哀餓え男@朝潮と添い遂げたい
@ywzgQiPD1FIfskt
正化27年4月。
軽巡洋艦 天龍から横須賀提督宛に送られてきた報告書に、海軍としては無視する事が出来ない報告が記されていた。アイツの性格に似合わず、書式に則った小難しい書き方をしていたが、要約するとこうだ。
曰く、『神風が敵艦と共闘した』と。
「そんな報告書、書きましたっけ?」
「覚えていないのか?怒りに任せて書いたかのように書き殴っていたじゃないか」
自分が書いた報告書くらい覚えておけ。
そして自分の所持金もだ。
階級は同じだが、自分は先任将校だぞ?簡単に言えば先輩、もっと言えば横須賀鎮守府のNo.2だ。その自分を、金がないから迎えに来いと言って呼び出すとは……。車の運転は久しぶりだから、少し怖いんだぞ?
「私みたいな美女を隣に乗せれるなんて男冥利に尽きるじゃないですか。ほら、対向車の運転手とか歩行者とかが羨ましそうに見てますよ?」
「美女と野獣。もしくは、不釣り合いだと思われているのが落ちだろ」
自分はお前ほどルックスに自信がないし、醜男だと言う自覚もある。
自分たちを見ている奴らがどう思っているかも容易に想像できるよ。『なんであんな奴と?』とか『俺と代われ』とか『同伴だろ?』とか思われているに違いない。
「もっと自信を持っていいと思いますよ?由良と付き合ってるんでしょ?艦娘と付き合うなんて、世の男たちがしようと思っても中々出来ない事なんですよ?」
「例がないわけじゃないだろう?」
艦娘の恋愛は禁止されていない。
一般人と交際する場合は、退役するまで双方監視されるが実例があるし、元艦娘相手ならもっとある。艦娘は、アイドルが霞んで見える程の美女美少女の集まりだ。B専でもない限り、大多数の男は艦娘ないし、元艦娘と交際したがるだろう。
自分だって、その大多数の一人だ。艦娘と関わり始めてからの数年はそういう事を夢想した事もある。
まさか、完全に諦めた後で一番苦手だった由良と交際。いや、婚約する事になるとは思っていなかったが。
「ケッコンカッコカリ。でしたっけ?」
「ああ、ふざけたネーミングだとは思うが、効果が実証されてしまっているからな……」
提督と艦娘が、特別な絆で結ばれた事を示す『ケッコンカッコカリ』。
艦娘の相手は必ずしも提督とは限らないが、艦娘と誰かの間に特別な絆が芽生えると、艦種によって差はあるが艤装の性能と練度限界が上昇する。要は、それを引き起こすトリガーみたいなモノだな。
現在の横須賀鎮守府で言えば朝潮。少し遡れば、初代朝潮と神風だった頃の桜子もこれに当たる。桜子の場合は少々特殊ではあるが。
ああ、そうそう。勘違いしないで欲しいのだが、『ケッコンカッコカリ』とはその名の通り(仮)だ。本当に入籍するわけではないし、絆が必ずしも恋愛感情に起因するものでもない。
桜子がそのいい例だな。
あの子は提督殿から指輪はもちろん、プロポーズもされていないのに『ケッコンカッコカリ』をした艦娘と同じように性能と練度限界が上昇した。性能に関しては、上がったのかどうかわからない程細やかなモノだったが。
兎に角、桜子のような特殊な例を除いて、絆が恋愛感情に起因する場合が多いから『ケッコン』などとついている訳だ。
「指輪は渡したんですか?」
「一応な。海軍からの支給ではなく、自腹で買う羽目になってしまったが」
『ケッコンカッコカリ』をする方法は簡単だ。
海軍から支給される、何の変哲もないただの指輪を、想いと共に艦娘に渡すだけ。要はプロポーズだ。
自腹で指輪を買う者の方が多いが、支給品で済ませる者もそれなりに居る。泊地などでは、内地に買いに行く事も困難だから、支給品で済ませる場合が多いな。
「お前は経験があるのか?」
「それは私の初体験を聞いてるんですか?それとも、『ケッコンカッコカリ』の事?」
「後者に決まっているだろう?お前の初体験などに興味はない」
嘘であります。
正直言うと、女性に初体験の事を聞くのは妙な興奮を覚えてしまう。特に、辰見のような美人なら尚更だ。世の男性諸氏も自分と同じだろう?狙っている女性の経験は聞いてみたいだろう?聞いてみたいはずだ!
