艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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神風追撃4

 私は大雑把にではあるけど、お父さんの考えてる事がわかる。

 あまり感情を顔に出さない人だけど、態度を見てれば機嫌の良し悪しはすぐにわかるし、思考パターンも把握してるから何をどうしたいのかもわかる。

 詳細を聞かなくても、作戦海域や攻略対象を聞けばどういう作戦を立ててるかもだいたい想像がつくわ。

 まあ、長い付き合いだからそれくらいできて当然よね。

 

 「いや、普通はできんじゃろ」

 

 「そう?でも、私は出来るよ?」

 

 何年も一緒に居れば出来て当然だと思うんだけどなぁ。お父さんだって、私が何考えてるかわかるでしょ?わかるよね?

 

 「いや、何十年も連れ添った夫婦とかなら、そういう事も出来るんじゃろうが……」

 

 「お母さんは出来てたじゃない。お父さんが『んっ』って言っただけで『はいはい』って言いながらお茶とかお酒とか出してたし」

 

 「そりゃあ、女房とはガキの頃からの付き合いじゃったけぇのぉ。癖まで全部把握されちょったし……」

 

 「へぇ。幼馴染みってやつだったんだ。初めて聞いたわ」

 

 幼馴染み同士で結婚とか本当にあるのね。漫画とかアニメの世界だけの話だと思ってたわ。

 まあ、それは兎も角。

 

 「じゃあ、なんで私はお父さんの考える事がわかるんだろ?引き取られて10年だけど、東南アジアに行ってた期間を差し引いたら6年くらいよね?」

 

 「お前は破天荒な割に人の事をよう見ちょるけぇのぉ……。それでじゃないか?」

 

 「洞察力が鋭いって事?私、探偵になれるかしら。犯人はお前だ!とか言っちゃって」

 

 「やめちょけやめちょけ、殺人事件を解決するような探偵は白馬に乗った王子並みの空想動物じゃ。それにお前はどっちかっちゅうと……」

 

 フフフ……。今こそ、お父さんが何て言おうとしてるか言い当てて見せよう。

 ズバリ!遺体の第一発見者になっちゃって、容疑者扱いされて狼狽えるヒロイン!まあ、私の容姿なら当然の配役だわ。

 個人的には見事な推理で犯人を追い込む探偵役も捨てがたいけど、お父さんがそっちの方が似合ってるって言うなら吝かじゃないわ。

 

 「衝動的に殺人を犯してあっさり捕まる犯人じゃの」

 

 「なんでよ!私そこまで短気じゃないもん!」

 

 「お前ほど短気な奴を俺は他に知らん!」

 

 ムカつく!私が短気ですって?

 三度までなら殴るだけで済ませてあげる私が?冗談やめてよ。これで短気なら、他の人はどれだけ我慢強いの?

 え?まさか、普通は悪口とか言われても笑って済ませるの?嘘でしょ!?私には絶対無理!相手が悪口を言おうとした瞬間に体が動いちゃうもん!

 

 「そのせいで泊地でも散々もめたじゃろうが、毎日のように苦情が来ちょったぞ」

 

 「お、覚えてない」

 

 「ほう?リンガ、ブルネイ、ラバウル、そして最後のタウイタウイ。すべての泊地司令から、『あのじゃじゃ馬を早く横須賀に戻してくれ』と言われちょったが?」

 

 「ちょ、ちょっと待って!?今タウイタウイも入ってなかった!?艦長まで私の苦情言ってたの!?」

 

 酷いわ艦長、一緒に居たのは2年くらいだけど古い付き合いじゃない。それなのに私を厄介者扱いしてたなんて……ショックだわ……。

 たしかにタウイタウイに居た頃は、司令が知り合いだから他の泊地に居た時より少し、いや若干我儘は言ったわ。けど、我儘って言っても可愛い物だったじゃない。

 日本米が食べたいとか、芋より肉が食べたいとか、潜水艦の相手は飽きたとか、寝苦しいからエアコン設置してとかその程度よ?

