艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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神風死闘5

 

 

 その日の朝。

 私は、前の晩まで得体の知れない恐怖に震えていたのが嘘のように落ち着いていた。

 前日にお父さんの声を聞けたのが大きかったのかもね。お尻も叩いてもらったし、『俺にはお前が必要だ』なんてプロポーズじみた事も言ってくれたし。

 

 「いや、惚気話を聞かせてくれとは言ってないんだけど?」

 

 「黙って聞きなさい円満。話には起承転結ってモノがあるの」

 

 普段はそんなモノ意識してないけどね。誰がとは言わないけど。

 それよりも、青筋立てるほど怒らなくてもいいんじゃない?まあそのおかげで、貴女がお父さんに惚れてるって事は確信できたけど。

 

 「どこ行くんだお嬢。出撃の予定はねぇはずだぞ?」

 

 「ちょっと出て来るだけよ」

 

 「そうか、晩飯までには戻れよ」

 

 艤装を背負って、桟橋で朝日を見ながら軽く黄昏れてたら後ろから艦長に声をかけられたっけ。何をしに行くのかは聞いてこなかったけど、あの様子じゃ薄々感ずいてたっぽいわね。

 

 「戻らないかもしれないわよ?」

 

 「そうかい。じゃあ、大佐によろしく言っといてくれや」

 

 ぶっきら棒にそう言った艦長は、私の傍まで近づいて桟橋に腰を下ろし、煙草を燻らせ始めた。

 戻らないかもって聞いて、どうして大佐によろしくなんて言葉が出て来るのか疑問に思った私は艦長にこう返したわ。

 

 「なんでそうなるの?」

 

 「なんで?お嬢がここに戻らんのなら、行く場所は大佐の所しかないだろうが」

 

 「死んじゃうかもしれないのに?」

 

 私がそう言うと、艦長は『何言ってんだコイツ』みたいな顔してため息をついた。そんなに変な事言ったつもりはないんだけどなぁ……。

 

 「お嬢が死ぬ?そりゃあ大変だ。明日は雪が降るかもしれん」

 

 「何よそれ!私だって死ぬ時は死ぬわよ!」

 

 「死なんよ。お嬢は死なん。いつかは死ぬかもしれんが、そりゃあ今じゃない」

 

 「どうして…そう言い切れるの?」

 

 「ただの勘だよ。だがまあ…そうだな……。桟橋に立つお嬢の背中を見た時な、お嬢と大佐が重なって見えた。大佐が立ってると錯覚したほどだ。しいて言うなら、それが理由だな」

 

 「私と先生が……?」

 

 信じられなかった。もちろん、今でも信じ切れていない。

 お父さんに憧れて、お父さんみたいに誰かを守れるようになりたくて戦ってたのに、私はいつの間にか諦めていた。そんな私とお父さんが重なって見えたなんて言われたって信じる事は出来ないし、お父さんに申し訳なくて信じる気になれない。

 それなのに、艦長はクソ真面目な顔でそう言った。60そこそこで呆けてたのかなぁ……。

 

 「そう?私もそっくりだと思うけど……。円満はどう思う?」

 

 「辰見さんに同意ね。自覚がないのが意外だわ」

 

 辰見と円満が、あの日の艦長と同じ『何言ってんだコイツ』みたいな顔でそう言った。

 けど、どこが似てるんだろう?

 100人が見たら100人が美人と答える私と、できる事なら関わり合いたくないと言われる程人相が悪いお父さんじゃ似ても似つかない。性格だって全然違うわ。私は温厚で人当たりが良く、お父さんみたいに、何かあればすぐ刀を抜こうとするほど短気じゃないし怒りっぽくもない。

 食べ物やお酒の好みは似てるかな。でもそれくらいよ?見た目も性格も正反対と言って良いわ。

 

 「桜子さんは、先生の背中を見てどう思う?」

 

 「背中?う~ん……。あ!背骨に沿って毛が生えてる!産毛じゃなくて黒いのが!」

 

 「そうなの!?いや、そうじゃなくて!」

 

 「わかってるわよ。今のは冗談」

 

 でもラッキーだったでしょ?お父さんも知らない、お父さんの身体的特徴を知れて。

 まあ、それはともかく。

 初めてお父さんの背中を見た時は……そうだなぁ……。初めて目の当たりにする戦闘に圧倒されてたってのもあったんだろうけど、その時はただ大きいとしか思わなかったかな。

 

