神風共闘1
ソロモン海戦とは。
西進して来る敵艦隊をラバウル基地主導の元、トラック泊地、ブイン基地、ショートランド泊地の戦力と本土の艦娘まで動員して行った迎撃戦で、正化27年の初めから中頃まで続いた海戦の総称よ。
海軍としては、上記の基地や泊地は、ソロモン諸島に巣食う南方方面の中枢を封じ込めるための要だったから絶対に落とされる訳にはいかなかったの。
運が悪いと言うか、タイミングが良いと言ったらいいのか。私と天龍はブルネイ泊地から異動した途端に、この作戦に投入されたわ。
「一応聞くけど。あの作戦のために異動させられたって事はないよね?」
「……」
はいはい、そうですか。
そこまでわざとらしく私から目を逸らせば、そのために異動させられたって事は口に出さなくてもわかったわ。厄介払いされるよりはマシな気がするから許してあげる。
「結構な数の艦娘を集めてたんだから、いっそ落としちゃえばよかったんじゃない?」
「中枢をか?それが出来れば苦労はしちょらん。あそこの中枢は艦種はおろか、正確な居場所すらいまだに不明なままだ。あの辺りから深海棲艦が湧いて来るけぇ、あの辺りに中枢棲姫と同レベルの個体が居るんじゃろっちゅう程度しかわかっちょらん」
それって仮定の話でしょ?本当にそこ辺りに居るのかもわかってないんじゃない。
まあ、実際にその辺りから深海棲艦が出現しているから、泊地を四つも使って防衛線を引いてるんだろうけど。
「お前は落とせばよかったと言うが、迎撃で手一杯じゃったろうが」
「そうね。敵は姫級を含む大艦隊。それが次から次へと湧いてくるんだもん。包囲殲滅されなかったのが不思議なくらいだわ」
トータルで100隻は超えてたんじゃないかしら。
対する日本側の艦娘は40程度だったんだけど、敵が艦隊を小出しにしてきた事と、バカみたいにソロモン海から攻めて来てくれたおかげで迎撃する事ができた。
危ない目にも遭ったけど、
「舐めてたのかな?」
「さあのぉ。100隻越えの艦隊が一塊でなら、例え単純な力押しでもラバウルくらいは落とせたと思うが」
それとも、波状攻撃のつもりだったのかしら。波状攻撃にしては間が空き過ぎだったけど。
だって、入渠とかして体勢を立て直す余裕があったもの。長い時は、攻撃が一か月近く無い時もあったのよ?
もしくは、深海棲艦側もトータルで100隻投入できただけで、投入可能になった艦隊を端から投入してただけなのかしら。
「ねえ天龍。ここ、執務室よね?」
「外にはそう書いてあったぞ?」
「じゃあさ。子供には絶対に見せられない光景のここが、執務室で間違いないわけね」
ラバウル基地の執務室は、作戦に向けての準備で騒々しい外とは違い、酒池肉林とでも表現すべき桃色空間だった。酒の池はなかったけど、代わりに、執務室の中に檜風呂が設置してあったわ。
風呂の真ん中には、銀髪の艦娘に背中を預けながら顔を真っ赤にして恥ずかしそうに身を縮めたショタ提督。その周りには、水着姿の艦娘が五人ほど居て、縮こまってるショタ提督を指でツンツンしながらキャッキャウフフしてたっけ。
「天龍。カメラ持ってる?この光景を撮影して外にバラ撒きましょ」
「賛成だ。真面目に働く職員の皆様には、基地のトップが何をしているか知る権利があるからな」
「やめて!それだけは本当にやめてください!」
私が天龍から手渡されたすまーとふぉん?だっけ?を構えて撮影しようとしたら、慌てて風呂から立ち上がったショタ提督に止められちゃった。
まあ、すまーとふぉんでどうやったら撮影できるのかわからなかったからいいんだけどね。
アレってさ。ふぉんって言うくらいだから電話でしょ?なんで電話がカメラになるのか、いまだに不思議でしょうがないんだけど。
あ、ちなみに、ショタ提督の水着は黒のブーメランだったわ。
「お前、スマホ使えんのか?」
「すまほって何?すまーとふぉんの事?」
いや、なによその『マジかコイツ』みたいな顔。
知ってなきゃダメなの?え?電話でしょ?電話なら知ってるわよ。黒くてダイヤルが円形で、かかって来るとジリリリリリン♪って鳴る奴でしょ?それとも、すまほって電話じゃないの?
