艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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幕間 提督と満潮

 

 

 

 『蛇に睨まれた蛙』と言う諺をご存じだろうか。

 割と有名な諺だから知ってる人は多いわよね。子供の私でも知ってるくらいだもの。

 意味としては、恐ろしいもの、苦手なものの前で身がすくんでしまい動けなくなる様子の例えなんだけど、今の私が正にその状態だわ。

 なぜそんな事になっているかと言うと、お姉ちゃんから先に司令官の部屋に行っててと言われて来たのは良いものの、いざ入ろうとしようとしたら私が開ける前にドアが開いて着流し姿の司令官が現れたからよ。

 プライベートの司令官を見るのは初めてだけど、普段は昔の893みたいな格好してるのね。

 それに、いつもの2倍増しで顔が怖い。

よく不良とかが『あぁん?』って威嚇するじゃない?あんな感じの顔してるんだもの。

 ただでさえ怖い顔の司令官がそんな顔して出て来たもんだから、たぶん私はΣ(゚Д゚)(こんな)感じの顔になっちゃってるでしょうね。

 

 「誰かと思えば満潮か。どうしたんだ?」

 

 「ひっ!いや、あの……」

 

 司令官から目が逸らせない。いや、逸らしちゃいけない。

 一応断っておくけど、別に見惚れてるわけじゃないわ。これは荒潮姉さんが教えてくれた、一人の時に司令官と遭遇した時の対処法よ。

 荒潮姉さん曰く、目を逸らさずにゆっくりと後ろに下がると良いらしいわ。『間違っても死んだフリはしちゃダメよぉ。そのまま囓られちゃうからぁ』とも言ってたっけ。

 そばに居た大潮姉さんが『ソレって熊に会った時の対処法じゃない?』とか言ってたけど、荒潮姉さんが『熊と大差ないから大丈夫よぉ』って言い返してたから合ってるはずよ。

 

 「ふむ……」

 

 とか言って、司令官は顎に右手を添えて何やら考え始めた。値踏みしていると言っても良いような感じだわ。

 私の何を値踏みしてるんだろう?何処を囓ったら美味しいかとか?

 囓るのはやめて!いつも赤い袴を着た空母の人に、頭の結ってる所を囓られて迷惑してるんだから!

 

 「フ……」

 

 ふぁ!?司令官が急に顔をニヤけさせた!?

 もしかして、 齧り付く場所を決めたのかしら。いや、見ようによっては小馬鹿にしてるようにも見える。

 まさか、獰猛な肉食獣を前にして、小動物のように震えることしか出来ない私の反応を見て楽しんでるの?

 

 「……」

 

 こ、今度は何?着流しの袖の中をゴソゴソして何かを取り出そうとしてるみたいだけど……。

 何だろう。凄く細い棒のような物が出て来たわ。

 どれ位細いかって?そうね……。お箸よりは確実に細いわ。棒の直径は5ミリ位かしら。先に行くほど細くなってるように見えるわ。

  

 「まさか、コレを使う日が来ようとは……」

 

 そう言って司令官が取り出したのは、棒の先にモジャモジャの毛の塊が着いた、所謂、猫じゃらしを模した玩具。色はピンクで先に顔のようなモノが描かれてるわ。

 例えるなら(´・ω・`)(こんな)感じの顔かしら。意外と可愛いじゃない……ってそうじゃない!

 いったい司令官はどういうつもり!?いや、それもそうだけど、そんな物をいつも持ち歩いてるの?何のために!?

 

 「……」

 

 司令官は無言で猫じゃらしを揺らし始めた。

 左右に振ってたかと思えば上下に、文字通り縦横無尽に、(´・ω・`)(こんな)顔の猫じゃらしが私の目の前を動き回っている。

 思わず目で追ってしまいそうになるけど、絶対に目を逸らすな私!逸らしたら最後、きっと私は頭からバリバリと食べられちゃうわ。

 

 「ほう?コレに耐えるか。ならば……」

 

 右手で猫じゃらしを振りながら、左手を胸元に入れて何やらゴソゴソしている。あそこにも何かを隠しているの?

