「え!?満潮ちゃんが行方不明!?」
お昼休憩を終え、所用を済ませて執務室に戻ると、円満さんから満潮ちゃんが散歩に行ったきり戻らない事を知らされた。
また迷子になったのかしら……。いくら着任して数か月しか経ってないとは言え、庁舎内で迷子になる事はもうないと思うんだけど……。
「倉庫街にでも行ったんでしょうか?」
「その可能性が高いわね。いくらあの子が鎮守府に不慣れでも、庁舎内で迷子になるのは考え辛いわ。悪いんだけど、探しに行ってくれない?」
「はぁ、それは構いませんが……」
いいのかな?明日の結婚式に出席するために、仕事をある程度片づけておかないといけないのに……。
まだ円満さんの机に山のように積み上がってますね。最悪、今日は徹夜かなぁ……。
「こっちの事は心配しなくても大丈夫よ。叢雲に応援頼んだから」
「また二人して寝たりしませんよね?」
戻って来たら書類が丸々残ってて、私一人で処理しなきゃならないとかやめてくださいね?
本当にやめてくださいね!?
「するわけないでしょ?ちょっとは私を信用しなさい」
「前科がなければ信用するんですけどね……」
「もう、いつまであの時の事を根に持ってんのよ……。あ、そうだ。満潮を見つけたら写真撮っといてね」
「どうしてですか?」
満潮ちゃんの写真なら、あの子が着任した時にアルバム一冊分くらい撮ったじゃないですか。全部仏頂面でしたけど。
今更、あの子の何を写真に収めろと?
「わからない?あの子は今、高確率で迷子になってるのよ?さぞ心細いでしょうね。でも私にはわかる。あの子は泣くのを我慢してるわ。どんなに心細くても、どんなに怖くても泣こうとしない。そこにアンタが現れたらどうなると思う?」
「ま、まさか……」
そ、想像しただけで鼻血を噴きそうになってしまいますが……。あの子が少しでも私の顔を見て安心する事が出来るのなら、きっと『お姉ちゃん』と泣き叫びながら抱き着いてくるはず……いえ、きっとそうするはず!
それは是非とも写真で残さなければ。
その写真は必ずや朝潮型姉妹の……いや!鎮守府の!いやさ!全人類の宝になるはず!
「駆逐艦朝潮に命じます。迷子の満潮を保護し、泣き顔を写真に収めて来なさい!」
「了解しました!駆逐艦朝潮!全力出撃いたします!」
と、勇んで執務室を飛び出したものの、あの子はいったいどこへ行ったんでしょう?
庁舎と工廠付近ではさすがに迷う事はないと思いますから、迷子になってるとしたらやはり倉庫街方面。まさか、あのイタズラに引っかかってませんよね……。
「無いとは……言い切れません……」
あの子は普段素っ気ないですが、根は素直な良い子です。
明らかにイタズラとわかるあの看板にも引っかかってしまうかもしれません。ええ、一目でイタズラとわかりますが、素直な子なら引っかかっちゃうんです。
つまり、引っかかりかけた私は素直なのです!
「って、誰に言い訳してるんでしょうか私は……」
自分で思っている以上に、あのイタズラに引っかかりかけた事がショックだったみたいですね。
満潮ちゃんが私と同じような悔しい思いをする前に保護しないと!
「んん?あんな所に看板が……」
『カレーショップ ダルシム』を200メートルほど過ぎたあたりで、建物と建物の間の道に目立たないように立ててある看板を発見しました。
そう言えば桜子さんが『あのイタズラ?どのイタズラの事?』なんて不吉な事を言ってましたね。
つまり、あの看板も桜子さんが昔仕掛けたイタズラの可能性が高いです。
「え~と、なになに?」
あ、コレは間違いなく桜子さんが仕掛けたイタズラです。こんな悪意に満ちた文言を書ける人を、私は桜子さんしか知りません。
「『そこの無乳でお悩みの貴女!この道を行けば悩みが解消される事間違いなし!』ですって?」
これ、かなりの数の駆逐艦を敵に回すと思うんですけど……。
いえ、私は無乳と言う訳ではないんですが、大半の駆逐艦は真っ平らですし……。本当ですよ?私はこれでもブラとかしてるんです。
着替えの度に、大潮さんや荒潮さんに『まだ要らないんじゃない?』って言われますが確かに在るんです!って言うか司令官は無い方が好きなんです!だから私が無乳だとしても何の問題もないのです!
