艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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第二章 駆逐艦神風邂逅
神風邂逅1


 あの当時、私が深海棲艦以上に嫌いだったモノが三つある。

 

 一つ目はG、大抵の人が見ただけで殺意を覚えちゃう例の黒いアレね。

 補給がまともに受けれなかった奇兵隊は、食うに困ってGまで食べてたんだけど、私はどうしても食べることが出来なかった。

 

 二つ目は陸軍の上層部。

 私達にとっては、深海棲艦以上に厄介な敵だったわ。

 ぶっちゃけ、アイツらを先に潰した方が防衛は楽になるんじゃないかと思ったくらいよ。

 

 そして三つ目は艦娘。

 あの頃、呉に居た奴らが私は大嫌いだった。

 艦名は言わないわ、あくまで当時の奴、一部の艦の初代共だからね。艦名を言ったら、今の子までそういう風に見られちゃうかもしれないから。

 なぜ嫌いだったかって?

 それじゃあ、その辺りの話をするとしましょうか。

 今から話すのは、奇兵隊の軍服が黒に変わる少し前、お父さんが提督になる数か月ほど前、正化21年になったばかりの1月。私が、初めて呉鎮守府に行った時の話よ。

 

 

ーーーー

 

 

 「そういえばさ、私の艤装ってどうなったの?」

 

 「お前の艤装?養成所に回されたぞ、適合者はまだ見つかっちょらんが」

 

 ふと、私が使ってた艤装がどうなったのか気になったからお父さんに聞いてみた。

 私が使ってた艤装だから、きっと適合試験を受けさせてくれって子が殺到してるでしょうね。

 

 「朝潮の時も思ったけどさ、適合者って見つかり辛いものなの?」

 

 朝潮の艤装は3年だったっけ?二代目は適合しにくいとかあるのかしら。

 

 「いんや?駆逐艦は、割とすぐに適合者が見つかる。年単位で適合者が現れなかったのは、今のところ朝潮と武蔵くらいかのぉ」

 

 「どうせなら朝潮の記録を超えたいわね、最低でも5年は見つからない事を祈るわ」

 

 「アホか!適合者が現れるかどうかより、お前の性格の影響を受けるかもしれん事の方が心配じゃ俺は!」

 

 あ~、そういえば、初同調の時に先代の記憶を垣間見たり、性格に影響が出たりするんだっけ?

 それの何が心配なんだろう……。

 私の性格の影響を受けるとか良い事づくめじゃない?だって私って、可愛さを具現化したような性格してるんだから、影響が出た方が良いに決まってるわ。

 

 「むしろ、私が教育してあげる!」

 

 「どうしてそうなる!お前みたいな跳ねっ返りははお前だけで十分じゃ!」

 

 は、跳ねっ返り!?

 私のどこが跳ねっ返りなのよ、お淑やかで思慮深かい私は跳ねっ返りとは真逆よ?

 

 「お父さんって、女を見る目がないんじゃないの?そんなんで女所帯の提督が務まるのが信じられないわ」

 

 「お前が自意識過剰なだけじゃろ!俺は問題なくやれちょるわ!」

 

 問題なくねぇ。

 お父さんが朝潮に指輪を贈ったって話が広まってから、艦娘や女性職員が意気消沈してたの知らないのかしら。

 言っとくけど、お父さんってかなりの優良物件だったんだからね?

 鎮守府の提督で社会的な地位もあるし収入も高い、しかも元妻帯者とは言え今は独り者で、見た目も……

まあ悪くない(頭部から目を逸らしながら)。

 お父さんを狙ってた上位艦種や女性職員って結構な数いたのよ?

 私数えたんだから、話を広めながら。

 

 まあ、今でこそ提督が板についてるけど、お父さんって最初は提督になりたがらなかったのよね。

 あれは、私が奇兵隊に復帰して数か月経った頃。奇兵隊に届いた、私の艤装を整備をするために呉鎮守府まで来い、という命令に従って呉に行った時だったわ。

 

 「ここは本当に日本っすか?」

 

 呉の街に入るなり、私との賭けに負けてモヒカン頭になった海坊主が、輸送車から外を見てそう言ったわ。

 呉近郊は、深海棲艦の空襲をなぜか受けてなくて無事だったの。住んでる人たちも普通に生活してたわ、泥や煤に塗れて戦ってる私たちがバカみたいに感じちゃったもの。

 