 「でもね。一緒に過ごしてる内に……」

 

 お父さんが背負ってるモノの大きさがわかるようになっていった。少し違うか。日に日に背負ってるモノが大きく、そして重くなっていくのがわかったの。

 家族や部下だけじゃない。今のお父さんは、国民の命と生活を背負ってる。とてもじゃないけど、私に背負い切れるモノじゃない。私なんかには、真似したくたって真似なんて出来ないわ……。

 

 「違う。私が聞いたのはそういう事じゃない」

 

 「はぁ?貴女さっき、背中を見てどう思う?って聞いたじゃない」

 

 だから答えたのよ?それなのに違うってどういう事?

 自慢じゃないけど、私ほどお父さんの事をわかってる人間は居ないわ。

 その私が言った感想が間違ってるって?ふざけんじゃないわよ!それじゃあ何?円満は私以上に、お父さんの背中から何かを感じ取ったって言うの!?

 

 「円満。その言い方じゃ伝わらないわ。桜子の察しが良いのは提督に関する事だけだから」

 

 「辰見も…私が間違ってるって言いたいの?」 

 

 「間違ってないと思うわよ。アンタが提督の背中からそう感じたんならそうなんでしょうよ。けどね、私と円満が言ってるのはそんな高尚なモノじゃないの。もっと本能的なモノよ」

 

 「いや、ますます意味がわかんないんだけど……」

 

 お父さんの背中を見て本能的に感じるモノ?なんだろ……。昔は抱きつきたいとか、背もたれにするのに丁度良いとか思った事があるけど……。

 辰見や円満も抱きつきたいとか思ったって事?

 

 「私ね。桜子さん達と奇襲艦隊の迎撃に出る時、正直言うと逃げたくて仕方なかったんだ……。だって、質も数も倍以上の艦隊が相手よ?それなのに、桜子さんは先頭切って飛び出して行ったよね。文句は散々言ってたけど」

 

 「そりゃ文句くらい言うでしょ。それに、私が真っ先に飛び出したって言っても、円満だって逃げたいと思いながらも出撃したじゃない」

 

 「桜子さんが先頭だったからよ。だから私は……。いや、私たちは出撃できたの。恐怖で震える自分を奮い立たせてね」

 

 私が先頭だったから?

 それで何故、貴女は自分を奮い立たせることができたの?私は何も特別な事はしてない。ショタ提督に文句を言いながら出撃しただけ。ラバウルを見捨てて逃げようとすら考えていた私の何が、貴女を奮い立たせたの?

 

 「あの時の桜子さんが何を考えていたかは分かんないし、他の3人がどう思ってたかは知らないけど、私には桜子さんが『私がなんとかしてやる』って言ってるように見えたわ」

 

 「いや…私は……」

 

 確かになんとかしようとは思ってた。

 けどそれは、基地航空隊が到着するまで。艦隊を返り討ちにしてやろうとなんて考えてなかったし、できるとも思っていなかったわ。

 正直に言ってあげた方が良いのかしら……。

 

 「桜子ってさ、艦娘だった頃もそうだけど背中が大きいのよ。もちろん物理的に大きい訳じゃないわよ?安心感があるって言ったら良いのか、オーラが出てるって言ったらいいのかわからないけど、アンタの背中を見てると安心できるの。ついて行こうって思えるのよ。そういう所が、提督と本当にソックリ」

 

 辰見が冗談を言ってるようには見えない。円満もうんうんと頷いている。

 私の背中を見てると安心できるって?勝手に安心しないでよ。私はそんな大層な器じゃない。お父さんの背中を見てると安心するって気持ちはわかるけど……。

 私がお父さんみたいに、背中だけで『安心しろ私がついてる』とか語ってるとは思えないわ。

 

 「それは私が強かったからじゃない?だったら……例えば朝潮だって同じなんじゃないかしら」

 

 「あの子は戦士としては超一流よ。だけど誰かを引っ張って行くような器じゃない。桜子さんみたいに、居るだけで部下を奮起させる事はできないわ」

 

 「円満は随分と私を買いかぶってくれるのね。私に将器でもあるって言うの?」

 