「ちなみに、これがスマホなんじゃが……」
「あ、辰見が持ってたのもこんな感じだったわ。こっちの方が少し大きいけど」
お父さんが取り出したのは黒くて薄い板状の物。
これでどうやって電話をかけるんだろ?ダイヤルがないじゃない。あ、触ったら光った!なにこれ!画面って言うの?何か四角いマークがいっぱい並んでるけど、これがダイヤルなのかな?けど、番号が書かれてないわね。不良品なんじゃない?
「今度買っちゃるけぇ、使い方は朝潮にでも教えてもらえ……」
「え?いらない。だって電話なんでしょ?」
う……。なんか可哀そうな子を見る様な目で見られてる……。やっぱり電話じゃないのかしら。
買ってくれるって言うんなら買ってもらってもいいけど、これで何が出来るんだろ?
最近、『歩きすまほ』だっけ?が社会問題になってるとかニュースでやってた気がするけど、歩きながら電話してるんじゃないの?別の事してるの?もう、訳がわかんなくなってきちゃった。
まあ、すまーとふぉんの話は本体ごとちゃぶ台にでも置いといて。
「あ、改めまして。僕が当基地の司令を務めている……」
「いや、まずは着替えなさいよ」
「はい……」
私がそう言うと、ショタ提督がすごすごと別室に艦娘たちと共に着替えに向かったんだけど、『お姉さんが手伝ってあげる~♪』とか『パンツは私!パンツは私にやらせて!』とか言ってる艦娘たちを見て、私と天龍は声を揃えて。
「「この基地はダメだ」」
って、言っちゃった。
男性があの現場を見たら殺意を覚えちゃうんじゃないかな?温厚な私でさえ、執務室を吹き飛ばしたい衝動を抑えるのに必死だったし。
「お前の好みじゃなかったんか?」
「全っ然!まったく!そもそも、年下は守備範囲外だし」
肉体年齢的には同い年くらいだったけど、あんなナヨナヨした男に興味はないわ。取り巻きの艦娘たちは、あんな奴のどこが良かったのかしら。
「で、では。再度改めまして……」
「それはもういい。執務室をハーレム化してた事もどうでもいい。アンタは私たちが何をすればいいかだけ教えて」
「はい……」
この時点での私のショタ提督に対する評価は最低。艦娘を周りに侍らせて遊んでる色ガキくらいにしか思っていなかった。って言うか、そう思われても仕方がない事してたし。
「神風さん……でしたか?基地司令に対して、その態度は問題があると思うのですけど」
「基地司令の勤務態度の方が問題あると思うんだけど?って言うか、アンタ誰?」
取り巻きの艦娘たちの中で唯一、ショタ提督と一緒に執務室に戻って来た銀髪の艦娘が私の態度を注意して来た。あんな情事を見た後じゃ、説得力は皆無だったけどね。
「申し遅れました。私は当基地の秘書艦を務めさせて頂いている、練習巡洋艦の鹿島です。よろしくお願いいたします」
私に問われて、鹿島は優雅にお辞儀をしながら自己紹介をした。
私の鹿島に対する第一印象は、男が好きそうな女って感じかなぁ。人の彼氏でも無自覚に奪っちゃいそうと言うか、鹿島にその気がなくても男が勝手に惚れちゃうと言うか。そんな感じの印象を覚えたわ。
同性の友達は、私とは違う意味で少なそうとも思ったっけ。
「練習巡洋艦?そんな艦種あったっけ?」
「佐世保に、香取ってのが居るって話なら聞いたことがあるぞ」
私が天龍に尋ねると、同じ艦種の子が居るという情報で遠回しに教えてくれた。香取って奴を見た事は無いけど、姉妹艦なのかしら。