 「平和そうだね……」

 

 私は、平和そうにしてる人たちに嫌悪感を抱いちゃった。たぶん、虫でも見るような目で呉の街並みを眺めてたと思う。

 でもしかたないでしょ?私は何もかも失って戦う事を選んだのに、呉の人たちはそんな事関係ないと言わんばかりに笑い合ってたのよ?嫌悪くらいしても文句は言わせないわ。

 

 「呉には戦艦も居るらしいからな。駆逐艦とは比べ物にならない程の火力があるらしい。市民が平和に暮らせるくらい防衛に余裕があるんだろう」

 

 お父さんが言った戦艦とは長門の事ね。

 この当時は呉鎮守府しかなかったから、長門は呉に居たの。それに、神風型の実戦投入から数か月で他の艦種も次々建造されてて、陸で戦ってる艦娘なんて私しか居なくなってたわ。

 

 「艦娘の戦闘見れっかな?俺まだ見た事ねぇんだよ」

 

 ちなみに、金髪は私が深海棲艦を倒すところを見た事がなかったの。

 奇兵隊の戦術は、深海棲艦をわざと上陸させて、弱体化したところで襲い掛かるってのが基本で、竹槍持った海坊主をバイクの後ろに乗せて一緒に突撃してた金髪は見る暇がなかったのね。

 

 私はと言うと、海上から艦砲射撃してた。

 艦娘になってすぐの頃は、お父さんも私自身も私の使い方がわからなかったから普通の兵と同じ使い方をしてたんだけど、海上に出ると性能が飛躍的に上がる、と言うより本来の性能が発揮できる事に気づいてからは、海上から深海棲艦の背後に回り込んで艦砲射撃で奇兵隊を援護するって形に落ち着いたの。

 奇兵隊に補給はほとんど無かったけど、私用の燃料と弾薬は、海軍が小まめに送ってくれてたから弾には困らなかったしね。食べ物も送って欲しかったけど……。

 

 「相棒は、姐さんが敵を倒すとこ見たことないんすか?」

 

 「ねぇよ!こっちは額に痛いくらいビンビン感じながら避けるので精一杯なんだぞ?んな暇あるわけねぇだろ。お前が姐さんって呼んでるのにも最近気づいたくらいだかんな?」

 

 「相棒もどうっすか?姐さん呼び」

 

 「お嬢がバケモノ倒すところをこの目で見たらそうしてやるよ。俺は自分の目で見た物しか信じねぇからな」

 

 金髪も結局は私を姐さんって呼び慕うようになるんだけど、金髪が私を姐さんって呼びだした理由は、私が敵を倒すところを見たからじゃないの。金髪が言うには、私が呉に到着早々起こした事件が理由らしいわ。

 ちなみに、艦娘が敵を倒すところを金髪が初めて見たのは、横須賀に異動した後の長門だったはずよ。

 

 「そういえば、あのお嬢ちゃん元気っすかね。ほら、やたら大隊長に懐いてた子っす」

 

 「どうだろうな。元気でいてくれればいいんだが……」

 

 呉に向かう前だったかな、私が海上での戦闘に慣れてきた頃に救助に向かった町で保護した女の子で、歳は4~5歳位だったかしら。お父さんにベッタリ張り付いて、避難所で別れる時も泣きじゃくって大変だったわ。

 生きてれば13~4歳位か、元気にしてればいいなぁ。

 

 「自分らも補給受けれるんすかね……。さすがに、竹槍ぶち込むのも限界っすよ。軍服もボロボロな上に臭いし……」

 

 確かに臭かったわね……輸送車の中とか、公園のトイレみたいな臭いがしてたし。

 海坊主だけじゃなく、みんなうんざりした顔してたわ。

 そりゃあねぇ……人間を一発で吹き飛ばすような奴ら相手に、竹槍を担いで突撃なんて正気の沙汰じゃないもん。敵が撃つ瞬間に合わせて竹槍を砲身に投げ込んでたのよ?しかも空腹に喘ぎながら。

 それで何とかなってたから良かったものの、奇兵隊ほど過酷な状況で戦った部隊は他になかったんじゃないかしら。

 

 「さあな、ただでさえ陸軍と海軍は仲が悪いから、俺たちが鎮守府に入れてもらえるかどうかも微妙だ」

 