 「あると思うわよ?私や辰見さんはもちろん、荒くれ者の集まりである奇兵隊すら従えた貴女に将器がないとは思えないわ」

 

 円満の言う通り、確かに奇兵隊は従えてる。でもそれは、単純にお父さんから総隊長の座を引き継いだからってのが大きいんじゃない?それに副隊長は最古参の海坊主だし、金髪も補佐をしてくれてる。

 それで将器が有るって言われても納得しがたいんだけどなぁ……。

 

 「アンタが奇兵隊の総隊長に就任した時さ。嫌な顔した人が一人でも居た?主だった人は、鎮守府の外に居る人も含めて全員集めたんでしょ?」

 

 「確かに居なかったけど……」

 

 私が総隊長に就任した時、私の挨拶は一言だけだった。

 ただ一言だけ『私が総隊長になる事に文句がある奴は、この場で今すぐ名乗り出なさい!』って、奇兵隊の面々の前で言い放ったわ。

 お父さんは苦笑してたし、少佐は飽きれて物も言えないって感じだった。艦長は『相変わらずだなお嬢は』って言いながら笑ってたかな。

 海坊主と金髪は『尻に敷かれるのは確定だな』『羨ましいっすか?』と、漫才じみたやり取りをしてっけ。

 少なくとも半分くらいは文句を言って来ると思ってたんだけど、返って来たのは私の予想に反して一糸乱れぬ敬礼だった。

 私はお父さんの手前、皆従う振りをしたんだと思ってたんだけど、私に将器があるのだとすれば、私はあの時、皆に認められたって事になるわね……。信じられないけど。

 

 「桜子さんは、先生が誰かと決闘に行ったとして負けると思う?死んじゃうと思う?」

 

 「負ける訳ないじゃない。お父さんは強いんだから。どんな奴が相手だって絶対に……」

 

 あ、そういう事?

 じゃあ、あの時の艦長も私を見て同じ事を思ったって事なの?

 私が死ぬはずがない。私が死ぬなんて、南方に雪が降るくらいあり得ない事だと、あの時の艦長は思ってくれたの?まったく、どいつもこいつも私を買いかぶってくれるわね……。 

 

 「自分の事って、意外とわかんないもんでしょ。アンタに自覚はないようだけど、アンタは癖の強い奴を従えられる器量があるのよ。私や長門、それに鳳翔さん。そしてたぶん……龍田も」

 

 「それってさ。癖が弱い奴は私に従わないって事にならない?」

 

 「そうね。でも逆に聞くけど、桜子は癖の弱い、特徴のない奴なんか部下にしたい?」

 

 ふむ、軍隊的にはそういう奴が部下の方が面倒が少なくて良いとは思う。命令違反も少なそうだし、反抗もしなさそうだもの。

 けど、面白くないわね。

 個人的には、採用するかどうかは別として、バンバン意見具申してくれるような人の方が個人的には助かるし、正面から反抗された方が従え甲斐がある。

 そして、作戦が終わればみんなでくだらない事で笑って、泣いて、怒って。そんなバカ騒ぎできるような人たちが私の理想だわ。

 そう考えたら、奇兵隊は私の理想に適ってるわね。だって、バカばっかりだもん。

 

 「私がその場に居ても、きっと艦長と似たような事を言ったでしょうね。アンタを殺すより、南方に雪を降らせる方が簡単そうだもの」

 

 「辰見さんに同意ね。桜子さんが死ぬなんて、それこそ天変地異の前触れだわ」

 

 辰見と円満が、わざとらしく肩をすくめて好き放題言ってくれた。

 いくら何でも言い過ぎでしょ。艦長にも言ったけど、私だって死ぬ時は死ぬわ。もっとも、老衰以外で死ぬ気はさらさらないけどね。

 

 「それで?艦長に見送られてからはどうしたの?」

 

 「見送られてからはたしか……」

 

 私を扱き下ろすのに飽きたのか、辰見が右手を差し出しながら続きを促してきた。

 話を逸らしたのはアンタじゃなかったっけ?とか思ったけど、私は寛大だから続きを話してあげることにしましょう。

 

 「私はタウイタウイを出てから南下したわ。行き先はセレベス海のほぼ中心よ」

 

 「どうしてそんな所に?結構な距離じゃない。それに潜水艦だって多いし」

 

