艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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幕間 提督と円満

 人生は選択の連続である。って言ったのはシェークスピアだったかしら。

 私の人生経験なんて高が知れてるけど、確かに彼の言う通りだと思うわ。自分がした選択が正解だったと思う時もあれば間違いだったと思う時もあるもの。

 私は断然後者が多いけど、選択が間違っていたとしても後悔だけはしないようにして来た。反省はするけどね。

 あの時だってそう。

 ハワイ島攻略を終えてからの帰路で、私は先生に士官になると伝えた。

 あの時の会話は今でも覚えてるし、あの時の決意にも揺るぎはない。もちろん、あの選択は間違いじゃなかったと確信してるわ。

 

 「随分質素なのね。本当に司令官の部屋?」

 

 「畳じゃないと落ち着かなくてな。別の部屋の方が良いか?」

 

 「別にいいわ。話をするだけだし」

 

 戦勝パーティーでみんなが浮かれる中、例の件について話しがしたいと先生に言ったら、ワダツミ艦内に用意されていた司令長官公室に案内された。

 名前は如何にもって感じなのに、内装は艦娘用の部屋より質素だったわ。だって部屋は6畳敷きで、家具と言える物はちゃぶ台と灰皿、小型冷蔵庫とグラスが数個。それに布団だけだったんだもの。本当に寝るためだけに用意したような部屋だったわ

 

 「で?決心はついたのか?」

 

 「はい。私は士官になります」

 

 私は、正座した先生の対面に同じように正座してそう答えた。

 先生は、喜びと悲しみが綯い交ぜになったような顔をしてたっけ……。きっと、後継ぎが出来た嬉しさと、私みたいな子供に重荷を背負わせる事に罪悪感を感じていたんでしょうね。

 

 「驚かないのね。私の答えは予想通りだったって訳?」

 

 「驚いてるさ。士官にならないかと言っておいてなんだが、お前は士官になって何をしたい?」

 

 何を……か。

 私が士官になってしたい事はいくつかあるわ。

 一つは妖精さん。あの愛らしい存在と一緒に過ごしたかった。

 それ自体は艦娘でも叶うけど、あの時、私の代わりに消えて行ったシュウちゃんと同じくらい、いや、それ以上の関係を妖精さんと築きたいと思ったの。今思うと、かなり邪まな理由ね。

 もう一つは重巡リ級。アイツを討った時の悲しみを二度と味わいたくなかったから。

 だって、敵同士とは言え分かり合った相手を撃つのは辛いもの。撃ちたくないもの……。だから、士官になる事を選んだの。私情を挟まずに敵を討てるように。

 ええそうよ。私は逃げたの。他の子に押し付けたの。自分が傷つかないようにね。

 けどあの時は、この二つは言わなかった。だって、この二つは後付けの理由だもの。

 あの時言ったのは、誰もが心の片隅で諦めてしまっている事。誰もが望みながら、諦めてしまった事。

 

 「深海棲艦の根絶。私はこの戦争を終わらせます」

 

 私は先生の目を真っすぐ見て宣言した。

 さすがの先生も、これには目を丸くしてたわね。少しだけ可愛いと思っちゃったわ。

 けど、すぐに気を取り直して、先生は私にこう言って来た。

 

 「お前は耐えられるのか?それを実現するためには今以上の犠牲が出るぞ?お前の後任の満潮に死ねと命令せねばならん場合も出てくるかもしれん。お前はそれに耐えられるのか?」

 

 と。

 私はすかさずこう答えた。瞳を逸らさず、膝に乗せた両こぶしを力いっぱい握り込んで。

 

 「耐えられません。耐える気もありません」

 

 「そうか……。ん?今何と言った!?」

 

 先生は私の答えを聞いて一瞬だけ目を伏せた後、心底驚いたように慌てて顔を上げたわ。

 あんなに慌てた先生を見るのは初めてだったから、逆にこっちが驚いたわよ。

 

 「耐えないと言ったの。私の命令で誰かが死ねば泣くし。死ねと命じた後は、拳が血まみれになるまで壁でも殴るでしょうね」

 

 「だがそれは……」

 

 ええ、わかってるわ。私が言ったのはただの屁理屈。いや、屁理屈にもなってないかしら。

 きっと先生も、私が言った事と似たような事をして部下の死に耐えて来たんだと思う。けどね?先生は人前で泣いたりしないでしょ?寝てる時にうなされて泣いちゃう事はあるかもしれないけど、起きてる内は絶対に人前で泣いたりしない。男の人ってそういう所気にするもんね。

 でも私は違う。私は女だもの。泣き顔を見せる人は選ぶけど、その人の前なら遠慮なく泣くわ。泣いて泣いて泣いて泣いて泣き喚いて、私はその人に慰めてもらうい、罪を懺悔する。そしてまた、私は戦うの。

 

 「私がこの戦争を終わらせる。何年、何十年かかっても。そして終わったら、子供か孫に自慢でもするわ。『私が戦争を終わらせたのよ』って。文句ある?」

 

 私は少しお道化てそう言った。不安を悟られないように、決意が揺るがないように。

 それを聞いた先生は、『そうか』とだけ言って、冷蔵庫から一升瓶とグラスを二つ持って来て座りなおした。

 