「練巡は少々特殊でな。一緒に行動すると、練度が上がりやすくなるらしい」
「へぇ。じゃあ、嚮導が主な任務だったわけ?」
「佐世保の奴は、それが目当てで香取を迎え入れたらしいが。ラバウルで鹿島は何をしていた?」
「ラバウル艦隊の総旗艦」
性能的には駆逐艦以下だったのにも関わらずね。
まあ、私みたいな例もあるし、技量が半端じゃないんだとあの時は思ったっけ。実際は技量も並だったんだけど。
その代わりに、鹿島は艦隊指揮がズバ抜けて上手かったわ。まるで、戦場が鹿島の思い通りに動いているみたいに。その事が理由かはわからないけど、鹿島はラバウルでこう呼ばれていた。
戦場を支配する『ラバウルの女王』と。
ボンテージを着て鞭とか持ったら似合いそうだから、あながち的外れの異名でもないわね。
「私たちに与えられた任務は遊撃だったっけ」
天龍を名目上の旗艦とし、横須賀から増援として送られて来た大潮、満潮、荒潮を加えて、戦況に応じて独断専行する事を許された特別遊撃部隊。
ええ、好き勝手に暴れさせてもらったわ。作戦に縛られずに、あそこまで自由に戦えたのはアレが唯一と言っても良いほどに。
私たちのその動きすら、鹿島の計算通りだったのが気に食わないけど。
「ねえ満潮。アンタ、ちょっと被弾を怖がり過ぎじゃない?」
「べ、別に怖いわけじゃ……。私は!」
「被弾しないようにしてるだけって言いたいの?私から見たらビビってるだけにしか見えないんだけど?」
当時の満潮は今の円満、だっけ?の事ね。ここでは満潮で通すけど。
襲名制って、名前だけじゃ何代目かわかんないから厄介ね。ちなみに、当時は改二改装を受けていなかったけど、大潮と荒潮も今の二人よ。
で、その満潮は、私の目から見ると被弾を恐れているように見えたの。
少し身を捻るだけで躱せそうな攻撃さえ大袈裟に避けてたもの。そのせいで、艦列が崩れかけたのも一度や二度じゃない。
だから何度目かの戦闘の後、私は満潮に注意したの。
お父さんからの手紙で、満潮が入居してる間に朝潮が戦死したのは知ってたし、それが原因で被弾を、もっと言うなら入渠する事を恐れていた事も理解はしていたし、同情もしていた。
けど、足を引っ張られて私まで危ない目に遭うのは勘弁してほしかったから注意したの。
「か、神風さん……。満潮は…その……」
「言わなくても良いわ大潮。事情は知ってる。被弾しないように努力してる事も理解してあげる。私が我慢ならないのは、それに私まで巻き込んでる事よ。回避の練習がしたいなら一人でやってちょうだい!」
満潮は悔しそうな顔で目に涙を浮かべ、大潮はどうフォローしていいかわからずにオロオロしてたわ。荒潮は……。あれ?荒潮は何してたっけ?すぐ傍に居たのは覚えてるんだけど……。
「神風、その辺にしてやれよ。頼むから」
「天龍は黙ってて!アンタだって迷惑してるでしょ!?なんで庇うのよ!」
「他人事に思えねぇからだよ!」
天龍は、龍田を亡くして自暴自棄になっていた頃の自分と、自分が入渠していたせいで朝潮が戦死したと思い込んでいた満潮を重ねて見てたんだって。大事な人を亡くして、自分は何をしたらいいのかわからなかった頃の自分と。
もっとも、満潮は曲がりなりにも、自分でやるべき事を見つけてたけどね。
「それで、お前はどうした?」
「別に?何もしなかったわ。まあ……アドバイスくらいはしてあげたけど」