 「アイツがそこで待ってたから。じゃ、理由にならない?」

 

 どうして鬼風がそこを戦場に選んだのかはわからないけど、とにかくアイツはそこで待っていた。

 周りには潜水艦の物と思われる残骸が浮いてたから、円満が言うような心配はなかったわ。

 これは私の想像でしかないけど、アイツも邪魔者や障害物無しで、純粋に私と一対一での戦いを望んでいたんだと思う。

 

 「ちょっと待って!あの……、話の腰を折って悪いとは思うんだけど、どうしても気になる事があるの……」

 

 「何?遠慮せずに言って良いわよ。叢雲」

 

 「どうして、そこに駆逐古鬼が居るってわかったの?泊地の哨戒網に引っかかったって訳じゃないんでしょ?」

 

 へぇ、ドーナツを夢中で齧ってたから聴いてないんだと思ってたけど、叢雲もちゃんと聴いてたのね。

 話を振ってきた円満と辰見は揃って『言われてみれば』って顔して互いを見合ってるのに。

 仕方ない、説明してあげるとしますか。

 でも、どう説明しよう。だって、あの日に出撃しようと思ったのも、そこに鬼風が居ると感じたのも完全に……。

 

 「勘…なのよね……」

 

 「勘ってアンタ……。果たし状が届いたとか、前もってそこで戦おうって示し合わせてたわけじゃないの?」

 

 「うん、勘。予感って言った方が適切なのかも知れないけど……」

 

 だいたいさ。辰見が言ったみたいに、果たし状的な物が届いたら艦長にもバレちゃうでしょ?そうしたら決闘どころじゃないわ。

 鬼級の深海棲艦が泊地の近くに来るってわかったら、いくら艦長でも艦隊くらい出すもの。

 それに示し合わせるのもほぼ不可能でしょ?お互いがどこに居るかなんてわかんないんだから。ラバウルでの戦闘以来会ってなかったんだからね?

 

 「前の晩くらいから、得体の知れない恐怖に怯えてたって話したでしょ?それと似たようなモノかしら」 

 

 「じゃあ、本当に駆逐古鬼が来てるかもしれないって予感だけで出撃したの?」

 

 「うん。今思い出しても変な気分だったわ。まるで導かれてると言うか、呼ばれてるって言うか……。とにかくそんな感じだったの」

 

 叢雲は『え~。信じられな~い』って顔してるけど、体験した私の方がもっと信じられなかったんだからね?

 だって、行ってみたら本当に居たんだもの。アイツも『本当に来た』って言いたそうな顔してたわ。具体的に言うと( ゚Д゚)(こんな)感じね。不覚にも、見た目相応に可愛いらしいじゃないって思っちゃった。

 

 「何か話したんですか?」

 

 「別に?円満が期待してるような事は何も話してないわ」

 

 まあ、円満が何を期待してるかなんて分かんないけどね。

 もしかして貴女、ネ級と戦った時に何か話したの?例えば『仲間にならない?』とかそんな感じの事を。

 あ、言ってるわね。たぶん。なんか、私に期待の眼差しを向けてソワソワしてるし。

 だけどお生憎様。私はそんな事言ってないわ。

 たしかに私は、友情に近いモノを鬼風に抱いてはいたけど、目的はあくまでアイツを沈める事。それ自体は変わっていなかった。

 アイツと戦って、勝って、そして堂々とお父さんに勝利を報告する。そして、『良くやった』って褒めてもらう。それが私の目的だったんだから。

 

 「私とアイツに言葉なんて必要なかったわ。お互いに戦って相手を沈める。それしか考えてなかったから」

 

 だから、私たちは会ってすぐに撃ち合いを始めた。

 前口上も無し。名乗りも無し。文字通り、問答無用の殺し合い。けど、言葉を交わさなくてもアイツが何を言いたいかはわかった。

 『これで最後にしよう』アイツはきっとそう思っていた。撃ち合いを始める前に、アイツが一瞬だけ浮かべた微笑みからそう感じ取れた。

 だから、私も微笑み返したわ。『今からアンタを救って(沈めて)あげる』と思いながら。

 

 「相っ変わらず硬いわね!何食ったらそんなに硬くなれるのよ!」

 

