艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

36 / 50
幕間 大淀と元帥

 私のプライベート用のスマホに電話をかけて来る人は限られている。

 友人が少ない訳ではありませんよ?確かに片手の指で数えられる程度しか登録していませんが、それは番号を教える人を慎重に選んだ結果です。その事に後悔はしていませんし、これが最良だと信じています。ええ、まったく寂しくなんてありません。本当ですよ?

 

 「どこでその名を?……なるほど、そういう事か」

 

 そんな私のスマホに電話をかけて来たのは横須賀提督。もっとも、用があったのは私ではなく元帥殿でしたが。

 どのような用件なのか気になりますね。誰か、もしくは何処かの名前を元帥殿に尋ねているような感じですが……。あとで録音されている内容を聞いてみるとしましょう。

 

 「うん、知っているよ。……近い内にこちらに来れるかい?……ああ、それで構わないよ」

 

 電話で話せる内容ではない、と言う事でしょうか。

 いつになるかはわかりませんが、近い内に横須賀提督がこちらにお越しになるようですね。あの子も、連れて来るのでしょうか……。

 

 「横須賀提督は何と?」

 

 「うん、ちょっとね……」

 

 私にスマホを手渡しながら、元帥殿が何かを懐かしむような表情でソファーに深く体を沈めた。

 はぐらかすという事は、秘書艦である私にも言えない内容。もしくは、元帥殿自信、まだ確信に至ってない内容と言う事でしょう。

 録音は問題なく出来ているようですから、元帥殿に横須賀提督が何を訊ねたのかは録音を聞けばわかります。スマホって便利ですね。

 ですが、横須賀提督に対して明確に答えてはいない。

 これでは録音を聞いたところで、私が知る事が出来るのは訊ねられた名前だけ。それは恐らく、こちらの歴史には存在しない名前。

 

 「しまった。あのお嬢さんも連れて来るように言うべきだったかな?」

 

 「どのお嬢さんですか?赤い人ですか?それとも、頭にフレンチクルーラーを着けてる子ですか?」

 

 「わかってるクセに……。君は会いたくないのかい?」

 

 ええ、わかってます。

 私が知っている限りで言えば、横須賀提督がここに連れて来た子は全部で4人。先に言った二人と由良さん。そして、戦死した私の妹と瓜二つの容姿をしたあの子だけ。

 元帥殿が仰っているのは朝潮ちゃんの事でしょう?ならば、私はこう答えざるを得ません。

 

 「会いたくありません」

 

 「演技をするのが、疲れるからかい?」

 

 「はい」

 

 朝潮ちゃんを初めて見たのは1年以上前、正化29年の2月でした。

 直接会った訳ではありません。あの子を初めて見たのは、3年近く各地の養成所をたらい回しにされていた『朝潮』の艤装に適合した少女のプロフィールが送られて来た時。

 それを見た時、あの子の写真から目を離す事が出来ませんでした。だって、瞳の色以外は妹と瓜二つだったんですもの。戦死した妹のプロフィールが間違って送られて来たのかと思ったほどです。

 

 「そのおかげで、あの時は動揺せずに済みましたけどね」

 

 「そうだね。君は頑張っていたよ……」

 

 ええ、必死でした。

 大本営の正面玄関から入って来たあの子を見た途端、早鐘のように鳴り始めた心臓と決壊寸前になった涙腺。そして、込み上げて来た妹への罪悪感と、あの人への殺意を押さえるのに。

 

 「今でも、提督君が憎いのかい?」

 

 「憎いです……。自分と同じくらい……」

 

 あの時。孤児院が空爆された日。

 私が妹の手を離さなければ、あの子は艦娘にならずに済んだかも知れないのですから。あの人の代わりに、死なずに済んだかも知れないのですから……。

 

 「あの子が艦娘になっていると知った時は体が震えました。空爆で死んだと思っていましたから」

 