いや、自分は別に辰見を狙っているわけではない。わけではないが……。やっぱり聞けるものなら聞いてみたいとは思う。由良にバレたら怖いから絶対に聞かないが。
「ありませんよ。だいたいアレ、練度が限界まで上がってる子じゃないと意味がないでしょ?」
「意味がない事はないだろう?由良が言っていたが、『例え効果が表れていなくても、貴方のために頑張ろうという気になります』と言っていたぞ?」
「それ、惚気ですか?惚気なら奇兵隊の部下たちの前でやってください。そしてボコられろ」
ボコられるどころか殺されてしまうよ。
アイツらは、世紀末のような見た目の者が多いせいか、女っ気がまったくと言って良いほどない。
ごく一部、ビークル1のように、今時の若者と大差ないような見た目の者や女性隊員は例外だが。
「話を戻すが、自分はどういった経緯であの報告書が書かれたのか知らない。良い機会だから教えてくれないか?」
「どう良い機会なのかわからないですけど、聞いても面白い話じゃありませんよ?」
「面白いか面白くないかは自分が決める。それとも、話したくない内容なのか?」
「別にそう言うわけじゃないですけど……」
お前と桜子は仲が良い。仲違いしていた時期もあったが、ソロモン海戦時は背中を預け合う仲だったはずだ。
そのお前が、まるで糾弾でもするかのように、あの報告書を送って来た。提督殿が文字通り握り潰してしまったが、あの報告書がもし大本営宛であったなら桜子は拘束、後に軍法会議、下手をすれば解体処分になっていたかも知れない。
お前は何が許せなかった?桜子が敵と共闘した事か?それとも、共闘相手そのものか?
「駆逐古鬼。覚えてますか?」
「ああ、覚えている」
軽巡 龍田を屠り、舞鶴防衛戦では桜子に瀕死の重傷を負わせた鬼級の駆逐艦。お前と桜子が南方へ行ったのも、ソイツを討つためだったな。
「駆逐古鬼が桜子と、いや、神風と共闘したと言うのか?」
「簡単に言えばそうです。奴の協力がなければ私たちは全滅、ラバウルも壊滅的な被害を受けていたでしょう」
不満そうだな。まあ、それも当然か。
お前からしたら、駆逐古鬼は妹の仇。例え一時の共闘とは言え、お前には我慢できなかったのだろう。だからあんな報告書を送って寄越した。提督殿宛にしたのは、神風を軍法会議にかけるまではしたくなかったからだろう?
「戦闘後、私は桜子……。神風を殴りつけました。なぜアイツを逃がした。なぜ、龍田の仇を取ってくれなかったんだと」
「神風は、その時なんと言ったんだ?」
「何も。何も言いませんでした。何も言わず、ただ私に殴られ続けた……」
あの神風が黙って殴られた……か。
それを覚悟しての共闘だったのだろうな。あの子は理不尽な暴力には全力で牙を剥くが、自分に非がある場合は真摯に受けとめる。昔は悪戯がバレる度に提督殿に怒られていたなぁ……。一通り言い訳した後、ちゃんと反省もしていた。懲りる事はなかったが……。
「あの報告書を書いたのは、その戦闘を終えて基地に戻った直後です。最初は大本営に送ろうと思ってたんですよ?」
「なぜ、そうしなかった?」
「わかってるクセに。意地の悪い人」
ああ、わかっているさ。
神風の立場を悪くしたくないと同時に、神風が共闘せざるを得なかった事も理解していたからだろう?と言うか、やっぱり覚えてたんじゃないか。覚えていたのにはぐらかしたな?
「さっきも言いましたが、駆逐古鬼と共闘しなければ、あの状況をどうにかする事は出来ませんでした。どうしてアイツが私たちを……。いや、神風を助けようと思ったのかは謎のままですけどね」
「神風からは聞かなかったのか?」
「その件で、しばらくの間険悪になっちゃいましたから。あの子も話そうとしませんでしたし……」
「その口ぶりだと、神風は理由を知っていたんだな?」
「おそらく。会話は大してしていませんでしたが……。何と言ったらいいのか、解り合ってるように見えましたから」
ふむ……。二人は似たような性格をしていたのだろうか。だから会話をせずとも、お互いの考えている事が理解し合えた。そういう事か?
「今でも不思議に思いますよ。あの二人は、共に戦うのが初めてのはずなのに、昔からそうして来たかのように息がピッタリでした。神風の戦い方を熟知していた私よりも……」
「嫉妬も混じっていたのか。案外、お前にも可愛い所があるんだな」
「お褒めに預かり光栄ですね。けど、少佐は私の好みじゃありませんからモーションかけても無駄ですよ?」
「安心しろ、そんなつもりは欠片もない」
本当に欠片もないぞ?
