艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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 エピローグ的なお話がもう一話ありますが、今回が実質的な最終回です。


『これまで』と『これから』

 

 

 微睡んだ意識の片隅で、トントンとリズム良く誰かがまな板を叩く音が聞こえる。このリズムはきっとお父さんだ。

 私が料理を覚える前、お父さんがご飯を作ってくれてた頃によく聞いた音。私が今日も生きてるって実感させてくれた音だ……。

 

 「起きたんか?」

 

 「うん……。おはよう……」

 

 私が音に誘われるように身を起こした気配を察したお父さんが、料理を続けながら声をかけて来た。

 なんで部屋にいるんだろ?昨日は長門の部屋で寝るつもりだったのに。

 

 「飯の前に風呂入って来い。湯は沸かしちょる」

 

 「わかった……」

 

 お風呂に入ろうと下着を脱いでる途中にふと思ったんだけど、私、昨日はどうやって帰って来たのかしら。久々にバカな飲み方をしたせいで記憶が半分飛んでるわ。だって、寝間着は持って来てたのに、それに着替えもせず下着姿だったし……。まさか、食堂からこの格好で帰って来たなんて事ないわよね?

 

 「あ"あ"~…酒が抜ける~……」

 

 湯船に浸かった途端に勝手に声が出ちゃった。少しオッサン臭かったかしら。

 だって、お酒が抜ける代わりにお湯が体に染み込むような感覚が気持ち良くってさぁ。ついつい言っちゃったのよ。いつもはこうじゃないんだからね?

 

 「あ、着替え出すの忘れてた……」

 

 そろそろ上がろうかと湯船から出たら、迂闊にも着替えを用意してない事に気がついてしまった。

 べつにタオルを巻いて出ても良いんだけどお父さんが居るしなぁ……。『はしたない!』とか言って怒られそうだし……。お父さんに頼むか。

 

 「お父さ~ん。着替え持って来て~」

 

 「着替えくらい用意して入れや。ったく……」

 

 とか言いながら、結局は用意してくれるんでしょ?お父さんって、何だかんだ言っても私には甘いんだから。

 

 「お前っ…!またこんな派手な下着を!」

 

 「凄いでしょ♪穿いてるとこ見せてあげよっか?」

 

 「バカな事言うちょらんでサッサと上がれ!飯ゃあもう出来ちょる!」

 

 「は~い♪」

 

 あ~あ、勿体ない事したわね。

 さっきまで穿いてたのと違って色は黒だけど、同じくらいスケスケでセクシーだったのに。

 

 「お?この匂いは……」

 

 スーツに着替え終えて居間に戻ると、無条件に自分は日本人なんだと思うことが出来る懐かしい匂いが鼻腔をくすぐって来た。

 ご飯に味噌汁、匂い的にたぶんアサリとシジミか。それに、アジの干物にお漬物。それがちゃぶ台に二人分。

 さらに、朝のニュースを聞きながら新聞を読んでる着流し姿のお父さんが加わってる光景は、今は忘れ去られた昭和の食卓を連想させるわ。

 私は正化生まれだから、テレビでしか見たこと無いけどきっそうよ。

 

 「いっただっきま~す♪」

 

 「えらい機嫌がええのぉ。昨日飲みでええ事でもあったんか?」

 

 「別に何も?あ、やっぱりアサリとシジミだ。あっさりー♪しっじみー♪はーまぐーりさーん♪」

 

 「なんじゃいその変な歌は」

 

 「何だろうね?」

 

 「変な奴じゃのぉ……」

 

 そんな痛い子を見るような目で見ないでよ。

 仕方ないでしょ?なんか、アサリとシジミを見てたら歌わなきゃいけない気がしたのよ。きっとどこかの泊地で、罰として潮干狩りしてる駆逐艦が歌ってるのを聞いたりしたんだと思うわ。

 

 「お、もうこんな時間か。もう少ししたら出んとなぁ」

 

 「じゃあお父さんは着替えて。片づけは私がやっとくから」

 

 「いや…じゃけど今日くらいは……」

 

 「いいから。やらせて……。ね?」

 

 「……わかった。じゃあ任せるぞ」

 

 着替えさせるためにお父さんを部屋の奥に引っ込め、私は今までにないくらい丁寧に食器を洗った。

 新居に持って行こうとも思った私の茶碗。私がこの部屋でお父さんと暮らした思い出が詰まった茶碗。私の名前と同じ、桜の花びらがあしらわれた茶碗を丁寧に丁寧に洗った。

 来ようと思えばすぐ来れる距離なのに、まるで別れを告げる様に。

 

 「待たせたな……って、まだ洗っちょったんか」

 

 「え?ああ……。もう終わる!先に出てて!」

 

 私は食器洗いを切り上げ、スーツの上着を羽織って士官服に着換えたお父さんが待つ部屋の外に出ようとした。出ようとしたんだけど……。

 

 「どうした?」

 

 「いや……。何か……」

 

 違和感を感じる。何年もお父さんと暮らした部屋なのに、どこに何があるか目を瞑っていてもわかるくらい住み慣れた部屋なのに、まるで他人の家みたいに感じる。凄く、遠く感じる……。

 

 「お父さんの部屋……。こんなに広かったんだね……」

 

 「トイレこそないが2LDKじゃけぇのぉ……。お前が来るまで、一人じゃ使い切れちょらんかった……」

 

