艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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神風激突4

 私はアイツが嫌いだった。

 クソ真面目で規則にうるさく、融通も利かない。

 それだけならまあいい。鎮守府は軍の施設だもの、規則にうるさいのは納得してあげてたわ。

 

 私がアイツを嫌ってた主な理由は、アイツがお父さんのお気に入りだったから。

 最初は、お母さんや娘さんに見た目の雰囲気が似てるからだと思ってたのに、日が経つにつれて、お父さんはコイツの事が好きなんじゃないかと思うようになったから。

 

 私が呉で寂しい想いをしてる隙に、横から現れて私のお父さんを盗った憎い奴。

 当時の私は、先代の朝潮を完全に敵視していた。

 

 「アイツ、何してんの?」

 

 いつものように、軽巡や駆逐艦共の嫌がらせを華麗にスルーした私が、艤装と日本刀を持ち出して刀身に『弾』を纏わせる練習をしようと浜に来たら、体育座りして海をボケーッと見つめている朝潮を見つけた。

 

 「今日はやめようかなぁ……。また嫌味言われそうだし」

 

 私が踵を返して引き返そうとした時、朝潮が動く気配を背中に感じた。

 内心『ちっ、気づかれたか』って感じで舌打ちしてたわ。

 

 「あ、あの……」

 

 「あらぁ~朝潮じゃなぁい♪何か用?」

 

 後ろから声をかけられた私は、猫なで声で発した台詞とは裏腹に、顔一杯に不愉快を浮かべて朝潮に振り返った。我ながら器用なモノだと思ったっけ。

 いつもなら『顔が引きつってますが、何かあったんですか?』とか心底不思議そうに聞き返してくるのに、この時の朝潮は妙にオドオドしていた。

 怯えていたって言ってもいいくらいに。

 

 「そ、その……。神風さんにお願いが……」

 

 「断る。アンタに教えてやる義理なんてない」

 

 何を驚いてるの?アンタのお願いなんて簡単に想像がつくわ。どうせ『トビウオ』を教えてくれって言うつもりだったんでしょ?

 『シーレーン奪還作戦』で、初代大潮が戦死したのは耳に入ってたし、それを気にして落ち込んでるのもお父さんに聞いて知ってた。

 それで少しでも強くなりたくて『トビウオ』を教わりたかったんでしょ?

 でもお生憎様、私は嫌いな相手に手取り足取り教えてやるほど人間が出来てないの。

 

 「って思ってたのに結局教えてあげるんだから、私ってやっぱ人間が出来てるわぁ」

 

 「教えちゃるんなら最初から教えちゃれや。土下座までさせたちゅう話じゃないか」

 

 いやいや、この私が苦労して創作した技術を教えて貰えるのよ?土下座くらい安いものでしょうが。

 もっとも、朝潮があんまりしつこいから、冗談で『今日から一週間、朝昼晩1回づつ土下座してお願いしたら考えてあげる』って言ったら本当にしたのよね……。

 

 「ねぇ、アンタってもしかしてバカなの?」

 

 三日目くらいだったかな?朝昼晩キッチリと土下座してくる朝潮を見て、私は思わずそう言ってしまった。

 普通に考えて?あんなのただの嫌がらせよ?教える気がないの丸わかりでしょ?なのに、律儀に言われた通りにしちゃてさ。

 させた私が悪者みたいになってたし。

 

 「で、でも、したら考えてくれるって……」

 

 「いや、言ったけどさ……」

 

 正直、教える気なんて欠片もなかった。

 と言うか、私が出した条件をこなそうとするなんて夢にも思わなかった。

 なのにアイツは、真剣な眼差しで私に教えを乞うてきた。

 

 「私がアンタを嫌ってるの、知ってるでしょ?」

 

 「知ってます……」

 

 この時の朝潮は、自分が口うるさいから嫌われてると思ってた。

 実際、規則にうるさい朝潮を煙たがってた子が少なからず居たしね。私もその中の一人と思われてたのが少しムカついたけど。

 

 「なんで教えて欲しいの?アンタ、私がやってた事馬鹿にしてたよね?」

 

 「馬鹿になんてしてません!私はただ……」

 

 何をしてるのか理解できなかった。って感じかしら。

 まあそうよね、私がやってた事なんて、端から見たら遊んでるのと大差なかったでしょうし。

 

