艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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幕間 あの日とは違う、赤い道

 

 

 

 海軍の施設である各鎮守府や泊地などには、必ずと言っていいほど『酒保』と呼ばれる売店が施設内に設けられています。

 売店と言っても、各鎮守府や泊地によって規模や特徴は様々で、ここ横須賀鎮守府の酒保は小型のスーパーマーケット位の大きさと品揃えです。

 

 取り扱っている商品は日用品と保存の効くインスタント食品や缶詰が主ですが、鎮守府で働く人の中には自炊する人も少数ながらいますので野菜や卵、お肉や魚などの生鮮食品も取り扱っています。

 あと、忘れてはならないのがお酒と煙草、コーヒーや紅茶などの嗜好品ですね。霞に聞いたのですが、呉鎮守府の酒保には店の4分の1ものスペースを使った紅茶専門のコーナーがあるらしいです。呉のマザコンは紅茶がお好きなのでしょうか。

 おっと、話が逸れてしまいました。呉のマザコンの事はどうでもいいですね。

 

 横須賀鎮守府の酒保にも専門のコーナーは存在します。

 それはお酒。しかも日本酒の銘柄が8割を占めます。

 司令官が大のお酒好きなのでこうなったと酒保の店員さんから聞いたことがありますので、やはり酒保の専門コーナーは各施設の責任者の嗜好が反映される傾向があるのかも知れません。

 そうなると煙草の専門コーナーもあって良さそうなのですが、残念ながら司令官がお吸いになる手巻き煙草までは置いてないようです。メジャーな銘柄は一通り置いているそうですけど。

 

 「今日も、司令官の所でご飯食べるの?」

 

 「ええ、私の大切なお役目の一つですから」

 

 二度目の気絶から目を覚ました午後4時過ぎ。私は司令官の晩ご飯の材料を買うため、満潮ちゃんを連れて酒保に向かっています。

 いつもは一人で行くのですが、今日は満潮ちゃんが私から離れようとしないのでお散歩がてら一緒に行くことにしました。

 

 「たまにはお姉ちゃんと一緒に食べたい……」

 

 おっふ……。

 寂しそうにそう呟く満潮ちゃんに意識を持って行かれそうになりました。

 相変わらず私を殺しに来てますね。流石に今日は、これ以上気絶しちゃうと、司令官の晩ご飯を作りに行けなくなってしまいますので気をしっかり保たないと。

 

 「満潮ちゃんも一緒に食べる?」

 

 「やだ。だって司令官、顔が怖いんだもん」

 

 あまり交流のない艦娘が今のセリフを口にしたのなら、最低でも一週間はかけて司令官の良さを言い聞かせませすが、流石に満潮ちゃん相手にそうする気にはなれません。

 だって、満潮ちゃんの拗ねた表情を見ていると嫉妬しているのが丸わかりですもの。

 出来ることなら、今すぐ抱きしめてハゲるまで頭をよしよししてあげたくなってしまいます。

 

 「お姉ちゃんの手料理、食べたくない?」

 

 「食べたいけど……。邪魔したくない……」

 

 なんて健気な子なんでしょう!

 司令官に私が独占されている事に嫉妬していながらも、私と司令官の貴重な二人きりの時間を邪魔したくないだなんて!

 でも心配しなくていいのよ?今日は桜子さんと言う名の邪魔者が居ますから。

 それに、満潮ちゃんが居たって邪魔になんてなりません。だって、他の人が見たら親子にしか見えないはずですもの。いえ、誰が何と言おうと娘です!満潮ちゃんは私が産んだ!