 「他はあるのにトイレがないとか欠陥住宅じゃない?」

 

 「ホンマにの。じゃが……楽しかったろ?」

 

 「うん…楽しかった」

 

 私は『そろそろ行こう』と言うお父さんに促されて部屋のドアを閉めた。

 ここはもう私の家じゃない。帰って来るのは簡単だけど、私の新しい家は別にある。

 私と旦那が作っていかなきゃいけないんだ。この先子供が出来て、その子供が『帰って来た』と思える家を。笑顔で『ただいま』って言える家を、私と旦那で作っていくんだ。

 

 「おはようございます提督殿!それに桜子」

 

 「おはよう少佐……。ってどうした?何かやつれてるぞ?」

 

 「いえそのぉ……。昨日色々ありまして……」

 

 部屋を出てしばらく歩くと、顔を真っ青にしてやつれている少佐と出くわした。

 そういえば、昨日由良を連れて執務室を出てからどうしたんだろ?執務室には戻らなかったのかしら。まさか……そのまま由良としっぽりしてたんじゃないでしょうね……。

 

 「今日はすまんな。執務の代行、よろしく頼む」

 

 「お任せください提督殿。そうだ桜子。今日は出席できなくてすまないな」

 

 「気にしなくていいわ。お父さんも辰見も円満も出席するんだもの。庁舎を空にする訳にはいかないでしょ?」

 

 「そう言ってくれると助かるよ。だが、これだけは言わせてくれ。結婚、おめでとう」

 

 「ありがと♪少佐もさっさと結婚しなさいよ?相手はいるんだから」

 

 「あ…ああ……。その内にな……」

 

 あれ?『相手はいるんだから』の辺りで一瞬、少佐の顔が恐怖に歪んだように見えたけど……。もしかしてこの人。由良の事が苦手?いやでも、昨日は由良の事で激怒して執務室のドアを吹っ飛ばしてたし……。う~ん……わからん。

 

 「アイツも、根は良い奴なんだがなぁ……」

 

 「確かにねぇ。顔で損してるタイプだわ」

 

 「そう言ってやるな。だが、太ってた頃の方が違和感が少なかったと思わんか?」

 

 「あ~わかる。今は細マッチョであの顔でしょ?違和感あり過ぎて気持ち悪いわよ」

 

 少佐と別れた後、工廠の辺りに差し掛かるまで、私とお父さんは一頻り少佐を扱き下ろした。

 良い人なのよ?気は利くし優しいし、ああ見えて強いし頼りがいもある。それなのに、由良と婚約するまで女っ気は皆無だったんだから顔に問題があったとしか思えないわ。

 

 「あ!神風姉ぇだ!司令官もおはよう!」

 

 「朝風さん。神風じゃなくて桜子お姉さまですよ?おはようございます。司令官さま」

 

 「どっちでもいいじゃないか春風の姉貴。姉貴は姉貴さ」

 

 「桜子姉さん……。桜姉さん……。さっちゃん?」

 

 工廠を過ぎかけた所で、第五駆逐隊の朝風、春風、松風、旗風に見つかった。

 それよりも旗風。上三人はまだいいけど、さっちゃんって何よさっちゃんって。呼び方がしっくりこなかったの?桜子姉さまじゃしっくりこなかったから『さっちゃん』になったの?頭にハテナマーク浮かべてないで、せめて姉さんってつけなさいよ!

 

 「アンタ達早いわね。哨戒帰り?」

 

 「朝風さんに付き合った朝練の帰りです。朝風さんって朝のテンションがやたら高くて……」

 

 「何言ってんのよ春風。朝って最高じゃない!なんでテンション上がらないのよ!」

 

 「僕には朝の五時からこのテンションの姉貴が信じられないよ……」

 

 「そう言えば……。朝姉さんの逆で、夜になると元気になる軽巡が佐世保に居ると聞いた事が……」

 

 その軽巡は絶対に横須賀に来させない方がいいわね。朝も夜も五月蠅くされたんじゃ敵わないもの。もし私の安眠を妨害したら力づくで黙らせてやる。

 

 「アンタ達も今日の結婚式に来てくれるんだっけ?」

 

 「もっちろん!お風呂に入ったらすぐに行くわ!」

 

 「桜子姉さまの花嫁姿……。今から楽しみです♪」

 

 「新郎新婦が誓いの口づけをする瞬間に登場し、花嫁を颯爽と攫って行く……。有りだね!」

 

 「無しですよ松姉さん」

 

 などと軽く雑談を交わした後、『また後でね~!』と言いながら寮の方へ走って行く朝風に引っ張られるように、残りの3人も走り去った。

 ホント、朝から元気ねぇ……。

 

 「お前の結婚式が楽しみでしかたないんだろ。何せ、尊敬するお姉様の結婚式だからな」

 

 「姉らしい事なんて、何もした覚え無いけど?」

 

 「あの子達が着任して今年で4年目だが、最初は色々言われたそうだ。やれ旧式だ、やれスペックが低いだなどとな」

 

 「へえ、そうだったんだ……。気にしてるようには見えないけど……」

 

 「だから、お前の事を話して聞かせた。お前達の一番艦は開戦初期から戦い続け、今では駆逐艦最強と言っても過言ではない。とな」

 

