艦隊これくしょん ~緋色の風~   作:哀餓え男

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神風邂逅2

 提督になるための最低条件。

 それは妖精さんが見える事、会話が出来れば尚良し。見えるだけの人は海軍内だけでもそれなりに居たらしいんだけど、会話までできる人は居なかったらしいの。

 この当時、元帥さんは、開設予定だった横須賀鎮守府の提督に据える人を探してたらしくてね。そこに都合よく現れたのがお父さん。

 食堂に来る前に、工廠で艤装の整備を見学していたらしいんだけど、その時に妖精さんが見える事が発覚しちゃったらしいわ。

 

 「よく考えたらさ、私のせいで断れなくなっちゃったのよね?」

 

 「よく考えんでもそうじゃろうが。『責任は一切負わさないから提督になって』って言われて断れるか?」

 

 ん~、私が言ってる『私のせい』はそれじゃないんだけどなぁ。

 確かに、私が怒りに任せて軽巡を一人半殺しにしちゃったのが、お父さんが元帥さんのお願いを断れなくなっちゃった原因の一つではあるんだけど……。

 お父さんにとってはどっちが良かったんだろう。

 お父さんが提督の話を引き受けなくても、きっと今みたいに制海権は取り戻せてた。陸軍に居続ければ、今頃は戦いとは無縁の生活をしてた可能性もある。

 そう考えると、私がお父さんを地獄に叩き落しちゃったって事になるのよね……。

 

 「野戦将校のままの方がよかった?」

 

 「そっちの方が俺の性に合っちょったのは確かじゃけど……。陸軍に居続けちょったら復讐も出来んようになっちょったじゃろうしのぉ……」

 

 でもさ……提督になったせいで、お父さんは余計に苦しむ事になったんだよ?直接手を下したいのに艦娘に任せる事しか出来ない、艦娘に死んで来いと命令し続ける事しか出来ない。提督にさえならなければ、そんな苦しみを味わう事もなかったんだよ?

 

 あの時、私の事なんて気にせずに提督になる事を選んでなければ、きっとお父さんは苦しむ事はなかった。もしかしたら、復讐心も風化してたかもしれない。

 

 お父さんが提督になる事を決めたのは、カレーを食べ終わった私とお父さんが、元帥さんに言われた通り執務室を訪れた時。開口一番に、元帥さんはさっきのセリフを言ったわ。

 

 「さっそくだけど、責任は一切負わさないから提督になってくれないかな?」

 

 「俺に提督になれ?正気で言ってるんですか?」

 

 「正気だよ。だって君、この子が見えてるでしょ?」

 

 そう言って、元帥さんは右の手の平をお父さんに差し出した。私には何も見えなかったけど、たぶんそこに妖精さんが居たんでしょうね。

 

 「その人形が何か?工廠にも沢山ありましたが……。うお!?なんだ!?怒った!?」

 

 「あ~、物扱いしたら怒られるよ?この子達は繊細だから」

 

 当時の私は、妖精さんなんてファンシーなモノが実在してるなんて知らなかったから、二人が何をしてるのか素でわからなかったわ。

 

 「しゃ……喋る事も出来るんですか?」

 

 「え?声も聞こえるの?じゃあ尚更、君には提督になってもらいたいなぁ」

 

 この時、妖精さんに何を言われてたのかは知らないけど、たぶん文句を言われてたんでしょうね。お父さんは元帥さんの手の平の上に向かって人さ指を出したり引っ込めたりしてたわ。妖精さんを突っついてたのかな?

 

 「しかし、俺は陸軍の人間です。それが海軍の提督になるのは無理があるのでは?」

 

 「問題ないんじゃないかな。だって君、陸軍の上層部に嫌われてるだろ?」

 

 「それはそうですが……」

 

 「そこら辺は僕が上手くやるから気にしなくていいよ。なんなら、君が率いてる部隊を私兵として囲う事も許可する」

 

 この時の私には、海軍に移籍するのが良い事尽くしのように聞こえた。

 だってそうでしょ?空腹に喘ぐこともなくなるだろうし、お風呂にも入れる、きっと布団で寝ることも出来る。このまま、陸軍に良い様に使い潰されるよりは絶対に良いって思ったわ。

 

 「それに、君は深海棲艦相手の戦果が、陸軍の中でも飛び抜けてる」

 

 「陸と海では戦い方が異なるでしょう?それに俺は……遮蔽物のない海上での戦い方など知りません」

 

 「実際に戦うのは艦娘だよ?君は命令を下すだけだ。今までに比べたら楽なものだろう?」

 

 「俺に、女子供に死ねと命令させるおつもりですか?」

 

