神風誕生1
正化20年夏。
当時は深海棲艦が出没し始めたばかりで、船が謎の沈没をしても事故扱いされてたのを両親が見ていたニュースでチラッと聞いた覚えがある。もっとも、あの頃の私は思春期に入ったばかりの小娘で、ニュースなどより音楽番組やアニメを見せてくれと親にねだっていたわ。
海に面した田舎町、それが私の故郷だった。当時は早く大きくなって、さっさとこんな町出て行きたいって思ってたわ。まあ、大抵の子がそうだったでしょうけど。
だって本当に何もなかったんだもん、海に面してるって言っても漁港があるわけでもないし、娯楽と言えばテレビと釣りくらい、過疎が進んで子供も少なかったから友達も少なかったわ。
うん……今思い返しても本当に何もなかった……。その何もなかった故郷も、初夏の割に寝苦しい夜に本当の意味で何も無くなっちゃった。
その夜、私は轟音と共に叩き起こされた。
文字通り叩き起こされたの、だって壁に
「う……あ……?」
もちろん頭はパニックよ。
轟音は鳴り続けてるし、周りの家も燃えてる。背中から叩きつけられたせいで呼吸はまともに出来ないし、さっきまで私が寝てた場所の海側、両親の寝室があった辺りに、直径5メートル位のクレーターが出来てたんだもの。
「隕……石……?」
私の頭に真っ先に浮かんだのは隕石の落下だったわ。
砲弾が落ちてクレーターが出来るところなんて見た事なかったし、砲弾が降ってくるような環境で生活した事も なかったもの。
パッと思いついたのが隕石の落下でも不思議はないでしょ?
「お母……さん?」
へたり込んで、クレーターを眺める事しか出来なかった私の目の前に、見覚えのある
映画で腕だけが落ちてるシーンを見た時はすぐに目を逸らしちゃったのに、本物を見た時は目を逸らすことが出来なかったな、だって映画より現実味が無いんだもん。
それがお母さんの腕だとわかった途端に周りの轟音が聞こえなくなった。完全な無音。私の頭が、目の前にお母さんの腕が落ちてる事を必死に理解しようとしていた。
理解なんてしたくないのに。夢であればいいと思っているのに。私の頭は、必死に現状を理解しようと働いていた。
お母さんの腕を皮切りに、あちこちに散らばった
「う゛……」
まあ、お約束……と言ったら身も蓋もないけど。理解した途端に吐き気がこみ上げて来たわ。当然よね、実の両親の、バラバラ死体より酷い死に方を目の当たりにしちゃったんだから。死んだ両親には悪いと思うけど、ミンチより酷かったわ。
だけど、私は吐かなかった。それより前に、目の前の存在に気づいたから。
私とクレーターを挟んだ向こう側に立って、深海のように暗い瞳で私を見ている存在に気づいたから。
「綺麗……」
そう、ソイツの第一印象は『綺麗』だった。黒いビキニ姿と、両手には化け物を模った様な主砲、当時は両手のソレが主砲だなんてわからなかったけどね。後に、海軍から重巡リ級と呼ばれる存在を、私は不覚にも綺麗と思ってしまったの。ソイツの後ろからは、軽巡やら駆逐艦やらがワラワラと海から上がって来てた。
全部で10隻いない位だったけど、ソイツ等に私の故郷は焦土に変えられたわ。
「たす……けて……」
無意識に、私はリ級にそう言ってた。私が住んでた町を焼いて、両親を肉片に変えた相手に『助けて』って言ってた。その時の私には、ソイツが私を助けに来てくれたように見えたの。
だけどリ級は、私の声聞くなりニヤァっとして砲を向けた。きっと、砲を向けられた私の顔は絶望で染まってたでしょうね。
「ひぃっ……」
だって正面から見るリ級の主砲は悪魔そのものだったもの。
私は幼いながらも死ぬんだと自覚したわ。あの砲で撃たれて死ぬ。きっと両親以上に粉々になって。私は、恐怖で思わず目を閉じたわ。 ほんの少しでも恐怖を紛らわそうと、体が勝手に反応したんでしょうね。
本当に撃たれてたら、私もミンチより酷い事になってたと思う。けど、いつまで経っても私に砲弾が飛んでくる事はなかった。
ギィン……!