行き当たりばったりで由良と婚約したとは言え、今は彼女一筋だ。
お前の迎えだって、本当は来たくなかったんだぞ?帰ってからちゃんと言うつもりだが、他の女の匂いが付いていただけで由良は激怒するんだ。今日の事を説明しなければ、匂いに気づいた由良に簀巻きにされて折檻されかねん。彼女はなぜか、縄で縛るのがとても上手いんだ。
「そういう事にしておいてあげます。由良に有る事無い事吹き込んでみるのも面白そうですけど、この後の対応次第じゃ我慢してあげましょう」
「たかる気か文無し。ここから歩いて帰らせてもいいんだぞ?」
鎮守府まで車で20分と言ったところか。歩いて帰ったとしても晩までには着けるはずだ。
「ひっどぉい!ハイエースされちゃったらどう責任取ってくれるんです?」
わざとらしい猫なで声をやめろ!仕草もだ!
昔は兎も角、今のお前には似合いすぎていてクラッと来てしまうじゃないか!と言うかハイエースってなんだ!車種名を誘拐の隠語にするんじゃない!
「お前をどうこう出来る奴など居ないだろう?」
「あら、私は今、正真正銘の丸腰ですよ?その気になれば、そこらを歩いてる一般人でも私を手籠めに出来ます」
由良より大きな胸を張って嘘をつくな。車の振動で揺れて目に毒だ。
お前を無理矢理手籠めに出来る一般人がいるなら会ってみたいよ。お前がその気になれば、そこらの一般人はおろか、不良や暴走族の集団ですら相手ではないだろう?それに。
「正真正銘の丸腰と言っていたが……。そのハンドバッグの中、何が入っている」
「え?瑞雲ですけど?」
水上偵察機のか?それとも線香か?墓参りに行っていたのだから後者だろうが、自分が言っているのはそれではない。
「18式を持ち出しているだろう?」
「あ、バレてました?」
「バレバレだ」
18式内火艇ユニット。通称『薄衣』は、ハワイ島攻略戦で奇兵隊が使用した15式改内火艇ユニットの進化改良版で、ハンドバッグに入るほど小型の力場発生装置だ。
なんでも、エネルギー源として使われている深海棲艦のコアを圧縮し、ハンドバッグサイズの装置に組み込んだ物らしいのだが……。残念ながら、詳しい事は自分にはわからない。たぶん、説明されても理解できないだろう。
「使い心地はどうだ?」
「実戦で使ったことはないですけど、人間相手なら問題なく使えると思いますよ?」
深海棲艦相手では微妙か?それとも、役には立たないか?
カタログスペックを見た限りでは、出力は15式改以下。人間が扱えるサイズの銃弾を跳ね返せる程度の『装甲』と、水上でスケートが出来る程度の『脚』は発生させられる。
言うなれば、不可視の防弾スーツ兼水蜘蛛と言ったところか。
「これ、対深海棲艦用じゃなくて対人用ですよね?発案者は提督ですか?」
「そう聞いている。使用できる者が限られているのが問題だが、提督殿は近い内にそれを実戦でテストするつもりのようだ」
「クーデターですか……。いつかやるとは思っていましたけど、意外と早かったですね」
「派手な戦闘は期待するなよ?民間人に悟られぬよう、数年かけて三軍の上層部を粛清するそうだ」
「三軍?空軍もですか?そこは別にいいんじゃ……」
「提督殿が必要だと判断した。自分はそれに従うだけだよ」
正直に言うと、自分も空軍にまで手を入れる必要はないと思っている。空軍では深海棲艦に歯が立たないし、艦載機に落とされて無駄に金と人命を消費するだけだ。
それでも、提督殿は空軍の力が後々必要になると判断したから、今の内に掌握しておく事にしたのだろう。
「たいした忠犬ぶりですね。昔は殺し合いをした仲だったと聞いた事がありますけど?」
「そうだ。その結果、自分は負けた。だから今も、提督殿に従っている」
15年ほど前だっただろうか……。力士でいられなくなって燻っていた自分を、あの方は拾い上げてくれた。居場所と仲間を与えてくれた。戦う場所を与えてくれた……。
あの方の命令なら喜んで命を投げだすし、あの方を守るためなら笑顔でこの身を盾とする。
それが自分にできる、あの方への恩返しだ。
「ふぅん……。それが終わったら、円満に提督の地位を?」
「ああ。クーデターも円満のためだろう。彼女が動きやすくなるよう、今のうちに足元を固めるつもりなんだろうな」
円満に提督の地位を譲ると言われた時は驚いたが、あの方は気まぐれでそんな事をする人ではない。あの方にそうしてやりたいと思わせる何かが、今の円満にはあるんだろう。
「お前的にはどうなんだ?このままでは、後輩の部下になってしまうぞ?」
「構いませんよ。私では、提督は務まりませんから」
「そんな事はないと思うが?」
表情を見た限り、辰見の言葉に嘘はない。本当に自分では務まらないと思っているようだ。
