各地の鎮守府において、その実力や活躍とは裏腹に駆逐艦 神風の知名度はあまり高くない。ほとんど知られていないと言っても過言じゃないレベルよ。
それはホームであるはずの横須賀鎮守府でも変わらず、艦娘歴が短い子からは赤い人とか、いつも執務室で寝てる人くらいにしか思われていなかった。
南方へ行ってた期間が長かったから仕方ないと言えば仕方ないかもね。桜子さんと同世代の艦娘なんて両手の指で数えれるくらいしか残ってないし。
雪風との演習で一時は名をはせたけど、時間が経つにつれてまぐれ勝ち、雪風が油断したなどの評価が広まり、結局はあの演習を直に見た人が微かに覚えている程度に治まった。まあ、雪風はほぼ無傷で桜子さんはボロボロだったからね。見る目がない人が見ればそうなるのも自然な事なのかもしれないわ。
桜子さんが、自分の活躍を吹聴しないというのも理由の一つとして上げられるかしら。
あれだけ見た目も性格も自己主張が激しいのに、上げて来た戦果の事は聞かれない限り話さないの。意外でしょ?
参加した作戦に、桜子さん以上に目立つ人がいた事も理由の一つね。
私が艦娘になる前の事は知らないけど、ソロモン海戦の時は夕立と綾波、それと雪風かしら。私達は裏方みたいな役回りが多かったし、主要な戦場は数が足りてたから、桜子さんが行きたがらなかったのよね。
まあ、桜子さんの戦い方を考えれば当然か。
砲弾や魚雷、艦載機まで飛び回る戦場では、桜子さんは流れ弾を警戒して実力の半分も出せないんだから。
中枢棲姫を討ち取ったハワイ島攻略戦では、囮として投入された戦艦 大和に持って行かれた感じかしら。
実際、見た目のインパクトは文字通り桁外れだもの。あの戦闘の生中継を見ていた国民の熱狂ぶりは凄まじく、中継の視聴率は80%を超えたそうよ。
もちろん、熱狂したのは中継を見てた国民だけじゃないわ。戦場にいた艦娘も例外じゃなかった。
士気は爆上がりで大破しても後退しようとせず、弾切れになっても補給に下がるどころか『弾が無ければ体当たりすればいいじゃない!』とか言って本当に体当たりしてた子もいたらしいわ。どこのアントワネットが言ったのかしら。旗艦の人達は抑えるのに苦労したでしょうね。
まあそのせいで、中枢棲姫は大和の砲撃で倒されたと思ってる人が大半ってわけ。軍からはちゃんと評価されて勲章も授与されたみたいだけどね。
「じゃあ、そろそろ始めようかしら」
「な、何を……?」
そんな、知る人ぞ知る実力者である桜子さんが、今から私に何かしてくださるらしい。
わーい私って超ラッキー。桜子さんみたいに強くて優しくて美しい人に相手していただけるなんて光栄だわー(棒)。って、現実逃避してる場合じゃないか。
いったい何をする気?辰見さんから手渡されたフレンチクルーラーを左手の平に乗せ、右手でブラウスの胸元のボタンを外し始めたけど……。
いや、ホントに何する気?まさか、自分の胸の大きさを自慢する気じゃないわよね?そうだったら私にも考えがあるわ。由良さんにはし損ねたけど、今度は引っ叩くんじゃなくて捥ぎ取ってやる!
捥ぎ取って……って、うわぁお……。
何よその谷間。谷間ってどうやったらできるの?私なんていくら寄せて上げてもスットントン……じゃない!やっぱり大きさを自慢する気だったのね!
捥いでやる……。そのメロンみたいな肉の塊を捥ぎ取って……。
いや、待って。冷静になるのよ私。
私にそんな事が出来る?桜子さんは艦娘を辞めた今でも強いのよ?
使うのが内火艇ユニットでも並の艦娘じゃ相手にならないだろうし、先生仕込みの剣術は健在。陸での戦闘なら、化け物揃いの奇兵隊でも十指に入るとか聞いたわ。
対する私の戦闘力は体力には自信があるけどそこらの女子高生と大差ない。
うん、無理だ。諦めよう。諦めて桜子さんが飽きるまでイジられよう。本気で嫌だけど……。
「出来れば、私も手荒なことはしたくないの。だから、素直に白状してくれると助かるわ」
私が先生の事を好きかどうかでしょ?そんなの、桜子さんならとっくに察しがついてるんじゃない?
