艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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 話の内容的には追撃2の続きですが、作中の時間軸的には邂逅5のラストあたりです。


神風追撃3

 艦娘になってからの9年間で、私が相手に本気の殺意を抱いた事は三度ほどしかない。

 一度目は、桜子と初めて一緒に出撃した時。

 私はあの子を守るため、初めて自分の意志で砲撃した。相手を殺して桜子を守る。その時の私はそれしか考えていなかった。

 

 三度目は、先代の朝潮が戦死したと聞いた時。殺したいほど憎んだのは自分自身だった。

 本来なら私と陸奥がやるべき事を、幸せを目前に控えていたあの子にさせてしまった。

 『何が横須賀の守護神だ!肝心な時に居ないんじゃ意味がないではないか!』と、自分を八つ裂きにしたい衝動に駆られた。

 実際、陸奥が力尽くで止めなければ、私は腹を切っていたかもしれん。

 

 「どうして三度目が先なんだ?二度目はどうした?」

 

 「ん?ああ……。三度の中で、二度目が一番頭にきたんだ。一度目と三度目が霞んでしまうくらい、私はその時激怒した。ブチ切れたと言うやつだ」

 

 昼飯を『ダルシム』で食べようという話になった私と武蔵、鳳翔と春日丸は、工廠に艤装を預けて雑談を交わしながら歩いていた。

 そんな折りに、武蔵が『先輩でもキレたりする事はあるのか?』などと聞いてきたから冒頭の話をしたわけだ。

 

 「私は気が弱いからな。キレる事は滅多にない。と言うか、キレる事が出来ないんだ」

 

 「おいおい、冗談はやめてくれ先輩。誰の気が弱いって?」

 

 私だよ。

 まあ、普段の私を見ていると信じられないよな。

 外に居る時だけとは言え、『長門』の仮面を被るのは精神的に疲れるんだぞ?部屋に戻ったら陸奥に思いっきり甘えるけど。

 

 「もしかして、舞鶴の時ですか?確かにあの時の長門さんは、有り得ないほど激怒していましたね」

 

 「ほう?有り得ないほどとは?」

 

 「目は真っ赤に血走り、砲声に負けない程の雄叫びを上げ、頭の艤装のせいもあって見た目は完全に鬼でしたね。動きを例えるならキングコングでしょうか」

 

 おい、ソレは言い過ぎだろ。

 前二つは良い、私も自覚はあるし。だがキングコングは訂正してくれ。キングコングは酷すぎる!

 

 「お前も私の事は言えないだろう?空母なのに近接戦をしていたじゃないか」

 

 「さ、さすがは鳳翔さんです!いったいどのようにして近接戦を!?」

 

 「まあ慌てるな春日丸。順を追って話してやるから」

 

 あの時の鳳翔は私とは真逆。激怒しているはずなのに笑みを浮かべ、黙々と駆逐古鬼を殴る姿は今も目に焼き付いているよ。

 今も昔も、艤装ではなく素手で深海棲艦を殴り飛ばした空母は鳳翔だけだな。今後も、そんな事をする空母は現れないだろう。たぶん……。

 

 「ですが、普段は穏やかなお二人がどうしてそこまで激怒なされたんです?」

 

 「できる事なら、春日丸ちゃんには経験してほしくありませんが。あの光景を見て怒らずにいられるほど、私は人間が出来ていません」

 

 そうだな、友を目の前で痛めつけられる光景など、見なくて済むならその方がいい。

 

 あれはそう……。私と鳳翔が桜子たちと合流しようと向かっている最中、魚雷の爆発による水柱と、その上空で桜子たちに砲を向けている駆逐古鬼を見つけた時だった。

 桜子たちには申し訳ないが、上空から和服をはためかせ、優雅な動作で桜子たちを狙う駆逐古鬼を見て、私は不覚にも美しいと思ってしまったよ。

 

 「鳳翔!艦載機を!」

 

 「もうやってます!」

 

 私がそう言った時には、すでに駆逐古鬼は砲撃を終えていた。駆逐古鬼の砲撃が二人に直撃するのを見た時は肝が冷えたな。やられたか?と思ってしまうほど見事に直撃していたから。

 きっと鳳翔も同じだったんだろう。艦載機を発艦させながらも、瞳には若干諦めの色が見えたし。

 

 『避けろ神風ぇ!』

 

 そんな私の耳に、通信を通して辰見の声が聞こえて来た。そして、桜子が駆逐古鬼に殴り飛ばされる瞬間も見えた。

 二人は生きている。急げばまだ間に合う。

 そう思った私は、自分の速度の遅さにイライラしながらも桜子たちの元へ急いだ。

 