 奇兵隊は陸軍からも嫌われてたけどね。

 いやぁ、今思い返しても、陸軍の奇兵隊への仕打ちは酷かったわ。補給は寄越さないくせにあちこちたらい回しにするし、『弾がないなら素手で戦え』とかバカみたいな事を言ってくる始末だったし。

 奇兵隊が居なかったら、山口県の瀬戸内側はとっくに深海棲艦の手に落ちてたっていうのに。

 

 「止まれ!貴様等どこの所属だ?見たところ海軍ではないようだが」

 

 呉鎮守府の正門に着くなり、守衛の一人が高圧的な態度でそう言って来た。私たちは来いって言われたから来たんだけどなぁ……って思ったわ。

 

 「自分たちは、陸軍第9独立大隊の者であります。駆逐艦神風の艤装の整備のため、呉鎮守府へ出頭せよとの命令を受けて赴いた次第であります」

 

 輸送車の助手席から降りた大尉が守衛にそう伝えた。

 ちなみに、第9独立大隊っていうのは奇兵隊の正式な部隊名。

 お父さんが奇兵隊結成時に、陸軍上層部に補充兵を寄越せって言った時に、陸軍は部隊名だけ寄越したの。結成当時は小隊にも満たなかったし、この時でも中隊規模だったんだけどね。

 お父さんが言うには、『大隊指揮の権限はやるから、その範囲内で人員は自己調達しろ』って事だったらしいわ。

 

 「あぁ、貴様らが噂の奇兵隊か。深海棲艦相手に戦争ごっこをしてるそうじゃないか」

 

 「戦争ごっこだと?」

 

 守衛のこの一言で、お父さんを筆頭に輸送車に乗ってた全員が殺気立った。

 そりゃそうよね、海軍が不甲斐ないから私たちが泥にまみれて戦ってたのにこの言いようだもの。殺されたって文句は言えないわ。

 

 「聞き捨てならんな。まるで俺たちが遊んでたようじゃないか」

 

 輸送車から降りたお父さんが、殺気を隠そうともせずに守衛に詰め寄った。

 守衛は腰が引けて、今にも泣き出しそうだったわ。

 まあ、当然と言えば当然か、私達でさえ冷や汗をかかされるお父さんの殺気を真正面から浴びちゃったんだもん、粋がって挑発してたさっきまでが嘘みたいに怯えてたわ。もう一人守衛が居たんだけど、慌てた様子でどこかに電話をかけてたわね。

 

 「き、貴様!我々に楯突くつもりか!?臨時とは言え、ここは海軍の本拠地だぞ!」

 

 「上等だ、好きなだけ人数連れて来いや!船がなければ何も出来ん海軍風情が、俺らをどうこう出来ると思うなよ!」

 

 怯えながらも再び挑発を始めた守衛が、お父さんの怒号で完全に腰を抜かしてしまった。輸送車から降りて来た残りの隊員も完全に戦闘態勢、私も海軍と一戦交えるのを覚悟したわ。

 

 「大佐、そこまでにしてやってくれないか?その守衛の非礼は僕が代わりに詫びるから」

 

 数人の護衛と共にストップをかけて来たのは、顎に白髭を蓄えた海軍元帥だった。もう一人の守衛は上の方に電話をかけてたのね。

 ちなみにこの当時、唯一無事だった呉鎮守府は大本営も兼ねていたの。護衛の中には、鳳翔さんも居たわ。当時は元帥さんの秘書艦をしてたんだって。

 

 「元帥殿がそう仰るなら矛は収めましょう。ですが、次は保証しかねますぞ」

 

 「構わないよ、次こういう事があったら好きなだけ暴れるといい」

 

 お父さんと元帥さんが守衛に警告を飛ばし、私たちは鎮守府内に入る事が出来た。それから庁舎の裏まで移動したところで、元帥さんは私達にこう言ったわ。

 

 「風呂と食事を用意させてある。まずはサッパリして腹ごしらえをしてくるといい。お嬢さんは……さすがに別の方がいいよね?」

 

 「え?私は……」

 

 この頃の私はお父さんにベッタリだったから、一緒に入浴するのがお父さんだけなら別に構わなかったな。今は絶対に嫌だけど。

 まあでも、お父さんがどうしてもって言うなら、背中くらいは流してあげてもいいかなって思わなくもないかな。

 