 元帥さんは今までより楽と言った。

 確かに、肉体的には比べ物にならない程楽でしょうけど、精神的な重圧は跳ね上がる。

 人を人と思わないような冷血漢なら気にもしないでしょうけど、お父さんは部下を大事にする人だから辛かったはずよ。

 お父さんは、自分の命令で死んでいった部下の名前を、一人残らず覚えてるし、きっと今でも、部下の死を偲んでるから。

 

 「そうだ、君に彼女たちの死を背負ってもらいたい」

 

 元帥さんが、差し出していた手を一度右肩に翳してから引っ込めた。たぶん、妖精さんを右肩に乗せたんでしょうね。

 

 「まったく……何が今までより楽だ、今の方がよっぽど気楽ですよ」

 

 「君は曲がりなりにもお嬢さんを……、駆逐艦神風を運用した実績もある。上陸して弱体化してたとは言え、竹槍で深海棲艦を倒すほど奴らとの戦い方もわかってる。もう一度ちゃんと言うよ。君に、春から運用開始予定の『横須賀鎮守府』の提督になってもらいたい。それに伴い、君の二階級特進と、君の部下全員の海軍への移籍は確約する」

 

 お父さんの歳で中将に昇進するなんて、破格にも程がある条件だった。地位や名誉に貪欲な人なら、二つ返事で引き受けてたんじゃないかな。

 けど、お父さんは首を縦に振らなかった。たぶんお父さんは、この話を受ける事がどれ程リスキーかわかってたんでしょうね。

 

 「せ、先生……」

 

 「ん?あ、ああ、どうした?神風」

 

 「私は、引き受けるべき……だと思う……」

 

 そうすれば、少なくとも今の様な苦しい思いをしなくて済む。私はお父さんに提督になってほしいって、この時は思ったの。

 

 「あ、あの……先生が提督になったら、私も先生の下で戦う事になるんです……よね?」

 

 「お嬢さんがそう望むならそうしよう」

 

 「もし、先生がこの話を断ったら?」

 

 私は、お父さんに提督になってもらいたいと思うばかりに、私自身を人質にしようとした。

 お父さんも元帥さんも、私の考えにはすぐ察しがついたみたい。お父さんはハッとして隣の私を見下ろし、元帥さんは悲しそうな顔で私を見つめてた。

 

 「その場合、君は彼以外の人間の下で動いてもらう事になるね」

 

 「元帥殿!」

 

 「大佐、お嬢さんの所属は海軍だ。戦場が海上に移行し始めてる今、いつまでも陸戦をさせておくわけにはいかない。だが、君がこの話を受けるなら、お嬢さんは君の下につけよう」

 

 うん、やっぱりお父さんを地獄に叩きこんだのは私だ。

 これが決定打になって、お父さんは元帥さんの話を引き受けるしかなくなった。私の浅はかな考えのせいで、お父さんは今以上に苦しむ事になっちゃったんだから。

 

 「はぁ……わかりました。引き受けますよ。ただし、いくつか条件があります」

 

 お父さんが、苦虫を噛み潰したような表情で元帥さんを見てそう言った。そんなお父さんの顔を見て、なんだか悪い事をした気分になったっけ。

 

 「僕に出来る範囲の事なら聞こう」

 

 「十中八九、海軍に移籍するまでの間に、陸軍は我々を使い潰そうとするでしょう。もしかしたら暗殺部隊を送る事もするかもしれない」

 

 「さすがにそこまで嫌われてるとは思ってなかったなぁ……。それで?」

 

 「補給路はこちらで確保しますので、海軍から補給を回して頂きたい。それと……」

 

 「それと?」

 

 「我々が横須賀鎮守府に配属されるまでの間、神風をこちらで預かって頂きたい」

 

 私にとって、お父さんが出した条件は予想外過ぎた。一緒に居たかったから自分を人質にしてまで提督になる事を承諾させたのに、お父さんは私を引き離そうとしたんだもの。

 

 「い、嫌……なんで私を置いて行こうとするの?」

 

 「お前の身を守るためだ。これからしばらくは、陸軍自体が俺たちの敵になる。人間同士の殺し合いだ。それにお前が付き合う必要はない」

 

 「私だって戦える!私だって人を……人を……」

 

 殺した事がある。そう言いたかったけど、口に出す前にお父さんが私の前にしゃがんで言った。

 

 「神風、お前に特命を与える」

 

 「特…命……?」

 

 「俺たちが横須賀に配属されるまで、艦娘としての腕を磨いておけ。俺の命令を確実に遂行できるようにな」

 

 「でも、私はみんなと……先生と一緒に……」

 

 「一緒に居続けるためにだ。お前は、俺の命令で真っ先に死ぬつもりか?俺は海上での戦闘の仕方など知らないんだぞ?」

 

 だから艦娘としての戦い方を学んでおけと?少々無理がある作戦でも遂行できるように?