代わりに訪れたのは鈍い金属を引き裂く様な音、そして……。
「なんだ、思ったよりいけるじゃないか」
聞き覚えのない、呆れたような響きの男の人の声だった。
ゆっくりと目を開けると、目の前にはカーキ色の軍服を着た軍人、そのさらに前には頭の先から股下まで真っ二つにされたリ級。私が目を閉じている間に現れた軍人が、左手に持った鞘を腰だめに、右手の日本刀でリ級を真っ二つにしていた。
「お前らも刀使え刀!安上がりだ」
目の前の軍人、後に横須賀鎮守府で提督を務める事になるお父さんは、刀に着いた青黒い血を振り払うと、誰にともなくそう叫んだ。とても現実とは思えない光景を目の当たりにして、私は呆然と眺める事しか出来なかったわ。
「そんな事出来るのは大隊長だけっすよ。自分らにゃ無理っす。ねえ、大尉殿?」
「遺憾ながら少尉に同意します。さすがに無理であります」
両脇から、また知らない人の声が聞こえて来た。
これが、後に横須賀鎮守府で『少佐』と呼ばれる人と、『モヒカン』や『世紀末ヒャッハー』と言う蔑称の果てに『海坊主』と呼ばれる事になる私の旦那との出会いだったわ。ちなみに、当時は角刈りにヘルメット被ってた、面倒だから海坊主で通すけどね。
そういえば、この時金髪は何処に居たんだろ?アイツもこの頃からお父さんの部下だったはずなだんだけど……って、モブの事はどうでもいいか。
「大尉、第二中隊に民間人を避難させるよう伝えろ。第三、第四中隊には敵の足元に火力を集中するよう伝えてくれ」
「了解であります」
お父さんの命令で、大尉が通信機を取り出して命令を伝達し始めた。私の大尉に対する第一印象は『眼鏡をかけてない左門』だったなぁ。後に補給が絶たれて激痩せしたけど、この頃は太ってたから。
「なんで足元なんすか?」
「正面から当てても効果がないのは確認しただろうが、ならば足元に撃って少しでも進行を遅らせ、俺がぶった斬る!」
どうも私を助けに入る前に、他の個体に撃って確認してたみたい。どの個体に撃ったのかは、目を瞑ってたからわかんないけど。
「指揮官自ら突っ込むんすか?大昔の戦争じゃあるまいに……」
この頃のお父さんは、偉ぶって『私』って言ってなかったのよね。『私』って言いだしたのは確か……提督になって1年か2年経ってからだったっけ?
「少尉、敵の砲身を狙えるか?」
「それ、冗談で言ってるんすよね?あんな、手持ちの火器と大差ないような砲身にぶち込めって言うんすか?」
「出来ないならいい、お前はうちの隊で一番の狙撃手だと思っていたんだが……。俺の見込み違いだったようだ」
分かりやすすぎる挑発、こんな挑発に乗る人なんて居る訳がない。子供の私でもそう思ったわ。だけどあのバカは……。
「やってやろうじゃねぇかこの野郎!今からぶち抜いてやるからよく見てろっす!」
見事に挑発に乗せられた。金髪と言い海坊主と言い、挑発に耐性無さすぎ。私は覚えてるわよ。海坊主が挑発に乗った瞬間、お父さんが『計画通り』と言わんばかりに悪い顔してたのを。
ドン!
私の2メートル程前で膝立ちになった海坊主が、一番前に居た軽巡に発砲。初弾は軽巡の、後に『装甲』と呼ばれる物に弾かれて明後日の方向に飛んで行った。
「やはり無理か」
「ジャストミートだったんすけどね……」
軽巡が私たちの方を向こうとした途端に、ロケット砲だったかな?が数発着弾して注意を逸らした。右を見ると、大尉が通信機片手に何か喋ってたから、きっとそうするように命令したのね。
「あの球体状の不可視の力場の様な物がバリア的な役目をしているのか……」
「厄介っすね、この距離の徹甲弾で撃ち抜けないなんて」
ロケット砲の煙で浮かび上がった軽巡の『装甲』を見ながら、二人が呑気に分析してた。今は通常兵器がほぼ無力なのはわかってるけど、当時はその程度の情報すらなかったものね。
「次は発砲する瞬間を狙ってみろ」
「いや、発砲する瞬間なんてわかんないっすよ。新しいタイプじゃないんすから」
「タイミングは俺が指示する、やれ」
お父さんの有無を言わさぬ命令で、再び海坊主が狙いを定めた。
「3……2……1……今!」
ドン!
