艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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神風激突3

 ここに来ると、昔の自分の愚かさを再認識してしまう。

 私のせいで死んでしまった。いや、私が殺してしまった妹の墓の前に来る度、昔の自分を殺したくなる。

 

 「よし、綺麗になった」

 

 霊園の片隅にある、辰見家の墓の掃除を終えて、私は一息ついて墓を見つめた。

 大多数の艦娘、特に駆逐艦の子達は、戦死しても墓に入る事が少ない。

 遺体が残らないってのもあるけど、戦災孤児がほとんどと言っていい駆逐艦は、自分が入れる墓がある事さえ知らない子が大半を占める。

 そんな子達は、鎮守府にある慰霊碑に本名が刻まれるだけだ。

 

 「それだけでも、私達は恵まれてるね……」

 

 墓の裏に回り、刻まれた妹の名を指でなぞって、私は自分たちが恵まれていることを改めて実感する。

 入れる墓があるだけじゃない。

 そもそも、私と妹は艦娘になる必要なんてなかった。家も両親も健在だし、食うにも困らなかったもの。

 

 「私が艦娘になろうって言い出さなければ……貴女は今頃、どんな大人になってたのかしら」

 

 結婚してたかな。それとも、キャリアウーマンになってたかな。美人でなんでも出来る子だったから、きっとなんにでもなれたわよね。

 

 「今日はね。報告があって来たんだ。なんだと思う?」

 

 再び墓の表に戻り、線香に火を付けながら答えが返ってこない質問を投げかける。

 そう言えば、航空戦艦の妹の方に『線香と言えば瑞雲だ』って薦められたから買ってみたけど、想像より高かったわね。普通に万超えてたし……。

 その分立派な箱で、香りも確かに良いんだけど……。

 線香買って、財布の中身が空になるとは思わなかった……余った分どうしよ……。

 

 「神風が……。あ、今は艦娘辞めて桜子って名乗ってるんだけど。あの子がね、明日結婚式を挙げるの」

 

 気を取り直して、私は妹に桜子が挙式する事を伝えた。

 しかも相手はあのモヒカン。今はスキンヘッドになって海坊主って呼ばれてるけど、あの二人がくっつくとは夢にも思わなかった。

 

 「けどね、籍はとっくに入れてたんだって!事後報告よ事後報告!薄情だと思わない!?」

 

 まあそれでも、長門なんて感極まってワンワン泣いてたし、私も散々夜の営みについてツッコミまくって楽しんだから水に流すけどね。

 鳳翔さんは……。

 うん、鳳翔さんはいいや。出来るだけ長門に押しつけるようにしないと、下手したら男を狩ってこいと言われかねない。

 

 「貴女が知ってたら反対した?」

 

 呉に居た頃から、貴女は桜子を目にかけてたもんね。部屋でいつも桜子の事話してたし。 

 『先生が迎えに来るまで待つ』って意地を張るあの子を横須賀に来させるために、提督と先代の朝潮のツーショット写真を送りつけたりしてさ。 

 

 「きっと、妹みたいに思ってたんでしょうね」

 

 私以外の人間に興味がなかった貴女が唯一認めた相手。貴女が唯一、一緒に居てもいいと思った相手。

 もう、8年前になるかな。いつもは私に抱きついて寝る貴女が、神風に抱きつかれて寝てるのを見た時はビックリしたわ。

 胸元がはだけてたのが少し気になるけど……。あ、そう言えばあの晩、長門が何か言ってたわね。なんだったっけ……。

 ん~思い出せない。と言うか、思い出しちゃいけない気がする。

 まあいいか、思い出せないって事は思い出さなくても良い事よね。きっと。

 代わりに脳裏を過ぎったのは、横須賀に帰ってから私がした事……。

 

 「貴女が死んだ後、桜子に酷い事しちゃったのよね……。」

 

 今思い出しても最低だ。自分がやった事を思い出すだけで胸くそ悪くなる。

 今から8年前。横須賀に帰って妹の埋葬まで済ませた私は、仲が良かった軽巡や駆逐艦に『神風が足を引っ張った!』だの『神風が、助かるはずだった龍田を殺した!』とか、終いには『神風が敵を手引きした!』なんて大嘘を吹聴した。