 

 「満潮、コレが何かわかるか?」

 

 何かわかるか?ってボールじゃない?他に何と答えれば?私には、カラフルな紐が渦巻き状に巻かれた直径5~6センチ程のボールにしか見えないわ。

 

 「ボ…ボール……」

 

 「そう、ボールだ。だが、ただのボールではない」

 

 いやいや、ボールはボールでしょ?それとも何?7つ集めたらドラゴンが出て来て願い事でも叶えてくれるの?まさかとは思うけど、猫用の玩具で良くある『音が出るボール』じゃないわよね?

 

 「その名も、『音が出るボール』だ!しかも4つある!」

 

 当たっちゃったじゃん!

 って言うか、なんで誇らしげに出来るの!?器用に親指でボールを手の平に固定して残りの指を開いて『4!』ってやっちゃってさ!

 

 「フ……。恐ろしくて声も出ないか?」

 

 呆れ果てて言葉が出ないんですけど!?

 だって見た目は昔の893だけど、日本の太平洋側を守護する横須賀鎮守府の最高責任者が右手で猫じゃらしを振りながら左手で『4!』ってやってドヤ顔してるのよ!?

 別の意味で恐怖を感じるわよ!日本をこんな人に任せてて大丈夫!?

 

 「予告しよう満潮。俺が4つめのボールを投げた時、それがお前の負ける時だ」

 

 「はぁ!?意味分かんない!」

 

 いつの間に勝負になってたの!?って言うか私の勝利条件って何?ここから逃げれたら勝ちで良いの?だったら今すぐ一目散に逃げますけど!?

 

 「まずは、一つ」

 

 そう言って、司令官は右手で猫じゃらしの動きは維持したまま、私の足元にボールを放った。チリンチリンと鈴の様な音が鳴ってるわ。

 けど、おかしいわね。私に向けて放ったのに、音は司令官の後ろの方に遠ざかって行く。いったい、足元では何が起こってるの?司令官から目を逸らさないようにしてるから足元の状況がわからない。

 

 「さあ、二つ目だ」

 

 くっ!音が気になる!

 だいたいさ、どんな投げ方をしたら後ろに転がるの?それに、後ろに転がして何の意味があるの?私の目を逸らせるのが目的なら、私の後ろに転がるようにする方が簡単なんじゃ……。

 ん?ちょっと待って、後ろ?司令官の後ろは、ドアが開け放たれたままの司令官の部屋よね?じゃあまさか、司令官の目的は私を部屋の中へ誘い込む事!?

 

 「三つ目」

 

 マズい!司令官の目的がわかっても対処のしようがない。

 目を逸らしたら即座に齧り付かれるだろうし、全力疾走して逃げたところで、私みたいな子供が出せる速度じゃすぐに追いつかれちゃう。

 更に質の悪いことに、私は猫じゃらしの動きで狩猟本能を刺激された状態だ。それなのに、あんなにも飛び付きたくなるような音を立てられたら、自分の体を抑えるのが精一杯で逃げるどころじゃないわ。

 

 「最後だ。満潮」

 

 「最後?ふざけないで!私は絶対に負けたりしない!」

 

 司令官の不敵な笑みが勘に障る。

 どうしてお姉ちゃんは、こんな駆逐艦を自室に誘い込もうとする変態が好きなのかしら。まったくと言って良いほど理解できないわ。

 

 「それはどうかな」

 

 司令官4つ目のボールを放った。

 ボールの動きや音に惑わされるな。司令官の目だけを見るのよ私。これさえ凌げば私の勝ちなんだから!

 

 「ほう?飛び付くのは耐えきったか。大した物だ」

 

 「ふん、どうも!」

 

 勝った!私は勝ったよお姉ちゃん!

 ボールに飛び付かせようとする司令官にも、飛び付きたい衝動に負けて飛び出す寸前だった自分にも勝った!

 

 「だが満潮。お前の負けに変わりはない」

 

 「はぁ!?私は耐えきったじゃない!」

 

 「そう思うのなら、今自分が何処に立っているか確認してみるがいい」

 

 いやいや、私は一歩も動いてないわ。私と司令官の距離も変わってない。私は変わらず、廊下に立って……。

 いや、視界の端に映る景色がおかしい。右目の端には襖。左目の端にはテレビ。視界の端には廊下が見えてなきゃいけないのに、これじゃあまるで部屋の中じゃない。いつの間に、私は部屋の中に入ったの!?