 「武蔵も桜子……神風の事は覚えているだろう?」

 

 「あの赤い駆逐艦だろ?覚えているさ。聞いた話だが、横須賀で最強の駆逐艦だったんだって?」

 

 「横須賀どころではないさ。日本最強の駆逐艦と言っても過言ではない。もしかしたら、世界一かもしれん」

 

 その桜子が唯一負けた相手。

 当時のアイツは最盛期と言えるほどではなかったが、それでも並の駆逐艦が束になっても敵わない程強かった。

 

 「その桜子がボロボロにされていたよ。正直、生きているのが不思議なくらい酷い有り様だった」

 

 「そうですね……。舞鶴で高速修復材を使わせてもらえなければ、桜子さんは死んでいたかもしれません……」

 

 両目は潰れて額周辺は肉ごと捲れ、肩や胸なども肉を削がれ、焼け焦げていた。

 それでもなお、アイツは戦おうとしていたがな……。

 

 『クソッ!クソォォォ!何処に居るのよ!何で何も見ないのよぉぉぉ!』

 

 合流するまで300メートルと言ったところだっただろうか。

 桜子はそう叫びながら、右手に持った日本刀を振り回していた。すぐ傍には駆逐古鬼。奴は桜子にトドメを刺そうとせず、桜子の周囲を旋回しながら興味深そうに観察していた。

 

 『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!こんな所で死にたくない!私は先生の所に帰るんだから!』

 

 桜子が叫ぶたびに、私の怒りのボルテージは天井などないかのように上がり続けていた。

 何がそんなに珍しい。私の友を散々痛めつけ、ボロボロになっても抗おうとする様がそんなに滑稽か。

 生きようともがく様がそんなに面白いか!

 

 「やらせはしません!」

 

 駆逐古鬼が桜子の正面に立って砲を桜子の頭に向けた時、鳳翔の艦載機が駆逐古鬼に攻撃を開始した。桜子を巻き込まぬよう、機銃と体当たりで。

 ちょうどその時だったかな?桜子が顔面から血を噴いて海面に倒れたのは。

 

 「助け…て……。先…生……。助けて……」

 

 「神風!しっかりしろ!神風!」

 

 鳳翔が艦載機で駆逐古鬼をなんとか退け、私たちは桜子と駆逐古鬼の間に割って入る事が出来た。

 海面には桜子の血が広がり、パッと見は死んでいるように見えたが、まだ『脚』を維持している事で生きている事だけはわかった。

 

 「あ……。やっぱり来てくれた……」

 

 そのうわ言を最後に、桜子の艤装が緊急避難装置を作動させた。

 最初は、私達が助けに来るのを信じていたんだろうと思った。けど、それが間違いである事はすぐにわかった。

 きっと桜子の潰された瞳には、提督が助けに来てくれた光景が映し出されていたんだろうな。

 

 「鳳翔……神風は?」

 

 「まだ生きてます。急いで高速修復材を使えば助かるかも……」

 

 「そうか、わかった。天龍、動けるか?」

 

 『神風に比べりゃ軽傷だ、心配すんな……』

 

 「鳳翔と合流しろ。その間、駆逐古鬼は私が抑える」

 

 それだけ言って、私はなおも興味深そうにこちらを観察している駆逐古鬼に向け、ゆっくりと速度を上げ始めた。あの時の桜子は、私の主砲の音がトドメになりかねない程酷い傷を負っていたからな。

 

 「後で私も加勢します。一人で片づけないでくださいね」

 

 「保証はできんな。秋津洲、聞こえるか?」

 

 『聞こえるかも!』

 

 「神風と天龍を舞鶴鎮守府まで運んでくれ。朝潮、護衛を頼めるか?」

 

 『可能です。現在そちらに急行中!』

 

 これで後ろは心配ない。後は神風が助かる事を祈りつつ、駆逐古鬼を八つ裂きにするだけ。と、考えながら速度を上げた記憶があるが……。ふむ、頭に血が昇っていたせいか、そこから先の記憶が曖昧だな。

 

 「いや、良い様に撃たれまくっていたじゃないですか」

 

 「そ、そうだったか?」

 

 「そうですよ。長門さんの砲撃は掠りもせず、逆に駆逐古鬼の砲撃は面白いほど長門さんに命中していました」

 

