艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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神風共闘4

 深海棲艦は人類の敵。

 アクアリウムのような頭のイカレた連中は別として、これは大多数の人の共通認識だ。

 もちろん私も例外じゃない。深海棲艦は家族の仇。仲間の仇。私が戦場で生きることになった原因。私の憎むべき敵。

 その敵と、私は一度だけ共闘した事がある。

 そうしなければ戦闘に勝利する事が出来なかったとは言え、他の人からしたら、私がした事は裏切りに等しい。

 もしこの話をすれば、深海棲艦を心の底から恨んでいるお父さんに親子に縁を切られるかもしれない。

 

 「辰見とも、ケンカになっちゃったしね……」

 

 あれは忘れもしない、正化27年の4月。

 ソロモン海からラバウル基地に大攻勢を掛けてきた艦隊とは別に、敵が別働隊で奇襲して来た時だったわ。

 

 基地航空隊と呉の第二水雷戦隊が、ダンピール海峡から北上して来る敵艦隊の迎撃に向かい、私たち特別遊撃部隊も増援として出撃しようとした途端、ショタ提督が念のためにニューアイルランド島方面に飛ばさせていた偵察機がもう一つの敵艦隊を発見した。

 敵は、空母2隻と戦艦1隻を擁する12隻の艦隊。私達は、見事に貧乏くじを引かされちゃったの。

 

 「増援は!?私達だけゃ足止めが関の山よ!?」

 

 『今はどこも手一杯です。どうにか出来ませんか?』

 

 「無茶言わないで!単純に戦力不足よ!いくら私達でも無理なものは無理!」

 

 通信を通して、ショタ提督が心底申し訳なっそうに無茶ぶりをして来た。

 数が同等なら何とかなったかも知れない。けど、私達よりスペックが上の敵に倍の数で来られたらさすがにどうしようもないし、ジワジワとすり潰されるのが目に見えていたもの。技術でどうこう出来るレベルを超えていたわ。

 

 『基地航空隊が戻り次第、援護に向かわせます。それまでどうか……』

 

 「私達が全滅するまでに間に合うんでしょうね?」

 

 『間に合わせます』

 

 私達はその言葉を信じつつ、ラバウルを見捨てて逃げることを頭の片隅で考えながら出撃した。

 結果だけ言うと、基地航空隊は間に合わなかったわ。私達が全滅するまでにではなく、敵艦隊が全滅するまでにだけど。

 

 「大潮たちは艦載機を撃ち落として!前衛艦隊は私と天龍でなんとかする!」

 

 敵前衛艦隊は重巡2、軽巡1、駆逐3。

 フラグシップとエリートと呼ばれる上位個体も混じってはいたけど、数が同じならどうにか出来る相手だった。そう、数が同じなら。

 

 「天龍は軽巡と駆逐を!私が重巡2隻を殺ってくる!」

 

 「こんな状況で4隻も相手にしろってのか!?」

 

 「そうよ!私が戻るまで持ちこたえて!」

 

 天龍がそう言いたくなるのも理解できた。

 だって、空は正規空母二隻分の艦載機が飛び回り、敵主力の戦艦や重巡どもが雨霰と砲弾を降り注がせていたんだもの。それを回避し続けるだけでも至難の業だったのに、一対四で戦ってろと言われたら私でも似たような反応をするわ。

 けど、そうするしかなかった。敵旗艦を討って統率を乱すくらいしなければ、私たちに待つのは暗い水底と言う名の地獄だけだったんだから。

 

 「重巡が駆逐艦を虐めてんじゃないわよ糞ったれ!」

 

 私は『トビウオ』と『水切り』、『稲妻』を出来る限り使用せず、『アマノジャク』を駆使して接近の機会を窺っていた。

 だけど、相手は飽きる程戦ったリ級とは言えフラグシップとエリート。私の狙いに気づいていたのか、距離を一定に保って中々接近させてくれなかったわ。

 