 

 「私に…何をしたの……?」

 

 「何も。俺はお前に何もしていない。お前が自らの足で部屋の中に入ったのだ」

 

 「そ、そんな……!」

 

 バカな!仮にそうだとしても、それじゃあ司令官と私の距離が変わってない事に説明がつかないじゃない!

 

 「気づかなかったようだが、お前はボールの音に導かれるように徐々に前進していたよ。見ていて微笑ましかったぞ」

 

 「じゃ、じゃあ……」

 

 「俺とお前の距離が変わってない事に説明がつかない。か?それは簡単だ。俺がお前の動きに合わせて後退していただけだ」

 

 「嘘!そんなの嘘よ!だって……」

 

 私は司令官から目を逸らしていない。だから断言できる!司令官は動いていない!

 だって、頭が上下していない。誰だって歩いたりすれば重心が動くから、それに連動するように頭が若干上下するでしょ?それが全くなかったもの!

 

 「満潮。俺の足元を見てみろ。面白いモノが見られるぞ。なぁに心配するな。目を逸らしたからといって、頭から囓ったりはしない」

 

 「……」

 

 司令官の言葉を信じたわけじゃない。けど、そう言われると足元が気になってしまう。司令官の足元ではいったい何が……。

 

 「嘘…嘘よこんなの……。こんな事有り得ない!」

 

 驚くべき事に、司令官は音も出さず、重心も動かさずに足首だけでタップダンスを踊っていた。

 しかもキレッキレ!私はダンスに関しては素人だけど、そんな私でも見事な動きだとわかるわ。目が奪われちゃうもの。

 

 「浮身歩行術と無音歩行術の合わせ技だ。俺くらいになれば、眠りの浅い者の枕元でブレイクダンスを踊っても、相手を起こす事なく一晩中踊り続ける事が出来る」

 

 何よその、無駄に高度で相手に一生モノのトラウマを植え付けかねない変態的な特技は。技術的には確かに凄いんでしょうけど、間違ってもドヤ顔で自慢していい特技じゃないわ。

 けど、これで司令官が動いてないように見えていた事の説明はついた。納得はしたくないけど……。

 

 「でも、詰めが甘いわね司令官。後ろのドアは開きっぱなしよ!」

 

 そう、確かに私は部屋の中に誘い込まれたけど退路は健在。踵を返した途端に襲い掛かって来る可能性が高いけど、初撃さえ躱せばお姉ちゃんが居る寮の玄関まで逃げられるはず!

 いや、逃げ切って見せる!逃げて憲兵さんに言いつけてやるんだから!

 

 「いいや、終わりだよ。満潮」

 

 そう言うと、司令官はタップダンスを踊っている最中も振り続けていた猫じゃらしを投げ捨て、代わりに懐からテレビのリモコンを取り出した。

 なんでそんな所にテレビのリモコンが?いや、そんな事はどうでもいい。今は逃げる事だけ考え……。

 

 『はっはっは!何処に行こうと言うのかね』

 

 「!?」

 

 私がドアから逃げようと腰を若干落とした途端、司令官がリモコンを操作してテレビを点けた。

 そのテレビから流れて来た音声は某大佐の声。私が大好きなラピュタのワンシーン。某大佐がシ〇タを追いかけているシーンだわ。

 だとすると、もうすぐあのシーンになる。ラピュタを見る時は必ずタイミングを合わせて声に出さなければならないあのシーンが。

 

 『次は耳だ』

 

 シ〇タのお下げが撃ち落とされた。と言う事はもうすぐパ〇ーが来ちゃう……。そうなったらすぐにあのシーンだわ。早くテレビの前に座って準備しなくちゃ。けど、そうすると逃げる事はもう不可能。きっとドアを閉められちゃう。

 

 「満潮。お前は選択を間違えた」

 

 「あっ……!」

 

 なんでテレビを消しちゃうの!?もう少ししたら、シー〇とパズ〇がバルス!ってやるのよ?それに合わせて私達もバルス!ってやらなきゃいけないの!それがラピュタを見る時のマナーだって、大潮姉さんが教えてくれたんだから!

