艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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私の名は

 

 

 平成元年。

 年号が正化から平成に変わったこの年、私は念願叶って艦娘となり、配属されるならここが良い!と、思っていた横須賀鎮守府に見事配属された。

 

 「そこまでは良かったんだけど……」

 

 一か月もしない内に、色々と不満が出て来た。

 露出は少ないけど、思ってたよりも自己主張の激しい派手な色の制服。頭のリボンが黄色なのがせめてもの救いね。さらに、部屋が広々と使えるのは嬉しいけど、私が所属する第一駆逐隊は何故か私一人。

 まあ、ここまでもまだ良いかな。

 不満の元凶は私が適合した艤装。

 あちこち傷だらけで、何度掃除しても錆が浮いてくるほどボロボロ。最初見た時はスクラップかと思ったわ。けど、艦娘になったからには精一杯頑張ろうと無理矢理意気込んだ。訓練だって毎日真剣にやってる。

 それなのに……。

 

 「また…叱られちゃった……」

 

 私は何故か、軽巡の先輩に良く思われていないらしい。

 何か気に障る事をしたのかなと悩んでいたら、数年先輩の駆逐艦の人が『貴女の先代が無茶苦茶してたから』だと教えてくれた。

 どうも私の先代は、軽巡の先輩が駆逐艦に教えてるやり方を真っ向から否定するような行為を繰り返していたらしいわ。詳細まではその人も知らないらしいけど……。

 それに加え、私は他の駆逐艦に比べて性能が低く、他の子が一撃で沈めちゃうような相手にさえ二撃目、三撃目を必要とする。

 そんな自分の境遇を悲観して、私は訓練終わりに艤装も仕舞わず、工廠裏の堤防に体育座りで絶賛落ち込み中な訳です。

 

 「艦娘…辞めちゃおうかな……」

 

 勿論本気で言った訳じゃないし、無理なのもわかってる。私は着任したばかりだもの、任期は丸々残ってるわ。それに……。

 

 「良くしてくれた人達に申し訳ない……」

 

 軽巡の先輩達とは逆に、司令官と円満中尉と辰見少佐。それに、なぜか第八駆逐隊の人達。特に、司令官はやたらと私を気遣ってくれる。気づいたら背後に居る事が多いわ。

 私が暗い顔をしてるのを見る度に『どうしたんだ!?腹でも痛いのか!?』とか『腹減ってないか?執務室に菓子があるが、一緒にどうだ?』って感じで心配してくれるの。お腹の心配ばかりされてるのは気のせいかしら……。

 

 「良い人だとは思うんだけど……」

 

 うん、良い人だとは本当に思う。なぜか懐かしいと言うか、親しみやすそうって言うか……。そう!お父さんみたいな感じがするし!けどあの人、ロリコン…らしいのよね。

 着任してすぐくらいに、駆逐艦の人から『あの人はロリコンだから出来るだけ近づいちゃダメよ』って注意されたもん。

 けど、もしかして司令官に気にかけられてるから、先輩たちの私に対する風当たりも強いのかなぁ……。

 

 「ていっ!」

 

 「え……?」

 

 私が飽きもせず『はぁ……』とため息を吐こうとした瞬間、妙に可愛らしい掛け声と共に背負っている艤装を押された。押されたは良いけど…このままじゃ私……。

 

 「落ちっ……!」

 

 「ないんだなぁこれが♪」

 

 私が堤防の下の海に顔面からダイブするのを半ば覚悟した時、ガシッ!と艤装を掴まれてなんとか落ちることは免れた。

 危なかったぁ……。もう!誰よ!人が落ち込んでる時にこんな質の悪いイタズラをするのは!