 「鳳翔君、すまないがお嬢さんを風呂に入れてやってくれないか?」

 

 「承りました。さ、こちらへどうぞ」

 

 鳳翔さんが優しく促してくれたけど、私はお父さんと離れるのが不安で動けなかった。このまま引き離されちゃうとも思ったっけ。

 

 「行ってきなさい。心配するな、飯の時に合流しよう」

 

 「うん……」

 

 後ろ髪を引かれながら、私は鳳翔さんに連れられて艦娘用のお風呂に入った。後から聞いたけど、お父さん達は陸軍が避難所に設置してるような、簡易式のお風呂に入ったんだって。

 

 「うわぁ……」

 

 浴場に入った私の第一声はそれだった。

 20人くらいは楽に浸かれそうな浴槽、それにカランがいっぱい。

 

 「広いでしょう?将来的にはもっと広くする予定だそうですよ」

 

 私に続いて、完全に入浴モードで浴場に入ってきた鳳翔さんがそう教えてくれた。今は、当時の1.5倍位の広さになってたかな?

 

 「まずは体を洗いましょうか」

 

 「うん……」

 

 言われるがままにカランの前に座った私は、正面に張られた鏡を見て少しギョッとしちゃった。顔は煤や泥で汚れ放題、髪にはシラミがわいてたわ。

 

 「こんなに汚れて……。さぞ辛かったでしょうね……」

 

 「別に…そうでもないです……」

 

 鳳翔さんが私の体を洗い流すたびに、茶色くなったお湯が排水口に流れていくのを見るのが少し楽しかったな『お~……』とか言ってた気がする。

 もうね、すっごいの!私ってこんなに汚れてたんだ!って感じ。例えは悪いけど、お湯が麦茶みたいな色になってたわ。

 

 たまにだけど、水浴びはしてたんだけどなぁ。

 お父さんも私が女だから気を遣ってくれてたのか、自分の飲み水を減らしてまで、体を拭くくらいはさせてくれてたし。

 

 「無理しなくていいのよ?艦娘なのに陸で戦わせるだけでも有り得ないのに、貴女みたいな女の子をお風呂にも入らせてあげないなんて……」

 

 この時の私は、鳳翔さんが何を言ってるのか理解出来なかった。

 私が陸戦するハメになったのは海軍のせいだし、お風呂に入る余裕なんて奇兵隊には無かった。そもそも、食べ物もまともに無かったのにお風呂なんて贅沢すぎるわ、そんな水があるなら飲んで空腹を紛らわせたわよ。

 

 「こんなに痩せ細って……ご飯もまともに食べさせて貰えてないんじゃないの?」

 

 「もしかして…哀れんでます?」

 

 たぶん、鳳翔さんは私達の事情を知らずに、純粋に私を心配してくれてたんだと思うんだけど。私には、お父さんの事を責めてるよう聞こえちゃったから、ついそう返しちゃったの。

 

 「ち、違うのよ?ただ私は……貴女ような子供がこんな目に遭うのが許せなくて……」

 

 こんな目ってどんな目?お風呂に入れず、ご飯がたまにしか食べれないだけじゃない。それとも、私みたいな子供を戦場に駆り出す事?

 

 「鳳翔さん……でしたよね?もしかして、ずっとこの街に住んでるんですか?」

 

 「え?ええ、そうですけど……」

 

 それでか、この人はここ以外の惨状を知らないんだ。

 軍の施設に居るって事は軍人なのに、この人はまだ戦争を知らないんだ。なんて幸せな人なんだろう……。

 

 そう思ってしまった私は、鳳翔さんに食ってかかっちゃったの。だって、私の事情も知らずに、私を勝手に哀れむ鳳翔さんがムカついてしょうがなかったんだもん。

 

 「私以外の神風型の子が、どういう死に方をしたか知ってますか?」

 

 「壮絶な戦死を遂げたとだけ……」

 

 「壮絶な戦死?笑わせないでください、あの子達はそんな真っ当な死に方(・・・・・・・)なんてしてない!」

 

 私は、鳳翔さんに他の子がどんな死に方をしたのか話して聞かせた。もっとも、私も店長と武器屋から聞いた限りでしか知らなかったんだけど、どの子も悲惨な死に方をしてたわ。