「おっといけません。また誰にともなく言い訳をしてしまいました」
ここ最近は、桜子さんの結婚式に出席できるように仕事を前倒しで終わらせるようにしてたから、自分で思ってるより疲れてるんでしょうね……。
そう思いたい……。
「はっ!まさかあの子、この看板に引っかかってませんよね!?」
まだ10歳になったばかりだけど、あの子だって女の子だもの。きっと胸の大きさだって気にしてるわ。いや、気にしてないわけがない。だってお風呂で、大潮さんや荒潮さんの胸をジーっと見てる時があるもの。
その後、なぜか自分の胸じゃなく私の胸を見てるけど……。
「行ってみましょう。もしかしたら、桜子さんのイタズラで心をへし折られて泣いてるかもしれない」
私は意を決して、人が一人ようやく通れる路地に足を踏み入れた。
満潮ちゃんを保護するのが最優先事項ですが、イタズラをあえて受けて正面から笑い飛ばしてやるのも悪くない気がします。
「取り敢えず、満潮ちゃんは居ないようですね……」
路地の終点まで50メートルと言ったところでしょうか、私以外に人は居ないようです。
代わりに在るのは、左右の建物の壁に10メートル間隔で交互に貼り付けられた看板。左右の壁に5枚づつ計10枚貼られています。
「なんて手間のかかる事を……」
看板の間隔は完全に等間隔。きっと、キッチリ距離を測ったんでしょうね。こんな事をするくらいなら訓練でもすればいいのに……。
これを仕掛けた当時は暇だったんでしょうか。
「何て書いてあるんでしょう……。」
例え、どんな事が書いてあろうと私は負けません!負けてあげるもんですか!
真っ向から笑い飛ばして、晩ご飯の時に勝ち誇ってやります!
「え~と何々?『路地に入っただけで無乳が治るわけないでしょ?バカじゃないの?』……」
チックショォォォ!そんな事わかってますよ!
路地に入っただけで胸が大きくなるとか思ってませんよ!でも、いきなりコレですか!?まだ9枚もあるのにいきなりストレートにバカ呼ばわりですか!?
私はてっきり、6枚目位まで希望を抱かせるような事が書いてあって、残りの4枚でその希望を打ち砕くのかと思ってましたよ!
「さ、さすがは桜子さん……私が思いつかないような事を平気でやってのける……」
そこにシビれたり憧れたりしませんけどね!
だけど負けない!私の心はまだ折れてない!
「とは言え、残りもこんな感じなんでしょうか……」
いや、弱気になっちゃダメ!
ポジティブに考えるのよ私!初手でコレだもの、いくら桜子さんでも思いつく罵詈雑言には限りがあるはず!
さあ!次は何!?
「『あれれ~?怒っちゃった?おこなの?激おこなのぉ?』ですか……。フッ……」
べつに怒ってないですよ?
ええ、全然怒ってません。これくらいならまだ平気です。精々、主砲で吹き飛ばしてやりたいと思う程度ですよ!持って来てませんけどね!
次ぃ!かかって来なさい!
『貴女が怒るのも仕方ないわ。だって無いんだもの。無いのを自覚してるのに無いって言われたら腹立つよね!全然理解できないけど♪』
無いわけじゃない!
細やかだけど確かに存在してるんです!
なんでわざわざ『無い』だけ太字で書いてるんですか!完全にケンカ売ってますよね!?と言うか戦争したいんですか!?よろしい!ならば戦争です!日本中の全ての胸の大きさで悩んでる女性を集めて巨乳を駆逐してやる!
「おっといけません。ここで激昂しては桜子さんの思う壺です」
すでに、額に浮かんだ血管が音を立てて弾け飛びそうですが怒ってはいけません。平常心です。
よし、行けます!