 

 「お姉ちゃんってさ……。いや、やっぱ何でもない」 

 

 はて?さっきまで拗ねていたのに、今は呆れたような顔をしています。いや、これは呆れていると言うよりも哀れまれているような……。

 

 「あ、そうだ。明日の結婚式、満潮ちゃんも行く?たしか非番だったわよね?」

 

 「絶対行かない!だって猫の目(あそこ)でやるんでしょ!?」

 

 「む、無理に誘ってる訳じゃないのよ?満潮ちゃんが行きたくないならそれでいいから。ね?」

 

 全力で拒否してますね。目尻に涙まで浮かべて震え始めましたし、どう説得したところで行くとは言いそうにありません。きっと、あの三人組が怖いのでしょう……。

 まあ、私の可愛い満潮ちゃんに厄介なトラウマを植え付けたあの三人組には近い内に報いを受けてもらうとして、今日の晩御飯は何にしましょう。

 お米は桜子さんが仕掛けてくれているはずですから考えなくて良いとして、問題はオカズですね。桜子さんから、たまにはお肉を食べさせてあげてくれとお願いされましたし、今日は肉料理にしましょう。

 

 「満潮ちゃんはどんな肉料理が好き?」

 

 「お肉?う~ん……。ステーキ?」

 

 なるほど、無難かつ菜食主義者以外ならほとんどの人が喜びそうなチョイスです。

 ですが、残念ながら私はステーキを作れません。

 桜子さん曰く、ステーキとは単に肉を焼けばいいのではない。素人が適当に焼いたステーキなど肉を火傷させているだけだ。と、評論家みたいな事を以前言っていました。

 私としても、司令官には美味しいステーキをお出ししたいので今回は却下ですね。

 

 「他に好きなのは?」

 

 「他だと……。あ、鶏のから揚げが好き!」

 

 うん、可愛い。

 右手をピーンと伸ばして『好き!』と声を上げる満潮ちゃんは、例えるなら授業参観で親に良い所を見せようと張り切って質問に答える小学生のようです。贅沢を言わせてもらえるなら、『鶏のから揚げ』の部分を『お姉ちゃん』に変えてもらいたいですが……。

 いやいや、今は私の欲望よりも司令官の夕食を優先しなければ。

 

 「鶏のから揚げですか……。うん、いいわ。それでいきましょう」

 

 男の人で鶏のから揚げが嫌いと言う人は稀と桜子さんも言ってましたし、実際に司令官も『三食から揚げで良い』と仰るほど大好物です。特に、カリッカリに揚げた皮に塩を振って食べるのがお好きですね。

 さすがに三食から揚げは健康に悪そうなのでさせませんけど、今日くらいは良いでしょう。

 それにもしかしたら……。

 

 「そうだ!満潮ちゃんも一緒に作りませんか?」

 

 「ええ!?いや…でも……」

 

 「今日は大食漢が一人居るので作るのが大変なんですよ。手伝ってもらえないかな?」

 

 嘘はついていません。桜子さんは司令官と私がドン引きするくらい大食いなのです。

 艦娘だった頃でさえ二人前は軽く平らげていましたし、艦娘を辞めて体が大きくなった現在では3人前はペロリと食べてしまいます。

 更に質が悪い事に、自分が大食いだという自覚が皆無。私と司令官に『ダイエットでもしてるの?』と、心底不思議そうに尋ねてくる始末です。

 今晩の夕食をから揚げにするなら、1キロは作らないと足りないでしょう。栄養は何処へ行っているのやら……。

 

 「お姉ちゃんが困ってるなら……手伝ってあげる……」

 

 「うん。お願いね♪」

 

 よし!これで今日は満潮ちゃんを愛でながら食事ができます!しかも!一緒にお料理をするというオマケ付き!今から、熱々のから揚げをハフハフ言いながら一生懸命食べる満潮ちゃんが目に浮かびます。

 

 「え~と、鶏肉は勿論として……。鳥皮は別に100gくらいでいいかな。調味料は一通りあるから……。満潮ちゃん、にんにくを取って来てくれる?」

 

 「にんにく?から揚げににんにく使うの?」

 

 「ええ。あ、あと生姜もお願いね」

 

