突然ですが、私は横須賀提督にあまり良い感情を抱いていません。いえ、オブラートに包む必要はありませんね。ハッキリ言って嫌いです。憎んでさえいます。
初めてお会いしたのは私が艦娘になる前、大本営に配属されたばかりの頃ですから……。6年前の正化24年ですね。たしか、舞鶴鎮守府が敵の襲撃を受けた年です。
最初は単に顔が怖いくらいにしか思っていなかったのですが、会う回数が増えて行くにつれて横須賀提督に対する悪感情は増していきました。
だってあの人、大本営に来る度に人だったモノを土産と称して持ち込んでたんですよ?生首ならまだ可愛い方で、酷いのになると、どう見ても拷問されたとしか思えないような死体を死体袋に詰めて持って来ていました。
いや、あれは拷問と言って良いのでしょうか。袋の中の死体は、人型じゃなければ人間と判別できない程壊されていましたもの。
いくら自分を暗殺しようとした犯人とは言え、あれはやり過ぎです。そんなモノを見せられたおかげで、私は一年以上、肉類が食べられなくなりました。控えめに言って頭のネジがダース単位で飛んでます。
ならば見なければ良かったのでは?となりますが、運が悪いと言うかタイミングが悪いと言うか、あの人が大本営に来た時に最初に遭遇するのが毎回私だったんです。狙ってやってるんじゃないかと疑いたくなる程必ず。
そのせいで土産の中身は確認しなきゃならないし、案内や対応も私がしなければならなかったんです。
初遭遇した日なんか、半日トイレから出る事が出来ませんでしたよ。
まあそのおかげで、横須賀提督が大本営にいらした日は危険手当がつくようになってお給料は上がりました。『横須賀提督専属』という不名誉な称号まで頂きましたけど……。
ですが、これだけなら憎む事はしませんでした。迷惑はしてましたけどね。
私があの人を憎むようになったのは、妹の戦死を聞かされたあと。
忘れもしない正化26年の3月4日。私を呼びだしたあの人が、目の前で土下座して妹が戦死した事を私に告げたあとでした。
最初は何を言っているのか理解できませんでした。
だってそうでしょ?その2か月ほど前に再会し、戦死する数日前にも会って笑い合ったあの子が死んだなんて言われても理解できません。いえ、理解したくありませんでした。
「君が私の死を望むなら、彼女の仇を取った後で腹を切ろう。苦しませたいと言うなら、君の好きにして構わない」
呆然とする私の事など気にせず、横須賀提督は土下座を続けながら淡々とそう仰いました。
あの時言った事が本当なら、私が望めばこの人は腹を切るでしょうし、私が望めば精神的にも肉体的にも苦しんでくれるでしょう。
だけど、妹の戦死を聞かされてすぐは、不思議と横須賀提督を憎む事はしませんでした。
妹の死を頭が理解するにつれて、許せなくなっていったのは横須賀提督ではなく私自身。
孤児院が空襲を受けた日、私が妹の手をしっかり握っていれば、あの子は艦娘になどならずに済んだのに。戦場になど出ずに済んだのに。戦死なんかせずに済んだのにって、頭の中はそんな考えで埋め尽くされました。
「私…私のせいだ……」
私は、持っていた拳銃を取り出しました。
横須賀提督を撃とうと思ったわけではありません。あの時の私は衝動的に自殺しようとしてしまったんです。
妹に出撃を命じ、戦死させた横須賀提督より、妹が死ぬ最初のきっかけを作った自分がどうしても許せなかったんです。
「やめろ大淀。そんな事をしてもどうにもならん」
「だって私のせいで……。私があの子の手を離したから!」
結論から言うと、自殺する事は叶いませんでした。私が自殺しようとしている事を察した横須賀提督に、拳銃を奪われてしまいましたから。
と言うより。自殺していたら、私は今こんな回想をしていません。
「君と彼女がどういった経緯で離ればなれになったかは知っている。だからこそ言う。彼女が死んだのは君のせいではない」
「でも……!」
「それでも!君が自分を許せないと言うのなら代わりに私を恨め。彼女に出撃しろと命じたのは私だ。呉の奴に請われるがままに艦隊を派遣し、鎮守府の防衛力を下げたのも私だ。朝潮が死んだのは……。いや、朝潮を殺したのは俺だ」
横須賀提督のこの言葉で、私の胸の内が少し楽になった気がしました。
妹が死んだのは私のせいじゃない。妹を殺したのは目の前のこの人。そう思う事で、私は自殺を思いとどまる事が出来ました。横須賀提督を恨む事で、私は今も生き続けていられるんです。
もしあの言葉がなかったら、私は今頃首を吊るなりして死んでいたでしょうね。
「だが、どうしても続きがしたいと言うのなら、俺はこうするしかないな……」
そんな、私に生きる理由を与えてくれた人は、さっきまで愛娘と愛妻(仮)がケンカをしていたのを呑気にお茶を淹れながら静観していたのに、双方の攻撃が炸裂する寸前に待ったをかけ、私の背後に移動しました。
って言うか近い!私の背中に触れるか触れないかと言う距離まで接近しないでください!
