞台』を仕掛けるか……」
制海権を取り戻すための戦いで、戦艦相手に『戦舞台』を試して有効性は確認している。だけど、私の火力でアイツの『装甲』を抜ける?
まさか、あの成りで戦艦並みの『装甲』って事はないだろうけど……。
「いや、慢心しちゃダメ。駆逐艦サイズの戦艦として対処する!」
いくら戦艦並みの『装甲』でも、ゼロ距離からなら貫ける。それに、魚雷を当てさえすればそれなりの被害は与えられるはず。
「機動力を殺して、長門と鳳翔さんの攻撃でトドメを刺す!」
方針を決めた私は、駆逐古鬼との距離が1000を切った辺りで砲撃を再開。もちろん当たるなんて思ってないわ。私の攻撃はあくまで牽制。
駆逐古鬼の回避に合わせて、長門と鳳翔さんが回避先へ攻撃をするための牽制のつもりだった。
だけどアイツは。
「ムカつく!私の砲撃なんて避ける価値もないってか!」
駆逐古鬼は、私の砲撃を避けることはしなかった。全弾命中とまではいかなかったけど、10発近く撃った内の8割は命中した。
だけどダメージはほぼ無し、私の砲撃は駆逐古鬼の『装甲』弾かれて明後日の方向へ飛んで行った。
ムカつくことに、駆逐古鬼は私の砲撃など意にも介さず、長門と鳳翔さんによる攻撃の回避と迎撃に専念してたわ。
「その余裕面を泣きっ面に変えてやるんだから!」
私は距離が100を切った辺りで『トビウオ』を数回使用して距離を一気に縮めた。
狙いは『戦舞台』、速度の速い駆逐艦や軽巡相手だと仕掛け辛いんだけど、二人の攻撃を回避していた事で駆逐古鬼の速度は落ちていたから仕掛けること自体は出来た。
出来たんだけど……。
「はぁ!?」
私が駆逐古鬼の左後方に潜り込んだ時、ゴツい艤装が着いてるはずの左手が右手に変わっていた。何を言ってるのかわかんないわよね。私も一瞬、何が起きたのかわからなかったもの。
判断出来たのは、本当なら前を向いてなきゃいけないはずの砲が、私の頭に狙いを定めてた事だけ。
私は撃たれる前に『トビウオ』で左に飛んで事無きは得たけど、頭はパニック状態だったわ。
「駆逐古鬼は何をしたと思う?」
「ヒントくれ」
「早くない!?ちょっとは考えなさいよ!」
試しにお父さんに聞いてみたら、腕組みしたまま考える素振りすら見せずに速攻でヒントを求めてきた。
「じゃあヒント、『水切り』」
「『水切り』?足の裏と同じくらいの『脚』を発生させるやつか?」
「うん、その『水切り』」
ホントに考えてる?『う~ん』とかそれっぽい事言ってるけど、顔にやる気が感じられないんだけど。
「その場で回転でもしたんか?」
「おお~!正解!その通りよ!」
さすがお父さん、ちゃんと考えてくれてたみたいで桜子は嬉しいわ。ご褒美に花丸をあげましょう。
じゃあ、話を戻すわね。
今お父さんが言った通り、駆逐古鬼は私の動きに合わせてその場で回転、つまり旋回半径を無視して体の向きを変えたの。
『戦舞台』の弱点はいくつかあるけど、あんな方法で破られるとはさすがに思ってなかったなぁ。
駆逐艦でも旋回半径は1メートル近く有るのに、アイツはほぼ0にしちゃったのよ。
旋回半径によって小回りが利かない相手の死角に常に張り付くのが『戦舞台』のキモなのに、初見で看破されちゃったわ。
「つまり、駆逐古鬼も『水切り』みたいな事ができたっちゅう事か?」
「そういう事。まあ、艤装って元は深海棲艦みたいなモノじゃない?同じ事が出来たって不思議じゃないでしょ?」
まあ、駆逐古鬼がやったのは、正確には『水切り』じゃないんだけどね。
アイツは単に『脚』を小さくしただけ、たぶん独楽みたいな感じにしたんじゃないかな?