 「このままじゃジリ貧……。どうするどうするどうするどうする!」

 

 焦りが私を支配して行った。

 時間をかけすぎれば天龍がやられる。天龍がやられれば、艦載機の相手で手一杯の大潮達も危ない。敵主力も迫ってる。最悪の場合、私は10隻以上の敵艦からタコ殴りにされる。

 

 「温存してる余裕なんかないわね」

 

 『稲妻』で一気に接近し、リ級フラグシップに魚雷を撃ち込む。返す刀でエリートを沈める。それが終われば天龍が相手にしている軽巡と駆逐だ。

 砲弾や爆弾が雨のように降り注いでいる状況で使いたくはないけど、戦況を少しでも好転させるためにはそれしかない。

 

 私は、砲弾と爆弾の雨の隙間を縫うように『稲妻』でリ級フラグシップに急接近。100メートルほど手前で180度回転しながら、魚雷発射管を真後ろに向けて魚雷を全弾発射。着弾を見届けることはせず、そのままリ級エリートに向けて再度『稲妻』で移動を開始した。

 

 「次ぃ!」

 

 後ろから、魚雷が爆発した音と衝撃が私の背中を軽く叩いた。

 音の距離的にも、リ級フラグシップに当たったのは確実。このままエリートを沈めれば、天龍と二人で残りを始末して基地航空隊が到着するまで敵主力艦隊を足止めすればいい。

 そう思っていた。

 

 『神風さん!艦載機が!』

 

 大潮からの通信で、私の左方。敵主力艦隊が居る方から艦載機が飛んで来ているのに気づいた。

 数はザっと数えて30。狙いはたぶん私。天龍が足止めしていたはずの軽巡と駆逐は、逆に天龍と大潮達を足止めしていた。

 

 「コイツ!何を!?」

 

 私はリ級二隻を片付けて、天龍たちの元へ戻るつもりでいた。一人でもそれだけの事が出来る自信があったし、例え砲弾と爆弾の雨の中でも私なら出来るはずだった。

 誤算があったとすれば、敵が自分の身を犠牲にしてまで私を沈めようとした事かしら。

 リ級エリートは両手を広げて、『今からお前に組み付きます』と言わんばかりに突撃を仕掛けて来たの。

 

 「重巡と駆逐艦を引き換え!?割に合わなすぎでしょ!」

 

 リ級エリートは、私の砲弾が何発当たろうと突撃を緩めることはなかった。

 私は砲撃を止め、刀を抜いてすれ違いざまにリ級エリートを切り捨てようとしたんだけど、アイツは胴体を真っ二つにされながら、私の『装甲』を突き破って上半身だけで私に抱きついたわ。

 

 「離せ!離しなさいよ!」

 

 いくら私でも、膂力で上回る相手に力いっぱい抱きつかれたら振りほどく手段はない。こんな荷物を抱えた状態じゃ『トビウオ』なども使えない。リ級ごと『装甲』で包む事は出来たけど、私の『装甲』では艦載機30機分の爆撃に耐える事も不可能。私の脳裏に『死』の文字がよぎったわ。

 

 「マズい……マズいマズいマズい!」

 

 私の頭上に降り始めた爆弾の雨を見ながら、私は横須賀を発った日の事を思い出していた。

 桜の花びらが舞う正面玄関で、先生は私を『いってらっしゃい』と送り出してくれた。

 そう、先生が『いってらっしゃい』って言ったんだ。だから私は帰らなきゃいけない。『ただいま』って言わなくちゃいけない。そうするためにはどうすればいい?リ級は振り払えない、回避も出来ない。今の私に出来るのは、無様に泣き叫ぶだけ。

 

 「死んでたまるか……。こんな所で死んでたまるか!」

 

 私は、力の限りそう叫んだ。

 叫びで爆弾が迎撃出来る訳でもないのに。叫んだところで、漫画やアニメの主人公のように都合良く秘めた力に目覚める訳でもないのに。

 そんな時、私の耳に聞き覚えのある声が届いた。

 暗く、まるで深海から響いているような静かな声で、アイツはこう言ったわ。

 