それに、『こうするしかない』と仰っていますが、いったい何をするつもりなのですか?
私の腰の辺りで両手の指をワキワキとさせていますが……。まさか、私の脇腹をくすぐる気ですか?通報しますよ?
「な、何を……!」
「動くな」
私が振り向いて抗議しようと口を開いた瞬間。提督のドスの利いた声と、背中に感じた悪寒で動きを封じられました。
これはまさか、殺気と言うモノですか?そんな有るか無いかわからないモノで私は動けなくなった!?
「ケンカをやめないのなら、俺は両手を突っ込む」
何処に!?提督の両手は私の腰の辺りで貫手の形を取り、突き出される寸前。例えるなら、コマネチのポーズが近いでしょうか。
え?コマネチがわからない?だったらググって下さい!映画監督も熟す大御所芸人さんのギャグです!
「一応聞くわね、お父さん。何処に?」
そう!それ大事です!
この精神異常者は、貫手を私の何処に突っ込むつもりなんですか!?下からグワッと上着の中に突っ込んで、赤い人……、たしか桜子さんと仰いましたか。ほどはありませんが朝潮ちゃんよりは確実に揉みごたえのある私の胸を揉みしだく気ですか?ぶっ殺しますよ?
「正直に言うと、初めて見た時から一度突っ込んでみたいと思っていたんだ」
だから何処に!?そんな言い方をするって事は私特有の部分ですよね?まさかスリット?この基地外じみた大きさのスリットにですか!?
しかも、初めて見た時からって言いましたよね?たしか、艦娘になってからお会いしたのは妹の戦死を私に教えてくれた日が最初のはずです。
と、言う事はですよ?この人、君が望むなら腹を切るとか言いながら、私のスリットに手を突っ込みたいと思ってたって事!?見損ないましたよ提督!いや、ドン引きしました!
お願いしますから、今すぐこの場で腹を切って下さい!
「やめてください司令官!そんな事をすれば通報されてしまいます!」
いや、今の時点でも体さえ動けば即座に通報します。
それよりも私の心配をしてくれませんか?私、このままじゃスリットに両手を突っ込まれるんですよ?突っ込まれだけなまだしも、それだけで終わるとは思えません。きっと弄られちゃいます。何処をとまでは言いませんけど絶対に弄られます!
「そうよお父さん!そういうプレイがしたいなら朝潮に頼めばいいじゃない!」
「え?いや……。すみません…アレを穿くのはちょっと……」
待って朝潮ちゃん!そんなに嫌!?確かに痴女一歩手前だと言う自覚はありますが、そこまで嫌がらなくても良いのでは!?
「あ、やっぱり朝潮でもアレは無理?」
「はい……。さすがにアレは……。ごめんなさいお姉ちゃん……。ソレを穿くくらいなら全裸の方がマシな気がします……」
もうやめて!心底申し訳なさそうにしながら私を追いつめないで!
なんか、ちゃぶ台でお茶を啜り始めた満潮ちゃんまで『確かにアレは無いわぁ……』とか言ってますけどそこまで酷い!?私って、全裸の方がマシだと言われるほど酷い格好してるんですか!?
「大淀を責めるな二人とも。仕方なかったんだ……」
どっちが!?
私のスカートのスリットが大きいこと?それとも、そのスリットに手を突っ込もうとしている貴方の行動ですか?
前者は確かに仕方ありません。コレを決めたのは妖精さんですから。ええ、私に責任は一切ありませんとも。
だけど後者は違う。後者は完全に貴方の欲望ですよね?一度突っ込んでみたかったって言いましたよね?それなのに仕方なかったなんて言わせませんよ?