もしかして、疑ってるレベルだから確信を得たいのかしら。だったら誤魔化す事も出来るかも知れない。
桜子さんに私の先生への気持ちを知られちゃったらこれから先、先生と一緒に居るところを見られる度にイジられるのは確実。はっきり言って地獄だわ。
それよりも、胸元をはだけさせた意味がわからない。いったい何の意味が……って!谷間から開くと刃渡り8cmは有りそうな折り畳みナイフを取り出した!?何でそんな所にそんな物騒な物隠してるのよ!嫌味か!谷間が作れない私に対する嫌味なんでしょ!
「ちなみに、辰見はデリンジャーを隠し持ってるわ。何処にとまでは言わないでおいてあげる」
なん…だと?
デリンジャーってアレよね?手の平に納まるサイズの小型拳銃よね?いくら小型とは言え、そんな物を谷間に隠してるの?ホントに?あ、これはマジだわ。
私の位置からじゃ眼帯で隠れてる方しか見えないけど、首の角度がおかしすぎる。明らかに目を逸らしてるわ。
「いや…その……。ごめん……」
謝んないでよ!
そこは『まだ16歳だから大丈夫よ』とか『30歳過ぎてからカップ数が上がるって話を聞いたこともあるし』とか言って励ますところでしょ!?それなのに、どうして心底申し訳なさそうに謝ったの!?
え?もしかして希望は無いの?私の胸はこれで打ち止め?
「けど、需要はきっとあるから!胸が無い方が好みの人って割といるし!」
「フォローになってない!」
辰見さんは必死にフォローしてるつもりなんでしょうけど、それむしろ追い打ちだからね!?
胸が無いのが好みの人なんてお断りだから!だって高確率で変態だもん!
いや待って。先生はロリコンよね?だったら、背丈は小学生とは言いづらいけど、今のままでも問題ないどころかジャストミートなんじゃ……。
「一応言っておくけど。お父さんはペチャパイが好きなんじゃなくて朝潮が好きなんだからね?そこ勘違いしたら痛い目みるわよ?」
ですよねー。
先生は朝潮の見た目云々じゃなくて、朝潮の全てが好きなんだ。
この先、朝潮が艦娘を辞めた途端巨乳になってもそれは変わらないでしょうね。
確か先生って、バストサイズはB~C位が好みだったはずだし……。
って、じゃあダメじゃん!私そんなに無いもん!寄せて上げてようやくAに届くか届かないかよ!?
「円満って体も細いから食べる所無いわね」
おのれ桜子ぉぉ!蔑むような目で私を見るんじゃない!
細くて何が悪いのよ。太ってるよりマシでしょ?
そりゃあ、男性からしたら性的魅力に欠けるかも知れないけど、艦娘とか女性職員の人達からは『ダイエットもしてないのにその体が維持できるって凄い!』って羨ましがられるんだから!
「ちゃんとご飯食べてる?食べなきゃ大きくならないわよ?何処がとまで言わないであげるけど」
胸でしょ!?
これでも朝昼晩ちゃんと食べてるの!
艦娘だった頃ほど食べれなくはなったけど、それでも人並みには食べてるの!でも肉が着かないのよ!きっと、栄養は全部頭に行ってるの!少しは胸に栄養回しなさいよ私の体!
「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか。イエスかノーで答えたんでいいわよ」
今までのは余興!?これから本番が始まるって言うの!?無理無理無理無理!
すでに私のバストは0よ!じゃなかった。ライフは0。そう、ライフが0なの。バストは0じゃないわ!
「貴女、お父さんの事が好きでしょ」
ドストレートに聞いてきたぁぁ!叢雲だって居るのに、少しはオブラートに包んで聞いてあげようとか思わないわけ!?
ほら!お茶汲み中の叢雲が『え?マジで!?』みたいな顔してこっち見てるじゃない!
「桜子……。アンタって子は……」
昔馴染みの辰見さんですら、桜子さんがここまで配慮が足りない人だとは思ってなかったみたいね。
って言うか、最初は助けてくれようとしてたのに途中で諦めたよね?なんで諦めたの?私ずっと『助けて下さい。お願いです!』って感じの視線送ってたよね?