 「そこは全艦娘最強でしょう?タイマンなら、戦艦だろうと空母だろうと沈める自信があったわよ?」

 

 まあ、お父さんは南方に行ってから私がどれ位強くなったか知らなかったから仕方ないけど、さすがに過小評価し過ぎよ。そこは多少盛っても良かったと思うわ。

 

 「今年で4年目って事は、来年には任期の更新か。続けるのかな…あの子達……」

 

 「いや、4人とも艦娘は辞めるらしい」

 

 「そう…そうよね。そっちの方が……」

 

 「4人とも、奇兵隊に入りたいと言っていたぞ?」

 

 「はぁ!?なんでよ!勿論止めたんでしょうね!?」

 

 「勧めはしないが止めもしてない。俺はもう奇兵隊の隊長ではないしな。決めるのはお前だ」

 

 「それは…そうだけど……。あの子達はなんで奇兵隊なんかに入りたがるのよ。折角、戦いから離れるチャンスなのに……」

 

 「わからないのか?」

 

 理由がわからない訳じゃない。むしろ分かりやすすぎる。あの子達は私と一緒に戦いたいんだ。同型艦の一番艦だった私と……。お父さんが言ったことを真に受けて、見たことも無いのに尊敬する事にした私なんかと。

 奇兵隊の仕事が、汚れ仕事だとも知らずに……。

 

 「お前が受け入れられないと言うのならそうすれば良い。だが、よく考えて決めてやれ」

 

 「うん…わかった……」

 

 まったく…厄介な仕事が増えちゃったなぁ……。

 あの子達は実戦経験があるし、艦娘を辞めても内火艇ユニットが使える。剣術の手解きをしてみてわかったけど筋も良い。人を殺す事にさえ慣れれば、奇兵隊でも十分やっていけるわ。

 やっていけるけど…あの子達に人殺しなんてさせたくない。かと言って、あの子達が入隊したいと言うのを無下にも出来ない。

 ホント…困ったなぁ……。

 

 「ん?おい桜子。これが昨日、朝潮が言っていたイタズラか?」

 

 「え?あ…ホントにまだ残ってたんだ……」

 

 工廠を過ぎた辺りで、前を向いて歩いていたら目の端にギリギリ写りこむ程度の位置に設置した小さな看板をお父さんが見つけた。

 『インド人を右に』で始まる、私が一番最初に仕掛けたイタズラ。『これに引っかかるようなバカはいないっすよ~』と、旦那に言われながら一緒に仕掛けたイタズラだわ。二代続けて朝潮が引っ掛かったのを聞いた時は痛快に感じたわね。これはまあ良いんだけど……。

 

 「アレは…流石に残ってないよね……」

 

 「アレ?」

 

 「ううん、何でもな……」

 

 有った……。

 ダルシムを200メートルほど過ぎた建物と建物の間に、ヒッソリと目立たないように設置された例の看板を発見してしまった。

 龍驤…一棟分爆撃の範囲がズレてるわよ……。いくら洋上から爆撃したって言っても、綺麗に一棟分ズラす必要ないじゃない……。

 

 「そう言えばこの辺じゃったか。お前が南方に発って少し経った頃に……」

 

 「お父さん!早く行かないと着換える時間が無くなるわよ!」

 

 「いや、時間ならまだ十分……」

 

 「女の子は男と違って時間かかるの!」

 

 「子じゃないじゃろ子じゃ……」

 

 「うっさい!良いから行くわよ!」

 

 少し強引だったかしら。私に手を引かれてるお父さんが怪訝そうな顔してるわ。

 けど着換えに時間がかかるのは本当だし、あの話をすると結婚式に出たくなくなっちゃうからしょうがないよね。うん、しょうがない。

 

 「あ、来たよ荒潮」

 

 「ホントねぇ。待ちくたびれちゃったぁ」

 

 猫の目が見える所まで来ると、私とお父さんを待っていたと思われる大潮と荒潮の会話が聞こえて来た。

 中で待ってれば良いのに、どうして入口で待ってたのかしら。

 

 「二人は裏へ回ってってぇ、金髪さんが言ってたわよぉ」

 

 「中はまだ準備中なの?」

 

 「そうじゃないけど、桜子さんと司令官には披露宴の時に見て欲しいらしいですよ?」

 

 何か仕掛けでもしてるのかしら。それともサプライズ?お父さんも同じ事を考えてるのか、ジト目で大潮達を見てるわ。

 

 「質の悪いイタズラでも仕掛けてるんじゃないでしょうね?」

 

 「別にぃ、何も仕掛けてないわよぉ?私達はぁ♪」

 

 「ちょっと荒潮。それじゃあ他の人が何か仕掛けてるように聞こえるからやめなよ」

 

 そう言いつつ、大潮も含みがある笑みを浮かべてるじゃない。これは気をつけといた方が良いわね。

 披露宴が始まった途端に、中に潜んだ出席者達から銃を突き付けられてホールドアップ!とか言われるかも知れないし、問答無用で火傷するほどクラッカーでパパパパパパン!とかやられかねない。

 

 「まあ良いわ。裏に回れば良いのね?」

 

 「はい、秋津洲さんが待ってるはずです」

 

 「了解よ。貴女たちはどうするの?」

 

 「私達はぁ、これから受付よぉ」

 

 「貴女たちが受付ねぇ……。ご祝儀をネコババしたりすんじゃないわよ?」

 

 「「……」」

 

 おいこら。どうして二人とも無言で目を逸らす。そこは『しないわよぉ~』とか言って否定するとこでしょうが!それじゃネコババする気でしたって言ってるようなものでしょ!