今更、『俺は二人のケンカを止めるために仕方なく大淀のスリット手を突っ込むんだ』とでも言うつもりですか?それは私に失礼でしょう!
「ですが、ソレをやってしまえば司令官が死んでしまいます!社会的に!」
「いいんだ朝潮。二人の争いを止めるためならば、俺は喜んで死を選ぶ!」
この状況で言って良いセリフじゃない!
貴方、自分が今何してるかわかっててそのセリフ言ってるんですか?私のスカートのスリットに手を突っ込もうとしてるんです。もう一度言いましょうか?
私のぉ!スカートのスリットにぃ!手を突っ込もうとしてるんですぅぅぅ!
「お父さん。私達のケンカを止めるために、自分の立場を人質にするのはやめて。それじゃあ誰も幸せにならないわ」
「そうはいかない。二人がケンカをやめるまではな」
なるほど。やはり提督は、二人のケンカを止めるためにこんな行動を取っているんですね。
差し詰め、『二人がケンカを続けるなら俺は社会的に死ぬ』と言ったところでしょうか。
いやいや…いやいやいやいや……。私には全く理解できない。そして提督の考えを察することが出来る二人の思考回路も理解できません。と、言うか一言言わせてください。
社会的にじゃなくて物理的にくたばれ異常者!
なんでケンカを止めるのにそんな方法選んだんです!?もっとマシな方法がいくらでもあるでしょう!
「OKわかった。ケンカはやめるわ。ね?朝潮」
「そうですね。このままだと司令官が牢屋に入る事になってしまいますから」
だからね、朝潮ちゃん。私の心配をして?
私、貴女にお姉ちゃんって呼んでもらえて凄く嬉しかったの。今までの人生で、妹と再会した時と同じくらい嬉しかったのよ?それなのに、貴女は私の貞操よりこの変態の心配をするのですか?なんだか、天国から地獄に蹴り落とされたような気分なんですけど。
「え?やめるんか?」
「やめるわよ。完全に興が削がれちゃったし」
「はい。夕飯の支度もありますしね」
やり方はともかく、二人のケンカを止める事には成功しましたか。ですが、私の気のせいでしょうか。『やめるんか?』と言った提督の声が残念そうに聞こえたのですが……。
「なんでやめるんや!もう一回殴り合いせんかい!手ぇ突っ込む理由がなくなるじゃろうが!」
「「「はぁ!?」」」
このクソ提督は今なんと言いました?手を突っ込む理由がなくなる?理由がなくなるから、二人にもう一度殴り合いをしろと?バカなんですか!?私のスリットに手を突っ込むのはケンカを止めるための手段じゃなかったんですか!?
さすがの二人も予想外だったのか、
「朝潮。文句は言わないわよね?」
「言いません。一緒にやりましょう」
二人が真顔で距離を詰め始めました。
何をする気ですか?私の後ろに居る変態を協力してぶっ飛ばすんですか?だったら早くぶっ飛ばしてください!最悪、殺しても構いません!私が上手く隠蔽しますから!
「歓迎するわお父さん。ようこそ私と……」
「私の……」
「「お仕置き部屋に!」」
「俺に挑むか……。面白い。ならばかかって来い!周防の狂人と呼ばれた俺の力、存分に見せてやる!」
そこからの出来事をなんと表現したら良いのでしょうか。あまりにもバカバカし過ぎて、私の語彙力では良い表現が見つかりません。
まず最初に、朝潮ちゃんが提督のボディーをガゼルパンチで打ち上げようとし、桜子さんが後ろに回り込んで後頭部を手刀で薙ぎ払おうとしました。
ですが、二人の攻撃は空を切り。お返しとばかりに、提督は右半身だけを振り向かせ、桜子さんのスカートを捲り上げました。す、凄いの穿いてますね……。赤のレース生地でしかもスケスケじゃないですか。完全に勝負下着ですよね?それ。
あ、ちなみに私はと言うと、二人が突撃を開始したと同時に提督に横に突き飛ばされ、今は満潮ちゃんとお茶を飲みながら観戦しています。提督は意外とお茶の淹れ方がお上手ですね。
「うわっ!ちょ…!こんのスケベ親父!」
「桜子!なんだその下着は!パパはそんなの許しませんよ!」
パパでも娘のスカートを捲るのは許されませんよ?朝潮ちゃんが『どうして私のスカートは捲ってくれないんですか!』と、言ってるのはこの際無視しましょう。
「一発必中!肉薄します!」
朝潮ちゃんは、空を切ったガゼルパンチの勢いを利用して提督の腰の左側辺りに密着。
これは確か、鉄山靠と呼ばれる技ですね。桜子さんに使おうとした時は不発に終わりましたが、これは決まったでしょう。
「甘いぞ。朝潮!」
決まったかと思われた鉄山靠はまさかの不発!