 私の嘘は、一日と経たずに鎮守府中に広まったわ。

 軽巡連中に良く思われてなかったせいで、軽巡旗下の駆逐艦まであの子の敵に回った。

 艦娘達の桜子への仕打ちは、呉に居た頃より酷かったんじゃないかな。

 

 「でも桜子は、イジメなんかに屈しなかった……」

 

 あからさまに悪口を言われても、石を投げられても、あの子は常に堂々としていた。

 堂々と訓練に参加し、戦闘もこなし、それが終われば自主訓練に励んでいた。

 そりゃそうよね。あの子は悪い事なんて何もしてない。悪いのは私。妹の死のきっかけを作った私だったんだから。

 

 「そう言えば、あの子がそんな状況だったのに、提督は全くと言って良いほど口を挟んで来なかったわね……」

 

 提督の代わりに、先代の朝潮が注意したりはしてたけど……。立場上、表立って味方できなかった?それとも桜子が止めてたのかしら。

 ん~どっちもありそうだなぁ……。

 

 「よう人殺し。血まみれの手で食う飯は美味いか?」

 

 イジメを意にも介さないあの子に業を煮やした私は、食堂で昼食を食べていたあの子に絡んだ。

 虫でも見る様な目で見られたっけ。

 軽巡や駆逐艦たちをけしかけたのが私だって事は先刻承知だったみたい。

 

 「美味しいわよ。アンタも早く食べたら?」

 

 そう言って、私の嫌味などどこ吹く風って感じで、あの子は食事に戻った。

 たった一言で負けた気がした。

 コイツは私の事なんて何とも思ってない。コイツは私なんて路傍の石ほども思ってない。コイツにとって私は空気以下。そう思った時、私はどうしようもない敗北感に襲われた。

 黙々と食事を続けてるだけのあの子に、私は完膚なきまでに負かされた。いや、勝ち負けなんて関係ないか。

 だって私と桜子じゃ勝負にすらなってなかったんだから。

 

 「片や、艦娘が正式に運用される前から戦い続けて来た古豪。対する私は自意識過剰のバカ。同じ土俵にすら上がれてなかったわね……」

 

 今ほど物わかりが良くなかった私は、人目も気にせず思いつく限りの罵声をあの子に浴びせかけた。

 バカに始まり、人殺し、足手纏い、裏切り者等々、子供の口喧嘩の方がマシなんじゃないかって思えるほど、無様にあの子を罵った。

 全部ブーメランじゃんって、心の内で思いながら。

 そして私は、言ってはならない一言を口にした。

 私の罵声をBGM代わりにして食事出来るほど、図太い神経のあの子が激怒する一言を。

 

 「テメェが贔屓されてんのも、提督に体で媚び売ってるからだろ!」

 

 たしかにそういう噂はあった。

 あの子が養女として提督の部屋で寝起きしてるのは周知だったけど、その周知の事実が良からぬ噂を生んでいた。

 『神風は提督の愛玩人形』とか、『神風が何をしても罰を受けないのは提督の愛妾だから』とか。まあこんな感じで、性的な事をして提督に取り入ってると噂されていた。

 今も提督がロリコンとして知られてるのは、朝潮との関係がどうとかより、この頃の噂が今だに尾を引いてるんだと思う。

 

 「軽く2~3メートルは飛ばされたんじゃないかなぁ……」

 

 ありのまま、その時私の身に起こった事を話すわね。

 私は神風の目の前であの子を罵倒していたはずなのに、気がついたら床の上で仰向けになっていた。

 何を言ってるかわからないと思うけど、私も何をされたのかすぐに理解できなかったわ。

 頭は完全にポルナレフ状態、背中と左頬に鈍痛、催眠術とか超スピードとかそんな凄い物じゃないわよ?