 私たちは500メートルほどの距離でしばらく撃ち合った。

 私の砲撃はちょいちょい直撃してたけど、鬼風にはほとんど効果がなかったわね。所謂、カスダメって奴?ダメージが数字で見えてたら、きっと1とか出てたと思うわ。

 対する鬼風の砲撃は、一撃で私を中破以上に持って行ける程強力。直撃はなんとか避けてたけど、至近弾でもガシガシ『装甲』を削られて、私の体に目に見える形でダメージが刻まれていった。

 

 「痛っ!ま、まだなんだから!」

 

 私は持てる技術の全てを使って戦い続けた。

 『アマノジャク』で鬼風を牽制し、『トビウオ』で急接近して魚雷を放ち。『水切り』で鬼風の魚雷を回避し。鬼風が『花火』で上に飛び上がれば『稲妻』で足元に潜り込んだ。

 そんな事を、ずっと繰り返した。

 戦闘を開始したのは昼すぎくらいだったのに、気がつくと日が落ち始めていたわ。

 

 「弾切れ……か」

 

 最初に弾が尽きたのは私の方だった。

 それだけ撃ちまくったのに、鬼風は贔屓目に見てギリギリ中破に届かない程度。

 対して私は、大破寸前の中破。服もあちこち破れて見れたものじゃなかったわ。色気は鰻登りだったはずだけどね。

 

 「終わりだ……。神風」

 

 「終わり?勝手に終わらせないでくれる?本番はこれからよ」

 

 苦し紛れで言ったわけじゃない。だって、私にはまだ武器があったんだもの。

 大事な戦闘には必ず持って行った、お父さんから貰った私の宝物。私が『神風』の艤装以上に命を預けた日本刀。これが折れない限り、私は決して諦めない。

 

 「魚雷発射管パージ。単装砲もいらない」

 

 私は言葉通り兵装を捨て、ゆっくりと刀を抜いて切っ先を鬼風に向けた。

 そして、私を見据えて悠然と砲を構える鬼風を前にして当時の私はこう思った。

 

 私が駆けるのは死出の道。

 私が挑む貴女は死出の山。

 貴女が塞ぐ道のその先が、私がこれから生きていく世界。先生が待っている世界。私が帰るべき世界。私が望んだ世界。私が生きていく世界。

 

 「待っててね先生……。絶対に帰るから!」

 

 そう口にした途端、私の中に力が漲るのを感じた。

 劇的に能力が向上したわけじゃない。だけど、鬼風に一撃を御見舞いするには十分すぎる程の力が、私の内側から湧き上がって来た。

 

 「それってもしかして、ケッコンカッコカリの効果がその時に表れたって事?」

 

 「そうだと思う。もっとも私自身、横須賀に戻るまであれが『ケッコンカッコ(そう)カリ』なんだって気づかなかったけどね」

 

 なんで辰見が、私とお父さんがケッコンカッコカリしてるのを知ってるかはともかく。

 練度が限界に達した艦娘に、指輪とプロポーズをセットで贈る事で効果が表れるケッコンカッコカリの効果が、指輪も貰ってないし、プロポーズもされてない私に、どうして土壇場になって同じ効果が表れたのかは後にわかった。

 私にとっての指輪は刀。プロポーズは、電話でお父さんが言ってくれた『俺にはお前が必要だ』という一言。すぐに効果が表れなかったのは私が応えていなかったから。

 

 「『絶対に帰る』。それが、私の返事になったんでしょうね」

 

 その当時はケッコンカッコカリ自体を知らなかったのに、ハッキリと形になったのがわかった。繋がったと感じた。私とお父さんが特別な絆で結ばれたと確信できた。

 

 「もう、負ける気はしなかったな……」

 

 お互いに、戦闘思考は最終段階。距離は100メートルもない。両者共に必殺の距離だけど、射程を考えれば鬼風が有利。

 けど問題ない。今の私なら躱せる。躱して見せる!

 二の太刀も『装甲』もいらない。鬼風を貫く寸前までは『脚』に全力場を集中。

 そう、私の全てを賭けなければ鬼風には勝てない。全てを賭けて片道切符が買えるなら御の字よ。

 私の全てを賭けて、貴女という死神を倒すための必殺の一撃を御見舞いしてやる!