 「この前の作戦で、大潮が潜水艦の雷撃で戦死しました……」

 

 「ふ~ん。それで?」

 

 う~ん。今思うと、この反応はちょっと酷すぎたかな。まあでも、優しさの塊で出来てるような私に嫌われてた朝潮が悪いのよ。

 

 「強くなりたいんです!妹達を守ってあげられるくらい、あの子達を導いてあげれるくらい強く!」

 

 「あっそ。がんばってね」

 

 「あ、待って!待ってください!」

 

 朝潮の気持ちを知っても、私は教えてあげる気になれなかった。

 と言うより、教えたくなかった。

 きっとこの頃の私は、これ以上私のモノを朝潮に盗られたくなかったのね。

 

 「はぁ……」

 

 「今日で約束の一週間です。教えていただけますよね?」

 

 結局、朝潮は一週間欠かさず私に土下座し続けた。

 途中で根を上げるか怒るかすると思ってたのに、完全に予想がハズレたわ。おまけに、私が朝潮の弱みを握って土下座させてるなんて噂まで流れちゃったし。

 

 「うん、考えた。その結果、やっぱり教えない」

 

 「そ、そんな!嘘ついたんですか!?」

 

 「嘘はついてないわ。『考える』とは言ったけど、教えるなんて一言も言ってないでしょ?」

 

 さすがに意地悪過ぎたかなぁ。朝潮も、顔を真っ赤にして肩を震わせてたし。

 朝潮は、その日はそれ以上何も言わず、悔し涙を拭いながら去って行ったわ。

 その後ろ姿を見てちょっとだけ、本当にちょっとだけ罪悪感が芽生えたけど、私は訓練をするために浜に向かった。

 

 「なあ、なんで朝潮に教えてやらねぇんだ?」

 

 「うっさい。無駄口叩いてる暇があったら、もう50

キロほど航行訓練してきなさい」

 

 「へいへい、厳しい嚮導艦様だぜまったく」

 

 この頃の私は、天龍に基礎的な訓練を徹底的にやらせていた。

 『トビウオ』云々の前に、基礎が壊滅的に出来てなかったからね。

 天龍を鍛えながら自分の訓練もしなきゃいけないんだから大変だったわ。

 まあ、天龍が素直に言う通りにしてくれてたから気苦労はなかったけど。

 

 「ん?あれってまさか……」

 

 そんな折、私たちが訓練していた浜から少し離れたところで、朝潮が何かしてるのが見えた。

 最初は訓練でもしてるのかと思ったけど違った。浜から数メートル離れた海の上でひたすら五体投地をしてた。

 その光景を見て、朝潮が『トビウオ』の練習をしてるんだろうなって察しはついたけど、『脚』を消さずに飛ぼうとしてたのよ?そりゃ海中に沈んだ『脚』のせいで五体投地みたいになるわ。

 

 「なんて言うか……酷いわね……」

 

 「またやってるな。そろそろ教えてやれよ。見てて痛々しいよ……」

 

 「アンタには関係ないでしょ。いいからぶっ倒れるまで『トビウオ』で飛び続けなさい」

 

 「へいへい……」

 

 初めて朝潮の特訓風景を見てから一ヶ月。

 この頃には天龍も『トビウオ』が出来るようになっていた。もっとも、距離の調整は出来てなかったけどね。

 それなのに朝潮は、相変わらず五体投地を繰り返していた。一ヶ月もそんな事を続けてたら、練習法が間違ってると気づきそうなものだけど……。

 

 「無様ね」

 

 「か、神風さん……」

 

 天龍が『トビウオ』の使いすぎで伸びてる間に、私は朝潮に話しかけた。

 別に同情したわけじゃないわ。単に意地悪したかっただけ。指導してやる気なんてさらさらなかったんだけど、鼻を真っ赤にして頭の先までずぶ濡れの朝潮を見た時、私の天才的頭脳に名案が閃いた。

 

 「私が出す条件を飲んだら、教えてあげてもいいわよ?」

 

 「ほ、本当ですか!?」

 

 「ええ、本当よ。嘘はつかないわ」

 

 今も昔も、私は正直者を絵に描いたような子だからね。嘘は大っ嫌いなの。

 この時も、朝潮が条件を飲むなら本当に指導してやるつもりだったわ。

 