 あ~……そういえばそうだったような……。

 うん、段々と思い出して来た。たしかに、鳳翔が加勢してくれるまで良い様に遊ばれていたな。私の『装甲』でなければ、鳳翔が来るまで保たなかっただろう。

 

 「長門さん!しゃがんで!」

 

 「鳳翔か!?」

 

 劣勢の中、私が言われた通りしゃがむと、頭の上を艦載機の群れが通り過ぎて行った。

 ちょうど私の正面にいた駆逐古鬼に向かって、海面から1メートルもない高度を猛スピードでな。

 

 「全主砲斉射!撃てぇぇぇ!」

 

 鳳翔が放った艦載機が駆逐古鬼に殺到し、奴の視界を一瞬だけ奪った。

 その一瞬の隙を突いて、私は持てる火力の全てを奴に集中した。咄嗟の事とは言え、上手い具合に連携できたものだ。

 

 「それで、その駆逐古鬼とやらを仕留めたのですか?」

 

 「いや、結果だけ言うと、奴を仕留める事は叶わなかった」

 

 「長門さんの主砲が直撃したのにですか!?」

 

 「ああ、ピンピンしていたとまでは言わないが、贔屓目に見て大破寸前の中破と言ったところだったな」

 

 だと言うのに、奴は無表情のままだった。服はあちこち破れ、焼け焦げ、青黒い血を流していると言うのに、その表情からは余裕すら感じられた。

 もしかしたら、奴には痛覚と言うモノがなかったのかもしれないな。

 

 「まったく、見た目通りバケモノだな。鳳翔、艦載機はあと何機出せる?」

 

 「0です。ですが問題ないでしょう?弾薬やボーキサイトがなくても、燃料はまだ有ります」

 

 「ハハハハハハハ!見直したよ鳳翔!ならば、私は盾になろう。奴の攻撃は全て私が引き受ける」

 

 鳳翔は弓を投げ捨て、私は指をボキボキと鳴らしながら駆逐古鬼へ向かって行った。

 まったく、いくら弾薬が切れていたとは言え、艦娘と深海棲艦が素手で殴り合うなど前代未聞だ。

 奴がなぜ、私たちに付き合って素手で応戦していたのかは謎だがな。

 まあ、私の攻撃で左腕の艤装は損傷していたし、桜子たちともそれなりの時間やり合っていたから弾切れだった可能性もあるが。

 

 「さて春日丸。鳳翔の素手での戦闘スタイルはどのようなものだったと思う?」

 

 「え~と……やはり合気道とか柔道とかでしょうか?」

 

 「そうだな、鳳翔なら似合いそうだ」

 

 「違うんですか?」

 

 「ああ、鳳翔は……」

 

 ん?どうした鳳翔、何をそんなに慌てている?

 もしかして、春日丸に知られたくないのか?何を恥じることがある。あの戦いぶりは尊敬に値するものだったぞ?

 お前は私が鬼のようだったと言ったが、私が鬼ならお前は修羅か羅刹の類だったではないか。

 

 「ふんっ!」

 

 駆逐古鬼の『装甲』に鳳翔が拳を打ち付ける度に、ドゴン!ドゴン!と砲撃のような音が響いた。『どりゃあ!』とか『どっせい!』と言う掛け声と共にな。

 それなのに、顔はずっと(^-^)(こんな)感じだったんだぞ?その光景を見ているだけで、私の頭に昇った血は急激に下がって行ったよ。

 

 「ケンカ殺法か?」

 

 「そうだ。流派もクソもない。ただ力任せに拳を打ち付けていただけだ」

 

 武蔵の言う通り、鳳翔の戦闘スタイルはケンカ殺法だったが、軽空母とは言え鳳翔の力場総量と馬力は駆逐艦や軽巡の比ではない。

 しかも鳳翔は『装甲』を0にして、浮いた力場を『弾』に上乗せした『刀』を拳に纏わせて殴りつけていた。まともに食らえば、私でもただでは済まなかっただろう。

 

 「お前たち二人がそこまでしても勝てない奴か……。考えただけでゾッとするな」

 

 「心配しなくても、二度とまみえる事はないさ」

 

 そう、二度と私たちがあの駆逐古鬼と相対する事はない。舞鶴では取り逃がしたが、その数年後に桜子がキッチリ仕留めたからな。

 

 「どうしてその時に仕留める事が出来なかったんですか?聞いた限りだと、追い詰めていた風にも受け取れましたが」

 

 「それは……ですね。そのぉ……」

 