 諦めていたのに。あの子の仇を討つために艦娘になったのに。あの子は生きていただけでなく、艦娘として戦っていた。

 そんなあの子の存在を知った時、私は嬉しい反面、自分が許せなくなりました。

 

 「たしか、君が妹さんと再会したのは……」

 

 「はい、あの子が横須賀提督と婚約した直後です」

 

 正化26年の1月。どこで調べたのかはわかりませんが、私宛にかかって来た電話で妹が生きていることを初めて知りました。しかも、婚約したという報告のオマケ付き。

 私はその晩に妹と会う約束を取り付けました。

 生き別れになっていた妹と再会できるという喜びよりも、16歳になったばかりの妹と婚約した変態がどんな人なのかという好奇心の方が強かった覚えがあります。

 

 「久しぶり……。元気にしてた?」

 

 「はい……」

 

 妹と再会したのは、横須賀市内にある居酒屋でした。

 別に、再会を祝して乾杯しようと思ったわけではありませんよ?妹にそこを指定されたから、そこで会っただけです。なんでも、横須賀提督が出資している居酒屋らしく、密会にはもってこいなのだとか。

 ですが、お互い久しぶり過ぎて何を話したらいいのかわからず、しばらくの間、通された部屋には沈黙だけが流れていました。ああいう気まずい雰囲気の時には、徹底した防音処理は嬉しくありませんね。外の音が全く聞こえないんですから。

 

 「こ、婚約者の方はいらしてないの?」

 

 「は、はい!あの…お忙しい方なので……。でも!来るためにギリギリまでスケジュールの調整はしてくださいました!」

 

 妹の言葉で、婚約者が横須賀提督だと言う事に察しがつきました。

 まあ、指定された店が横須賀提督の息のかかった店と言う時点で、もしかしてとは思っていたのですが、まさかあの人じゃないだろうとも思っていたんです。

 だって、それまで私は、あの人がロリコンだとは知らなかったんですもの。

 私は艦娘になる前から大本営に勤めていましたから、あの人が風呂敷いっぱいに生首を包んで来たのも見たことがありますし、噂レベルではありましたが、彼がどういった人なのかも知っていました。

 その彼が、いくら法的に結婚OKな歳とは言え、見た目は完全に小学生の妹にプロポーズするなんて考えられなかったんです。

 だからと言う訳じゃないんですが、確認を兼ねて少し意地悪な事を言ってしまいました。

 

 「大丈夫?騙されてない?」

 

 「騙される?私がですか?誰に?もしかして司令官にですか?」

 

 「そう、その司令官にです。お金を狙われてるとかない?事業が失敗したから金が要るとか言われてない?」

 

 あり得ないと思いつつも、私はそう訊ねました。

 妹は心底不思議そうな顔をしていましたね。私が言った事の意味を理解していなかったのでしょう。

 私だってそんな事を聞かれたら同じ反応をすると思います。余程アホな使い方をしない限り、あの人がお金に困る事など無いのですから。

 

 「貴女みたいな子供にプロポーズするなんて、その人の頭大丈夫?憲兵さん呼ぶ?」

 

 これに関しては本気で聞きました。

 だって普通にアウトですもの。例え法的にOKでも、社会倫理的には完全にアウトです。即逮捕です。いえ、死刑になっても文句は言えないでしょう。

 まあ男性からすれば、結婚相手は若いほどいいのかもしれませんが、見た目が小学生の妹に欲情するような変態は警戒しといて損はないですからね。

 この時も、妹の答え次第では大本営付きの憲兵隊を横須賀鎮守府に向かわせるつもりでいました。

 

 「妹さんは何と?」

 

 「聞きたいですか?ただの惚気話ですよ?」

 

 あの子にとって、横須賀提督が全てだったそうです。

 私の人生はあの人に捧げます。死んで来いと言われればそうしますし、使い捨てにされても構わない。お金が欲しいと言うなら体を売ってでも工面します。浮気をしても、最終的に私の所に戻って来てくれるのなら構わない。