 

 「俺が怖いのなら迷わず逃げるべきだったんだ。そうすれば俺も……」

 

 「そんな事はどうでもいいからテレビ点けてよ!バルス!ってできないでしょ!」

 

 「あ、はい。でも出来るだけ離れて見ような?」

 

 当たり前でしょ?テレビを見る時は部屋を明るくして出来るだけ離れて見るのは常識よ。幼稚園児だって知ってるわ。たぶん。

 私は孤児だったから幼稚園に通った事なんてないけど、前に荒潮姉さんに『なんで離れて見なきゃいけないの?』って聞いたら『昔、ポ〇モンに何人も病院送りにされたかららしいわぁ』って教えてくれたから知ってるの。

 きっと昔の子供は、テレビに齧り付くようにして見てて逆にポケモ〇に頭を囓られたのね。

 

 「早く早く!」

 

 「ブルーレイだから焦らなくても大丈夫だぞ?」

 

 「私は早く座ってって言ってるの!12歳以下の子供は、誰かの膝の上に座ってテレビを見なきゃいけないって法律で決まってるのよ?司令官知らないの!?」

 

 「……。それ、誰に教わった?」

 

 「はぁ?誰にって…姉さん達に決まってるじゃない」

 

 大潮姉さんと荒潮姉さんだけが言ったなら嘘かもと疑ったけど、お姉ちゃんも『そ、そう言えばそんな法律がありましたね!』って言ってたもの。顔が引き攣ってたのが気にはなったけど、あのお姉ちゃんが私に嘘をつくはずないわ!

 

 「……そうか。あの三人はしっかりと調きょ……いや、躾をしているようだな。素晴らしい」

 

 「いいから早く座って!司令官も一緒にバルス!ってするの!」

 

 「わかったわかった。だがその前に、エコバッグの中身を冷蔵庫に入れさせてくれ」

 

 エコバッグの中身?そんな物後でいいじゃ……。いや、エコバッグの中身は9割が生肉だったわね。

 いくら夏場とはいえ、バルス!ってやってる間に腐るとは思えないけど、冷蔵庫に入れておくに越したことはないか……。

 

 「ああもう!仕方ないわね!3分間だけ待ってあげる!」

 

 本当に3分間しか待たないからね。『お、今日はから揚げか』とか言ってないでサッサと冷蔵庫に入れなさいよ。私、ちゃんとカウントしてるんだから。あと2分20秒しかないわよ?

 

 「待たせたな。ここでも見えるか?」

 

 そう言って司令官が腰を下ろしたのはドアから1番遠い壁際の座布団。すぐ前にちゃぶ台が置いてあるから、あそこが司令官の定位置なのね。

 ドアもいつの間にか閉められてるし、これで逃げることは不可能か……。

 けどまあ、もうすぐお姉ちゃんも来るだろうし、変な事されたら大声出せばいいよね。

 

 「ふごぉ!?」

 

 「ふご?」

 

 私が胡坐をかいた司令官の上に腰を下ろすと、司令官が今にも泣きそうなくらい顔を歪めて変な声を上げた。冷や汗までかいてるわね。どうしたんだろう?

 

 「き…気にするな……。損傷した俺の主砲がバルスしかけただけだ……」

 

 司令官の主砲がバルスしかけた?主砲がバルスとか意味がわからないわね。それに、司令官は艤装なんて着けてないじゃない。でも、なんだか本当に辛そう……。いや、痛そう?

 

 「大丈夫?」

 

 「も、問題ない……。さっきの続きからでいいのか?」

 

 「うん。バルス!ってしたいだけだから」

 

 ラピュタは何回も見てるしね。司令官があんな場面から再生しなければ、私だってバルス!ってしたいと考えなかったわ。

 

 『来ちゃだめ!石を捨てて逃げて!』

 

 ふと思ったんだけど、シ〇タの年齢ってたしか13歳よね?で、某大佐は32歳だったはず。司令官の歳は知らないけど、たぶん30代後半から40代前半ってとこでしょ?司令官と某大佐って趣味が合うんじゃないかしら。だって、同じロリコンだもの。

 

 『時間だ、答えを聞こう!』

 

 おっと、くだらない事を考えてる間にあのシーンが来ちゃったわね。司令官の準備は大丈夫かしら。今も若干苦しそうな顔してるけど。

 

 「ど、どうかしたか?」

 

 「いや、べつに……」

 

 痛みに耐えながら作った笑顔が若干キモいけど、取り敢えずバルス!は出来そうね。

 じゃあ行くわよ?せ~の!

 

 「「『バルス!』」」

 

 よし!タイミングはバッチリ!全セリフを覚えちゃうくらい見てるのは伊達じゃないわ。

 司令官も良く頑張ったわね。もしバルス!って言わなかったら憲兵さんに捕まるところだったのよ?