 「乾杯でもするの?」

 

 「ああ。嫌か?」

 

 「嫌じゃないけど……。酔わせて変な事しない?」

 

 「しないよ。後が恐ろしいからな」

 

 この時の私は、まだ自分の恋心に気づいてなかったせいもあって、そんな事は無いと思いつつも少しだけ警戒していた。だって、正真正銘二人きりだったし、艦内はブリッジ要員と外でワダツミを護衛中の艦娘の交代要員を除いて騒いでたから、もしそうなっても邪魔が入る可能性は低かったんだもの。

 今思うと、惜しい事したなぁって思わないでもないわね。

 

 「何に乾杯するの?」

 

 「そうだな……。未来の英雄に、なんてのはどうだ?」

 

 「何それ、意味わかんない……」

 

 二カッと笑いながら、お酒の入ったグラスを差し出した先生の顔をまともに見る事が出来なかった。

 だって、純粋に嬉しかったんだもの。『未来の英雄』って言われたからじゃないわよ?なんと言うか、先生に初めて認めてもらえた気がしたし、私なんかに後を託してくれた事が嬉しくて……。

 私はうつむいたまま、先生からの祝いの杯を飲み干した。

 

 「短い時間だったけど、楽しかったな……」

 

 あの時もそうだったわ。

 今年の4月。私が艦娘を辞める前日に、私は先生と一緒に飲んだ。鳳翔さんの所じゃなく、鎮守府の外にある、先生が出資してるお店でね。

 

 「この壁。もしかして防音?」

 

 「ああ、防爆処理もされているから、戦車砲の直撃にも数発は耐えれるぞ」

 

 なぜ居酒屋の壁に防爆処理を……なんて思ったけど、先生の立場を考えれば当然かしら。いつ暗殺されてもおかしくない人だもんね。

 だけどその事に、ワダツミで飲んだ時以上に不安になった。

 お酒に酔った先生に襲われる事をじゃないわ。この時は自分の気持ちに気づいていたから、むしろウェルカムだったもの。

 私が不安になったのはその逆。酔った私が、逆に先生を襲っちゃう事。まあ、そんな度胸は私にはなかったんだけどね。

 

 「今日はめかし込んでるじゃないか。コーディネートは大潮か?」

 

 「うん……。変?」

 

 「いや、良く似合ってる」

 

 ちなみに、この時の私の服装は、髪は下ろして首からは先生から貰ったペンダントを下げ、白いレースのトップスにワイドパンツ。お気に入りのゴスロリファッションで行こうとしたら、大潮に『悪い事言わないからやめといた方が良い』って言われたからしかたなくこれにしたの。

 まあ、先生に似合ってるって言われて嬉しかったから、大潮には感謝しとかないとね。

 

 「お前の事を満潮と呼ぶのも今日が最後だな」

 

 「あら、先生が満潮って呼びたいなら今のままでもいいのよ?」

 

 「そういう訳にもいかんだろ……」

 

 そうね。満潮と呼ばれ続けるのも捨てがたかったけど、本当にそう呼ばれてたら今の満潮が混乱しちゃうもの。実際、今でも満潮が呼ばれたら私まで反応しちゃうし……。

 

 「実はね。本名を名乗るのが申し訳なくって……」

 

 「真逆の事をしていたからか?」

 

 「うん……。私がしてた事を考えたら名前負けも良いとこじゃない?」

 

 艦娘だった頃の私は、朝潮と大潮と荒潮以外の艦娘を近づけないようにしていた。いや、逆か。近づかないようにしてたわ。声をかけられても無視。挨拶もしなかったし、目すら合わせようとしなかった。

 そんな事を続けていたら、いつの間にか『激辛フレンチクルーラー』なんて渾名をつけられていたわ。別に辛くなんてないのにね。

 その私の本名が『円満(えま)』なんだもん。『円満《えんまん》』な性格になることを祈って名付けてくれた両親に申し訳なくなっちゃってさ。

 

 「確かにな。だが、これからはそうはいかんぞ?それはわかっているだろう?」

 

 「うん、わかってる。出来る限り努力……。いや、そうなって見せるわ」

 

 正直言って、これが士官になって一番大変だった。

 今まで接触を避けていた子達と積極的に話をし、慣れない笑顔を振りまいた。朝潮達が仲を取り持ってくれたから、私の心配とは裏腹に良い関係を築けていってると思う。

 今では、先生より私の方が接しやすいって言ってくれる子も少なからず居るわ。

 まあ、先生は厳つい顔してるから、苦手に思ってる艦娘が居るのは知ってたけどね。本人も自覚はあったみたいだし。

 

 「私は上手くやれてた……。先生の期待を裏切らないように必死で仕事を覚えた。苦手だった子とも笑って話せるようになった。それなのに……」

 

 私は、目の前で頬を上気させ、気持ちよさそうにハァハァ言ってる由良さんを一瞥した後、振り上げた右手の向こう側、執務室の扉の方へ恐る恐る目を向けた。

 なんでこんなタイミングで来るのよ。ノックした?ノックの音に私が気づかなかっただけ?そう言えば、さっきドアが吹っ飛んで窓から落ちて行ったわね。踏み込んできた三人の中でそんな事をしそうなのは桜子さんくらいか……。あとで修理代請求しよ。

