司令官が座る木製の執務机。そして私が座るのは、その隣に備え付けられた秘書艦用の席。いつもの見慣れた執務室の風景です。
書類仕事に打ち込む司令官の横顔は、少し寂しそうにも見えますが、いつも通り凛々しくてカッコいいです。
けど、若干お若く見えますね。これも先代の記憶なのでしょうか。
「……」
視線が勝手に動き、机の上の書類に落とされた。
日付は……。正化25年の5月?やはり先代の記憶のようです。二回続けて見るのは初めてですね。
「あの……。司令官」
「ん?どうかしたか?」
「いえ……。その……」
なんでしょう、この気持ちは。
モヤモヤしてると言いますか、ヤキモキしてると言いますか。悲しんでる?それとも、焦ってる?
う~ん……。どちらも違いますね。しいて言うなら心配してる?いったい、何を心配しているのでしょう。
「すまん。顔に出ていたか?」
「はい……。やっぱり寂しいですか?」
「情けない事にな……。何と言うか、胸にポッカリと穴でも空いたような気分だよ。心配はしていないんだが……。いや、夜だけは少し心配だな……アイツは夜一人で……」
「私も寂しいです……。出会いこそ最悪でしたが、神風さんは私の数少ない友人ですから……」
はて?神風さんが居なくなったのでしょうか。
もしかして家出?有り得ますね。今もそうですが、桜子さんは直情径行で短絡思考ですから、些細な事でも家出しかねません。
「アイツも、君の事を友人だと思っているはずだ。口には出さなくても、私には何となくわかる」
「そうだと嬉しいんですが……」
「部屋では、君の話をよくしていたぞ」
「大半は文句ですよね?」
司令官が、申し訳無さそうに頬をポリポリと掻き始めました。どうやらその通りのようです。
「確かに文句が大半だったが、君の事を話している時のアイツはどこか嬉しそうだった……。アイツはあんな性格だろ?だから、同性で友達と呼べるような相手は君以上に少ないんだ。だが、顔は嫌そうにしていても、君と一緒に居る時のアイツは本当に楽しそうだったよ」
「ふふふ。難儀な性格の娘さんですね」
まったくです。
誰彼構わず噛みついて、気に食わなければ所構わず暴れ回る。無礼千万、無法千万、傍若無人で幸災楽禍。
けどそれ以上に、元気溌剌、明朗快活、勇気堂々として七転八起を旨とし、獅子奮迅を絵に描いたような戦い振りは、全ての艦娘が手本にすべきだと私は思います。
本人には絶対に言いませんけど。
「アイツがあんな性格になったのは私のせいだ。私について来なければ……」
司令官。
「それ以上、言ってはダメです」
う……。先代と言いたい事が被ってしまいました。
まあ、私が何を言ったところで、記憶の中の司令官には届かないんですけど。
「私は、神風さんが司令官と出会った頃の事を知りません。横須賀に来るまでどんな生活をしてたのかも知りません。ですが、神風さんは司令官と一緒に居たから幸せになれたんです。笑顔で居られるんです。それだけは断言できます」
ここまで言いたい事が被るとは……。
ズルいですよ。私が言う前に、私が言いたい事を全部言っちゃうなんて。
過去の出来事に文句を言っても仕方が無い事はわかっていますが、私だって司令官を励ましてあげたいです。
「神風さん……。元気にしているでしょうか……」
「元気なのは間違いない。リンガの司令から、毎日のように苦情と請求書が来てるからな」
リンガの司令?リンガとはリンガ泊地の事でしょうか。
と言う事は、この記憶は桜子さんが東南アジアに行った直後か、少し経った頃ですね。
それで、司令官は寂しそうにしてたんですね……。たしか、桜子さんが奇兵隊の隊舎に引っ越した時もこんな感じでした。
平静を保っているようで、どこか寂しそう。たまに、私と桜子さんを間違ったりしてました。
きっと司令官にとって、桜子さんは傍に居るのが当たり前の存在なのでしょうね。
「私では……神風さんの代わりになれません…か?」
司令官が、少し驚いた様子で此方を見つめています。
その目を真っ直ぐ見つめ返しながらも、先代の胸の鼓動が早鐘のように音を立てています。
私も先代と同じ事を思った事がありますが、司令官と神風だった頃の桜子さんを見て無理だと思い知りました。
だって、二人はお互いを想い合っていましたもの。
恋愛感情が陳腐に思えてしまうほど、二人の間には確かな絆が存在していました。
だから、きっとこの時の司令官の答えは……。
「すまない。いくら君でも、神風の代わりにはなれない」
先代の胸の鼓動が一瞬だけ大きく跳ね上がった。
ショックだったのでしょうね。フラれたわけではありませんが、文言だけ聞けば桜子さんの方が司令官にとって大切な存在だと言われたようにも聞こえますし。
でも違うんです。
司令官は、先代の事も桜子さんと同じくらい大切に想っていたんですよ?