 大潮姉さんに『ラピュタを見てバルス!って言わない子は憲兵さんに捕まっちゃうんだよ』って教えてもらってなかったら、私も今頃捕まってたかもしれないわ。

 

 「最後まで見るのか?」

 

 「うん。エンディング聴きたい」

 

 何度聴いても途中で泣きそうになっちゃうけど、私はあの歌が大好き。特に父さんが云々の辺りが好きね。泣きそうになるのもあの辺りだけど……。

 

 「両親が恋しいのか?」

 

 「べつに……。顔も知らないし……」

 

 全く恋しくないと言ったら嘘になる。

 父さんが云々の辺りで泣きそうになるのも、両親は私の事をどう思ってたんだろうって考えちゃうからだし……。

 

 「艦娘になったのは、両親の仇を討つためか?」

 

 「仇討ちが目的なのは合ってるけど、両親のじゃないわ。生きてるか死んでるかさえ知らないもの」

 

 私が生まれた頃から始まったこの戦争のせいかはわからないけど、私は物心がつく頃には孤児院で生活していた。

 そこの孤児院は艦娘養成所の下部組織で、ある程度の年齢に達した子は、希望すればそのまま養成所に進むことが出来たわ。

 断っておくけど、私が養成所に進んだのは孤児院での生活に不満が有ったからじゃない。生活自体はは悪くはなかったし、一人だけど友達だって居たわ。3ヶ月間だけの友達だったけど……。

 

 私が養成所に進んだのは、その友達の仇を討つため。

 その子は私より後に孤児院に入ったんだけど、歳は三つ上で、一人で過ごしてる私の世話を何かと焼いてきた。やり方は姉さん達より強引だったけど、私は口ではウザいと言いながらも少し嬉しかったわ。

 その子が孤児院に入って3ヶ月後。

 希望すれば養成所に進める事を知るやいなや、勝手に『待ってるから』と約束して養成所に入り、艦娘となって、私が養成所に入る前に戦死してしまった。

 艦名はたしか、涼風だったかな。

 

 「涼風が戦死したのはいつだ?」

 

 「一年以上前よ。作戦を終えて帰る途中に襲って来た戦艦の初撃から姉妹艦を庇ったって、養成所の教官から聞いたわ」

 

 その戦艦が、私が討つべき相手。特徴だって知ってる。

 そいつは姫級の戦艦で片腕が欠損してるらしいわ。高練度の駆逐艦ばかり狙うって話も聞いたわね。『隻腕の戦艦棲姫』とかって通称までついてるみたい。

 

 「無理だ」

 

 「無理じゃない!駆逐艦でも戦艦を倒せるってお姉ちゃんが言ってたもん!」

 

 だから、私だって努力すれば倒せるようになる。私は円満さんと同じ満潮なんだ。努力さえすればきっと強くなれる。いつか、お姉ちゃんよりも強くなってみせるんだから。

 駆逐艦では戦艦に勝てない、とか言ったらぶっ飛ばしてやる!

 

 「そういう意味で無理だと言ったんじゃない。そいつはもう、倒されているんだ」

 

 「え……。い、今なんて?」

 

 「倒されていると言った。去年の末に行われた作戦中に朝潮が倒したのが、お前が狙っている戦艦だ」

 

 「お姉ちゃんが倒した?じゃあ、お姉ちゃんが倒した戦艦水鬼が涼風の仇だったってこと?」

 

 何よそれ……。私が艦娘になる前に、すでに涼風の仇は討たれていた?しかも、お姉ちゃんの手で……。

 なんだかモヤモヤしちゃうわね。涼風を殺した奴がすでに沈んでいると知って嬉しい反面、私は少しだけ、本当に少しだけ残念に思ってる。

 けど、流石はお姉ちゃんだわ。今度、お姉ちゃんにはお礼を言っておかなきゃ……。

 

 「そうだ。だから、お前が戦う理由はない。艦娘を辞めたいなら、俺の権限ですぐにでも辞めさせてやる」

 

 「艦娘を辞める?どうして?」

 