 

 「イジケ虫見~つけた♪」

 

 「あ、貴女……誰?」

 

 私の後ろに居たのは、紅いロングヘアを風に靡かせ、腰に一冊の本を抱えて堂々と仁王立ちする黒スーツの女性。凄い美人だわ……。美人なだけじゃない。その紅い瞳は、全てを圧倒するような自信に満ちている。私と同じような色の瞳と髪をしてるのに、たぶん中身は正反対だわ。

 

 「何イジケてんの?こんな所で」

 

 「あの…私の質問に……」

 

 「あ、これ食べる?さっき執務室でクスねて来たみたらし団子。美味しいわよ?」

 

 ダメだ。この人は私の話を聞く気がないらしい。問答無用とばかりに私の隣に座って、どこからか取り出したみたらし団子を差し出して来たわ。

 まあ、美味しそうだから頂くけど……。ってぇ!今この人なんて言った!?執務室からくすねて来たって聞こえたんですけど!?

 

 「訓練見てたけどさぁ。なんであんなにビクビクしながら動いてるの?あれじゃまともに動けないでしょ」

 

 「別にビクビクなんて……それより貴女は……!」

 

 「一番見てられなかったのは射撃ね。どうして、中途半端に艦隊から離れた位置で撃ったの?」

 

 うわぁ…人の話を聞かないタイプの人だぁ……。苦手なのよねこういう人。

 鎮守府に居るって事は不審者じゃないんでしょうし、執務室に出入りできるって事は司令官と近しい人。もしくは部下か何かなんでしょうけど……。相手しなきゃダメなのかなぁ……。

 

 「それは……。私は旧型だから他の人より近づかないと……」

 

 そうしないと、深海棲艦を倒せない。

 でも、それが原因で今日は怒られた。

 あれでは艦隊行動を乱す。被弾の可能性も跳ね上がる。どうしてそんな無茶をしようとするの?って。けど、私はそうしないといけないの。そうしなきゃ敵を倒せないの!だから訓練でもそうしようと思ったの!それなのに…怒られた……。

 

 「旧型ですって?バカね。駆逐艦の実力はスペックじゃないのよ?」

 

 「バ、バカぁ!?知った風な事を言わないでください!貴女に何がわかるんですか!」

 

 それとも何?貴女は元駆逐艦とでも言うの?もしそうだとしても、きっと私より新しい艦型だったんでしょうね。だからそんな上から目線でものが言えるんだわ。

 貴女なんかに、先輩から嫌われ、性能の低さをどうにかしようともがいてる私の気持ちがわかるもんか!

 

 「わかんないわよ。私は貴女みたいに、性能の低さを言い訳にしてイジケた事なんてないもの」

 

 「言い訳……?私は言い訳なんてしてない!」

 

 「してるわよ。私言ったよね?『どうして、中途半端に艦隊から離れた位置で撃ったの?』って。もっと近づきなさいよ。あんな位置じゃ、直撃させても大したダメージは期待できないわ」

 

 「え……?でも、あれ以上近づいたら艦隊行動に支障が…それが原因で怒られたし……」

 

 「だからね?それが一番間違ってるのよ。なんでそんなヘボい奴らと一緒に訓練してるの?」

 

 いや、なんでって……。駆逐艦は軽巡の先輩に指導されるもので……。

 それに、性能の低い私じゃ一人で深海棲艦を倒せない。倒すためには艦隊で行動するしかない。だったら、誰かと一緒に訓練するしかないじゃない。一人じゃ、艦隊とは言えないんだから。

 

 「敵を倒すために、他人より接近して攻撃しようとした事自体は否定しない。むしろそうしなさい。でも貴女、自分一人じゃ敵を倒せないって思ってるでしょ。だから、あんな中途半端な距離で撃ったんじゃない?」

 

 「それは……」

 

 何も言い返せない。だってその通りなんだもん。

 いや、それが私がしている言い訳か。この人は私の射撃風景を見て、性能の低さを理由に中途半端な事をしてるのに気づいたんだわ。

 性能の低さをカバーしようと少しでも前に出ようとしてるクセに、結局私は他人を当てにしてる。だから中途半端な距離で砲撃した。

 私はこの人が言う通り、性能の低さを言い訳にして中途半端な行動を取り。性能の低さを言い訳にして他人から離れないでいる。

 その結果が、工廠裏での体育座りか……。

 

 「貴女がちょっと接近しただけで艦隊行動を乱すような奴らなんかと訓練するのはやめなさい。そんな奴らに合わせてたんじゃ、貴女はいつまで経っても強くなんてなれないわ」

 

 「だったら……。私はどうすれば……」

 

 「そんなの簡単よ。まずは一人で強くなりなさい」

 

 私一人で?どうやって?