アレなら旋回半径を気にせず360度対応できるし、『トビウオ』や『水切り』みたいな消費もしないし体への負担もない。
『神風さん!そのまま距離を取って!』
鳳翔さんの警告とほぼ同時に、二人が居る辺りで砲撃音が響き、鳳翔さんの艦載機も攻撃を再開したけど、アイツが迎撃する光景を見て、私は再び度肝を抜かれた。
「踊ってる……。と言うよりは舞ってるって感じね」
クルクル、クルクルと廻りながら艦載機と砲弾を撃墜していく駆逐古鬼を見て、私は思わずそう呟いた。
たぶん、アイツの服装が和装に近かったから余計でもそう思ったのね。
舞に合わせてなびく袖が放射状に広がって、人間大の黒い独楽が廻っているようにも見えたわ。
「へぇ、深海棲艦にも面白い事考える子がいるのねぇ」
「気配を消して近づかないでって、前にも言わなかったっけ?天龍は?」
「左目を潰されてたけど、命に別状はないわぁ。あそこの小島……ラウト島だったかしら?に寝かせてきたわぁ」
背後から声をかけてきた龍田に振り向かず、私は天龍の様子を聞いた。
背中から斬り掛かられたらどうしようとか思ったけど。龍田の怒りは駆逐古鬼に向いてるみたいだったからひとまず安心したわ。
「神風ちゃん、もう一度『戦舞台』を仕掛けてくれるぅ?合わせるから」
「私ごと撃とうって気じゃないでしょうね」
「しないわよぉ。今はねぇ……」
背筋が凍りつくかと思ったなぁ。
ほんの一瞬だけど、龍田の殺気が私に向いたんだもん。天龍を撃ったのは駆逐古鬼だけど、撃つきっかけを与えたのは私だもんね。
もし天龍が死んでたら、私はこの場で殺されてたかもしれないわ。
「鳳翔さん、艦載機はまだ出せる?」
『もう一度位なら……。ですが、次も撃墜されたら艦載機は打ち止めです』
「了解、発艦させていつでも攻撃できるようにしておいて」
『承りました』
私が鳳翔さんに指示を出し終わるのとほぼ同時に、艦載機と砲弾を撃墜し終わった駆逐古鬼が私と龍田に向き直った。
アイツは変わらず無表情、深海棲艦が汗をかくのかどうか知らないけど、汗一つかいてなかったわ。
「最悪、私ごと撃っていいから」
「わかったわぁ。骨は拾ってあげるから安心してねぇ」
全く安心出来なかったけど、私は構わず突撃した。
いくら龍田でも、たぶん一人じゃ駆逐古鬼に勝てない。だから少なくとも、駆逐古鬼が健在な内は、龍田が私ごと撃つ事はないと思ったから。
味方にまでビクビクしながら戦わなくちゃならない事に軽く絶望したわね。
だって両方、私より格上だったのよ?スペック的にも、技術的にも。
「まったく!クルクルクルクルと!目ぇ回らないの!?」
私は『トビウオ』と『水切り』を要所要所で使用して、駆逐古鬼が視線を龍田から離すよう動き回った。
いやぁ、気が気じゃなかったわ。
後ろに目でもついてるの?って言いたくなるくらい龍田の砲撃や魚雷を避けまくるし、砲撃は戦艦並とまではいかなかったけど、重巡並みの威力はあったから絶対当たりたくなかったし。まあ、致命傷にはならなかったものの、何発か被弾しちゃったけどね。
「神風ちゃん、交代して!」
いつもの間延びした喋り方をやめた龍田がそう言って、私と前衛を交代した。たしかこの時、後ろから撃たれる心配をしなくてよくなった事に少し安心したなぁ。
交代後は、龍田の援護に徹した。いや、徹したつもりだった。
前に出た龍田はほとんどゼロ距離。薙刀型の艤装の間合いで戦っていたから、迂闊に砲撃も雷撃もできなかったのよね。
うん、今思い出しても凄い光景だった。
普段は一撃で相手を戦闘不能にする龍田に二の手三の手と出させる駆逐古鬼も凄かったけど。
それよりも私は、龍田の動きに目を奪われた。
駆逐古鬼の砲撃を至近距離で躱しながら、薙刀で『装甲』を削り、駆逐古鬼が離れようとするとすかさず砲撃か雷撃。しかも龍田ったら、いつの間に練習したのか、『戦舞台』を使ってたのよ?