 艦娘のまともな使い方を知らなかった陸軍は、海軍から聞かされた『深海棲艦に唯一対抗出来る兵器』と言う言葉だけを信じて無駄に突撃させた。

 ある子は、まともに性能を発揮できない陸から突撃させられて集中砲火を浴び、艤装も残さず粉微塵にされた。別の子は艦娘としてでなく、女として使い潰された。また別の子は、囮として使われて敵味方双方から撃たれて死んだ。

 それに比べたら私はマシよ。だってお風呂に入れないだけだもん。ご飯が食べれないだけだもん。

 私はまだ生きてるもの。

 

 「そんな酷い……。で、でも貴女も似たような事をさせられてるんじゃないの?」

 

 この一言で、鳳翔さんがお父さん達をどういう目で見てたのか察しがついた。私ばかり危険な目に遭わされてると思ってたんだ、私が慰み物にされてると思ってたんだって。

 

 「先生達をバカにしないで!あの人達がどれだけ危険な目に遭ってると思ってるの?あの人達がしてる戦い方に比べたら、私がしてる事なんて遊んでるのと同じよ!」

 

 初めての実戦の時も、敵の主力はお父さん達が相手をしてた。私がしたのは、上陸が遅れて孤立した駆逐艦を一隻倒しただけ。

 しかも、奇兵隊の主力の一人である海坊主まで付けてくれたのよ?

 それ以降の戦闘でも、私は援護が主任務だった。お父さん達が敵を引きつけてる間に背後へ回り込み、安全な位置から援護するだけ。私に砲弾が飛んできたことなんて一度もないわ。

 

 「先生の部下がどんな死に方してるか知ってる?餓死するか、肉片すら残らないほど吹き飛ばされるかのどちらかなのよ?弾もなくて、ご飯も食べれなくて、それでも皆戦って……。戦闘が終わったら褒めてくれるのよ?一番楽な事してる私を褒めてくれるのよ?そんな人達を悪く言わないでよ……私の仲間を悪く言わないで!」

 

 「そ、そんなつもりじゃ……。いえ、私の失言でした。ごめんなさい……」

 

 謝られても許す気になれなかった私は、体についた泡も落とさずに湯船に飛び込んで頭の先までお湯に沈めた。哀れまれたのが悔しくて仕方なかった。お父さん達をバカにされたのがムカついてしょうがなかった。

 この時点での、鳳翔さんへの好感度はマイナスだったわね。

 

 「まあ、鳳翔さんの気持ちも、今ならなんとなくわかるんだけどねぇ……」

 

 汚いオッサン連中に、私みたいな美少女が同じくらい汚らしい格好で同行してたら、私だって変な想像しちゃうもの。

 

 「それからどうしたんじゃ?」

 

 「それから?普通に体拭いて着がえたわよ?鳳翔さんに着付けて貰って」

 

 さすがに気まずかったなぁ。でも、用意されてた着替えが浴衣だったんだもん。今は一人で着れるけど、あの頃は浴衣の着方なんて知らなかったし。

 

 「あ~、それであの時、浴衣なんか着ちょったんか」

 

 「気づいてたの?怒ってたから目に入ってないのかと思ってたわ」

 

 この後、私が食堂で一悶着起こしちゃったせいで、お父さんが怒っちゃうのよ。

 怒ったって言っても暴れた訳じゃないわよ?暴れたのは私、相手は軽巡だったわ。

 

 「姐さん!こっちっすよこっち!」

 

 食堂に入ってキョロキョロしてると、海坊主が手を振って居場所を教えてくれた。

 私を呼んでるのが海坊主だったから一発でわかったけど、他の隊員だったら気づかなかったかもしれない。だって、150人近いゴツイ男共が水兵服着てるのよ?

