神風死闘1
私が戦い続けた理由は一つだけ。
それは死にたくなかったからよ。
先代の朝潮のように、愛する人のためなら命を惜しまない人や、大義のためなら死んでも構わないって人には理解できないだろうけど、私からしたら目的のためなら死んでもいいっていう方が理解できないわ。
だって死んだら終わりじゃない。
死んだ後に褒められたって喜ぶことは出来ないし、勲章を貰たって誇る事は出来ない。私は生きたまま褒めてもらいたかったの。生きて帰って、お父さんに『良くやった』って褒めてもらいたかったから、死に物狂いで戦ったの。お父さんの元に帰るために、私は生き残り続けたの。
死にたくないなら戦わなければ良かったって?
ええそうね。戦場なんかに出なければ、少なくとも悲惨な死に方をする事はないかもしれない。
でも、それじゃダメだったの。戦う事を選んだから、私はお父さんの傍に居続ける事が出来たんだから。
あの日、お父さんに置いて行かれそうになった時に戦う事を選んでいなければ、私は今頃娼婦にでもなっていたかもしれないわ。もしくは乞食かしら?
「最初は違ったんだけどね……」
初めの頃はお父さんみたいになりたかった。お父さんのように強く、他人を助けるヒーローみたいになりたかった。
けど、艦娘になって戦ってる内に、私じゃお父さんみたいには成れないと悟ってしまった。やっと役に立てると思ったのに、やっとお父さんみたいに成れると思ったのに。私に与えられた力は、全艦娘最低性能の駆逐艦。性能だけ見れば睦月型にだって敵わないわ。それを悟った時、私の戦う理由は、お父さんのように成りたいから死にたくないに変わった。
私には戦い続ける事以外の選択肢なんてなかったからね。戦わない私に、お父さんの傍に居る資格はない。そう思っていたから。
いや、そう思い込んでただけか。
艦娘を辞めたとしても、お父さんは見限ったりしなかっただろうし、逆に悦んでくれたかもしれないんだから。
「アイツは、私とは真逆だったな……」
アイツは……。鬼風は私とは逆で死ぬために戦っていた。
私より強かったクセに、私と違って何でもできたクセに、アイツは静かな海の底で眠りたかったんだって……。
「いや。同じか……」
私はお父さんの元に帰りたかった。だから、絶対に死にたくなかった。アイツは海の底に還りたかった。だから、死を求めた。私たちはただ『かえりたかった』だけ。
けどアイツは、死を求めながらも意味のある死に方がしたかった。
だって、死にたいだけなら自殺すればいいんだもの。死にたいだけなら、わざわざ敵陣深くまで一人で攻め込む必要なんてないし、増援から逃げる必要もないでしょ?
だから、初めて会った時も死ぬために一人で突撃して来たんでしょうね。
誤算があったとすれば、龍田と出会ってしまった事かしら。龍田と出会った事で、自分と対等の者と戦う悦びを知ってしまった。自分と対等の者と戦って、討たれる事を望むようになってしまった……。
「そんな事して何になるのさ……。だったっけ」
アイツは皆そうだと思っていた。皆、自分のように死を求めていると。
そんなアイツからしたら、折角死ねそうだった辰見を助けた龍田の行動が理解できるはずがないし、もう少しで死ねそうなのに、死にたくないと喚く私が不思議で仕方がなかった。
アイツにとって、死は救いだったんだ。そして、相手を殺す事は救う事。
これは私の想像だけど、折角救ってあげれそうだったのになぜ邪魔をした。もう少しで救ってあげられるのになぜ嫌がる。って、感じの事を考えてたんじゃないかな。
「こっちからしたらいい迷惑よ」
私は
そんな私からしたら、アイツが私にした事は親切の押し売りだわ。
「けど、少しだけ感謝してる……」
アイツが居たから、私は強くなれたんだと思う。アイツを倒す事を目標にして訓練していなければ、私は今頃、どこかの戦場で死んでいたかも知れないわ。
だから、アンタと出会えた事にだけは感謝してあげる。誰に感謝したらいいのかわかんないけどね。
「あら、桜子じゃない。提督の部屋に居たんじゃないの?」
「追い出されちゃったの。アンタこそ何してるの?珍しい組み合わせだけど」
執務室の前まで来た時、私の反対側から辰見と少佐がミスターなドーナツの箱を両手に持って現れた。一箱に10個入るとして40個くらいかな?