まあ、『脚』の展開速度を考えたらは軽巡でもギリギリ出来るんだけど、龍田が習得してるのをこの目で見た時心底驚いたわ。
しかも、私より上手かったし。
「これは……いけそうね」
龍田と駆逐古鬼の実力はほぼ互角。スペックでは駆逐古鬼に分があったけど、技術では若干龍田が勝っていた。
駆逐古鬼の攻撃は当たらなかったけど、龍田の攻撃は届いていたんだもの。
少しづつではあったけど、駆逐古鬼の体には傷跡が刻まれ、青黒い血を流していたわ。
だけど、駆逐古鬼を仕留める事はできなかった。
あと少しで龍田が勝つと思われた時、またしてもアイツが邪魔したの。最悪な方向から、最悪なタイミングで。
『龍田ぁ!オレ様の獲物を捕るんじゃねぇぇぇぇぇ!』
「天龍ちゃん!?どうして来たの!」
駆逐古鬼が体勢を崩し、龍田が後方に『トビウオ』で飛びながら魚雷を放った時、駆逐古鬼の後方から天龍が現れた。私、龍田、駆逐古鬼、天龍の順でほぼ一直線になってたわね。そのせいで、私は天龍を止める事が出来なかったし、龍田も着水前で、しかも魚雷発射直後だったから何もできなかった。
今思うと、駆逐古鬼は天龍の接近に気づいてたんでしょうね。
だからわざと大勢を崩し、龍田に魚雷を撃たせた。だって一瞬、無表情のはずの駆逐古鬼がニヤって笑った気がしたもの。
『オラァ!左目の借り、返させてもらうぜぇ!』
天龍が駆逐古鬼の後方200メートル程まで迫った時、アイツはその場でジャンプして龍田が撃った魚雷を躱し、天龍の足元に砲撃して天龍をつんのめらせた。
駆逐古鬼は『水切り』と似たような事ができるんだから、ジャンプして魚雷を躱す事も出来るとは思っていたけど、まさか演技までするとは思わなかったわ。
「天龍ちゃん避けて!」
駆逐古鬼が躱した魚雷が天龍に迫っていた。
だけど天龍は、直前に体勢を崩されてたせいで回避なんて出来そうになかった。私はその光景を見て、天龍の死を覚悟した。だけど龍田は、龍田だけは諦めなかった……。
「やめ……やめなさい!龍田!」
着水と同時に、『トビウオ』で加速しながら自分が撃った魚雷を砲撃で撃ち抜いた龍田を、あの時はなぜ止めようと思ったのか自分でもわからなかった。
たぶん、私は駆逐古鬼の目的をなんとなく察してたんだと思う。
アイツは会敵した時から龍田だけを見ていた。きっと、龍田を殺す事だけ考えてた。龍田以外の私達4人は龍田を仕留めるために利用されてたの。最初からね。
特に、天龍の利用されっぷりは酷かったわ……。
龍田は、砲撃で牽制しながら天龍と駆逐古鬼の間に入ろうとしていた。だけどアイツは、そんな龍田をあざ笑うかのように、天龍へ向けて魚雷を放った。
「理解できない。そんな事して、何になるのさ」
幼さが残る声が静かに響いた。
それが駆逐古鬼が発した声だと気づいたのは、天龍に迫る魚雷に龍田が身を晒した後だった。
どうして砲で魚雷を撃たなかったの?とも思ったけど、駆逐古鬼は龍田の砲の装填中を狙って魚雷を放ってたのね。だから天龍を守るために、龍田はその身を盾にするしかなかった。
そうするしかなかったから、天龍に迫る魚雷に『トビウオ』を使って飛び込んで行ったわ。
行った先に待つ死など、まるで恐れず。
それどころか、私の目には、まるで龍田が喜んでるように見えたっけ。
『龍……田……。嘘だろ……?おい!龍田!なんで、なんで足がねぇんだよ!』
ズドーンだったか、ドッカーンだったか忘れたけど、そんな感じの音が響いて龍田は爆炎に包まれ、海面を天龍の方へ転がって行った。上半身だけになって……。
「長門!長門来てぇ!」
私は通信でそれだけ言って、天龍と龍田に追撃を加えようとしていた駆逐古鬼に突撃した。