 一瞬、目が丸くなっちゃった。

 みんな座ってたせいで上半身しか見えてなかったから、パッと見はセーラー服で女装した変態の集まりに見えたんだもの。

 あ、念のため言っておくけど、下はちゃんとズボンだったわ。

 

 「その服どうしたの?」

 

 「元帥殿が用意してくれたそうっす。自分らの軍服は洗濯してもらってるっすけど、さすがに限界かなぁって今話してたところっす」

 

 ボロボロだったからねぇ。結局、洗濯してもダメだったから焼却処分されちゃったのよね、たしか。

 

 「先生もその服着てるの?姿が見えないけど」

 

 「さあ?それは知らないっすけど、大隊長は元帥殿と話があるとかでどっか行っちゃったっすね。飯時までには来るって言ってたっすけど」

 

 「そう……」

 

 正直、お父さんの水兵服姿が少し楽しみだった。

 軍服姿と、家で見た着流し姿しか見た事なかったからね。ドキドキしながらお父さんが食堂に来るのを座って待ってたら、私の耳に艦娘達の会話が聞こえてきたの。

 

 「ほら、あの子でしょ?陸で戦ってるっていう艦娘って」

 

 「神風型のでしょ?よく今まで生き残れたわね」

 

 「そこはほら……察してあげなさいよ」

 

 「や、やっぱりそういう事してたのかな?」

 

 「きっとそうよ、あの男共に囲まれて生き残ろうと思ったら……ねぇ?」

 

 私の悪口だけなら我慢した、だけどアイツ等はみんなをそういう目で見てバカにした。

 鳳翔さんの時は口で言うだけで我慢したけど、アイツ等の蔑んだような目を見たら殴りたくてしょうがなくなった。あの守衛に続いて鳳翔さん、そして艦娘共にみんながバカにされた。

 命懸けで戦ってるみんなを、根拠も無くバカにするアイツらが私には許せなかった。

 

 「姐さん、気にする事ないっすよ。言いたい奴には言わせときゃいいんす」

 

 「そうだぜお嬢、ここで暴れたら大隊長にも迷惑がかかる。お嬢だってそうれは本意じゃねぇだろ?」

 

 「で、でも!」

 

 腰を半分浮かせた私を、海坊主と金髪が宥めようとしてくれたけど、次の一言で私は完全にキレちゃった。

 アイツ等はこう言ったの、私を宥めようとしてた二人を見てこう言ったの。

 

 「ほら!きっと今晩はあの二人の相手をするのよ!」

 

 「可哀そう……」

  

 「いや、意外と本人も乗り気かもよ?」

 

 これがトドメだった、頭の中でプツンって何かが切れる音が聞こえた気がしたわ。

 キレた私は、スッと席を立ってテクテクと話をしてた艦娘共に近づいたわ。殴りかかる瞬間まで殺気は押さえ、顔には笑顔を浮かべてね。

 

 「何か用?」

 

 輪の中心になってた軽巡がそう言った。

 コイツは問答無用って言葉を知らないのかしら、私はコイツ等と問答するつもりなんて微塵もなかったの、言いたい事は鳳翔さんに言っちゃってたからね。

 

 「ちょっと!何とか言いなさいよこの淫ば……!」

 

 ゴス!って音がしたと思う。

 直前に何か喚いてたみたいだけど、私の耳には届かなかった。一発目を鼻にぶち込んで、倒れた軽巡に馬乗りなって後は文字通りタコ殴り。

 さぞ痛かったでしょうね、痩せ細った私の拳は骨張ってたから。

 反撃なんかさせなかったわ。お父さんから格闘術を習って、しかも実践した事がある私と、ケンカもした事ないような女じゃ勝負にもならなかったんだから。

 海坊主たちや、周りにいた艦娘達が私を止めようともしたけど、それくらいじゃ私は止まらなかった。

 

 「やめ、やめて……」

 

 情けない事に、10発も殴らない内に相手はギブアップ。だけど、やめてやる気なんてなかった。私は殺す気で殴り続けたわ。

 だってコイツは私の仲間をバカにしたんだもの、私の大事な家族を侮辱したんだもの。

 

 「ご……ごふっ……」

 

 虫の息の軽巡に、トドメの一撃をぶち込んでやろうと右腕を振り上げた時、右手が誰かに掴まれた。

 海坊主か金髪?それとも大尉?私は、右手がダメなら左手でと思って、今度は左手を振り上げようとした。

 

 「やめんかこの馬鹿者!」

 

 そしたら怒号と共に右手を引っ張られて、そのまま後ろに投げ飛ばされた。

 幸いにも、海坊主が受け止めてくれたおかげでテーブルに激突する事はなかったけど、腕が引っこ抜けるかと思ったわ。

 

 「先…生……?」

 

 私を怒鳴って投げ飛ばしたのはお父さんだった。

 疑問形だったのは装いがあまりにも普段と違ってたから。上から下まで真っ白の士官服、帽子は被ってなかったけど、今の提督スタイルそのもののお父さんが怖い目で私を睨んでいた。