今だって、私を通して貴女を見ている時がたまにありますもの。
「勘違いしないでくれ。君の事は大切に想っているし、愛している。だが、アイツは少し違うんだ。君と同じくらい大切な存在だが……。何と言っていいのかな……。アイツに対する愛情は家族愛とでも言ったらいいのか……。娘に対するモノと同じなんだ」
「敵いませんね……。神風さんは、いつも私より司令官の近くに居る……。正直、妬ましいです」
「朝潮……」
「でも!いつか私が取って代わります!いつか私も、神風さんみたいに司令官が『ん』と言っただけで何が欲しいかわかるようになりますし、司令官のご飯も作れるようになります!」
司令官が再び驚いたような顔をした後、まるで慈しむかのように目を細めました。
私もまだ、桜子さんのように『ん』だけでは司令官が何を求めているもかはわかりません。ご飯は作れるようになりましたが。
あ、でも、桜子さんは洗濯だけは嫌々やってました。
何でも、靴下が臭いとかで、自分の分とは分けて洗っていましたね。司令官の匂いが自分の衣類に染み付くと思うだけで、私はご飯三杯はいけるのに……。
「洗濯も頼むよ。アイツは洗濯の度に、やれ靴下が臭いだの、私の洗濯物と一緒にしないで、などと文句を言うんだ」
「お任せ下さい!司令官の洗濯物ならこの朝潮、新品同然に洗い上げて見せます!」
ん?先代の鼻息が荒い……。何やら、妙に興奮しています。
そう言えば以前、神風だった頃の桜子さんに『洗濯が嫌なら私がやりましょうか?』って言ってみた事があるんですが、その時に『下着を新品とすり替える不届き者がいるからダメ』と断られた事があるんです……。
まさか、先代が犯人?
いやいや、先代がそんな不埒な事をするはずがありません。きっと他の誰かですね。
なんと羨まけしからん事を!
「新品と言えば、たまに下着が新しくなってる事があるな……。神風が気を利かせて買い換えてくれてたんだろうが」
「……」
あれ?先代がこれでもかと言う程の角度で目を逸らしました。まさか先代……。
「か、神風さんが夜な夜な匂いを嗅いでいるのかも……」
「臭い?私の下着のか?アイツにそんな性癖はないはずだが……。もしそうなら、控えめに言って変態だぞ?憲兵に引き渡すレベルだ」
先代の目と口が司令官に向き直って限界まで開き、頭をハンマーで殴られたような衝撃が駆け巡っています。
きっと、
と言うか、なんでこんなにショックを受けてるのでしょう。夜な夜な司令官の下着を嗅いで無い限り、こんなに動揺する必要は無いはずですが。
「へ、変態は酷いです司令官!至ってノーマルです!好きな人の下着の匂いを嗅ぎたいと思うのはドノーマルです!」
「いや……。百人に聞いたら百人全員が変態と答えると思うが……」
「司令官はわた……いやいや!神風さんに変態のレッテルを貼りたいのですか!?それは酷すぎます!いいじゃないですか下着の一枚や二枚!すっごく高かったんですよ!?一ヶ月分のお給金が吹き飛ぶくらい高騰してたんです!すり替えてくれた人には感謝ですが、いくらなんでも高すぎます!神風さんに頼んでくすねて貰おうと何度思った事か……。でも!司令官の下着のためなら安い買い物でした!お陰様で毎晩……。あ……」
「き、聞かなかった事にするよ……。その……すまん……」
司令官が帽子を目深にかぶり、心底申し訳なさそうに先代から目を逸らしました。
先代はと言うと、興奮しすぎて立ち上がり、胸の前で両拳を握り込んだ姿勢のまま固まっています。
さぞ、ショックだったでしょうね。
司令官の下着のすり替え犯を神風さんに擦り付けるはずが、自分が下着を高額で購入した事と、自分が匂いフェチな事を自らバラしちゃったんですから。
まあ、司令官の下着を嗅ぎたい気持ちはわからなくもないですよ?私は司令官の靴下の方が好きですけど。
それは兎も角、これは先代より司令官の方がショックが大きいでしょう。
自分の下着が高値で取り引きされている事実を知らされただけでなく、無自覚に最愛の人を変態呼ばわりしちゃったんですから。
いや?意外と有りでしょうか……。
例えば、司令官に『このロリコン!』と言ってみたらどうでしょう……。
いえ、司令官がロリコンだからこそ、私と司令官が相思相愛になれたのは理解しているのですが、プレイの一環として有りな気がします。
普通のプレイもまだな私と司令官ですが、将来のために妄想……もとい!シミュレーションしておくのは必要な事です!