 私は艦娘として当然の権利を主張しただけだわ。

 

 「お前、艦長の部屋に忍び込んで酒をギンバイしよったろうが」

 

 「してない」

 

 ギンバイなんて失礼な。

 私は艦長が部屋に居ない間に堂々と入って持って出ただけよ?盗んだんじゃないの、貰っただけ。

 それに、タウイタウイに居た頃は二十歳超えてたから法的にもOK。責められる理由がないわ。

 

 「勝手に持って出るのを貰うとは言わん!艦長秘蔵のウィスキーまで持ちだしたじゃろうが!」

 

 「いいじゃないお酒の一本や二本!また買えばいいでしょ!」

 

 「一本なんぼする思うちょんじゃ!そこらのサラリーマンの給料が吹っ飛ぶくらい高いんぞ!?」

 

 「だから何よ!あんな僻地にいたら給料の使い道なんてないでしょ!」

 

 むしろ、お金の使い道を作ってあげた事に感謝してほしいくらいだわ。

 それにお酒だって、むさ苦しいオッサンに飲まれるより私のような美少女、いや、今は美女か。に、飲まれる方が幸せに違いない。

 

 「はぁ……。今でも各泊地の司令、特にリンガの司令には申し訳なさ過ぎて頭が上がらんぞ俺は」

 

 「私、そんなに迷惑かけた?覚えがないんだけど」

 

 「リンガの司令に『神風のせいで足柄と羽黒の性格が変わった』って言われたぞ?」

 

 「足柄と羽黒?」

 

 その二人って妙高型の重巡よね?その二人がいた事自体は覚えてるんだけど……。

 私のせいで性格が変わった?はて、人の性格を変えるような事したっけ?

 

 「貞淑過ぎて男性恐怖症気味だった足柄が男漁りを始め、気弱で臆病だった羽黒が戦闘狂になったって聞いたぞ?」

 

 「話盛りすぎ!尾ヒレどころか胸ビレまでついてるじゃない!」

 

 そこまで言われたら、さすがに思い出してきた。

 羽黒に関しては説教まがいな事をした記憶があるわ。足柄はたぶん、リンガに持ち込んだお土産のせいかな。

 

 足柄は、戦闘中は餓えた狼のように敵を追い回すほど勇猛果敢なのに、陸に上がるとそれが嘘のように大人しくなる。

 整備員さん達を怖がって、艤装を着けたまま工廠の前でウロウロしてるのを何度か見たわ。

 整備員さん達も艤装の整備がなかなか出来なくて困ってたなぁ。

 

 羽黒は臆病な博愛主義者って言ったらいいのかしら。

 オドオドして人の顔色ばっかり覗って、自分の意見は一切言おうとしない。

 その癖、戦闘の実力はあって敵に攻撃もするんだけど、その大半は威嚇に近かった。

 至近弾で敵の針路を潰し、撤退を促そうとしてたわね。それでも向かってくるような敵には、致命傷にならないよう、兵装の破壊だけしてたっけ。

 

 「お父さんがあの二人を見たら私と同じ事するから!絶対!」

 

 「俺はお前ほど気ぃ短ぉないぞ?」

 

 いいや!絶対する!

 お父さんって、ああいうウジウジしたタイプの女が大っ嫌いじゃない!

 そりゃあ、人間的には良い人達だったわよ?

 足柄は女性相手ならウザいくらい気さくな人で、羽黒は私の言う事なら何でも聞いてくれる、とても使いやすい便利な人だったわ。

 

 「お前……重巡が駆逐艦より立場が上なんは知っちょるよの?」

 

 「そういう噂があるのは知ってる」

 

 「アホかお前は!常識じゃ!」

 

 「知ったことじゃないわよ!私が弱い癖に偉ぶる奴が大っ嫌いなの知ってるでしょ!?お父さんだってそうじゃない!立場の上に胡座かいてるだけの奴が殺したいほど嫌いでしょうが!」

 

 まあ、あの二人はそういうタイプの人間じゃなかったけど、戦闘に関しては私の方が一枚も二枚も上だったのよ?スペックでは確かに負けてたけど……。

 

 「あの二人はリンガの二枚看板じゃったはずぞ?なのにお前より弱かったんか?」

 

 「一対一ならね。戦舞台でハメちゃえば大抵の奴は何も出来ないもの」

 