 

 「覚悟しなさい鬼風!今からこの戦場に、神風を吹かせてあげる!」

 

 刀の切っ先を鬼風に向けたまま放ったそのセリフを合図に、私は鬼風に向かって駆け出した。全力の『稲妻』で約10歩。駆け抜けるのに2秒も掛からなかったわ。

 

 ドン!

 

 鬼風が放った一撃が、『稲妻』で加速中の私の瞳にスローモーションで映った。

 互いの距離と相対速度を考えたら音と同時に着弾するって言うのに、砲弾も自分の動きも酷くゆっくりに思えたわ。鼻先まで砲弾は迫ってたけどね。

 その砲弾を眺めながら私は……。

 

 (このままじゃ当たるなぁ……)

 

 なんて、呑気に考えてた覚えがある。だって砲弾は、目にも止まらない速度で駆ける私の頭目掛けて真っすぐ、正確に放たれていたんだもの。

  

 (けど、当たってあげない!)

 

 私が頭を左に傾けると、さっきまで私の頭があった場所を砲弾が通り過ぎて行った。右耳の鼓膜を道連れにして。

 でも、痛みは感じなかった。相変わらず、世界はスローモーションのまま。私は一歩、また一歩と鬼風に近づいて行ったわ。

 

 (笑ってる?)

 

 私が最後の一歩を踏み切り、突き出した左手をレール代わりにして刀を放とうとした時、鬼風が笑っているのに気がついた。

 嘲笑じゃない。余裕の笑みでもない。

 鬼風は私を、まるで慈しむように見て微笑んでいた。

 

 バギィィン……。

 

 切っ先にほぼ全ての力場を集中させた突きが、鬼風の『装甲』を破砕して鈍い金属音を虚しく戦場に響き渡らせた。右手に、鬼風の胸を貫いた感触を伝えながら。

 

 「これで…満足?」

 

 「ああ…これで、やっと還れる……」

 

 そう言いながら、鬼風が体を私に寄りかからせて来た。端から見ると、私達は抱き合っているように見えたかも知れないわね。

 もっとも、そんな甘い雰囲気は皆無だったけど……。

 

 「神風…お前は何故戦う?」

 

 「……死にたくないからよ」

 

 私の答えに満足出来たのかはわからないけど、鬼風は『フフ……』と笑ってこう続けた。

 

 「やっぱり理解できない……。そんな事して…何になるのさ……」

 

 その言葉を最後に、鬼風は眠るように息を引き取った。きっとアイツは、龍田と同じように満足して死ねたんでしょうね。

 だってアイツの死に顔は、まるで『ありがとう』って言ってるみたいに穏やかだったもの。

 だから、ゆっくりと海面に寝かせて、出来るだけ傷が広がらないように刀を引き抜いたわ。

 

 「おやすみなさい…鬼風……」

 

 胸から流れ出る血と共に、海に溶け込んでいくように沈んで行く鬼風を少しだけ羨ましく思ったっけ。

 いえ、嫉妬したって言った方が正しいのかしら。私はまだ帰れてないのに、アイツは満足してサッサと還っちゃったんだから。

 

 「桜子さん満足出来なかったの?目的は達成できたんでしょ?」

 

 「それはそうなんだけど……。不思議と満足感や達成感の類は感じなかったの。そう言う円満だって、ネ級を倒した時はそうだったんじゃない?」

 

 私にそう返されて円満は目を伏せた。その時の円満が何を思ったのかはわからないけど、私は帰路に着いた途端、喪失感のようなモノを感じたわ。

 いや、う~ん…やっぱり少し違うわね……。確かに喪失感はあったんだけど、それ以上に私は……。

 

 「ごめんなさい辰見。私はアイツを沈めた事を後悔したわ」

 

 なんで沈めちゃったんだろう。

 もっと他に上手いやり方があったんじゃないか。アイツを沈めずに、ずっと一緒に居られる方法があったんじゃないか。鬼風だって、もしかしたら同じ事を思ってくれたかも知れないのにって。

 

 「アイツと戦ってる間は凄く怖かったけど、それと同じくらい……」

 

 「楽しかった?」

 

 「うん……」

 