「はい、元気にしていますよ?心配しなくても、神風さんに教わった通りお世話させて頂いています」
おっと、私と司令官の幸せ家族計画を練っている間に場面が切り替わってしまいました。
場所は執務室のままですが、司令官の姿はありません。そして、実際に見るのは初めてですが、目の前には古ぼけた黒電話。耳に当たっているのがおそらく受話器ですね。この頃の執務室の電話が黒電話だったのを初めて知りました。
電話の相手は誰なのでしょうか。
『ちゃんと野菜も食べさせてね?放っとくと、先生ったら好きな物しか食べないから。私が舞鶴で入院してる間なんて漬物しか食べてなかったのよ?』
なんだ、桜子さんか。
しかし、桜子さんが舞鶴で入院?怪我でもしたんでしょうか。いや、桜子さんなら拾い食いしてお腹を壊した可能性も……。けど、どうして舞鶴で?舞鶴にいた事もあったのかしら。
『あ、それと、お風呂は毎日入ってる?服は脱ぎ散らかしてない?タバコの本数とお酒の量も注意してね?』
「大丈夫です。私がちゃんとやってます。なんだか神風さん、司令官のお母さんみたいですよ?」
『はぁ!?あんなオッサンを生んだ覚えなんて無いわよ!』
私も最近知りましたが、司令官の私生活は凄くだらしないです。
部屋に戻ったら所構わず服を脱ぎ散らかし、そのままお風呂に行くのかと思いきや冷蔵庫からお酒とお摘まみを出して飲み始め、放っておくとそのまま寝ちゃいます。しかも褌一丁で。
私にとっては眼福ですから褌一丁なのは注意してませんが、さすがに晩ご飯前に晩酌を始めるのは注意しています。空きっ腹にお酒は体に良くありませんので。
「あの……。実は神風さんにご報告が……」
『何よ改まって、妊娠でもした?』
「違います!妊娠するような事もまだです!」
『あら、ちょっと前まで、『子供はコウノトリが運んで来る』とかアホな事を真顔で言ってたのに、妊娠の仕方を覚えたのね』
「それって何年も前の事ですよね!?私ももう16でしすよ!?人並みの性知識くらいあります!」
本当に人並みでしょうか。先代の性知識は偏っていると私は確信します。
前に、荒潮さんにみっちりと性教育を施されたのですが、その内容はお世辞にもノーマルとは言いがたい内容でした。
荒潮さんが教本と偽った不自然に薄い本。たしか、作者はオータムクラウドと仰る方でしたか。には、縛られて目隠しされたり、複数の男性に無理矢理されたりと言った事ばかり描かれていました。後で円満さんに正されるまで信じちゃってましたし。
その荒潮さんが教育の途中、先代にも同じように教えたと言う話を聞きました。
なので、きっと先代に性教育を施したのは荒潮さんです。他の人にその知識を正されていなければ、先代の性知識は偏ったままのはずです。
『じゃあ、プロポーズでも……された?』
「はい……。今年、任期を終えたら籍を入れる予定です……」
受話器を通して、二人の間に沈黙が流れています。
先代は受話器を持つ手に力が入り、空いた左手でも受話器のコードを握り締めていますね。
きっと、受話器の向こうの桜子さんも似たような感じなのではないでしょうか。
「わ、私をお母さんと呼ぶ練習をしておいてください!」
『な、何よ急に!なんでアンタをお母さんって呼ばなきゃならないのよ!』
沈黙に耐えかねたのか、それとも最初から言うつもりだったのかはわかりませんが、先代が意を決したようにそう言いました。桜子さんが素直に練習するとは思えませんが、私もその内、同じ事を言った方がいいのかしら?