 私は艦娘になりたての新米。日々の訓練を熟すだけで精一杯なのよ?一人で訓練するって言っても、いつもやってる訓練を一人で熟すだけで強くなれるとは思えないわ。

 

 「貴女、何か勘違いしてない?一人で強くなれと言ったけど、誰にも師事するなとは言ってないわよ?まあ、一人で試行錯誤するのを止めはしないけど」

 

 「けど、私なんかに教えてくれる人なんて……」

 

 居るとは思えない。艦隊行動を共にするだけで人に迷惑をかける私を指導してくれる人なんて……。

 そんな私が誰にも師事せず、一人で強くなろうと思ったら他人とは違う事をするしかない。普通の艦娘がやろうとしない、邪道と蔑まれかねない事に手を出すしか……。

 

 「邪道に手を出すしかない。とか思ってる?」

 

 「いや…その……。はい……」

 

 「そう、それで良いの。弱い貴女が強くなろうと思ったら邪道に手を出すしかない。でも、誤解しちゃダメよ?邪道が正道に劣るとは限らない」

 

 「けど……」

 

 「他の子に嫌われるのが嫌?」

 

 「人に嫌われるのが好きな人なんて居ないと思いますけど……」

 

 いや、『そうかなぁ?』とか言ってますけど、もしかして貴女は好きな人ですか?それとも気にしないだけ?どちらにしても、私とは考え方が根本から違うのは確かだわ。

 

 「良い事教えてあげる。軽巡共が邪道と蔑む技術を極めれば、極端な例だけど戦艦水鬼すら単独で撃破できるわ」

 

 「本当ですかぁ~?」

 

 「うわっ!何よその『信じられな~い』って顔!本当なんだから!そんなに信じられないなら……。貴女、朝潮って知ってるでしょ?秘書艦の。あの子に聞いてごらんなさい、単独で戦艦水鬼を倒したのはあの子だから」

 

 「朝潮さんが!?」

 

 信じられない……。

 朝潮さんは司令官の秘書艦で、真面目を絵に描いたような人なのよ?そんな人が邪道を極めてる?しかも、戦艦水鬼を単独で倒した!?

 噂で、あの人が『戦艦殺し』と呼ばれてるのは聞いた事があるけど、私はてっきり長門さんを殴り飛ばしてるからそう呼ばれてるんだと思ってたわ。 

 

 「ああでも、あの子に教えを乞うのはやめときなさいね?あの子、教えるのすっごい下手くそだから」

 

 「じゃあどうすれば……」

 

 「そうねぇ……。円満は知ってる?その子に頼んでみなさい。朝潮を鍛え上げたのは円満なんだから」

 

 「円満中尉も元艦娘なんですか!?」

 

 しかも朝潮さんを鍛えた?だったら、是非とも師事したいところだけど……。私みたいな新米のお願いを聞いてくれるのかしら。他の人たちと合わないから別に訓練してくれなんて我儘なお願いを……。

 

 「そうよ。貴女が本当に強くなりたいならお願いしてみなさい。今のままで良いなら、そのまま不貞腐れてればいい」

 

 「でもそれは……」

 

 一人になるという事じゃないんですか?貴女言いましたよね。軽巡の先輩たちが邪道と蔑む技術だって。それを学ぶと言う事は、強くなれる可能性と引き換えに孤立するって事じゃないんですか?