 酒保に着いた私たちは生鮮食品コーナーを周りながら必要な食材を籠に詰め、レジでお会計を済ませて酒保を後にしました。

 ちなみに、にんにくと生姜は鶏肉を漬け込む時に醤油やお酒と一緒に使います。本当は一晩漬けたいところですが、今からでは一時間が精一杯ですね。少し残念です。

 

 「ねえ、何か怪しい人が居るんだけど……」

 

 「本当ですね……。何処からどう見ても不審者です……」

 

 私たちが庁舎の南側、艦娘寮の入り口が見渡せる位置まで戻ると、後ろからなので顔は見えませんが、ほっかむりに魔改造されたセーラー服姿の女性が中を覗き見していました。 

 いや、あれってどう見ても大淀さんですよね?他にもいるのかもしれませんが、私が知る限り、スカートに正気を疑うレベルのスリットが入った制服を着ている人は大淀さんしか知りません

 

 「大淀さん。何をしてるんですか?」

 

 「ひっ!」

 

 気配を消して後ろから忍び寄って声をかけると、大淀さんは面白いほど驚いてその場に尻もちをつきました。『わっ!』!とか言って脅かした方が面白かったかもしれませんね。失敗しました。

 

 「あ、朝潮ちゃん……。あの、これはですね……」

 

 「とりあえずほっかむりを取った方がよろしいのでは?」

 

 「あ、はい……」

 

 何をしてるかはともかく、大本営に居るはずの大淀さんが何故ここに?今日はお休みなのでしょうか。

 

 「司令官にご用ですか?」

 

 時間が中途半端なのとコソコソしていたのは気にはなりますが、元帥さんの秘書艦である大淀さんが訊ねてくるなど、司令官に用事がある以外考えられませんけど一応聞いておかないと。

 

 「いえ……。今日はその…貴女に会いに来ました……」

 

 「私に?」

 

 はて?私になんの用事があるのでしょうか。

 大淀さんと私は別に仲が良いわけではありませんし、会ったのだって一度だけです。それでもあえて用があるとするならば、それは私ではなく先代でしょう。

 司令官の夕食を作るという大切な用がありますが、だからと言って大淀さんを追い返すわけにもいかなくなりましたね。

 

 「満潮ちゃん。少し重いけど、荷物を持って先に司令官のお部屋に行っててくれる?」

 

 「え……。でも……」

 

 「大丈夫、私もすぐに行きますから。ね?お願い」

 

 「わかった……」

 

 食材を詰めたエコバッグを私から受け取り、不安そうに私を振り返りながら寮の中に消えていく満潮ちゃんに後ろ髪を引かれますが、大淀さんも負けず劣らずオドオドしています。大本営で会った時とは別人みたいです。

 

 「ここでは何ですから場所を変えませんか?」

 

 「そ、そうですね。そうしましょう……」

 

 そう言って大淀さんを促し、私はある場所へ向けて歩き始めました。後頭部に大淀さんの視線を感じますね。なんだかこそばゆいです。

 

 「これは……。慰霊碑…ですか?」

 

 「はい。ここの方が良いかと思いましたので」

 

 私が大淀さんを伴って訪れたのは、鎮守府の一角に建てられた慰霊碑。

 横須賀鎮守府が開設されてから現在までに戦死した艦娘の艦名と本名が彫られています。

 じっくりと見るのは初めてですが、やはり駆逐艦の名が大半を占めていますね。次いで軽巡でしょうか。戦艦や空母の名は合わせても一割にも届きそうにありません。

 

 「どうして、ここが良いと?」

 

 「貴女が用があるのは先代……。貴女の妹さんでしょう?」

 

 目をまん丸にして驚いていますね。

 私が先代と大淀さんの関係を知っていたのに驚いたのでしょう。

 私だって知った時は驚きました。いくら容姿に似た特徴があったって、実の姉妹だとはそうそう思いませんもの。

 

 「横須賀提督から聞いたんですか?」

 