「司令官は神風さんのお父さんでしょ?その司令官のお嫁さんになるんですから、私の事をお母さんと呼ぶのは当然では?」
『当然では?じゃないわよバカ!先生は保護者であって父親じゃないの!何度言わせるのよ!』
「まだそんな事を言ってるんですか?司令官が聞いたら泣いちゃいますよ?」
ええ、確実に泣いてしまうでしょう。
顔には出しませんが、司令官の桜子さんへの愛情は嫉妬してしまうレベルで深いですもの。でも『お父さんなんて大嫌い!』と言ったら逆に喜びそうだから不思議です。
『だいたいさ。プロポーズされたは良いけど、アンタの親は何も言わなかったの?先生とアンタの親って歳近いんじゃない?』
「さあ?歳どころか、私は親の顔も知りませんし」
おっと、なんだか先代に身の上話になりそうな雰囲気になってきました。
親の顔を知らないと言うことは先代も戦災孤児なのでしょうか。けど、会話から察するに、これってたぶん先代が戦死する少し前、正化26年になったばかりの頃の記憶ですよね?この時点で先代は16歳で、深海棲艦の攻撃で孤児が増え始めたのが……たしか正化20~21年頃。つまり今見ている記憶の年から5~6年前のはずです。
10歳前後で両親の顔を覚えていないと言うのはちょっと無理があるんじゃ……。
いや、待ってください。先代は
『アンタ、もしかして……』
「はい。私は捨て子です。生まれてすぐに、姉と一緒に孤児院の前に捨てられていたそうです」
やはり……。と言うか姉!?今、姉と一緒にって言いましたよね!?先代には血を分けた実の姉妹が居たんですか!?
『そのお姉さんはどうしたの?』
「今は大本営に勤めています。最近、軽巡の艤装と適合して艦娘になったと聞きました。元気にしてるみたいですよ?」
大本営に勤めている軽巡が先代の実のお姉さん?あそこに居る艦娘は大淀さんしか知りませんが……。
いや、まさか……。たしかに容姿は似てる気がしないでもないですけど、大淀さんは先代と容姿がそっくりな私を見ても初対面みたいな反応でしたし、『朝潮』自体を初めて見たような反応でした。
やはり考えすぎですよね……。
「司令官にプロポーズされた話をしたら『大丈夫?騙されてない?』とか『貴女みたいな子供にプロポーズするなんて、その人の頭大丈夫?憲兵さん呼ぶ?』とか言ってました」
「そりゃそうでしょ……。ちなみに、アンタのお姉さんの艦名はなんて言うの?」
「大淀です。今は元帥さんの秘書艦をしていると言っていました」
やはり大淀さん!?
じゃあなんで、あそこまで普通に対応できたのでしょう。頭の心配はされましたけど……。
「周りからは『腹黒そう』とか『黒幕』とか言われてるみたいです。きっと、私が直接大本営に行っても事務的に対応するでしょうね。司令官と同じで、仕事とプライベートは分けるタイプですから。けど、プライベートではとても良い姉なんですよ?」
だから、まるで初対面のように対応したと?
いくら仕事とプライベートを分ける人だと言っても、死別した妹である先代と瓜二つとまで言われる私を見て平静を保てるなんて……。
鋼の精神力?それとも、鉄面皮とでも言えばいいのかしら。どちらにしても、あの時大淀さんが何を思っていたか気になってきました。
『ふぅん。アンタよりお姉さんの方が、先生と並んだら夫婦に見えるんじゃない?差し詰め、アンタは二人の子供ね』
「そう見えるでしょうね。司令官と姉は気も合うでしょうし。でも!いくら姉でも司令官は渡しません!」
たしかに、司令官と大淀さんは並ぶと夫婦に見えると元帥さんも仰っていました。気が合いそうなのも否定はしません。
けど、司令官が選んでくれたのは私です!あの時司令官は仰っていました。『嫁と畳は新しい方が良い』と!だから、年増な腹黒メガネさんでは役不足です!