 

 「ったく!ご祝儀をネコババしなくても貯め込んでるでしょうに」

 

 「あの二人は散財してそうだがなぁ……。貯金をするタイプでもなさそうだし」

 

 ちょっと説教でもしてやろうかと思ったけど、『いいから早く行ってよぉ~』『時間なくなっちゃいますよ?』と言う二人に半ば追い払われるように、私とお父さんは店の外側を通って裏に回った。

 ご祝儀の計算が合わなかったらあの二人を憲兵さんに突き出してやる、と決意を固めて。

 

 「いやいや、あの二人って艦娘歴かなり長いでしょ?お金なんて嫌でも貯まるじゃない」

 

 「金はいくら有っても困りはせん。艦娘を辞めた後のために、出来るだけ使いたくないのかもしれんぞ?」

 

 「あの二人も辞めるの?」

 

 「神風型の子達のように今年いっぱいと言う事はないが……。大潮は養成所の教官。荒潮は元艦娘を対象にしたカウンセラーになりたいと言っていた」

 

 へぇ、あの二人が教官とカウンセラーねぇ……。

 荒潮は白衣を着たらザ・女医って感じがしそうだけど、大潮はどうだろう……。あの子に養成所の教官なんて務まるのかしら。

 

 「遅いかも!待ちくたびれちゃったかもぉ!」

 

 「かもかもうっさい。鍋にするわよ」

 

 「鴨鍋か…もう何年も食ってないな……」

 

 「かもぉぉ!?アタシは食べても美味しくないかも!」

 

 店の裏にある宿舎が見えた途端、玄関の前に仁王立ちした秋津洲に文句を言われた。

 食われたくないならかもかも言うんじゃない。

 お父さんが『鴨…そうだな、鴨もいいな…いやしかし……』とか言って悩み始めたじゃない。この人、絶対近い内に食べに行くわよ。数日悩んで、結局食べに行くのがいつものパターンなんだから。

 

 「で?裏に回れって言われたから来たけど何するの?」

 

 「何って着換えに決まってるかも?総隊長はバカかも?」

 

 「ほう?良い度胸だ。その厚化粧を削り落としてやる」

 

 「厚化粧ですって!?し、失礼かも!」

 

 「良いから早く案内しなさいよ。ホントに削るわよ?」

 

 『鬼ー!悪魔ー!』などと失礼な事をほざく秋津洲に案内され、私とお父さんは別々の部屋に通された。

 まあ、お父さんはのんびりとお茶でも飲んでなさい。私の着替えが終わるまで、お父さんの出番はないんだから。さて、そうと決まれば、桜子さんは花嫁姿にドレスアップするとしますか。

 

 「う~んやっぱ慣れないなぁ。こういうヒラヒラした服」

 

 「ちょっと!動かないで欲しいかも!」

 

 「はいはい、わかりましたよ~っと」

 

 着替え始めて数分、大まかに着てみたドレスのスカートのヒラヒラ加減に若干辟易してしまった。これを選んだ時には単純に可愛いって思ったのに、実際に着てみたらウザいのなんの。

 それ以上に慣れないのはコレね。

 秋津洲と数人の女性隊員に着換えさせて貰ってるんだけど、人に服を着せて貰うなんて大人になって初めてだから少し恥ずかしいわ。

 

 「出来たかも!馬子にも衣装とはこの事ね!」

 

 「アンタの二式大艇、明日にはスクラップになってると思え」

 

 「かもぉ!?」

 

 おバカな秋津洲は放っといてっと……。

 ふむ…姿見に映ったドレスアップした私は中々……いやかなり…いやさ超絶!それでも足りないわ!私の美しさに見合う言葉が見つからない!

 だって、ホワイトの生地に薄いピンク色をした桜の花びらでグラデーションをつけたデザインの、プリンセスラインと呼ばれる種類のウェディングドレスに身に包んだ私は正に美の女神なんだもの!

 などと自分の姿に満足していると、部屋の外から話声が聞こえて来た。

 この声は……お父さんと今日の司会を頼んでる金髪?

 

 『お、おい。本当にこの格好で良いのか?士官服の方が……』

 

 『問題ねぇって。姐さんも、そっちの方が絶対喜ぶからよ』

 

 お父さんも着替えたの?新婦入場の時のエスコートはてっきり士官服でやるんだと思ってたのに……。それに、私が喜ぶ格好って……。

 

 「お父さん…その服……」

 

 「アイツがどうしてもと言うのでな……。やっぱり、士官服の方が良いか?」

 

 ドアを開けて、照れくさそうにしながら入って来たお父さんは、もう何年も着ていないカーキ色の陸軍服を身に纏っていた。

 懐かしいな……。

 昔より少し老けちゃったけど、あの日、私を助けてくれた英雄がそこに居た……。

 

 「ううん……それが良い……」

 

 「そうか、お前が良いんなら良い」

 

 10年…経ったんだね……。

 あの日とは場所も状況も違う。私が何もかも失ったあの日に現れた英雄の顔には皺が増え、あの日薄汚れて呆然とする事しか出来なかった私は綺麗に着飾ってる。

 それなのに、私とお父さんだけ10年前に戻ったような気がしてくる……。

 