提督はインパクトの瞬間に腰を引いて力を逃がし、桜子さんの方に振り向いた事で生じた慣性エネルギーと腰を引いた運動エネルギーを利用して、バスケットボールのバックロールターンのように朝潮ちゃんの後ろに回り込みました。いやホント、無駄にレベルの高い攻防ですね。目で追うのがやっとですよ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「ちょっ!司令か……。あはははははははははっ!や、やめっ!やめてくだああはははははは!」
これは酷い!
朝潮ちゃんの後ろに回り込んだ提督は残像が生じる程の速度で指を動かし、朝潮ちゃんの脇腹をくすぐっています!けど、涙目で悶える朝潮ちゃん可愛い!
「隙有り!」
「隙など無い!」
桜子さんが再び居合いの構えを取り、朝潮ちゃんの脇腹をくすぐり続けている提督に再度突撃。
恐らく、提督の首を横薙ぎにする気だったのでしょう。ですが、提督は即座にくすぐりをやめ、今だ距離が有る桜子さんに向けて正拳を繰り出しました。
「んなっ……!?」
何が起こったのでしょう。正拳は桜子さんに届いていないのに、桜子さんが後ろに軽く飛ばされました。
桜子さんは、居合いの構えを解いて両腕で顔をガードしていますね。
「遠当て?いや…確かに両腕に衝撃を感じた……」
「さすがだ桜子。咄嗟に後ろに飛んで直撃は防いだか」
遠当て……。
確か、相手の反射を利用した技でしたか。武道の心得がある人にしか効果が無いと言われていますが、逆に心得が有る人は、例え間合いの外でも反射的に反応し、酷い場合は体勢を崩して転けてしまうとか。
しかし、桜子さんは両腕に衝撃を感じたと言っている。提督が放ったのは遠当てではない。もっと別の何かですね。
「言っておくが、別に超能力の類ではないぞ。今のはただの裏当てだ」
「裏当て?裏当てって空手の?いやいや!裏当ての域を超えてるでしょ!」
裏当て。
私の記憶が確かなら、打撃の衝撃を相手の内部に浸透させる技法ですよね?ですが、提督は桜子さんの体に一切触れていません。
まさかとは思いますが……。空気に浸透させて桜子さんに衝撃を伝えたですか?ばんなそかな……。
「だが事実だ。俺がその気になれば、戦車の内側に居る人間でも殴り殺せる」
本当に人間ですかこの人。しかも、その口ぶりじゃ実践した事があるんじゃないですか?戦車とタイマン張るなんて正気の沙汰じゃありませんよ!?
「桜子さん!一瞬で構いません!」
「OK!ちゃんと決めなさいよ!」
提督に解放され、両脇腹を抱えてへたり込んでいた朝潮ちゃんがそう言うと、桜子さんは三度提督へ突撃開始。提督は裏当てで迎撃していますが止まる気配はありません。
と言うか。提督が言ったことが事実なのだとしたら、こんな2メートル程度の距離なら桜子さんを裏当てで行動不能にする事も容易なのでは?
にも関わらず、提督がソレをしないと言う事は手加減している証拠。よくよく考えれば、裏当てを除いて提督が二人に対して行ったのはスカート捲りとくすぐりだけです。
もしかしてこの人、無駄に高レベルな戦闘技術を駆使して二人を相手に遊んでる!?
「ふんがぁあぁぁ!」
おっと!桜子さんが見た目の麗しさとはかけ離れた叫びを上げながら提督にタックル!両腕を抱き込む形で壁に押しつけました!
「いくらお父さんでも、これで動けないでしょ!」
「なるほど、お前が俺の動きを封じて朝潮がトドメを刺すという算段か。だが無駄だ。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!」
正に外道!
