円満さんに散歩でもしてこいと言われて一時間弱、私は困った事になっていた。
改二改装された自分を想像しながら歩いてたら、いつの間にか知らない道に迷い込んでたの。
いや、けっして迷子ってわけじゃないわよ?
あくまで知らない道に入っちゃって、帰り道がわからなくなっただけ。
私が迷子になるわけないじゃない。
「とは言え、ここって何所なんだろ……」
目につく物と言えば、左手に見えるインド人のイラストが描かれたカレーショップ。
あそこまで大きく描く必要あるのかしら?
インパクトが強すぎて『カレーショップ ダルシム』と書かれてなけりゃ、お店だなんて絶対に思わないわ。
「えっと、あっちが北だから庁舎は東……よね?あれ?東ってどっちだっけ?」
たしか、北を向いてお箸を持つ方が東って、朝潮姉さんに教えられた覚えがあるわ。
とすると、私は左利きだから左が東、つまりこのまま真っ直ぐ行けば良いのね!
なんで来た道を戻らずに進むのかちょっと疑問だけど、方向は間違ってないはず!
間違ってないよね?
「あれ?行けば行くほど、見覚えのない景色になっていくんだけど……」
再び歩き出して十数分、行けども行けども庁舎は見えてこない。それどころか知らない人を多く見るようになってきた。
庁舎の近くで迷彩服を着た人なんて見た覚えがないけど……海兵隊の人かな?
「どんどん賑やかになってきたんだけど……」
更に進むと、ジープやトラックが行き交い、迷彩服や作業着を着た人達が大勢居る場所に出た。
「完全に方向を間違えたわね……」
どうして間違ったんだろ、朝潮姉さんに教えられた通り、北を向いてお箸を持つ方に来たのに……。
「ここ、たぶん倉庫街って所よね?」
来た道を戻った方がいいかしら。
なんか、行き交う人にジロジロ見られて気分悪いし。艦娘って鎮守府内でも珍しいのかな?
「あ、これって案内板?」
来た道を戻り始めて数分後、建物と建物の間に入るよう、矢印で方向が指してある看板を見つけた。
来る時は建物を背にしてるせいで見えなかったけど、来た道を戻ろうとしたら目についた。なんで目立たないように立ててあるんだろ?
「『←庁舎に戻りたい人は此方へ』?来る時に見えるように立てなさいよ!ったく!」
私は看板の指示に従って、建物と建物の間の道に入った。結構狭いわね。駆逐艦が一人通るのがやっとの道幅だわ。
「あ、また看板だ」
5メートルくらい進んだら、今度は道に直接案内板が貼り付けてあった。
え~と何々?
「『右斜め上方を見ろ』?」
指示された通り右斜め上方を見上げると、前を向いてたら丁度死角になる位の高さに、また看板が貼り付けてあった。
今度は何て書いてあるんだろ?
「『その角度のまま右向け右』か……」
まどろっこしい……。
と思いつつも、言われた通り右向け右をすると3枚目の案内板を発見した。
そろそろ首が疲れてきたわね……。
「『首の角度はそのままに、大きな声で回れ右!と言いながら回れ右をしましょう』って、はぁ!?なんでそんな事しなきゃいけないの!?」
それに何の意味が?もしかして、昔これを使って訓練をしてたとかじゃないよね?ってか何の訓練よ!
「いやでも、声に反応して次の案内板が出るのかも……」
だとしたら指示通りにしなきゃ、このままじゃ庁舎に帰れないもの。
でも恥ずかしいなぁ……。
誰も見てないわよね?よし、見てない。
「ま、回れ右!」
私は元気よく声を上げ、首の角度はそのままに真後ろを向いた。
あ、やっぱり案内板があった。
声に反応して出てくるとかそんな機能はないわね。だって、何年も前からそこに在るかのように、雨や埃で汚れてるもの。
「『貴女は致命的に頭が弱いようです。将来、詐欺に引っかからないよう注意しましょう』ですって?」
ええそうね、私の頭は弱いみたい。
誰が書いたかもわからない案内板の指示通りに行動した私は確かにバカだわ。
しかも『回れ右!』とか大声上げちゃってさ。ホント私ってバカね……。
「ってやかましいわ!大きなお世話よ!」
人を信じて何が悪い!