 私は単に、あの子に殴り飛ばされていただけだったんだから。

 

 「離せ!離してよ長門!あのクソ野郎!ぶっ殺してやる!」

 

 声がした方を見ると、鬼のような形相をした神風を長門が羽交い締めにしていた。

 神風に怒られた事は何度もあったけど、あそこまで怒りに満ちた表情の神風を見たのはあれが初めてだった。

 

 「ダメだ!ただの殴り合いなら止めない!だがお前、本気で殺すつもりだろう!」

 

 「当たり前よ!アイツは先生を侮辱したのよ!?許せるわけないでしょ!死んで後悔させてやるんだから!」

 

 情けないことに、神風に血走った目で睨まれただけで私は失禁して震え上がった。

 本当にで殺されると思ったもんなぁ……。いつの間にか来ていた長門が止めてくれなきゃ、きっと私は殴り殺されていたでしょうし。

 

 「先生を侮辱した……か。そんなつもりはなかったんだけどな……」

 

 あの子は、自分がどれだけ悪く言われようと意に介さなかったのに、自分を通して提督が侮辱された途端に牙を剥いた。私は見事に、あの子の逆鱗に触れた訳だ。

 長門が力づくで神風を食堂から連れ出してくれたおかげでその場は収まり、周りに居た軽巡や駆逐艦たちが必死に慰めてくれたけど、私の胸中は穏やかとは程遠かったわ。 

 どうしようもない敗北感と、人前で無様に失禁して震えた事で、私の羞恥心メーターは振り切ってたもの。

 

 「それでも懲りずに、またケンカを売ったっけ」

 

 あの子に殴り飛ばされた数日後。どうしても負けを認められなかった私は、艤装を背負って素振りをしていたあの子にケンカを売りに行った。

 どうしてあの子が素振りなんかをしてたかと言うと、日本刀に『弾』を纏わせる練習をしてたんだって。

 

 「そんな物振り回して人殺しの練習か?今度は誰を殺すつもりだよ」

 

 「殺して欲しいならそう言いなさい。スパッとやってあげるから」

 

 私の精一杯の挑発も意味はなかった。

 逆に、返って来たあの子の挑発で私は後ずさっちゃったわ。

 

 「や、やってみろよ……龍田みたいに殺してみろよ!」

 

 私は虚勢を張ってあの子に近づき、胸倉を掴んでそう言った。

 もっとも、それ以上は出来なかったんだけどね

 あの子は冷めた瞳で私を見てるだけなのに、私はその瞳に怯えて、それ以上口を開くことも出来なかったんだから。

 

 「龍田みたいに殺せ?無理言わないでよ。アンタ今、満足して死ねるの?」

 

 あの子の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

 満足して死ねるか?そりゃ無理だ。だって満足なんてしてないもの。悔しさと後悔でいっぱいだもの。

 今死んだら、未練を残して死ぬ事は確実だもの。

 

 「龍田は満足して死んでいったわ。アンタの代わりに死ねて幸せだって言ってた」

 

 「は、はぁ?なんだよそれ……。なんでオレの代わりに死ぬのが幸せなんだよ!」

 

 「私が知る訳ないでしょ?だって私には理解出来ないもの。アンタみたいなクズの代わりに死ぬなんてまっぴらだからね」

 

 まったくその通りだと思うわ。

 私だって、当時の自分のために死のうなんて絶対に思わない。むしろお前が死ねってなるでしょうね。

 

 「それでも死にたいなら殺してあげる。ただし、楽に死ねるなんて思うんじゃないわよ。私、一度アンタを泣くまで殴ってやりたかったんだから!」

 

 そう言い終わると同時に、あの子の拳が鳩尾にめり込んだ。

 いやぁ、痛いと言うより苦しかったなぁ。

 私はあの子の胸倉を掴んでた手を放し、両手で鳩尾を押さえてうずくまろうとしたけど、あの子はそれを許さなかった。

  

 「ま、待っ……」

 

 私はあまりの苦しさに待ったをかけようとした。塞がってない右目に、あの子が右手を振りかぶるのが見えてたからね。

 まあ結局、言い切る前に左頬を殴られたけど。

 

 「情けない。たった二発で降参?」

 

 そう言いながら、あの子は倒れた私に馬乗りになった。

 殴られるって思った私は、両手で顔をガードしたわ。

 