諦めたらそこで死合終了でしょうが!私が精神的に殺されるのが確定しちゃったじゃない!
これだから胸にばっかり栄養蓄えてる人はダメなのよ!
「で、答えは?」
「こ、答えたくない……」
あ、これじゃあ答えたようなものかしら……。
けど、桜子さんは私の口からイエスと言わせたいだけだろうし、と言うより、イエスとしか言わさないつもりでしょうね。仮にノーと言っても嫌がらせは続けるはずだわ。なんて性格の悪い……。
「そう。じゃあ、この子がどうなっても良いのね?」
はぁ?クソ真面目な顔して何言ってんのこの人。
この子って誰の事?まさかとは思うけど、左手に持ってるフレンチクルーラーじゃないわよね?もしかしてそれを人質、いや、
「このナイフってさ。日本刀と同じ製法で作ってもらった特注品だから良く切れるのよねぇ」
いや、だから何?
折り畳みナイフを片手で器用にパチンパチンと開いたり閉じたりしてるけど、それを使ってどうしようと?フレンチクルーラーを切り分けるの?ドーナツはアホみたいな数あるから切り分けなくても大丈夫そうよ?
「もう一度聞くわよ。貴女はお父さんの事を愛してる?
「Dislikeじゃない?」
hate(憎む、ひどく嫌う、嫌悪する、嫌う)が適当だと思います。絶対に教えてあげないけど。
と言うか、英語が苦手なら、無理して英語で答えさせようとしないで貰えるかしら?もしかして、脳みその皺の数と胸の大きさって反比例してるんじゃない?
「じゃあそれで!さあ円満。どっちなの?」
「Liebe」
「り……りーべ?何それ?ちゃんと答えなさいよ!」
ふふふふ……。脳みそまで筋肉で出来ている貴女じゃわからないでしょうね。
でも、私はちゃんと答えたのよ?私は今
ああ、その頭の上に?マークが飛んでるような顔を見てると気分が良い!初めて桜子さんに勝てた気がするわ!
「何か、勝ち誇られてる気がするんだけど気のせい?」
「気のせいよ」
おっと、顔に出てたか。けど、お生憎様。これ以上は読ませないわ。
私を朝潮みたいな、考えてる事が何でも顔に出るおバカと一緒にしないで頂戴。こう見えて英語と独語、まだ勉強中だけど、伊語も日常会話程度なら喋れるのよ?そう、私はマルチリンガルなの!恐れ入ったでしょ!
「あくまで、私の質問に答える気はないわけね?」
「……」
いや、答えたじゃない。私は先生の事を愛してるわ。
自分の気持ちに気づいた途端に失恋しちゃったけど、気持ちはまだ変わっていない。言う機会が永遠に来なくたって構わない。その分、私はこの気持ちを大事にしたいと思ってるわ。だから、軽々しく人に言いたくないの。
「じゃあ、仕方ないわね」
鋭く目を細めた桜子さんが私を見据えたまま、フレンチクルーラーを二つに切り分けた。意味がわからない。そんな事をして何になるって言うの?
だけど妙ね、側頭部に妙な痛みを感じるような気がする……。いったいどうして?
「ほら、クリームがこぉんなに……」
「くっ……」
あ、あれ?どうして目を逸らした?
どうして私は、ナイフについたクリームを舐め取る桜子さんから目を逸らしてしまったの?別に誰かが傷つけられたわけじゃないのに、ナイフについたクリームがまるで血のように見えてしまった。
しっかりしなさい私!あれはただのお菓子!お店で大量生産されているただのフレンチクルーラーよ!
そう、私とは関係ない……私とは関係ない………。
関係ない……はずなのに……。
「次は、この辺行ってみようかしら」
「や、やめっ……!」
私の制止を遮るように、桜子さんは容赦なくフレンチクルーラーをさらに切り裂いた。
可哀そうに……。それはそんな風にして食べる物じゃないのよ?両手で持って噛り付くのが正しい食し方なの。それなのに……四つに切り分けるなんて酷いじゃない!
「この……悪魔め……!」
「あら、悪魔とは酷いわね。私にこうさせたのは貴女なのよ?」
私のせい?私のせいで、その子はそんな無惨な姿にされちゃったの?私が桜子さんの質問にちゃんと答えなかったから……。
ごめんねフレンチクルーラー……。そんな風に切られるなんて無念だよね?普通に食べられたかったよね……。
「さあ、次はどう切ろうかしら」
まだ切る気!?もう十分じゃない!それ以上どこをどう切ろうって言うの!?