 「行くぞ、桜子。時間だ」

 

 「うん……」

 

 私は秋津洲からブーケを受け取り、お父さんの左腕に右手を添えて部屋を出た。

 あの頃は、こんな日が来るなんて夢にも思わなかったなぁ……。照れ臭いし、寂しいし……。お父さんもどんな顔していいのかわからないらしく、中々私の方を見ようとしない。美しい私を見たら目が潰れるとでも思ってるのかしら。

 

 「ねぇ…何か言ってよ……」

 

 「あ、ああ…その…なんだ……。綺麗に…なった」

 

 「ホ…ホント?」

 

 「ああ、本当だ……」

 

 そっか…綺麗か……。お父さんにそう言われると少しこそばゆい……。

 だって、たまに私がお洒落したって『ああ』とか『拾い食いでもしたか?』とか言って、まともな感想を言った事がないお父さんが、素直に綺麗だなんて言ってくれるのって今日が初めてなんだもん。

 

 「ワーグナーか。定番だな」

 

 「定番は嫌?」

 

 「嫌ではないさ。ただ…弥が上にも、今から結婚式なのだと実感させられてしまってな」

 

 「そうだね……。スカートの裾、踏んじゃダメよ?」

 

 「任せろ。お前こそ躓くなよ?」

 

 「私を誰だと思ってるの?お父さんと一緒に歩くのは慣れてるわ」

 

 暗幕で外が見えない様にされた宿舎の玄関まで来ると、ワーグナーの結婚行進曲が流れ始めた。外には大勢の人の気配。

 これから私は、玄関から猫の目の裏、普段、奇兵隊員達がたむろしてる広場に急遽作られた、何を祀ってるか不明の祭壇に向かって伸びるバージンロードをお父さんにエスコートされながら歩いて行く。お父さんの娘として歩く、最後の道を。

 

 「そうか。じゃあ、出撃するとしよう」

 

 「ぷっ…♪結婚式で出撃はないでしょ」

 

 「俺たちらしくて良いんじゃないか?」

 

 「良いとは思うけど、そこは抜錨にしましょうよ。私が元艦娘だって事、忘れちゃった?」

 

 「忘れられる訳がないだろう。お前がそっちの方が良いと言うならそうしよう」

 

 うん、私の抜錨に付き合って。貴方と同じ苗字じゃなくなり、新たな苗字を与えられた、神藤(しんどう)桜子としての初めての抜錨に。貴方に育てられた私が、貴方から巣立って行くための抜錨に。

 

 「神道桜子!いざ、抜錨します!」

 

 私の言葉を合図に玄関が開け放たれて日の光で目が一瞬眩んだ後、真っすぐ伸びる白いバージンロードと、その両脇に整列する参列者たちが敬礼する姿が目に映った。

 拍手じゃなくて敬礼なんてって思われるかもしれないけど、私はこっちにして良かったと思ってる。拍手よりも、敬礼の方が軍で生きて来た私にはお似合いだもの。

 その先には、意外と似合う白いタキシードに身を包んだ私の最愛の人。これから私が支え、私を支えてくれる人が待っている。

 

 (みんな、来てくれたんだ……)

 

 お父さんの半歩後ろで、一歩一歩歩を進める度、参列者たちとの思い出が蘇ってくる。奇兵隊のみんな。大潮、荒潮、円満。神風型の妹達。そして……。

 

 『だから!執務室でお昼寝をするのはやめてと、いつも言ってるでしょ!』

 

 鳳翔さん。

 呉に居た頃は毎日のように小言を言われていた。けど、鳳翔さんの小言がなかったら、私はズボラを絵に描いたような女になっていたかもしれない。ありがとう。私を叱ってくれて。

 

 『……耳を塞げ神風、鼓膜が破れても知らんぞ』

 

 長門。

 貴女も立派になったわよね。自分の砲声に怯えて泣いていた頃の貴女が懐かしく感じるわ。今の貴女は正真正銘の戦艦長門。横須賀の守護神よ。だから、あの時私を守ってくれたように、これからもみんなを守ってあげてね。ありがとう。あの時私を守ってくれて。

 

 『砲撃も艦載機もいらねぇ!オレが全部片づけてやるよ!』

 

 辰見。

 貴女には本当に苦労させられた。でも、同じ位私を助けてくれた。最初は戦死に見せかけて殺してやろうと思うくらいのバカだったのに、気がつけば私が背中を預けるほど頼りがいのある艦娘になっていた。貴女とケンカした日々は、私にとって大切な宝物よ。ありがとう。私とケンカしてくれて。

 

 『天龍ちゃんを…お姉ちゃんを、おね…がいねぇ……。きっと……泣いちゃうから……』

 

 龍田。ここには居ない龍田。

 貴女は私を祝福してくれる?貴女に引導を渡した私を……。貴女と出会わなければ、私は鬼風に勝つ事は出来なかった。鬼風を追おうとも思わなかったかもしれない。貴女に出会ったから、私は強くなれた。生きてここに帰って来れた。ありがとう。私を強くしてくれて。

 

 『わ、私をお母さんと呼ぶ練習をしておいてください!』

 