 「そうだ。こんな所で死なれたら困る」

 

 「あ、アンタは……!」

 

 私の背後から現れたソイツは、前に見た独楽のような動きで爆弾と艦載機を撃墜。その回転のまま、左腕の艤装を私に打ち付けようとして来た。

 

 「くっ……!」

 

 アイツが何をしようとしているのかはすぐにわかった。打ち合わせなんかしてなかったのに。アイツとは敵同士なのに。アイツを討ち取るために南方まで来たのに。

 その時の私には、駆逐古鬼が私にしがみ付いているリ級を殴り飛ばそうとしてるんだとわかった。

 だから私は、巻き込まれないように少しだけ身を引いたわ。駆逐古鬼がリ級を殴りやすいように。

 

 「なんで……」

 

 「次が来るぞ」

 

 リ級を殴り飛ばし、トドメとばかりに砲撃を撃ち込んだ駆逐古鬼が『話は後だ』と言う代わりにそう言った。私はなぜか、それだけでコイツは私と一緒に敵艦隊を片付ける気なんだとわかった。

 私とアイツが見つめる先には敵の主力艦隊。空母2隻、戦艦1隻、重巡3隻。対する此方は、駆逐艦二人。

 だけど、不思議と負ける気はしなかった。まったくと言って良いほど。

 いくら私の技量が並以上でも、いくら駆逐古鬼が規格外の駆逐艦でも、まともに相手ができる数と質じゃないのに。

 私とコイツなら、どんな奴が相手でも負ける事はあり得ない。根拠も確証もないのに、私はなぜかそう思ったの。

 

 「アンタ……。名前はあるの?」

 

 私は名前を訊ねたわ。いやほら、駆逐古鬼って海軍がつけた仮称みたいなものだし、長いじゃない?だから効いてみたんだ。素直に答えるとは思ってなかったけど、私の問いに『何を言ってるんだ?』と言わんばかりにキョトンとした顔で私を見た後、『フッ……』と笑ってこう答えたわ。

 

 「鬼風」

 

 「そう。私は神風よ。覚えておいて」

 

 それを合図にして、私と鬼風は敵主力艦隊に突っ込んだ。

 敵は空母二隻を後ろに、戦艦タ級を真ん中にした単縦陣。対する私たちは単横陣。二人で単横陣って言って良いのかは微妙だけどね。

 私達の連携は、初めてとは思えない程上手く行ったわ。

 まずは鬼風が艦載機と砲弾を撃ち落とし、私が重巡の体制を砲撃で崩し、すかさず鬼風が魚雷や砲弾を撃ち込んで先頭の重巡を撃破。そして鬼風はこう言った。

 

 「まず一つ」

 

 鬼風に撃沈された重巡を避ける様に横に飛び出した次の重巡を、今度は私が『トビウオ』で一気に接近して切り伏せ、負けじと私も言ったわ。

 

 「これで二つ!」

 

 この時点で、敵の顔に明らかな動揺が浮かんだ。

 味方のはずの鬼風が敵対してるから?それとも、優勢のはずの自分たちが追い詰められ始めたから?もしくはその両方?今となってはわからないけど、私たちはこの時、勝利を確信したわ。

 

 「私は下」

 

 「私は上だ」

 

 それだけ言って、私は単装砲を投げ捨て、魚雷発射管をパージして3隻目の重巡に斬り込んだ。背後に、『花火』で飛び上がった鬼風の気配を感じながら。

 

 「「三つ!」」

 

 私が逆胴で斬り飛ばした重巡の上半身を、鬼風が空中からの砲撃で砕き、鬼風の着水に合わせて私たちは声を揃えてそう言った。

 残るは空母二隻と戦艦一隻。

 私と鬼風は、まるでDNAの螺旋構造を海面に描くように距離を詰めて行った。

 