 

 「円満……。何…してるの?」

 

 執務室に踏み込んできた三人の内の一人、辰見さんが顔を引き攣らせながら聞いてきた。

 何をしてるかですって?見てわからない?たわわに実った二つの果実を、これ見よがしに自慢した雌豚にお仕置きしてるの。どれくらいの時間引っ叩いたかは覚えてないけど、由良さんが4~5回果てたのは覚えてるわ。

 

 「違……違うの……。これには事情が……」

 

 事情も何もない。ある程度知識がある人なら一目瞭然。

 私だって、この状況を第三者目線で見たなら、Mっ気がある由良さんにお仕置き。いや、ご褒美を与えてるようにしか見えないでしょう。

 

 「少佐。由良を部屋に運んであげて。満潮……じゃなかった。円満もその手を下ろして」

 

 「でも私……。あの…こんな事するつもりじゃ……」

 

 「わかってる。全部わかってるから。ね?」

 

 そう言って、桜子さんは私を刺激しないようゆっくりと近づいて、私の振り上げた右手にソッと手を添えて優しく抱きしめてくれた。不覚にもウルッとしちゃった。 

 衝動的に殺人を犯した現場を知り合いに見つかった犯人って、こんな感じの気分になるのかしら。なんて言うか、洗いざらい白状して泣き崩れたい気分だわ。

 って言うか胸デカ!なにこの人、見た目と実際に触れた感触が全然違うんだけど!?確実に、見た目より一回りは大きいわ!

 

 「由良!しっかりしろ!ダメだ……気を失っている……」

 

 少佐さんが由良さんの肩を揺さぶる度にプルプルと、いや、ブルンブルンと上下に揺れる胸を見て引っ叩くんじゃなくて捥ぎ取るべきだったと反省した。

 今からでも遅くないかしら……。いや、無理だわ。すでに少佐さんに抱き上げられてしまった。部屋に連れて行って寝かせるつもりね。私には目もくれず、執務室から出て行ったわ。

 それにしても、痩せた左門にお姫様抱っこされる由良さんって絵にならないわぁ……。

 少佐さんって体型だけはモデルみたいなのに、顔が全てを台無しにしてるんだもの。

 

 「円満。アンタのやった事は犯罪よ。長くなるだろうけど、ちゃんとお勤めを果たすのよ?」

 

 いや、犯罪じゃないから。お仕置きだから。桜子さんも、あの恍惚に歪んだ表情の由良さんを見たでしょ?それにお勤めって何?もしかして刑務所的な?冗談じゃないわよ!悦ばしたのに犯罪者にされるなんて割に合わないわ!

 それはそうと、辰見さんと叢雲が『動画撮ったの?』『うん、凄いわよ?』とか言ってキャイキャイしてるけど、さっきのを動画に撮ったの?アレを?DVDにでも焼いて、鎮守府に居る由良さんファンに売れば高値がつきそうなアレを!?

 

 「ちょっと叢雲!その動画すぐに消して!いや、消してください。お願いです!」

 

 「え?やだ♪」

 

 やだ♪じゃない!

 アンタそれを使って何する気?もしかしてナニする気じゃないわよね?それとも、その動画で私を強請る気?生憎だけでど、そんな事で私は強請られたりしない。

 強請られたりはしないけど、私の汚点である事には違いないから消して!

 

 「まあまあ、落ち着いて。叢雲も消してあげなさい。PCに移した後で」

 

 いや、辰見さん何言ってんの?移した後じゃ消しても意味ないじゃん。今消しなさいよ。なんなら、そのスマホごと消そうか?物理的に。

 

 「もういい……。仕事する……」

 

 アンタには失望したわ叢雲。友達だと思ってたのに。朝潮たち以外で、唯一私が本音で言い合える友達だと思ってたのに。アンタはその動画を使って私に嫌がらせするつもりなのね……。

 

 「あ~あ。円満がイジケちゃったわよ?」

 

 「いや、別にコレを使って何かするつもりなんてないし……。辰見さんだって悪乗りしてたじゃない!」

 

 「してないわよ?私は消してあげなさいって言ったじゃない」

 

 なんか、辰見さんの矛先が叢雲に向いたけど私には関係ない。私は仕事をするだけ。そう、仕事をして忘れるの。さっきまでの事を忘れるの。仕事に没頭し、腕が上がらなくなるまでペンを走らせ、判子を押し、クタクタになるまで働いて夢の世界にダイブするの。

 そして、起きたらまた今日が始まるの。今日の出来事は、きっと悪い夢なんだから。

 

 そう自分に言い聞かせながら、私は仕事を再開した。

 桜子さんが『辰見がお土産でドーナツ買って来てるみたいだけど、食べないの?』とか聞いてきたけど、私は構わず仕事を続けた。

 私のその態度を面白がった桜子さんが、身の毛もよだつような事を始めるだなんて思いもせずに……。

 

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