さあ、次はどんなおバカな事が書いてるんですか?
『ところでさ、胸が無い子がブラ着けるのってどう思う?正直言って無駄だと思うのよねぇ。擦れるとか言うんならさ、カットバンでも貼っとけばいいと思うのよ。何処にとまでは言わないけど♪』
ん?これは意味がよくわかりませんね。
胸が無い子がブラを云々と言った辺りはわかりますが、その後の『カットバンを貼る』が意味不明です。
「カットバンとは何でしょうか……」
『貼る』と言う単語からテープ的な物というのはわかります。それに『擦れる』とは?
ブラを着けてないと擦れる場所、それは両胸のアレしかありません。そこに貼る?
そう言えば、荒潮さんが持ってる不自然に薄い本に、胸にバンドエイドを貼ってる絵が描いてありましたね。
ではカットバンとはバンドエイドの事?地方によって呼び方が違うのは知ってましたけど、カットバンって呼び方もあるんですね。
ありがとうございます桜子さん。朝潮、勉強になりました。
「ってそうじゃない!感謝してどうするんですか!」
なんと巧妙な心理操作!これでもかと馬鹿にしておいて逆に感謝させるとは!
さすがは百戦錬磨の元駆逐艦。油断していると、気づいたら尊敬させらてるって事にもなりかねないわ。
さて、お次は……。
『ちなみに私は14歳だけど、すでCカップです!どう?羨ましい?』
ほう、つまりこのイタズラは桜子さんが14歳の時に仕掛けたと……。何を自慢げに言ってるんですか、それから艦娘を辞めるまで大きくならなかったくせに!
羨ましくなんてないもん……。
私と同い年の時にすでに谷間が作れるくらい育ってたって知っても羨ましくなんてな……。
「いや、ちょっと待って……」
艦娘になると同時に成長はほぼ止まる。桜子さんも例に漏れず止まっていたはず……。
と、言う事はですよ?桜子さんが艦娘になったのは12歳頃のはずですから……12歳の時点ですでにCカップ!?そんなバカな!
「で、でも、神風型の人って全員発育が良いですよね……」
おのれ!神風型のオッパイはバケモノか!
駆逐艦のオッパイビッグ7と呼ばれているなんちゃって駆逐艦共もそうですが、駆逐艦なら駆逐艦らしくまな板であるべきでしょう!
「くっ……まだ半分ですか……」
まだ道半ばだというのに、私のメンタルは轟沈寸前です。引き返そうかな……。
でも引き返したら負けな気がするし……。続きも気になると言えば気になりますし……。
進もう。私には、進むしか選択肢はないようです。
『ここまでたどり着いた貴女に朗報!私がCカップのバストを手に入れた方法を大公開しちゃいます!』
なん…だと……?
まさか、今までの5枚は路地に入った者を試すため!?心を折られずにここまで辿り着いた者のみに、胸を大きくする方法を教えるつもりだったんですね!
「次は!次はなんて書いてあるの!?」
10メートルと言う距離がもどかしい。
こんな短距離をこれほど長いと思った事は今までないわ。だけどもうすぐ、もうすぐ方法がわかる。谷間を作れるほどのバストを手に入れる方法が!
『まずは両手をピース形にして顔の高さで維持しましょう。そしてそのまま次の看板へ』
両手をピースの形にして顔の高さに……。
胸とどういう関係があるんでしょうか?ま、まあ、次の看板を見てみればわかりますよね。
え~と、次は……。
『そのポーズのまま『あへっ』って言ってみてください。『あへっ』って言い終わった顔のまま次の看板へ』
「あ、あへっ?」
こ、この顔を維持したまま次へ?けっこうきついんですけど……。
でも言う通りにすれば私もCカップに……。そのためならこれくらい!
あれ?次の看板の上、ちょうど私の顔の高さ位に鏡も張ってある……。何のために?