叢雲と由良へのお土産なんだろうけど……。量多くない?お菓子目当てで執務室まで来たけど、お腹いっぱいになるまでは食べないわよ?晩御飯が食べられなくなっちゃうから。
そうね……食べても10個かしら。
うん、10個が限界だわ。それ以上食べたら晩御飯が全部食べれないもの。
「ご飯を残しちゃダメだもんね!」
「いや、いきなり何言ってんの?」
しまった。思わず口に出しちゃった。
でもね辰見、これは大事な事よ?出されたご飯を残すなんて、人間が人殺しの次にしちゃいけない事だと私は思うの。もちろん異論は認めるわ。これはあくまで、私がそう思ってるだけだから。
けど、一度でも食べ物に困った事がある人ならわかってくれるはずだわ。空腹って死ぬほど辛いもの。この私でさえ、空腹を味わうくらいなら死んだ方がマシだと思っちゃうくらいなのよ?
だから、ご飯は残しちゃダメなの。
べつに、食材や料理を作ってくれた人に感謝とかそんな高尚な事は考えてないわ。
食べ物にありつけた事を喜んで『いただきます』と言い。お腹を満たせた事に感謝して『ごちそうさま』って言うの。他の人はどうだか知らないけど、私は今までそうして来たし、これからもそうしていくつもりよ。
「わかった?」
「いや、何が?」
うん、そういう反応しか出来ないでしょうね。
辰見からしたら、いきなり『わかった?』って聞かれただけだものね。そりゃ『何が?』って聞き返したくなるわ……。
口に出さずに考えた事を語って聞かせたと勘違いしちゃったわ。なんでそんな勘違いしちゃったんだろ……。
「何でもないから忘れてちょうだい。それより、それってお土産か何か?」
「そうよ。叢雲に仕事押し付けちゃったからご機嫌取るためにね。桜子も食べる?」
「食べる。何買って来たの?」
「え?見てわからない?」
いや、ドーナツだってのはわかるわよ。私が聞いてるのは種類。ミスターなドーナツなら色々あるでしょ?ポンデリングとかフレンチクルーラーとか……。あれ?他に何があったっけ?それらのバリエーションが色々あるのは知ってるけど名前が出てこない。普段行かないからなぁ……。
「由良もまだ居るのだろうか。出る前に執務室に居たのは確かなんだが」
「少佐が持ってるのは、やっぱり由良へのお土産?由良ってそんなに食べるの?」
「人並だよ。このバカが調子に乗って買ったからこんな量になってしまったんだ」
人並……。人並っていくつだろ?私は人より食が細い方だから、それより少し多めに食べるとして12~3個かな?ん?中には円満と叢雲も居るのよね?朝潮も仕事に戻るとか言ってたから朝潮も居るはずだし、今の満潮も居るかもしれないわ。だとすると、数足りなくない?最初は多いと思ったけど、食の細い私でさえ10個は軽く食べれるのよ?一人頭10個食べるとしたら全然足りないじゃない。
「少なくない?間違いなく足りないわよ?」
「でしょ!?やっぱ桜子もそう思うよね!」
うん、思う。辰見が最初何個買おうとしてたのかは知らないけど、たった40個程度じゃ絶対に足りないわ。少佐だって食べるんでしょ?だったら尚更よ。買って来てる数の倍は必要だわ。
「いやいやいや。40個以上あるんだぞ!?一人頭いくつ食べる気だ!」
「いくつって……。一人10個は余裕でしょ?」
「食い過ぎだ!普通2~3個食えば満足だぞ!」
「はぁ!?少なすぎない!?」
2~3個食べれば満足だなんて有り得ない!仮に、少佐が言うように2~3個で満足するのが普通なのだとしたら、小食なのに10個食べれる私はどうなるの?異常なの?そんな事はない。私は普通です。いや、普通の人より小食なの。その私が少ないって言ってるんだから少ないのよ!
「だから言ったでしょ?店頭に並んでたの買い占めようって」
「お前らの胃袋は化け物か!?自分が店の様子がおかしいのに気づいて店に入った時でも、店頭に60個くらいは並んでいたんだぞ!?」
これは辰見の判断の方が正しいわね。人数を考えたら、店頭に並んでた分を買い占めてようやく足りるかどうかだわ。少佐に、追加で買ってきてもらおうかしら。
「まあ、追加で買いに行くかどうかは置いといて、とりあえず中に入らない?
「ちょっと辰見!ノックくらいしてから入りなさい」
「あら意外。ノック代わりにドアを蹴破ってた貴女がそんなセリフを言うとは思わなかったわ」
ええそうね。昔の私はノックしようと考えた事もなかったし、した事もなかったわ。でもね、私は身をもって学習したの。ノックをしてる数秒があれば、中の人にどれだけの余裕が生まれるかを。あの時だって、満潮か朝潮のどちらかがノックしてくれていたらお父さんに罪を擦り付けられたのに……。
って、それは今さらどうでもいいか。
とにかく!