 「先に行くわ」

 

 タ級との距離が300まで迫った時、私はそう言って『稲妻』で加速した。敵の艦載機や砲弾などまるで気にせず、回避運動すら取らず一直線に。

 だって、回避する必要なんてなかったんだもの。

 私に当たりそうな砲弾や爆弾は、全て鬼風が撃ち落としてくれていたんだから。

 

 「全『装甲』カット。余剰力場を全て切っ先へ!」

 

 私の力場総量じゃ、全てを刀身に回してもタ級の『装甲』は切り裂けない。

 けど、切っ先に集中して一点を貫くのなら話は別のはず。この咄嗟の思い付きが、後に『神狩り』と名付ける技となった。

 

 「シャアァァァァァァ!!」

 

 私は、背景が歪むほど力場が集束された切っ先をタ級の『装甲』に突き刺し、切っ先が『装甲』を抜けた瞬間、傘を開くように『装甲』を展開。タ級の『装甲』に、私が通れるだけの穴を作って飛び込んで、刃を上にしてタ級の胸を貫いた。

 雪風に使った時はそこまでしなかったけど、これが本来の『神狩り』よ。『装甲』さえなければ、いくら戦艦と言えども力場なしで斬る事ができるんだから。

 

 「四……つぅぅぅ!」

 

 私はそれを気合代わりに、刀を突き刺したまま背を向けて唐竹割りをするようにタ級を上に切り裂いた。

 まだ空母が居るって言うのに背を向けるなんて正気の沙汰じゃないけど、再び『花火』で飛び上がった鬼風が砲撃してるのが見えたから、空母に攻撃される心配はしなかったわ。

 

 「五つ」

 

 私と、胸から上を真っ二つにされたタ級の上を飛び越えながらヲ級を沈めた鬼風がそう言った。

 あと一つ。残るは空母一隻。

 少し、物足りないと思った。もっと戦っていたいと思った。

 一応言っておくけど、私は戦闘狂じゃないわ。

 戦わなくていいなら戦いたくないし、戦場に行かなくていいなら行きたくない。寝てていいなら、怒られるまで惰眠を貪るわ。

 それなのに、この時はもっとこうしていたいと思っちゃったの。もっと、鬼風と一緒に戦っていたいって。

 

 「鬼風!」

 

 刀に着いたタ級の血を払い。私は、ヲ級の艦載機を独楽のように回転しながら撃ち落としていた鬼風に向けて『トビウオ』で加速した。体当たりするくらいの勢いで。

 

 「もう(しま)いか……」

 

 私の突進に会わせて回転を調整し、左腕の艤装を滑り台のように差し出した鬼風がポツリとそう呟いた。

 そうね。これで共闘は終わり。

 ヲ級を沈めたら、私とアンタは再び敵同士。その事を寂しいとは思わなかったし、嫌だとも思わなかった。

 

 「次はアンタの番よ」

 

 「それは此方の台詞だ」

 

 その言葉を合図に、鬼風の回転の慣性と私の『トビウオ』による加速が交わり、私は『花火』で飛ぶ時よりも高く、速く空へと撃ち出された。

 これなら『脚』は要らない。鬼風が敵の艦載機を根刮ぎ撃墜していたから『装甲』も要らない。

 私は持てる全ての力場を切っ先に集中し、砲弾のように放物線を描いてヲ級の胸を貫いて海面に縫い付けた。

 鬼風が私を撃ち出すと同時に砕いてくれた、ヲ級の『装甲』の穴を通って。

 

 「「六つ」」

  

 切っ先に集中していた力場を解放。ボンッ!と言う音と共に、ヲ級の上半身が弾け飛んだ。

 オーバーキルな上に凄惨な光景だけど、日の光に照らされてキラキラと光るヲ級の青黒い血飛沫はとても綺麗だったわ。

 南方に降るはずの無い、ダイヤモンドダストのように……。

 