龍田の仇を討つ、そんな事は微塵も考えてなかったなぁ。その時の私の頭には、駆逐古鬼の目を天龍達から離す。それだけしかなかった。
駆逐古鬼を倒す事を考えれば、助かる見込みのない龍田と、艦隊の足を引っ張る事しかしない天龍なんか放っといてこちらに向かってる艦隊と合流した方が良かったのにね。
『神風ぇ……龍田がぁ……。龍田の足がねぇんだよぉ……。がみがぜぇぇぇ!』
「うるさい!泣いてる暇があったら、龍田を抱えて長門と合流しなさい!早く!」
天龍の泣き声が癇に障ってしょうがなかった。
誰のせいでこんな事になった。誰のせいで龍田の下半身が吹っ飛んだ。誰のせいで、こんな化け物と私がタイマン張る羽目になったんだって、通信から天龍の声が聞こえてくるたびに思ってたっけ。
「鳳翔さん!私ごとでいい!」
その一言で、頭上を旋回していた艦載機が降下を始めた。
私は『戦舞台』で、爆弾が落ちて来るギリギリまで粘ったわ。私ごとで良いとは言ったけど、こんな奴と心中する気はサラサラなかったからね。
「だからさ、そんな事して何になるのさ」
「うっさい!大人しくこれで死ね、化け物!」
爆弾の投下に合わせて後方へ『トビウオ』。と同時に魚雷を2発発射した。
駆逐古鬼の武装は左手に集中してたから、迎撃できるのは
私は見事と言うより、綺麗って思っちゃった。
まるでバレリーナのように舞いながら艦載機を撃墜していく様は、舞台上で舞うプリマのように見えたもの。
「どおぉりゃあぁぁぁ!」
そんな駆逐古鬼に一瞬だけ見惚れたものの。男みたいな雄たけびを上げて、私は飛び上がった駆逐古鬼の『装甲』に『トビウオ』で体当たりした。
車で人を撥ねたらあんな感じなのかしら。直接体が触れた訳じゃないのに、何かが当たった感触を体に感じたわ。
「これで……どうだぁぁぁ!」
私は海面を転げる駆逐古鬼に砲撃を加えつつ、残り二発の魚雷もぶち込んだ。
仕留めるまではいかなくても、中破くらいまでは追い込めたと思ったわ。直撃したって手ごたえがあったし。
「うわぁ……嘘でしょ?いいとこ小破じゃない……」
いやぁ絶望した。本っ当に絶望した。
のそりと立ち上がった駆逐古鬼は、体のあちこちが焦げてたけど大したダメージを負ってるように見えなかった。ピンピンしてるって言ってもいいくらいに。
対する私は、『トビウオ』と『水切り』を多用しすぎて体力も燃料も切れる寸前、足なんてガクガクしてたわ。弾薬がまだ残ってたのがせめてもの救いだったかな。
もっとも、弾薬が残ってたところで、当てれる気なんて全くしなかったけどね。
あ~、私死んじゃうんだ。天龍なんて見捨てて逃げればよかったって、立ち尽くす私に砲を向ける駆逐古鬼を見ながら思ったっけ。
「でも死なんかったんじゃろ?」
「そりゃそうよ、じゃないと私はここに居ないわ」
駆逐古鬼が私を撃つ直前、戦域に到着した艦隊からの砲撃が駆逐古鬼を襲った。
さすがに危険と判断したのか、奴はあっさりと撤退して行った。拍子抜けしちゃうほどあっさりとね。捨て台詞さえ言わなかったわ。
その後、駆逐古鬼を追撃して行った艦隊と交代するように後退した私は、鳳翔さん達と合流した。
アイツとの戦闘より、合流してからの方が精神的にきつかったな……。
「龍田……」
長門に支えられた龍田は、ヒュー……ヒューと途切れ途切れに息をして今にも死にそうだったけど、まだ生きていた。臍から下を丸ごと吹き飛ばされて、零れた腸が海面に漂ってるのに、まだ死ねないでいた。
「だづだぁだづだぁぁぁ……」
って言いながら、天龍は龍田の手を握って泣いてたわ。
長門と鳳翔さんも、声を殺して泣いていた。