 言いたくないよなぁ?鳳翔。私もできる事なら教えたくない。

 だが、ここまで話したんだ。言わない訳にもいかないよな。

 なに、簡単な話だ。私と鳳翔は拳で殴りつけるくらいしか攻撃手段がなかった。さらに、私と鳳翔は『刀』を使っていた。当然、燃料の消費は激しくなる。

 つまり……。

 

 「ガス欠になったせいで、撤退する駆逐古鬼を追う事が出来なかったと言う訳か」

 

 「ま、まあ、そういうわけだ」

 

 いやぁ、なんともマヌケな話だ。

 いくら頭に血が昇っていたとは言え、燃料の残量を一切気にしなかったとは。

 私たちが航行もままならなくなったのを見計らったかのように、駆逐古鬼は悠々と撤退して行ったよ。

 私たちがあの時仕留めていれば、桜子と辰見が東南アジアに行く事もなく、もしかしたら、横須賀事件の結果も変わっていたかもしれないのに。

 

 「その……神風さんと仰いましたか?は、助かったのですか?」

 

 「ああ、今もピンピンしてるよ。今は提督の部屋に居るはずだ。それにしても、高速修復材は凄いな。ゾンビ映画にでも出て来そうな程酷かった傷が跡形もなく綺麗になったんだから」

 

 それでも一週間くらいは包帯まみれだったがな。

 高速修復材を沁みこませた緑色の包帯でグルグル巻きにされた桜子はゾンビから一転、ミイラになっていた。

 

 「そう言えばあの時、鳳翔に連れられて提督に文句を言いに行ったな」

 

 「当然です。養子とは言え、娘である桜子さんが重傷なのに、提督は顔を見せる事すらしなかったんですよ?舞鶴まで来ていたにも関わらず」

 

 いや、それは仕方がないだろう。

 確かに私も、見舞いくらい行ってやってくれと言おうと思ったが、前舞鶴提督の代わりに事後処理を行っていた提督の様子を見た途端に言うのをやめたよ。

 お前もあの時の執務室の惨状を見ただろう?一か月ほどではあるが、戦場と大差ないほどの喧騒に包まれていたではないか。

 

 「お願いします!神風さんのお見舞いに行ってあげてください!それくらいの時間は作れるでしょう!」

 

 「くどい!今は駆逐艦一人のために割いている時間などない!」

 

 鳳翔はそう言っていたが、提督が言う通り、パッと見ただけでもその程度の時間を作るのすら難しいのは私でもわかった。

 負傷者の受け入れ施設の選定、要請、搬送。復興支援の手続きや業者の手配。各鎮守府から集まった艦娘達への指示。果ては担当海軍区の当面の哨戒、警備計画の立案、作成。

 一から鎮守府の体制を作り直さなければならない程、舞鶴鎮守府はズタズタにされていた。

 まあ、前舞鶴提督がまともに鎮守府を運営していていなかったのも原因の一つではあったが。

 

 「く、駆逐艦一人ですって!?神風さんは貴方の娘でしょう!しかも死にかけたんですよ!?なのに見舞いにも行かないだなんて、それでも人の親ですか!」

 

 それでも鳳翔は食い下がった。

 提督だってすぐに見舞いに行きたかっただろう事はそれは鳳翔もわかっていたはずなのに。

 

 「鳳翔、それくらいにしておけ」

 

 「なぜですか!神風さんは今も提督を待っているんですよ!?長門さんだって彼女がうなされているを聞いたでしょう!」

 

 ああ聞いたさ。

 通常ではありえない程急速に回復していく傷の痛みと熱のせいで、桜子は快復するまで毎晩のように『助けて……先生助けて……』と、うわ言を繰り返していた。

 だから私も執務室まで付き合った。

 だが、提督の様子を見てしまったら何も言えなくなってしまったよ。見てわかるほど憔悴していたからな。

 舞鶴に着いて数日しか経っていないのに、目の下にはくきっきりと隈が浮かび、顔は青白く、白手袋はペンのインクや判子のインクで所々黒く染まっていたし、鳳翔と言い合ってる間も、その手はよどみなく動き続けていた。

 これは私の考えでしかないが。きっと提督は、桜子の見舞いに行く時間を作るために、必死で仕事をこなしていたんだろうな。

 

 「そこまで言っても、提督がお見舞いに行く事はありませんでしたけどね……」

 

 「仕事が大事なのはわかりますが……。少し薄情に感じてしまいますね」

 