 「その場では、やり合わなかったのか?」

 

 「うん……」

 

 軽巡と駆逐艦を片付けた辰見と大潮達たち。おまけに、基地航空隊まで向かって来てるのが見えたからね。

 私達はその場で戦う事はせず、鬼風は一言だけ言葉を残して、私に背を向けて去って行ったわ。

 愁いを秘めた瞳で、まるで故郷を懐かしむような眼差しで、アイツは一言……。

 

 「って!お父さん起きてたの!?」

 

 「『辰見とも、ケンカになっちゃったしね……』の辺りからな」

 

 いや、最初からじゃん。なんだかお約束な気はするけど……。ん?と言う事は……。

 

 「私の膝枕、お高いんだけど?」

 

 「娘の膝枕は最高じゃのぉ。父親冥利に尽きるわい」

 

 やっぱり。

 寝たふりして私の膝枕を堪能してたのね。このスケベ親父が!膝枕なら朝潮にして貰いなさいよ。きっと喜んでしてくれるわ。

 まあ、私が勝手に膝枕したんだからお金は請求しないであげるけど。

 

 「あんまり、驚かないんだね」

 

 「知っちょったけぇな。お前こそなんで黙っちょった?親子の縁を切られるとでも思ったか?」

 

 「うん……」

 

 「バカタレ。その程度で縁切りするわけなかろうが」

 

 「だってお父さんは……」

 

 深海棲艦が憎いでしょ?今でも復讐を諦めてないでしょ?その復讐の相手と、私は一緒に戦ったんだよ?一時とは言え、わかり合ったんだよ?それなのに……。

 

 「俺からしたら羨ましい話だ。俺はお前のように、好敵手には巡り合った事がないからな」

 

 「好敵手?鬼風が?」

 

 「自覚がなかったのか?あの頃のお前は、常に奴の事を考えていたじゃないか」

 

 常に?確かに私は、アイツを仮想敵にして訓練し続けていたわ。

 私がこうしたらアイツはどうする?アイツがこう動いたら私はどう動く?

 アイツに会った時、私はなんて言えばいいんだろう。私と会った時、アイツはなんて声をかけて来るんだろう……。

 アイツと会った時、私はどんな顔をしたらいいんだろうって……。

 

 「お父さんは、アイツが私を助けた理由がわかる?」

 

 「ああ。立場が逆なら、お前も同じ理由で助けたんじゃないか?」

 

 「う~ん……。どうだろ……」

 

 私は同じことをするだろうか……。

 味方の艦娘を敵に回してまでアイツを助ける?龍田の仇であるアイツを。私を散々痛めつけたアイツを……。

 鬼風が私を助けた理由は簡単なの。

 アイツは単に、獲物を盗られたくなかっただけ。私と言う獲物を他に盗られないように、味方を沈めてまで私を助けた……。

 もっとも、自分よりスペック的にも技術的にも格下の私を、アイツがどうして獲物と定めたのかはわからないままだけどね。

 

 「たぶん……。同じことをすると思う……」

 

 一艦隊を相手にした後のアイツなら、五人でかかれば倒せたかも知れないのに、私はアイツを逃がした。

 邪魔されたくなかった。辰見たちは私を助けるために向かって来てくれてたのに、その時の私には辰見たちが邪魔者としか思えなかった。

 だからあの時、私はアイツを逃がしたの。アイツも逃げてくれたの。

 場を改めて、決着を着けるために。

 

 「今でも、辰見には悪い事したなって思ってるわ」

 

 私が鬼風を逃がした事に激怒した辰見に、その場でしこたま殴られたしね。大潮達が辰見を止めてくれなかったら殺されちゃってたかも知れないわ。

 その後、しばらくの間口を利いてくれなくなったけどね。

 

 「そんな状態で夜はどうした?南方に居る間は辰見と寝ちょったんじゃろ?」

 

 「一週間目で辰見が折れた」

 