 「いいえ。信じてもらえないかもしれませんが、先代の口からお聞きしました」

 

 「艤装に宿った先代使用者の記憶を垣間見る……と、言うやつですか?」

 

 「少し違います。私の場合は追体験と言って良いレベルのものですし、先代と大淀さんが実の姉妹だと知ったのも今日の事です」

 

 それを知ったその日に大淀さんが横須賀鎮守府を訪問。少し都合が良すぎる気もしますが、運命的なものを感じてしまいますね。もしかして、先代が呼んだのでしょうか。

 

 「あの子は……。私の事をどう言っていましたか?」

 

 「プライベートではとても良い姉。と言っていました」

 

 「そう……。一緒に過ごした時間なんて数えれる程しかないのに……」

 

 大淀さんはそう呟きながら、ゆっくりと慰霊碑まで移動して先代の名前に右手を添えました。

 私が見た記憶が確かなら、大淀さんが言う通り一緒に過ごせた時間は僅か。それこそ、多くても2カ月かそこらでしょう。

 

 「朝潮ちゃん。貴女に質問があります。答えていただけますか?」

 

 「私に答えられる事なら」

 

 慰霊碑を背にして私を見つめる瞳は真剣そのもの。いったい、大淀さんは私に何が聞きたいのでしょう。先代が何を思って死んでいったか、でしょうか。それとも、別の何か?

 

 「貴女は、横須賀提督の事をどう想っていますか?」

 

 「私…ですか?」

 

 意外ですね。

 先代が司令官の事をどう想っていたかならともかく、私が司令官の事をどう想っているかだなんて……。

 大淀さんなら、私が司令官を好きなことくらい、始めて会った時にわかっているでしょう?それに、貴女なら私がどう答えるかもわかっているはずです。

 

 「司令官は私の全てです。あの人が満足して死ねるその時まで、私は傍に居続けます」

 

 ほら、『そう言うと思った』って顔してるじゃないですか。私だって、表情から考えを読まれてばかりではありません。逆に考えを読んだりもしてやります。

 ざまあ見ろってヤツです。

 

 「一応言っておきますけど、わざと分かりやすくしてるんですよ?」

 

 「な、何の事でしょうか……」

 

 見透かされた!

 ざまあ見ろと思った事までは流石に見透かされてないでしょうけど、大淀さんも円満さんに負けず劣らず私の考えを読んできますね。気をつけないと。

 

 「相変わらず、将来が心配になるレベルで分かりやすい子ですね」

 

 大淀さんはクスッと苦笑混じりにそう言うと、ようやく決心がついたのか、ポツポツと話し始めました。

 まるで、懺悔でもするかのように。

 

 「貴女にこんな事を言っても迷惑に思われるだけかも知れませんが、ずっと謝りたかったんです。貴女にではなく、妹に」

 

 どうやら、慰霊碑(ここ)に連れて来たのは正解だったようです。思った通り、大淀さんが用があったのは私ではなく先代のようですね。

 ですが、いったい何を謝るつもりなのでしょう。私は、先代と大淀さんが空爆で生き別れになったと言う程度の事しか知りません。それなのに謝られたって、私はどんな反応をしたらいいのか……。

 

 「あの時、手を放してしまってごめんなさい。私が手を離さなければ……。いえ、死んだと決めつけずに探し続けていれば、貴女は戦死なんてせずに済んだかもしれないのに……」

 

 大淀さんの瞳から涙が零れ始めました。

 この人は本当に悔いている。詳細までは知りようがないですが、孤児院が空爆された時、先代と大淀さんは手を繋いで逃げていた。そして、二人は手を放してしまった……。

 

 当時の混乱は凄まじく、避難する人の波に飲まれて気づいたら知らない場所。知ってる人は一人も居ない。私はその日食べる物にも困る様な状況の中、気づいたら軍の施設と思われる場所に居ました。

 そこで身体検査をされ、『朝潮』の艤装と適合して……。

 って、なんで私がそんな事を知ってるの?知らないはずなのに、あの日の炎の熱さも、その後の寒さと空腹も知ってる。いや、思い出している?だけど、これは私の記憶じゃない。これは先代の記憶だわ。

 私の内に居る先代が表に出たがっているの?