 今もそうだけど、リンガ泊地はシーレーンを防衛する泊地で一番重要と言っても過言ではない泊地。なにせ、シーレーンの玄関口だからね。

 現在でも最前線と言っていいわね。

 

 そのリンガ泊地で、二枚看板として知られていたのが足柄と羽黒の二人。

 最前線を支えてるだけあって、実力に関しては二人とも問題なし。羽黒なんて、常に手加減して戦ってるようなものだったからね。

 真っ当(・・・)に戦ったら私でも勝てないわ。

 

 「足柄よ。砲雷撃戦が得意なの。ふふ、よろしくね」

 

 リンガ泊地に到着した私と天龍を出迎えてくれたのも足柄と羽黒だった。

 重巡で砲雷撃戦が得意じゃなかったら、他に何が出来るんだろ?とか思ったけどツッコマなかったわ。

 移動で疲れてて面倒臭かったからじゃないわよ?

 私って優しいからさ、自信満々に『砲雷撃戦が得意なの!』とか言われても『ふ~ん』って言うだけで済ませたわ。

 

 「羽黒です。妙高型重巡洋艦姉妹の末っ娘です。あ、あの…ごめんなさいっ!」

 

 羽黒は私と目が合うなり、深々と頭を下げながら謝ってきた。

 私が不機嫌そうに見えたから、反射的に謝っちゃったんだってさ。

 

 「気にすんなよ羽黒、神風が不機嫌なのはいつもの事だからよ」

 

 「天龍、訓練メニュー追加ね。取り敢えず艤装背負って泊地を一週してきなさい。もちろんダッシュで」

 

 「んなバカな!」

 

 いやいや、当然でしょ?悪質なデマを流す奴にはお仕置きしなくちゃね。

 まあでも、言われた通り艤装を背負って泊地を一周したんだから大したものだわ。冗談半分で言ったのに。

 

 「1年くらいじゃったか?リンガにおったんわ」

 

 「そうね。それなりに楽しめたわ」

 

 結局、リンガにいる間に駆逐古鬼とは再戦できなかったけど、リンガで得たものは大きかったわ。『稲妻』を思いついたのも、リンガにいた間にあった戦闘のおかげだしね。

 あれはたしか、リンガに着任して半年ほど経った頃だったかしら。

 産油地から石油を満載したタンカーを護衛していた駆逐隊から、潜水艦を含む敵艦隊から襲撃を受けたから救援を送ってくれって連絡が来た時だったわ。

 救援のメンバーは私と天龍、そして足柄と羽黒の四人。

 足柄と羽黒が水上艦の相手をして、ソナーと爆雷を装備した私と天龍で潜水艦の相手をする手筈だった。

 

 「私……実は対潜水艦戦は初めてなのよね……」

 

 「ソナーで位置を探って爆雷を投げるだけだろ?お前なら楽勝なんじゃねぇか?」

 

 「そこまで簡単なら良いんだけどね……」

 

 天龍の言う通り、潜水艦の相手をする方法はソナーで位置を探って爆雷を投下するだけ。

 こう言ってしまえば簡単そうに思えるけど、現実はそう甘くはない。潜水艦は大抵の場合、私達が位置を探り当てる前に此方の位置を把握し、先制して魚雷を撃ち込む『先制雷撃』を仕掛けて来る。重雷装巡洋艦が似たような事をするって聞いたことがあるわね。実際に見たことは無いけど。

 逆に、横須賀に居る五十鈴がソナーと勘で敵に自分の位置を把握されるよりも前に、敵に爆雷を放り込む『先制爆雷』って手法を編み出したって聞いたことがあるわ。

 習っておけば良かったって、後悔した覚えがあるなぁ……。

 

 「天龍!5時の方向から魚雷!」

 

 「おうよ!神風の方にも2時から来てるぞ!」

 

 私と天龍は5メートルほどの距離を取って背中合わせになり、お互いの死角を補いながら潜水艦と対峙した。

 問題は、水上艦の砲撃を避けながら潜水艦の相手もしなくちゃならなかった事がしら。

 足柄は敵を容赦なく撃沈してたんだけど、羽黒は前に言った通り敵に情けをかける奴だったから敵の数がなかなか減らなかったの。

 

 「羽黒!さっさと水上艦をどうにかしてよ!これじゃ潜水艦に近付けない!」

 