 あの人が必要としてくれる限り、私はあの人の傍に居続ける。

 そう、生真面目な顔で私に言いました。

 そう言ったのに、あの子は……。

 

 「バカな子です。死んだら傍に居られないのに……」

 

 「言葉の割に、僕には君が羨んでるように見えるんだけど?」

 

 はい、正直に言うと羨ましいです。

 私はそこまで愛せる人に巡り合った事がありませんから。

 あの子は私より年下なのに、女としては私より一枚も二枚も上でした。あの時言った通り、その命までもあの人に捧げてしまったんですから。

 あの人の心に、一生消えない傷跡となって存在し続ける事に成功したんですから……。

 

 「もしかして、君も提督君の事を……」

 

 「冗談はやめてください。あんな異常者はお断りです」

 

 「そんな真顔で否定しなくても……」

 

 あんな精神異常者に惚れてるなどと言われそうになれば真顔にもなります。

 元帥殿はご存じないかもしれませんが、あの人は大本営に来る度に『潰す』だの『あそこを爆破すれば良さそうだな』などと玄関から入るなり言ったり、酷い時には『ああ君、コレを参謀どもに届けてくれないか?』と言って、タッパに詰め込んだ人だったモノを託けたりしてたんですよ?当時は艦娘じゃなかった私に!アレのせいで、しばらくお肉が食べられなくなったりしたんですから!

 

 「妹にしてもあの子にしても、あんな人のどこが良いのか全く理解できません」

 

 「この前来た時は楽しそうに喋っていたじゃないか」

 

 「元帥殿の手前、露骨に嫌な顔は出来ませんからね。相応に話を合わせただけです」

 

 ふ~んとか言ってニヤニヤしていますが、本当ですからね?私は妹のように年上、しかも親と大差ない歳の人を好きなったりしません。

 ん?親と大差ない歳?ああ、それが、妹があの人を好きになった理由の一つかもしれません。あの子は父親の歳どころか、顔も覚えていないはずですから。

 父親を恋しがる気持ちを恋心と勘違いした可能性も否定できませんね。

 だとすると、朝潮ちゃんも妹と同じ可能性が出てきます。

 

 「まずいですね……」

 

 すでに手を出しているとは考えたくありませんが、あの二人を見た後ではそれも時間の問題な気がします。横須賀提督はどう思っているかわかりませんが、朝潮ちゃんは完全に惚れてましたから。

 もし、横須賀提督が『これから夜戦の訓練を始める!』とか言えば『一発必中!肉薄してください!』などと言いかねない。

 もしくは『私はどんな罰も受けます。だから他の子達は助けてください』などと朝潮ちゃんに言わせて『それは君の頑張り次第だ』なんていうマニアックなプレイに及んでいるかもしれない!

 おのれ変態め!私の妹とそっくりな子になんて如何わしい事を!

 

 「お、大淀君大丈夫?何か問題でも?」

 

 「大問題ですよ!」

 

 「何が!?」

 

 これは由々しき事態です。すぐにでも朝潮ちゃんに真偽を確かめないと。

 ああでも、私は朝潮ちゃんの番号を知りません。私のスマホに登録している人で、朝潮ちゃんの番号を知っていそうなのは横須賀提督のみ。ですが、素直に教えてくれるでしょうか……。

 私が聞けば、朝潮ちゃんに何か探りを入れようとしている事はすぐにバレるでしょうし……。

 直接聞きに行こうかしら……。いえ、そうしましょう!

 

 「申し訳ありません。少し横須賀鎮守府に行って来ます」

 

 「こんな中途半端な時間に?あと2時間もすれば上がりじゃないか」

 

 「いえ、急を要する事なので」

 

 なんですか?その『何か悪だくみしてない?』と言いたげな顔は。眼鏡を上げたからですか?眼鏡をクイっと上げたから悪だくみしてるように見えたんですか?