『鏡で今の自分の姿を見てみましょう。それが『あへ顔ダブルピース』です。って言うか、言われた通りにするとかバカじゃないの?頭大丈夫?』
ええ、確かにバカですね。鏡に映った私は、なんともマヌケな顔をして両手でピースしています。司令官には絶対にお見せ出来ません……。
信じたのに!桜子さんの事を信じたのに!貴女はいとも簡単に私の気持ちを裏切りましたね!
って言うか、なんで信じちゃったんですか私!
「はぁ……。もう出よう……」
ここまで来たら戻るより通り抜けた方が早いですし、ここまで心をズタボロにされたら怒る気も起きません……。
看板も、どうせ次で最後ですし。
『や~い!貧乳♪』
「ふぅんぬ!」
最後の看板を見た瞬間、私は思わず看板に拳を叩きつけた。
最後の最後までコケにしてくれましたね桜子さん。正直、最後のが一番グサリときましたよ。胸を抉られた思いです。
どんなに考え抜かれた罵倒よりも、ストレートに言われる方がダメージは大きいですね。
「絶対許さない……」
艤装を背負って来てなかったのは幸いでした。
もし背負って来ていたら。建物ごと更地にしていたでしょうから。
「龍驤さんが見たら、間違いなくこの辺りは更地になっていたでしょうね」
こんな物がまだ残っていると言う事は、龍驤さんはこのイタズラに引っかかってないと言う事。
じゃないと、このイタズラが健在な事に説明がつきません。
「あ、よく見たら、ここから西側の建物は少し新しいんですね」
若干の差ですが、イタズラが仕掛けられていた建物から西の建物は壁の色とかが少し新しいです。気にならないレベルではありますが、なんで向こう側だけ新しんでしょう?
周囲にいる人たちの服装的に、海兵隊の皆さん用の建物なのはわかるんですが……。
「まあいいか、妙に疲れちゃったし『猫の目』で休憩しよう……」
明日執り行われる、桜子さんの結婚式の会場となる喫茶店。
海坊主さんがマスターをやっているお店ですが、一般職員の方々の憩いの場ともなってるようで評判は上々だとか。
ただ、あのお店の『いらっしゃいませ』は少々……いえ、かなり特殊なんですよね。
初めて行った時など、思わず殴り飛ばしそうになりましたし。
「「「
ドアベルの音色に少し和みながら店内に入ると、今にもはち切れそうなほどピチピチのレオタードに身を包んだ奇兵隊の隊員3名が、地の底から響いてきそうなほど低い声で歓迎してくれました。
これがこの店流の『いらっしゃいませ』。ハッキリ言って不快ですが、女性職員や上位艦種の人達には好評なんだとか。私には欠片も理解できません。控えめに言って頭おかしいです。
そして、今日のポーズはサイドチェストなんですね。前に来た時はフロント・ラット・スプレッドでしたっけ?毎回変えてるんでしょうか。
「あ、朝潮さんじゃないっすか。いらっしゃい」
「こんにちわ。少し休憩させてもらっていいですか?」
「どうぞどうぞ、カウンターで良いっすよね?」
カッターシャツに蝶ネクタイ、その上からピンクのエプロンを身に着けた海坊主さんが、カウンターでカップを磨きながらカウンターの席へ案内してくれました。
なんでこの人は店内でサングラスをしてるんでしょう?それに、この店を開いてから口髭を生やし始めましたし。厨房では金髪さんが何かしてますね。何をしてるんでしょう?
「ココアでも入れますね。アイスとホット、どっちが良いっすか?」
「アイスでお願いします」
冷房の効いた店内でホットココアも捨てがたいですが、今は冷たい物を飲んで頭を冷やしたい気分ですので。
「了解っす。少々お待ちを」
相変わらず、軍事施設の中とは思えないほど平和的な内装です。
もっとも、平和的なのは内装だけで、店の入り口付近では、どこからどう見ても変態としか言えない三人組が、やれ『もうちょっと腰をクネってした方がセクシーかな?』だの『レオタードの生地変えてみたんだけどどう?』とか『化粧も覚えるべきだろうか』などといった事を真剣に話し合ってます。〇ねばいいのに。
更に、地下には弾薬庫と射撃場があり、店の裏は奇兵隊の宿舎ですから百戦錬磨の兵隊さん達がたむろしてます。
店の裏は凄いですよ?初めて見た時は、世紀末ってこんな感じなんだろうなって思ってしまいました。
「お待たせっす。このドーナツはオマケっす」
海坊主さんがアイスココアと一緒に出してくれたのは、ミスターなドーナツで売っているフレンチクルーラー。しかも二つ!でも、頂いてよろしいんでしょうか、たぶんお土産かなにかで貰ったんですよね?