満潮は回避技術の向上に躍起になっていたから、弾道の見極め方、艦隊を組んでいる場合の避け方、『トビウオ』は朝潮に習ってたみたいだから、大サービスで『水切り』と『戦舞台』、それに『稲妻』のやり方も解説してあげたわ。
結局、『稲妻』は大潮しか習得できなかったみたいだけど。
「あの子、頑張ってたわよ。あっちに居る内に、『戦舞台』まではモノにしちゃったし。艦娘を続けてたら、回避に関しちゃ朝潮より上なんじゃない?」
「そうだな、辞める少し前には『艦体指揮』なんてモノまで会得していたし」
「艦隊指揮?何それ?指揮を執りやすくする技?」
「艦『体』だ。艤装に宿る妖精と五感と意識をリンクさせ、体を実艦と同じように使うモノらしい」
「よくわかんないんだけど?」
意識と五感を妖精さんとリンクさせたら何か変わるのかしら。
実艦って、何百人もの人で操作するのよね?自分の体を動かすだけの方が簡単な気がするんだけど。
「実際の艦は、見張りや砲手、操舵手等々、様々な役割を持った人間で動かされる。その人間の代わりを妖精が務める訳だ」
「うん、それはわかる。それに何のメリットがあるのかがわかんないの」
「実艦と艦娘の違いはなんだ?」
「違い?ん~と……」
サイズが全然違うけど、最大の違いは人型かそうじゃないか。
実艦のように『脚』があるせいで旋回半径が発生するけど、『水切り』を使えば陸と大差ない動きが出来るし、人型であるおかげで砲の仰角は実艦より大きい。その気になれば真下にだって撃てるわ。
「視界はどうだ?」
「視界?あ……」
人型である事のデメリット、それは視界が狭い事だ。
両目で見て約120度だもの。当然、後ろは見えないわ。
けど、満潮の『艦体指揮』が、見張りの役割を持つ妖精さんと視界を共有できるのだとしたら、『艦体指揮』使用中の満潮には死角が存在しない事になる。
「視界だけじゃない。アイツの『艦体指揮』は、装填、照準、発射等の攻撃動作や、攻撃を見定めてからの回避運動まで妖精が行う。もちろん、アイツの指揮の下にな。三人称視点のシューティングゲームをセミオートでプレイしている感じだろうか」
ふぅん、なんだか面倒臭そう。少なくとも、私には向かない技だわ。
攻撃しようとして、妖精さんが行動に移すまでのタイムラグが多少なりありそうだし、敵の突飛な行動にも弱そう。妖精さんが、自己判断で攻撃や回避をしてくれるなら有りかもしれないけど。
って言うか……。
「なんで、口調が仕事モードになってるの?」
「なんとなくじゃけぇ気にすんな」
まあ、仕事モードで解説してくれた方がそれっぽいからいいんだけどね。
「艦娘辞めさせたの、勿体なかったんじゃない?」
「そうじゃのぉ……。たしかに勿体ないが、アイツが戦う場を次のステージに移したいと言った。なら俺は、その後押しをしちゃるだけじゃ」
随分と満潮の事を買ってるのね。
そんな話をいつしたのかは知らないけど、あの子にお父さんが後を託してもいいと思える何かがあったんでしょうね。いつの間にか先生とか呼ばせてたし。
「もしかして、浮気相手だったりする?」
「桜子。冗談でも二度と言うな。それは、アイツに対する侮辱だ。それにお前だって、昔はその手の噂で嫌な思いをしたろうが」
う……。本気で怒ってる……。少し冗談が過ぎたみたいね。
わかってるわよ。お父さんは色仕掛けされたくらいで地位を譲ったり、ましてや、後押しをしたりなんかしない。
満潮を……。いや、円満を認めたからこそ、自分の地位を譲り、背中を押してあげる事にしたんでしょ?