提督がさっき朝潮ちゃんにしたように、残像が生じる程の速度で指をワキワキさせ始めました。間違いなく、無防備な桜子さんの脇腹をくすぐる気です!
「ひゃあぁぁぁ!い、今よ……。朝しあははははははははは!」
「諦めろ桜子。この状態で俺を攻撃する手段は朝潮には無い。お前ごと、と言うなら話は別だがな」
なんとシュールな光景!
涙目で爆笑する桜子さんとは対照的に、提督の顔は真剣そのもの!顔だけ見れば戦闘指揮をしている最中にも見えます。非常に凛々しい!両手が桜子さんの脇腹をくすぐっていなければ、私はこの変態にトキメイテいたかもしれません!
「いいえ司令官!桜子さんを傷つけずに司令官だけを倒す手段はあります!先ほど、司令官自らが『見せて』くださいましたから!」
「何だと!?まさか君は、自分の能力に気づいて……!」
「はぁやぁくぅぅぅぅぅ!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
朝潮ちゃんの能力!?え?この子って特殊能力持ちなの!?そんな、漫画やアニメじゃあるまいに……。
「はい!しっかりと『見て』覚えさせて頂きました!」
『見て』覚えた?提督が二人に見せたモノで、桜子さんを傷つけずに提督を撃破しうる技は裏当てくらいのモノ……。
それから推察される朝潮ちゃんの能力は『目で見た他人の技術を習得。及び再現可能』と言ったところでしょうか。
えぇ……。この子ってそんなチート能力持ってたんですか?バカと天才は紙一重と言う言葉を今日ほど実感した日はありませんよ。
「クソぅ!離せ桜子ぉ!離さんかぁ!」
「絶対に離すもん…きゃぁ!ってぇ!何処触ってんのよクソ親父!ひゃん!ちょっ…んんっ……」
離せと言いながらも、提督は桜子さんをくすぐるのをやめず。それどころか肘から先で触れる範囲を万遍なくくすぐり始めました。具体的に言うと、脇腹は勿論。背中やお尻もです。
これほど、ダイナミックかつ堂々とした痴漢行為を私は見たことがありません。
「終わりです!司令官!」
ズドン!
そう言って、大砲のような音と共に桜子さんの臍の真裏辺り、提督で言うと男性共通の急所の辺りに朝潮ちゃんが正拳を撃ち込むと、桜子さんの下半身を這い回っていた提督の手がピタリと止まりました。
もしかして潰れました?ざまぁ。
「はぁ…はぁ…。や、やったの?」
「手応えは有りました。間違いなく司令官まで届いています」
ヨロヨロと桜子さんが提督から離れてへたり込み、荒い息を吐きながら様子を覗っています。
いや、何と言いますか。顔がエロい!
若干上気した頬と涙が浮かんで憂いが籠もるその顔は完全に発情状態!いえ、全身を小刻みにビクビクとさせている様は事後と言っても過言では無いかもしれません!
「大丈夫ですか?」
「ヤバい……。アレはマジでヤバい……。危うく…いや、やっぱ何でもない」
危うく?危うく何でしょうか。
いえ、大体想像はつくんですよ?恐らく、提督のフィンガーテクは僅かの間で桜子さんを……。いや、やはりこれ以上はやめておきましょう。R15じゃ済まなくなってしまいますので。
しかし、提督が無反応なのが気になりますね。
顔は真顔と言っていいでしょうか。見ようによっては驚愕してるようにも見えます。やっぱり潰れました?
「朝潮。そして桜子。よくぞ俺を打ち破った。成長したな……」
真顔から一転、提督は穏やかに微笑んで二人の勝利を祝福しました。
ノーダメージ?ですが、朝潮ちゃんは手応えが有ったと言いました。いくら人間離れしている提督とは言え、急所に撃ち込まれてノーダメージ済むとは思えません。
「だが忘れるな!俺を倒しても第二、第三の横須賀提督がお前達の前に現れるだろう!その事、努々忘れるでないぞ?」
そう言って、提督は白目を剥いてズダーンと顔から倒れました。
と言うか、提督職をまるで魔王の様に言わないで下さい。貴方が辞めたら、新しい提督が何食わぬ顔で着任しますよ。
「さて、晩ご飯の支度をしましょうか。桜子さんも手伝ってくださいね?」
「いいけど…ちょっと待って……。あ…あと1分でいいから」
あ、提督はこのまま放っておくんですか?