「あ、気にしなくて良いっすよ。お客さんからの頂き物なんすけど、甘い物苦手な奴しか居なくて困ってたんっす」
「そうなんですか?では、遠慮なく」
こんな美味しい物が苦手だなんて……。
そう言えば司令官も甘い物は苦手ですね。男の人って甘い物が苦手な人多いのかしら。
「あ、フレンチクルーラーで思い出した……」
桜子さんのイタズラのせいですっかり忘れていましたが、私は満潮ちゃんを捜しに倉庫街まで来たんでした。
「満潮ちゃんを見ませんでしたか?どうも迷子になったみたいで」
「満潮の嬢ちゃんならソファーで寝てるぞ。ほら、朝潮さんの真後ろの席だ」
「え?あ、ホントだ」
厨房から洗面器とタオルを持って出て来た金髪さんが顎で示した方を見てみると、頭を私の方へ向けて眠っている満潮ちゃんが居ました。
でもどうして寝てるんでしょう?庁舎から
「どうもこの嬢ちゃんには、アイツ等のインパクトが強すぎたみてぇでな。見た瞬間に気絶しちまったよ。つってもついさっき気絶したばっかだが」
「ほう……?」
金髪さんが濡らしたタオルを満潮ちゃんのオデコに乗せるのを尻目に、
やっぱり艤装を持って来るべきでしたね。
「間違ってもここで暴れないでくださいね?式がおじゃんになったら、桜子さんがブチ切れそうっすから」
「意外ですね。桜子さんは乗り気じゃないんだと思ってました」
「アレでも女っすよ?人並程度には花嫁衣裳に憧れてたみたいっす」
なるほど、ならば店内で暴れる訳にはいきません。
艦娘を引退したと言っても、桜子さんの戦闘能力は常人を軽く超えています。その桜子さんが激怒して暴れるのを想像しただけで背筋が寒くなってしまいますから。
海上でならともかく、陸上で勝つ自信は皆無です。
「では、後であの三人を裏に連れて行ってもよろしいですか?」
「あ、それなら構わないっす。死なない程度に好きにしていいっすよ」
「「「そりゃないっすよ副長!奥さんも勘弁してください!お願いです!」」」
ふむ、お仕置きが確定した途端に胸の前で両手を組み、まるで祈りでも捧げる様に涙目で許しを乞うてきましたね。絶対に許しませんけど。
あ、ちなみに、私は奇兵隊の人たちになぜか『奥さん』と呼ばれています。
まあ、私は司令官の未来の奥さんですし、呼び方としては妥当なのですが早すぎる気がしないでもないですね。
将来、『奥様は元艦娘』とか言われるんでしょうか。ちょっと楽しみです。
「ん……ここは……?」
「お?目ぇ覚めたみてぇだな」
二人の方に目を移すと、満潮ちゃんが頭を振りながらゆっくりと起き上がっていました。
おっとそうでした!カメラを起動しておかないと。
恐怖で気絶までした満潮ちゃんが、私を見た途端に泣き出す可能性はゼロではありません。写真を撮り損ねないようにしておかないと。
「お姉……ちゃん?」
「え?」
今何と?『お姉ちゃん』と言う単語が聞こえてきたような気がしましたが……。まさか私の事?私の事ですよね?
これは、もしかしたらもしかするかもしれません。満潮ちゃんが涙目で『お姉ちゃん』と叫びながら、私の胸に飛び込んでくるかもしれない!
いや、飛び込んでくる気だ。満潮ちゃんはすでにソファーから飛び降りて私に向かって駆け出そうとしている。
そう思った途端、私の思考が加速した。
窮奇の凶弾にさらされた時と少し似てる気がします。ならば、この機に対策を練らないと!