 「折れた?」

 

 辰見と険悪になるまで私自身忘れてたんだけど、私って夜一人で寝れないじゃない?それも、部屋に誰かいるだけじゃダメなの。誰かに抱きついてないと寝れないの。

 それなのに、辰見が隣で寝させてくれなくなっちゃったから、部屋は一緒なのに一人で寝るしかなくなってさ。

 

 「それまで、ずっと誰かしら一緒に寝てくれてたからか知らないけど、前より酷くなっちゃってたのよ」

 

 「具体的には?」

 

 「え~っとね……」

 

 まず、寝付けないのは当たり前として、妙な不安と恐怖に震えて泣いたり、無駄に部屋の中をウロウロしたり、壁に頭をつけて、自分でも何言ってるかわかんないような独り言をブツブツ言ったり……。

 

 「絶対、一緒の部屋で寝とうないのぉ……」

 

 「私もそう思うわ……」

 

 一週間とは言え、辰見はよく我慢したと思うわ。私だったら初日で部屋から蹴り出してるもん。

 まあ、一週間目で、そんな私を見るに見かねた辰見が、掛け布団を捲りながら『こっち来いよ』って言ってくれたんだけどね。

 

 「……」

 

 「ねぇ。そんな真剣な顔で何を考え込んでるの?」

 

 相変わらず、低反発枕も裸足で逃げ出すほど寝心地のいい私の膝枕を堪能しながら、お父さんが何やら考え込み始めた。何か気になる事でもあるのかしら。

 もしかして、一時とは言え私と鬼風が共闘した話で、深海棲艦との和解の可能性を模索し始めたとか……。

 

 「桜子」

 

 「な、何?」

 

 いつになく真剣な顔。完全に仕事モードだわ。やはり、私の話を切っ掛けに和解の可能性を見出したのね。

 けど、お父さんはそれでいいの?深海棲艦と和解しちゃっていいの?お父さんの恨みは晴れていないでしょ?あの日の事を忘れていないでしょ?今でも、できる事ならその手で深海棲艦を八つ裂きにしたいと思っているんでしょ?和解による終戦なんて、お父さんが一番望んでいない結末じゃない……。

 

 「辰見も開発済みなのか?」

 

 「ん?え?今なんて?」

 

 辰見を開発?いや、何言ってるかわかんないんだけど。

 お父さんは、辰見の何が開発済みだと思ってるの?装備?アイツは艦娘じゃないんだから、装備を開発する必要なんてないわ。日本刀は自前で持ってるし、銃火器の類は軍の支給だし……。

 あ!もしかして内火艇ユニットの事!?

 奇兵隊に配備された18式なら辰見に一つあげたけど……。

 でも、アレの開発は辰見とは関係ないしなぁ……。

 

 「ずっと気になっていた。俺と長門、そして恐らく龍田も開発したお前だ。南方に行って4年近く一緒に寝ていた辰見をおぉぉぉぉぉ!?やめろバカ!前髪は!前髪だけはぁぁぁぁぁ!」

 

 「ハハハハハハハ!前髪なんて抜けてしまえ~♪そ~ら!そ~ら!オラァァァァ!」

 

 私が辰見の何を開発したって言うの?いや、言わなくていいわ。わかってるから。わかりたくなかったけど想像はついちゃったから。

 言っとくけどね。寝てる間の記憶は一切ないの。お父さんや長門が、私に胸を開発されたとか言ってるのはあくまで自己申告なの。私からしたら冤罪と同じなのよ!

 それにしても、髪が抜ける時のブチブチって音が気持ちいいわ。このまま全部抜いちゃおうかしら?