『姉妹揃って艦娘か……。まるで天龍と龍田みたい』
「孤児院が空爆されてから離れ離れでしたけどね。姉が大本営に勤めている事も、艦娘になっている事も最近まで知りませんでしたし」
く、空爆まで経験していたとは……。
捨て子な時点で結構な不幸っぷりなのに、空爆で姉と生き別れまでしていたなんて……。その上、結婚を間近に控えながら、愛する人を守るために戦艦に特攻。そして戦死……。
運が壊滅的に悪いと言われている戦艦姉妹が幸運に思えて来ちゃいますよ……。
『アンタも、ハードな人生送ってるのね……』
「そうでもありません。私は司令官と出会えましたし、それに……」
『それに?』
「あ、貴女という、掛け替えのない友人とも出会えましたから」
先代の顔の温度が急上昇。受話器を持つ手と足も震えています。
まあ、こんなセリフを臆面もなく言える人は稀ですから仕方ありません。
桜子さんも、どう反応していいかわからないのか、受話器の向こうで『あ……』とか『う~……』とか言ってます。
「な、何とか言ってくださいよ!司令官に告白した時より恥ずかしかったんですから!」
『な、何とか……』
いや、本当に『何とか』それを口に出せたって感じですけど、何とか言ってと言われて、本当に『何とか』って言う人が居るのを初めて知りましたよ。
桜子さんらしいですけど。
『わ、私も……。その…アンタの事は友達だと思ってるわ……』
「神風さん……」
『あーもう!恥ずかし過ぎる!何よコレ!?新手の羞恥プレイ!?』
二人の間に流れる青春真っ盛りな雰囲気に耐えられなくなった神風さんが、受話器の向こうで暴れている音が聞こえて来ます。
先代はと言うと、神風さんの答えを聞いてホッとしたのか、胸を撫で下ろしています。
ん?あ、あれ?先代の方が、私より大きくありませんか?先代は改二改装を受けてないはずですよね?小学校低学年位の肉体年齢のはずですよね!?
なのに、なぜ私より大きいんです!?まさかパット!?いや、この感触は制服とブラのみです。パットなんてイカサマはされていません。
なんて事でしょう……。改二改装を受けて年相応に成長している私より、小学校低学年位の先代の方が大きかった事が発覚してしまいました……。
この雰囲気をぶち壊す位暴れたい気分です……。
『先生の事……。お願いね?』
「はい…お任せ下さい……」
そう、言葉を交わして、先代はゆっくりと受話器を本体に戻しました。
やり切ったという安堵感が、胸の内に広がっていきます。緊張していたんですね……。
「相手は、神風か?」
「はい……。って!司令官!?いつお戻りに!?」
「『元気にしていますよ?』のあたりだ」
ほぼ、最初からですね。お約束のような気がしないでもないですけど。
それにしても、音もさせずに部屋に入ってくるとはさすが司令官です。今度やり方を教えていただきましょう。
「会話の内容はだいたい察しがつくよ。アイツめ、相変わらず私を子供扱いか」
「子供扱いと言うよりは……」
旅行に行った奥さんが、旅行先から残してきた娘に夫の面倒を頼んでるみたいな感じでしょうか。実際は立場が逆なのが少し面白いですね。
「まるで、奥さんみたいでしたよ?」
「奥さん……か。たしかにアイツと居る時は、女房と居る時と同じ安堵感があった。所帯じみ過ぎている気がするが」
古女房って感じですものね。
亡くなった奥さんがどうだったかはわかりませんが、少なくとも今は、桜子さん程司令官の事を理解している人はいません。
それが悔しくて……。妬ましくて……。羨ましくて……。
けれど同じくらい、誇らしくて嬉しい。この時の先代も、私と同じ気持ちだったのではないでしょうか。
「けど、出来た娘さんで嬉しいでしょ?」
先代にそう言われて、司令官は照れくさそうに頬をポリポリと搔きながら執務机の椅子に座り、椅子をくるりと回転させて窓の外を眺め始めました。まるで、その先に桜子さんが居るかのように、遠い目をして。
夕日を浴びている司令官は哀愁に浸ってるようにも見えますが、先代の言う通り本当に嬉しそう。こんなに感情が顔に出ている司令官は珍しいです。
「ああ、私の……自慢の娘だよ」
窓から射し込んで司令官を包む光が、この場に居ないはずの桜子さんの赤い髪のように見えます。
本当にズルい人……。どれだけ離れていても、貴女の想いは司令官の傍から離れない。司令官の想いも、同じように貴女の傍にあるのでしょうね。
血の繋がりのない赤の他人のはずなのに、お二人の心はどこまでも深く繋がっている。恋人でも、実の親子でもここまで互いを想い合う事はできないでしょう。
司令官を愛する気持ちで負けているとは思いませんし、桜子さんと同じくらい愛されている自信もあります。
けど、司令官と桜子さんの関係には程遠いです。
何と言いますか、私と司令官の想いは交じり合ってないんです。
一方通行とは言いませんが、お二人のように想いが一つになっていない。そう思えるんです。
「もし、私と出会わなかったら……」
司令官に聞こえないよう、先代がボソッと呟いた言葉を最後に、視界がゆっくりと暗転し始めました。夢の時間は終わりのようです。
先代が、何と言葉を続けようとしたのかは何となくわかります。私も考えた事がない訳じゃないですから。
過ぎ去った日々のifを考えても仕方のない事だってわかっていますが、どうしても頭をよぎってしまうんです。聞いてみたくなってしまうんです。
『もし、