え?ナイフを横に……。まさか、横に切る気!?そこはやめてあげて!そこは切っちゃダメ!って言うかすでに切れてるから!クリームで引っ付いてるだけだから切らないであげて!
「やめて!それ以上その子に酷い事しないで!」
これ以上見ていられない。
こんなに残酷な尋問。いや、拷問は初めて見るわ。
まるで、側頭部を切り裂かれているような錯覚を覚えてしまうもの。
今はもうしてないけど、私と同じ髪型をした事がある子ならこの気持ちがわかるはずだわ。頭をフレンチクルーラーみたいな髪型にした事がある人なら、きっと私の気持ちを理解してくれる!
「もう遅~い♪」
そう言って、桜子さんはスパッという音がしそうな勢いでフレンチクルーラーを真横に切り裂いた。
どうしてこうなった?どこで選択を間違えた?自分の気持ちを大事にしようとしたのが間違いだったの?そのせいで、あの子はあんな目に遭ってしまったの?
私のせいで……。私のせいで……。
「ああああああああああ!フレンチクルーラーぁぁぁぁぁぁ!」
「え?ええ!?そこまで大泣きしなくてもいいんじゃない!?」
これが泣かずにいられるか!
そもそも、泣かした張本人がなんでそんなにビックリしてるの?こうしたかったんでしょ?私を泣かせたかったんでしょ?おめでとうございます!大成功よ!
真っ当に食べてもらえなかったその子の事を想うと涙が止まらないもの!
なんか辰見さんは、心底呆れた顔で『バカだコイツら』とか言ってるけど、貴女も悪いんだからね?この赤い悪魔を止めなかった貴女も同罪なんだから!
「ど、どうしようこれ……」
「私に聞かないでよ……。泣かせたのは桜子なんだから自分でどうにかしなさい」
ごめんねフレンチクルーラー……。
無念だよね。痛かったよね。私がもっと早く桜子さんの質問に答えていれば、貴女はそんな目に遭わずに済んだのに……。ちゃんと食べてもらえたのに……。
「なんで殺したのよぉぉぉ!その子は何も悪い事してないじゃない!」
「い、いや。あの……ごめん……」
「今さら謝ったって遅いのよ!謝ったって…その子はもう生き返らない……」
そんなに切り刻まれちゃったら、その子は二度とドーナツを名乗る事が出来ないのよ?
それは、その子にとっては死と同義。貴女は私をイジりたいがためだけに、何の罪もないフレンチクルーラーを惨殺したのよ!
「少し落ち着きなさい円満。桜子にどうやって罪を償わせるかはとりあえず置いといて。ね?」
「でも…でもぉぉぉぉ!」
「叢雲、お茶はまだ?桜子もさっさとソレ食べちゃいなさい」
え?食べちゃうの?あ、本当に食べ始めた。
切り刻んだ上に、その身を美味しそうに貪り食うなんて残酷すぎるわよこの鬼畜め!どんな親に育てられたら、こんな血も涙もない人間に育つのかしら……。
いや、この人の親は先生だった……。今のは無しで。
「はい円満。熱いから気を付けてね?それとコレ使って?」
「ありがとう……ぐすっ……」
叢雲が淹れたてのコーヒーとハンカチを渡してくれた。
さっきは見損なってごめんなさい。やっぱり貴女は私の友達よ。本当に心配そうに私を見て……。いや、哀れんでる?なんか、可哀そうな子を見る様な目にも見えるんだけど。
「まさか泣くとはねぇ……。円満って実はバ……」
「桜子。それ以上はダメよ」
「でもさぁ辰見。ドーナツに感情移入して泣き出すとか控えめに言ってバカよ?こんな反応、期待してなかったんだけどなぁ……」
ああそうね。私はバカよ。
コーヒーを飲んで一息ついたら、フレンチクルーラーが切られたくらいで泣き喚いた自分のバカさ加減に嫌気がさしてきたわ。
けど、フレンチクルーラーに感情移入した私がバカなら、フレンチクルーラーを
「感情移入って言えばさ。桜子の駆逐古鬼への入れ込みっぷりも相当だったわよね?」
「そんな事ないわよ。普通よ普通」
「嘘ばっかり。昔のアンタって、駆逐古鬼を仮想敵にして訓練してたでしょ?」
「そりゃまあ……ね。けど、自分より強い奴を想定して訓練するのは普通じゃない?」
辰見さんが言ってる駆逐古鬼って、あの駆逐古鬼の事よね?