 『ご、ごめんなさい!でもこの子達、なかなか撤退してくれなくて……』

 

 「ふざけるな!私達は戦争してるのよ!?もっとわかりやすく言ってあげましょうか?殺し合いしてんのよ!私達は!博愛主義も結構だけど、それに私達を巻き込まないで!」

 

 『でも、でも!深海棲艦だって生きてるんです!殺さなくて済むなら…』

 

 「もう一度言うわよ。ふざけるな!その結果仲間が死んだらどうすんの!?今までは上手くいってたかもしれない。けどこれから先も上手くいくとは限らないのよ!?」

 

 『わかっています!けど私は!私は……』

 

 羽黒の煮え切らない態度にイライラしながらも、私は必死に魚雷を避け続けた。

 敵の位置は掴めてるのに、水上艦の砲撃が邪魔で爆雷の射程まで近付けない。そんな状況を打破するには、羽黒に水上艦を始末して貰うか、砲撃と魚雷を掻い潜って潜水艦に接近するしかなかった。

 

 「『トビウオ』は……ダメね。砲撃がランダムすぎて、飛んでる間に流れ弾に当たりかねない……」

 

 かと言って『水切り』もダメ、単に敵の攻撃を躱すだけなら出来るけど、接近するには速度が足りない。

 そんな時に、『トビウオ』と『水切り』の中間、良い所取りみたいな事が出来たらなと思ったんだけど、私には朝潮みたいに、思いつきで『稲妻』を実践出来るほどの才能に恵まれてはいなかった。

 どうしても羽黒に水上艦を始末してもらう必要があったの。

 

 「仕方ないか……。天龍、帰りは曳航して帰ってね」

 

 「何をする気か知らねぇが。わかった」

 

 私は意を決して、飛んで来た砲弾に身を晒した。もちろん、致命傷にならないようにね。それでも中破にはなっちゃったけど。

 痛かったなぁ……。たぶん重巡の砲撃だと思うんだけど、私の『装甲』を容易く貫いて、一発で中破にされちゃったもの。

 

 「な、なにやってんだ神風!おい!生きてんだろうな!?」

 

 「心配しなくても生きてるわよ……」

 

 痛みで気絶しそうだったけどね。それでも、羽黒に自分がやっている事の危うさをわからせるには、実際に被弾して見せるのが一番手っ取り早いと思ったんだ。

 

 『なんで……なんでわざと被弾なんてしたんです!』

 

 「アンタが口で言ってもわかんないからでしょうが!言っとくけどね、私じゃなかったら死んでたからね!アンタがやってる事はこう言う事も起こりうる危険な行為なのよ!」

 

 別に、博愛主義を否定したりなんてしない。

 羽黒にはそれを実行できるだけの実力もスペックもあったし、この時までは上手くいってたらしいけど、敵の艦隊に包囲された状態でまで貫くものじゃないわ。

 そう、時と場所は選ぶべきよ。この時だってそう。敵の包囲を突破してタンカーを逃がさなきゃいけなかったのに、羽黒はタンカーや仲間より敵の身を案じてるようにも見えたもの。

 

 「羽黒、アンタは何を守るために戦ってるの?敵?味方?それとも両方?」

 

 『私は……出来ることなら両方守りたい……。誰も死んで欲しくないんです……』

 

 「そう、大した理想だわ。けどね、アンタ程度の力じゃその理想は叶えられないわ。それ位はわかるでしょ?」

 

 敵も味方も死なせない?そんなの大和型でも無理よ。

 人類側はともかく、敵は私達を殺すのを躊躇しない。会話が出来る個体も居るけど、わかり合う事はほぼ不可能。

 だって、目的が根本から違うんだもの。

 人類側の目的は、単純に自国の防衛。

 日本ですら、自国を安定させられるだけの海路が確保できるなら、他の国がどなろうと知ったことじゃない。

 けど、深海棲艦側の目的は人間の抹殺。

 お父さんの仮説を信じるなら、その目的は数百数千で留まらず、数百万数千万、もしかしたら数億にも及ぶ。

 戦争を終わらせるには敵の根絶しかないのに、羽黒がやってた事は戦争を長引かせる行為そのものだった。

  羽黒の理想は、叶うはずのない夢想だったのよ。

 