さあどうする!?もしそうなったら写真を撮る余裕はありません。全力で『よしよし』してあげないと……。
『よしよし』だけではいけませんね。身長的に、ちょうど私の顎あたりに満潮ちゃんの頭の天辺が来ますから、抱きしめて頬ずりもしてあげましょう。
しかし、そうなるとカメラが操作できなくなる。撮影を誰かに委ねるしかないです。
あの三人組は論外、スマホを渡すには距離がありますし、そもそも説明してる時間がありません。
金髪さんはスマホを渡しただけで察してくれそうですが、やはり距離があります。しかも角度が最悪、あの位置では満潮ちゃんの後ろ姿しか撮影できません。
スマホを渡せる距離にいて、渡しただけで何を撮影すればいいか察する事が出来、尚且つ満潮ちゃんを正面から撮影できる人物……。
一人しかいませんね!
「海坊主さん!コレをお願いします!」
私が考えをまとめ、海坊主さんにスマホを手渡すまでわずか1秒。満潮ちゃんはまだ駆け出したばかり。私に到達するまで3秒は余裕があります。
海坊主さんはスマホを構え、右手の親指をグッと立てて『任せろ』と目で語り準備万端。
ああ、私の可愛い満潮ちゃん。遠慮なく私の胸に飛び込んでおいで!
お姉ちゃんが全力で慰めてあげます!
「うわぁぁぁあん!お姉ちゃぁぁぁぁん!」
あ、これやばいです。両手を前に突き出し、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら走って来る満潮ちゃんの破壊力は想像以上です。
戦艦クラスの主砲なんか目じゃないですね。コレを見て平気でいられる人なんて存在しませんよきっと。
現に私は、すでに鼻血を噴きそうです。
「ごわがっだぁ!ごわがっだよぉぉぉ!」
「ごふっ!」
何?何なの?この可愛すぎる生き物は!
カシャシャシャシャシャ!とシャッターを連続で切っている音をBGMに、満潮ちゃんが全力で私の胸に顔を擦り付けて来てます。私はと言うと、鼻血を我慢しすぎて口に逆流し、吐血したみたいになっちゃっいました。
ああダメ……ダメよ満潮ちゃん……私の中の母性本能が目覚めちゃう。
「ゴリラがレオタードで!レオタードでぇぇぇ!」
ゴリラがレオタード?ああ、あの三人組の事ですか。
大丈夫ですよ。後でお姉ちゃんがキッチリとお仕置きしておきます。
だから、もっと泣いて?
「ゴリラがサイドチェストでこっち見てる!私を見つめてるのぉぉぉ!もうお家帰るぅぅぅ!」
私は、満潮ちゃんが言う事など右から左に聞き流し、全神経を両の手の平に集中して全力で頭を撫でた。
ブルブルと震えてる。よほど怖かったんですね。
でもどうしましょう、満潮ちゃんが泣けば泣くほど、あの三人に感謝したくなってきます。ありがとう、満潮ちゃんをこんな状態にしてくれて本当にありがとう。
貴方達が居なければ、満潮ちゃんが泣きじゃくる姿を見る事は出来なかったかもしれません。
感謝の印に、お仕置きは魚雷で吹き飛ばすだけにしてあげます。
「大丈夫よ。お姉ちゃんがいるから。ね?」
「うん……ありがと……」
ヒックヒックとむせび泣きを続ける満潮ちゃんが、私を抱きしめる両手の力を強めました。
幸せ過ぎて死んでしまいそう……。
けど、私はやりましたよ円満さん。頭の中で『完全勝利』という金色の文字が輝き、ファンファーレまで鳴っています。
チラリと海坊主さんを見ると『バッチリ』と言いたげに右手の親指を立ててます。写真も問題なく撮れたようです。
「さあ、円満さんも心配してますし、ドーナツを食べて帰りましょ?お腹空いてるでしょ?」
「ドーナツ?あ、フレンチクルーラーだ」
くっ!『ドーナツ?』と首を傾げなら私を見上げる満潮ちゃんを見て意識を持って行かれかけました。
なんなのこの子!完全に兵器じゃない!