 「じょ、条件と言うのは……」

 

 「今後一切、先生近寄らない事。それが条件よ」

 

 「え……でも私は秘書艦で……」

 

 「うん、知ってる。だから秘書艦も辞めて」

 

 朝潮がお父さん惚れてるのなんて、普段の朝潮の態度を見たらすぐにわかった。

 私はとにかく、お父さんと朝潮を引き離したかったんだ。

 

 「ほ、他の条件では……」

 

 「ダメよ。飲めないってんなら指導の話は無し。アンタは一生そこで五体投地してなさい」

 

 朝潮が絶望した顔を、この時初めて見た。

 強さを求めたい気持ちと、お父さんに恋い焦がれる気持ちで葛藤してたんでしょうね。

 

 「わか…わかりま…した。司令官には二度と近づきません……。だか…だから……私に『トビウオ』を教えてくだ…さい」

 

 肩をふるわせ、大粒の涙を流し、唇を血が出るほど噛み締めて、朝潮は強くなることを選択した。

 泣かせてしまった事に罪悪感は感じなかった。

 むしろ、お父さんについた悪い虫を排除できたって安心感の方が強かったな。

 

 「そう言えば、ソレに関しては全く文句言わなかったよね?」

 

 「ん?ああ、秘書艦を辞めさせてくれ言うて来た時は面食らったが、初めての姉妹艦の戦死で塞ぎ込んじょった彼女が思い詰めた表情でそんな事を言うて来んじゃけぇ、特訓なりなんなりする気なんじゃろっちゅう察しはついたさ。それに……」

 

 「それに?」

 

 「当時の朝潮が強くなろうと思ったら邪道に手を出すしかない。そう考えりゃ、誰に師事するつもりなんかもすぐわかったけぇの」

 

 「愛娘の努力を邪道呼ばわりって酷くない?否定は出来ないけど」

 

 「そうむくれるな。邪道が正道に劣るとは思っちょらん。むしろ、実戦なら邪道の方が役に立つ事の方が多い」

 

 それでも気分は良くない。

 確かに私が使う技は大多数の艦娘からしたら邪道だし、私自身もそう思ってる。それに、体への負担を考えれば使わないに越したことはない。

 けど、お父さんに言われると、少し凹んじゃうな。

 

 「彼女は頭が硬かったけぇ、教えるの苦労したろ?」

 

 「そうね。余計なこと考えない分、天龍の方が飲み込みは早かったわ」

 

 まさか『トビウオ』を修得するまで半年近くかかるとは思わなかったもんなぁ……。

 どうもアイツは、航行中に『脚』を消すってのに抵抗があったらしくてさ。それを克服するのにかなり時間を要したわ。

 

 「沈みません?本当に沈みませんよね!?」

 

 「いや、『脚』を消せば沈むわよ。当たり前でしょう?」

 

 「じゃあ消しちゃダメじゃないですか!なんで消させようとするんです!?」

 

 「だ~か~ら~!消してすぐにもう一度出すんだって何度言えばわかるのよ!」

 

 まあ、だいたいこんな感じの問答を繰り返してたかな。

 普通なら、航行中に『脚』を消せば転倒から沈没。戦闘中なら、それが致命的な隙となって戦死も有り得る。

 朝潮が一瞬とは言え『脚』を消す事を理解できなかったのもわかるわ。

 

 「いい?『トビウオ』ってのは『脚の発生』その物を推進力にするの。ほら、こんな風に」

 

 私は直立した状態で『脚』を消し、瞬時に再発生させて『脚』を発生させる事で生じる推進力だけでジャンプを繰り返して見せた。

 後から天龍に言われたけど、隠し芸で使えそうなくらい面白い光景だったらしいわ。

 腰に両手を当てて胸を張ってる私が、その姿勢のままノーモーションでジャンプしてる様が滅茶苦茶シュールで笑えたんだってさ。

 

 「運動神経も最低だったなぁ……。体も頭と同じで硬かったし」

 

 なんとか力づくで飛ぶ事だけは出来る様になった頃、体の動きも『脚』の再発生に合わせるように指導したら、運動が致命的に苦手な事が発覚した。

 何もない所でコケるのは当たり前。ボールを投げさせると、なぜか真下に投げてバウンドさせ自分の顔面にシュート。スキップが出来ないって知った時は、哀れすぎてさすがに笑えなかったわ。