私が薄情なだけかもしれないけど、泣いてる暇があるんなら、遺言聞いてさっさ殺してやれって思ったっけ。
「鳳翔さん……天龍を連れて、先にブルネイに戻って」
「わ、わかりました……。ほら、天龍さん、立ってください。戻りますよ」
私が何をしようとしてるか察した鳳翔さんは、一瞬ハッとした顔になったけど、すぐに納得して天龍を半ば力づくで立たせてブルネイに向かい始めた。
「い、嫌だ!なんで龍田を置いてくんだよ!おい神風!お前龍田に何する気だ!」
「長門、アンタも戻っていいわ。龍田は私が連れて帰るから……」
「無視すんなよ!なぁ、龍田をどうする気だよぉ……。なあ神風ぇ!龍田に何かしたら許さねぇぞ!絶対許さねぇからな!聞いてんのか!」
さすがに天龍でも、私がしようとしてる事に察しがついたみたいだった。
必死に鳳翔さんを振りほどこうとしてたみたいだけど、意外と腕力がある鳳翔さんに引きづられて徐々に遠ざかって行ったわ。
「長門、さっきも言ったでしょ、アンタも……」
「戻らない、私も見届けるよ……。お前だけに背負わせない」
長門は涙ながらに首を振り、先に戻る事を拒んだ。
正直言うと、私が人を殺すところを見られたくはなかったんだけど、この時は少し救われた気持ちになったな。
「龍田、これ借りるわね。傷跡は最小限で済ますから……」
私は、龍田が握っていた薙刀を手に取り、龍田の胸元に狙いを定めた。
龍田をこれ以上苦しませないために。龍田を少しでも楽にしてやるために。
「遺言があったら聞くわよ?」
私がそう言うと、龍田は生気がほぼ感じられない瞳を私に向け、うっすらと微笑んでゆっくりと語り始めた。
「天龍ちゃんを…お姉ちゃんを、おね…がいねぇ……。きっと……泣いちゃうから……」
「うん、わかった……」
「私がぁ…全部盗っちゃったんだぁ……。私さえいなければ……お姉ちゃんは幸せだったのに……。けど…お姉ちゃんのために死ねるんだぁ……良かったぁ……。それだけで、私は満足だわぁ……」
それだけ言って、龍田はゆっくりと瞼を閉じた。
私はそれを合図に、龍田の胸に薙刀を突き立てたわ。できるだけ痛い思いをしないように、一息に。
龍田の胸を貫いた感触を手の平に感じながら、私は龍田が言った言葉の意味を考えてた。何を盗ったんだろう、なんで龍田が居なかったら、天龍が幸せになれたんだろうって。
龍田が言ってたのが才能の事だと気づいたのは、薙刀を引き抜いた後だったかな。
双子なのに、天龍と龍田の才能の差は激しかったもの。きっと龍田は、天龍から才能と言う名のギフトを奪ったのは自分だと思ってたんでしょうね……。
だから戦闘で、天龍が良い気分が味わえるように務めた。天龍が、自分は天才だと思い込めるように動いた。天龍が増長して、誰かを巻き添えにする事になるとわかっていながら。
「やり方が歪んでるのよ……。バカ……」
そうし続けた結果がこれよ。
結局、天龍の代わりに死んじゃったんだから。
そりゃ、龍田は天龍の代わりに死ねて満足だったかももしれない。もしかしたら天龍の代わりに死ぬ事が、龍田の望みだったのかもしれない。
だけど、残される方はたまったもんじゃないわ。
一人だけ満足して死んじゃってさ。ズルいわ……。
「私達も戻りましょう。動ける?」
「ああ、大丈夫だ……。大丈夫……」
龍田を抱える長門は、とても大丈夫そうには見えなかった。顔は涙と鼻水でグチャグチャ、顔色も真っ青だったわ。今にも吐くんじゃないかと思っちゃうくらい。
「ねえ、お父さん。私ってさ、薄情なのかな……」
「なんでそう思う?」
「なんでってそりゃあ……」
あの時、私は涙一つ流さなかったのよ?