それはともかく、とりあえずここは素直に謝っておくのが吉。
そんなに怒らなくてもいいじゃない!とか言いたいところではあるけど、お父さんと本気でケンカなんかしたくないし……。
「ごめんなさい……」
「わかりゃあええ」
ふぅ……。なんとか許してもらえた。
けどさ、お父さんにその気がなくても、円満にその気がないとは限らないのよ?もちろん、円満に色仕掛けで便宜を図ってもらおうって考えが無いのもわかってるわ。あの子は体を使って男に取り入ろうとするタイプじゃないし。
ここで言う『その気』ってのは、円満がお父さんを男性として見てる事よ。
あの子だって女だもの、ひょんな事でお父さんに惚れちゃうことだってあると思うわ。もしかしたら、すでにお父さんに惚れてる可能性もある。
その時はどうするの?
私が知る限り、お母さんが亡くなってから、お父さんが一度も女を抱いてないのは知ってるのよ?海坊主にも確認したし、お父さんから他の女の匂いがした事もないからこれは確実なはず。
「桜子?」
それに、朝潮が結婚可能な歳になるまで約2年。
それも含めれば、お父さんは軽く12年は女を抱いてない事になる。そんな時に、円満に裸で迫られたらどうする?拒みきれる?
いくら朝潮に操を立ててたって、その時の状況や状態次第じゃ流れで抱いちゃう事もあり得るんじゃない?
例えば、『体だけの関係でいい』とか『処女のまま死ぬのは嫌!』とか言われちゃったら……。
「お~い」
朝潮が体だけの関係なら許す可能性もあるわ。
あの子は円満を姉として慕っているし、友人としても仲がいい。二人でお父さんをシェアしちゃうなんて事もあるかもしれない。もしかしたら二人で一緒に……!
「……」
どうしよう……。
三人がそれでいいならいいけど、間違って円満に子供が出来ちゃったらどうするのかしら。
お父さんは射撃が上手い方じゃないから一発で出来る事は無いと思うけど、数撃ちゃ当たるって言葉もあるし……。10年分のお父さんの精力なら一発で数十、数百発分の可能性も……。
ん?なんだろう、目の前が急に薄暗く……。
これは、お父さんの着流し?しかもこれは、おし……。
ブフォォォ!!
「え?なに!?うわっ!くっさ!!」
私の顔に、近かくで絶対に聞きたくない音と生暖かい風。そして、視界が黄色くなったと錯覚しそうな程強烈な臭いが襲い掛かって来た。
こんのクソ親父!お父さんの事を心配してあげてた私の顔に屁を噴きかけやがった!
と言うか、何を食べたらこんな臭いが出せるのよ!掃除されてない公園のトイレより臭いんじゃない!?
「お前、俺と円満で変な妄想しちょったろうが」
「してないわよ!乙女の顔に屁を噴きかけるとか何考えてんの!?」
「嘘つけ、顔赤うしてモジモジしおって。それに、乙女っちゅう歳じゃなかろうが」
乙女じゃなければ屁を噴きかけていいって言うの?よし、ケンカだ。
筋力では圧倒的に負けてるけど、艦娘だった頃より対格差は縮まってるんだから押し倒してフルボッコにしてやる!
「ふんがぁぁぁ!」
「バ、バカ!その角度で立ち上がったら!」
私は、向き直って仁王立ちしているお父さんの腰にタックルして、そのままマウントを取ろうとした。けっして頭突きをかまそうとは思っていなかったわ。けど、お父さんの立ち位置と、私が座っていた位置が近すぎたせいで、結果的にタックルではなく頭突きをする事になってしまった。
確かにフルボッコにしてやろうとは思ったけど、気絶するほど痛めつけようとは思っていなかった。って言うか無理。
それなのに、私の頭はお父さんの。いや、男性全ての急所をピンポイントで直撃した。前に刀を通して感じた感触を、頭で感じる事になるとは夢にも思っていなかったわ。
「あ……。ごめ……」
髪の毛と頭皮に柔らかいモノを感じながら、頭に昇った血が急激に下がって行くのがわかった。顔も青ざめていってるわ。ここを攻撃された男性がどうなるかは、前にお父さんを見て知ってたから。
ごめんね、お父さん。ここまでするつもりはなかったの。
これが原因で不能になる可能性もあるけど、私に屁を噴きかけたお父さんも悪いんだからね?