そりゃあ、提督がああなったのは自業自得ですから同情はしませんが、朝潮ちゃんはちょっとドライ過ぎません?もしかして、いつもあんな事してるんですか?
桜子さんは桜子さんで、今だに小刻みに全身をビクビクさせて動けないご様子。もしかして余韻が納まらないんですか?さっき危うくとか言ってましたけど、実は行ってたのでは?
あ、何処に行ってたとかは聞かないでくださいね。そこは察してください。
「あ、私も手伝う!」
私と一緒にお茶を啜っていた満潮ちゃんが、元気よく手を挙げて朝潮ちゃんと厨房に消えて行きました。
ちなみにあの子、三人がバカ騒ぎしている間ラピュタを最初から見ていたんですよ?しかも私の膝に座って。
まあ、『何やってるかわかんない』と言っていましたので目で追えなかったのでしょう。それとも、肝が据わってるのでしょうか。
「んっ…はぁ……。よし、落ち着いた……」
「肩、貸しましょうか?」
「いい……。悪いんだけどさ。このクソ親父見といてね。また悪ふざけ始めたらすぐに教えて」
「あ、はい。お任せください」
桜子さんは髪を掻き上げながら何でもない風を装っていますが足元はフラフラ。少し汗ばんでもいます。しかし、それでも厨房へ向かっていきます。先にトイレ、または着替えをしなくても大丈夫ですか?
「まったく。ろくな親じゃありませんね。義理とは言え、娘を……」
「いや、あれは俺も反省している。ちと調子に乗り過ぎた」
「あら、気絶していたのでは?」
桜子さんが厨房に消えたのを見計らったかのように、提督が私の独り言に答えました。顔も私の方を……って、その角度だと私のスカートの中身が丸見えなんじゃ……。
「白か……。色気も糞もないな」
「文句が有るなら見ないでください」
「文句が無ければ見ても良いと?」
「そうは言ってません」
私は咄嗟に、両手でスカートの裾を太ももの間に挟み込むようして中身をガード。
べつに見られても減る物ではありませんが、好いてもいない殿方に凝視されて嬉しがる趣味はありません。と、言うか、堂々と娘に痴漢を働いた次は元義理の姉を視姦ですか?節操なさすぎでしょう!
「心配するな。君の下着になど毛ほども興味がない」
「ご自分の立場がわかっててそのセリフを仰ってるんですか?通報しますよ?」
「すみません。勘弁してください」
口ではそう言ってますが、表情からは反省の色が毛ほども感じられません。私が通報する事はないと思ってるんでしょうね。
確かに、朝潮ちゃんの幸せを考えれば通報は出来ません。ですが、度が過ぎれば容赦なく通報します。絶対にだ!
「意外と元気そうですね。ダメージは無かったんですか?」
「不意打ちなら兎も角、来るのがわかっているのなら打点をズラすくらい容易だ」
チッ!潰れてなかったか。
提督は本当にダメージなど負ってないように立ち上がり、ちゃぶ台まで移動して『よっこしょ…あ、よっこいしょって言っちゃった』などと言いながら腰を下ろしました。
おそらく定位置なのでしょう。座布団が敷いてありますし。
「仲直りは出来たようだな……」
「そうですね。会話を聞く限り、姉妹のように仲が良いです」
「そこは親子だろう。朝潮は俺の嫁だぞ?」
将来的には親子になるのかもしれませんが、年齢的にも体格的にも桜子さんが母親の方がシックリ来ますよ。精神年齢は父親と同じくらい低そうですけど。
ん?その前に提督は何と言いました?仲直りと言う単語が聞こえた気がしたのですが……。
もしかしてこの人……。
「提督。もしかしてさっきの悪ふざけは、二人のケンカを止めるためではなく、仲直りさせるためですか?」
「何の事だ?オレはスリットに手を突っ込もうとしただけだ」
ああそうですか。本音は言わないつもりですね?満潮ちゃんの件もすっかり有耶無耶にされてしまいましたし、全部計算づくと言う事ですか。
「ズルい人……。貴方は昔からそうです。誰かを救うためなら、自分の事を平気で犠牲にして」
「俺は弱いからな……。そうでもしないと、誰も救えない」
嘘ばっかり。
貴方が弱いですって?貴方が弱いのなら、世の中に強い人は居ない事になってしまいます。