 私は艦娘になって日が浅いから、任期は丸々と言って良いほど残ってるわ。

 そりゃあ、司令官ならそんなモノ無視して辞めさせる事が出来るのかもしれないけど、私は辞めるつもりなんか無い。戦う理由だってある。涼風の仇をお姉ちゃんが討ってくれたのなら、今度は私自身のために戦うだけよ。

 

 「絶対に辞めない」

 

 「どうしてだ?お前の友人の仇はもう居ないのだぞ?」

 

 「そんなの関係ない。私は一隻でも多くの深海棲艦を沈めるわ」

 

 そうすれば、私のように親の顔も知らない子供が増えることもなくなるし、復讐に身を焦がす人も減って行く。身を焦がした末に死んでいく人だってきっと減って行く……。

 いや、これじゃダメだわ。一隻でも多く沈める?そんなの消極的過ぎる。これは私の新しい戦う理由なんだ。多少大袈裟でも、ここは強気で行くべきよ。

 

 「訂正するわ。私はこの戦争を終わらせる!」

 

 司令官が目をまん丸にして驚いている。

 駆逐艦のクセに何をって感じなのかしら。

 でもね司令官。駆逐艦は性能が貧弱な分、艦娘自身の努力次第でどこまでも強くなれるの。

 お姉ちゃんが前に『駆逐艦の実力はスペックではありません。その気になれば、戦艦だろうと空母だろうと敵ではないわ』って言ってたもの。しかもお姉ちゃんは、それを実際にやってのけた。

 だったら私にだって出来るわ。いや、やってみせる!

 

 「はっはっはっはっは!そうか、戦争を終わらせるか!これは痛快だ!」

 

 「な、なによ!バカにしてるの!?」

 

 「いやいやいや。バカになどしていない。少し懐かしくなってな」

 

 「何が?」

 

 「前に、お前と同じことを言った駆逐艦が居たんだよ。それを思い出してしまってな」

 

 くっ!二番煎じだったか。

 思い出したって事は、その駆逐艦は戦死したのかしら。それとも艦娘を辞めた?そんな大層な事を言っておいて辞めるとは思えないから戦死しちゃったんでしょうね。

 う~ん……気になる。いったい誰なのよ。私より前に私と同じことを言った駆逐艦は。

 

 「誰が言ったの?」

 

 「お前も知ってる奴だ。今もこの鎮守府に居るぞ?」

 

 今も鎮守府に居る?と、言う事は戦死はしてない。

 誰だろう……。私が知ってる駆逐艦と言ったらお姉ちゃんかしら。それとも大潮姉さんか荒潮姉さん?駆逐艦って数が多いし、血の気が多い人も多いから、知り合いだと言われても絞り切れないわね……。

 

 「円満だ。円満もお前と同じ事を言って、今は提督を目指している」

 

 「円満さんが!?」

 

 そっか、理由まで私と同じかどうかはわからないけど、円満さんも私と同じことを言ってたのか……。

 けど、円満さんなら不思議と納得できちゃうわね。同じ『満潮』だった人だからかしら。あの人なら言いそうだと思えてしまうわ。

 そんな、私と同じことを言った円満さんが艦娘を辞めて提督を目指してるって事は、艦娘のままじゃ無理だと判断したのね。ちょっとだけ悔しいけど、流石は私の先輩だわ。

 

 「そうだ満潮。一つ頼みを聞いてくれないか?」

 

 「頼み?」

 

 「ああ。お前にしか頼めない事だ」

 

 私にしか頼めない?私みたいな練度の低い駆逐艦に司令官がする頼みって何だろう?おつかいかしら。

 いや、この司令官はロリコンで有名だわ。だとすると……。そ、想像はしたくないけど、私にエッチな悪戯をする気なんじゃ……。

 

 「や、やだ……」

 

 「ん?嫌か?」

 

 この状況はマズイ。私は司令官の膝の上だし、部屋のドアは閉められている。司令官がその気になれば、私は抵抗も出来ずに食べられちゃうわ。もちろん性的な意味で。

 だって、荒潮姉さんが持ってる不自然に薄い本に似たようなシチュエーションがあったし、大潮姉さんが『司令官の部屋に入って、少女のまま出て来た駆逐艦は居ない』って言ってたくらいだから間違いないわ。

 その後に『妙に所帯じみちゃうんだよね~』って言ってたのは意味がよくわからなかったけど。

 

 「満潮……。まさかとは思うが……」

 

 「ひっ!」

 

 何何何!?まさかとは思うが何!?もしかして、逃げようとしてると思われた?だったら安心して、司令官が私にエッチな悪戯をしようとしてるのがわかった途端に、足が竦んで言う事聞いてくれなくなったから。

 って!それじゃあ私が全然安心できないじゃない!早く逃げないと!