 

 「アンタ……よく今まで生き残れたわね……」

 

 「よく言われます……」

 

 朝潮に『トビウオ』を教える過程で一番苦労したのは体の使い方ね。

 『脚』の再発生だけで一応飛ぶ事は出来るけど、それじゃ精々5メートル前後しか飛べないし着水時のバランスも崩れやすい。体への負担も半端ないわ。

 海面を踏み切る動作と、『脚』の再発生のタイミングを合わせる事で爆発的な加速と移動を可能にするのが『トビウオ』だからね。

 

 「今日から朝晩走りなさい。こんな感じで」

 

 私は前傾姿勢で踏み切る動作だけを繰り返して走って見せた。

 地面に手を突かずにやるクラウチングスタートって言えばわかりやすいかな?そうでもない?

 まあとにかく、その動作だけで走る事を朝潮に命じたわけ。

 

 「ぶぎゅっ!」

 

 「いや、なんでそうなるのよ……」

 

 試しにやらせてみたら、器用に顔面から砂浜に激突して見せてくれた。

 何回やらせてもそんなだから、私が自腹でフルフェイスのヘルメットを買ってあげたわ。私って優しい!

 でもまあ、アイツはそれを愚直に朝晩続け、ヘルメットがダメになる頃には体の動かし方もマシになったわ。

 その頃には、天龍は『水切り』をマスターしてたけどね。

 

 「継続は力なりっちゅう奴じゃの。さすが朝潮」

 

 「いやいや、否定はしないけど、アイツに付き合ってる間、私はまともに訓練できなかったのよ?」

 

 「じゃが、その頃には『刀』も完成しちょったじゃろうが」

 

 そりゃあね、私だって遊んでたわけじゃないもん。

 刀身に『弾』を纏わせる練習をしてる内に、『機関』から発生させれる力場を偏らせ事が出来るのに気づいた私は、『脚』や『装甲』の出力を減らして『弾』に上乗せさせる事に成功していた。

 

 「ほう、大したものだな」

 

 「でしょ?たぶん普通に兵装を使えば、今まで以上に楽に戦艦の『装甲』を抜けるはずよ」

 

 私はお父さんと長門を呼んで、日本刀で長門の『装甲』を斬って見せた。

 もちろん普通に『弾』を纏わせたんじゃなくて、『脚』と『装甲』の出力を減らしてその分を上乗せした『刀』でね。この時は『装甲』を0にしてやってみたわ。そこまでして、ようやく長門の『装甲』を切り裂ける程度の力場しか扱えない自分のスペックの低さにちょっとだけ落胆したっけ。

 あ、ちなみに、朝潮は私との約束を律儀に守って、お父さんがいる間は物陰に隠れてたわ。

 

 「しかし神風、普通の兵装でも出来るなら、日本刀を使う必要はないんじゃないか?」

 

 長門の言う事はもっともだった。

 ただでさえ他の出力を減らす分、機動力や防御が犠牲になる『刀』を使うためにわざわざ近づく様な危険を冒す必要はない。

 だけど私は、その危険を冒さなきゃ勝てないような相手を想定して訓練してたの。

 そう、私の仮想敵は駆逐古鬼。

 私は、駆逐古鬼を至近距離で叩き斬るための訓練をしていたの。

 

 「アイツを倒すには『点』じゃダメ。『線』で攻撃しなきゃ」

 

 駆逐古鬼の回避技術は一級品だった。

 戦舞台を使った超至近距離でも砲撃を躱すような奴を仕留めるには、更に踏み込んだゼロ距離で薙ぎ払うくらいしなきゃ成しえない。

 実際、斬撃までは躱しきれないのは龍田が証明してくれてたしね。

 

 「龍田の仇を取るつもりか?」

 

 「そういう訳じゃないわ。負けっぱなしが耐えられないだけ」

 

 長門に言われて、私は思わずそう返した。

 私に仇を取る資格なんてないと思ってたからね。だって、龍田にトドメを刺したのは私だったんだから。

 

 「素直じゃないんですね。神風さんって」

 

 お父さんが帰ったのを見計らって、物陰から覗き見してた朝潮が出て来た。

 本人はバレてないつもりだったでしょうけど、私にもお父さんにも居場所はバレバレだったからね?