 「どうしたのよ、ちょっとは反撃してきなさいよ!」

 

 案の定、あの子はガードの上からお構いなしに殴りつけて来た。

 少し違うか、ガードしている腕だけを殴って来たっていう方が正しいわね。私のガードなんて、あの子にとっては無いのと大差なかったはずだし。

 

 「ムカつく、ムカつく、ムカつく!アンタを見てるとホントムカつく!実力もないクセに粋がって!いっつも私たちの邪魔ばかりして!アンタのせいで何回死にかけたと思ってるのよ!」

 

 私を殴る回数が増えるのに比例して、あの子の口数も増えて行った。

 自分に実力が無いのなんてわかってた。邪魔をしてるのもわかってた。だけど姉らしくありたかったのよ。龍田の姉として振る舞いたかったのよ。

 妹の才能に嫉妬してたクセに。妹との才能の差を認めたくなくて訓練すらまともにしなかったクセに、それでもあの子の姉でありかったのよ。

 

 「なに一人で不幸ぶってるのよ。悲劇のヒロインでも気取ってるつもり?龍田が死んで、悲しんでるのが自分一人だとでも思ってるの!?」

 

 「た、龍田はオレの妹だ!オレが一番悲しむのは当然だろ!」

 

 「その妹を身代わりに死なせたのは何処のどいつよ!」

 

 神風の拳が、ガードの隙間を抜けて私の鼻に突き刺さった。

 痛かったなぁ……鼻の骨は折れるし鼻血はドバドバ出るし……。だけど拳以上に突き刺さったのは、ガードの隙間から見えた神風の涙だった。

 どんなに悪口を言われても、どれだけ嫌がらせをされても涙を流さなかった神風の瞳に浮かんだ涙が、私の心にまるで刃物のように突き刺さった。

 

 「アンタがあの時来なきゃ、龍田は被雷しなくて済んだのに!私も龍田を殺さなくて済んだのに!」

 

 そこで初めて、私は自分がしでかした事を後悔した。

 私が行かなきゃ龍田は被雷しなくて済んだ?ええその通りよ。

 私が行かなきゃ、あの子は被雷せずに済んだ。私が行かなきゃ、神風に辛い思いをさせなくて済んだ……。

 

 死から逃れられない仲間に引導を渡すって、いったいどんな気分なんだろう。

 気持ちが良い事じゃないのは確かね。

 寝食を共にした仲間をその手にかけるんだ、きっと、自分が死ぬより辛いんじゃないかな……。

 その辛い役目を、私は神風にさせてしまった。

 私より幼いあの子に、私は一番つらい役目をさせてしまった。

 

 「ごめ…ごめん神風……。ごめんね……」

 

 私を殴る拳は、いつの間にか止まっていた。

 代わりに、私に降り注いでいたのは神風の涙。あの神風が、私の上で顔をくしゃくしゃにして泣いているのを見た時、謝罪の言葉が自然に口を突いて出た。

 

 「いっつも勝手な事ばっかりして!」

 

 「うん……ごめん……」

 

 「アンタ、自分がどんだけ弱いかわかってんの!?アンタなんて、龍田が居なきゃとっくの昔にくたばってるんだから!」

 

 「うん、知ってる……」

 

 あの子が言葉を紡ぐたび、私の胸中を罪悪感が支配していった。

 だけど同時に、こんなに私の事を気にかけてくれてたんだって、少しだけ嬉しくもなった。

 

 「何度も何度も何度も何度も!戦死に見せかけて殺してやろうと思ったんだから!」

 

 「あ、それは全然気づかなかった……」

 

 うん、これは本当に気づいてなかった。

 まさか、殺したいほど邪魔に思われてるとは思ってなかったもんなぁ……。

 ちょっとだけ、背筋が寒くなったのを覚えてるわ。

 

 「左目……。治しなさいよ……」

 

 「もう遅いさ、傷自体は完全に塞がっちまったから……」

 

 傷が塞がりきる前なら、高速修復材で左目を治すことも出来た。潰されはしたけど、眼球自体は失ってなかったからね。

 けど、なぜか直す気になれなかったんだ……。

 