可愛いいは正義とはよく聞きますが、それは誤りだったようですね。
可愛いは兵器です!
「満潮ちゃんは何が飲みたい?お代は気にしなくていいから好きな物頼んで」
「えっと……。じゃあオレンジジュース……」
おっふ!
私の隣の席に座った満潮ちゃんがメニューを指さしながら『いい?』と聞きたげな感じで私を見ています。
普段見れない貴女の愛らしい姿で、お姉ちゃんは轟沈寸前です。
いいのよ。好きなだけ飲んでいいの。リットルで足りる?足りなければガロンで頼んでもいいのよ?お代はあの三人組に回しますから。
「いただきます」
偉い!ちゃんといただきますが出来ましたね。お姉ちゃん誇らしいです!
それに、両手でフレンチクルーラーを持って、小さいお口で齧りつく満潮ちゃんのなんて愛らしいこと!
例えるなら、ドングリに齧り付くリスでしょうか。
いや、リスだなんて満潮ちゃんに失礼ですね。リスなんかより100倍、いや1000倍は可愛いです!
海坊主さん、ちゃんと撮ってくれてますか?『アレって共食いになんねぇの?』とか言ってる金髪さんなんか放って置いてちゃんと撮影してください!
「朝潮さん、顔がヤバいっすよ?」
「ホントだな。トロンとしながらニヤけてるっつったらいいのか、とにかくやべぇわ。下手した通報もんだぞアレ」
こんな愛でられるために生まれてきたような生物を見たら顔もヤバくなりますよ!
と言うか、お二人はこの可愛さの塊を見てなぜ平気で居られるんですか?男性なら、思わずハイエースしちゃうほど可愛いでしょ?
まあ、海坊主さんの好みは桜子さんだから、満潮ちゃんの可愛さがわからないのも無理はないです。本当に可哀想な人。
金髪さんは……きっと戦争で心が壊れちゃってるんでしょうね。満潮ちゃんにときめかないなんて残念な人。
「取り敢えず、バカにされるどころか蔑まれてるのはわかったっす」
「初めて会った時はあんなじゃなかったのにな……」
そんな昔のことは忘れました。
お二人は『女子三日会わざれば刮目して見よ』という諺をご存じないんですか?ご存じないでしょうね。今作りましたから。
「お姉ちゃんは食べないの?美味しいよ?」
もうやめて!
そんな小首を傾げて物欲しそうに尋ねてこないで!お姉ちゃんの心臓が止まりかけたじゃないですか!
「いいのよ。お姉ちゃんの分も食べて?」
なんとかそう言って、お皿を渡すことは出来ました。貴女の仕草を見てるだけで、お姉ちゃんのお腹はいっぱいよ。本当にご馳走様でした!
「あ、でもお姉ちゃん食べてない……。お姉ちゃんも一緒に食べよ?」
「ありがとう。じゃあいただくわね」
マズいです!この子私を殺しに来てる!
片手でフレンチクルーラー差し出してますが、これは『あ~ん』してって事なのでしょうか!?今『あ~ん』なんてしたら、差し出した貴女の手の平ごと食べちゃいそうなんですけど!?
ああ……なんて小さくて可愛らしい手なの……本当に食べたい、口に含んでふやけるまで舐め回したい……。
「やっべぇよアレ。幼女の手を見て涎垂らしながらウットリするなんざ、変態に片足突っ込んでるぞ」
「きっと周りが濃すぎたんすね。すっかり影響受けちゃって……」
お二人がなんで私を哀れみの目で見てるのか理解できませんが、私はドノーマルです。
周りが濃すぎるのは否定しませんけど。
「ご馳走様でした……」
再度、偉い!ちゃんとご馳走様を言えましたしたね!
若干顔を赤らめて、恥ずかしそうに上目遣いで言うのも高ポイントです!