 

 「ごめんなさい!貴女が死んだのは私のせいです!私が手を離したから……!」

 

 両手で顔を覆って泣き崩れた大淀さんを目の前に見ているはずなのに、なんだか視界が遠い気がします。

 距離が離れたのではありません。これは先代の記憶を追体験する時と同じ。私の視点のはずなのに、まるでテレビか映画を見ているような、そんな感じ。

 ええ、構いません。今は体をお譲りします。

 だから貴女も、思いのたけをお姉さんにぶつけてください。久方ぶりの姉妹の再会を邪魔するほど、私は野暮ではないつもりですから。

 

 「ありがとう……」

 

 「え……?」

 

 私の口が勝手に動き、どちらにともなくそう言いました。

 意識がある時に経験するのは初めてですが、いつもとあまり変わりませんね。部外者である私がこのまま見ていていいのかは疑問ですが……。まあ、体のレンタル料と言う事で納得していただきましょう。

 

 「私も……お姉ちゃんに謝りたかった……」

 

 「あ、朝潮ちゃん……?」

 

 私の体がゆっくりと動いて両膝立ちになり、崩れ落ちている大淀さんを抱きしめました。

 良い匂い……。大淀さんの匂いを嗅いでいると、とても懐かしい気分になります。あの時に似ているもします。『朝潮』の艤装の適合試験の前夜。夢の中で、先代に抱きしめられた時のような安心感です。

 もっとも、あの時とは逆で、抱きしめているのは私の体なんですが。

 

 「私…お姉ちゃんの事を忘れて、一人だけ幸せになろうとしました。探す事だって出来たのに、私はお姉ちゃんが死んだと思って探そうとすらしませんでした。司令官が探してくれなかったら、お姉ちゃんが生きてる事を知らないままでした」

 

 「そ、それは私も同じよ!貴女が謝る事じゃない!私だって……貴女から電話がかかって来るまで死んでると思って……」

 

 私の頬を涙が伝うのがわかります。お互いがお互いを死んだと思い込み、何年もの間すれ違い続けていたんですね……。

 もし、司令官が先代の身内を探そうとしていなければ、二人はお互いが生きていると知らないままだったでしょうし、こうやって謝る機会もなかったのでしょうね……。

 

 「ごめんなさいお姉ちゃん……。でも、ありがとう。生きててくれて……」

 

 「ズルい言い方するのね……。貴女は死んじゃってるじゃない……」

 

 「そうでした。でも、あの時言えなかった事をようやく言えました」

 

 「そう、なら私も言うわ。また会えて嬉しかった。ありがとう……」

 

 少し体を離して見つめ合う二人の顔には笑顔が浮かんでいました。

 懺悔は終わり。あとは思い出話にでも花を咲かせますか?私は構いませんよ?折角の雰囲気を壊すほど無粋ではないつもりですから。

 

 (いえ、そう言う訳にもいきません。司令官の夕食を作らないといけないのでしょう?)

 

 本当に良いんですか?まだ時間はありますから焦らなくても……。

 

 (そうしたいところだけど、私は死んだ身です。それに、表に出ているのは疲れるんです)

 

 そんな事言って、本当は照れくさいだけなんじゃないですか?私に遠慮せず、お姉ちゃ~んって言いながら泣きじゃくっても良いんですよ? 