 

 「私ほど素直な人間も居ないと思うけど?」

 

 「素直と直情的なのは違うと思いますけど?」

 

 今だにどこが違うのかわからない。私は感情をストレートに相手にぶつけるわよ?拳に乗せてだけど。

 

 「素直じゃないのはアンタもでしょ?本音で話した事あるの?」

 

 先代の朝潮は、今の朝潮と違って本心を隠すタイプだった。別に無表情だった訳じゃないわよ?

 敬語と建て前で本音を隠し、笑顔と真面目顔で感情も読ませなかった。

 今の朝潮も一応隠そうとはしてるみたいなんだけど、顔に考えてる事がモロに出るからね……。

 

 「少なくとも……『トビウオ』を教わりたかった理由は本音です」

 

 「じゃあそれ以外は嘘って事?」

 

 「嘘とは少し違う気がするんですけど……」

 

 この時の私は、朝潮がどんな生い立ちなのか知らなかったし、どんな理由で艦娘になったのかも知らなかった。

 けど、普通の生活をしてて、こんな性格になるかしらってこの時は思ったわ。

 単に真面目ってだけなら有り得るだろうけど、アイツの真面目さは度が過ぎてたから。

 

 例えば『廊下を走るな』。

 まあ学校とかでも基本よね。廊下を走ったら危ないわ。真面目な子なら注意もするでしょう。

 だけど、朝潮は注意するだけで終わらない。必ずと言っていいほどお仕置きまでする。

 具体的には、その場に正座させたり、酷い時には始末書まで書かせたりしてたわ。しかも艦種に関係なく。

 小学校に通ってるような歳の子がそこまでする?普通はそこまでしないわよ。たぶん。

 

 「規則に厳しいのは、先生に褒められたいから?」

 

 「そ、それはその……。はい……」

 

 「好きなの?」

 

 今思うと、なんで朝潮と恋バナなんてしたんだろ。

 朝潮がお父さんに惚れてるのなんてわかってたのに、この時の私は朝潮の口からハッキリと聞きたくて仕方なかった。

 

 「じょ、上官として…その……」

 

 「上官として尊敬してる。みたいな在り来たりな事言ったら怒るわよ」

 

 「……好き……です」

 

 わかってはいたけど、やっぱりって思った。

 私と違って、朝潮はお父さんを男性として好きだった。どこに惚れたのかまでは聞かなかったけどね。惚気られても困るし。って言うか腹立つし。

 

 「ストーカーみたいな事してたしね。言っとくけどアレ、先生にもバレてるから」

 

 「そ、そんな!ちゃんと隠れてたのに!」

 

 私がお父さんに一切近づくなって言ってからの半年間、朝潮はお父さんにストーカーまがいの行為を繰り返していた。物陰から覗くのは可愛い方で、とある重巡が撮影したお父さんの写真を買い漁ったり、望遠鏡で執務室を監視したり、酷い時にはお父さんが執務室を留守にしてる間に忍び込んで、お父さんの椅子に頬ずりしてたわ。

 

 「そう言えば、先生の下着が何枚か無くなってるんだけど、アンタ知らない?」

 

 「し、知りません!司令官のフンドシの事なんて私は知りませんよ!」

 

 「私、先生の下着がフンドシって言った覚えないけど?」

 

 「……!」

 

 あ、この時の朝潮はわかりやすかったわ。

 いかにも『バレた!』って感じの顔してたもん。

 

 「し、司令官はその事を……」

 

 「さすがに下着の事は知らないんじゃない?私も言ってないし」

 

 「そ、そうですか……よかった……」

 

 べつにバレても問題ないと思ったけどね。

 お父さんが知ったら逆に喜ぶんじゃない?間違っても怒ることはないはずよ。

 

 「なるほど、彼女が俺のフンドシを毎晩嗅いでたと……」

 

 「毎晩嗅いでたなんて一っ言も言ってないけど?」

 

 ほらやっぱり。怒る気配なんて微塵もないわ。

 男の人って、自分の下着を盗まれても何とも思わないのかしら。私だったら絶対嫌だなぁ。良からぬ事に使われるのは明白だし。

 もし私の下着が盗まれたら、犯人を住み家ごと消してやる。文字通り消してやる!跡形も無く!