ほら、さすがの海坊主さんも、そんな満潮ちゃんを見て少し照れてます。ホッペタをポリポリして反応に困ってますよ。
「残りも持って帰るっすか?茶請け代わりにでもしてくれると助かるっす」
「あ、では遠慮なく」
って言うか結構な量がありますね。
箱二つで20個近くありますよ?しかもフレンチクルーラーばかり……。コレを持って来たお客さんは、よほどフレンチクルーラーがお好きなんですね。
ポン・デ・リングとかも買えばいいのに。
「あ、一個持つ……」
「あら、持ってくれるの?ありがとう」
私が左手に持った方を受け取った満潮ちゃんが、代わりに右手で握り返してきました。
なるほど、手を繋ぎたかったんですね。
もう、素直に言えばいいのに。今の私なら、手を繋ぐどころか抱っこしてあげますよ。
「車で送って行ってやろうか?」
「そうですね……」
正直言うと、このまま満潮ちゃんと手を繋いで帰りたいですが、満潮ちゃんが歩き疲れてるなら、金髪さんに送って貰うのも考えないと。
「いい……。お姉ちゃんと手繋いで帰る……」
ぐっは!
まさに会心の一撃!
台詞だけでもヤバいのに、私から離れまいと握る手に力を込め、身を寄せてくる仕草も相まってとんでもない破壊力です。
「そっか、気ぃつけて帰れよ」
「はい、満潮ちゃんがお世話になりました」
金髪さんが三人組に『お前ぇら裏行ってろ』と視線で指示し、三人が裏に行ったのを見計らって、私達は二人にお礼を言って店を後にしました。
去り際に海坊主さんが『動画も撮っといたっすから』と、スマホを手渡しながら耳打ちしてくださいました。
任務完了、戦利品もバッチリ。
このスマホに収めた満潮ちゃんの姿は、末代まで朝潮型に受け継がれることでしょう。
と言うか受け継がせます。コピーも大量に作りましょう。満潮ちゃんの可愛さを布教するために配って回るのもいいですね。
「いっぱい貰ったね。晩ご飯の後に、皆でいただきましょうか」
円満さんと、応援に来てるはずの叢雲さんに配ってもかなり余るわ。朝雲さん達も呼んで、今夜は朝潮型でパーティーです。霞と霰さんも呼んだら来るかな?いや、さすがに来ないか、わざわざフレンチクルーラーを食べに呉から来てくれるとも思えません。
パーティーの様子と、満潮ちゃんの可愛い泣き顔をスマホで送るだけで勘弁して貰いましょう。
「あ、あの……」
「ん?どうしたの?」
どうしたんでしょう。目を伏せて何か言いにくいことを言おうとしてる感じですが、もしかしてパーティーが嫌なのかな?
「迎えに来てくれて……ありがと……」
「気にしなくていいんですよ。可愛い妹を迎えに行くのは姉の勤めですから!」
無理!もう無理!
なんとか平静を保ってそれっぽい事は言えたけどもう限界!一言で、いや、あと一仕草で私はキュン死します!だからやめて?もうそれ以上、可愛いこと言ったりしないで?
「うん……お姉ちゃん大好き……」
「がはっ!」
その一言で、私は吐血して気を失いました。気がついたら八駆の部屋で寝ていましたもの。
満潮ちゃんの話では、心配して後を追って来た金髪さんが運んでくれたようです。
もっとも、気がついた途端『お姉ちゃん死んじゃヤダ!』と満潮ちゃんに抱きつかれて、再び気絶したんですけどね。
そうそう、これが原因かはわかりませんが。
この後、満潮ちゃんは『戦艦殺し殺し』と言う異名を囁かれる事になりました。
ちなみに、『戦艦殺し』という物騒な異名は私につけられたものらしいです。
まあ、仕方ありませんね。
満潮ちゃんの可愛さに抗うくらいなら、戦艦を沈める方がはるかに簡単なんですから。
その私を容易く撃破する満潮ちゃんは、『戦艦殺し殺し』の異名を贈られるに相応しい子だと、後に思いました。
イベント中なのに富山に出張になってしまった……。
E2まではクリアしたけど、不幸だわ……。
投降の間隔は今以上に長くなるかもしれませんが、スマホでボチボチ書いていきます。