桜子さんがはっきりと自分より強いと言うのも意外だけど、それよりも一瞬だけ見せた悲しそうな目の方が、私は気になった。
もしかして、桜子さんは駆逐古鬼と理解し合っていたのかしら。私と、ネ級のように……。
「桜子さんは……。駆逐古鬼を倒した時、どんな気持ちになりました?」
「変な事聞くのね。何年も追いかけてた奴を倒したのよ?気分爽快に決まってるじゃない」
「それ、嘘ですよね?」
「……」
桜子さんは私の質問には答えず、コーヒーを一口啜ってからため息をついた。話したくないのかしら。辰見さんを気にしてるようだけど……。
「私の事は気にしなくていいから答えてあげなさいよ。それとも、私は外した方がいい?」
「……居ていいわ。アンタにも、いつか話そうと思ってた事だから」
桜子さんは質問をした私ではなく、辰見さんの目をまっすぐ見つめてゆっくりと話し始めた。
だけど、どうして辰見さん?ラバウルで駆逐古鬼と共闘した桜子さんを殴るところは見たけど、辰見さんも、駆逐古鬼と関係があるのかしら。
「ずっと言えなかったの。これを言っちゃったら、アンタとケンカになるかもしれなかったから」
「ケンカなんて飽きる程したでしょ?今さら何言ってるのよ」
「それはそうなんだけどね……。けど、あの時私が思った事はアンタに対する裏切りだから……」
これは懺悔かしら。
これから桜子さんが口にするのは謝罪の言葉?でも、桜子さんは堂々と辰見さんと向き合ってる。辰見さんもだ。二人とも表情は真剣そのものだけど、瞳には慈愛の色が浮かんでいる。
出来レース。と言うと言葉が悪いけど、桜子さんは辰見さんが、辰見さんは桜子さんが何と口にするかわかってるのかもしれない。
「私ね。アイツに……。駆逐古鬼に刀を突きたてた時、とてつもなく怖かった」
「反撃されるかも……。と思って?」
違うと思いつつも、私はそう言って次の言葉を促した。話の邪魔をするな!って怒られるかもと思ったけど、桜子さんは私に微笑みかけてこう言ったわ。
「円満。貴女にとって、ネ級はどんな奴だったの?」
重巡ネ級。
ハワイ島攻略戦の時に、私が倒した戦艦水鬼の僚艦。そして私が、仲間の誰よりも深く分かり合えたと思った敵。そうね……。私にとってのアイツは……。
「敵じゃなかったら、きっと親友になれてたと思う……」
「そう……。もしかしてと思って聞いてみたけど、やっぱりそうだったのね」
「じゃあ、桜子さんと駆逐古鬼も……」
「そうよ。敵じゃなかったら、私とアイツは最高の相棒同士になってたと思うわ」
相棒同士……か。
私とネ級はどうだろう。アイツは回避も砲撃もあまり上手くはなかったから、あの時の桜子さんと駆逐古鬼のようにお互いを高め合うような戦い方はできないと思う。
けど、盤上でなら話は別だわ。アイツと一緒なら、きっと凄い作戦が立てられる。それこそ、戦争を終結に導けるほどの作戦が。もっとも、今となっては確かめる事は出来ないけど……。
「辰見。これから私が話す事が許せないと思ったら、遠慮なく私を殴っていい。なんなら、胸元に隠してる銃で撃っても良いわ」
「わかった」
言葉だけ聞けば物騒な雰囲気になってきたように感じるけど、桜子さんと辰見さんの表情は穏やかだ。
だから、安心してドーナツを齧ってていいのよ叢雲。アンタが心配しなくても、ここで流血沙汰なんて起きやしないわ。
「あれは、横須賀に戻って来る2週間くらい前だったかな」
桜子さんは、どこか遠くを見る様な目でゆっくりと話し始めた。
正化29年の3月末。駆逐古鬼と死闘を演じた時の事を。