 

 (本当に疲れるんです!もうっ!最近、少し意地悪になってませんか?神風さんみたいです)

 

 「んなっ!それはちょっと失礼では!?」

 

 「え!?あ、何か気に障る事言ったかしら……」

 

 あ、問答無用で体を返却されました。

 おかげで、大淀さんに文句を言った風になっちゃったじゃないですか。もうちょっと返すタイミングを計ってもらえると助かるのですが……。意地悪した仕返しのつもりなのでしょうか。

 

 「いえ!大淀さんが何かしたわけじゃないです!失礼しました!」

 

 呆気にとられる大淀さんをよそに、私は涙を拭って身だしなみを整えました。

 まったく、返す時は借りる前以上に綺麗にして返すのが常識ですよ?司令官も仰っていました。レンタルビデオを返す時はちゃんと巻き戻して返さないと怒られるって。でも、DVDやブルーレイをどうやって巻き戻すのでしょう?

 

 「不思議ですね。さっきまでとはまるで別人……。いえ、元に戻ったと言う方が合ってるのかしら。本当に、妹と話してるような気がしました……」

 

 「妹さんで間違いないですよ。さっきまで、私の体を使って喋っていたのは先代の朝潮です」

 

 「それは……本当ですか?」

 

 「これは司令官にも話してないのですが、私の中には先代が居ます。入れ替わったのは今日が初めてですけど」

 

 窮奇との死闘の時、艤装に閉じ込められていた先代の魂とでも言うべきモノは私と一つになりました。

 それ以来、私と先代は共に在ります。

 二重人格…とは少し違うような気もするんですよね。

 元々は完全に別人ですし、さっき大淀さんに言った通り入れ替わったのは今日が初めてです。記憶は夢で追体験したモノを除いて共有していませんが、知識は共有しています。ん?これって二重人格でいいのかしら?

 

 「嘘は……ついてないようですね。そもそも、嘘がつけるほど賢くなさそうですし……」

 

 今サラッとバカにしませんでした!?

 そりゃあ考えてる事が顔に出やすいとはよく言われますけど、べつに賢くない訳じゃありません!嘘がつけないほど正直なだけです!

 

 「正直は美徳と言いますが、時と場合によると思いますよ?」

 

 「読まないでください!と言うか、なんでそこまでわかるんです!?口に出してませんよね!?」

 

 「目は口ほどにモノを言う、という諺をご存知ですか?朝潮ちゃんの場合は顔全体で語ってますけど」

 

 ええ……。私ってそこまで酷かったんだ……。

 考えが相手に筒抜けなのなら、私はもう喋らなくてもいいのではないでしょうか。ある意味テレパスですね。

送信しか出来ませんけど。

 試しに何か考えてみましょう。何がいいかしら……。

 う~ん……思い浮かばない……。大淀さんの基地外じみた大きさのスリットにばかり目がいってしまいます。

 

 「一応言っておきますけど、このスカートのデザインを決めたのは妖精さんですからね?私が好き好んで、こんな基地外じみた大きさのスリットにしたわけではありません」

 

 「ちょっと待ってください!表情だけで『基地外じみた大きさのスリット』なんて表現がわかるものですか!?」

 

 円満さんにしても大淀さんにしても、これはもう表情を読んでるレベルを超えています。

 私のどんな表情から『基地外じみた大きさのスリット』なんて表現を読み取ったんですか!?あり得ないとは思いますけど、顔に浮き出てます?文字になって私の顔に浮き出ているんですか!?

 

 「簡単な事です。貴女はジーっと、私のスリット部分を見つめていましたから、私のスカートのスリットについて何か考えているのは明白。着ておいてなんですが、自分でも大きすぎると常々思っていますから、それっぽい事を言っただけです。『基地外じみた大きさのスリット』の部分が当たったのはまあ……。たまたまです♪」

 

 大淀さんが人差し指を立ててウィンクをし、ドラゴンに跨いで通られる人が主人公のアニメに出て来るオカッパ頭の黒い人みたいなポーズでご丁寧に説明してくださいました。

 なるほど。つまり、私の表情から何を考えているか推理しただけと言う事ですね?本当にたまたまなのか疑わしいですが、『基地外じみた大きさのスリット』の部分も推理した結果と言う事ですか。