ブルネイに戻ってからも、龍田の遺体に縋り付いて泣く天龍や、その周りで龍田の死を悲しむ子達を尻目に、龍田をトドメを刺した薙刀を見ながらずっと考えてたもん。
これでどうやったら駆逐古鬼を斬れるかなって。どうやったら駆逐古鬼倒せるかなって、そればかり考えてた。
「それは、代償行動っちゅうやつじゃろ」
「代償行動?」
「ああ、欲求が満たされん時に、別の事を達成して欲求を満たそうとする行為なんじゃが……。そうじゃの、例えば、勉強が苦手じゃけぇスポーツに打ち込むとか、本命の大学に受かりそうにないけぇ別の大学で満足するとか。そんな感じじゃ」
「テスト勉強中に掃除を始めるみたいな?」
テスト勉強なんかした事なんてないから、なんで勉強中にそうなるのか全然わかんないけど。
「そりゃセルフハンディキャッピングじゃの。まあ、似たようなもんじゃが。お前は泣くことを無意識に拒んだ、自分に泣く資格はないと思ったのかもしれん。じゃけぇ、泣きたいという欲求を、駆逐古鬼を倒す方法を考える事で満たそうとしたんじゃろう」
「現実逃避みたいなもん?」
「そう言うたら身も蓋もないが……。まあ、似たようなもんじゃの」
ふ~んって言いながら、私はお父さんの左側に移動して腰を下ろし、膝を抱えた。
そういう御託はどうでもいいの。私はただ、お父さんに『お前は薄情なんかじゃない』って言って欲しかっただけなんだから。
「撫でて……」
お父さんの顔を見ずに、若干ぶっきらぼうにそう言うと、お父さんは『やれやれ』って感じで頭を撫でてくれた。やっぱり落ち着くなぁ。
身長が伸びちゃったから、膝の上に座りにくくなっちゃったけど。昔から私は、何か辛い事があるとお父さんに頭を撫でてとねだった。
どんなに辛い目に遭っても、頭を撫でられてる間は忘れる事が出来たから……。
「甘えたいなら素直に甘えろ。人目を気にする必要なんぞなかろうが」
「べつに、甘えたいわけじゃないもん……」
「嘘つけ」
はい、嘘でーす。
昔の事を話したら、あの時の気持ちが蘇っちゃったの。あの時、罪悪感から泣くことが出来なかった時の気持ちが……。
「お前は薄情なんかじゃない。お前は優しい子だ……」
「うん……知ってる……。知ってる……」
私は、泣いてるのを見られないように、膝に顔を埋めた。
気づかれてるのなんてわかってたけど、なんとなく見られたくないって思ったんだ。
お父さんのゴツゴツした手の平の感触を後頭部に感じながら、私はあの後の事を思い出していた。
シーレーンを奪還し終わって、横須賀鎮守府に戻った途端に訪れた修羅場を。
龍田に引導を渡した時より辛かった、横須賀に帰ってからの事を。