もちろん、肉体的な強さではありません。精神的な強さです。貴方は自分を弱いと言いながら、その身に住まう
今だってそうです。貴方は些細なケンカですら、自分を犠牲にしてでも止めようとする。やり方は歪んでますけどね。
「妹も、貴方のそんなところが好きになったんでしょうか……」
「どうだろうな……」
「朝潮ちゃんの事。幸せにしてあげてくださいね」
「ああ、必ず幸せにする……」
提督が『彼女の分までな』と言おうとした気がしました。
朝潮ちゃんは話してないと言っていましたから、この人は朝潮ちゃんの内に妹が居ることを知らない。けど、私は教えてあげません。それは本人から聞くか、もしくは自分で気づいてください。
これは私からの、せめてもの意趣返しです。
「そうだ大淀。君に一つ頼みがあるのだが」
「スリットに手を突っ込ませろとか言ったら通報しますよ?」
「言わんよ。それで頼みだが、運用開始から今まで艦娘となった者のリストを作って欲しいんだ」
「艦娘となった者のリスト?そんな物をどうするお積もりで?」
「以前、君達姉妹の事を調べた際に興味深い事がわかってな。ハワイ島攻略の成功で余裕が出来ている今の内に調べておきたい」
私達姉妹を調べてわかった事?艦娘のリストをどうするのかも気になりますが、そっちの方が興味をそそられますね。何がわかったのでしょう。
「それはお聞きしても宜しい事ですか?」
「構わんよ。別に機密でも何でもない。今はな」
今は?それは将来的に機密に成り得る事柄と言う事ですね?だったら是が非でも聞いておかなければ。他ならぬ私自身の事でもありますし。
「君の妹の身内の生死を調べるついでに、君達の祖先の事も調べた。その結果、母方の祖先は『軽巡洋艦 大淀』の建造に関わり、父方の祖先は『駆逐艦 朝潮』の乗組員だった事がわかった」
今なんて言いました!?70年以上前の事ですよ!?それはもうついでと言って良いレベルじゃないでしょう!
いやいや、それは今どうでも良い。本職のストーカーでもドン引きするレベルの調べっぷりですが今は置いておきましょう。
「それは確かなのですか?」
「確かだ。当時の作業員名簿、及び乗組員名簿でも確認した」
「もしかして、艦娘のリストを欲しているのは……」
「君が察している通りだ。艤装のモデルになった艦と、その艤装に同調できた者の関係性を調べる」
やはり……。
提督は私達姉妹が適合した艦と祖先が関係…いや、縁と言った方が良いかしら。がある事を知って、それが艤装と適合できる条件だと仮説を立てたわけですね。
そしてその仮説を、防衛に余裕が出来ている今の内に明らかにしようとしてるんだわ。
もし、その仮説が合っているのならメリットは計り知れませんもの。
第一に、艤装と適合できない者を養成所で養う必要がなくなります。
冷たく聞こえるかもしれませんが、これは重要な事です。なぜなら艦娘志願者、特に駆逐艦の艤装と適合できる年齢の子は、開戦から10年経った今でも食い扶持を求めて養成所の門を叩く者が多く。定員は設けていますが、食費だけでも年間で数億は軽くかかります。余計なコストが削減できるのなら、浮いた分で孤児院でも開いた方が余程子供たちのためになります。
第二に、志願者が駆逐艦に比べて少ない上位艦種のスカウトが可能になる事。
上記の理由から志願者が多く、総じて適合試験を受ける者の母数が多い駆逐艦と比べて、ある程度自立した年齢の者が適合できる上位艦種、特に重巡以上になると極端に志願者が減ります。
中には復讐、使命感、英雄願望、お金等の理由で志願する者もいますが、戦艦 武蔵の適合者が一年近く現れなかったように、艤装のモデルとなった艦と縁のある者が現れる確率は駆逐艦と比べると低くなります。
スカウトとは、例えば今だ適合者が現れていない戦艦 大和の関係者の子孫を戸籍から逆引きし、軍が正式にスカウトするという事です。
第三に、艤装と適合できる者の保護。
提督が将来的に機密になり得る風な事を言っていたのはこれが主な理由です。
世の中にはアクアリウムを筆頭に深海棲艦を信奉する者達が少なからず存在し、機会さえあれば艦娘を亡き者にしようとしています。