こっちは道に迷って心細いのよ!早く庁舎に帰りたくて仕方ないの!そこに迷子向けの看板と思わしきものがあれば従っちゃうでしょ!
いや、私は迷子じゃないけどね!
「はぁ……。戻ろ……」
私が来た道を戻ろうと案内板から目を離そうとしたら、私の頭を心配してくれた案内板の左斜め下方に新たな案内板を発見した。
見なきゃダメかなぁ……。
でも、今度こそ本当に正しい道が書いてあるかもしれないし……。
一応、見るだけ見るか。
「……見なきゃ良かった」
案内板を見た途端、私は自分の浅はかさを後悔した。
たぶん、この案内板って誰かのイタズラだわ。じゃなきゃこんな事書かないもの。
なんて言うか、文字から悪意が滲み出てるようにも見えるし。
「『案内してもらえると思った?残念でした♪』か……。フフフ……面白いことしてくれるじゃない……」
犯人を見つけて倍返ししてやる!
私がドスドスと怒りを地面にぶつけながら建物の間から出ようとしたら、いきなり目の前に壁が現れた。
いや、人かな?壁にしては柔らかいもの。
ぐにゅって感触だし。
「お、おうふ……」
「おうふ?」
思わず頭突きをかましてしまった自分のオデコを擦りながら身を引くと、金髪で如何にもDQNですって感じの男の人が腰を引いて、ヒョットコみたいな顔をしていた。
あれ?もしかして私、この人の股間に頭突きかましちゃったんじゃ……。
「え?あ、あの……」
こういう時なんて言えばいいんだろ。
ごめんなさい?それとも大丈夫ですか?って言うか私の頭がズボン越しとは言えこの人のア、アレに触れた?
嘘でしょ!?ちょ、何処かに頭洗えるような所ないかしら!
「お風呂どこ!?」
「人の息子を潰しかけた後の第一声がそれかよ!」
いや、だってしょうがないじゃない。
変な病気とかになったらどうするの?責任とってくれるの?治療費的な意味で。
「ったく、何年かぶりに引っかかった奴が出たみてぇだから、わざわざ迎えに来たってのに」
「え?私を迎えに来てくれた……んですか?」
一応年上だし、敬語で話しとくか。下手に気分を害すと誘拐とかされそうだし。
「あん?なんで敬語なんだ?いつもタメ口じゃねぇか……って、そっか代替わりしたんだったな」
代替わり?何がだろ?
あ、『満潮』が代替わりしたって事?じゃあ、この人もしかして。
「円満さんの知り合い…ですか?」
「ああ、その円満さんが艦娘やってる頃からの知り合いだよ」
良かった!これで帰れそうだわ!
この人に庁舎まで連れて行ってもらおう!
「ん?でも、なんで私がここに居るってわかったの……です?それに引っかかったって……」
「その事か。お嬢ちゃん、回れ右って叫んだろ?あそこに、その文言に反応するセンサーがあってよ。指示に従って叫ぶうような頭の弱い子が居ると、
あっそ、じゃあ遠慮なくタメ口で……て、私は頭弱くないもん。知らない人の言うことでも信じちゃうくらい素直なだけだもん……。
「はぁ……。喉渇いてないか?庁舎からここまで歩いて疲れただろ?」
「喉は渇いてるけど……」
飲み物を奢ってくれるのかな?
正直ありがたいけど、ついて行って大丈夫かしら。変なことされない?荒潮姉さんが持ってるような凄く薄い本的な事されたりしないよね?
「心配しなくても変な事しやしねぇよ。俺ぁまだ死にたくねぇしな」
「じゃあ……行く……」
そうよね、いくら見た目がDQNでも鎮守府の関係者だもの。艦娘である私に酷い事するはずがないわ。
うちの司令官は駆逐艦を特に大事にしてるらしいし、何かされたら司令官に報告したら良いよね!