 足が動かなくたって大丈夫。こういう時の対処法も、大潮姉さんに聞いて知ってるんだから!

 

 「動け!動け、動け、動け、動け、動いてよ!今動かなきゃ!今逃げなきゃ私は食べられちゃうのよ!そんなのは絶対に嫌なの!だから、動いてよ!」

 

 「食べられる!?お、おい満潮。やっぱり誤解してるじゃ……」

 

 あ、あれ?どうして動いてくれないの?大潮姉さんが『そのセリフを言えばだいたい何とかなるから』って言ってたのよ?荒潮姉さんも『暴走するかもだけどねぇ』って言ってたもん!

 だから、暴走してもいいから動いてよ!

 

 「お、落ち着け満潮!何もしないから!」

 

 「嘘よ!何もしないって言って本当に何もしない人は居ないって大潮姉さんが言ってたんだから!」

 

 「大潮ぉぉぉぉ!大潮はどこだぁぁぁ!」

 

 ダメだ……。全然動いてくれない……。もう、私にできる事は一つしかないわ。近くまでお姉ちゃんが来ていることを祈って叫ぶしかない。力の限り、全力で助けを呼ぶしかないわ。

 

 「はっ!この気配は……」

 

 ん?司令官がドアの方をバッと向いて『マズイ』って感じの顔をしてる。

 それに今、気配がどうとか言ってたわよね?私が来た時も、ノックする前に司令官の方から出て来たし、もしかしてドアの向こうに誰か来てるの?それが気配でわかるの?

 だったら好都合だわ。今叫び声を上げれば誰か来てくれる。しかも、お姉ちゃんの可能性が大。やるしかないわね!

 

 「いやぁぁぁぁぁ!助けてお姉ちゃぁぁぁん!」

 

 「ちょぉ!おまっ……!」

 

 「食べられるぅぅぅ!このままじゃ私司令官に食べらむぐぅ!」

 

 「やめろ満潮!シャレにならん!これ以上は本当にシャレにならん!」

 

 ちょっ!苦しい!

 司令官が左腕で私の体を拘束し、右手で私の口を塞いできた。手が大きいから鼻まで塞いでるじゃない。マジで苦しい。って言うか息がしにくい!死ぬぅぅぅ!

 

 「むぐぅ!むぐぅぅぅ!」

 

 「こ、こら!大人しくし……!」

 

 ん?抜け出せるほどじゃないけど、司令官の拘束が若干緩んだわね。ドアの方を見てるみたいだけど……。

 あ、そういう事か。ドアがギギギと音を立てながら開いて行ってるわ。

 初めに見えたのは、黒いスーツ姿の髪が真っ赤な人。名前は知らないけど、何度か執務室で寝てるのを見た事があるわ。

 次に見えたのはお姉ちゃん。真顔でこっちを見てるわね。少し怖いかも……。

 最後に見えたのは、寮の入り口に居た不審者。眼鏡に光が反射して表情がよくわからないけど、右手でスマホを操作してるわ。動画か写真を撮ってるのかしら。

 

 「べ、弁解の余地は……」

 

 「あると思いますか?」

 

 恐る恐るそう聞いた司令官に、不審者が冷静に答えた。

 メガネをクイっと上げた事で、どんな顔をしてるのかやっとわかったわ。

 まるで、汚物でも見る様な顔してる。対する司令官は、冷や汗をダラダラと流しながら泣きそうな顔で赤い髪の人をチラチラ見てるわ。もしかして、助けを求めてるのかしら。

 だけど無駄よ。いくら助けを求めても、私の様な幼い駆逐艦を部屋に連れ込み、拘束し、口まで塞いでる今のこの状況じゃ、どんな言い訳をしたって信じてもらえないわ。

 そう言えば、司令官は私にこう言ったわね。『お前は選択を間違えた』って。

 結果論になっちゃったけど、選択を間違えたのは私じゃなくて司令官よ。

 だって、私を部屋に誘い込んだりしなければ、今から始まるであろう地獄を体験せずに済んだんだから。

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