 朝潮。私が最初に『お母さん』と呼んでも良いと思った朝潮。

 貴女とは、お父さんを取り合って辰見と同じ位ケンカしたよね。けど、貴女は死んでしまった。お父さんのためにその命を散らした。その事のお礼を言いたいけど、貴女に伝える手段が私にはこれしかない。

 今日、お父さんに幸せそうな笑顔をさせる事を、貴女への手向けとさせてちょうだい。ありがとう。私の一番の親友。

 

 『はい。お任せください』

 

 そして、もう一人の朝潮。私が初めて完全敗北した朝潮。お父さんの最愛の人……。

 貴女が居るから、私は安心して嫁ぐ事が出来た。貴女が居てくれたから、私はお父さんの元から巣立つ事が出来た。貴女が居なかったら、私はいつまでもお父さんに甘えたままだったかもしれないわ。ありがとう。私の三人目のお母さん。

 

 「娘を…よろしく頼む」

 

 「はい。お任せください」

 

 思い出を振り返ってたら祭壇の前に着いてしまった。お父さんに私の事を頼まれた旦那は、普段は絶対にしない真剣な顔で、私を負かした時の朝潮と同じセリフを言った。

 あの日、ハワイで中枢棲姫の艤装を撃破した後『さあ、帰るっすよ。姐さん』と言った時と同じ、この人のモノになってもいいやと思えるくらい格好いい表情で。

 

 「セリフ。覚えてるっすか?」

 

 「勿論よ。貴方も、噛んだりしないでよね?」

 

 入場が済んだら誓いの言葉だ。

 けど、私達に信じる神は居ない。信じているのはお互いだけ。お堅いセリフなんていらないわ。私達は私達らしく、言葉を紡ぐだけ。

 さあ、誓いの言葉を言いましょう。私と貴方のこれからと、今日集まってくれたみんなに捧げる、私たちの誓いの言葉を。

 

 「「本日、私たち二人は、皆様の前で結婚の宣言をいたします」」

 

 「ケンカもするでしょう。いいえ、私たち二人がケンカしないなんて有り得ない」

 

 「だけど自分らは、それを見た人たちが『またやってらぁ……』と呆れて羨ましがる夫婦で在りたいと思います。いや、絶対にそうなるっす」

 

 「ツルッパゲで、どこからどう見てもチンピラにしか見えない旦那だけど」

 

 「ガサツで乱暴で、口より先に手が出る女房だけど」

 

 「「私たちはお互いを心の底から愛しています」」

 

 「だから見守っていてください。私達二人のこれからを」

 

 「そして羨んでください。自分ら二人が作る幸せな家庭を」

 

 「「どうだお前ら!羨ましいだろ!今、私達二人は世界で一番幸せだぞ!」」

 

 TPOを無視したような宣言。いや、ケンカを売ってると言っても過言じゃないわね。

 けど、みんな歓声と拍手で私たちの宣言を受け入れてくれた。何人かは呆れてるけど、それでも祝福してくれてるのがわかる。

 ありがとう。こんな私達を祝福してくれて。

 

 「さあ!ブーケトスの時間よ!独り者共は私の前に集まりなさい!」

 

 そう言った途端、男共をかき分けて殺到し始める女共。

 ブーケをキャッチできた人が次の花嫁になるとか言う言い伝えはあるけど迷信の類よ?そんなに必死にならなくても良いじゃない。鳳翔さんなんか昨日の晩並に鼻息荒いし。

 

 「行くわよ~?せーのっ!」

 

 私は後ろを向き、狙いなんか付けずに適当にブーケを放った。

 さてさて、ブーケを見事キャッチするのは誰かしら。朝潮?それとも鳳翔さん?意外と、長門や辰見って線もあるわね。

 

 「え?私……?」

 

 お、誰かがキャッチしたみたいね。なんだか困惑してるみたいだけど……。しかもこの声。この声はたぶん……。

 

 「やったじゃない円満。次の花嫁は貴女ね」

 

 振り向いてみると、ブーケを両手で抱えた円満と目が合った。

 本当に私でいいの?と目で語ってるわ。周りの女共も、若干悔しそうな顔はしてるけど円満を祝福してる……よね?してあげてね?こういう時くらい。

 けど、言い伝えが当たっちゃうと、3人目のお母さんが円満になる可能性が……。

 いや、気にする必要ないか。所詮は迷信だし、相手がお父さんとは限らないもの。

 そう言えば…円満は昨日の晩お父さんと上手くやれたのかしら。部屋に戻った時の記憶が無いからわかんないけど……。まさか、良い所で邪魔とかしてないよね?

 

 「それじゃあ披露宴と洒落込むぞ~。野郎共!飯とテーブル運んでこ~い!」

 

 司会の金髪がそう言うと、逆三角形の体型を無理矢理タキシードに詰め込んだような奇兵隊員達が丸テーブルと料理を次々に運んで来た。

 披露宴はノータッチだったけど、屋外でヴュッフェ形式にしたのね。人数を考えればそれが正解だわ。

 けど…だったら私とお父さんを店の中に入れなかったのはどうしてなんだろう?何か仕掛けてるんだとばかり思ってたのに……。

 

 「ねえ、店の中は使わないの?」

 

 「後のお楽しみっす。取り敢えず飯食いましょう」

 

 この様子だと旦那は知ってる。

 何を仕掛けてるのか想像もつかないけど、警戒しといて損はないわね。お父さんも同じ事を考えたのか、何かを警戒してるし。

 