 別に悪だくみなどしていません。ただ朝潮ちゃんの番号を聞くために横須賀鎮守府まで行くだけです。もっとも、朝潮ちゃんの返答次第では、横須賀提督に一言二言言って帰るかもしれませんが。

 

 「はぁ……。わかった。楽しんで来なさい」

 

 「はい。……はい?」

 

 何を楽しんで来いと仰るんです?私は朝潮ちゃんのスマホの番号を聞きに行くだけですよ?元帥殿は、そこにどんな楽しみを見出せと仰るんですか?

 あの子に会えば、私は嫌でも妹思い出してしまうのに。あの日、私が手を離したせいで死ぬ事になってしまった妹の事を……。

 

 「本当は会いたいんだろう?話をしたいんだろう?だから、行っておいで。我慢も遠慮もいらないから」

 

 私が朝潮ちゃんに会いたい?先ほど言ったではないですか、会いたくないと。話したい事もありません。いえ、話したくありません。

 あれ?でも私は、横須賀鎮守府まで出向いて会おうとしている。番号を聞くと言う事は話すという事です。感情と正反対の事をしようとしているじゃないですか。

 

 「私は……。会いたいのでしょうか……」

 

 「それは、君が一番わかってるんじゃないのかい?」

 

 私が一番わかっている?

 私にわかるのは、あの子を前にすれば妹の事を思い出してしまうだろうと言う事だけ。孤児院での数年間と、再会してからの2か月余りしか一緒に居られなかった妹の事を……。

 初めてあの子と会った時は、昂る感情を必死に押さえつけた。

 泣きそうになったから初対面を演じた。

 抱きしめそうになったから事務的に対応した。

 横須賀提督が元帥殿に掴みかかった時はチャンスだと思いました。撃ち殺せば、少しは気が晴れると思ったから。妹の仇を取った気になれると思ったから。

 だけど、あの子がそれを許してくれなかった。いや、違いますね。妹と同じ顔を下あの子に、憎しみのこもった目で見られたくなかった……。だから、それらしい事を言って銃を降ろした……。

 

 「私は、あの子を妹の代わりにしようとしているのでしょうか……」

 

 「代わりでも良いんじゃないかな?」

 

 「で、でもそれは、あの子に対して失礼なのでは?」

 

 「あの子、たぶん気づかないと思うよ?」

 

 それはそうですが、私に罪悪感が芽生えそうでして……。

 それに、あの子だって代わりにされている事に気づくかも……。いや、気づきませんね。あの子って頭が良さそうで実はバカですし、横須賀提督に関する事以外は興味無さそうですし。

 私が急に会いに行っても『お久しぶりです』って言って普通に対応してくれそうですし。

 

 「行っておいで。あの子に会えば、君の肩の荷が少しは軽くなるかもしれない」

 

 「わかりました……。行ってきます」

 

 会いに行こう。会って話をしよう。

 何を話せばいいのかはまだわからないけど、横須賀鎮守府に着くまで2時間はかかるのですからその間に考えればいい。

 もし、あの子が私と一緒に居るのが嫌じゃないと言ってくれるなら、妹にしてあげられなかった事をしてあげよう。妹にしてあげられなかった話をしよう。

 

 「なんだか、妹と再会した日のような気分です……」

 

 あの時も、待ち合わせ場所に着くまでの時間がもどかしかった。空が飛べればいいのになんて思ったりもしました。

 あの子は私なんて待っていないのに、私とあの子は赤の他人なのに。今は会いたくて仕方ない。抱きしめたくて仕方ない。謝りたくて仕方ない……。

 拒絶されたらと思うと怖い。けど、あの子なら私を拒絶したりしないとなぜか思える。

 だからごめんなさい。

 今の内に謝っておきます。貴女と会ったら、きっと私は自分を抑えきれないから。

 だけど、今日だけは我慢してください。今日だけは、貴女を妹の代わりにする事を許してください。

 

 死んだ妹の面影を持つ貴女に。

 私が妹の死から立ち直るために。あの時、妹に言ってあげる事ができなかった『幸せにしてもらいなさい』を言うために。

 

 今から私は、貴女に会いに行きます。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。