「あの……。お父…さん?」
あ、ダメだこれ。白目剥いて気絶してる。
思いっきり頭突きしちゃったのは確かだけど、なんで男の人って、ここを痛めつけられただけで気絶しちゃうんだろ?漫画とかアニメだと、精々股間を押さえてのたうち回るくらいなのに。
限度を超えるとこうなるのかな?
「とりあえず、寝かせた方がいいかしら」
腰を若干引いて、白目のひょっとこ見たいな顔がキモいし、布団を頭から被せてしばらく放っとこう。
そう言えば、前はこの後どうなったっけ?たしか……。
「げ……」
お父さんが徐々に前のめりに倒れて来てる。このままこの位置に居たら、最悪の場合、私の顔の上にお父さんの股間が落ちて来るわ。
それだけは絶対に防がないと!
「ちょ……。重いいぃぃぃぃ!」
なんとかお父さんのお腹に手を突いて支える事は出来たけど、長い時間支えてらんないわ。だって『
「こ、このままゆっくり横に……」
ほぼ座った状態のまま、私はジリジリと右に移動しようとした。したんだけど……。
「やばっ!」
私の爪楊枝みたいに華奢な腕では、お父さんの体重を支えながら移動するのはやっぱり無理だったみたい。お父さんは、右腕を下にしながら倒れて来てるわ。
さぁて、どうしようかな。お父さんの股間に顔を埋める可能性は減ったけど、下敷きになりそうな状況は変わってない。
後ろに飛ぶ?
論外。お父さんの身長を考えたら、後ろに飛んだところで下敷きにされる。最悪、前みたいに私の豊満な胸にお父さんが顔を埋める事になるわ。
じゃあ左?
ダメね。お父さんは右腕を下にして倒れて来ている。私ほどのスレンダーボディーの持ち主でも、床とお父さんの隙間を滑り抜けるほどの時間はない。
右しかないわね!
ドスン……。
私はお父さんを支えていた両腕に力を込め、押しのけようとする力を右に飛ぶための力として利用。なんとか、下敷きになる事を回避できた。
「ふぅ……。助かった……」
額に浮かんだ嫌な汗を袖で拭いながら、横を向いて倒れているお父さんをチラリと見る。
白目剥いたひょっとこ顔は相変わらずか。写真に撮っておきたくなる程キモい顔ね。笑いは取れそうだけど。
「そうだ!良い事考えた!」
私はちゃぶ台に置いてたすまーとふぉんを手に取り、写真を撮ろうと試みた。
あれ?画面が消えてる……。さっきは光ってたのに今は真っ黒だわ。この、下の方の丸い所を押せばいいのかな?それとも横のボタン?
「あ、点いた」
え~と。画面が光ったのはいいんだけど、これをどうしたらカメラになるんだろ?四角いマークはいっぱい並んでるけど……。
「これ……かな?」
私は、白い背景に黒いテレビみたいなマークを押してみた。
ハズレね。ニ〇ニ〇動画とか書いてあるし。どうやったら元に戻るんだろ……。あ、下の丸い所押したら戻った! 流石は私だわ。私にかかれば、すまーとふぉんだって敵じゃないわね!
さて、続き続き。
じゃあこっちの、赤い死角に白い△のマークを押してみよう。う~ん、これもハズレだわ。ようつべ?って読むの?英語はよくわからないわ。お父さんも英語は苦手だったはずだけど……。
「もう!わけわかんない!」
どうやったらカメラになるのよ!これ?それともこれ!?こうなったら、ボタンを片っ端から押してってやるんだから!