 

 「こりゃ酷いな、鳳翔君、急いで工廠へ連れて行ってあげて」

 

 「は、はい!」

 

 お父さんと一緒に来たと思われる元帥さんに言われて、鳳翔さんと数人の艦娘が軽巡を食堂から運び出した。まだトドメを刺していないのにって思ったけど、お父さんに目で射竦められて私は動くことが出来なかったな。

 

 「大尉、何があった」

 

 「こ、これはその……なんと説明していいやら……」

 

 大尉も困ってたなぁ。

 キレた私が軽巡に殴りかかったって言えばよかったのに、私を庇おうとして上手く説明できなかったのね。

 

 「大佐、お嬢さんは理由もなく人を半殺しにするような子なのかい?」

 

 元帥さんに問われて、お父さんが渋面を浮かべた。

 お父さんも、なぜこんなことが起きたのか察しはついてたんだと思う。だけど、自分の部下が国防の要、海軍の主力兵器を半殺しにした責任をどう取るかを……。

 いや、少し違うか、どうやったら私に責任を取らせないでいいかを考えてたんだろうな……。

 

 「神風、一つだけ聞く。お前は悪い事をしたのか?」

 

 お父さんが、私の目を真っすぐ見てそう聞いてきた。

 私は思ったわ、悪い事なんてしてない、悪いのはみんなに聞こえるようにみんなを侮辱したあの軽巡だって。だから私は、お父さんの目を見つめ返してこう答えたの。

 

 「悪い事なんてしてない!」

 

 お父さんは、私の答えを聞いて少し微笑んでた。

 なんで微笑んだのかは今もわからないけど、この後私は、自分の軽率な行動を心底後悔したわ。

 

 「そうか、わかった。元帥殿、処罰は俺の首一つで勘弁して頂けないでしょうか、ご所望とあらば腹も切ります」

 

 「え……?」

 

 お父さんが何を言ってるかすぐには理解できなかったから、私は混乱する頭で必死に考えた。

 首一つって何?解雇とかそういう意味の首?いや違う、いくら元帥さんでも、陸軍所属のお父さんの進退は簡単に決められない。じゃあ文字通り『首』一つって事?腹を切るってのは切腹の事!?

 

 「ダ、ダメ!それはダメ!」

 

 お父さんは死んで責任を取ろうとしてる、私の代わりに死のうとしてる。

 お父さんの考えに察しがついた私は、元帥さんに向き直っていたお父さんの腕を掴んで止めようとした。

 

 「離しなさい神風」

 

 「嫌!なんで先生が責任を取らなきゃいけないの!?アイツを殴ったのは私なのに!」

 

 「お前は言ったな?『悪い事はしていない』と、なら俺はその言葉を信じる。お前は何も悪いことはしていない。だが、責任は取らねばならん。そして責任を取るべきなのはお前ではなく、保護者である俺だ。わかるな?」

 

 跪いて、私と視線の高さを合わせたお父さんが、私を諭すようにそう言った。

 この時、お父さんは上官としてではなく、保護者として責任を取ると言った。たぶん、父親としてって意味で言ったんだと思うんだけど、この時の私には先生が『親』として庇ってくれてるって事に気づく事が出来なかった。

 

 「わかんない!わかりたくない!」

 

 「さあ元帥殿、煮るなり焼くなりお好きなように」

 

 泣いて縋り付く私を無視して、お父さんは元帥さんの前に正座して首を差し出した。

 このままじゃお父さんが死んじゃう。私のせいで死んじゃう。そう思った私は、お父さんより前に出て、元帥さんの前で土下座した。

 生まれて初めて、人前で土下座した。

 

 「何のつもりかな?お嬢さん」

 

 無表情のまま私を見下ろす元帥を一度見上げて、私は再び床に額を擦り付けて許しを請うた。

 

 「許してください!悪いのは私です!だから…だから先生を殺さないで!」

 

 「やめなさい神風、お前が頭を下げる必要は無い」

 

 「嫌!私のせいで先生が死んじゃうなんて耐えられない!首が欲しいんだったら私のをあげます!」

 

 「やめろと言ってるんだ神風!」

 