 「それじゃあ宴も酣になってきたとこで、姐さんと提督殿には泣いて貰うとするぞ!」

 

 秋津洲と二式大艇の腹話術。朝潮、大潮、荒潮によるトリオ漫才(終始朝潮がからかわれただけ)。長門、鳳翔さん、辰見の3人が歌ってくれた『結婚闘魂行進曲マブダチ』などの余興が一通り終わった頃、司会の金髪がなんとも不穏な事を言い出した。

 披露宴の流れ的には親への感謝の手紙だけど……。

 

 「ハウス……オープン!」

 

 「はぁ!?」

 

 金髪の合図と共に、私の席の後ろにある猫の目壁が左右にスライドし、屋根が上に開いた。

 その内側には一面の桜並木。奥側の壁は流石に絵だろうけど、私の背後に季節感ガン無視の桜の森が現れた。

 なんて手間とお金がかかる事を……。

 

 「い…いつの間にこんな改造を……」

 

 「ハウス自体は元々そういう設計だったんっすけど、飾り付けは昨日の晩に突貫工事でなんとかって感じっす」

 

 いや、なんでそういう設計にしたのよ。もしかしてこの日のため?この日のためだけに、こんなドールハウスみたいに開く設計にしたの?バカなんじゃない!?

 いや…オープンカフェとして使えるかしら。開いた先に見えるのがゴリラの溜まり場と言う事にさえ目を瞑れば……。

 

 「そんじゃあ、姐さんと提督殿とついでにハゲは桜並木の真ん中に。テメエら!超絶レアな姐さんと提督殿の泣き顔を写真に収める準備はいいかー!」

 

 『おおぉぉぉ!』

 

 なんて悪趣味な……。私とお父さんの泣き顔を写真に収めるですって?そりゃあ、私が可愛くて仕方がないお父さんはガン泣きするでしょうけど、私は絶対に泣かないから。お父さんを泣かせるだけ泣かせて慰めてあげるんだから!

 

 「ハゲてねぇっす……。剃ってるだけっす……」

 

 「はいはい。そういう事にしといてあげるからサッサと行きましょ」

 

 私はハゲと言われて若干落ち込んだ旦那を伴って、朝潮に押されて桜並木の真ん中に移動したお父さんの前に立った。

 流石に恥ずかしくなってきたわね……。お父さんも、朝潮がさっさと参列者の中に戻っちゃったからどうして良いのかわからずに目を泳がせてるし。

 

 「桜子さん」

 

 「わ、わかってる…ちゃんと読むわよ……」

 

 旦那に促されて、私は隠し持っていた手紙を広げた。私が初めて書いた、お父さんへの気持ちを全て込めた手紙を。

 

 「お父さんへ。私がお父さんの娘になって10年が経ちました。初めてお父さんって呼ぶまで9年もかかっちゃったけど、ずっと父親のように思っていました」

 

 あ、既に顔を歪めて、お父さんが泣きそうになってる。まだ泣くには早いわよ?まだ序盤なんだから。

 

 「いっぱい迷惑かけたし、いっぱい叱られた。でも、同じくらいいっぱい褒めてくれた。お父さんが褒めてくれたから…私は戦い続ける事が出来ました……」

 

 やば…私も目頭が熱くなってきちゃった。お父さんもそろそろ限界かな?顔を歪めたひょっとこみたいになってるし。

 

 「南方に居た時も寂しくなんてなかった。だって、いつも傍にお父さんを感じてたから……。離れていても、お父さんが傍に居てくれてるのがわかっ…わかったから……」

 

 マズい…私も限界が近いわ。泣くつもりなんてなかったのに。泣いたお父さんの横で笑いながらピースしてやるつもりだったのに。

 手紙を読み進める毎に、お父さんとの思い出が甦って来て私の感情を昂ぶらせて行く。

 

 「だから、今日はお礼を言わせてください。あの日、私を助けてくれてありがとう。生き方を教えてくれてありがとう。娘に…してくれてあり…がとう……。今まで……今…まで……」

 

 ダメだ…これ以上言葉が出ない……。あと、たった一言を言う事が出来ない。

 だって、言ったら終わっちゃうもの。この一言を言ってしまったら私とお父さんの『これまで』が終わっちゃう。そう思ったら、涙が溢れて言葉が出て来なくなっちゃった……。

 

 「う…うぇ……うぅぅ……」

 

 「桜子…聞かせてくれ。最後まで……」

 

 お父さんも泣いてる。お父さんも私と同じ事を考えてるんだ。それなのに、お父さんは最後まで聞かせてくれと言っている。お父さんは終わらせたいの?終わらせて良いの?

 この一言を言ったからと言って、私とお父さんの縁が無くなる訳じゃないのはわかってる。でも終わっちゃうの。私が最後の一言を言ったらそこで終わっちゃう。私とお父さんの物語が終わっちゃうんだよ?