お父さんが『今!』と言った瞬間に海坊主は軽巡に再度発砲。今度も『装甲』に弾かれるんじゃないかと私は思っていたけど、海坊主が撃った弾は吸い込まれるように軽巡の砲身に飛び込み、軽巡の内部で誘爆を引き起こして体の半分を吹き飛ばした。
「やはりな」
「撃つ瞬間は不可視の力場が解除されるんすかね?」
「いや、全てではない。恐らく、砲の射線上の力場が発砲の瞬間だけ消えるんだろう」
そう、艦娘でもそうだけど、発砲の瞬間は射線上の『装甲』の一部が消失する。じゃないと、球状の『装甲』の内側に当たって誤爆しちゃうからね。お父さんは、深海棲艦との初戦でそれを見抜いた。
この時はまだ、火力を一点に集中すれば『装甲』を貫けるって事はわかってなかったからね。だって、お父さんがこの当時率いていたのは普通科大隊だったし、私が住んでた町が襲撃されたって報告を聞いて急遽駆けつけたから戦車とか砲兵隊は連れてなかった。そのせいで、一点集中して『装甲』を貫く方法は試せなかったの。
「俺とお前で片づけるぞ。大尉、スポッターをしてやれ」
「了解しました」
クレーターの手前でへたり込み続けている私には目もくれず、お父さんは大尉と海坊主だけでなく、大尉から受け取った通信機で次々と命令を飛ばしていた。
私はただ、そんな光景を見続けることしか出来なかったわ。当時の私には、戦う力なんてなかったから。
「お嬢ちゃん、すまないがもう少し我慢してくれ。すぐに終わらせて安全な所へ連れて行ってあげるから」
命令を一通り出し終わったお父さんが、そこで初めて私に声をかけて来た。笑顔が苦手なのに、私を安心させようと精一杯の笑顔を浮かべて。
私は首を小さく縦に振るくらいしか出来なかったわ。短い時間であまりに多くの事が起き過ぎて、どう反応していいかわからなかったから。
ちなみに、海坊主は私を無遠慮に観察してた。『小汚いガキ』って思ってるのが、口に出さなくてもわかるくらいに。まあ、そんな感じだった海坊主も、今じゃ私にベタ惚れなんだけどね。
「第一中隊!俺を援護しろ!化け物狩りの時間だ!」
そう言ってお父さんは悪魔の群れに飛び込んで行った。私の近くに海坊主と大尉も居たけど、私の視線はお父さんに釘付けになってたわ。
人間を一撃で粉微塵にする悪魔を恐れもせず。まるで歓喜しているかのような高笑いを上げながら、一振りの日本刀を手に暴れ回るお父さんに。
後に誰かがこう言った。
曰く、奴はバケモノ殺しの化け物と。
曰く、奴の戦術は戦術とは呼べない。なぜならば、奴は『近づいて叩き斬る』ただこれだけしかしないだからだと。
曰く、艦娘がいなければ、英雄と呼ばれていたのは彼だったと。
そんな人達に、お父さんはかつてこう呼ばれていた。
鎮守府が設立されて、艦娘が国防の主役になった事で軍内にしか広まらなかったお父さんの異名。その事を私が知るのはもう少し先なんだけど……。
前線で戦う人は尊敬と感謝の念を込め、そうじゃない人は疑心と畏怖を込めて、お父さんをこう呼んだ。
この夜が私の始まりだった。
これが私の物語の序章だった。
これが、横須賀鎮守府の提督になるお父さんと、後に駆逐艦神風となる私の最初の出会いだった。