 私があの時勝てたのはどう考えてもまぐれだ。きっと10回やれば9回は負ける。それくらい、私と鬼風の実力には差があった。

 それでも私が勝てたのは、土壇場で表れたケッコンカッコカリの効果のおかげだわ。もしアレが無かったら、死んでたのは私の方だったはずよ。

 正直に言うと、その実力の差が縮まって行くのが楽しかった。

 初めて会った時は怖い奴としか思っていなかったのに、二度目に会った時は辰見の援護付きとは言え、互角以上に戦えてる事に気分が高揚した。

 三度目に会った時は追いついたと思えた。ずっと追い続けていたアイツの背中に手が届いたと感じることができた。

 そして四度目……。

 

 「変な話だけど。アイツと殺し合いをしてる間、私は生きてるんだって実感できてた」

 

 叫び出しそうになる程怖かった。泣きそうになるくらい痛かった。指の皮が剥けて、血が滲んでも構わず引き金を引き続けた。息が切れても、膝が笑っても、止まったら死ぬと思うと走り続ける事が出来た。

 それでも楽しかった。

 いえ、幸せだったと言っても良い。だって私は生きてたんだもの。あの時の私は、それまでの自分が霞んでしまうくらい、私らしく生きていたんだから。 

 

 「桜子、一つだけ聞かせて」

 

 「な…何……?」

 

 う……。思わずビクッとしちゃった……。

 返答次第じゃ、やっぱり殴られるのかしら……。殴られるのを覚悟して話しはしたけど、明日は結婚式だから、できれば顔はやめて欲しいなぁ……。

 それとも撃たれるのかしら。

 いくら私でも、この距離じゃ避けようがないから確実に当たるわね。

 べ、べつに、撃たれるのも構わないと言えば構わないけど、まだ死にたくないから手とか足を撃つだけで勘弁してください……。

 

 「今、幸せ?」

 

 「え?いや……その……」

 

 予想外の質問だわ。

 私はてっきり、『龍田に悪いと思ってる?』とか『私の気持ちを裏切ったわね?』とかそんな感じの質問だと思ってたのに……。

 けど聞かれたからには、答えないわけにはいかないわね。

 

 「幸せよ。今の私は、あの時以上に幸せな時間を送れてるわ」

 

 私は、辰見の目を真っすぐ見てそう答えた。

 横須賀に帰って来てからしばらくはそんな風に思えなかったけど、今は胸を張って幸せだと言えるわ。

 だって今の私の傍には、ずっと『お父さん』と呼べなかったお父さんが居る。そう呼べるように、私のお尻を蹴り飛ばしてくれた朝潮が居る。神風型の子達も今だに私を慕ってくれてるし、相変わらずゴリラな長門も、少し酒癖が悪い鳳翔さんだって居る。貴女というケンカ友達も居る。

 それに今は、お父さん以上に私の事を想ってくれてる人が居る……。

 そんな人達に囲まれてる私が幸せじゃない訳がない。いや、幸せでなくちゃいけない。

 だから私は、胸を張って幸せだって言う事が出来るわ。

 

 「そう……。なら…良かった……」

 

 「……怒らないの?」

 

 「怒る?どうして?アンタはちゃんと、龍田の仇を討ってくれたじゃない」

 

 「それはそうだけど……」

 

 「なら文句はないわ。いえ、むしろお礼を言わせて。ありがとう。桜子」

 

 ありがとうって言ってる割に、辰見の表情は謝ってるみたいに申し訳なさそうだわ。また私に、嫌な思いをさせたとでも思ってるのかしら……。

 けど、心配しなくても私は嫌な思いなんてしてないわ。

 たしかに、私は鬼風を倒した事を後悔したし、その後しばらくは無気力と言うか燃え尽き症候群と言うか、とにかくそんな感じにはなったけど、すぐに朝潮って言う面白い子に出会えたし、長門と鳳翔さんが相変わらずで安心もした。

 色々あって艦娘は辞める事になっちゃったけど、今はお腹一杯ご飯が食べれるし、仕事も充実してるし、友達や家族に囲まれて毎日が幸せよ。

 だからいつか、大往生した時に会うことが出来たら、アイツに私の人生を語って聞かせた後こう言ってやるの。

 『どう?生きるって、素晴らしいでしょ?』って。 

 








モンハンにかまけて投稿のペースが落ちてる訳ではありません。
これからの展開にすこし悩んでるせいです。
けっしてモンハンのせいではありません。

片手剣楽しい……。
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