 

 「秘書艦に戻りたい?」

 

 「え?いいんですか!?」

 

 「戻りたいかどうか聞いただけよ、戻って良いとは言ってないわ」

 

 『う~……』って呻りながら睨め付けてくる朝潮の視線を華麗にスルーして、私は艤装を片付けるために工廠へ向かって歩き始めた。

 正直、朝潮を秘書艦に戻してあげても良いかなとは思ってた。言っとくけど、朝潮とお父さんの仲を認めたからでも、朝潮の頑張りに対するご褒美でもないわよ?

 朝潮が一緒に居たんじゃ私の訓練が滞るし、お父さんの下着は減るしでデメリットしかなかったんだもん。

 そう!あくまで自分のためよ!

 

 「はぁ……。どうしても戻りたいの?」

 

 「はい……。この半年間、精神的に地獄でした……」

 

 「それ、どういう意味?そんな私が嫌いなら『トビウオ』を教えろだなんて言わなきゃよかったじゃない」

 

 「いえ、誤解しないでください。神風さんの事は嫌いじゃないです。疎ましくは思ってますけど」

 

 「いや、ケンカ売ってるよね?それ」

 

 「司令官と同じ部屋で暮らしてる神風さんが悪いんです。私は約束を守って、司令官との接触の一切を断ってるのに……羨ましいから代わってください」

 

 「断る。律儀に約束守ってるアンタが間抜けなのよ」

 

 「え……?守らなくて良かったんですか!?」

 

 そりゃそうでしょ。

 私がそうしろって言っただけよ?拘束力もクソも無いわ。

 私の目を盗んでお父さんと会う事も出来たでしょうに、アホみたいに律儀に守ってるんだもん。言った私がビックリしたくらいよ。

 

 「ひ、酷いじゃないですか!私がこの半年、どんな想いで過ごしてたと思ってるんですか!?司令官分を補給するために陰ながら見つめたり、闇市で出回ってた司令官の下着に手を出したりして誤魔化してたんですよ!?」

 

 「ちょっと待って?先生の下着って闇市で売ってるの!?」

 

 「当り前じゃないですか!目玉商品ですよ!」

 

 艦娘の闇を垣間見た気がしたわね。

 オッサンの下着が闇市で売れるなんて世も末だわ。しかも目玉商品って……。

 買う奴は確実に頭バグってるわ。あ、バグってたか。

 この時、私の目の前でお父さんの下着について熱弁する朝潮は、控えめに言ってただの変態だったわ。なんか臭いに独特の癖があるとかどうとか……。

 

 「さあお父さん、感想をどうぞ」

 

 「言えばいくらでもやるのに……」

 

 ダメだわ。なぜか凄く良い笑顔だ。

 朝潮が自分の下着を隠し持ってたのがそんなに嬉しいの?私は怖くて仕方ないんだけど?

 いや、考えてもみて?当時小学生くらいの歳の子がオッサンの下着を大枚ははたいて買って、しかも臭いを堪能してたのよ?あの年で臭いフェチよ?異常でしょ!?普通に怖いわ!

 

 「まあええじゃないか。俺の下着のおかげで彼女と仲良くなれたんじゃろ?」

 

 「何よその和解の仕方。オッサンの下着で和解できるなら戦争なんて起きないわよ!」

 

 確かに仲良くはなったわ。

 だけどお父さんの下着のおかげじゃないから、私の人望のなせる業だから!

 結局、秘書艦に戻るのも許可してあげたしね。

 

 「嫌われ者同士、仲良くしといて損はないって思っただけよ……」

 

 「そうか、まあそういう事にしちょいちゃろう」

 

 秘書艦に戻ってもいいって言った時のアイツの反応は今でも忘れられない。

 震える手で口元を隠し、大粒の涙を流して、朝潮は『ありがとうございます』と言った。

 『ああ、コイツは本当に先生の事が好きなんだ』って思ったわ。

 それと同時に、とてつもない罪悪感に襲われた。

 

 私はなんて酷い事をしてたんだろうって、私はつまんない独占欲から、朝潮の想いを踏みにじってたんだなって、嬉しそうに泣く朝潮を見て思った。

 

 大好きな人と会えない辛さを、私は身をもって知ってたはずなのに。

 

 だから、この日の日記に私はこう書いたわ。

 面と向かって言うのは照れ臭かったから、この日の気持ちを文字にして私は残した。

 

 たった一言だけ『ごめんね』って。

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