 この時は本当に悩んだなぁ……。私はお父さん達について行きたかったけど、お父さんが言ってることも理解できたんだもの。

 

 ただ……一部とは言え、艦娘と仲違いした後に残れって言われたから少し抵抗があったわ。イジメられるかなぁ、とか思ったけど、仲直りするって選択肢は無かったなぁ。この時は、もしイジメて来たらイジメ返してやるくらいに思って無理矢理納得したっけ。

 

 「絶対に……迎えに来てくれる?」

 

 「ああ、必ず迎えに来る」

 

 お父さんのその言葉を聞いて、私は渋々ながら呉に残る事を決めた。

 でもね、お父さんったら酷いのよ。必ず迎えに来るとか言っといて、結局来なかったんだから。

 

 「いやまあ……あの頃は忙しかったじゃろ?」

 

 「じゃろ?じゃないわよ!私ずっと待ってたのよ!?」

 

 忙しかったのは確かなんでしょうよ。

 でもさ、来れないなら来れないで手紙なり電話なり寄越せばいいと思わない?私がしびれを切らして横須賀に行った時、お父さんったら私の顔を見て『なんでここに!?』って顔してたんだから。

 まあ、この話は後に回しましょうか。

 

 「あの後確か……車を出してもらって陸軍の大本営に行ったのよね?何しに行ったの?」

 

 「ケンカを売りに?」

 

 いや、なんで疑問系なのよ、って言うかそれでよく生きて戻って来れたわね。

 

 「それとさ、奇兵隊の軍服が換わったのもあの頃よね?その時に許可を取ったの?なんかチラッと聞いたことあるけど、『辞める』って言ったら許可してくれたんだって?」

 

 「そりゃ誤魔化すためのジョークじゃ、本当は認識票を叩き返して『お前らには愛想が尽きたから海軍に鞍替えする』って言うたった」

 

 「ちょ、ちょっと待って!じゃあ、あの黒い軍服って勝手に作ったの!?」

 

 「おう、元帥殿に金出してもろうての」

 

 じゃあ陸軍の大本営には絶縁宣言しに行っただけって事?確かその少し後に、変な部隊に鎮守府が襲われる事件が起こったけど、まさかそれが原因なんじゃ……。

 

 「ね、ねぇ、あの変な部隊ってさ……もしかして……」

 

 「間違いなく俺が狙いじゃったんじゃろ。鎮守府に奇襲をかけるとは、俺もさすがに思っちょらんかった」

 

 新しい軍服が届く少し前だったかな、夜中に呉鎮守府の正門を突破して、二個小隊くらいが奇襲を仕掛けて来たの。お腹も膨れて、弾薬も海軍から確保した奇兵隊が難なく撃退はしたんだけど、正門にいた守衛が二人犠牲になったって聞いたわ。

 

 「陸軍と絶縁したんなら、横須賀鎮守府ができるまで呉に居れば良かったのに……。なんでわざわざ外に出たのよ」

 

 「奇兵隊ほどじゃ無いが、前線は何処も疲弊しちょったけぇな。そういう奴らを助けて回っちょった」

 

 なるほど、助けた人達が奇兵隊に合流して、最終的に連隊規模まで膨れ上がった訳か。お父さんの事だから、店長と武器屋に余った海軍からの補給物資を闇市に流させたりして資金も稼いだんでしょうね。

 今でも、奇兵隊の運用資金ってかなりの額があるし。 

 

 「お父さんから私が引き継いだ人脈もその頃築いたの?」

 

 「ああ、みんな元々は食い詰めちょった浮浪者じゃがの」

 

 いやいや、政治家とか大企業の会長とか居るんだけど?それが全部、元浮浪者だって言うの?

 

 「俺が提督になるまでにやった事ちゅうたらそんなもんじゃのぉ。予想通り、人間相手の戦闘の方が多かったわ。お前はどうじゃった?上手くやれちょったんか?」

 

 「あれ?お父さんにその頃の事を話した事なかったっけ?」

 

 ん~、アレは上手くやれてたって言っていいのかしら、訓練は真面目にやってたけど……。

 じゃあ、次はその頃の話をしようかな。

 もっとも、仲が良かったとは言い難いけどね。

 

 相手は主に、鳳翔さんと長門、それと、辰見と名乗る前の天龍。

 そして、二度と会う事ができなくなった、龍田と朝潮……。

 私の大切な友達との、出会いと別れのお話よ。

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