だが、どうしてそう思う?お前は艦娘、特に駆逐艦から人気があるし、上位艦種たちとも仲良くやっている。指揮にも問題はないし、書類事も不備は多いが熟している。
「そんな事あります。私はきっと、耐えられませんから……」
「重さに……か?」
「ええ、戦場でドンパチしてればよかった頃の方が気楽でしたよ。提督になれば、今以上のモノを背負わなければならなくなると考えるだけで、私は潰れそうになってしまいます……」
そうか……。
お前は、立場が上がる毎に重荷が増えて行く事を知ってしまったんだな……。いや、重荷と言っては語弊があるか。責任と言い換えるべきだな。
艦隊の旗艦であれば旗下の艦娘の。自分たちのような艦隊指揮官であれば、傘下の艦隊員全ての命が己の判断に左右される。意に介さない者もいるが、それだけでもかなりの重圧だ。
だが、鎮守府の司令長官になれば文字通り桁が変わる。
提督殿は鎮守府に係わる全ての職員、全ての艦娘のみならず、傘下の泊地、守るべき国民。その全ての命と生活を背負っている。
これは決して、大袈裟な話ではない。
ハワイ島を攻略できた事で太平洋側の脅威は激減したが、提督殿が判断を誤ったり、職務を怠る事があれば、再び制海権を奪われかねないし、最悪の場合は10年前に逆戻りだ。
「私は円満のように先を見ることも出来ないし、責任を背負う覚悟もない。そんな私が、提督になれるわけがないでしょう?」
「自分と同じように、お前も黒子を演じると?」
「黒子上等ですよ。主役は若い子にお任せします」
「昔のお前からは考えられないセリフだな。主人公に憧れるのはやめたのか?」
「自分なりの戦い方を見つけただけですよ。貴方だってそうでしょう?」
そうだな。
自分もお前と同じで主人公にはなれない。なろうとも思わない。
だが、それでいい。黒子には黒子の役目がある。主人公を陰で支え、役者たちが思い切り役をこなせる舞台を作り上げるのが自分の役目だ。
「あ、そうだ!お金貸してくれません?」
「なんだ藪から棒に。コンビニで下ろせばいいだろう?寄ってやるぞ?」
「手数料がかかるから嫌です」
「じゃあ銀行に寄ってやる」
「私のお金が減るから却下」
そうか。たかる気か。
何に使う気なのかは知らんが、貸してくれは方便で奢ってくれと言う事だな?ふざけるな!
と、言うのは簡単だが、コイツの『断ったらわかってるでしょ?』と言いたげな顔を見れば言葉も引っ込んでしまう。もし断れば、コイツは車内だろうと関係なく体を擦り付けて来るだろう。
「どこに寄ればいい?」
「話が早くて助かります。じゃあ、ミスターなドーナッツ的なお店で」
自分で食べるため……。ではないな。叢雲への土産のつもりか?だが、土産はいい考えだ。由良に買って帰って多少なり機嫌を取っておこう。予定になかった外出で、由良の機嫌が悪くなっている可能性があるし。
「お前のとは別に、ポンデリングも買って来てくれ。由良への土産にする」
「りょーかい。何グロス要ります?」
「バカかお前は!一箱でいい!ああそうだ。同じ種類ばかり買うなよ?適当に見繕って種類はバラけさせろ」
12ダースで1グロスだったか?そんなに大量のドーナッツを買い込んでどうするつもりだ?鎮守府で店でも開く気か?それとも、今日はドーナッツパーティなのか?
どちらにしろ、グロス単位で買うなど正気じゃない。店側も大迷惑だ。
「冗談ですよ。まったく、すぐ真に受けるんだから」
「お前の言う事は冗談なのか本気なのかわかり辛い」
「そこが魅力的でしょ?」
そうだな。『ふふふ♪』と、悪戯が成功した子供のように笑う姿は確かに魅力的だ。正直、ドキッとしたよ。
だが、どうしてだろう。士官として横須賀に戻って来てから、ずっと微かな違和感を感じている。見た目ではないぞ?お前の内面にだ。
見た目は変わっているが、面影があるからお前を知っている者なら元天龍だとわかる。性格も変わっているようで変わっていない。言葉使いは別人になっているが、今の容姿にマッチしているから違和感はない。
自分は、お前の何処に違和感を感じているんだろうか……。
「なあ辰見……。お前は誰だ?」
子供に好かれそうな柔和な笑みと、男を魅了する淫魔のような微笑みを併せ持ち、無邪気と妖艶さを内に秘めたお前はまるで……。
そう、まるで天龍と龍田が一人になったかのようだ。
もしかしてお前は……。
「それは……。少佐のご想像にお任せします♪」
そう言って、辰見はミスターなドーナッツの駐車場に停めた車から、財布を奪う代わりに意味深なセリフを残して店に歩いて行った。
ご想像にお任せします……か。
ならば、辰見が戻って来るまで想像を膨らませるとしよう。
お前がなぜ、龍田の真似を……。
いや、龍田と共に生きようと思ったのかを……。