 「敵は容赦なく沈めなさい。それが人死にを少なくする一番の方法よ」

 

 『でも、私には……』

 

 「でもじゃない!どうしても自分の理想を貫きたいなら、今すぐこの場に居る敵艦を撤退させなさい!それが出来ないならさっさと沈めろ!アンタの理想に付き合って死ぬなんてまっぴら御免よ!」

 

 私の説教が効いたからか知らないけど、この後羽黒は次々と敵艦を沈めていった。『ごめんなさい。ごめんなさい』って、敵に謝りながら。

 

 「もうちょっとソフトな言い方ができんのかお前は……」 

 

 「アレでもソフトに言った方だけど?」

 

 なんたって、お父さんを見て育ったからね。本気出したら凄いんだから。山口弁バリバリで罵倒してやるわ。

 ちなみにだけど、お父さんは本気で怒ると山口弁が丸出しになる。893言葉として知られる広島弁と山口弁は似てるからね。方言丸出しで怒鳴ったら見た目も相まって893にしか見えないわ。

 実際は893より(たち)悪いんだけど。

 

 「足柄も同じように説教したんか?聞いた限りじゃ、戦闘面に関しちゃ問題ないように思ったが」

 

 「足柄に関しては何もしてないわ。なんで私のせいになってるのか不思議なくらいよ」

 

 足柄が男漁り、もとい、男に興味を持ったのは天龍がお土産に持ち込んだエ〇本と女性週刊誌とかのせいかな。

 なんか、結婚や男女のABCには思うところががあったらしくてさ。お土産の本の数々を読んで焦りと言うか、抑圧されてた欲望が噴き出したと言うか……。

 とにかく、タガが外れた状態になっちゃったのよ。いや、オブラートに包んだ言い方はやめましょうか。

 だって、単にエ〇本見て盛っちゃっただけだもん。

 

 「リンガの男性職員は、全員ドン引きしてたわ」

 

 男性恐怖症とも言っていいレベルで男が苦手だった足柄が、人が変わったように男男って言い出せばそうなるわよね。目なんか血走ってたし。

 

 「どうせお前は、端から見て大笑いしよったんじゃろうが」

 

 「当たり前じゃない。見てて飽きなかったわよ?」

 

 娯楽の少ない泊地では貴重な見世物だったわ。

 天龍は『別に結婚を焦るような歳でもねぇだろ……』って言いながら呆れてたっけ。まあ、私も同じ事思ったけど。

 

 「でもさ、いくら東南アジアに居たからって良いように使いすぎじゃない?1年ごとにあっちこっち行かせてさ」

 

 「あっちはシーレーンを維持するための艦娘が常に不足しちょったけのぉ。お前ほどの駆逐艦は引く手あまたじゃったぞ」

 

 「いや、毎日のように苦情が来てたって言ったよね?」

 

 む、わざとらしく目を逸らした。

 引く手あまたとは方便で、呼び戻された時に居たタウイタウイを除いて、実際は追い出しに近い形で異動になってたのね。

 

 「次のブルネイでも散々暴れちょったよのぉ?たしか、工廠を半壊させちょったの」

 

 「してない」

 

 「嘘つけ!修繕費を横須賀の予算から捻出したんぞ!?」

 

 「ホントにしてないったら!やったのは私じゃないもん!」

 

 確かにリンガ泊地の次に異動になったブルネイ泊地で、工廠が半壊する事件はあったわ。

 印象的な事件ではあったけど、私はそれ以上にブルネイ泊地についた途端に届いたお父さんからの手紙の方が印象に残ってる。

 

 「お父さんてさ。悲しい事があると、気持ちを落ち着かせるために、妙に事務的になるよね」

 

 私がブルネイ泊地に異動したのは、正化26年の2月末。着いて一週間もしない内に、お父さんから訃報が届いた。

 文面は箇条書き、その時の状況と結果だけが、お父さんの汚い直筆で書かれていた。

 最後の一文だけ、文字が震えてるように見えたっけ。

 

 手紙の最後には、震えた文字でこう書かれていたわ。

 『駆逐艦朝潮は、名誉の戦死を遂げた』と。

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