今だって、もしかしたら中で他人に見られたら人生が終わるレベルの事が行われてるかもしれないのよ?まあ、執務室でそんな事をしてる可能性は限りなくゼロに近いけど。って言うか、中には女しか居ないはずだし。
『はぁぁぁぁあん!』
んんん?なんだろう今の声は。
由良の声に似てたけど、今のは嬌声って言えばいいのかな?艶めかしいと言うか、色を含んでいると言うか、女が絶頂に達したような叫びだったわ。
「い、今のは由良の声か?」
「少佐がそう思うんならそうなんじゃないですか?」
辰見と少佐が不思議そうに顔を見合わせている。
中でいったい何が……。いや、だいたい想像はつくんだけど、相手は誰?円満かしら。それとも朝潮?満潮や叢雲って線もあるわね……。もしくは全員で由良を……。
と、とりあえずノックしてみよう。もし私の想像通りの事が行われているなら、是が非でもノックくらいしてあげないと。私の気配りに感謝しなさい?
「円満?円満聞こえる?中に居るんでしょ?」
私はそう声を掛けながら数回ノックしてみた。
だけど反応は無し、中からは由良のモノと思われる喘ぎ声が聞こえ続けている。夢中過ぎて気づかないのかしら。何か、パン!パン!と肉を叩く様な音も聞こえるし。
「どうします?踏み込みますか?」
「私は構わないけど少佐はいいの?由良の浮気現場を目撃する事になるかもよ?」
少佐を見ると、うつむいて肩を小刻みに震わせていた。
帽子のせいで表情は見えないけど、怒ってるのかしら。いや、怒らない方が無理か。今、執務室の中で婚約者が誰かと激しいプレイの真っ最中なんだもの。これで怒らないのは婚約者を愛していない奴か〇無しの腑抜け野郎だけよ。
「桜子。すまないがコレを持っていてくれ」
「わかった。私と辰見は外した方が良い?」
「いや、居てくれ。誰か居ないと、相手を殺してしまいかねん」
私は少佐からドーナツの箱を受け取り、ドアから離れて少佐に場所を譲った。
誰だか知らないけど、由良の相手はただじゃ済まないわ。だって、奇兵隊でお父さんに次ぐ実力者の女に手を出しちゃったんだから。
「ふんっ!」
少佐の張り手でドアが吹き飛んで、対面にある窓を突き破って落ちて行った。
これ、修繕費は誰の給料から引かれるんだろ?って思ったけど、私の給料から引かれる可能性はないからとりあえず状況を見定める事にしたよう。
「こ、これは……」
執務室に踏み込んだ少佐が、信じられないモノを見る様な目で固まった。
今、少佐の目には何が映っているんだろう。裸で乱れ狂う由良?それとも、その由良に腰を打ち付けてる相手?どちらにしても、少佐からしたら絶望的な光景なのに変わりはないでしょうね。
私も早く見たいからどいてくれないかな。
「え?何これ……」
少佐を押しのけて中に入ると、私がしていた想像とは違っていた。
裸じゃなかったけど、乱れ狂う由良ってのは直前まで合ってたんだと思う。私が入った時には、由良はすでに果てていたからね。
想像と違ったのはプレイ内容。
私って経験浅いから、こんな特殊なプレイは知識でしか知らないもの。実際にする人を見るのもこれが初めてだし。
どんな光景か説明してあげましょうか?
物凄く簡単に言うと、円満が由良を折檻していたの。由良の両手を手錠で繋いで、ナイフを使って壁に固定していた事と、由良が恍惚な表情で半目を……。いや、オブラートに包む必要はないか。アヘ顔で果てていたのを除けば折檻、もしくはお仕置きと言い張ることも出来たかもしれない。
相手と思われる円満……。この子が円満でいいのよね?士官服姿で顔にも満潮の面影があるし、胸も変わらず平らだし。は、右手を振り上げたまま、虚空を見つめてブツブツ言ってるわ。たぶん、現実逃避してるんでしょうね。
そして予想より人数が少ない。朝潮と満潮の姿がないわ。部屋に居たのは円満と由良。そして、私の指定席であるソファーから身を乗り出して、すまーとふぉんを二人に向けている叢雲。何してんだろ?写真撮ってるのかしら。
「円満……。何…してるの?」
私に続いて、執務室に入って来た辰見が顔を引き攣らせながらそう言った。
まあ、妥当な反応ね。どこかの名探偵の孫や、体は子供で頭は大人な少年探偵もビックリするほど頭脳明晰な私でさえ、何がどうなったらこんな面白い……。もとい、こんな悲劇が生み出されるのかわからないもの。
でもまあ、これはこれでいいかもしれないわ。
お茶とお茶菓子目当てで
しかも!円満と言う、イジればイジるほど面白そうな
私はニヤケそうになるのを必死に我慢して、円満をどうイジろうか考えながら歩を進めた。