「ねえ、この辺の人達って艦娘が珍しいの?」
「んな事ぁねぇよ。駆逐艦の子達がよく探検しに来たりするし」
「ふぅん……でも……」
じゃあなんで、物珍しそうに私を見てくるんだろ?もしかして、『満潮』を警戒してる?例えば、円満さんか、それより前の『満潮』がこの辺で暴れたとか。
「ジロジロ見られるってか?そりゃたぶんアレだ。俺ぁ直接見てねぇんだが、昔この辺で、駆逐艦と軽空母の二人組が大暴れした事があったらしくてよ。それで艦娘を今だに警戒してる奴がいるんじゃねぇか?」
「大暴れって……何したの?」
「経緯は知らねぇが惨状なら知ってる。あの辺の建物なんか更地になってたしな。あの辺の海兵隊にゃ『ツインテの赤い駆逐艦と、和服でポニテの軽空母を見たら味方と思うな。だが決して敵に回すな。奴らは乙女の皮を被った鬼。奴らは艦載機を従えてやって来る』なんて言い伝えまであるとか」
「どんな暴れ方したら、そんなお伽話みたいな言い伝えが生まれるのよ……」
「さあなぁ、でも不思議な事があってよ。長いことこの鎮守府に居るが、赤い駆逐艦なら心当たりがあるんだが、ツインテの赤い駆逐艦なんて見たことないんだわ」
「その日だけ、その赤い駆逐艦がツインテにしてたんじゃないの?」
言われて見れば、そんな外見の駆逐艦を私も見たことが無い。赤い駆逐艦っぽい軽空母の人なら知ってるけど……。
着任してすぐくらいに、円満さんから『あの人に駆逐艦っぽいとかまな板とか言っちゃやダメよ!絶対!』って注意されたし。
「そりゃねぇな。その二人組が暴れたのは姐さん……。心当たりがある駆逐艦が東南アジアに行った後だったからよ」
ふぅん、何が理由で暴れたのか知らないけど、昔は危ない艦娘が居たのね。今はさすがに居ないと思うけど……。居ないよね?
「あ、あれって喫茶店?」
金髪の人に連れられて来た先に、茶色い屋根をした如何にも喫茶店って感じの建物があった。
店名はえっと……『喫茶 猫の目』?猫カフェみたいな感じなのかしら。倉庫っぽい建物が建ち並ぶこの辺で、凄く浮いてる感じはするけど少し楽しみ。
「
「へぇ、誰と誰の?」
こんなご時世だけど、祝い事があるのは良い事だわ。なんで鎮守府内の喫茶店でやるのか疑問だけど。
「マスターやってる副隊長と総隊長だ。まあ式って言っても、実質宴会みたいなもんらしいけどな」
それでか、鎮守府の関係者同士で結婚するから、鎮守府内の喫茶店で済ませようってのね。
どんな人達なんだろ。やっぱ二人とも、いかにも軍人って感じでゴツいのかな?
「普段は大人しか来ねぇが、まあジュースとかケーキくらい置いてんだろ。代金は気にしなくていいから好きなもん頼んでいいぞ。後で庁舎まで送ってやっから」
マジで!?好きなもの頼んでいいの!?DQNみたいな見た目に反して凄く良い人じゃない!やっぱ人は信じるべきよ!こんな見た目の人だって中身は良い人なんだから!
って思ったのは店に入るまでだった。
いや、金髪の人は良い人なのよ?見た目はお近付きになりたくないタイプだけど。
金髪の人がドアを開くと、カランカランと心地の良い音が鳴り、香ばしいコーヒーの香りが漂って来た。
ここまでは良い。ここまでなら喫茶店でよくある。
私は喫茶店に入るのが初めてだから詳しくは知らないけど、きっとよくある光景よ。
けど、店の中の光景は、私が思い描いていた喫茶店の光景とは一線を画していた。
内装は普通なのよ?内装はいかにも喫茶店って内装なんだけど。出迎えてくれた店員が常軌を逸していた。
私は実戦経験がまだ少ないけど、ここまで恐ろしい戦場はないと思う。いや、確信する。
初実戦の時もこんなに恐怖は感じなかった。初めて被弾した時もここまで泣きそうにならなかった。
きっと、深海棲艦100隻に一人で挑めと言われても、ここまで絶望したりしないと思う。
私を出迎える様に目の前に立った角刈りの三人の店員(仮)は、逆三角形でムキムキの体にピチピチのレオタードを身に着け、この世のモノとは思えない笑顔を浮かべて、ボディビルで言うところのサイドチェストのポーズをとり、地獄の底から響いて来そうなほど低い声を揃えてこう言った。
「「「見~つめるキャッツアイ♪」」」
私は、三人が何を言ってるのか理解できなかった。
いや、頭がその言葉の意味を理解すより前に、私の頭はそれ以上恐怖を感じないように、意識をシャットダウンした。