 

 「あ、音って言えば……」

 

 「ええ加減にせぇ!俺の髪が無くなるじゃろうが!」

 

 あ、逃げられた。まあいいか。飽きてきたとこだったし。

 今はお父さんの髪の毛の残りより、鬼風が去り際に言った一言が、今頃になって気になってきちゃった。

 

 「ねえ、『アイアンボトムサウンド』って知ってる?」

 

 「はぁ?なんじゃそりゃ。音楽のジャンルか何かか?」

 

 「鬼風が去り際に言ったの。『これで、アイアンボトムサウンドも静かになる』って」

 

 お父さんは減った前髪部分を摩りながら、ちゃぶ台を挟んで私の対面に座りなおした。

 今度はバカな事じゃなくて、鬼風が言った事を真面目に考えてるわね。考えてるよね?またバカな事言ったら本当に全部抜くからね?慈悲はないから。

 

 「アイアン……は鉄か……。ボトム…ボトム……。たしか『底』だったな。鉄の底の音?いや……音じゃないな」

 

 「違うの?サウンドって音って意味じゃなかったっけ?」

 

 英語が苦手な私でもそれくらいはわかるわ。お父さんも英語は苦手だけど、サウンドの意味が音だって事くらいはわかるはずだけど……。

 

 「もう一つ意味があったはずだ。そう、たしか……『海峡』」

 

 「カイキョウ?カイキョウってあの海峡?」

 

 「そうだ。だとすると、『アイアンボトムサウンド』とは鉄の底の海峡。いや、『鉄底海峡』とでも言うべきか」

 

 鉄底海峡?そんな海峡聞いた事無いわよ?

 アイツがあの場で言ったって事は、ソロモン海周辺にあるのよね?う~ん……やっぱり覚えがない。作戦説明で使われた海図にもそんな海峡は載ってなかった。それとも、深海棲艦側がそう呼んでるだけで、人間側は別の呼び方してるのかしら。

 

 「桜子。腹減ってないか?」

 

 「お腹?まあ、もうすぐ15時だし、小腹は空いてるけど……」

 

 お父さんが顎に手を当てて考え込むポーズのまま、何の脈絡もなしにお腹の空き具合を聞いてきた。

 はいはい、しばらく部屋から出てろって言いたいんでしょ?

 一人で考え込みたいのか、それとも電話でもかけて確信を得る気なのか。電話をかけるんだとしたら、相手は元帥さんあたりかな?

 

 「執務室にお菓子ある?」

 

 「何かしらあるだろうが……。円満の邪魔はするなよ?」

 

 「は~い」

 

 心配しなくても仕事の邪魔はしないわ。仕事が残っちゃったら朝潮に怒られそうだし。

 ああそうだ。部屋を出る前に一応言っとこうかな。言っとかないと、私には何も教えてくれなさそうな感じだから。

 

 「お父さん」

 

 「なんだ?」

 

 「何かわかったら、私にも教えてくれる?」

 

 「……折を見て話す」

 

 「うん……。わかった」

 

 私が立ってドアに向かい始めると、お父さんは煙草に火を点けて再び考え込み始めた。

 お父さんが考えているのはたぶん、南方方面の敵中枢の所在地。

 そこはおそらく、元帥さん達が歴史を変えたせいで、私たちの世界の地図に記載されなかった地名。鬼風が口にした『アイアンボトムサウンド』。そこが、南方方面中枢の居場所だと当たりをつけたのね。 

 

 「なんで私は、こんな大事な情報を今まで話さなかったんだろう……」

 

 後ろ手にドアを閉めて、私は誰にともなくそう呟いた。

 もっと早く……それこそ、あの戦闘の直後にショタ提督にでも話していれば、南方方面の戦況は変わっていたかもしれないのに……。

 

 「ごめんね、鬼風……」

 

 私は執務室に向かって歩きながら、お父さんにでも、南方で散って行った人たちにでもなく、私がこの手で討ち果たした鬼風に謝った。謝らずにはいられなかった。

 だって、今ので引き金を引いちゃったもの。

 いつになるかはわからないけど、数年以内に攻め込むはずだ。

 南方方面の中枢を倒すために。

 アイツが還りたがってた場所を、滅ぼすために……。 

 

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