 お父さんが、私の頭を上げさせようと肩を引っ張ってきたけど、私は浴衣がはだけるのも構わずにその手を振り払って土下座をし続け、元帥さんの反応を待ったわ。

 そんな、死を覚悟して土下座を続ける私に返ってきた元帥さんの答えは、拍子抜けする程アッサリしたセリフだった。

 

 「いや、首なんかいらないから」

 

 「え?いらないの!?」

 

 「いらないよぉ……。生首を愛でるような特殊な趣味は僕には無いからね?」

 

 「ホ、ホントにいらない……の?」

 

 「本当にいらないよ。大佐も立って、本当に腹を切りそうでヒヤヒヤしちゃうから」

 

 呆れ顔の元帥さんに促されて、私とお父さんは腰を上げて身だしなみを整えた。私はソレで安心しちゃったけど、お父さんは険しい顔のままだったな。

 

 「しかし元帥殿、何の責任も取らないと言う訳には……」

 

 「その話は後にしよう、お腹も空いてるだろう?」

 

 元帥さんの目配せを合図に、大量の寸胴鍋と業務用の炊飯器が食堂のおばちゃん達によって食堂に運び込まれてきた。

 匂いを嗅いだ途端、私を含め全員がお腹を鳴らせて涎をジュルリとしちゃったわ。さすがのお父さんも、一瞬だけ寸胴鍋を振り向いてゴクリと唾を飲み込んだけど、すぐに元帥さんに向き直った。

 

 「食事が終わったら、お嬢さんと一緒に執務室まで来てくれ。話の続きはその時にしよう」

 

 「ありがとうございます。元帥殿」

 

 後ろ手に手を振りながら食堂から出て行く元帥さんに、お父さんが深々とお辞儀をしてた。

 私と奇兵隊の面々は寸胴鍋の中身に興味津々だったけどね。まあ、匂いで鍋の中身がカレーだってのはすぐにわかったんだけど、空腹が極まってる時にあの匂いはやばいわ。寸胴鍋に頭ごと突っ込みたい衝動を抑えるのが大変だったもの。

 

 「やべぇ……カレーがこんなに美味そうに見えたの初めてだわ……」

 

 「あ、相棒もっすか?自分もっすよ……」

 

 おばちゃん達が配膳してくれてるカレーを見ながら、だらしなく涎を垂らす奇兵隊員たち。

 たぶん、私もそんな感じになってたんじゃないかな、二人が言う通り、どんなご馳走よりも目の前のカレーが美味しそうに見えたもん。

 

 カレーが全員に行き渡ると、誰からともなく、全員が手を合わせた。

 みんな、すぐにでもカレーをガッつきたいだろうに、目の前のカレーと、作ってくれた食堂のおばちゃん達に心の底から感謝した。

 

 「う……うう……」

 

 感極まって、泣き出す奴まで出て来たわ。

 まあ、私も例外じゃなかったんだけど、終いにはその光景を見たおばちゃん達まで涙ぐんでた。

 

 「それじゃあ頂こうか。いただきます!」

 

 『いただきます!』

 

 皆でいただきますと言った後は『美味ぇ!』と『おかわり!』の大合唱、舌鼓を打つなんて上品な言葉が裸足で逃げ出しそうな食いっぷりだった。貪り食うって表現の方がピッタリだったわね。

 

 食べてる間は、さっきの艦娘共への怒りも何処かへ吹っ飛んでた。だって一口でも多く、口の中にカレーを放り込む事で頭いっぱいだったんだもん。お父さんでさえ、カレーを頬張るのに一生懸命だったわ。

 

 私は、この時のカレーの味を今でも覚えてる。当時の私には少し辛かったけど、そんな辛さすら美味いと思えるほどあのカレーは美味しかった。

 

 後に、レシピを聞いてその時のカレーを再現してみたんだけど、私もお父さんも首を傾げちゃったわ。

 別に失敗したわけじゃないのよ?美味しいことは美味しかったんだけど、あの時ほど美味しいって感じなかったの。その時、お父さんはこう言ったわ。

 

 『空腹は最高のスパイスっちゅう事か……』って。

 

 私は、そのセリフを聞いてこう思った。

 今までの人生で、一番美味しいと思ったカレーは二度と食べちゃいけないカレー、他の人にも味あわせちゃいけない味。

 

 この世に存在しちゃいけない、存在させちゃいけない味なんだって……。

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