 「まさか、隻眼の方がカッコいいだろとか、バカな事言わないわよね?」

 

 「い、言うわけないだろ!これはその……戒めだよ戒め!」

 

 はい、嘘です。

 実はちょっとだけ、本当にちょっとだけカッコいいんじゃないかとか考えてました。実際、この頃には眼帯をしてたし。

 まあ、戒めのために治さなかったのも本当なんだけどね。

 

 「なあ、なんでお前はそんなに強いんだ?」

 

 私の上から降りて、すぐ横で体育座りしたあの子にそう聞いてみた。

 私より小さい体のクセに、私より心も体も強い秘密がふと気になった。秘密なんて、なかったんだけどね。

 

 「強くなんてないわ。私はただ、死にたくないだけよ」

 

 「提督の元に、帰るためか?」

 

 「それもあるけど……。死ぬのって嫌じゃない?」

 

 そりゃ嫌だけど……。

 なんて言うか、意外に思ったな。あの子は、大義とか目的のためなら平気で命を投げ出すタイプの人間だと思ってたから。

 それに、『死にたくない』と言った時、一瞬だけバツが悪そうにしたのが気になった。

 もしかしたらあの子も、何かを諦めていたのかもしれないわね。私が龍田に追いつくための努力を諦めたように……。

 

 「なあ、オレに『トビウオ』を教えてくれよ」

 

 「やだ。だいたい、アンタは『トビウオ』以前に基本を訓練しなさい。マシになったらまあ……考えてあげなくもないわ」

 

 「厳しいねぇ……。龍田とは大違いだ……」

 

 「覚悟しときなさい。もう龍田は居ないんだから、遠慮なくアンタをぶん殴るわよ」

 

 「おお怖い。肝に銘じとくよ」

 

 あんなに酷い事をしたのに、あの子は私を見捨てなかった。

 見捨ててもらった方がよかったって、後に少し後悔したこともあったけどね。だってあの子、本当に遠慮なくぶん殴ってくるようになったんだもの。

 おかげで、インパクトの瞬間に打点をずらす方法だけは上手くなったわ。

 

 「さてっと、じゃあオレは鼻治してもらって土下座して回るわ」

 

 「土下座?なんでよ」

 

 「なんでって……。有る事無い事言いふらしちまったからな。あれは嘘だって謝って回るんだよ」

 

 お尻についた砂を払いながらそう言うと、あの子は心底不思議そうに聞き返して来た。

 そんなに変な事を言った覚えはないんだけどなぁ。

 

 「別に、そんな事しなくてもいいわ」

 

 「いや、そう言う訳にゃいかねぇだろ」

 

 「どうせ『脅されたの?』とか『あの子が提督に泣きついたんでしょ』とか言われて余計状況が悪くなるだけよ。だから、そんな事しなくていい」

 

 確かにあり得る話ではあった。

 あの子は普段の行いのせいもあって、長門や鳳翔さん以外の艦娘から目の敵に近い扱いを受けてたから。

 当時のあの子は、満潮……今は円満か、の『激辛フレンチクルーラー』なんて異名が霞むくらい酷い忌み名がつけられていた。

 その名も『噛み風』。

 近づいただけで噛みつかれそうって感じで名付けられたらしいわ。実際、文字通り噛みついたりしてたしね。

 まあ、読みは『かみかぜ』のままだから、面と向かって言われたところで、当の本人はそんな当て字がされてるなんて気づかなかったでしょうけど。

 

 「まあ、誰彼構わず噛みついてたから、妥当と言えば妥当か」

 

 いつ作るかは知らないけど、生まれて来る子供が今から心配ね。

 当時のあの子みたいな性格にならなきゃいいけど。

 

 「さて、そろそろ帰ろうかな」

 

 今晩は飲む約束をしてるから、そろそろ出ないと間に合わなくなっちゃう。

 桜子は時間に厳しいからね。5分遅刻しただけで鬼のように怒るし。

 

 「じゃあね。また来るわ」

 

 妹が眠る墓に別れを告げ、背を向けて歩き出そうとした時、後ろに気配を感じた気がした。

 誰もいるはずがないのに。私の後ろには墓しかないのに。懐かしい気配を背中に感じた。

 

 (お姉ちゃんは、今幸せ?)