「ん?なんだろうこれ」
なんて書いてあったかは忘れたけど、緑色の死角に吹き出しみたいな絵が描いてあるマークを押したら白と緑の吹き出しが交互に並んでる画面になった。
読んだ感じ、会話をしてるみたいだけど、緑色の吹き出しがお父さんかな?口調がそれっぽいし、名前も横須賀提督になってるから間違いないわ。
「何々?『明日、娘が帰ってくる』?」
娘ってたぶん、私の事よね?明日って事は、この会話っぽい文章は昨日書かれたものかしら。
相手は誰だろう?横須賀の人間じゃないよね?同じ場所に居るのに、わざわざこんな面倒くさい手段で話す理由がわかんないし。
「え~っと……。『楽しみでしょうがないんでしょ?』か」
たぶん、話し相手と思われる白い吹き出しの横に、口髭みたいなマークと……。これ名前?『見てらんないったら!』って書いてあるけど……。相手は男?それとも女?文章が女っぽいから女だとは思うんだけど……。続きを読んでみたらわかるかな?
『楽しみと言うか……怖いと言うか……』
『怖い?どうして?』
何が怖いのよ。私を呼びつけたのはお父さんでしょ?それとも、私が『結婚式をもっと豪華にして!』とか言って困らせるとでも思ってたのかしら。
『明後日の結婚式を終えたら、私の傍から本当に離れていってしまうと、どうしても思ってしまうんだ』
離れる?いや、すでに離れたところで暮らしてるじゃない。徒歩でも30分くらいの、会おうと思えばいつでも会えるような距離だけど。
『大事な娘を他の男に取られちゃう~って感じ?』
『いや……まあ、そんな感じだ……』
ふぅん。お父さんたら、海坊主にヤキモチ焼いてたんだ。
私が海坊主とイチャイチャする事にかまけて、お父さんの相手をしなくなるとか思ってたのかな?それを心配して、鎮守府の外に家を建てようとか言ったのかしら。
『別に、娘じゃなくなるわけじゃないでしょ?アンタが子離れ出来てないだけじゃない。情けないったら!』
『本当に情けないな……。このまま疎遠になってしまうんじゃないかと思うと……その……』
『嫁いだくらいで疎遠になるほど、アンタと娘は浅い関係なの?』
誰だか知らないけど馴れ馴れしい。コイツはお父さんの何なの?お父さんの事を『アンタ』って呼んだり、口調もなんだか説教臭いし。
『浅い関係だとは思っていない。私は誰よりもアイツの事を理解しているし、アイツも私の事を理解している。朝潮よりもな。ただ……』
『ただ?ただ、何?』
『私は、実の娘に何もしてやれなかった。桜子にもだ。俺が桜子にした事と言えば、死と隣り合わせの戦場に送り込んだだけ。恨まれていても仕方がないと思っていたのに、アイツはいつの頃から、私を父と呼ぶようになった』
『良い事じゃない。お父さんって呼んでもらえて嬉しかったでしょ?』
『ああ、嬉しかったよ。死んだ娘が帰って来たように思えた。もっとも、初めて呼ばれそうになった時は、照れ臭くて茶々を入れてしまったんだが……』
そんな事もあったわね。私が意を決してお父さんって呼ぼうとしたのに、茶化されたせいで結局その時は呼べなかったわよね。騒ぎを聞きつけた憲兵や艦娘に止められるまでケンカしてたっけ。
『お父さんって呼ばれるのが怖かったんでしょ?』
『お見通しか。そうだ、私は怖かった。桜子を死んだ娘の代わりにしていた私を、アイツはお父さんと呼ぼうとした。それを望んでいたのに、アイツの事を娘だと思っていたのに、お父さんと呼ばれるのが恐ろしくなったんだ』
『娘さんの事を忘れそうになるから?』
『ああ、桜子は私の日常だ。アイツと一緒に居る時は素に戻れた。死んだ娘よりも話をして、じゃれ合った。ケンカもした。そうしている内に、いつの間にか私は、死んだ娘の事を思い出さなくなっていたんだ。薄情な父親だと思わんか?』
私がお父さんの日常……か。