 ならば少しだけ安心です。

 あまりにも考えていることが言い当てられるので、顔に文字が浮かんでたり、本当に送信しかできないテレパスなんじゃないかと本気で心配しましたよ。

 

 「ふふふ♪心配しなくても顔に文字なんて浮かんでいませんし、おかしな電波も出ていませんよ」

 

 「ぶっぶー!ハズレです!おかしな電波が出ているかなんて心配していません!」

 

 「あら、ハズレましたか。では、送信しか出来ないテレパスの方ですか?」

 

 おぅふ……。そっちも候補に挙がっていたのですか……。

 大淀さんの推理力恐るべしですね。円満さんとタメが張れますよ。貴女達の前では私は丸裸です。なんだか、素っ裸を見られているような羞恥心を覚えてしまいそうですよ。ハハハハハ……。

 

 「さて、そろそろ帰ります。こんな時間に付き合わせてしまってごめんなさいね」

 

 「もうお帰りに?来たばかりなのでは?」

 

 「それはそうなんですけど……。用事はもう済んでしまいましたので」

 

 本当にそうですか?なんだか名残惜しそうな感じがしますけど……。

 まだ何か用があるんじゃないんですか?もしくは、もう少し私と。いえ、先代と一緒に居たいと思っているのでは?

 

 「これから司令官のご夕食を作って一緒に食べるのですが、もしよろしければ大淀さんもご一緒しませんか?」

 

 「夕飯ですか?それは嬉しい申し出ですけど……。ご迷惑なのでは?」

 

 「問題ありません。司令官はお客様を無下にするほど無作法ではありませんし、それに……」

 

 「それに?」

 

 「先代の……。いえ、私の姉と食事するのを嫌がる訳がありません」

 

 大淀さんが目をまん丸に見開いて驚いています。いや、感激しています。

 私は人の表情から何を考えているかを推理したりする事は出来ません。ですがそんな私でも、大淀さんが姉と呼ばれて喜び、感動しているのが手に取るようにわかります。

 

 「行きましょうお姉ちゃん。それとも、私に姉と呼ばれるのは嫌ですか?」

 

 「嫌な訳ありません……。ありがとう…朝潮ちゃん……」

 

 私は大淀さんと手を繋ぎ、談笑しながら寮へ向かって歩き始めました。 

 こんなにコロコロと表情を変えながら話す人だったんですね。ここまで表情豊かな人が、大本営で初めて会った時は初対面を演じてただなんて嘘みたいです。

 

 「朝潮ちゃん」

 

 「なんですか?」

 

 「妹の分まで、幸せになってね」

 

 そう言った大淀さんの表情は穏やかで慈愛に満ち、心の底から私の幸せを願ってくれているように感じられました。けど、そのセリフは少しいただけません。それでは先代が不幸だったみたいじゃないですか。

 

 「それはできません」

 

 「え?できないって……。どうして?」

 

 私は大淀さんの前に移動し、できる限りの笑顔で胸を張り、こう答えました。

 これは私の偽りない本心。そして決定事項。私が先代の分まで幸せになるなんて有り得ませんし、私が幸せになった分、先代が不幸になる事もありません。なぜならば……。

 

 「私と先代は一緒に幸せになるんです。なにせ、私と先代は共に在るのですから」

 

 「そう……。そうでしたね……」

 

 私の言葉に満足できたのか、大淀さんは自分まで幸せになったかのように微笑みました。

 夏の夕日に照らされ始めた寮へと続く道は赤く。見ようによっては、あの日の空襲で焼かれた光景を彷彿とさせます。

 けど、今は違う。

 私たちの目の前に伸びる赤い道は、離ればなれになっていた姉妹の再会を祝うレッドカーペット。

 あの日失われてしまった、もしかしたらあったかもしれない姉妹の日常風景の再現なのですから。

 




 
 
 次話から最終章に突入します!
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