機密とするのは、何人居るかわからない適合者をそういった者達から完全に保護するのが現実的に不可能だからです。
もし機密が漏れても、最悪の場合は適合可能者が住んでいる地域の不穏分子を監視、もしくは殲滅する事で対処療法的な保護は可能ですが……。お金かかりそうだなぁ……。
機密となったら、と言うより仮説の時点で漏らす事が出来ませんね。
そう言えば、いつだったかは忘れましたが、テロリストが鎮守府に対して自分たちの要求を通すため、鎮守府から無断で外出した艦娘を誘拐した事件もありましたね。特に波風は立っていないので、この件は無事に片付いたのでしょう。
さて、パッと思いつくメリットはこのくらいでしょうか。最後のはデメリットのような気がしないでもないですが……。
ですが、今は将来的なメリットとデメリットは考えなくてもいいでしょう。実例はたった二件。私達が偶々そうだったと言うだけかもしれませんし。
「他に誰か調べたのですか?例えば…桜子さんとか」
「当然、桜子の事も調べた。桜子の祖先は、戦後に座礁した『駆逐艦 神風』の解体作業に従事していたよ」
これで三件目。しかし、二度あることは三度あると言う諺もあります。あと他に、提督が調べそうな人と言えば……。
「では、朝潮ちゃんは?」
「勿論だ。だが、その朝潮が問題でな。彼女の祖先は『朝潮』どころか、第二次大戦期のどの艦とも関係が無かった」
なるほど。それが、提督が艤装と適合出来る条件を確認しようとした真の理由ですね。
提督の仮説が確かなら、朝潮ちゃんが『朝潮』になれる訳がない。
もし、提督が説いた仮説以外に条件があるのなら、その条件次第で彼女は今だに成功例が無い艦種の変更すら可能となるかもしれない。だから調べる気なんだわ。
何故なら、『駆逐艦 朝潮』は改二改装が可能な貴重な駆逐艦です。大本営で飼い殺しにするにはもったいなさ過ぎる。
きっと提督は、元帥となり、鎮守府を離れる時に艤装は残して行くつもりなのでしょう。あの子はきっと、艦娘を辞めてでもこの人について行くはずですから。
「貴方は、艦娘を辞めても尚、あの子が力を求めるとお考えなのですね」
「察しが良くて助かるよ。その通りだ」
「そうですか。なら、その時が来たら言ってください。私の艤装を提供します」
「君の艤装を?条件もわかっていないのにか?」
あら、意外と鈍感な面もあるのですね。私は、朝潮ちゃんが妹の艤装と同調できた理由に察しがついてるんですよ?提督が提唱した仮説よりも余程簡単な理由です。
「提督。私からも仮説を提唱させて頂いても構いませんか?」
「聞こう」
朝潮ちゃんから妹と一つとなったと聞いた時、私は一つ疑問に思いました。
それは、朝潮ちゃんと一つになるまで妹は何処に居たのか。
ですが、私はすぐに居場所の見当がつきました。
それは艤装の内。あの子は艤装の内で3年もの間、朝潮ちゃんを待っていたんです。
他にも居たであろう適合可能者を拒絶し続け、自分と同じ人を愛し、この人の力になる事を望む朝潮ちゃんを妹は待っていた。だから、私はこう説かせてもらいます。
「『先代適合者と縁が有り。かつ、先代適合者が望んだ者』それが、朝潮ちゃんが『朝潮』となる事が出来た理由と、私は推察します」
「先代適合者との縁?だが彼女達に接点は無いはずだ」
「いいえ。有ります」
それは、他ならぬ貴方自身。間接的ではありますが、貴方の存在自体があの子達の縁となったのです。
察しのいいこの人がその事に気づけないのは意外ですが、私は絶対に教えてあげません。なぜなら私は、実の妹と新しく出来た妹両方の愛を一身に受ける貴方を恨んでいるのですから。
だから、私はこう言います。
私に生き続けなければならない理由を押し付けた、ズルい貴方に仕返しするために。
「けど、それは秘密です♪」
私はウィンクし、人差し指を口の前で立ててそう言いました。
精々悩みなさい鈍感男。悩んで、悩んで、悩みつくして、そして答えに辿り着いた時、貴方は妹達の愛の大きさを知るでしょう。
貴方のためなら戦艦にすら立ち向かい。命を落としても貴方を想い。貴方のためならどこまでも力を求める、あの子達の想いの大きさを。