私にとってはどう?私にとってのお父さんは、足が臭くて、口煩くさくて、私が居る時は家事の一切を任せっきりのクソ親父。週に5回はケンカしてたけど、それ以上にじゃれ合った。
隣にいる時は心の底から安心できたし、一緒に寝てる時は、長門や天龍の隣で寝ていた時より熟睡できた。お父さんと一緒に居る時だけは、私も素でいられた。
そう考えると、私にとってもお父さんは私の日常だわ。
娘さんには、申し訳なく思っちゃうけど……。
『思わないわ。アンタは思い出さなくなっただけで忘れた訳じゃない。本当に忘れたんなら、仕事の合間を縫ってお墓参りになんて行かないでしょ?』
『だが私は……』
『前に聞いた事があるんだけど、父親が娘の結婚に反対するのは嫉妬からなんだって』
『いや、アイツはすでに』
『黙って聞きなさい。父親にとって、娘は一人の『女』だそうよ。つまり、女だけど娘だから何もできないし、しちゃいけない。けど、彼氏や結婚相手は出来る。もちろん、性的な行為よ』
『私が、アイツを女として見ていたとお前は言いたいのか?』
『無意識レベルでしょうけどね。だから、アンタはお父さんと呼ばれるのを恐れた。頭では娘だと思っていても、無意識レベルで女と認識してた人にお父さんと呼ばれるのが怖かったのよ。勘違いしないで欲しいんだけど、アンタが養子にした少女を手籠めにするようなクズだとは思ってないわ』
『だが、私は桜子をそういう風に見ていたのだろう?』
『アンタの心理に理由付けするなら。ね』
違う。
コイツが言うように、無意識レベルではそうだったのかもしれない。私的にも、お父さんがそういう風に私を見てくれてたんなら嬉しく思う。
コイツが言ってる事も理屈としては理解できるし、嫉妬から結婚を反対してたんなら可愛いとも思うわ。
けど、お父さんはきっと……。
「失いたくなかっただけなんだよね……」
私を戦地に送り込んで失うのが怖かった。
自分の命令で、私が死地に赴き、最悪の場合は死ぬのが怖かった。
だから、お父さんと呼ばれる事を恐れた。頭では娘だと思っていても、実際にお父さんと呼ばれるのとそうでないのとでは心持ちが違うもの。
だから貴方は、お父さんと呼ばれたいと思いながらも、そう呼ばれる事を恐れた。
私を、娘として戦地に送りたくなかったから。
結婚を反対してたのだって、私と言う名の日常を失うのが怖かったんでしょ?
いくら近くに住んでいたって、結婚しちゃったら私の日常は変わっちゃう。お父さんの日常だって変わっちゃう。だって、私が居なくなっちゃうもの。
朝潮が傍に居ると言っても、あの子はまだ、お父さんの日常には成り切れていないから。
「ホント……。面倒くさい人……」
頑固で意地っ張りで、目的のためなら他を切り捨てる程冷酷なのに、涙もろくて、寂しがりで、部下を戦地に送るだけで傷つくほど優しい幼女趣味の変態。
それと同時に、貴方は私の命の恩人。上官。保護者。たぶんだけど、私の初恋の人。そして、私の大切な父親。私の半生そのもの。
貴方と出会えたから、今の私が在る。
貴方が居なかったら、今の私はいなかった。
「……」
私は、すまーとふぉんをちゃぶ台の上に戻してお父さんの側に移動した。
「変な関係だね。私達……」
けど、恋人や夫婦よりも素敵に思える関係だわ。
その二つがチープに思えちゃうほど、私達は想い合ってたんだね。
「怖がらなくたっていいんだよ?」
一緒に住んでいなくても、どんなに距離が離れていても、私の心は貴女の傍に在り続けるわ。
同じように、貴方の心も私の傍に在り続ける。
だから、一言だけ言わせて?ずっと言いたくて言えなかった言葉を。貴方の意識がない、今だからこそ言える一言を。
「大好きだよ……。お父さん」
私は、気絶したままのお父さんの頭を膝に乗せ、今まで一度も言った事がなかった一言を口にした。
二度と口にする事のない、貴方への想いを込めた一言を。