 違うんだ春日丸。提督は薄情なんかじゃない。

 本当なら舞鶴に着いてすぐに見舞ってやりたかっただろう。ずっとベッドの横で手を握っていてやりたかっただろう。

 だが、提督と言う立場がそれを許さなかった。

 実際、提督が仕事を放り出して見舞いに行こうものなら、例えそれが一時間程度でも、当時の舞鶴鎮守府にとっては致命傷になる。それほどガタガタだったのだ。

 提督の決済が一時間遅れれば、現場の方はそれ以上に遅れるからな。

 提督にとっては苦渋の選択だっただろう。

 親として桜子を見舞うか、提督としての職務を全うするか。提督は二つを天秤にかけ、職務を全うする方を選んだ。桜子の無事を祈りながら。

 

 「アレが提督なりの信じ方だったんだろう」

 

 私には提督が『俺の娘を舐めるな』と言っているように見えたよ。

 それでも薄情と言われるなら、私にはもう弁護のしようがない。悪いが諦めてくれ提督。

 

 「男の人はいつもそうです。家族の事より仕事優先。私だって、当時の舞鶴が大変だったのは理解していますが、それでも少しくらいは……」

 

 「そのくらいにしておけ鳳翔、過ぎたことを言っても詮無いだけだ」

 

 「しかしですね!」

 

 「それに!……今の提督と桜子の仲を見れば、ソレが問題になっていない事はお前にもわかるだろう?」

 

 鳳翔だって、提督の選択を頭では理解しているはずだ。だが、女とは面倒なものだな。どうしても、理屈より感情を優先してしまう。

 

 「意識を取り戻した桜子は、恨み言の一つも言わなかっただろう?」

 

 「ええ、それも私には理解できません。逆に喜ぶだなんて……」

 

 そうか、鳳翔には理解できなかったか。

 意識を取り戻した桜子は、提督は仕事を優先して一度も見舞いには来ていないと鳳翔に聞かされた後、私達に微笑みながらこう言った。

 

 『そう、先生らしいわ……』と。

 きっと桜子は、提督が見舞いに来ないのをメッセージとして受け取ったのだろう。

 『お前は死なない。お前が死なない事を信じて、俺は仕事に専念する。俺の娘なら、一人で立ち上がって見せろ』と。まあ、これは私の想像でしかないが、そんな感じで受け取ったんじゃないだろうか。

  

 「あの時の桜子の顔は今でも忘れられないよ」

 

 誇らしげで自信に満ち、敗北の悔しさなど微塵も感じさせない桜子を見て、私は少し羨ましくなった。

 なぜあの二人は、あそこまで互いを信じあいう事が出来るのだろう。

 元は赤の他人なのに。

 戦災孤児とそれを助けた軍人。ただ、それだけの関係のはずなのに。あの二人はまるで、姿かたちが違うだけで、中身は同一人物のようにそっくりだ。

 

 「例えどんなに離れていても、心はずっとそばに居る」

 

 「恋文か?似合わないぞ先輩」

 

 「茶化すな武蔵。そう言ってるように見えたんだよ」

 

 親子としても、恋人としても理想的な関係だなあの二人は。言葉を交わさずとも互いを理解し合い、信じ合っている。

 アレで恋愛関係に発展しなかったのが不思議なくらいだ。

 

 「だからあの日も、提督は笑って桜子を送り出したんだろう」

 

 正化25年の春だったか。

 東南アジアに駆逐古鬼が出現したとの報を聞いて、桜子と辰見は横須賀を旅立った。横須賀を離れることが出来ない、私と鳳翔を置いて。

 

 「そう言えば、あの二人があっちでどんな事をしていたか知らないな……」

 

 駆逐古鬼を討ったと言う話は聞いたが、ソレまで何をしていたかは聞いた覚えがない。

 

 「今晩聞いてみますか?私も気になりますし」

 

 「そうだな。それも面白そうだ」

 

 無茶苦茶してたのは想像がつくがな。あの二人が大人しくしていたなんて有り得ない。

 きっと泊地の司令や艦娘達を困らせていた事だろう。いや、そうであってくれないと面白くない。

 

 桜の季節は出会いの季節というが、逆に別れの季節でもある。

 けど、戦地へ赴く二人を見ても、私が寂しさを感じることはなかった。

 『いってきます』そう、声を揃えて横須賀を発って行ったあの二人が帰って来ないとは、どうしても思えなかったから。

 

 桜が舞う中。

 庁舎の正面玄関で私と鳳翔、そして提督と朝潮は二人の武運を祈り、こう言って送り出した。

 『いってらっしゃい』と。

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