 

 聞こえるはずのない声が聞こえた。

 もう一度聞きたかった声が聞こえた。

 大嫌いだった声が聞こえた。

 だけど、同じくらい大好きだった声が聞こえた。

 もう居ないはずの妹の声が聞こえた。

 

 「どうかな……。毎日楽しいけど、何か足りない気がしてる……」

 

 私は振り向かずに答えた。

 振り向いてしまうと、声の主が消えてしまいそうな気がしたから。

 

 (何が、足りないの?)

 

 「何が……か。そんなの、わかってるでしょ?」

 

 貴女がいない。

 生まれてから17年間、ずっと私の傍にいた貴女が足りない……。

 私の大切な妹。私の半身。

 貴女が死んでからの8年間、私は体の半分を失ったかのような喪失感を味わい続けている。

 貴女が隣に居ない人生なんて、あの頃は夢にも思ったことがなかったわね。

 

 (でも、お姉ちゃんは一人じゃないよ)

 

 「うん……わかってる。私は一人じゃない」

 

 私には桜子がいる。

 長門も鳳翔さんもいる。

 叢雲もいる。

 円満もいる。

 提督も、朝潮も、少佐や由良だって私の隣にいてくれる。

 こんな私の隣にいてくれる人がいっぱいいる。

 

 「私は、幸せ者だね……」

 

 (そうよぉ?お姉ちゃんは幸せなんだからぁ♪)

 

 ええ、私は幸せだわ。

 いや、私は幸せじゃなきゃいけないんだ。

 貴女が得るはずだった幸せを私が奪っちゃったんだから、私は貴女の分まで幸せにならなきゃいけないんだよね。

 

 墓を振り返ると、それっきり声は聞こえなくなった。

 聞こえるのはセミの鳴き声と、風に揺れる木々の葉音だけ。

 幻聴だったのかなとも思ったけど、こういう幻聴なら大歓迎ね。だって、例え一時でも、貴女の声を聴くことができるんだから。

 

 「さぁって!叢雲にお土産でも買って帰ろうかな!」

 

 仕事押し付けちゃったからなぁ。一応、円満と朝潮にお願いして来たけど、きっと文句言いながら書類と格闘してるわ。

 甘い物でも買って帰って、ご機嫌とっておかなくちゃ。

 

 「あ、その前にお金下ろさなきゃ……」

 

 線香を買ったせいで、財布が空なのをすっかり忘れてた……。

 まったく、線香のくせに高すぎるのよ。

 そうだ、余った分は航空戦艦姉妹に買い取らせよう。うん、そうしよう。なんて言ったっけ、瑞雲教だっけ?の布教活動に使ってるらしいし。

 

 「あれ?夕立かな?でも雲はないし……そもそも、まだ昼だし」

 

 雲もないのに、シトシトと小雨が降り始めた。

 狐の嫁入りかな?

 まったく、鎮守府でも降ってないでしょうね?嫁入りを連想して、また鳳翔さんが面倒くさくなってなきゃいいけど……。

 けど、こういうのもたまにはいいか……。

 

 「(ちまた)に雨の降るごとく、われの心に涙ふる。だっけ」

 

 ランボーだったかヴェルレーヌだったか忘れたけど、そんな詩があったわね。今度、少佐に聞いてみよう。顔に似合わず、そういうのに詳しいし。

 

 私は、雨に濡れるのも構わずに歩き続けた。

 空が私の代わりに泣いてくれてる気がしたし、それに幼い頃、妹と手を繋いで雨の中を歩いた日の事を思い出したから。

 

 「あっめあっめ降っれ降っれ母さんが~♪じゃっのめでおっ迎えう~れし~な~♪」 

 

 私は年甲斐もなく、あの日二人で口ずさんだ歌を歌い、目の前に現れた過去の私達の幻を見ながら、懐かしさに瞳が潤むのを雨のせいにして私は歩いた。

 

 過ぎ去ったの妹との日々に、思いを馳せて……。

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