 

 「無…理……。わた…私……」

 

 「桜子さん。大丈夫っす」

 

 何も言えなくなってしまった私の背中を旦那がゆっくりと摩ってくれてる。背中を摩られる毎に、気持ちが少しづつ落ち着いて行く。そっか…貴方は背中を押してくれてるのね。私とお父さんの『これまで』を終わらせて、私と貴方の『これから』を始められるように。

 

 「お父さん……」

 

 言うのよ桜子。見っとも無く泣いたって良い。ギャラリーにどう思われたって関係ない。今この場所には私と旦那とお父さんだけ。この一言を言えば、儀式は終わりなんだから。

 

 「い、今まで…一緒に……一緒に……」

 

 大丈夫。言える。私の背中は旦那が支えてくれてる。お父さんも私の言葉を待ってくれてる。涙とはな水で顔はグチャグチャだし、嗚咽のせいでまともに口は動かないけど。それでも言える!言いなさい!桜子!

 

 「……一緒に居てくれて…あ゛り゛がどう……」

 

 「ああ……。俺からも礼を言わせてくれ……。今までありがとう…桜子」

 

 その一言と共に、私は声を上げて泣きながらお父さんの胸に飛び込んだ。お父さんも大声を上げて泣いてる。

 鬼の目にも涙ってこの事ね。人間を簡単に吹き飛ばす化け物に、刀一本で立ち向かうお父さんが子供みたいにわんわん泣いてる。泣きながら、苦しくいくらい強く、私を抱きしめてくれてる。

 この日、10年前に始まった私とお父さんの物語は幕を閉じた。

 全てを失った少女と、全てを失った軍人の物語が……。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 「はぁ……さっぱりした……」

 

 披露宴が終わった後。二次会に向かう面々と別れた私と旦那は、お父さんが新設してくれた新居でのんびりとしていた。

 私達も二次会に参加するつもりだったんだけど、変に気を使った辰見達に置いて行かれちゃったの。

 ちなみに、私はさっきまでお風呂に入ってたわ。ほら…結婚式後の晩と言えばやっぱり…ねぇ?わかるでしょ?

 

 「あ、やべっ!」

 

 「何見てんの…って、そのノート……」

 

 「いやそのぉ……。桜子さんが風呂に入ってる間に、朝潮さんが持って来てくれて……」

 

 持って帰るの忘れてた……。旦那が居間のソファーに腰掛けて見てたのは私の日記帳だ。お父さんの部屋に置きっぱなしにしてるのを朝潮が見つけて、わざわざ届けてくれたのね……。

 

 「別に見ても良いわよ……。貴方なら……」

 

 「い、良いんすか?」

 

 「逆に、何でダメだと思ったのよ。貴方は私の旦那でしょ?」

 

 おっ、『う、うっす…』とか言いながらハゲが赤くなった。首から上だけ見たら完全に茹で上がったタコだわ。美味しくなさそうだけど。

 

 「で?感想は?」

 

 「まだ最初の方しか読んでないっすけど……。色々あったんすねぇ……」

 

 「もうちょっとマシな感想言えないの?まあ、色々あったのはその通りだけど……」

 

 「あっ!これを元にして自伝でも書いたらどうっすか?意外と売れるかもしれないっすよ」

 

 「はぁ?自伝~?」

 

 ふむ。確かに有名人とかが自伝を出す事はあるわね。たまに『コイツ誰?』って人まで自伝を書いてる事があるし。

 そう考えると、美人で書くネタも豊富で、しかも中枢棲姫討伐の立役者である私が自伝を書いて出版しないなんて不自然。いや、異常と言っても良いかもね。

 

 「良いわねそれ。けど、そうなるとタイトルが必要だわ。何か良いのない?」

 

 「タイトルっすか……。そうっすね……。」

 

 いや、タイトルを聞かれてなんで私を見るのよ。私に見惚れる気持ちはわかるけど、さすがにじ~~っと見つめられたら照れ臭いんですけど……。

 

 「緋色……」

 

 「ヒーロー?いや、確かに私は英雄と言えなくもない事はしたけど……」

 

 それでも、自伝のタイトルにデカデカと『ヒーロー』ってつけるのは自意識過剰過ぎなんじゃないかなぁ……。

 

 「それでも良いっすけど、自分が言ったのは『緋色』っす。ほら、この字」

 

 あ~こっち?

 横に座った私に、旦那がすまーとふぉんを操作してどんな字か教えてくれてようやくわかったけど、なんで緋色なんだろ?髪が赤いから?

 

 「自分の目には、桜子さんが戦場を駆ける様はまるで風のように見えたんす。だから『緋色の風』……。なんてのはどうっすかね?」

 

 緋色……。

 あの日の燃え盛る炎と、あの日の返り血を連想させる色。私が、大嫌いだった色……。だけど、今は私の色。今では大好きになった色。うん、良いわ。それで行きましょう。

 

 「良いわねそれ。貴方にしてはまともなネーミングだわ」

 

 私がそう言うと、旦那はお父さんと同じくらいゴツゴツした大きな手で頭を優しく、愛おしむように撫でてくれた。

 

 「本当に、書いてみようかな……」

 

 いや、書こう。

 自己満足ためなんかじゃない。勿論、お金のためなんかでもない。

 いつか来る、顔も知らないあの子のために。きっと自分の境遇に落ち込んじゃうその子が、堂々と胸を張ってその名を名乗れるように。

 10年間戦場を駆け抜けた……。いや、吹き荒れた私の物語を書いてその子に捧げよう。

 誰よりも弱く、誰よりも生き汚ない。

 けど、誰よりも必死に戦った私の物語。

 

 駆逐艦 神風(緋色の風)の物語を。




 エピローグ『私の名は』を3/12 20時前後に投稿予定です。


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