 

 「孤立する事なんて心配しなくていい。最初は孤立するかもしれないけど、それは一時だけよ」

 

 「どうして、そんな事がわかるんですか?」

 

 「強くなった貴女に惹かれて集まって来るからよ。誰よりも強くなったと貴女が思えた時、周りを見てごらんなさい。きっと、貴女の強さに見合う仲間が居るはずだわ。貴女と、肩を並べて戦ってくれる仲間が」

 

 「本当に……?」

 

 「ええ、本当よ。この私を信じなさい」

 

 と、今日初めて会ったばかりの紅い女性は胸を張ってそう言った。

 この人が言ってる事は、私からしたら荒唐無稽の理想論だ。だけど、不思議と信じられる。だって、実体験を語ってるみたいに自信を持って言ってるんだもの。

 この人が言うなら『艦娘は空だって飛べる』って言われても信じちゃうかもしれないわ。

 

 「そうだ。これあげるわ。今日製本が終わって届いたばかりなの」

 

 「え?あ、ありがとうございます……」

 

 脈絡もなく手渡された本はハードカバーの四六判。表紙には、赤い髪を風になびかせた女性の横顔が水彩画で描かれている。タイトルは……『緋色の風』?童話か何かかしら……。

 

 「その本にはね。とある駆逐艦の半生が書かれてるの」

 

 「はぁ……」

 

 私は曖昧に返事をして、なんとなしに硬い表紙を捲ってみた。そこには印刷ではなく、直筆でこう書かれてあったわ。『この物語を、落ち込んでる次代の私に捧ぐ』と。

 次代の私?そんな文言が書かれた本をどうして私に……。

 あ…そういう事?この人、もしかして……。

 

 「貴女は…私の……」

 

 私のその反応で、隣に座った紅い髪の人は私がその事に気づいたのを察したんでしょうね。

 紅い髪の人は優しく微笑んで私の頭に手を添え、まるでそよ風のように私を包み込んでこう言った。

 

 「よく覚えておきなさい。貴女の艤装は最も古く、誰よりも弱い。けど、最も長く、誰よりも必死に戦った駆逐艦が背負っていた艤装よ」

 

 だから、私にもそう成れと?貴女のように、自信に満ち溢れたような艦娘に成れと?貴女のように、誇り高い艦娘に成りなさいと言うんですか?貴女と違って、心の弱い私に……。

 

 「だから胸を張りなさい。そしていつか、貴女の戦場に神風を吹かせなさい」

 

 紅い髪の人が『私が、そうしたように』と、口も動かさず、声にも出してないのにそう続けたような気がした。いや、聞こえた。

 私の戦場に神風を……。私が赴く戦場に勝利の風を……。私に神風に成れとこの人は言ってるんだ。

 そう思った時、私の心に風が吹いた気がした。私の心の奥に淀んだ不満や悲観、自分への絶望感や不信感などの負の感情が吹き飛んだ気がした。

 ああ…この人は私の背中を押しに来てくれたんだ。私の心に、神風を吹かせに来てくれたんだ。

 

 「もう、大丈夫そうね」

 

 「はい!」

 

 私は贈られた本を胸に抱き、堤防の上に立ち上がって、私と同じ紅い髪と紅い瞳を持つ、かつて私だった人を見下ろした。

 日の光に透けて輝く長い髪を風に靡かせた。かつて、私と同じ名を名乗っていた人を。

  

 「だったら私に聞かせて、貴女の名を」

 

 はい、名乗らせてください。

 私は貴女の後輩。貴女が背負っていた艦名と艤装を受け継ぐ者。もう落ち込んだりしません。私は絶対に、貴女から受け継いだ名に相応しい艦娘に成って見せます!

 

 「先輩!私、頑張るから! 神風型駆逐艦、一番艦、神風。推参です!」

 

 私がそう言うと、先輩は満足そうに微笑んで『おかえりなさい。駆逐艦 神風』と、言ってくれた。

 まるで、娘を見守る母親の様な眼差しで。

 





ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。

後日、前作の『作者と朝潮』のように、今後の予定や裏設定的なものを会話形式で書いた『作者と桜子』を最新話として投稿します。
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